交遊録
2010.03.08
家族力大賞 ‘09 〜家族や地域の「きずな」を強めよう
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
先月、第3回目となる「家族力大賞‘09」(エッセイ・コンテスト)の贈賞式が京王プラザホテルで行われました。このエッセイ・コンテストは、東京都社会福祉協議会(古川貞二郎会長)が家族や地域社会との関係性を、よりよい社会実現のために強めていくことを目的に2007年度より開催。「家族力大賞」は前会長でアメリカンファミリー生命保険最高顧問の大竹美喜さんの発案によるもので、崩壊する家庭や地域社会に力を与えたいとの強い思いが込められています。
3回目の今年は、家族や地域がどのように「きずな」を広げていくのかがテーマで、応募作品の中から14作品が入賞しました。式典の冒頭、古川会長のスピーチは印象深いものでした。マザー・テレサの「愛の言葉」の中にある「私たちは忙しすぎます。ほほえみを交わすひまさえありません。これは大きな貧困です」という1節を引用し、「ほほえみが、他の人に伝わり、その人がまた人に伝えます。『家族力大賞』がテーマとしている『きずな』も、1つのほほえみからはじまる…」と述べています。
特に今回の応募について、「…大変厳しい状況にあっても、ほほえみを忘れず、困難をのりきってきた事例」とコメントしています。
本コンテストの運営委員長は昨年までの金子郁容(慶大教授)さんから新しく袖井孝子(お茶の水女子大学名誉教授)さんに代わり、私も運営委員のひとりとしてこのコンテストに関わっています。今回は、14作品の中でも地方から上京して成長していく二人の若い女性の作品を紹介したいと思います。
福岡娘が出会った東京のお母さん
「『お母さん、ただいま』東京の下町。学校帰りに私はいつも、居酒屋をひとりで切り盛りしているお母さんの店を訪ねる。『おかえり!ほら、これだよ、持って帰んな!!』お母さんはいつも元気に笑って迎えてくれる」。このエッセイは、石井芳佳さんの作品。筑波大学に通う学生で、「東京都知事賞」を受賞した作品(「みんなが、笑った?下町が教えてくれた家族愛?」)です。
文章は続きます。「今日はお母さんから『きのこご飯炊いたからとりにおいで』とメールが入っていたので受けとりにきた。カウンターに置かれた、きのこご飯がぎっしりと入ったまだふたをしていないタッパーからはふわふわと湯気が出て美味しそうなかおりが漂ってくる」。「…今日学校でねえ…」と芳佳さんはお母さんにその日あったことを報告します。
「『今日も元気がいいねえ』カウンターにいる常連さんがにこにこ笑っている。『わたし、娘がいなかったから可愛くてしょうがないの。こんな日本酒ばっかのむおっさんだけどね…なんちゃって』そういってお母さんはエプロンを顔にあて笑う。だから照れくさくなって私も笑う」。ここに登場する「お母さん」と作者の石井芳佳さんの間には血のつながりはなく、読んでいくうちに彼女の行きつけの居酒屋のママさんと常連客の関係であることが判ります。
彼女の故郷は福岡。彼女は人と人が笑いあい、つながりあっていくことに人一倍幸せを感じていることを吐露しています。しかしここに至るまでの彼女の道のりは遠かったといいます。「私は父を憎み、母を憎んでいた。家族愛に飢え、むしろ冷め切っていたのだ。(中略)それぞれの心が悲鳴をあげていた」。厳格な父、勘当された姉。毎日息がつまりそうな喧騒から逃れたい。石井さんはそんな思いで反対を押し切って大学進学で上京し、ほとんど帰省することはありませんでした。
しかし福岡から一人ぼっちで引っ越してきた東京の下町の商店街では、威勢よく声を張る八百屋さんや魚屋さん。お客さん同士が井戸端会議で賑わい、銭湯に行けばわいわいと盛り上がり、町内総出の運動会や年中無休のラジオ体操、お祭りなどでつながりが広がっていくのを石井さんは感じるのでした。ある冬の夜に居酒屋のお母さんから酉の市に連れて行ってもらいます。熊手を買い商売繁盛を祈願。屋台でたくさん買い物をしてもらい、本当の親子のように感じるのでした。
これらの体験を通して、石井さんは家族の在り方について考えることになります。そして家族の笑い顔を見るために福岡を離れていた姉といっしょに帰省し、戸惑いを感じながらも最後は家族4人で食卓を囲みながら父親からの痛悔のことばとともに、親子の涙の和解がなされたのでした。
「人には色んな考え方がある。色んな生き方がある。(中略)私がここで目にしたものは、それを伝えあい共有しあえる場があるということなのだ」。石井さんのエッセイは最後に、「我が家が家族だということ、家族は素晴らしいものだということをここの家族のような付き合いの中に教わった。」ということばで締めくくられています。
世代を超えた出会い
次に紹介するのは、四国香川で育ち大学進学で上京した若い女性と90年も生きてきた女性との出会いを中心に書かれた河本明代さんのエッセイ。「運営委員会委員長賞」受賞作品(「世代を越えた出会いが教えてくれたこと」)です。
河本さんは香川から大学受験で東京の水道(冷水)だけ出る家賃2万円のアパートから塾通いをしていたときに、銭湯で足の不自由なお婆ちゃんと知り合います。
その銭湯で、あるとき河本さんは勇気を出してお婆ちゃんに話しかけます。それがきっかけに、東京生まれのお婆ちゃんと田舎育ちの若い娘さんの交流が始まるのでした。毎日銭湯で顔を合せては多くの会話を重ねていきます。やがて自宅に遊びに行ったり料理も教えてもらうようになります。
しかし、翌年念願の大学に受かってから毎日会う機会も少なくなっていきます。そして卒業を目近に控えたある日、河本さんがお婆ちゃんに会いに行ったときのこと。「あんなに明るかったお婆ちゃんが別人のように痩せて、寝たきりになっているのを見てショックのあまり声がかけられませんでした」。
「お婆ちゃんに、お寿司が食べたいから買ってきてといわれて外に出たとき、一気に大量の涙が頬を伝わってきました。お婆ちゃんと銭湯から一緒に帰っていた見なれた道」。目は涙であふれ寿司屋までの道がかすんだあの風景は今でも忘れられないと河本さんは述懐しています。そして、「あんなにしっかりしていたお婆ちゃんが何度も同じ話を繰り返す」。認知症にかかっていたのでしょうか、河本さんはそんなお婆ちゃんに心が痛むのでした。
お婆ちゃんから、最近、最愛の兄を亡くしたこと。とうとう一人になってしまったことを告げられます。今まで陽気なお婆ちゃんから、「寂しい」という言葉を初めて聞く河本さんは家族の存在の大きさを知ることになります。それから間もなく、彼女は介護の人からお婆ちゃんの訃報の連絡を受けます。
あれから10年、河本さんは別世界に感じていた東京で大学生活を過ごし、知識を得ることの面白さを学んだといいます。お婆ちゃんが薦める文庫本や哲学書を読んでは、一緒に意見や感想に付き合ってくれたおかげでした。そして河本さんは、就職先に放送局を選びます。その後多くの出会いがあったようですが、「お婆ちゃんは私の中では特別な存在」。「私もあのお婆ちゃんのように、将来自分の過去を新しい世代の人たちに伝えて、何かを感じ取ってもらえる人になれるように」。そんな人間になることを考えているようです。
2つの作品に共通するのは、地方から上京した若者が、人間関係が希薄といわれる東京でめぐり会った人びとと「きずな」で結ばれ、優しさと知恵を糧に大人に成長していく模様が描かれていることです。
以上の作品以外に、薬物依存症の息子さんを抱え、夫婦が正面から問題に取り組むことで周囲の人に助けられ家族の絆を強めていく、SS幸子はあもにい さんの、「幸せは足元に」(東京都社会福祉協議会会長賞)。20数年前38歳で交通事故にあい全身麻痺になった藤川景さんの「優しさに包まれて」(東京新聞賞)など。どの作品もその底流には優しさと愛があります。そして家族や社会とのきずなが描かれています。
これらの作品を読んで感じたことは、みんな自分の身の回りに起きた事件や困難な問題から目をそむけることなく、それらを糧にして新しい取り組みを行っているということです。
パブリック・リレーションズ(PR)は「絆(きずな)」づくり。殺伐とした日本社会が輝きを取り戻すようにインター・メディエーターとして社会で責任を果たすことが求められているのです。
*上の写真の作品集『家族力大賞 ’09?家族や地域の「きずな」を強めよう』には、14編の作品が紹介されています。社会福祉法人 東京都社会福祉協議会が発行元です。非売品ですが、30冊程度であればプレゼント可能だそうです。興味をお持ちの方は連絡してみてはいかがでしょうか。
<家族力大賞事務局>
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