トレンド

2020.11.16

分断から結束へ
~米大統領選と民主主義

皆さんこんにちは井之上喬です。

このところ寒さが一段と厳しさを増していますが、体調管理には十分留意されて年末をお迎えください。

11月3日(日本時間4日)、4年に1度のアメリカ大統領選挙が行われました。新型コロナウイルス感染防止に備えた期日前の「郵便投票」が過去最多の1億人を超え、州によっては開票結果の判明まで時間がかかっていましたが、13日、米国の主要メディアは、遅れていたジョージア州とノースカロライナ州の集計が終了し、最終的に全国の538人の選挙人のうち、民主党のバイデン氏次期大統領が306人、共和党トランプ氏が232人を獲得したと報じました。バイデン氏の選挙人が過半数に達したと判明した7日から約1週間。米国メディアは、史上まれに見る激戦にバイデン氏が勝利し、次期米国大統領に選ばれたと報じました。バイデン氏の勝利宣言を受けて、各国首脳も続々と祝福メッセージを贈り、電話での会談を開くなど、4年ぶりのアメリカ政権交代が確定的になりました。

分断するアメリカ社会

今回の選挙戦のキーワードを一つ上げるとすれば「分断」でしょう。投票日が近づくにつれ、両党の支持者たちの集会やデモが激しさを増し、支持者同士が大声で罵りあうような場面が数多く報じられました。NHKによると、10月24日にミシガン州アレンデールで開かれたトランプ大統領を支持する保守派の集会では、民兵組織のメンバーなど自動小銃で武装した人が多く参加。一方で、近くで開かれていたバイデン氏支持のリベラル派の集会でも、この日初めて自動小銃で武装した参加者の姿が確認されました。本来、民主的な政治プロセスであるはずの選挙運動に、お互いが銃をちらつかせて威嚇する状況は、まさに内戦さながらの“異様”な光景です。あるインタビューの中で、米国市民の一人が「まるで南北戦争の再来だ」と話していましたが、まさにアメリカの分断を象徴する言葉にも聞こえました。

2016年に就任したトランプ大統領は「America First」をスローガンに、極端な保護政策を進めました。メキシコからの不法移民を防ぐ「国境の壁」をはじめ、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱、温暖化防止の国際枠組み「パリ協定」からの離脱。一見すると、アメリカの伝統的価値観を否定するように思えるこれらの政策ですが、それらを支持する米国民が多いことが、計らずも前回の大統領選では明らかになりました。

今回の選挙では、この流れを継続するのか、あるいは断ち切るのかが、大きな争点であったように思います。結果は、バイデン前副大統領の得票数が史上最多の7800万票台に達し、対抗するトランプ大統領も7300万票台(11月15日現在)を得ました。投票率が120年ぶりの高水準となる66%を記録するなかで、必ずしも圧勝ではなかったことが、分断、対立の根深さを物語っているように思えます。

トランプ大統領はまだ敗北宣言を行っていません。15日にも、バイデン氏が勝ったのは「選挙が不正だったため」とツイートしています。トランプ陣営は、選挙の正当性を司法判断に委ねる法廷闘争に持ちこむ戦略を立てているものの、勝算は極めて厳しいとみられています。来年1月20日にバイデン大統領が宣誓台に立つのはほぼ確定、といわれています。

ここで大切なのは、分断や対立は人間社会の中で常に起こりうるものと理解することだと思います。人々の思い、意志が熱く、強ければ、激しいぶつかり合いを避けることは難しいでしょう。ただ、これらを否定的に捉えるのではなく、むしろ次のアクションや知恵を生み出すきっかけと考え、社会をより良い方向へ変革するための起爆剤になりうる、と視点を変えてみるのです。そして、この対立が暴力に発展しないよう、理性を用い解決していくための手段として、人類が生み出した最大の発明こそが「民主主義」だと思うのです。

さらにその民主主義の枠組みの中で、対話(双方向コミュニケーション)を行い、自分と相手がそれぞれ変えられるものは変え(自己修正)、よりよい状態や目標のために協力(リレーションシップ・マネージメント)をしていく。規模の大小を問わず、グループや社会をよりよくしていくための英知や手法(パブリック・リレーションズ(PR))が、米国には多くあるはずです。

バイデン氏演説にみる結束への希望

次期大統領に確定したバイデン氏が行った11月7日の勝利演説の中には、民主主義を裏打ちするアメリカの伝統的価値観を再認識させる多くの言葉が盛り込まれていました。トランプ政権になってほとんど耳にすることのなかった言葉を久しぶりに聞くことができ、清々しい気持ちになったのは私だけではないのではないでしょうか。

以下に印象に残った言葉を抜粋してみました。

「分断ではなく、結束させる大統領になることを誓う。赤い州や青い州ではなく、ただ一つの「合衆国」として見ることを誓う」

「我々は歴史上最も幅広く多様な連合を組んだことを誇りに思う。民主党、共和党、独立派、急進左派(プログレッシブ)、穏健派、保守派。若い人、年老いた人、都市部、地方に住む人、ゲイの人、そうでない人、トランスジェンダー、白人、ラテン系、アジア系、米国先住民の人。特にこの選挙活動が停滞していたときに、アフリカ系米国人の共同体が私のために立ち上がってくれた」

「私は、米国民が私たちに、品位と公正の力を導くことを求めたと信じている。私たちの時代の大きな戦いのなかで、科学と希望の力を導くことを求めた。ウイルスを制御し、繁栄を築き、あなたたちの家族の健康を守るために戦う」

「民主党員と共和党員が互いの協力を拒否したのは、われわれの制御が及ばない不思議な力によるものではない。全ては決断であり、私たちが選択したものだ。私たちは協力することを選択できる」

「暴言をやめて冷静になり、もう一度向き合い、双方の主張に耳を傾けるべきだ。前に進むために、互いを敵とみなすのはやめなければいけない。私たちは敵ではない。私たちは米国人なのだ」

「人種的平等を達成し、構造的な人種差別を根絶するために戦う。環境を守るために戦う。品位を回復し、民主主義を守り、この国のすべての人に公正な機会を与えるために戦う」

11月7日夜(日本時間8日午前)
デラウェア州ウィルミントンにて

 

多様性に富むマルチ・ステークホルダーに対し、正しい倫理観をベースに、対話による双方向のコミュニケーションを行いながら、常に自己修正を行いながら目標を達成していく。まさにパブリック・リレーションズ(PR)を生んだ米国らしい希望に満ちたスピーチといえます。民主主義の持つ復元力に期待したいと思います。

書籍

注目のキーワード
                 
カテゴリ
最新記事
アーカイブ
Links

ページ上部へ