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2021.09.08

もはやアメリカ一国では世界は救えない
~アフガニスタンを去った米国、深刻化する難民問題~

オリンピックにパラピンピックと、気持ちも気温も熱くて暑い期間が過ぎ、9月に入って秋の気配も感じられるようになりましたね。コロナ新規感染者はやや減少しつつも、20歳未満が20%を超えており、若い人へのワクチン接種が急務となっています。

今週土曜日は、2011年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件から満20年。このテロをきっかけに始まった米国史上最長のアフガニスタン戦争は、先月米軍の8月31日撤退で終結を見せましたが、アフガニスタンは今深刻な問題に直面しています。

開始から20年、バイデン政権が戦争に終止符

8月31日未明、アフガニスタンの首都カブールから米軍最後の軍用機が飛び立ちました。

バイデン米大統領は声明で「20年間にわたる米軍のアフガニスタン駐留が終了した」と発表。これにより、2001年の米同時テロ以降、約20年続いたアフガン戦争は、イスラム主義組織タリバン(Taliban)による政権掌握という形で幕を閉じました。

バイデン政権は4月にアフガン戦争の終結を発表しており、米軍の撤収期限を8月31日としていましたが、期限が近づくにつれ米軍が支援するアフガン政府軍の劣勢は明白になっていました。

15日にはタリバンが首都カブールを制圧し勝利を宣言。ガニ大統領はフェイスブックで「流血の事態を避けるため国を出た。タリバンが勝利した」と投稿し、政権は崩壊。冷静に見れば、かってのベトナム戦争のように、最後にはアメリカがさじを投げ出した感が否めず、その後のアフガニスタンの状況は混乱を極めています。

16日には前夜から国外脱出を希望する住民らが押し寄せ、離陸を待つ航空機に殺到。離陸しようとする米軍輸送機に多くのアフガニスタン人がしがみつく映像は衝撃的でした。26日には最も恐れていたことが起きます。出国を求めて空港周辺に集まっていた群衆の中で自爆テロが発生。米兵13人、アフガニスタン人約170人が犠牲となる大惨事でした。テロはタリバンとも敵対する過激派組織の犯行とされ、その報復に米国は無人機爆撃を使用し、さらに民間人も巻き添えとなる痛ましい被害が発生しました。

20年前の9月11日、アフガニスタンを拠点とするイスラム主義を掲げる国際テロ組織が民間機をハイジャックし、ニューヨークの世界貿易センタービルに衝突した様子は世界に大きな衝撃を与えましたが、当時のタリバン政権は、テロの首謀者であるアルカイダのウサマ・ビンラディン容疑者の引き渡しを拒否。

これにより、ブッシュ政権(第43代)はテロとの戦いを宣言し、北大西洋条約機構(NATO)は北大西洋条約第5条が定める集団的自衛権を史上初めて行使し、米国を支持しました。

しかし、この20年間の代償はあまりにも大きなものとなりました。推計によれば、米国はアフガンに2兆2610億ドル(約250兆円)の戦費を投じ、80万人もの米国人が従軍し、2万人以上の兵士が傷つき、約2500人が命を落としたとされています。

バイデン大統領はこの撤退について「アフガン軍が自国を守ることができない、もしくは守る意志がないのであれば、米軍がさらに1年間または5年間駐留しても意味がない」と指摘、米軍撤退を正当化しました。2013年にオバマ大統領が宣言した「米国は世界の警察官ではない」という立場は、今回のことで明確になったといえます。敗戦の後始末ほど割に合わないものはないでしょう。批判されこそすれ、評価される要素はまずありません。それでもバイデン大統領は、限られた条件の中で最善を模索し実行する努力を尽くしたと思います。私の長い知友でもある、米ニューヨーク在住の霍見芳浩さん(ニューヨーク市立大学大学院センタービジネス学部名誉教授)も、最近現地メディアにも発表した論評で「第一に、ガニ大統領の「タリバンを相手にアフガニスタンを守り抜くとの言を信じたのが誤りだった」と認めた後、「私は米国の大統領だ。全責任は私が負う」と宣言。同時に、米海兵隊員と他の兵士をカブール空港に急派して、米国籍者と他の避難者の大量空輸にあたらせた」と評価しています。

ダメージコントロールはつらいものです。その時、実行者が責任や評価を気にしていては、消極的な態度になったり、果ては責任のなすりつけ合いに発展することもあります。「私が全責任を負う」とのバイデン大統領の言葉は、私が提唱する「パブリック・リレーションズ(PR)」の観点からいえば、厳しく多様なステークホルダーの間で、しかも双方向コミュニケーションを十分に行う余裕のない中、最短距離で目的を達成するために、リーダーが持つべき孤独で高い倫理観を示した例といえるでしょう。

今後について霍見さんは「同氏は危機管理の次の段階、すなわち、危機が露呈した重大欠陥の抜本的修復に取り組まなくてはならない」と言及しています。これには、時間をかけたリレーションシップマネージメントが大きな要素であることはいうまでもありません。対話を重ねながら柔軟に自己修正を進めていくことも必須です。

増え続ける難民、私たちに何ができるのか?

アフガニスタンを掌握した数日後、タリバンの報道官は「全国民への恩赦」やイスラム法の枠内での女性の権利保障などを説明し、恐怖で支配した旧タリバン政権との違いをアピールしています。その一方、タリバン内部での不協和音も聞こえるなど、今後の統治を不安視する声も高まっています。

こうした状況で、アフガン国外への逃避を求めて難民が拡大する可能性が懸念されます。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2020年末時点の世界の難民数は累計で8240万人(国内避難民含む)に上っており、2020年1年間だけで新たに1120万人が紛争や迫害により故郷を追われました。

国外に逃れた難民の出身国は5つの国に集中しており、各国の人数と割合は順に、シリアが670万人(27%)、ベネズエラが400万人(16%)、アフガニスタンが260万人(11%)、南スーダンが220万人(9%)、ミャンマーが110万人(5%)となっています。

アフガニスタンでは上記の国外避難民に加え、国内で避難生活を余儀なくされている国内避難民が昨年末時点で約289万人、今年に入って新たに55万人の国内避難民が発生したとUNHCRは報告しています。また、今年発生した厳しい干ばつと食料不足で、アフガニスタン国民の3分の1以上に当たる1400万人が飢えに苦しんでいると、国連の世界食糧計画(WFP)は報告しています。

増加するアフガン難民の避難先は隣国のパキスタンとイランが8割以上を占め、昨年はパキスタンが145万人、イランが78万人と、過去最多の難民を受け入れました。欧州ではドイツが18万人台と最も多く、オーストリア、フランス、ギリシャが4万人台、スウェーデンが3万人台、スイス、イタリア、英国が1万人台でアフガン難民を受け入れています。

しかし、今回の難民受け入れに対する支援姿勢は、各国で温度差があるようです。英国BBCがまとめたところによると、イランは接する3つの州で緊急避難用のテントを設置、パキスタンはタリバンが政権を奪取したら受け入れないとしていたものの、1カ所の国境検問所が通行可能な状態にあるとしています。

欧州各国は、2015年にシリア難民などが殺到した「欧州難民危機」の再発を警戒しており、唯一英国がカナダとともに長期に渡って2万人の受け入れを表明しましたが、ドイツは一定数の受け入れという表現で明言を避け、フランス、オーストリア、スイスは特別な場合を除き原則として受け入れはしない姿勢を表明しています。ちなみに、日本政府はUNHCRやWFPを通じ、隣国イランに逃れたアフガン難民への食料、キャンプ整備、医療面などの人道支援を発表していますが、現地での支援だけではなく、これらの難民を受け入れる枠を設けるなど、制度を変更する必要があるのではないかと思うのです。

隣国と地続きの国境がない日本では「難民」と聞いても現実感が湧かない人がほとんどだと思います。しかし、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)に代表されるように、今や世界中のすべての人や共同体が「地球市民」として、あらゆる問題の解決と平和の実現に向けて考え、発言し、行動することが求められる時代となりました。

その際に必要となるスキルが、「倫理観」、「双方向コミュニケーション」、「自己修正」をベースとしたマルチステークホルダーリレーションシップマネージメント、つまりパブリック・リレーションズです。これを身につけていることで、他者とより良い関係構築を図ることができ、目標や目的へ最短距離で到達することができます。

このブログをお読みの皆さんも、今回のアフガン情勢を機に難民問題を自分事(じぶんごと)として考え、自分では何ができるか、所属する組織ならどんな支援ができるか考えてみてはいかがでしょうか? 私が教鞭を執る神戸情報大学院大学のアフガニスタンからの留学生(大半が国費)は、そのほとんどが政府関係者でした。彼らの何人かとはいまだに連絡が取れておらず、身の安全を祈るばかりです。

同時テロの5年後、パブリックリレーションズの学術的な研究調査のため渡米し、現地の研究者の方々と議論したことを思い出します。複雑化した、混とんとする世界にあって、パブリック・リレーションズ(PR)が社会を少しでも明るいものとし、より良い社会の実現のために、役立たせることができることを心より願っています。

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