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2012.08.06

オリンピックの今昔〜正確で公平な判定が課題に

こんにちは井之上 喬です。
ロンドンオリンピックも中日を過ぎましたが、観戦に力が入って寝不足になっていませんか。

日本の男女サッカーが共にベスト4に進出するという大ニュースは私たちを力づけてくれます。
個人的に嬉しかったのは、かつて私もやっていた競泳が大躍進。競泳種目最終日の400Mメドレーリレーに日本男子は史上初の銀メダル、女子は銅メダルを揃って獲得したことです。

ロンドン五輪の国別メダル獲得数(日本時間8/6午前8時現在)は、中国が61個でトップ。そのうち金メダルは30個。次いで米国が60個(金メダルは28個)。この2強に続くのが英国(37個/金16)、韓国(20個/金10)、そしてフランス(25個/金8)の順となっています。

日本の獲得メダル数27個(金2)で、国別の金メダル獲得数では15位。
その中で不振だったのは日本柔道。オリンピック正式種目になった1964年(昭和39)の第18回東京大会以来、ずっと続いてきた日本男子柔道の金メダル獲得が途絶え、ウインブルドン現象ともいわれています。

一方、先の競泳男子メドレー以外にも女子重量挙げの三宅宏実さん(銀メダル)やアーチェリー女子団体(銅メダル)、バドミントン女子ダブルスの藤井・垣岩さんペア(銀メダル)などのようにそれぞれの種目で五輪初のメダル獲得というケースも出てきています。

今回のブログではオリンピックの今昔に触れてみたいと思います。

8月2日は「金銀の日」

1928年のこの日、オランダ・アムステルダムで開催された第9回オリンピック(7月28日-8月12日)で、陸上三段跳びの織田幹雄さんが日本人初の金メダルを獲得。また、陸上女子800mの人見絹枝さんが日本女性初のメダルとなる銀メダルに輝きました。

女子の陸上競技への参加は、第9回目のオリンピックとなったこのアムステルダム大会が初めてのこと。
アムステルダム大会におけるこうした歴史的な出来事を記念して、8月2日が 「金銀の日」と呼ばれるようになったようです。

織田さんの金メダル獲得にはこんなエピソードもあります。
オランダの大会本部は、日本人が金メダルをとることを全く予想していなかったため、掲揚用の日章旗が用意されていなかったそうです。

慌てて急遽入場行進に使った国旗を表彰の時に使ったため日章旗だけが他の旗と比べて図抜けて大きく、ともかく目立ったそうです。

現在でも、国立競技場のトラック第4コーナーのところに「織田ポール」と呼ばれる高さ15m21cm(優勝記録と同じ長さ)の白いポールが立っています。これは織田さん(1905-1998)の偉業を称え立てられたもの。その後、織田さんはJAAF(日本陸上競技連盟)名誉会長に就任するなど、日本の陸上競技の発展に大きく貢献しました。

一方、人見絹枝さん(1907-1931) は、日本最初の女子メダリストというだけではなく、その後100mをはじめ200m、走幅跳などで世界記録を書き換えるなどまさに日本女子陸上界のスーパーアスリートとして多くの実績を残しました。

奇しくも人見さんは、アムステルダムオリンピック800m決勝の日から丁度3年後の8月2日に乾酪性肺炎により24歳で亡くなりました。本当に残念なことです。

そして、アムステルダム大会から、84年後の8月2日(日本時間)。各紙夕刊紙面には、内村「金」、立石、星「銅」という大見出しが踊りました。21世紀において8月2日は、「金銅の日」と呼ばれるようになるのかもしれませんね。

判定は、「青上げて」「青上げないで白上げて」

7月29日(日本時間)に行われた男子柔道66キロ級、チョ・ジュンホ(韓国)と海老沼の対戦では前代未聞の判定がありました。

3人の審判による判定勝負は、3本の青旗が挙がりチョ・ジュンホの勝利を宣言。しかし、審判委員長との協議後、今度は白旗が3本挙がり、海老沼の勝利が決定しました。 3-0の判定が0-3に覆ったのは柔道史上初めてのこと。

この判定について「青上げて」「青上げないで白上げて」と、まるで子供の旗あげ遊びのようだったと揶揄するマスメディアの報道も見られました。

今回の柔道競技では、主審と副審の3人による判定が畳の外にいるジュリー(ビデオ判定の審判)により覆されるシーンが目に余りました。ジュリーは、柔道では技の有効性を見極め、審判の判断を補助するために、シドニー五輪の篠原信一選手(現男子代表監督)の誤審問題を機に導入されたものです。
導入当初、ビデオはあくまで補助的なものでしかありませんでした。

ところが近年の大会では主審と副審3人の目による判定よりもセンターテーブルと呼ばれる舞台袖に控えた「第4の審判」、ジュリーの権限が大きくなってきているといわれます。

奥の深い柔道競技では判定を公正に行うことが難しいということなのでしょうか。海老沼選手が最初の判定で敗れた時のテレビ画面に、シドニー決勝で敗れた篠原監督が大きなゼスチャーで抗議していた姿が印象に残ります。

この問題をパブリック・リレーションズ(PR)の視点で捉えると、シドニー五輪での誤審問題を機に自己修正機能が働き、ジュリー制度が導入されたということができます。

厳しい競争を勝ち抜いて五輪に参加するすべての選手の競技を正確に、かつ公正に判定することは、当たり前のことですが困難な問題でもあります。

また男子体操団体決勝では、「あん馬」判定に対する異議を申し立てにより、0.7点が加算され、日本は4位から2位に浮上。

この結果、地元英国がいったん手中にした銀メダルが銅メダルとなり、会場から大きなブーイング。
後味の悪い判定となりましたが、これまであまりみられなかったことは、「日本側が、納得できないことをはっきりと主張・抗議するようになった」ということです。

新しい判定法式の導入により、競技審判の権威回復をどのように果たしていくのか、審判員の知見や経験値とデジタル技術をどのように判定に融合させていくのか、新たな自己修正がIOC(国際オリンピック委員会)に求められているといえます。

ロンドン五輪の後半は、競技判定という点も重要視し、観戦していきたいと思っています。

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