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2011.10.17

技能五輪に見る若き技能後継者の「モノづくり力」 〜金メダル数が海外大会では40年ぶりの2桁

皆さんこんにちは井之上喬です。

今回は「技能五輪」についてお話します。皆さんは「技能五輪」についてどのぐらいご存知ですか?
技能五輪は、モノづくりで日本経済が驚異的な成長を遂げていた私の中学・高校時代、日本人参加者の活躍がTVや新聞で大きく報道されるなど、国民的関心事でした。

「技能五輪」とか「技能オリンピック」とか呼ばれるこの国際技能競技大会(World Skills Competition)の第1回大会が催されたのは1950年。スペインの若手技能労働者から声が挙がり、隣国のポルトガルが受ける形で両国からそれぞれ12人の選手が集い、技能を競ったことに始まるとされています。

その後、参加国も出場選手も増加し、若い技能労働者(参加資格は一部職種を除き22歳以下)の祭典として発展していきます。1979年のコーク(アイルランド)大会以降は、ほぼ2年に一度開催され、単に技能を競うばかりでなく、参加国の職業訓練の振興と参加者の国際親善・交流の役割も果たしてきました。

「メード・イン・ジャパン」を世界に

日本が参加したのは1962年のバルセロナ(スペイン)大会から。その時はスペインに次いで国・地域別の金メダル獲得数で2位の成績でした。その後、9大会(1963年-1971年)連続で金メダル獲得数1位に輝き「メード・イン・ジャパン」を世界に知らしめました。

これまで「技能五輪」は、日本でも1970年(東京)、1985年(大阪)と2007年(静岡)の3回開催されています。

今年、第41回技能五輪国際大会は英国ロンドンを会場に51の国や地域から約1000人が参加し10月5日から4日間の日程で46の競技が行われました。
日本選手団は39職種に44人の選手を派遣。日本は従来から得意とする「メカトロニクス」や「CNC旋盤」といった機械・製造分野だけでなく「ITネットワーク管理」などの競技職種で金メダル11個を獲得し、前回大会(2009年カナダ・カルガリー)の6個を大きく上回り、モノづくり日本の底力を世界に示したのです。

海外大会で日本が2桁の金メダルを獲得したのは1971年のマドリッド(スペイン)大会以来40年ぶりの快挙でした。
今回第1位となったのは韓国で13個の金メダルを獲得。韓国にとっては17回目のトップの座となります。

こうした成果に李明博(イ・ミョンバク)大統領が祝福のコメントを発表したり、入賞者には賞金と勲章が授与され、国家技術資格試験や兵役なども免除されるなど、国を挙げた支援と無関係ではないようです。

またこれまで上位にランクされていないブラジルが4位に急浮上。中国が初参加でいきなり銀メダルを獲得するなど、韓国ばかりでなく新興国がモノづくりの人材育成を国策として取り組む姿勢が印象づけられる大会でもあったようです。

技術立国に不可欠な技能の継承

東日本大震災福島原発事故後の日本の製造業は、事業継続への対策の遅れや電力不足、国内消費の低迷、そして円高などの要因で海外シフトを加速させています。

しかし、大震災からの復興を遂げて日本経済を立て直していくためにはなんとしても産業空洞化は防がなくてはなりません。
産業のベースとなるのがモノづくりの力。科学技術がどんなに進んでも、モノづくりの力はイノベーションの原点として欠かすことができないからです。

昨年6月、菅政権の下で日本の復活を目指して7つの戦略分野の具体策を盛り込んだ「新成長戦略」が閣議決定されました。そのひとつが科学・技術・情報通信立国戦略。

一方、日本の産業界は、かつての経済成長を支えた団塊世代の大量退職期とも重なり、熟練工から若手への技能継承に真剣に取り組むべき時期を迎えています。

残念ながら科学・技術・情報通信立国戦略を掲げる政府には、イノベーションを支える技能の人材育成についてどのような展望を描いているのか、そのフレームは見えてきません。

海外大会では40年ぶりに金メダル獲得数を2桁に乗せた日本にとって、この勢いをいかに持続させるかが課題といえます。

いまやモノづくりが繊細で、我慢強く、研究心旺盛な日本人に適していることは、国民的合意。より多くの若者が「技能五輪」での頂点を目指すことで日本のモノづくりのすそ野は大きく拡がってきます。

しかし企業に任せきりの現在の体制では、日本の若者のモノづくり力は韓国にますます差をつけられ、新興国に追い立てられるのは必至。国と企業が一体となって取り組むオールジャパン体制が求められるところです。

一方で「技能五輪」に関するマスメディアの報道は10月11日が新聞休刊日だったこともあってか、記事の扱いに勢いがありませんでした。全国紙では2紙が地方版扱い、産業紙では日刊工業新聞が1面トップで伝えている以外はあまり大きなスペースを割いておらず、折角の快挙にもかかわらずほとんどの国民に情報は伝わっていません。

BRICSの台頭は、モノづくり日本の将来を方向づけました。それは日本が常に付加価値の高い製品を世界に送り出すことでしか生き残れないということです。

日本がモノづくり大国を目指すかどうかは、国民的合意の中で政治がこの問題にどのように取り組むかにかかっています。

こうした環境づくりにパブリック・リレーションズ(PR)の専門家の果たす役割も大きいと思います。

20世紀の米国の繁栄はモノづくりとは無縁ではありませんでした。米国の若者が金融街で起こす抗議デモは、モノづくりを放棄し、ひと握りの人々にしか利益をもたらさない金融大国米国がたどるべき当然の帰結としか私には思えてなりません。

 

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