時事問題

2010.10.21

習 近平氏 中央軍事委員会副主席に選出 〜その知られざる素顔

皆さんこんにちは、井之上喬です。

10月18日、北京で開催されていた中国共産党の第17期中央委員会第5回全体会議(5中全会)で、習近平国家副主席が軍の最高指導機関である中央軍事委員会の副主席に選出されました。

これにより胡錦濤国家主席の後継者となることが内定。軍の人事権を握るこのポストは最高指導者になるための前提条件となるもので、今回の就任により、党(共産党政治局常務委員)、国家、軍の要職を得たことになります。
習近平氏についてはほとんど知られていません。

今回は私の経営する会社、井之上PRの中国ビジネス( 「日本新聞網」www.ribenxinwen.com )パートナーであるアジア通信社徐静波社長から情報の提供を受け、その知られざる素顔に迫りたいと思います。

青春時代は貧しい農村で過ごした

習近平氏は1953年6月北京に生まれました。原籍は陜西省富平県。習氏の家は代々名声があり、父親の習仲勲は中央政治局委員や周恩来総理のもとで副首相を務めた人。

幼少時代、父の習仲勲とともに左端が近平氏

習近平氏は高級幹部の子弟である「太子党」の代表的な人物といわれていますが、普段の彼は「庶民の心」を持ち合わせているといわれています。それは、彼が7年間にわたって農村で苦しい生活を経験したことと関係があるようです。

習氏が「文化大革命」の嵐の中の15才の時、父は免職・監禁され、習氏自身も中国西部の最貧困地区である陝西省延安市延川県梁家河村の農村で肉体労働に従事することになります。

青春時代の7年間をこの貧しい農村で過ごした習近平氏の言葉には、「私の故郷は梁家河村だ」と彼を育てた苦しい農村生活時代への思いが込められています。

当時、彼が生活した部屋

1974年に共産党に入党、生産大隊の党支部書記を務めます。そして1975年、推薦され北京に戻り清華大学へ入学。

大学入学のため村を離れる送別会で:前列中央

1979年、清華大学工程化学学部を卒業後、中央軍事委員会に配属。そして当時の中国共産党中央政治局委員で国務院副総理、中央軍事委員事務局長であった耿飢の秘書官を務めることになります。

清華大学学生時代の習近平と父

同期生の多くは、現在、中国の各軍区の司令官になっています。計4年間の軍人(制服組ではない)経験を持つ習氏は、現在の中国の中堅指導者の中で唯一の軍人出身者とされています。

地方を知り尽くした男

1982年、習近平氏は積極的に中南海から農村への移動を希望し、初期には、中国共産党河北省正定県委員会副書記、書記を歴任。32歳のときにアモイ市副市長を務めます。
1986年、アモイ市の副市長であった習近平氏は友人の紹介で8才年下の彭麗媛と出会います。

奥さんの彭麗媛さんと

そして1年半後の88年8月に結婚。ちなみに彭麗媛夫人は現在、人民解放軍総政治部歌舞団団長で昨年11月に来日。女性兵士では最高地位の少将でもあるひと。

軍服姿の彭麗媛夫人

その後、福建省にて、寧徳地委員会書記、福州市委員会書記、福建省委員会副書記、福建省長などの要職につき、同省で20年近い年月を過ごします。

また1998年から2002年には、清華大学人文社会学院に在職大学院生として学び、マルクス主義理論と思想政治教育を専攻。博士号を取得します。

2002年11月、49歳の習近平氏は張徳江(現職副総理)に代わり浙江省委員会書記に抜擢。

彼の在任期間、浙江省を3年連続、GDP伸長率全国一にしたことで、その存在が一躍注目されるに至りました。日本企業との関わりもあったようで、日本にはいい印象を持っているようです。この時期浙江省の国有企業を全国で初めて民営化させるなどその手腕は高く評価されているようです。

2007年3月、元上海市委員会書記陳良宇の汚職事件が発生。中国共産党中央はクリーンなイメージを持つ習近平氏を上海市委員会書記に任命します。上海での半年あまりの間、習氏は民生の理念に注意を払い、民生問題解決の方法を模索し、上海市民から高い評価を得たとされています。

このように自らの希望で地方で働いた習近平氏は、河北省(農村)、福建省(対台湾)、浙江省(経済第一省)、上海市(国際金融センター)でその役職を果たします。
25年間に及ぶ、習近平氏の副県長(副町長)で始まったその経歴は、地方を知り尽くした国家リーダーとしての将来が期待されています。

最後に、前述の徐静波さんが習近平氏の福建省長時代のあるエピソードを明かしてくれました。
それは青春時代、延安市延川県梁家河村で不遇な習氏を我が家に受け入れ、同じ屋根の下で生活を共にし、兄弟のように親切にしてくれた男性が、重い足の病気にかかった時の話です。

病気を患っていることを手紙で知り心を痛めた習近平氏は、さっそく鉄道切符を送り、その男性と奥さんを福建省まで呼び寄せ、1カ月半にわたって病気治療に専念させたといいます。

そして最後の2週間は病院から移し2人を自宅に住まわせ、彭麗媛夫人が毎日台所で食事の世話をしたそうです。帰りには生活の足しのためにと数万元の現金を手渡したとされています。
誠実で思いやりのある彼の人柄をはかり知ることができます。

内外でさまざまな問題を抱える中国にあって、習近平氏の手腕に期待が寄せられています。
(写真提供はアジア通信社)

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