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2026.10.16
ノーベル平和賞に思う「自己修正」の大切さ ~過去を忘れず、過ちを繰り返さないために今こそパブリックリレーションズ (PR)の活用を
皆さんこんにちは、井之上喬です。
長雨の9月が終わり、さわやかな秋の日が戻ってきました。この夏には地震や台風、豪雨が各地を襲い、その爪痕はまだ深く残っています。穏やかな日が長く続き、被災からの復興が一日でも早く進むよう祈念しております。
3年連続で日本に
毎年10月上旬は、ノーベル賞の発表の季節です。今年は、化学賞に東京理科大名誉教授の硤合憲三(そあい・けんそう)さんが選ばれました。日本の受賞決定は、2024年の平和賞(日本原水爆被害者団体協議会、被団協)、昨年の生理学・医学賞(坂口志文さん)と化学賞(北川進さん)に続いて3年連続です。おめでとうございます。
硤合さんは、同じ材料(原子)からほぼ同じ構造で作られる2種類の物質のうち、1種類だけが自動的に作り出される仕組みを発見しました。同じ材料、形でも、一方は薬に、他方は毒になったりするため、これを応用した技術は薬の製造などに大変重要で大きな貢献をしているとのこと。細かな内容はわかりませんが、大変うれしいニュースです。
自然科学分野の受賞者の方々を見てよく感じるのは、人としての謙虚さです。自然は、自らの法則のままに反応を返します。実験の方法が間違っていれば望む結果は得られません。研究者は深く洞察して柔軟にやり方を変え、忍耐強く探求を進めます。目標達成への強い意志を持つ一方、虚心坦懐に自然と対話し、自分が変わることで答えに到達する作業は、私が提唱する「パプリックリレーションズ」の「自己修正」とも大きく重なります。
また、研究には国民の税金が多少なりとも投入されていますから、研究者はステークホルダーについても強く意識しています。優れた研究者に感じる強さと謙虚さは、こういった要素によって培われているように感じます。
平和賞が訴える「倫理観」と「自己修正」
今年の賞で何よりも注目を集めたのは、平和賞でしょう。選ばれたのは、元国連人権高等弁務官のナバネセム・ピレイ氏です。授賞理由としてノルウェーのノーベル平和賞委員会は、「平和と国際法の推進」としています。
ピレイ氏は、南アフリカでネルソン・マンデラ氏など政治犯の弁護などに携わりました。アメリカのトランプ政権が制裁などで圧力をかける国際刑事裁判所(ICC)の元判事でもあり、授賞は委員会のICC支援のメッセージでもあるでしょう。
ICCは、人道に対する犯罪や戦争犯罪、侵略など犯罪が行われ、その国で訴追などが行われない場合に裁判を行う国際組織です。アメリカは未加盟ですが、トランプ政権はアメリカの軍人が他国で裁かれる可能性があることなどを理由に裁判官らを次々と制裁対象にしてきました。8月には赤根智子所長も対象に加え、今回の賞発表のわずか30分後には、ICC全体を制裁対象にすると発表しました。
これに対し、10月15日付朝日新聞朝刊では、ピレイ氏のコメントとして、トランプ政権が「個人的な怒りや失望を表すために、国際司法の独立に干渉するのは浅はかだ」と米国のICCへの制裁を非難し「全く受け入れられない」と述べています。
自然科学研究が求める真実は自然の法則であるのに対し、世界に住むだれもが拠り所とすべき真実は、法の支配です。この基本的な「倫理観」を今回の平和賞は重視しました。この実現には双方向のコミュニケーションを通じて自己修正を重ねる作業が欠かせません。とりわけ指導者やリーダーは、その先導役となりステークホルダーとの良好な関係構築を進めることが求められます。
しかし、今のアメリカの指導者層を見ると、倫理観よりも自国の利益を重視し、力に任せて他国に服従を強いているようです。過去にも似た状況はありましたが、今回は個人的な感情や力への過信も入り混じっているようで、強く懸念しています。
第二次大戦では、戦前の帝国主義を基本とした、力の強いものが弱いものを従えさせようとした結果、多くの命が奪われ都市や社会が破壊されるという大変な悲劇がもたらされました。その反省から、国々は法の支配を重視し、すべての人や国が公平で公正な扱いを受けられるよう国際法を整え、国連をはじめさまざまな国際機関を設立してきました。
国際法といっても、強制力はありません。違反した国は制裁などの不利益を受けますが、それを覚悟で破る国を無理に従わせることはできません。つまり国際法は各国の尊重と信頼に基づくもので、その推進には双方向コミュニケーションと自己修正機能が欠かせないのです。大国が、強大な軍事力や経済力を盾に弱い相手を脅せばある程度は通るでしょう。しかし、自分を特別視し、相手にばかり変化を強いれば徐々に信頼は損なわれ、我慢の限界を超えると再び先の大戦と同じようなことが繰り返されかねません。
現在、私が危惧を抱くのはまさにその点です。過去の悲劇を知る世代には、過去を忘れず、必要な時にはブレーキをかけ、次世代に過去を学ぶことを伝える役割があると私は強く感じています。
各国が、自国第一を考えるのはある意味で当然のことだと思いますが、それを声高に叫ぶ政権は、次第に柔軟性を失い、双方向コミュニケーションと自己修正の機能は損なわれて孤立への道を進んでいきます。倫理観を基本に、守るべきものは守る一方、譲り合い、互いに納得のできる状態を目指すことは、決して我慢でも敗北でもありません。互いが共存していくために人類が見出した大いなる知恵だと思うのです。それは国際関係でも、ビジネスでも、私たちの暮らしにも共通する、パブリックリレーションズの考えであり、その内容や表現が状況に応じて変わるだけなのです。
ある国では民主主義が軽視され、他の国では民衆の感情に任せ熟慮を欠いた動きが広がるなど、世界は分断され、極めて危険な状態に陥っています。しかしそれを改善する道もまだ残されています。その一つが「平和の武器」であるパブリックリレーションズであると確信しています。社会をよい方向に変えていくのは、そうしたいとの意思であり、それが希望の源泉です。少しでもよい社会の実現のために、今後も力を尽くしていきたいと思います。