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2009.05.18

私の心に残る本26 渋沢栄一『人の上に立つ人の「見識」力』〜日本資本主義の父

『人の上に立つ人の見識力』 渋沢 栄一著 こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

史上最悪の不景気と深刻な政治の混迷。真のリーダーが求められる日本にあって、今回は明治時代から大正初期にかけて活躍した「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一が著わした『人の上に立つ人の「見識」力』(坂東眞理子解説:2008年、三笠書房)をご紹介します。本書では日本の基幹産業500社を創った渋沢栄一が、彼の人生哲学を通して人間としての生き方、国を豊かにするリーダーの要件を8章にわたり明快に示しています。

大常識人の人間的奥行き

「政治が理想的に行なわれるためにも国民の常識が必要で、産業の発達進歩も実業家の常識の負うところが多いとすれば、いやでも常識の修養に熱中しなければならない」

渋沢栄一は、1840年現在の埼玉県深谷市の豪農に生まれました。幕末の動乱期には尊王攘夷論に傾倒し、一橋家の幕臣となりました。20代前半という若さで徳川慶喜の弟、徳川昭武の随員として、パリ万博に出席。昭武と共にヨーロッパ各地を視察し、帰国後は交友のあった大隈重信に勧められ大蔵省(現:財務省)に勤務します。

その後大蔵省を辞職し、実業に専念。彼は、第一国立銀行(現みずほ銀行)や王子製紙、東京海上火災保険、日本郵船、東京ガス、帝国ホテル、キリンビール、東京証券取引所など、実業界の第一線から退くまで近代日本の資本主義的経営の確立に貢献しました。

しかし、岩崎弥太郎、三井高福、安田善次郎、住友友純など他の明治の財閥創始者と大きく異なる点は、「渋沢財閥」を作らなかったことにあります。「私利を追わず公益を図る」
渋沢さんは実業界の中でも最も社会活動に熱心で、晩年は、東京高等商業(現:一橋大学)や日本赤十字社、聖路加国際病院などの設立に関わるなど、教育機関、社会公共事業の支援にも力を注ぎました。まさに、現代のCSRを当時すでに実行した経営者であったといえます。

渋沢さんは、大きな常識を持っている人が、真の傑物になると述べています。渋沢さんのいう常識とは、『「知・情・意」の程よいバランスのこと』。渋沢さんは、知恵ばかり勝って、情愛が薄ければ、自己利益ばかりを追求する傾向を生んで長いスパンでの成功ができないと説く一方で、大きな意志で変化しやすい心をコントロールしなければ、自分の道を貫くことができないとしています。

また、渋沢さんは「知恵の働き、学問の積み重ねが十分あって、それで天真爛漫を維持し、知恵や学問を活用していくなら、その人格は実に立派である」と説き、人間的な奥行きには素直な心も大切であると記しています。

以前このブログでPRパーソンの心得として「偉大なる常識人であれ」を記しましたが、100年以上も前に活躍していた渋沢さんのメッセージは、色あせることのない深い洞察力と迫力で私たちに強く訴えかけます。

■ 伸ばすも殺すも“心の物差し”しだい

「心の善からぬ発動を押さえ、過ちに克ち、礼儀に基づいて行動を完全にすれば、天下は期せずして仁に帰することになる。(中略)これを行なうには、常に何かの心の基準となるものがなくてはならない」。
渋沢さんは、終生変わらず幼少期に学んだ『論語』を生きかたの基本におきました。渋沢さんは、孔子の教えを忠実に守り、「倫理と利益の両立」を掲げて、利益を社会に還元して国全体を豊かにするという志を生涯にわたり貫き通しました。

また渋沢さんは人生の目的について、「人は何のために生きるのか」と問いかけ、「私はこの世に生まれた人はいずれも天の使命を帯びていると信じているから、自分もまた社会のこと、公共のことにはできるだけの貢献をし、その使命を果たしたいと考えている」と語っています。

渋沢さんは、生きる目的として天命に沿った大志を掲げることで、過ちを犯しそうになる時にも踏みとどまることができるとして、私たち読者に、熟慮して生涯貫くことができる大志を定めなさいと説いています。
世の中に変革をもたらす人には、人生における確固たる指針を持つ人が多いようです。以前このブログでご紹介した本の著者、稲盛和夫さんは釈迦を手本とし、故マザー・テレサはイエス・キリストに人生の基準を定めました。確固たる指針は人に信念を与え、個人を強くします。いまの混迷の時代に生きるリーダーに求められているのは、大きなうねりの中でも揺るがない「心の物差し」なのかもしれません。

「人事を尽くして天命を待つ」とは、本書の最後に語られている名言です。これは、倫理にかなった事、やるべき事を全てやったら後は天に任せなさいという意味の言葉です。天に委ねる心とそこから生まれる余裕が、渋沢さんの人生に壮大なスケール感を創り出していたといえます。

渋沢栄一が現在を生きていたら、私が心底お会いしてみたい一人です。もし彼が生きていたら、今の日本社会をみて何というでしょうか。「なに、立ち止まっているんだ」という声が聞こえてきそうです。

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