パブリック・リレーションズ

2007.01.13

PRの巨星たち 6.選挙PRコンサルタントのパイオニア〜ウィトカー&バクスター その1

皆さんこんにちは。井之上喬です。

今年は大型選挙の年。4月の「統一地方選」、7月には「参議院選挙」と自民党、民主党の激しい一騎打ちの展開が予想されます。今週と来週は、「パブリック・リレーションズの巨星たち 6.」と題し、米国における初の選挙キャンペーンPRコンサルタントとして1940年-1950年代に活躍し、現在の選挙キャンペーンの礎を築いた、クレム・ウィトカーとレオーヌ・バクスターを2回にわたって紹介します。

スタートはジャーナリスト

1899年5月1日、クレム・ウィトカー(Clem Whitaker: 1899-1961)はアリゾナにバプティスト派の牧師の子として生まれました。 カルフォルニア州サクラメントで育ったウィトカーは、13歳で地元の新聞社、Willits Newsで記者のアルバイトを始め、17歳にはカルフォルニア大学に進学。その1年後には、The Sacramento Unionに就職し、ほどなくローカル・ニュース担当の編集長に抜擢されました。

ウィトカーは22歳で独立し、Capitol News Bureauを創設。およそ80に及ぶ日刊紙や週刊誌のプレス・サービスを手掛けました。彼は、20代で結婚し4人の子供をもうけますが、後に離婚。33年カルフォルニア州セントラル・バレーにおける水のプロジェクト(Central Valley Project: CVP)の住民投票集会で、記者経験のあるレオーヌ・バクスター(Leone Baxter)と出会い意気投合。後に公私にわたるパートナーとなります。

CVPはカルフォルニア州北部における洪水防止や灌漑、衛生管理を行うプロジェクトで、州議会で可決はされたものの、地元のガス会社などの反対により住民投票に持ち込まれる状況にありました。

選挙PRコンサルタントの誕生

そんな中の33年、新しくコンビを組んだウィトカーとバクスターは共同で初の政治キャンペーン専門のPR会社、Campaigns, Inc.をサンフランシスコに設立し、州政府のアドバイザーに就任。利益のない南部の住民が反対票を投じる可能性を予測し、水管理の重要性を啓発するキャンペーンを受益者が多く存在する北部地域に絞り込み強力に展開。見事に過半数の賛成票を獲得しました。タイム誌はこの成功を、パブリック・リレーションズにおける独創性の勝利であると賞賛しました。

また34年に行われたカルフォルニア州知事選挙で、投票日まで2ヶ月をきった頃、現職知事フランク・メリアム(Frank Merriam)のコンサルタントを引き受けます。

対抗馬であった アプトン・シンクレア(Upton Sinclair)の優勢が報じられる中の選挙戦でした。シンクレアの出版物から、彼のそれまでの不適切な発言内容を風刺漫画に引用したり、国民が社会主義に敏感だったこの時代に、シンクレアのソ連びいきのイメージを連想させる映画広告を制作するなど、現在ではネガティブ・キャンペーンと呼ばれる相手候補への中傷キャンペーンを展開。短期間で巻き返しをはかりメリアムを知事再選に導きました。

それまで政治にパブリック・リレーションズが採り入れられていたものの、選挙やキャンペーンに特化したパブリック・リレーションズの専門家は存在しませんでした。パブリック・リレーションズの手法を選挙キャンペーンに持ち込み、新しい専門領域を作ったのがウィトカーとバクスターでした。
ウィトカーとバクスターが50年代半ばまでに手がけた政治キャンペーン75のケースの勝率は、なんと90%。これは驚異的な数字です。彼らの原則は、わかりやすいスローガンと明確なメッセージでした。

次回は彼らが行なったキャンペーンについてお話したいと思います。

書籍

注目のキーワード
                 
カテゴリ
最新記事
アーカイブ

ページ上部へ