皆さんこんにちは、井之上 喬です。
二十四節気のひとつである寒露(かんろ)を過ぎ、冷気も強まって本格的な秋の訪れを感じるようになりました。あの猛暑がウソのようですね。
今回は究極のエネルギー源として注目を浴びる「水素」をテーマにお話します。
2009年の春、私の私的研究会として「水素研究会」を立ち上げました。前年には地球温暖化問題をテーマに北海道洞爺湖G8サミットが開かれ、温暖化の元凶として化石燃料による二酸化炭素(CO2)問題が世界の共通課題として急速にクローズアップされました。
以降、脱石油を合言葉に、化石燃料からの脱却に拍車がかかりました。太陽光、風力、バイオマスなどの自然エネルギー、および原子力などの代替エネルギーの開発競争が世界の先進国の間で繰り広げられるようになったことは、皆さんもご存知の通りです。
日本の未来を担うグリーン水素
私はこうした背景のなかで、「高温ガス炉」(原発の一種で軽水炉と異なり、冷却には水を必要としない)を使って生産するCO2排出ゼロのグリーン水素に一番大きな可能性を感じていました。日本がCO2ゼロエネルギーの生産国となり、これらの技術の輸出国になることも可能だと思いました。こうした可能性の追究と実現への想いが当初の「水素研究会」にドライブをかけていました。
記念すべき第1回「水素研究会」(2009年5月25日)では、研究会メンバーのひとりである独立行政法人日本原子力研究開発機構の大洗研究開発センター副所長の小川益郎さんに日本の水素研究の現況や高温ガス炉における水素生成についてのお話をお伺いしました。
この研究会のメンバーは、水素開発の専門家をはじめジャーナリスト、企業で水素関連事業を担当するエグゼクティブ、官僚OBなど十数名で構成されています。会合は2ヵ月に一度のペースで、私が経営する井之上パブリックリレーションズの会議室を会場に催しています。
分野毎に第一線の外部専門家やメンバーが講師となって「九州大学を中心とする水素社会実現への取り組み」、「軽水炉と高温ガス炉の違い」、「燃料電池(SOFC)の商用化動向」、「マイクロ水力発電」、「第三のエコカーとしての水素バイフューエル自動車」、「バイオマスを原料とする水素発生装置」などをテーマにこれまで18回の会合を重ねています。
この「水素研究会」での交流が基となって画期的なプロジェクトに参画することになります。
そのきっかけは、水素研究で日本の第一人者である山根公高さんとの出会いです。山根さんは東京都市大学(旧・武蔵工業大学)の総合研究所水素エネルギー研究センターの准教授で、日本における水素自動車の研究・開発で40年のキャリアをもつ科学者。
現代日本のトップレベルの科学者11名を取材した竹内薫さんの著書『ブレークスルーの科学者たち』(2011年、PHP研究所)では、先日ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥さんらとともに紹介されるほどの逸材です。
あるときその山根博士から同博士が技術指導を行っているベンチャー企業のITカーズ(本社:東京都千代田区神田)を紹介されたのです。同社は「ガソリン混合水素エンジン」自動車の実用化を目指していました。
そのITカーズがこのたび水素を主燃料としガソリン混合でも走る、「ガソリン混合水素エンジン自動車」の開発に成功したのでした。
世界で10億を超えるガソリン車をどうするのか?
国内で約7,560万台(自動車検査登録情報協会2012年調べ)、世界では10億台を超えるといわれる保有自動車台数のほとんどはガソリンを主燃料とする内燃機関車です。
しかし100%水素を燃料とする水素自動車は世界のいくつかの自動車会社は開発を行っていても、ガソリンより容積当りのカロリーが小さい水素を他の燃料と組み合わせて走らせる試みはなく、世界のどのメーカーも手をつけていない未開発な分野でした。
ITカーズは、コンバージョン(機能変換)キットによる世界初となる「ガソリン混合水素エンジン」を開発したのです。
このガソリン混合水素エンジンの実用化に向けて、コンバージョンキットの開発に中心的役割を果したのはITカーズ技術部長の今井作一郎さん。試作車は既に車検をクリアし公道走行を可能にしています。
今井さんは1998年のパリ・ダカールラリーにおいて市販車改造ディーゼル・クラス(T2-2)で2回目の参戦にして見事クラス優勝を遂げた伝説のエンジニア。
新エネルギー、環境対策の視点から次世代自動車の動力源について、これまで100年余の技術蓄積を有する内燃機関とするか、モーター系の電気自動車や燃料電池車(FCV)にするかについて国際的な議論を呼んでいます。この世界初となる「ガソリン混合水素エンジン」は、既存の自動車製造のインフラを利用して新たなソリューションを実証することとなったのです。
私の会社がITカーズから委託を受けて9月25日に記者会見を催しました。TV、新聞、雑誌、通信社や海外メディアを含め50を超えるジャーナリストが集い、この世界初となる「ガソリン混合水素エンジン」試作車(スズキワゴンR)に熱い視線が注がれました。
*写真左は記者会見場に併設される展示場での試作車公開風景と右は試作車に設置された水素タンク
試作車のトランク部分に積んだ水素タンクやエンジンルームを食い入るように見つめるジャーナリストの姿勢を目の当たりにして、四半世紀近くも前のある記者会見でのシーンを想い起しました。
それは、アップル社がマッキントッシュを発表した記者会見(1984年1月24日)で日本初公開となったMacを食い入るように見つめるジャーナリストの熱い視線でした。
新しい時代を切り開くかもしれないという直観的な思いは、実現に向けての強いドライビングフォースになります。
前回の私のブログでは「新製品開発や新規事業進出で日本企業は一番風呂に入らない…」と書きました。
ITカーズは、この言葉とは逆にリスク覚悟で自動車業界における情報システムや市場戦略など新しいビジネスモデルの開発に果敢に取り組んできたベンチャー企業で、創業は2007年。
これまで困難な経営問題に直面する時期もあったようですが、新車ではない既存の自動車をエコカーに変え、自動車業界の中小企業(特に自動車整備工場)を活性化させたい、またそのことが日本の水素社会の推進に繋がるとする熱い想いを変えることなく「ガソリン混合水素エンジン」の開発を進めてきたといいます。
この開発を下支えした山根さんの口癖は「とにかくやってみること」。あれこれ考えているより、まず物事を始めることといいます。」
私はパブリック・リレーションズ(PR)の立場から、水素社会に向けた新たなソリューションとなるこのプロジェクトを、これからもサポートしていきたいと考えています。