時事問題

2005.05.23

JR電車脱線事故をPRの視点で捉えてみる。

あさって、5月25日、兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)の電車脱線事故から、ちょうど1ヶ月を迎えます。人的ミスによる事故で、107名もの尊い命が奪われました。

事故の主因は、速度超過と考えられていますが、その経緯をたどってみると、日本で多発する一連の不祥事の中に浮かび上がる、一つのパターンが見えてきます。そこに共通しているのは、「倫理観」「双方向性コミュニケーション」そして「自己修正機能」といったPRのベースとなる3つの要素の不在にあります。

倫理観の欠如
新聞報道によると、JR西日本の大阪支社長は、今年度4月初めに、収益性を最優先に掲げ、安全輸送を第2の目標に置く文書を全社員に送っていたといいます。私鉄との激しい競争の中、収益性を意識するあまり、高速化や超過密ダイヤなど、JR西日本は、輸送力の拡大に固執してきました。その結果、安全対策がおろそかになり、このような大惨事を引き起こしたといえます。脱線電車に乗り合わせた運転士が救済活動せずに現場を立ち去ったり、事故発生当日に社員が宴会を開くなど、厳しい見方をすれば、倫理観の片鱗も窺うことができません。

双方向性コミュニケーションの欠落
一般的に、顧客からのフィードバックには2種類あり、顧客が声を上げて要請してくるものと、サービス提供者側が、顧客の要望を察知し、吸い上げるものとがあります。
今回の事故の場合、JR西日本は財務経営にはしりすぎ、安全第一という、お客様の基本的で真の要望を認識できませんでした。その認識の甘さが、ずさんな危機管理につながったのでしょう。新型自動列車停止装置(ATS)の導入や脱線防止ガードの設置に積極的でなかったことからも、安全管理に対する不備は明らかです。
また、社内のコミュニケーションも双方向とは言いがたい状況です。全て一方向のトップダウン形式で、トラブルが起きれば、その原因追求よりも個人責任を追及する企業体質が明らかになりつつありますが、そのような環境の中、社員一人ひとりが自己防衛に走り、利用者の視点を見失ってしまったのではないでしょうか。常に過度のプレッシャーが与えられている状態で、危機発生時の適切な自己判断や自己決定ができるはずもありません。

自己修正機能の欠如
1991年5月に起きた信楽高原鉄道事故や国土交通省からのオーバーランに関する勧告など、過去に自己修正する機会は何度かありました。しかし、報道内容を見る限り、JR西日本は、そのチャンスを見過ごしてきました。これは、明らかに自己修正の欠如といえます。経営サイドとは別に、現場でも車掌と運転士の口あわせで、オーバーランの距離を虚偽報告するなど、個人責任の追及を逃れるために、ミスやトラブルの隠蔽が日常化していたという報道もあります。これでは、事故の予兆を組織全体として正確に把握し修正を試みようとしても、その機能が働かなくなってしまいます。

このような大きな事故が発生してしまう背後には、その原因となる企業体質つまり企業風土が深く関係していることが考えられます。まず、社内ですべてをオープンにして自らを客観的に見据え、組織の階層(ヒエラルキー)を超えて十分な分析・討議を行い、正面から問題に向き合う事が極めて重要だと思います。その上で、企業風土を全面的に見直し、オープンで透明性のある企業文化を育てていくこと。さらに、コンプライアンス(法令順守)の徹底、安全を最優先事項に据えた運行体制の再構築といった取り組みをベースに、再発防止策を講じなければなりません。そのための必要なダイヤ改正も避けてとおれないこととなります。

また輸送業界では、乗客を運ぶことは、ある意味で、乗客一人ひとりの命を預かり、人生を一時期背負っているともいえます。まして、路線鉄道は、利用者にとってほかの航空機や車両とは異なり、別の路線を選択する条件はほとんど与えられていない独占公的機関と見ることができます。このことを十分理解して、経営者をはじめ全ての社員が、安全を最優先する強い意識を持たなければなりません。そのためには、最も基本的な「安全第一」の思想に立ち返り、安全教育の徹底を図ることが急務といえます。

今回のケースは、これまで紹介してきた、PRを成功に導く要素が、ことごとく欠落していたために、起こってしまった悲劇的事故であったといえます。

PRの手法を経営戦略に組み込み対処していれば、今回の事故を未然に防ぐことが可能だったと考えると、非常に残念です。今後のJR西日本の対応を注視したいと思います。

先日、宝塚に住む私の兄と会ったとき、彼もひとつ間違えば、この惨事に巻き込まれていたことを知りました。普段よくこの時間帯に電車に乗っていたようですが、当日はたまたま所用で銀行に立ち寄ったために乗車しなかったとのこと。本当に他人事とは思えない事故でした。

最後に、この事故で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

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