時事問題

2005.06.20

日中関係をPRの視点で捉えてみる

小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐって日中関係が急速に冷え込んできています。双方とも改善への糸口を模索していますが予断を許さない状態にあります。ことの発端は、小泉首相による参拝継続に関連する問題で、今年4月参拝の意向を示唆した国会答弁がきっかけとなり、それまで抑制されていた中国側の対応が一転して強硬路線に変わってきたことです。現体制下で、中国国内で起きた反日運動をどう捉えるか議論があるところですが、世論の感情的な高まりは表面的に収まっているようには見えるものの、一触即発といった見方をすることもできます。

パブリック・リレーションズ(PR)は最短距離で目的を達成するリレーションズ活動です。今日は、膠着状態にある両国の関係を打破するためにどうすべきかを、パブリック・リレーションズのベースとなる「倫理観」 「双方向性コミュニケーション」 「自己修正」の視点で考えてみたいと思います。

「倫理観」に支えられた行動を

両国にまたがる問題は、尖閣諸島の領有権問題、東シナ海のエネルギー開発問題などいろいろありますが、その根底にあるのは歴史認識の問題だと思います。

その意味では、4月22日ジャカルタで開催された、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)50周年記念首脳会議における小泉首相のスピーチは、1995年(戦後50年)の当時の村山富一首相談話に基づく歴史認識を改めて強調し、植民地支配と侵略によって多大な損害や苦痛を与えたアジアの周辺諸国に、「痛切な反省と心からのおわび」を公式に表明し、日本が今後も「平和国家」として歩んでいく姿勢を強調しました。

戦後生まれが大多数を占める日本社会がよく理解しておくべきことは1930、1940年代に多くのアジア諸国を巻き込んだ戦争は、その舞台(戦場)が日本国内ではなく相手国内であったということです。善悪の基準を表す「倫理観」に照らし合わせてみれば、先の第二次大戦は、誤った戦争であったとの認識を持つことが極めて健全です。そうであれば、フォルカー・フルート弘前大助教授の「一歩踏み出すのは加害者から」(2005年6月18日朝日新聞朝刊17面)という言葉どおり、日本側から歩み寄りの姿勢を示すことが和解の第一歩になると考えます。
一方中国には、その体制の特異性ゆえ、民主主義社会に住む私たちにとっては理解できない事柄が多く存在しているのも否めません。倫理観の視点で捉えた場合、中国側のこれまでの行き過ぎた反日教育に問題が無かったと考えることには無理があります。中国政府はこれまで、どのくらい、戦後の日本の歩みを自国民に伝えてきたのでしょうか。つまり、日本が戦争を放棄し、平和憲法の下でその道を歩み、中国をも含めた途上国へのODA援助をたゆまず行ってきことを伝えてきたのかどうか、多くの日本人にとっては不透明に感じる部分も少なくありません。中国には、あくまでも事実に基づいた歴史教育の実施が求められているのです。
同じように、日本の中等教育における近現代史(明治維新以降)の不十分な学習上の問題は、21世紀を生きる日本人にとって憂慮されるべき問題です。アジアの世紀といわれる時代を生きぬく子供たちにとって、自国の歴史についての理解は尊敬される国際人としての要件であり、とりわけ周辺諸国と関わりのある近現代史への正しい歴史認識は極めて重要とされるからです。

「双方向性コミュニケーション」を通して両国のリレーションズづくりに努める

日本と中国の関係を修復し、友好関係を維持する目的を達成するには、双方向性コミュニケーションつまり相互の交流・対話を、リレーションズ活動として、政府間レベルはもちろんのこと、ビジネス、民間、草の根など、あらゆるレベルで活発に行われなければなりません。中国の特異性を考えたときには極めて必要になってくると考えます。

中でも客観的な視点を持つ学者の交流は非常に重要です。学者の目線で、歴史に関する事実を調査・検証し、その上で、双方が事実に基づいた歴史をしっかりと受け入れ、そこから互いに何が必要で、何ができるのかを見据えて対話を進めていくことに大きな意義があるのだと思います。

日韓問題を例にとると、小泉首相が2001年訪韓し金大中大統領と首脳会談した際、歴史教科書問題の日韓共同研究について合意しました。翌年5月、日韓歴史共同研究委員会(日韓各11人の研究者で構成)が発足し、今月10日、第一期の報告書が公表されました。歴史認識をめぐる見解は割れたものの、共同作業は、「双方の違いと共通点を確認し」溝を埋める第一歩になったと、その成果が大きく評価されています。インターネット上で報告書を公開し、日韓両国民ひとり一人が研究成果に直接アクセスできるように考慮されています。

日中間には、2000年以上にわたる交流を通して、漢字文化や仏教、儒教思想など多くの共通の文化が存在します。近年では、ポップ・カルチャーなど民間レベルでの文化交流も活発に行われています。特にここ数年の日本企業の中国進出は目覚しく、進出企業数は2003年12月時点で18,136社(中国対外経済統計年鑑2004年版)を数えていますが、政府の明確な対中政策を基盤としたリーダー・シップなしには、多様なレベルでの交流や対話を両国の友好関係に十分に活かすことはできません。被害を受けた側の苦しみや悲しみに思いを馳せ、つまり相手の視点に立ち、過去に対する態度と決別し、和解に向けたビィジョンに基づく一貫したメッセージを積極的かつ継続的に打ち出していくことが求められていると思います。

「自己修正」

1985年、終戦記念日に公式参拝した中曽根首相(当時)が、国内世論や野党からの批判だけでなく、中国からの非難を受けて、翌年の86年に「公式参拝は行わない」との政府発表を行いました。国内外からの批判をフィードバックとして捉え、「国益」を優先し、中国をはじめとした近隣諸国への気遣いを表すことにより修正を加えたとみることができます。端的に言い表すならば、日本の繁栄と国民の幸福のために、国益を守ることを目的とする一国の宰相として、その遂行のために必要な決断をしたといえます。

2001年、小泉首相は首相就任前の自民党総裁選で、日本遺族会に対し首相になれば靖国神社を参拝する意向を示し、その後の「公約」にしてきましたが、今回の問題を巨視的に捉えるならば、遺族会に対する「義」を取るのか、アジア全体の平和と繁栄を考えた上での「国益」を取るのか、GDP世界第二位の日本国最高責任者として、とるべき行動は自ずと見えてくるのではないでしょうか。
今回の問題はある意味で、PRの実務家にとって専門家としてのとるべき行動がどのようなものであるかを考えるいい機会であったと思います。

この問題における相手国側の過剰ともいえる反応は、基本的なところでの相互信頼関係が未だ構築されていないことを露呈しています。何故相手国がこのような強い疑心を持っているのか、その大半は、PR不足からきていると見ることができます。私たちは、戦後、どのくらい日本が変わったのか自らPRしてきたのでしょうか、相手の国民は現在の日本について殆ど情報を持っていなかったと考えたほうが自然かもしれません。勿論、体制の異なる国への広報活動には難しい問題が横たわっていますが、互いを知らないまま、不信感だけで相手となじり合うことほど不幸なことはありません。

企業体が行うパブリック・リレーションズの場合は、ひとつの情報発信者(企業体:本社、事業部)が複数のターゲットに対して様々なリレーションズ活動を行います。一方、国家間で行うリレーションズ活動は、時として政府間交渉に止まらず、民間やNPO、草の根個人など、幅広い複数の情報発信者が複数のターゲットに対し行動をとり、向かうべき流れを明確にし全体を加速させます。近年、中国、韓国の10代の若者層に親日家が増えてきていることを見ても、国家間のリレーションズ活動においても文化的(ソフトパワー)交流が如何に重要かを示しています。

昨年中国(香港を含む)は、日本の対外貿易相手国として始めて米国を抜き第一位になりました。21世紀の日中関係が相互依存型で不可欠の存在になっていることを再確認させてくれたといえます。だからこそ、日中間の交流を妨げる要因があれば、双方が叡智を結集して問題解決に向かって協動することが大切なのではないでしょうか。
国内に多くの問題を抱えた中国が、価値観の異なる国であることを十分にわきまえて対話を進めなければなりません。

時として、反省や謝罪にはそれに見合った行動が求められます。首相の靖国参拝問題は私たちに、日本が他のアジア諸国と今後どのように関わっていくべきか、より明確で戦略的な国家ビィジョンの策定の必要性を提示しているといえます。

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