趣味

2010.01.25

ルノワール、「伝統と革新」〜日本のアイデンティティが問われている

六本木・国立新美術館

こんにちは、井之上 喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

忙中閑あり。新しい年が始まったばかりで何かと忙しい日々を過ごしていますが、すこし時間がとれたので、週末、六本木にある国立新美術館(写真)で開催したばかりのルノワール展(1月20日?4月5日)に出かけてきました。フランス印象派の巨匠で「幸福の画家」として世界中の多くの人々に親しまれている画家ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)。印象派の中でもっとも筆触の多様性を追求したルノワールの世界に、数時間たっぷり漬かってきました。

ルノワールと初めて出会ったのは1980年代後半、パリの「オルセー美術館」でした。その柔らかな筆使いや輝かしい色彩は見る人の心をなごませます。今回の展示テーマである「伝統と革新」はなぜか私の興味を引きました。

創造性の原点は何か?

国立新美術館は、この1月で開館3年を迎えましたがコレクションを持たない代わりに、広い展示スペースを生かし多彩な展覧会の開催、「美術」に関するさまざまな情報や資料の収集、教育普及などアート・センターとしての役割を果たす、新しいタイプの美術館として注目されています。

今回のルノワール展には、ボストン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、オルセー美術館、ポーラ美術館、大原美術館など国内外のコレクションから「アンリオ夫人」「ブージヴァルのダンス」「勝利のビーナス」「本を持つ少年」「イチゴのある静物」「水浴の後」「休息」など85点が持ち運ばれ紹介されていました。皆さんも思い浮かぶものがいくつかあるのではないでしょうか。

展示は第1章「ルノワールへの旅」、第2章「身体表現」、第3章「花と装飾画」そして第4章「ファッションとロココの伝統」と4つのテーマ展示がされていました。ルノワールの画家としての歴史を若き日の印象主義の時代、40代の模索と試作の時代、そして50代から晩年の集大成の時代まで、画家として、そして人間としてのルノワールの足跡をたどることができました。

解説によると、画家としていずれの時代でもモダニズム(近代主義)と伝統の間で常に模索を続けていることと、ルノワールを取り巻く人々が、モデルとなった若き女優や文学者、画商やその家族など多彩である―としており、そこに常に自分の理想を追求し続けた人間ルノワールの姿が見えてきました。あなたはどの時代のルノワールが好きですか?同窓にモネなどがいたグレールの画塾での修行時代から印象主義の時代ですか、あるいは豊かな量感と生命感あふれる裸婦像の時代でしょうか、それとも風景画や静物画でしょうか。

展示の中で非常に興味深かったのが『光学調査』のコーナー。このコーナーでは、箱根のポーラ美術館が2007年から2009年にかけてルノワールの作品をX線や赤外線そして蛍光エックス線などを使い科学的に光学調査した結果を展示していました。

その結果として40代の作品では輪郭を2重に描きふっくらとした量感を出していたこと、下書きでは長い髪であったものがまとめ髪になっていたりと、1枚の作品でもさまざまな模索がなされていたことが分かったそうです。また材料や技法についてのさまざまな模索の結果、晩年のルノワールの大らかで何とも言えない深みのある表現方法が完成されたことが、科学的調査でわかったことでした。

日本そして日本人のアイデンティティはどこにあるのか

画家を目指す前のルノワールは、皿や壺に18世紀のロココ調の絵画を写す絵付け職人だったそうです。そうしたことも頭に入れながら展示会場を順に眺めてみると、人の身近にあって喜びを与えるものの創造をめざし、若き日々から晩年までの模索の連続が“伝統と革新”を融合させる今回の展示テーマになっているのもなんとなくわかるような気がしました。

私が印象に残ったのは今回のパンフレットにも使われている「団扇(うちわ)を持つ若い女」でした。1880年ごろの作品だそうですが、1878年に開催されたパリ万国博覧会への日本からの美術品出展などにより、ジャポニスムが頂点にあったころの作品で、日本の団扇や菊のような花がモデルとなったコメディ・フランセーズの人気女優を彩っています。

日本的なところにも心惹かれたのかもしれませんが、全体を支配する、わくわくするような色彩とともに背景右側の縦縞と左側の花のコントラストの中で女性が生き生きと描かれているのが印象的でした。

ジャポニスムは単なる一過性の流行ではなく、欧州を中心とし世界の先進国で30年以上も続いた運動。明治初期、文明開化とともに日本では浮世絵などの日本美術が急速に求心力を失う一方で、ヨーロッパで日本美術が絶大な評価を受けていたことは実に皮肉なことです。

日本美術から影響を受けたアーティストは他に、ボナール、マネ、ロートレック、ドガ、ホイッスラー、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、クリムトなど枚挙にいとまがありません。それまで、近代的な表現技法に行き詰まりを見せていた西洋絵画が日本美術から多大な影響を受けていたのです。

日本という国、そしてそこに住む我々日本人はいま、アイデンティティを失いつつあります。政治・経済での迷走、技術分野でも一時期の輝きを失い、圧倒的なパワーを持つ中国やインドなどの勢いに委縮しているようにさえみえます。しかし、日本の伝統を生かしながら世界に打って出る方策は必ずあるはずです。今こそ模索の連続の中からひと筆で描ける自分を見つけ出す時なのかも知れません。

美術館からの帰り道、六本木の路地裏に流れるリヤカーを引いた豆腐売りのラッパの音が妙に心に響いた夕暮れでした。

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