パブリック・リレーションズ
2007.04.28
自己修正を精緻にする「メタ認知」
こんにちは、井之上喬です。
いよいよゴールデン・ウィークに入りました。
みなさん、いかがお過ごしですか。
私の提唱する自己修正モデルは、倫理観を判断基準とし、双方向性を持ったコミュニケーションを通して特定されたパブリックへ情報発信し、主体(個人や組織体)と客体(パブリック)双方の変容を促がす活動です。この際、主体が自己修正機能を持つことでより深いレベルでの修正が可能となります。その修正を確実なものとするのが「メタ認知」。今回は「メタ認知」についてお話します。
ソクラテスも探求した認知の概念
「メタ認知」は、心理学、哲学に用いられる概念。自分の思考、記憶、判断について別の次元から主体的に内省することです。メタとは、「上位の」「より高次の」あるいは「〜を超えた」を意味する接頭辞。 また、認知とは、自分自身を取り巻くさまざまな環境を認識し行われる知的活動の全般を指します。
メタ認知の歴史的源流は紀元前5世紀。ギリシャのソクラテスまでさかのぼります。彼は「産婆術」という問答法を発案。若い弟子たちに対して質問することにより、「 自分がよく知っているつもりでいたことについて、実は無知であった」 と気づかせようとしました(無知の知)。今から2500年前、既に問答を通して「真の知」を生み出すメタ認知の概念がソクラテスにより説かれていたとは驚きです。
心理学の分野でメタ認知という用語が使われ始めたのは1960年代。子供の記憶に関する発達研究において概念化が進みました。その後70年代、発達研究で著名なフレイヴェルやブラウンの研究によりメタ認知という概念が急速に広まりました。
フレイヴェルは彼の論文「メタ認知と認知的モニタリング(Metacognition and cognitive monitoring)」でメタ認知を次のように定義しています。
「メタ認知とは、具体的な目標や目的に従い、認知の過程における認知の対象あるいはデータに関して、積極的にモニターし、その結果、修正を行い、望む効果を得られるように構築することを指している」(湯川良三、石田裕久訳)
メタ認知は「鳥の目」、「神の目」
フレイヴェルはメタ認知を知識と活動の二つに分類。それぞれをメタ認知的知識とメタ認知的活動と名づけました。メタ認知的知識とは、メタ認知の過程やその結果に影響を与える、メタ認知を行うプロセスにおいてベースとなる知識です。一方、メタ認知的活動とは、メタ認知を行う過程における行為です。
メタ認知的知識は普段あまり意識しない知識です。しかし、思うように物事が進まないと感じるとき、メタ認知的知識が誤っている可能性があります。例えばメタ認知的知識を持っている人で「自分は常に正しい判断を下すことができる」と考える人が、ある判断に対し周囲の賛同を得られない場合、「私は間違っていない。周囲の人が間違っている」と思い込んでしまう可能性があります。従って、目的を効率よく達成するためだけではなく、失敗の原因などを正しく見極めるためにも正確なメタ認知的知識を持つことが極めて重要となります。
これに対してメタ認知的活動は、計画、モニタリング(監視)、評価、コントロール(制御・修正)というプロセスを通して行われます。ネルソンとナレンズは認知的活動がメタレベルと対象レベルの2つのレベル間の情報の交換や流通により行われるとしました。
メタレベルの自分が気づきや評価などのメタ認知的知識を対象レベルの自分から吸い上げることでモニタリングします。そしてメタレベルの自分が問題に関する判断を行ない、対象レベルの自分をコントロールするというプロセスです。
例えば、ビジネス現場で目標売上げ100%を達成するといった目標を立てた場合、計画立案し、マーケティングや営業活動をモニタリングしながらその計画を実施します。その結果達成率が80%しか得られなかった場合、モニタリングにより問題点を把握、評価し、その結果、マーケティングの方向性とターゲットの絞り込みに問題があると判断すれば、これらの点について検討を加え具体的に計画修正を行ないます。
この機能を倫理観をベースとしたパブリック・リレーションズにおける自己修正に適用すると、自己修正がより正確かつ有効に行なわれます。メタ(上位)のレベルから対象レベル(自分自身の行動、考え方、知識の量、特性・欠点など)を眺めることで、客観的な視点が確保されます。この客観的な視点で倫理観というメタ認知的知識を判断や評価のベースに位置づけ、「必要に応じて自己の深い部分で自らを修正」することが可能となってくるのです。
2005年12月、イランのパブリック・リレーションズの研究機関に招かれテヘランで講演した際、国際的な場で初めて自己修正とメタ認知の関係性についてしゃべったことがあります。会場からのメタ認知についての熱心な質問に対して、「メタ認知は鳥瞰するという意味合いにおいて『鳥の目』ともいえるが、神の目ともいえる」と述べたとき、満員の場内は大きくどよめきました。信仰心の篤いイランの人たちにとって、メタ認知は強い好奇の対象となったのです。
私は昨年11月、東京で開かれた日本広報学会「第12回研究発表大会」で、この概念を「メタ認知を適用した自己修正機能の重要性」と題して正式に発表しました。混沌とした世界にあって今求められているのは、個人や組織体が自らを正しい方向へと導くことのできる確かな手法だと思います。
21世紀型のパブリック・リレーションズにおいて、自己の立場を認識して互いの違いを認め、修正する行為は極めて重要です。メタ認知を適用した自己修正は多文化・グローバル社会での異なる個人や集団による相互の良好な関係の構築・維持のために必要不可欠な機能といえます。