パブリック・リレーションズ
2011.01.24
井之上ブログ 300号記念号「マニフェスト」は信頼性を失ったのか? 〜「マニフェスト・サイクル」と「PRライフサイクル」との融合
こんにちは、井之上喬です。
寒さも一段と厳しさを増してきましたが、皆さんいかがお過ごしですか。
日本社会にパブリック・リレーションズ(PR)を根付かせたいとの一念で、2005年4月に始めたこのブログも今回で300号を迎え、間もなく6年になります。いつもご愛読ありがとうございます。多くの方々の励ましをいただき心より感謝します。読者の皆さんのお支えがあってこそ続けられたことで、これからもよろしくお願いいたします。
このブログの100回記念特集ではパブリック・リレーションズの先進国、米国で1952年に発刊され、半世紀以上を経た今日も世界中で愛読されて第10版を重ねる『Effective Public Relations』を紹介しました。また、200回記念は日本文化とパブリック・リレーションズの接点として「絆(きずな)」をテーマにしました。パブリック・リレーションズを日本の初等教育に導入する際のキーワードとして、私が想起した「絆」や「絆(きずな)教育」について話しました。
300号記念となる今回は、政府や国民、政治家と有権者とのリレーションシップ構築の象徴ともいうべき「マニフェスト」についてお話します。
国民の信頼を失ったマニフェスト
マニフェストが日本政治のあり方を根本的に変えるものとして本格的に登場したのは2003年11月の総選挙。各政党が競ってマニフェストを発表し、「マニフェスト選挙元年」と呼ばれ同年の「日本新語・流行語大賞」に選定されたことなどは、まだ記憶に新しいことです。
マニフェストの生みの親として知られる三重県前知事の北川正恭(早稲田大学院教授)さんには、私の早稲田大学の講義(「パブリック・リレーションズ論」)に毎年ゲスト講師としてお話しいただくなど、政党選択に新たな基準を提供するツールともいえるマニフェストは私にとっても関心の強いテーマとなっています。
しかしそんなマニフェストに対して最近では、国民の信頼も関心も随分と希薄になってしまったようです。2009年の衆議院選でマニフェストを掲げ政権の座に就いた民主党に対して「マニフェストに有ることは何もしないで、マニフェストに無いことばかりしている政党」と揶揄する声も耳にします。
果たしてマニフェストは地に落ちてしまったのでしょうか?
折しも昨年暮れ、政策シンクタンクのPHP総研・公共経営支援センターの茂原さんからの依頼で、同研究所が主催する「公共経営フォーラム」での講演の機会を得ました。
長年マニフェストをテーマにフォーラムを開催している茂原さんは、マニフェストに対する信頼性が失われる中で「今のマニフェストに欠けているところをPRでカバーすることができるのではないか?」、PRの専門家である私に、「どのようにすればパブリック・リレーションズでマニフェストを補うことができるのかを話して欲しい」と私に熱く語ってきました。
■「マニフェスト・サイクル」と「PRライフサイクル」
PHP主催の公共経営フォーラムは、「統一地方選挙に向けて、マニフェストと有権者へのPR」がテーマ。
私の基調講演の主題は「PRとは何か。マニフェスト・サイクルにどう生かせるのか?」。まず、PR(Public Relations)とは何かに始まり、選挙の際に掲げるマニフェストやその実現の成果を有権者・市民に伝えるにはどのような手法があるのか、また、マニフェストに求められる「説明責任」のあり方について、そしてマニフェスト・サイクルの推進にPRをどう生かすことができるのか、議員自身のPRはどうあるべきか、といった内容の講演を行いました。
また、そのあとのセッションは、佐賀県知事の古川康さんと「マニフェスト・サイクルとPRサイクルをどう融合させるか?」というテーマで対談しました。
古川知事は2003年に「古川やすしの約束」と題する独自のローカル・マニフェストを掲げ佐賀県知事選に挑戦、同年4月、全国で一番若くして知事に就任しました。現在2期目で「がんばらんば さが!」をキーワードに、くらしの豊かさを実感できる佐賀県の実現を目指して明るく精力的に県政に取り組んでおられます。
また、親しみやすくするために、ものがたりで読むマニフェストや動画のマニフェスト、そして日本青年会議所(JC)九州地区佐賀ブロック協議会によるローカル・マニフェスト検証大会を催すなど、ユニークな知事として話題を集めています。
今回の対談では、一般的なマニフェスト・サイクルとPRライフサイクル・モデルとの比較について論じました。
前者は「公約作成→選挙→実施→評価・検証(修正→評価・検証の繰り返し)→公約の見直し→次回選挙」という流れに対して、後者のPRライフサイクル・モデルは、「ゴール設定→リサーチ&シチュエーション・アナリシス→PR目標(目的)設定→ターゲット設定→PR戦略構築→PRプログラム作成→インプリメンテーション(実施)→活動結果や情報の分析・評価」と環をなす継続的な活動。
一見して両サイクルの類似性は認められるものの、表面的にみる限り、これまでのマニフェスト・サイクルにはPRライフサイクルの「ゴール設定」から「戦略構築」までのプロセスがみえてきません。とくに、リサーチ&シチュエーション・アナリシスのプロセスが致命的に弱体化しているように感じられます。
つまり、掲げたマニフェストの実現性は、他の阻害要因はあるものの、多くの場合マニフェストの提示前にどの程度の調査・分析をおこなったかで決定づけられます。とりわけ規模の大きい国政選挙ではこうしたプロセスがあって実現性の高い国民との契約が成り立つのではないでしょうか?
マニフェスト・サイクルにこれらのプロセスが欠如しているとすれば、これらを組み込むことで、より実現性の高いマニフェストの作成が可能となり、有権者との良好なリレーションシップが確立できるはずです。
民間企業では四半期ごとに業績を株主に開示し、経営の透明性を高めています。政治も社会や経済の変化に大きく影響されるものです。
マニフェストの見直しは次回選挙までというサイクルにこだわらず、環境変化に対応してマニフェストを書き換え、いつも最適な内容が保てるようメンテナンスしていくことも大切になります。
ただし、この場合は有権者の理解を得られるようしっかりした「説明責任」が求められます。
今回の公共経営フォーラムを通し、マニフェストの重要性を再認識するとともにマニフェストに対して、また政治家としての資質についてなどさまざまなことを改めて考えさせられました。
有権者や国民の信頼をいかに回復していくか、こうした面でも私たちパブリック・リレーションズ(PR)の専門家の役割が期待されています。