趣味

2007.08.03

映画『ヒロシマナガサキ』が私たちに語りかけるもの

毎年8月、この時期になると必ず、日本が経験した歴史的な日が訪れます。それは、広島・長崎原爆投下の日、そして終戦記念日。広島と長崎では、あのピカッという一瞬の光から発された放射線で約60万人が被爆しました。その85%は一般市民でした。

普通の人々が犠牲になった原爆。人の命を通して「原爆とは何か」を語りたい。日系3世の映画監督、スティーヴン・オカザキは25年間の構想を経てこの惨劇をドキュメンタリー映画として制作しました。

『ヒロシマナガサキ』(原題:White Light/Black Rain: The Destruction of Hiroshima and Nagasaki)は、14人の被爆者と原爆投下に関与した4人のアメリカ人の生の声を通して、そこで何が起こったか、今でも何が起きているのかを浮き彫りにしています。

10人の若者全員が45年8月6日を知らなかった

監督のスティーヴン・オカザキは1952年生まれ。カリフォルニア州で育った彼が原爆に関心を抱いたのは81年、サンフランシスコで被爆者に直接会ったのがきっかけ。 その後、英訳『はだしのゲン』(中沢啓治著)を読み衝撃を受け、広島、長崎の原爆投下についての関心を深めていきます。

91年には『待ちわびる日々』でアカデミー賞ドキュメンタリー短編賞を受賞。95年には全米国内での猛反発により中止されたスミソニアン博物館での原爆展に伴う映画製作が中止に。その後も彼は精力的にドキュメンタリーを制作。2005年には今回の『ヒロシマナガサキ』の序章ともいえる中編『マッシュルームクラブ』でアカデミー賞にノミネートされました。

「被爆者の話す言葉にこそ、真実がある」と考えたオカザキ監督。戦後60年、被爆した生存者たちが高齢となりその数が減っていく中、日本で500人以上の人に会い、取材を重ねました。原爆投下の政治的、学術的解釈をあえてそぎ落とし、彼らが体験した事実を通して語られる言葉には静かで強烈なメッセージが込められています。

私自身、小学校1年の夏から2年の夏までの1年間を広島市の爆心地近くに住んだ経験を持っています。原爆投下から6?7年経っていましたが、クラスメートにケロイドの傷跡を残した人が何人もいたのを覚えています。映画の中で、生存者の残した絵や当時の記録フィルムを見ていると、いつも笑顔だったクラスメートの苦悩が浮かび上がってくるようで、とても他人事とは思えませんでした。

愕然としたのは最初のシーン。監督が渋谷の街を歩く若者に1945年8月6日に何が起きたかを質問する場面です。 10人のインタビューの中で、一人もその質問に答えられる若者はいませんでした。歴史の風化をいきなり突きつけられました。

体の傷と心の傷、両方の傷を背負いながら生きている

この映画には私が見たこともない衝撃的な映像もありました。
これまで日本政府は、太平洋戦争についての検証と総括を、国際社会の理解を得るかたちで十分に行なってきたとはいえません。また無差別爆撃となった原爆投下による被害実態を外国の指導者やその国民に伝える努力も怠ってきたといえます。

諸外国との対話(双方向性コミュニケーション)を通して、「原爆がいかに人間の生命や人生をも破壊してしまう凄しいもの」なのかに対する、アピール努力が不足していたことは否定できるのもではありません。このようなパブリック・リレーションズ不在により、国際社会から日本の被爆の実態が理解されずに今日に至っているともいえます。

映画の中で「その気になったら、知識と金さえあれば誰でも造るだろう」と原爆開発に携わった一人の米科学者の口から発せられた言葉は、世界の行く末を暗示しているようでした。

現在、世界では広島に投下された原子爆弾の40万個に相当する核兵器が存在していると言われています。原爆の真実を世界に伝えていくことは、唯一の被爆国である日本が人類の未来に対して負っている重大な責任だと思うのです。

『ヒロシマナガサキ』は被爆60周年の05年、アメリカHBOドキュメンタリーフィルムの依頼で製作が開始されました。HBOは、4000万人以上の加入者を持つ米国大手の有料ケーブルテレビ。この映画はヒロシマの原爆投下日にあたる今年の8月6日、全米でテレビ放映され、その後約1カ月間リピート放送される予定です。HBOによりDVDの販売もされています。

日本でも7月下旬から東京・岩波ホールや大阪・テアトル梅田など、全国で順次公開されています。

抑制の効いた作品に仕上げた、スティーヴン・オカザキはサンフランシスコで被爆者に会うまで、いまなおその後遺症に苦しむ人々が存在することへの認識はなかったといいます。

1945年8月のあの日、人生が一変してしまった被爆者たちにとって戦後はまだ終わっていません。

「体の傷と、心の傷、両方の傷を背負いながら生きている。苦しみはもう私たちで十分です、と言いたいですね」と、一人の被爆者の最後の言葉は全てを語っていました。

戦争で命を落とした犠牲者の魂が永遠に安らかでありますように。

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