新年おめでとうございます。今年も皆さんと国内外のさまざまな問題や課題について一緒に考えていきたいと思います。
2014年の最初となるこの井之上ブログでは、日本経済の成長戦略のカギを握るといわれるTPPについてお話します。
昨年3月に安倍晋三首相は環太平洋連携協定(TPP:Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)交渉への参加を表明し、その後何度か参加国で協議を行っていますが、日本の国益にかなうのかの是非をめぐり今さまざまな議論が飛び交っています。
私が副会長を務める学術団体グローバルビジネス学会においてもTPPは、グローバルビジネスの根幹に関わる課題として重要視し、「国際経済連携協定研究会」(別称:TPP研究会 )を昨年9月に立ち上げました( http://s-gb.net/news/899/ )。
同研究会の座長には近藤剛さん(伊藤忠商事理事、元道路公団総裁)が、副座長にはローレンス・グリーンウッドさん(元米国APEC大使)と渡邊頼純さん(慶応義塾大学教授)の両名が就任され、顧問の一人として、元JETRO理事長で現顧問の林康夫さんも参画しています。
また、同研究会での議論を踏まえ当学会では、昨年12月3日にはTPP交渉を進める上で重要な局面となる参加12カ国の閣僚会合(会場:シンガポール)を前に、「TPP交渉に関する緊急提言」を発表( http://s-gb.net/news/929/ )。政府、関係省庁に働きかけを行いました。
この緊急提言は4つの項目にまとめられています。第1項と4項は、TPPに対する日本の取り組み姿勢について。第2項は、自らの市場の大胆な開放と、グローバル規模での競争力強化のためのマーケティング、情報発信の必要性。とりわけこれからの成長産業として期待が大きい農業分野の構造改革への早急な取り組みについて言及されています。
第3項では、最大のステークホルダーである国民に対する説明責任を果たすべきとし、不正確な情報やうわさに基づく不安や誤解が国民の中にあってはならないとし、守秘義務の制約があるにせよ、国民のコンセンサスづくりのための必要な検討材料の提供とその工夫や努力を求めています。
今後同研究会では、京都大学で3月に開催されるグローバルビジネス学会の第2回全国大会での学術発表(3月23日)、そしてTPPに関する研究成果をまとめた新書の出版(5月頃)を予定。今後も引き続き各方面への働きかけを続けていくとしています。
農業技術通信社顧問の浅川芳裕さんは、その著書『TPPで日本は世界一の農業大国になる』(2012年、ベストセラーズ)で、多くの日本国民にとってTPPは降って湧いた外国主導の協定と考えられていますが、ことの起こりは1978年に大平首相(当時)が施政方針演説で発表した「環太平洋連帯構想」にあると述べています。
こうした歴史背景もあり、TPPの参加国協議ではもっと日本のリーダーシップを発揮して欲しいものです。
TPPに関する早わかりQ&A
TPPは国益を左右するとともに、グローバルビジネスの根幹に関わる課題であるにもかかわらず、日本政府や政治家の発言、評論家の意見、そしてメディア報道とさまざまな情報が錯綜し、国民の正しい理解を妨げているようです。
グローバルビジネス学会TPP研究会の副座長の渡邊頼純さんは、その著書『TPP参加という決断』(2011年株式会社ウェッジ)の中で、発刊の動機について「TPPについてあまりにも誤解や間違った情報が多いと思ったから」と巻頭で記しています。
TPPがどのようなものかその内容が分かる人は少数派です。TPPの正しい理解のために渡邊さんの著書やお考えを中心にいくつか基本的な質問に応えていきたいと思います。
Q1:TPPとは何か?(EPA、FTAとの違いは)
A:TPPとは環太平洋地域による経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)のこと。日本が21世紀に入ってから積極的に交渉し始めたEPAも関税自由化を超える包括的な経済協定となるFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)の一種。このようにTPPもEPAもFTAに抱合される。
Q2:TPPの目的は?
A:TPPは、アジア太平洋地域における貿易・投資の自由化を実現しようとする複数国間の取り決めであり、完成度の高い自由貿易を目指すもの。非拘束的なAPEC(Asia-Pacific Economic Cooperation アジア太平洋経済協力)に法的拘束力をもたせ、2国間FTAの乱立による「ブロック化」を回避し、通商ルールの収斂を実現させること。
Q3:TPPに参加したら、人の移動が自由化され、無秩序に大量の外国人労働者が入ってくるのでないか?
A:ビジネスマンの出張・転勤などが主な対象で非熟練労働者は対象外となる公算。
Q4:一度交渉参加するともう脱退できない?
A:交渉参加と交渉結果を受け入れることとは異なる。交渉結果が日本にとって利益と費用の均衡を欠いたものであれば、その時点で受諾を拒否することも可能。脱退規定も交渉次第。
Q5:中国はTPPに入らない?
A:中国政府もTPP参加について真剣に検討中。ハードルは高いが、「人民元切り上げ」とのバーターで交渉参加を決断する可能性も排除できない。
なお、TPP交渉に参加するには日本を含めた全12カ国の承認が必要となる。
Q6:TPPに参加すると日本の医療制度が崩壊し、企業の医療参入や混合診療の解禁により、低所得の人は従来の医療を受けられなくなる?
A:自由貿易促進を目的にしているWTO(World Trade Organization:世界貿易機関)やFTAでも、国民皆保険制度は交渉の対象外。また、アメリカのカトラーUSTR(米国通商代表部)代表補は、医療保険制度の民営化や混合診療解禁を日本に要求することはないと言明している。
Q7:アメリカの利益誘導のための戦略か?
A:TPP参加により域内貿易のパイは拡大する。またアメリカ抜きで今の日本の繁栄はあっただろうか?GATT(関税及び貿易に関する一般協定)体制で市場開放されたアメリカ市場から最大の利益を得たのは戦後の日本。
Q8:農業は壊滅的な打撃を受けるのか?
A:牛肉・かんきつ類など市場開放で崩壊したかというと、そのような事実はない。「棲み分け」・差別化で日本農業は生き残れる。想定される10年の猶予期間の中で、他の産業と同様に農産物の高付加価値化とマーケティングや情報発信強化で対応できる。
TPPの戦略的意義
TPPへの理解を妨げている要因は、情報の氾濫だけでなく参加国の戦略や思惑が複雑に絡み合っている点も挙げることができます。
米国にとってTPPは「東アジア(接近)対策」であり、豪州・NZにとっては「APEC強化」、シンガポールにとっては「脱ASEAN(東南アジア諸国連合)」、カナダ・メキシコにとっては「脱NAFTA(北米自由貿易協定)型多様化」、そしてマレーシア・ベトナムにとっては「シンガポール化」の追求といったように参加国の戦略はそれぞれ大きく異なっています。
日本にとってはTPPの実現が「対米関係強化と対中牽制」に資するという考えがありますが、何よりも安倍政権の掲げる「第3の矢」となる「成長戦略」を強力にアクセラレートする起爆剤になるはずです。
渡邊さんは「TPPは自由化による市場統合から発展し、アジア太平洋における包括的な安全保障体制を新たに形成する枠組みにも発展する可能性を持っている」とし、TPPを通じてこの地域に恒久的な平和をもたらす堅固な基盤構築の必要性を説いています。
「平和に交易する二カ国は決して戦争しない」とはコーデル・ハル(日米開戦時の米国務長官)の言葉ですが、人、モノ、カネ、情報の双方向性を持った交流が平和維持のための前提条件ではないでしょうか。
世界に社会的・経済的利益をもたらすだけでなく、アジア太平洋地域に恒久平和さえもたらす可能性を秘めるTPPが生み出す果実を享受するためには、私たち一人ひとりがTPPの本質的な機能を正しく理解し、国民のコンセンサスを形成していかなければなりません。
国民的コンセンサス形成という目標を最短距離で達成していくためには、参加国の異なる利害を調整するリレーションシップ・マネジメント機能をもつパブリック・リレーションズ(PR)が不可欠となります。
次の機会には日本がTPP交渉とりわけ農業問題にどのように取り組んでいくべきかについて、これまでの経緯や最新情報を交え、お話したいと思っています。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。