パブリック・リレーションズ
2007.06.01
松岡利勝農水相の死に想うこと
5月28日、松岡利勝農水相が自らの命を絶ちました。現職閣僚の自殺は戦後初めてとのこと。その日は参院決算委員会で、入札談合事件で理事らが逮捕された農林水産省所管の独立行政法人「緑資源機構」の関連団体と松岡農水相の関連について質疑が予定されていました。
わずか2週間足らずで本人も含めて3人が自殺し、それぞれの死にも憶測が広がっています。
どうして彼はこのような形で死を選択しなければならなかったのでしょうか。
倫理観・対話・自己修正の欠落
松岡農水相は衆院熊本3区選出。1990年、衆院選に立候補し初当選。05年に6選を果たし、昨年9月の安倍内閣発足時に「農政の豊かな知識と経験」を評価され、農林水産大臣に就任。
しかし就任当初から疑惑が続出。その中身は、資金管理団体の事務所費・光熱水費問題、政治資金収支報告書記載漏れ問題、緑資源機構の談合事件などさまざまです。
疑惑の渦中にいた松岡氏の足跡をたどると、日本で繰り返される不祥事の根本的な原因との共通点が浮かび上ります。つまり、あらゆる問題について互いが自由に論じ合い、倫理観に沿って行動し、間違いがあればそれを素直に認め、修正するというパブリック・リレーションズ的な社会的機能の欠落が垣間見られます。
緑資源機構の談合事件では、松岡氏が林道の官製談合問題で摘発された「緑資源機構」の受注業者から多額の政治献金を受けていたことが判明。これにより中央省庁、外郭団体、公益法人、関連企業に族議員が絡む癒着の構造が明るみになりました。これはいわゆる国民の税金が政治家に還流するシステム。この事件への関与が事実ならば、国民を代表し国家の平和と繁栄のために活動すべき政治家として、倫理に反する大きな問題といえます。
一方国会における、松岡氏の事務所の光熱水道費問題(ナントカ還元水問題)で野党は情報開示を要求。しかし松岡氏は国会での質疑に対し「開示は現行制度が予定していない。差し控えさせていただきたい」と答弁。終始逃げの姿勢で説明責任を果たそうとの姿勢は見られませんでした。
このように情報開示への努力もない、双方向性コミュニケーションを欠いた姿勢では国民からの理解を得られるはずもなく、批判と疑惑は強まるばかりでした。
これらの疑惑が彼の死にどのように影響したのかは明らかではありません。もし何かの関連があるならば、過ちを認め事実を明らかにし、自らを修正し新たな道を進むこともできたと思います。それが、国民の期待を担う政治家として果たすべき責任であったはずです。
組織に追従する個の弱さ
一連の報道を見ていると、責任を果たすことなく死を選択してしまった裏には、検察の捜査、世論や野党からの激しい批判によるプレッシャー、そして選挙を目前に控え、政府の方針により辞任できず、身動きが取れなくなったとのではないかとされています。
自分が間違いに気づき「自らが修正しようと試みても所属する組織がそれを許さない」そんな状況下で組織の利益を優先すると、必ずといっていいほど良からぬ結果を招きます。
今回の問題の根は深いところにあるといわれていますが、たとえ組織が歪んだ方向へ暴走しても、個が強ければ周囲に惑わされず、自分がとるべき行動がどのようなものなのか明確にできたはずです。また、自らが命を絶つことで周囲へ与える影響の大きさを考え、真摯に襟をただし再出発することも可能であったのではないかと思います。
本来人間は弱いものです。失敗を認め自己修正を受け入れる社会の実現が望まれています。
今回のケースは、混沌としたいまの時代にあって強い個を発揮し、自分の進むべき道を進むために必要な「人間の行動規範」とも言えるパブリック・リレーションズのベースが個の中に備わっていなかったために起きた悲劇であるといえます。
28日の松岡氏の自殺に続いて翌日早朝、緑資源機構の前身の森林開発公団理事であった山崎進一氏が自宅マンション6階から身を投げました。問題を自ら解決することなしに自分の命を捨て、この世を閉じることほど悲しいことはありません。
90年の松岡氏がはじめて総選挙で初当選したときの喜びの映像がニュース番組で流れていました。日本の農業の発展に尽くす彼の強い決意と希望に満ちた表情が画面いっぱいに伝わっていました。あれから17年、彼の上にこのような悲劇的な結末が待ち受けていたことを誰が想像したでしょうか。
最後に、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。