趣味
2009.03.28
私の心に残る本24 『資本主義はなぜ自壊したのか』〜中谷巌の懺悔
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか?
サブプライム・ローン問題に端を発した世界的な経済不況を受けて、その失敗に対する検証があちらこちらで行われ始めています。前回紹介した書籍、『アメリカモデルの終焉』につづいて、今回は中谷巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長)さんが書いた『資本主義はなせ自壊したのか』(2009、集英社インターナショナル)をご紹介します。
中谷さんは、ハーバード大学留学後、大阪大学、一橋大学の教授を歴任。そして細川内閣や小渕内閣で規制緩和や市場開放を積極的に主張し、小渕内閣では「経済戦略会議」における議長代理として構造改革路線の旗振り役を務めた人。本書では「構造改革」の急先鋒として知られた中谷さんが、アメリカ初の世界同時不況を契機に明らかにされつつあるグローバル資本主義の問題点を指摘し、日本再生への手がかりを見つめ直しています。
グローバル資本主義、3つの欠陥
中谷さんは第1章冒頭で、自分はなぜ転向したのかを語っています。1969年、日産自動車を休職し、ハーバード大学博士課程留学中にアメリカの大学の教育環境や綿密なカリキュラム、教授陣の顔ぶれ、それらのすべてに圧倒され「アメリカかぶれ」になったとしています。
しかし、その豊かな中流層が中核の米国社会は、80年代初頭レーガン政権によって決定的な変質を起こします。レーガノミックス推進で沈滞化していた経済をある程度成功させるもその後たった30年足らずで所得格差の拡大、医療福祉の後退により、中流階級は消滅したと語っています。
「(グローバル)資本主義は本質的に暴力性を持ったものである。そして、このモンスターを上手にてなずけないかぎり、資本主義は社会を破壊し、人間という社会的動物の住む場所を奪っていく」
1991年のソ連崩壊を機に急速に進んだ市場のグローバル化とインターネットの発達により、 グローバル資本主義が世界中に広がっていきました。安い労働力を提供した中国やベトナムなどの新興国は経済的な発展を遂げ、先進国は投資の収益で潤い、世界はグローバル資本主義に酔いしれました。
しかしそこには本質的な欠陥があったと中谷さんはいいます。中谷さんはそれらの欠陥に、1)世界金融経済の不安定化 2)格差の拡大 3)地球環境の破壊の3つを挙げています。
その中で中谷さんは、世界経済の不安定化の要因は、バブルの生成と崩壊にあると述べています。グローバル資本主義に内在するこの機能によって、巨大なバブルの崩壊は引き起こされ、いま世界経済は未曾有の大不況に苦しんでいるとしています。
2つ目の本質的欠陥は、強者がすべてを獲得するグローバル資本主義が、格差拡大を生み出し、健全な中流階級を喪失させ社会の二極化を生み出したと分析しています。ここで中谷さんは、平等社会と謳われた日本も、米国の後を追いかけた結果、いつの間にかアメリカに次ぐ世界第2位の「貧困大国」に転落した事実を指摘。 そして彼は、そのような状況下で日本の「安心・安全」が急速に失われていると訴えています。
最後の地球環境破壊に関しては、地球環境を顧みずに開発を進めた結果、環境汚染を加速させていると述べています。そして中谷さんはこれら3つの傷は、世界が、責任と義務を無視して自由と富を追求した結果、資本主義が暴走しモンスター化したことでつくられた負の遺産であるとしています。
さらに中谷さんは4章と5章で米国の成り立ちを歴史的に俯瞰し、個人主義や知恵のあるものが社会を支配するシステムなど、グローバル資本主義の基底となっている国の成り立ちを分析しています。
安心、安全を世界に
「今後日本がとるべき方向性は圧倒的に『環境分野』での貢献だと考える。『環境のことなら日本に聞かなければいけない』というところまで、国を挙げて打ち込むのである。(中略)10年もすれば世界は日本こそ救世主になると評価してくれるはずである」。中谷さんのこの考えには私も全く同感。
中谷さんは、新自由主義的改革においては市場至上主義がさまざまな副作用を生んだとして、日本のよき文化的伝統や社会の温かさをとり戻す独自の再生の道を説いています。日本の地域や文化、気質に根ざした改革として、「安心・安全」をキーワードにあげ、世界に向けては日本の自然観である「共生の思想」をもとに環境立国の実現を説いています。
国内の安心・安全の実現には、人と人との連帯感が感じられる、地域に根ざした再生発展が必要と説き、地方分権することで行政単位を小さくすれば、国民の幸福感を実現できるシステムの構築が可能となるのではないかとしています。
中谷さんは税制は高くても、徹底した福祉で国民の安心感と安定感を実現している国としてスウェーデン、ノルウェーなどの事例を取り上げ、富の再分配の実現へ向けて税制改革の必要性を述べています。また中谷さんは、国の経済的な豊かさは低くても国民の幸福感を実現している国としてキューバやブータンを紹介し、市場至上主義に改めて警笛を発しています。
中谷さんは「自由には規律が必要である。規律なき自由は無秩序をもたらす」と論じています。規律を失った自由は制御を失いやがてどこかで崩壊します。パブリック・リレーションズ(PR)で言えば、規律とは倫理観のこと。倫理観不在で人が欲望のままに走り続けたら、多様性を抱合する共生は困難を極めるはずです。
ここでいう倫理観は、最大多数のための最大幸福を実現させようとする「功利主義」と、困っている人がいたら、たとえ嫌であっても救いの手を差し伸べなければならないと説く「義務論」が補完関係にある倫理観。
本書は、格差や貧困を生み出し、環境を破壊する近年のグローバル資本主義を批判するだけでなく、人を幸せにする改革とは何かを模索しています。本書で語られる中谷さんの告白は、ほぼ同時期にパブリック・リレーションズ(PR)の専門家として多くの海外企業の日本参入を支援してきた私の心に深く染み込んできます。大変に読みやすく、内容的にも興味深いものです。是非手にとってみてはいかがでしょうか。