パブリック・リレーションズ
2007.03.02
私の心に残る本 その4バーネイズの Propaganda (プロパガンダ)
こんにちは、井之上喬です。
3月に入り、春らしい季節となりましたが、皆さんいかがお過ごしですか。
「プロパガンダ」。 現在この言葉は、虚偽や欺瞞、扇動など、悪いイメージで使用されています。しかしこの言葉の起源は17世紀。宗教的な用語として使用され、伝道や福音宣教といった崇高な目的を持つ言葉として使われていました。このような良好なイメージを持つプロパガンダが第一次世界大戦を境に、歴史の流れの中で歪曲化されだした1920年代、プロパガンダのイメージ回復を試みた一人のパブリック・リレーションズの実務家がいました。
その名は、エドワード・バーネイズ(Edward L. Bernays,1891-1995)。以前、彼の軌跡を「パブリック・リレーションズの巨星シリーズ2.」でご紹介しました。バーネイズは20世紀初頭から95年に103歳で亡くなるまで、その生涯をパブリック・リレーションズに捧げ、パブリック・リレーションズを初めて理論体系化した実務家です。今日は、彼の代表作 Propaganda をご紹介します。
崇高なイメージからの変遷
Propaganda が出版されたのは1928年。この本は、バーネイズのパブリック・リレーションズ初の専門書 Clystalizing Public Opinion (世論の覚醒化、1923年)の出版の5年後のことでした。当時、本来の「プロパガンダ」の持つ崇高なイメージが急降下し、欺瞞や扇動という悪いイメージへ転換していった時期でした。
第一次世界大戦時、米国政府は参戦を正当化するための説得型の世論形成活動を大々的に展開しました。その結果、戦後、批評家やジャーナリストは、これらの活動に対して批判を始めたのです。彼らは、強引に世論形成を行なう手法を「プロパガンダ」と呼び、彼らの記事にこの用語が頻繁に使用されるようになりました。
Propaganda の第1章でバーネイズは、民主主義社会を運営する効果的手法を「新しいプロパガンダ」と呼び、パブリック・リレーションズの新しい形であると提唱。民主主義社会では、「確固たる倫理観をもつ強いリーダーにより社会が運営されなければならない」と倫理観の重要性を述べています。第2章では「プロパガンダ」の言葉の成立とその変遷を紹介。心理学者フロイトの甥でもあるバーネイズは第3章で、人の心に入る手法を心理学的な観点から捉え、具体的に述べています。
そして4章から11章までは、「企業とパブリック」「プロパガンダと政治的リーダーシップ」「プロパガンダと教育」など、倫理を伴う本来のプロパガンダの機能を分野別に記しています。
バーネイズから私達が学ぶもの
同書が出版された28年は世界大恐慌に突入する前の年です。この頃はパブリック・リレーションズの黄金期とも言われる急成長期。第一次世界大戦時の政府による世論形成活動を通して、多くの実務家が政府機関や民間に輩出された時期でもありました。大戦後の好景気で巨大化した企業への懸念が高まるなか、同書は全米で大論争を巻き起こします。
双方向の概念が生まれたばかりの20年代、バーネイズの提唱する手法は、情報流通は双方向でも、相手を説得・同意させる非対称性の双方向性コミュニケーションの形態をとっていました。ジャーナリストや批評家の批判はここに集中したのです。
しかしバーネイズが Clystalizing Public Opinion と Propaganda を通して、倫理の必要性を強調していたことを見逃してはなりません。彼は、その手法の使い手が確固たる倫理を持つことにより、良いものを伝播する本来のプロパガンダが実現できると信じていたのです。
それ故、ナチスの宣伝担当相(Minister for Public Enlightenment and Propaganda)ヨゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels,1897-1945)が、倫理を欠いたユダヤ人排斥情宣活動のために Clystalizing Public Opinion を参考にした事実は、バーネイズにとって想定外のことだったに違いありません。
プロパガンダの現代的な意味は、前にもこのブログでご紹介したとおり、情報の流通が一方向で、情報発信者が自己を正当化し強引に他人の意見に影響を及ぼすための活動です。この現代的意味を見ても、バーネイズによるプロパガンダのイメージ回復のための努力は、残念ながら失敗に終わったといえます。
「PRは社会的貢献そのものである」と語ったバーネイズが、「良いものを伝播する」と、本来の意味を持つプロパガンダへの深い思いと共に、その崩壊する軌跡をどのような気持ちで見ていたのでしょうか。
この本のなかで、バーネイズが私達に送っているメッセージは強烈です。ここから私たちは何を学ばなければならないのでしょうか。
それは、パブリック・リレーションズは強大な影響力を持っているということ。また、パブリック・リレーションズが個人や組織体にとって、どのような状況にあっても有効に利用できる、普遍的な手法であるということです。
私達は、パブリック・リレーションズを社会の持続的繁栄と世界平和の道具として使用しなければなりません。そしてこの手法を扱う個人や組織体には、強固な理性と倫理が求められているのです。
残念ながら日本語訳は出版されていませんが、2005年に発行された英語の復刻版Propaganda (2005,Ig Publishing)はネット上などで比較的容易に入手できるようです。一度手にとってみてはいかがでしょうか。