パブリック・リレーションズ
2008.06.14
中国におけるカルフールの危機管理〜チベット騒乱と四川大地震のはざまで
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
企業が海外に進出するときには、思わぬ事態と遭遇することがあります。一昔前は、企業経営者は政治には口を出すべきではないとして、国内はもとより国際政治問題についての言及には慎重を期していました。しかしグローバル時代の今日、政治への無関心が自社の経営にダメージを与えかねないとして、多くの企業が政治との関係性を強めています。活発なガバメント・リレーションズはその表れといえます。
今回は、政治問題に関わったとされたことで、中国市場でダメージを受けたフランス企業。チベット騒乱と四川大地震のはざ間で揺れたスーパー・マーケット、仏カルフール社の危機管理をパブリック・リレーションズ(PR)の視点で考えてみたいと思います。
チベット騒乱で始まった反対運動
カルフールは世界30ヵ国に1万店を出店、米国ウォルマートについで売上げ世界第2位の小売業。1995年には中国に進出し北京に1号店を出店させた中国最大の外資系小売企業です。しかし今年3月に起きたチベット騒乱をきっかけにした中国国内のバッシングは、中国に展開する「カルフール(家楽福)」にとってはまさに青天の霹靂だったといえます。
ことのきっかけは騒乱発生後、サルコジ大統領が北京オリンピック開会式への不参加を示唆したことに始まります。4月初めのパリでの聖火リレーがチベット支援グループに妨害された後、カルフールは中国の青年層の反仏行動によって、不買運動や抗議デモに巻き込まれていきます。
かってないほど良好だった中仏関係は、チベット問題によって蜜月関係から一気に緊張。カルフールの不買運動、仏大使館へのデモと中国側の反仏感情は日に日に高まりを見せていきます。4月15日 のロイター電(北京)は、中国のネットユーザーが、中国で展開する仏カルフールの店舗での不買運動を呼び掛け、その理由としてカルフールがチベット独立を訴えるグループを支援していることにあると報じています。
このような中、中国紙・新京報によると、4月18日エルベ・ラドソー在中国フランス大使は記者会見を開き、フランス政府がチベット問題に関して中国の主権を尊重すると発言し、中国で高まるフランス批判に配慮する姿勢を見せていることを報じています。
こうした仏側の努力にもかかわらず、中国で展開するカルフールを標的にしたデモは、4月20日、中国各地で大きな広がりをみせます。4月20日付の仏週刊紙ジュルナル・デュ・ディマンシュによると、カルフールのデュラン最高経営責任者(CEO)は同誌とのインタビューの中で、カルフールは現在中国国内で112店舗を展開。1日の客は200万人に達しており、今回の事態を極めて深刻に受け止めていると語っています。一方、同スーパーが中国の反仏デモの標的となった原因が、「カルフールがダライ・ラマ14世を支援している」とするうわさが広がったためとみられていることに対しては、デュラン氏はこのうわさを明確に否定。「カルフールはいかなる政治的宗教的立場も支援することはない」と述べるとともに「パリでの聖火リレーに多くの中国人はショックを受けたことを理解すべきだ」とし、中国で起きている現地の行動に同情する発言をしています。
これらの報道から垣間見られることは、反仏デモがカルフールへの不買運動に変わったときに、素早いプレス対応が行なわれていたのではないかということです。これまでの経緯からも理解できるように、カルフールがフランス政府とも密接に連携しながら広報活動を行っていたことがうかがえます。
しかし不買運動は新たに西安やハルビン、山東省済南市、内陸部の重慶市でも発生。北京五輪聖火リレー妨害に端を発した抗議は中国の10都市以上に広がって行ったのです(新華社:4月20日)。その後のサルコジ大統領の事態打開のための努力にもかかわらず、解決の糸口が見えないまま不幸な四川大地震を迎えることになったのでした。
四川大地震でとった素早い行動
5月12日、四川省を中心に大地震が発生します。ここでは、日本で発売されている「中国経済新聞」(日本語:月2回発行)編集長で、日本の日経新聞といわれている「上海財経新聞」にコラムを持つ徐静波さんと、ニュース報道からの情報をもとに、地震発生後のカルフールの危機管理の迅速な対応を見てみたいと思います。
四川大地震の発生は、5月12日14時28分。同日17時30分カルフールは100万元(約1,500万円)のカンパを発表。2日後の5月14日に200万元(約3,000万円)の追加支援を発表し、中国への誠意を表わした。
また5月23日、カルフールCEOのデュラン氏が中国を訪問し、北京にある中国の代表的なポータルサイト「新浪」のスタジオでインタビューに応じます。そこで2,000万元(約3億円)の追加寄付を発表。カルフールの寄付金総額は2,300万元(日本円約3億4,500万円)となり、一躍欧米系企業のトップ(全体で13位)に浮上(ちなみに日系企業のトップは広州ホンダの1,203万元)。
四川大地震後にカルフールによる多額の義援金申し入れがきっかけとなり、中国商務省が外資系企業の義援金リストを公表するなど、企業に対する義援金圧力は強まっていきました。
徐編集長によると、「これらカルフールの一連の対応によって、中国世論は同社に対して劇的な変化をみせました。『カルフールをどうしても許してあげたい』。『カルフールに感謝し、買い物に行こう』『フランス人はやはり紳士だ』。『これからもカルフールに買い物に行こう』など態度を一変させたのです」。
カルフールのウエブサイトによると、5月16日から28日までのキャンペーン期間中、中国特産品・衣服・装飾品・日用品などを30%値下げしたほか、指定商品2品購入すれば1品をプレゼントするなどのサービスを行ったようです。また一定額以上の買い物をした顧客には、カルフールの新しいデザインのエコバッグがプレゼント。
元来カルフールの中国での販売戦略は強力な販促と宣伝で知られていたようですが、ボイコット事件後、販売自粛を行ってきた同社が大規模なキャンペーンを再開したことに同業他社からの反発もあったようですが一般的には歓迎されたようです。
徐さんは、このようにカルフールの例は外資系の中国市場での危機管理で最も成功した事例として高く評価されていると語っています。
中国・四川大地震の発生から1カ月。マグニチュード8.0の揺れで、死者・不明者は9万人近くにも上り、いまも数百万人が避難生活を強いられています。
パブリック・リレーションズの実務家は常に危機を想定した準備を怠ってはいけません。日本企業は概して危機意識が弱いとされていますが、十分な準備をすることで不測の事態への迅速な対応が可能となってきます。
天災・人災などあらゆる予期しない事象に囲まれている今日ほど顧客へのアドバイスが求められているのです。