パブリック・リレーションズ

2011.12.12

中国最新メディア事情 〜日本企業の抱える問題

こんにちは井之上 喬です。

日本企業が文化、言語、そしてビジネス慣習の異なる海外市場で事業活動を成功させるために不可欠な要素のひとつにパブリック・リレーションズ(PR)が挙げられますが、その中でもメディアリレーションズはコアとなる活動です。

先日、私の経営する会社井之上パブリックリレーションズの中国事業支援室で、中国セミナー「中国最新メディア事情」を開催しました。
セミナーの講師は、「中国経済新聞」(日本語)及び中国向けビジネス情報Web「日本新聞網」(中国語:( http://www.ribenxinwen.com/ )編集長の徐静波氏(株式会社アジア通信社社長)と中国経済圏に精通している野嶋剛氏(朝日新聞国際編集部次長)。

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中国での取材体験豊富な日中二人のジャーナリストを通して、中国の最新メディア事情とその活用について講演・対談していただきました。

台頭する新メディア

GDP世界第2位の経済大国となった中国は、安価な労働力と土地を提供する生産基地から、増大する国内消費力を背景に巨大消費マーケットへと変容を遂げつつあります。こうした中で中国メディアも大きな変化の時を迎えています。

徐編集長は、中国ではメディアの版権意識が低く、「ひとつの記事が出ると転載、転載で幾何級数的に記事が波及することが多い」としています。一方日本では、「朝日と日経は相互リンクをしないが、中国では1社の記事を何百社がリンクすることも多い」と話しています。

これに対し野嶋氏は、「中国ではニュースは無料で読むものとの意識が強く、有料での購読は難しい」と中国での出版事業の難しさを語っています。

しかしその一方で、新しい宣伝メディアの登場により従来、国営テレビ、党・政府機関紙などでメディア数も限られていたが、最近ではツイッターに代表されるネット系のメディアが登場していると、急進するネット・メディアの台頭について熱く語っています。

そのなかでも微博(中国版ツイッター)が中国で影響力を持ち始めており、微博の運営企業である「新浪」のユーザーは3億人に及ぶとしています。
野嶋氏によると、このところ日本企業には微博にアカウントを開設するところが増えてきており、日本人で最多数のフォロワー840万人を持つのはAV女優の蒼井空で、最近では蓮舫議員やAKB,浜崎あゆみなども開設したとのこと。

いまの中国はネット・メディアの規制と開放の間で揺れ動いており、情報管理社会でメディアは、党、政府の下に位置づけられているものの、ツイッターなどの新メディアの登場がメディア規制を逸脱しているとしています。

卑近な例として、7月に起きた高速鉄道事故では、乗客がツイッターで外部に情報提供し、情報規制の封鎖が破られ、また2010年の10月にノーベル平和賞を獄中の中国人著作家劉暁波氏が受賞した際、厳重なメディア規制をかいくぐって、奥さんがツイッターで外部に状況を発信し、大きな反響を巻き起こしています。

中国政府は暁波氏の受賞をきっかけに中国独自のネット文化を作り上げる必要性を痛感し、微博運営企業(免許制)を通じて、自主管理の名目で規制することになったようです。

野嶋氏は「従来の中国のオピニオン・リーダーは、政府、党の公認者のみであったが、ネットの普及により新しいオピニオン・リーダーが登場している」とし、タイム誌の影響力のある100人に選ばれた寒韓(カンカン:20代男性)や中国No.1ツイッターの達人、1日20~30のつぶやきを発信する安代(アンティー:ジャーナリスト)の名前を挙げています。

中でも異色名存在として挙げているのは、日本人オピニオン・リーダーでまだ20代半ばの北京大学卒の加藤嘉一さん。彼には90万人のフォロワーがおり中国で中国語で意見を発表している日本人では唯ひとりの存在。

企業は、これら独自の価値観を持つ彼らを味方につけることが戦略的に重要としています。

苦戦する日本企業と広報ベタ

徐氏も野嶋氏も異口同音に日本のイメージや日本企業の広報対応の問題点について、指摘しています。

徐氏は中国人の日本に対する良いイメージとして、電子製品、化粧品、観光資源の3つを挙げています。電子製品には、カメラや電気製品の高品質性。化粧品は資生堂の高イメージと商品のハイクオリティ性。観光資源には富士山とそれぞれの特徴を挙げていますが、「逆にいえばこれら3分野しかないとも言える」と厳しい評価を下しています。

また、中国市場における韓国製品に対するイメージについて、「日本では2流イメージを持たれているが、中国では商品によって1流、2流の2つのイメージがある」とし、「サムソンのTVは1流イメージで、松下より品質がよいと中国人は認識している」と韓国のファッション製品のイメージの高さとともに中国での高評価を語っています。

また徐氏は日本車が中国市場で苦戦していることについて、「昨年、中国での車販売の全体伸長率の87%に対して日本車各メーカーは、トヨタ:32%、ニッサン:51%とし、欧米メーカーはGM:132%、Audi:98%とその大きな差を指摘。

彼は日本車苦戦の理由のひとつに、「中国人ユーザーが望む商品が提供されていない点がある」とし、日本車のボディの鉄板が薄いことで事故時の安全性に疑問が投げかけられ、車保険の適用に不適合とされたり、高価なエアーバッグの修理代など「中国人が本当に望むものを研究する必要がある」としています。一人っ子政策で子供の少ない中国では安全性への特別の配慮が鍵となっているようです。

これには日本メーカーの反論が聞こえてきそうです。しかし昨年9月のこのブログ(2010年9月26日号)でも述べているように、欠陥車のイメージを恐れ、車のリコールをしない中国メーカーと、欧米メーカーと同じように人命優先でリコールを積極的に行う日本メーカーの考え方の違いを、どれだけ中国の消費者に伝えているかはなはだ疑問、としています。

中国市場へのパブリック・リレーションズ(PR)が十分でないこともその原因に挙げられるのではないでしょうか?
徐氏は、ある日本の高級化粧品メーカー(A社)の広報対応の失敗について次のように語っています。

あるときA社は同社の美白効果成分(有害物)がユーザーの肌に障害を起こしたとされる問題を起こした際、「消費者が現地法人に問い合わせのための電話を入れても、誰も応答しないことがあった」としています。

メディアが広報窓口に連絡しても連絡がとれない状況が続くなかで、現地法人の責任者(社長)は雲隠れ状態。

これに対し中国メディアはネットも含めての大々的批判報道を行ったようです。その会社はこの問題で「20年以上中国市場で積み上げた信用を一気に落とし一瞬で中国市場を失った」と語っています。

この問題に対して徐編集長は、「日本企業への不満が高まる理由のひとつに広報対応が問題として挙げられる」とし2つ列挙しています。

  1. 現地代表は、本社の課長クラスで、自から決定、対応ができない。
  2. 現地代表は技術者出身が多く、広報について知識や経験がない。

その結果、日本企業は本国とのやりとりなどで、対応が遅れ、その間にマスコミにたたかれることになり、現地法人社長が逃げ隠れすることになる。

徐氏はこの中で、中国人現地広報担当者のマスコミ対応姿勢の問題を指摘しています。中国人の多くの広報責任者は、「共産党関係でプロパガンダのエキスパート。中国では超エリートとされ、そのエリート意識が災いして若いジャーナリストが多いメディアとの付き合いが疎遠になり悪化する」ようです。

朝日新聞の野嶋氏は、日本企業の上層部には広報の重要性を理解しない企業文化があるとし、「特に海外広報は国内広報以上にスキルが要求され、海外で広報担当を数年経験した後、本国へ戻ると別の部署に転属となるケースが多く、折角の海外広報の経験が、企業に蓄積されないことは残念」と広報職が専門的領域としてみなされていない日本企業の抱える諸問題について語っています。

また野嶋氏はチャイナ・リスクのひとつにメディア・リスクがあるとし、中国メディアには前述したような高いリスクがあることをよく認識して取り組むことが重要と語っています。

こうして3時間にわたるセミナーは終了しましたが、日本企業の広報部の抱える問題点が浮き彫りにされたセミナーでもありました。

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