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2022.02.19

日本の「失われた30年」の徹底検証を
~次世代に、わくわくする、挑戦しがいのある社会を引き継ぐために

みなさんこんにちは。井之上喬です。

2月も半ば、いよいよ春の到来が感じられる頃となってきました。連日、多くの雪に苦労されている地域も多いと思ますが、明日20日に閉会する北京五輪での若いアスリートたちの活躍には頬も緩みます。日に日に陽は高くなっています。健康には留意しながら過ごしていきましょう。

探り切れていない私たちを覆う「雲」の正体

日本経済の停滞が指摘されて長らくになります。もちろん世界全体の景気も浮き沈みはありますが、欧米やアジアがそれぞれ回復に向かっている時に、日本だけはその波に乗れていません。90年代以降の失われた10年は20年に、そして今では30年になってしまいました。

この状況をどう打開すべきか。高くジャンプするには深くかがまねばなりません。成長のヒントを探るには、過去30年の停滞の原因をしっかりと検証し、日本経済の成長の障害となっているものを見極めることが必要ではないか。そう考えていた折り、読売新聞の調査研究本部から意見を述べる機会を頂きました。詳しい内容については、こちらをご覧頂きたいと思いますが、その内容と、中心となる考えをここでご紹介したいと思います。

日米の橋渡しをする中で見えてきた彼我の差

1980年代後半から90年代前半にかけて、日本経済は製造業を中心に大きく成長しました。特に半導体や自動車関連では、米国から脅威とみられるほどの輸出・ビジネスを展開し、その是正に向けた日米構造協議で、私は米国のメーカーのパブリック・リレーションズコンサルタントとして関わっていました。

バブル経済ともなるこの時期、1989年の企業時価総額世界ランキングは、トップ10にNTT、日本興業銀行、住友銀行、富士銀行など日本企業7社が名を連ねました。

しかしバブルがはじけ、アジア諸国が安い労働力と技術の向上を背景に経済成長を始めます。日本はその位置を徐々に下げ、巻き返しをはかることができないまま現在に至っているのは皆さんもご存じの通りです。世界企業の2022年1月の時価総額トップ10で8社は米国勢で、アップル、マイクロソフトなどIT企業がずらりと上位を占めています。しかもその時価総額も、首位のアップルで一時、世界で初めて3兆ドル(約345兆円)を突破するなど、文字通り桁違いの大きさです。日本勢ではトップのトヨタが、ようやく31位に入っています。

日本全体を見ても同様です。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が、21年6月に発表した同年の世界競争力ランキングで、日本は31位。国内経済、雇用、科学インフラの項目では高く評価された一方、政府の財政状況や企業の経営慣行では評価が低く、1992年の首位を最後に長期低落傾向に歯止めがかかっていません。

PRを中心にした、活気のある社会の立て直しを

井之上パブリック・リレーションズを私が設立したのは1970年。この50年あまり、1000社を超える企業を広く、つぶさにみてきました。その中で感じたのは、時代の流れや潮目を読みながら、ここぞという時にリスク覚悟で 一気呵成に攻めに入る、そのために不可欠な決断力がいつの間にか失われてしまったことです。その小さな積み重ねが、総じて世界から大きく後れを取ってしまった。これが現在の日本の姿ではないかというのが私の見立てです。

もちろん、社によって、その時々によって、さまざまな事情があったであろうことは承知しています。大切なのは、この「さまざまな事情」をきちんと洗い出し、反省すべきところを明確にし、次に繋げていくことです。総論ではなく各論を掘り下げ、自分達の指針となる詳細な教科書を作っていく。私が提唱する「30年の検証」とはそういうことなのです。

ではどのような視点でそれを行っていくか。やはり私としては、長年の理論と実証を積み重ねてきた「パブリック・リレーションズ(PR)」の考えがここでも欠かせないと考えています。

パブリック・リレーションズとは、他者との関係作りです。対象となるのは、顧客、業界、政府、一般社会とさまざまです。それぞれ、異なる利益や影響を受けるマルチステークホルダーとして存在しています。倫理観をベースに、それぞれと双方向のコミュニケーションを取り、必要に応じて互いに変化・修正(自己修正)を行う良好な関係構築(リレーションシップ・マネージメント)を通じて、目標へと最短距離で到達することなのです。

あの時,あの場面でどうだったのか、どうすればよかったのか。反省を、未来に活かせる学びへと昇華してこそ、検証は価値を持ちます。パブリック・リレーションズの視点は、その近道であると思うのです。

検証は、過去30年代を生きてきた私の世代が、次世代へとよりよい社会をバトンタッチするために、ぜひとも行わなければならないことだと感じます。4月には、この検証を目指した勉強会を、私が所長を務める日本パブリックリレーションズ研究所内で立ちあげる予定です。これまでも、水素社会の実現を目指し、産官学で活躍する人たちを招き「水素研究会」を行ってきました。今回も、井之上パブリックリレーションズグループの社会貢献の一環として、役割を果たしていきたいと思います。

大切な次世代の育成

さて、インタビューでは今のトップに求められることにも触れました。それは、時間軸と倫理的な価値観を持って、自分の哲学などを説明できる能力(ストーリーテリング)です。

日本が長年培ってきた文化は、以心伝心、あうんの呼吸、 忖度(そんたく)など、行間を読み、相手の気持ちを察しながら、コミュニケーションを取るスタイルです。これは、同じ境遇、考えの人間同士が、文脈を知っているから成り立つ「ハイコンテクスト型」の文化です。相手の気持ちを察して、細やかに対応する「おもてなし」は、これを最も好ましい形に昇華させたものといえます。

ですが、企業を率いるリーダーは「背中を見せる」だけでは十分ではありません。積極的に自分の考えを発信し、向かうべき方向を指し示す。そして、なぜそうするのか、どうしたらそこへたどり着けるのか、メンバーを鼓舞し、メンバーの声にも耳を傾けながら、また時には説得していく姿勢が求められます。

本来は、個人だけでなく組織も、正しいと信じる部分では相手をとことん説得し、自分の側に非や不備が見つかれば、ためらわずに修正する柔軟性を備えていなければなりません。しかし、日本では同調圧力に屈しがちで、実はこうした側面が、企業や省庁の不祥事の温床にもなっています。バブル時代も、あの熱気に押されて頑張り、さまざまな事に挑戦し、創造的な成果を達成、成功しました。でも熱気が引くと、挑戦意欲は失われ、人より出過ぎることを避けるようになり、内に秘められた創造性を引き出す機会もなくなってしまった。ハイコン文化が知らずのうちに悪影響をもたらした一例、と言えないでしょうか。

他方、多言語、多人種、多文化世界の欧米社会は、自分の言葉で表現、説明するローコンテクスト型です。自分の信じるものを持ち、他人との議論・批判を通じて常に鍛えることに人々、特にリーダーたちは慣れています。もちろん日本にもそんな姿勢を持つ人たちは古今に多くいます。ハイコン型の文化を捨てさる必要はありません。日本ならではの他者との関わり方、よりよいあり方を追求し、自信を持って進むことが、豊かな文化的背景を持つ日本独自の素晴らしさを磨き上げ、発信することにもつながると思うのです。

このようなパブリック・リレーションに基づいた人の育成は、若い人たちこそ広げていく必要があります。子どもたちは、家庭、学校、地域社会で新しい知識、考え方を吸収しながら成長しています。この段階で、人間関係の良好な構築を意識した教育は、将来に大きな花を開くでしょう。これについては、また別の機会にお話ししたいと思います。

若い人たちが活躍できるよりよい社会、だれもがわくわくしながら挑戦が出来る世界。そこに向けて私たちが出来ることを進めていきたいと思います。

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