こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?
先週末から今週半ばまでイランのテヘランに行ってきました。テヘランにあるパブリック・リレーションズ・リサーチ研究所主催のシンポジウムのスピーカーとして招かれたものです。近々にその体験をこのブログでご報告しますので楽しみにしてください。
さて、12月の第一週目の「パブリック・リレーションズ概論」の授業には、前三重県知事、現早稲田大学大学院教授の北川正恭さんをゲストスピーカーにお迎えして、「パブリック・リレーションズと政府・自治体」についてお話していただきました。北川さんとは、三重県知事時代の2001年に私の編著の『入門・パブリックリレーションズ』をお贈りしてからのお付き合いですが、その際立ったご活躍にはいつも目を見張っていました。また同じ商学部の卒業生で、私の学生時代、演奏旅行で三重県四日市を訪問したときに会場に偶然演奏を聞きにきてくださっていたようで、歩んできた道は異なっていても、同じ時代を生きてきた仲間として身近に感じさせてくれる方です。
北川さんは、三重県県議会議員、衆議院議員を歴任後、95年4月から2期8年にわたり三重県知事を務められ、真の住民のための地方行政を目指し数々の革新的な改革を実現されました。私の知る限り、国内で始めて政治行政に経営手法を採り入れた方です。2003年に知事職を退任されてからは日本の政治を変えるため、選挙の公約「マニフェスト」(1834年に英国で登場したとされている)導入による政治・行政改革を推進し、9月の衆議院選挙でもマニフェストを公約に掲げ政党や多くの候補者が選挙戦に挑みました。
「北京で一羽の蝶々がはばたくと、ニューヨークでハリケーンが生じる」というカオス理論、複雑系の理論があります。これは、イリヤ・プリゴジン(Ilya Prigogine 1917~, 77年ノーベル化学賞受賞)が唱えた理論で、「一羽の蝶々の小さな羽ばたきでも連鎖反応を起こして世界を席巻する大きなうねりになり得る」という意味で、いわゆる化学の世界でいうバタフライ・エフェクト(蝶の効果)を示す例え話です。
講義のなかでは、北川さんが三重県知事在任中、この「ミクロの“ゆらぎ”がマクロを制する」との共鳴理論を一歩進めた「情報共有が共鳴を生み、その揺らぎが大きな変革をもたらす」という理論を用いて、いかに自己責任に基づく内発的な行政改革を実現していったかを話されました。ひとり一人の力は小さいけれど、お互いが共鳴しあって大きな渦になれば、途方もない力を発揮できるとしています。そして、この共鳴の理論をマネジメントするシステムこそがパブリック・リレーションズであるとその重要性を語られました。
具体的には、知事としての職務時間の80%を費やし、職員とのダイアログ(対話・双方向性コミュニケーション)を徹底して行い情報や問題を共有し、お互いの「納得」をベースに諸改革を実施したこと。また、明確な理念と目標(ゴール)を掲げ、トップ自らにその達成責任を課し、責任の所在を明確にすることで、かかわる人々の自己責任における自発的な取り組みを促したこと。
そして、説明責任の対象(ターゲット)を「国」から「県民」に移し『生活者起点』をキー・コンセプト(理念)に統治主体である県民の参加を促したこと。さらには既存の広報課を「政策広聴広報課」と改め、広聴→政策立案→広報の順で、県民の声を聴き、それをもとに政策立案をおこない、内外に広報をおこなったのでした。つまり県民との対話を促し、そこから得られたフィードバックでより良い政策づくりをおこない、積極的に情報提供をおこなうといった、行政運営にパブリック・リレーションズの手法を見事に採り入れたといえます。ここではご紹介し切れないほど数々の改革の成果を披瀝されました。
また「自己修正」の大切さにも触れて、同郷の松尾芭蕉による「不易流行(変化こそ普遍)」という言葉を引用して、常に自らを変化させられるもの、つまり自己修正を行えるものだけが生き残れると語ってくれました。そのためにはパブリック・リレーションズの手法である双方向性コミュニケーションによる情報収集をとおして全体を俯瞰し、自ら気づき修正させることで常に変化に対応できる「学習する個人や組織体」を育てることが重要であり、そうすれば変化の激しいこのIT社会を乗り切っていけるのではないかと示してくれました。
最後に、ITの発達により、1989年まで東西を分断していたベルリンの壁を突き抜けた情報が民衆を動かし、その力が鉄の壁を崩壊させたように、ひとり一人の気づきが大きな変革を起こせると自覚して「気づいたら飛べや」つまり「いいと思ったら先ずは一匹目の羽ばたく蝶々に自らなってみることが大切」と個人単位での行動力に期待するメッセージをいただきました。
質疑応答の中で、いまや伝統化しつつある政治腐敗に関する質問に対しては、「議員は立法という尊い仕事に携われる素晴らしい職務なので、信頼回復のためにも明確な『マニフェスト』に基づく政策実施を推進し、日本の政治の向上をはかっていきたい」。そして、将来を担っていく学生に対して、「主権在民における統治主体である市民が、政治への自己責任を果たしていくことで政治改革が実現するよう協力してほしい」と呼びかけました。学生にとってとても刺激的な授業だったと思います。
北川教授のお話を伺って、「マニフェスト」導入がカオス理論によって政治行政に変革をもたらし最終的に日本全体が変わっていくのではないかとの期待感を強く持ちました。パブリック・リレーションズも、一羽の蝶々から連鎖反応で日本の国中に広がってくれたらと願わずにはおられません。
北川さんの今後のますますのご活躍をお祈りしています。どうもありがとうございました。