時事問題

2008.03.01

イージス艦衝突事故〜パブリック・リレーションズ不在の不祥事、再び

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

千葉県・野島崎沖で起きた海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故。事故発生から8日後の2月27日、ようやくあたごの艦長が行方不明の父子の自宅を訪れ謝罪しました。

民間人が巻き込まれた今回の事故。自衛隊による謝罪までの時間は、あまりにも長すぎました。これは一般の国民には理解できない対応。しかしこの対応こそが今回の事故を象徴しているともいえます。

許されぬミスの連鎖

これまでの調べで今回の衝突事故は、「あたご」による不十分な監視や連絡ミスなど、漁船を把握しながら状況に適切に対応しなかったため起きた人為的事故であることが明らかになってきました。

防衛省や自衛隊は国の安全を担うべきプロとして情報を迅速かつ的確に取り扱うべき組織。にもかかわらず防衛省・自衛隊の対応は表面的にみて、情報収集において緩慢、情報開示においては消極的。度重なる内部でのミスや対応の遅れが問題を巨大化させており、彼らの危機管理意識や能力に疑念を持たざるを得ない状況です。

乗組員による漁船の視認が2分でなく12分前であった事実や海上保安庁の事情聴取前に、石破茂防衛相を含む防衛省・自衛隊首脳が大臣室で航海長から聴取事情を行っていた事実など、発表が後手後手の状態。情報開示の遅れ。これらの不手際な対応を見ていると、防衛省・自衛隊が国民の方を向いて組織運営を行なっていないことの証しともいえます。ここにパブリック・リレーションズの不在が見て取れます。

もし防衛省・自衛隊に、目的達成のための対象となるパブリック(国民、漁民、地元民、あたごの乗組員、海上保安庁など)の視点があれば、情報を共有して事故を未然に防ぐことを可能にしたかもしれません。不幸に起こったとしても事故発生直後からの迅速な事実の究明、情報開示、謝罪など、素早い危機管理対応が可能となり、事故再発防止に向けた組織への信頼回復も高まっていったはずです。

しかし連日メディアの報道から垣間見られるのは、防衛省・自衛隊の情報収集能力や国民に対する情報開示能力の貧困。機密情報を取り扱う能力さえ疑われるほどのお粗末な対応ばかりです。そこには自己修正の片鱗も見えません。

情報隠蔽は自滅の始まり

軍艦としてのイージス艦の性能など防衛省や自衛隊に機密事項が存在することは国民にも理解できること。しかし明らかにされるべき基本的な事項が知らされていないために、国民の不信感は募るばかりです。つまり、「いつ」、「どこで」、「誰が」、「何を」の5W1Hの極めて基本的な情報が国民へ知らされていないのです。

前にも述べているように、今回のケースではおかしなことに、事故発生日で行方不明者捜索の真っ只中、海上保安庁への事前連絡もなしに、あたごからヘリコプターで防衛相へ直接報告があったとされていることです。この事実もごく最近明るみにされました。組織ぐるみの隠蔽と疑われる行動を自らとっていることになります。

自衛隊存在の目的は、日本の平和と独立を守り、国民の生命と財産を守ること。今回の一連の自衛隊の行動で残念なことは、その目的が組織防衛となっている印象を内外に与えてしまったということです。組織内の広報がまったく機能していない証左となってしまいました。

どのような組織体にも当てはまることですが、インターネット時代では、何かの事故が起きた場合、事故後の対応において隠せるものは何もないということです。これを怠った場合、かえってパブリックの信用を失ってしまいます。特に防衛省にあっては、今回のような迷走によって国民は勿論のこと、国際社会までが日本の防衛に不信感を持ち、ひいては国家の安全を危険にさらすような事態に繋がらないとも限らないということです。

今回の事件は、パブリック=相手の視点を持たないために倫理観双方向のコミュニケーション自己修正機能がことごとく欠落したために起きた典型的な不祥事。このケースは、パブリックの視点の欠如がもたらすリスクの大きさを改めて私たちに教えています。

情報流通が多様性を極める21世紀においてパブリックの目は世界中に張り巡らされ、組織体に逃げ場はありません。最低限の情報開示もタイムリーにできない組織は、結果的に自滅への道を歩むほかありません。

一日も早く二人の行方不明者が発見され、海上保安庁などによる事故の原因究明と迅速な再発防止策が講じられることを願うばかりです。

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