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2006.07.14

心に残った本。〜司馬遼太郎『対訳 21世紀に生きる君たちへ』

こんにちは、井之上喬です。
7月も中旬を迎え、梅雨明けが待ち遠しい季節となりました。
皆さん、いかがお過ごしですか。

先日ある書店に立ち寄った際、一冊の本に目が留まりました。司馬遼太郎が亡くなる数年前に著した『対訳 21世紀に生きる君たちへ』(1999年、朝日出版社)です。

発刊以来読書するチャンスを失っていた私が偶然にも書店でこの小さな本を手にしたとき、司馬さんの子供たちへの熱いメッセージと真剣な思いが私の胸に突き刺さりました。

日本を始め、世界の歴史や20世紀の人間の営みを繊細な目で観察してきた司馬さんはこの本の中で、21世紀を担う子供や若者たちに対して、彼らへの希望と期待を平易な言葉で丁寧に語っています。今回は「一編の小説を書くより苦労した」と語られるこの短編を彼の思いと共に、このブログでご紹介したいと思います。

人間はもっと謙虚で素直になれる

司馬遼太郎は1960年、産経新聞社在職時代に「梟の城」で第42回直木賞受賞、その後「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞など数々の賞を受賞し、93年には文化勲章も受章している20世紀の日本を代表する作家です。膨大な資料から得られたその独自の歴史観は「司馬史観」と呼ばれ、96年にこの世を去るまで様々な視点で捉えた数多くの作品を残しました。

今回ご紹介する本には、「人間の荘厳さ」に始まり、彼が小学校用教科書のために書き下ろした「21世紀を生きる君たちへ」、そして「洪庵のたいまつ」が英文対訳で収録されています。

「人間の荘厳さ」では、いまの一瞬を経験するとき、過去や現在のたれとも無関係な、まっさらの、自分だけの心の充実だけがあると云い、「21世紀を生きる君たちへ」では、歴史から学んだ人間として21世紀を担う人たちに何を大切に生きてほしいかを語っています。

まず重要となるのは不変の価値に基準を置くこと。これはこの地球を支配する倫理観であるともいえます。司馬氏は、その基準を大切にしながら大きい存在に生かされていることを知り、その存在に対する恐れを抱くことで、人間はもっと謙虚で素直になれると書いています。

またこれらを素地として、自分に厳しく、相手にはやさしく、という自己を確立することで、自己中心的ではなく、いたわりを持って互いに助け合うことのできる頼もしい自己を築いて欲しいと率直に語っています。

一方、「洪庵のたいまつ」では当時鎖国状態の江戸末期に生まれながらオランダ医学を学んだ後、大阪で「適塾」を開き、福沢諭吉や大村益次郎らの多くの弟子を残して明治維新の礎となった蘭医学者、緒方洪庵について語っています。「人のため」に生きた彼の生涯を例にとり、志の大切さやその高い志をシェアすることで、大きなうねりを起こすことができると説いています。

パブリック・リレーションズに共通する心構え

司馬さんがこの本で主張していることは、人生においてだけでなく、「倫理観」 「双方向性コミュニケーション」「自己修正」に支えられた質の高いパブリック・リレーションズを実践する上でも欠かせない心構えでもあると思います。

常日頃、私は日本のみならず世界の安定と持続的な繁栄のためには、自立した個を持った次世代のリーダーの育成が急務であると考えています。早稲田大学で教鞭を執ることになったのも、パブリック・リレーションズの普及をとおして、一人でも多くの次世代のリーダーを育成することで、閉塞状態にある日本が少しでもよい方向へ変容することを期待してのことでした。この本はそんな気持ちを抱く私をいとも簡単に魅了したのです。
いま、混迷する日本では普遍的な価値基準ともいえるバックボーンを持ち、高い志を持ってしっかりとした足取りで歩める、個の確立した強いリーダーが求められています。この本が示す精神で、一人ひとりが山積する問題の解決に取り組めば、司馬さんのいう「真夏の太陽のように輝いている」未来が日本社会にも訪れるかもしれません。

この本は米国の著名な日本文学研究者、ドナルド・キーン氏監訳による英文対訳もついていますから、英語の学習にも有効です。機会があれば、一度手にとってみてはいかがでしょうか。
「もし『未来』という町角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。」—–この一文は、いまでも私の心に強く残っています。

21世紀の到来をまたずこの世を去った司馬さんは、今の世界をどのように見ているでしょうか。

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