パブリック・リレーションズ

2007.01.26

PRパーソンの心得6 決断力

ネット社会において複雑多岐な問題を扱うパブリック・リレーションズの実務家は、常にすばやい決断力を迫られます。 しかも状況の変化によってはリアルタイムで対処しなければならないため、スピーディで最善の判断と決断が要求されます。

2006年2月10日の当ブログで、実務家に求められる10の能力 2.として「判断力」について書きました。そこでは、判断力とは「物事を認識、評価、決断する精神的能力」で、決断のベースとなるものであるとご紹介しました。今回は、PRパーソンの心得6として、「決断力」についてお話します。

潮目を読んで迅速に対応

『広辞苑』によれば、決断力とは「判断に迷う場面で、1つに決められる能力」とあります。

マキャベリ(1469-1527)は『君主論』のなかで、「決断力のない君主は、多くのばあい中立の道を選ぶ」と記しており、「決断力」がリーダーに欠かせない資質のひとつとして、古くから重要視されていたことを示しています。

決断には、瞬時に下さなければならない決断と時間をかけて下す決断がありますが、組織のトップやクライアントにアドバイスを与えるパブリック・リレーションズの実務家には、前者が特に重要となります。リアルタイム・ソフトウェアともいえるパブリック・リレーションズでは、潮目を読んで状況変化に迅速に対応できなければ、所属する組織やクライアントが大きな損失を被ることさえあるからです。

住民のための真の地方行政を目指し数々の革新的な改革を行なった、前三重県知事の北川正恭さんが在任中、シャープの亀山への工場誘致の際に採った決断には興味深いものがあります。他の自治体との競合状態のなかで、同社からの最終オファーを交渉担当者からの電話で即座に決断しプロジェクトを成功に導いたとされています。これなどは、状況判断を行い瞬時に決断し大きな成果を得た好例といえます。

決断のリスクを最小化するのは倫理観

決断に必要なものは、決断のベースとなる判断基準、直感そして勇気です。

スピーディに精度の高い決断を下すには、判断基準が必要です。その規範となるのが倫理観。この人間の行為における善悪の基準は、相手の視点に立った決断を促し、後に問題が発生するリスクを最小化してくれます。

天才棋士といわれる羽生善治は彼の著書『決断力』(角川書店)の中で、決断力が勝負を決するとして、「直感によって….閃いた手の7割の手は正しい選択をしている」と述べています。直観力は脳の中に蓄積され経験によって磨かれるものなので、経験によって養うことができます。しかし、過去の経験を知識として蓄積するだけでなく、複数の経験をつなぎ合わせて閃くように失敗や成功の原因と結果を常に整理しておくことが直観力を育てます。

決断とリスクは隣り合わせにあるといえます。決断するときはそのリスクも負うことを理解しなければなりません。複数の選択肢の中から一つを選び決断を下すことは、他の選択肢を捨てることを意味します。発生するリスクに対する責任を負う勇気が必要となるのです。それには、失敗を恐れないこと。失敗から学び成功の糧にするという強い心構えで臨めば、決断する勇気が湧いてくるはずです。

広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家は、 複数の当事者の間に立つインター・メディエータ(仲介者)として所属する組織やクライアント、それらを取り巻くパブリックの間に立ち、双方が納得できる解決策を提供しなければなりません。そして 組織のトップやクライアントが決断を下す際に必要となる情報や十分なカウンセリングを行なわなければなりません。

この原稿を書くなかで二つのことが思い出されます。一つは、問題解決のため機密扱いの調査資料の開示について顧客である米国本社の経営トップに決断を幾度となく促がしたことです。この調査資料が政治的に利用されたくないという顧客のこだわりに対して、PR会社がこうした行動をとることは、顧客と私の会社(井之上パブリックリレーションズ)とのPRコンサルテーション契約の破棄に及ぶ懸念もありました。

当時(1995年の4月頃)は、日米自動車・自動車部品交渉が決裂して自動車補修部品に対する米通商法301条の制裁措置が検討されるなか、円高が加速し瞬間的に1ドル=80円を割り込む(79.75円)状況でした。また、日米自動車部品問題について正確な情報が得られない中で、両国メディアによる相手国への非難合戦も続いていました。情報開示が日米両国の直面する問題解決に如何に必要とされているのか、顧客へ辛抱強い説得を試みたのです。最後の私の強いアドバイスから約1週間後、資料開示が顧客の経営陣によって決断されました。そしてこの調査資料が決め手となって日本の不公正さが明るみになり、国内補修部品市場の規制緩和への流れが生まれ、日米交渉は最悪の事態を回避することとなりました。

二つ目は数百人の犠牲者を出した薬害事件です。現職を含む複数の歴代社長が逮捕され、不買運動が吹き荒れている最中のことです。私は、次期社長就任が決まっている副社長に対し、社長就任時にこれまでの非を認め、企業責任を明確にすることを強く促がしました。新社長の決断は速く、過去の非を認めると同時にコンプライアンスの強化や再発防止策を異例のスピードで実施し、社会からの信頼を取り戻すべく第1歩を踏み出したのでした。

広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家には、日頃から決断力を意識的に身につける努力が求められています。 高い決断力はパブリック・リレーションズを成功へ導く推進力となるだけでなく、個を強化し、次世代のリーダーにふさわしい人格を形成することが可能となるのです。

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