趣味
2008.11.15
私の心に残る本20 『アホは神の望み』〜遺伝子工学第一人者からのメッセージ
今日ご紹介する本『アホは神の望み』(2008、サンマーク出版)の著者、村上和雄(1936-)さんはDNA解明の世界的権威で現在、筑波大学名誉教授です。村上さんの主張は、「(中略)『苦しいときこそ笑っていられる』ようなアホや馬鹿がいまこそ必要だ・・・」ということ。
村上さんは本書の冒頭で、最近の街や電車の中で無表情な顔や不機嫌そうな顔は見ても、ニコニコと明るい笑顔を見ることがめっきり少なくなったことを憂いています。そして、心の状態が良い遺伝子をONにする話や科学者の逸話、そして悲劇を経験しても希望の光を忘れず取り組む人々の話を例に挙げ、 ほんとうに豊かで幸せな「神の望むアホな生き方」とは何かを語ります。
器の大きいアホになれ
村上さんの意味するアホとは、「損得には疎いが、自分の信じる道を地道に歩み(中略)頭のよさより心の豊かさを重んじる。人間本来の、神の望みにも沿った生き方や考え方」のことです。
村上さんはアメリカ留学時、英語の読み書きはできても会話ができないことに落ち込んだといいます。けれども彼は夢実現のために諦めず研究を続けました。しかし暫くすると英語にも慣れ、留学を終えるころには英語で講義するまでに上達したそうです。村上さんはその経験を振り返り、「能力は環境によって刺激を受け、経験によって培われるものだ」といっています。
村上さんが帰国した60年代、大学には改革の嵐が吹き荒れました。村上さんは古い体質のアカデミズムを批判するうち、ある自己矛盾に突き当たります。このまま行けば自分も今まで批判の対象にしてきた人と同じようにこの世界で「出世」していくのではないかという疑問です。
村上さんは心機一転をはかり2度目の渡米を決めました。その結果、彼は米国滞在中に「レニン」を牛の脳下垂体から純粋な形で取り出すことに成功。そして世界に先駆け、83年には高血圧の黒幕である「ヒト・レニン」という酵素の遺伝子解読を果たしたのです。
アカデミズムの王道からすれば回り道に見えた村上さんの行動。しかし、それがもたらしたのは、バイオテクノロジーの世界的権威という研究者としての開花でした。村上さんは、マイナスに思える出来事がプラスに転じる体験を重ねていくと、「神様は見てくれている」と思い、安心して自分の道を進むことができる「器の大きいアホ」になれるといいます。
心のあり方と強さが結果をつくる
私たちの生命は絶え間ない遺伝子の働きで営まれていて、健康に暮らすにはいい働きの遺伝子が活発であることが必要です。村上さんは、いい遺伝子の働きを活発にするのが心の方向であると説いています。
彼は、大いに笑った後の癌患者の免疫力は上昇する、プラシーボ(偽薬)で病状が好転するなどの例を挙げて、心のポジティブな状態が遺伝子に作用して効果を発揮しているのではないかと説明しています。
「人は、いい結果を得ようとしたら、いいプロセスを経るしかない。逆に言えば、いいプロセスさえ経ていれば、おのずと結果はついてくる。」
このように村上さんは述べ、目標の達成にも心定めか必要で、一度心定めをしたら天に委ねる気持ちで楽天的に取り組み、よいプロセスを積み上げていることに力を注ぐべきだといいます。
科学の世界に身をおく村上さんは、「神を研究する神学をルーツとして真理を探求する科学は生まれた」として、真理を信奉する点で、宗教を信仰する人と科学者には共通点があるといいます。そして、真理は人知や論理を越えていて、真理を呈するモノは人間の直感に訴えると述べています。
村上さんはアンシュタインの「解決策がシンプルなものだったら、それは神の答えである」のことばを紹介し、平易なものの中にこそ本当に深いものが存在し、深いことはやさしく伝えられるべきとし、やさしくかみ砕いていえない心理は本物ではないと説いています。
村上さんは初めてDNAの2重螺旋を目にしたとき、その精緻な美しさに息を呑み、人の論理を超える何かが存在しているはずだと思いたくなったそうです。現在、地球上の生命体は4色の遺伝子の組み合わせで構成されているといわれていますが、村上さんはその重要性を、直感的に感じたというわけです。
「人間の頭で『こうしたい』『ああいうことができればいいな』と想像できる範囲のことなら、私たちはそれをすべてできる可能性を持っている。」
これが、科学者として40年のあいだ世界の第一線で活躍してきた村上さんがたどり着いた真理です。そしてこの真理は「節度」と「調和」の上に成り立っているといいます。インターメディエータとして常にバランスが求められるパブリック・リレーションズ(PR)。ちょっと時間の空いたときにパラパラとページをめくるだけでも元気が出てくる本です。一度手にとって見てはいかがでしょう。