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2008.07.26

私の心に残る本 17『世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃』 〜アメリカは北朝鮮よりも危険な国

世界を不幸にするアメリカの戦争経済 イラク戦費3兆ドルの衝撃

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

戦争は絶対に起こすべきではない。これはこれまでの人生の中で私が学んで得た結論であり願いです。
2003年3月、米国と有志連合によるイラク侵攻が開始。わずか6週間後、空母甲板上でのブッシュ大統領による勝利(任務完了)宣言がなされました。あれから5年、終わることのない戦争は当時よりも激しさを増し、多くの民間人や兵士の命を奪っています。

本書『世界を不幸にするアメリカの戦争経済?イラク戦費3兆ドルの衝撃(原題:The Three Trillion Dollar War- The True Cost of the Iraq Conflict)』(楡井 浩一訳、2008:徳間書店)は、戦争がいかに無駄で、空しく、すべてを破壊するものであるかを平易な表現で、具体的な数字を提示し読者に強く訴えています。

日本の国家予算の4倍弱、ベトナム戦費をも上回る驚愕な数字

著者は2001年、ノーベル賞経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティグリッツとリンダ・ビルムズ元商務次官補。スティグリッツは、1943年米国生まれ。エール、オックスフォード、プリンストン、スタンフォードなどで教鞭をとり、93年クリントン政権に参画。97年から2000年まで、世界銀行の上級副総裁兼チーフエコノミストをつとめ、現在はコロンビア大学教授。

8章で構成されている本書は、「ブッシュが3兆ドルをどぶに捨てた」(1章)、「兵士たちの犠牲と医療にかかる真のコスト」(3章)、「社会にのしかかる戦争のコスト」(4章)、「原油高によって痛めつけられるアメリカ」(5章)、「グローバル経済への衝撃」「泥沼からの脱出作戦」(6章、7章)、そして「アメリカの過ちから学ぶ」(8章)と、その章立ては読者のこころをはやします。

著者は、「ブッシュ政権は戦争による利益を見誤った。ブッシュ大統領とその顧問らは、迅速で費用のかからない戦いを予測していた。ところが、それはだれにも想像できなかったほど高くつく戦争になった。」と開戦直前のラムズフェルド長官たちが見積もった戦争コストを提示。そのコストは、日本など他の国々の負担も含めわずか500-600億ドルであったことや国際開発庁のナツィオス長官のイラク再建に要する費用がわずか17億ドルと見積もられていたことなど、ブッシュ政権の予測の甘さを厳しく指弾しています。

そして実際のコストは3兆ドルになると莫大な数字を示したのです。そして米国の直接的な軍事活動のコスト(負傷した退役軍人の医療費などの長期的コストは含まない)は12年続いたベトナム戦争のコストをすでに超え(1.5倍)、朝鮮戦争の2倍以上に達していると指摘。また湾岸戦争のほぼ10倍、第1次世界大戦の2倍としています。一方、現在、イラク、アフガニスタンに費やす1か月の“回転資金”は160億ドル。この数字は国連の年間予算、あるいは米国13州分の年間予算に等しいと分析しています。

3兆ドルといえば300兆円超もの巨額。実に日本の1年の国家予算(2008年度一般会計)83兆円の4倍弱。つまり毎年、日本の国家予算の約80%をイラク戦争に投じていることになります。

なぜ米国政府のコスト見積もりに大きな乖離が生じているのかについて、著者は、イラク戦争のコストで国防総省の予算で補えない分は、社会保障局や労働省など他の公共部門へ移すことで操作され、巧妙な経費隠しが行なわれていると指摘しています。

またアメリカ政府の会計報告のやりかたについては、戦争のコストをさらにあいまいなものにしているとし、「政府の帳簿つけに用いる標準的な方法は“現金主義“会計を基本とする。」と米国政府が現金主義をとっていることを明らかにしています。その結果、実際の支出は記録されても、戦争の場合に生じる要素である、将来の医療や障害補償コストなどを含む将来的債務は無視。その時点での支出を低く見せることができると語っています。このため「アメリカでは食料雑貨店より大きい会社はすべて、“発生主義”会計を用いるよう法律で定められている。」としています。「このシステムでは、将来実際につかったときにではなく、将来かかるはずのコストが現時点でしめされる。現金主義会計と発生主義会計の不一致は、常に問題の種」と国防総省の不正な会計実務を使っての経常予算からのイラク戦争への支出の隠蔽を指摘しています。

1兆ドルで何ができるのか?

本書は、世界における米国の評判が、史上最低のレベルまで落ち込み、米国が市民権と民主主義の砦と見なされなくなったという最も憂慮すべき事態にあると指摘。「“民主主義のため”に仕掛けられたイラク戦争は、民主主義の名に泥を塗った。この結果、ドイツ人の65 パーセント、スペイン人の66パーセント、ブラジル人の67パーセントが、アメリカ的な民主主義の解釈に嫌悪感を示した。」そして世界中の大多数の人びとにとってイラク占領中の米国は世界平和に対する脅威度でイランを凌駕していると、ピュー研究所の調査結果を紹介しています。この調査では対象となったすべての国で、世界平和に対するアメリカの脅威度は、北朝鮮の脅威度よりも高いと認識されていることを明らかにしたのです。

著者は、戦争につぎ込んだ3兆ドルは、他の目的で使えばとてつもない効果を生み出したはずと主張。3分の1の、1兆ドルで「...800万戸の住宅を建設でき、1,500万人の公立学校教師を採用でき、1億2,000万人の子どもを1年間健康保険に入れるか、4,300万人の学生を奨学金で4年間公立大学に通わせることができたかもしれない。」と試算。

著者はまた、このお金を教育、科学技術、学術研究などに投資していれば、もっと大きな経済成長や将来の課題に対処でき、代替エネルギー技術の開発などで環境問題の解決や石油依存度の低減も可能になっていたとも論じています。

イラク戦争で戦闘に参加している米軍人の被害も甚大。VA(退役軍人省)の病院や診療所で医療を求めるイラクおよびアフガニスタンからの帰還兵も2003年の13,822人から2008年の263,000人と急増して社会問題化しているとしています。

最後の8章では、「そしてアメリカの過ちから学ぶ」は、「イラクにおける今回の失敗は、ベトナムの敗戦とよく似た懲罰効果をもたらすだろう。」とし、将来おなじような紛争が発生したときの米国の関与に対する躊躇の姿勢を予測。泥沼化の可能性のある紛争に巻き込まれるさいには、より慎重な手続きを踏むことの必要性を説いています。そして著者は、「未来のための18の改革案」をあげています。その半数が、情報プロセスと意思決定プロセス(予算編成プロセスを含む)の改善に関するもので、残り半数は、帰還兵の処遇に関するもの。

著者は、「最良のシナリオどおりに事が進んでも、これからの10年間のイラク戦費は莫大な額にのぼる」と予測。「アメリカはイラクにたいして国土の安全を長期保障しており(中略)約束履行にアメリカ軍は半永久的にイラクに駐留しつづける必要がある」としています。そして、「2003年にくだした拙速な決断は、アメリカを長きにわたって縛りつけており、このつけは来るべき未来の世代が払うことになる。」と将来にわたって問題を引きずって行くと明言しています。

本書は米国の横暴を告発するものの、米国の世界での役割の重要性を説いています。「なぜなら、現代の世界が直面する全地球規模の諸問題を解決するとき、アメリカのリーダーシップは重要な役割を果たしうるからだ。」
先日、ミネソタにいるアメリカ人の友人からメールが回覧されてきました。その内容は、米国がこれまでイラクでいかに貢献(雇用、教育、治安、医療など)してきたかをそれぞれ数字で示したものでした。米国のメディアがとりあげていないとして、知り合いから知り合いへと回覧されたものでした。

戦争はいつも末端の人たちが犠牲になります。本書と友人からのメールに目を通しながら、覚醒されたリーダーの不在がいかに米国、そして世界を混乱に陥れているか痛感しました。パブリック・リレーションズ(PR)の実務家は、混乱した世界にあって、よりよい社会の実現のために、所属する組織体の職務を通して、強い意思で取り組んでいかなければなりません。

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