パブリック・リレーションズ
2007.02.09
「自己修正モデル」をテーマにメリーランド大学で特別講義〜共生を可能にする21世紀型のモデル
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
先日私は3年前にも招かれたことのある、ワシントンでのブッシュ大統領の朝食会をハイライトにした3日間にわたる会合で、世界から集まった多くのメンバーと交歓する機会を得ました。ワシントンは連日、日中温度が摂氏0度前後と厳しい寒さのなかでしたが、現地のビジネス・パートナーとの会合や大学での講演など、密度の濃い時間を過ごすことができました。先週に続き、今週もワシントン滞在中のお話をしたいと思います。
今回は、昨年9月のフィールド・サーベイでお会いしたパブリック・リレーションズの研究者ジェームズ・グルーニッグが教鞭を執る、州立メリーランド大学大学院生への特別講義の様子をお伝えします。同大学は創立150年の歴史を持つ、合衆国内トップクラスの州立総合大学で学生数は約3万5千人。
米国初公開の自己修正モデル
講義内容は私の提唱する「パブリック・リレーションズの自己修正モデル:Self-Correction Model of Public Relations」です。実はこのテーマでの本格的な講義は今回のメリーランド大が初めてです。今回の講義は、「倫理」「双方向コミュニケーション」「自己修正」が統合されているこのモデルが、パブリック・リレーションズの本場でもある米国アカデミズムの世界でどのように理解されるのか、強い興味をもった私がグルーニッグさんに相談したのがきっかけで実現しました。
グルーニッグさんは、丁度いい機会ということで快く大学側と掛け合ってくれたのです。授業は、コミュニケーション学部でグルーニッグ夫妻の友人で、倫理とイッシュ・マネージメント、パブリック・リレーションズを教えている気鋭のシャノン・ボーウェン助教授(Dr. Shannon A. Bowen)のクラス。
とりわけ倫理研究では米国で最先端をいくボーウェン助教授の授業の中での講義で、彼女の大学院コースが新学期を迎えタイミングもよく、その第2週目の授業でした。自己修正モデルの詳しい内容を知りたいと、ジェームズ・グルーニッグさんと彼の妻であり共同研究者でもあるラリッサ・グルーニッグさんも教室に来てくれました。当初90分の予定の講義は、大幅に時間を延長し、休憩なしの2時間半の授業。
授業では、近年、日本はもとより米国においても続発する不祥事の根源は倫理観の欠如にあると解説。そのソリューションとしてパブリック・リレーションズにおける「自己修正モデル」を紹介し、その必要性について語りました。
パブリック・リレーションズの新しいコンセプトである「自己修正モデル」。このモデルは倫理観に加え、双方向性を持ったコミュニケーションと自己修正の3つの要素を有すること。また、修正行為を特性に沿って4つに分類したこと。さらにこのモデルを高い倫理観と覚醒された人間性に基づいた共生と繁栄を可能にする21世紀型のモデルとして位置づけられることを説明。同時にこのモデルが、人間の行動規範(A code of conduct for humanity)にも適用できるものとしました。
続いて自己修正モデルの理論が、具体的にどのように実践に活かされるのかを示すため、PRのライフサイクル・モデルを紹介。このライフサイクル・モデルの独自性は、全体像が上昇する環をなすスパイラルを描く点です。その高次元化を可能にするのが自己修正であり、さらに自己修正をPRプログラムの各ステップに適用することで最短での目標達成を可能とすることなど、実際のケースを採り上げて解説。
今回の講義に出席した学生は、倫理を確保しながら目標達成が可能な手法に大いに興味を持った様子。講義を通して学生の社会を素直に見つめる視点や熱心に学ぶ姿勢など、アメリカと日本の学生の間にみられるいくつかの共通点に気付いたことも嬉しい発見でした。
学生からの質問も活発で、多岐にわたっていました。なかでも、Advocacy は「主張」を意味するが、主張は一方向性コミュニケーションにならないかとの質問を受けました。それに対し私は、主張内容に倫理性が担保されているかを見極める努力を惜しまないこと。そして自分の主張が誤りだったと気付いた場合、即座に自己修正を行なう態度で発信すれば、自己の主張だけをやみくもに推し進める一方向性の要素を排除できるのではないかと、答えました。
PRをより良い社会のために
授業の最後に、出席の学生に対して一つのメッセージを贈りました。それは、「イラク紛争やイラン・北朝鮮問題、地球温暖化問題など世界はより危険な方向へ進んでいる。米国をはじめ世界の国々が直面する問題が山積する中で、我々パブリック・リレーションズの実務家には、複雑多様化する社会における利益衝突や問題解決のためのインター・メディエータ(仲介者)としての役割が強く求められている」そして、「世界に真のソリューションを提供するには、パブリック・リレーションズをより良い社会へ導く手法として活用しなければならない。その実現に欠くべからざることは、一人ひとりの倫理観であり高い志である」。2時間半にわたる私の講義は終了しました。
「自己修正モデル」は米国でも非常に新しいコンセプトです。にもかかわらず学生の理解スピードは速く、リズムにのって授業を進行することができました。彼らが、私も執筆参加(共著)している The Global Public Relations Handbook をホームワークとして事前に読んでくれていたからかもしれません。
講義後は、車で30分ほどのワシントンに戻り、ボーウェン助教授共ども、グルーニッグ夫妻に130年に及ぶ伝統的な「コスモスクラブ」に招かれ夕食を共にしました。著名な科学者、文化人、芸術家、ジャーナリストなどにより130年前に設立されたコスモスクラブはヨーロッパの趣を感じさせる建物。壁には記念スタンプになった著名メンバーの切手コレクションが飾られていました。偶然、一つの切手が目に入りました。エドワード・バーネイズの Crystalizing Public Opinion (世論の覚醒化)のベースともなったPublic Opinion (世論)の著者、ウォルター・リップマンのイラスト画の切手でした。ノーベル賞受賞者や学者出身の大統領など多彩な顔ぶれを切手のなかに見ながら、当時ここで交わされた会話や議論に想いを馳せ、米国におけるアカデミズムの懐の深さを感じました。
世界政治の中心ワシントンでの4日間の滞在は、世界が深い混迷の中にある現実を再認識させてくれました。そして多様性を抱合できる倫理観をベースにした解決策が求められていることを改めて感じさせてくれました。今や一般の学生や市民の間にも、そうした意識が広がっているようにみえます。
大統領朝食会でのブッシュ大統領のことばが強く心に残っています。「世界は困難な方向へ向かっている。私は多くの支持者から励ましを受けている。『ミスター・プレジデント、あなたとあなたの家族のためにいつも祈っています』」。彼の抱えている苦悩が伝わってきます。
世界がパブリック・リレーションズを通して、混沌とした暗いトンネルの先にある輝かしい未来へ向かっていくことを深く願いながら、ワシントンを後にしました。
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