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2007.01.06

映画『硫黄島からの手紙』〜私たちへのメッセージ

新年あけましておめでとうございます。井之上喬です。
皆さんはどのようなお正月を過ごされましたか。

1945年2月19日から36日間にわたり繰り広げられた米軍上陸による日米最後の攻防戦、硫黄島の戦い。この攻防戦をクリント・イーストウッドが監督し日米の双方の視点で2部作の映画として描いた『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』。昨年暮れに、これらの作品を観る機会を得ましたが、とりわけ『硫黄島からの手紙』は観客を圧倒しました。

この作品では、超大な米軍の戦力を前に知略で迎え撃った日本軍指揮官、栗林忠道を中心に、36日間耐え忍んで戦い抜いた男たちが個性豊かに描かれています。

戦争には勝者も敗者もない

米国やカナダに在住経験を持ち、西洋を理解していた栗林忠道。彼は米軍上陸の際、水際での応戦に重点を置く作戦本部の戦略を翻し、地中に18キロにも及ぶトンネル、数多くの洞窟を掘り持久戦で応戦。5日で陥落すると思われた硫黄島を36日間も持ちこたえさせます。双方で5万人近い死傷者を出し、結果として太平洋戦争後期の島嶼防衛戦で、アメリカ軍の死傷者が日本軍の死傷者を上回った唯一の戦場となったのです。

ここで一貫して描かれているのは、戦争の悲惨さです。戦地で戦う兵士たちには勝者も敗者もなく、双方共に傷ついていきます。戦士であると同時に一人の人間である兵士の尊い命がいとも簡単に失われていく姿をみていると、いかなる大義のもとであっても、戦争は非情かつ許されざる行為であるという強い思いがこみ上げてきます。

第2次世界大戦における日本人の死者は300万人を超えました。世界で唯一の被爆国ともなった日本。戦後日本は平和主義を貫いてきました。しかし戦争終結から61年たった現在でも、世界の至る所で民族間や国家間の紛争が起こっています。核保有国はいまや8カ国を数え、北朝鮮の核実験やイランにおける核疑惑の問題をみても、世界が危険水域にあることは明らかです。

双方向の理解が全てを解決

争いは、互いの不信感や恐れから起こります。相手を知り、互いを理解し合うことによって信頼関係は醸成されます。そうすることによって、問題が起きた際、武器による解決をはかることなく、平和的手段に訴えることが可能となるのではないでしょうか。

一昨年12月、パブリック・リレーションズのシンポジウム参加のためイランをはじめて訪問しました。開催直前、アハマディネジャド大統領による二度目のイスラエルへの問題発言が大きく報道されるなかで緊張感を抱きながら現地入りしました。

しかしテヘランで私が目にしたものは想像を裏切る、オープンでフレンドリー、そして好奇心に溢れる個性豊かな現地の人々の姿でした。まだ共産主義国家であったソ連時代の1990年、モスクワを初めて訪問したときの人々のなかにも大きな違いは見出せませんでした。これらの体験は、相手を知ることの重要性を教えてくれました。相手を知り互いに深く理解し合えば、力による解決は無用なものとなるはずです。そしてそれを可能にする技法がパブリック・リレーションズであるといえます。

目的達成のために、パブリック(社会あるいはターゲットされた個人や集団)と良好な関係性を構築・維持するパブリック・リレーションズは、双方向のコミュニケーション活動を通してメッセージの発信をおこない受信者であるパブリックに影響を与える仕事です。ですからパブリック・リレーションズの実務家は、情報発信者と情報受容者、双方の間に立つインター・メディエータとして、双方向のコミュニケーションを通して、できる限り良好な関係性の実現に努めなければなりません。

平和であることは社会の持続的発展の大前提です。この大前提を実現するために、私たちパブリック・リレーションズの実務家には何ができるのか、課せられた責務を常に考え努力を重ねていかなければなりません。

いま世界は先が見通せない混迷の中にあります。『硫黄島からの手紙』は、そんな現在の世界に向けた強烈なメッセージを私たちに送っています。

2007年が皆さんにとって意味を持つ輝かしい年となりますよう。

*AP通信カメラマンのジョー・ローゼンタール(Joe Rosenthal)により擂鉢山の頂上で撮影された「硫黄島の星条旗:Raising the Flag on Iwojima」は、1945年度のピューリッツァー賞 写真部門を受賞。彼の直筆サイン付き写真は、東京有楽町にある日本外国特派員協会(FCCJ)のフロントの壁に掛かっている。

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