パブリック・リレーションズ
2008.03.16
PRパーソンの心得 21 イッシュー・マネジメント
こんにちは、井之上喬です。
このところ急に春めいてきましたが、みなさん、いかがお過ごしですか。
人々がグローバルに活動する中、いま世界の社会環境や経済環境はますます複雑化しています。そのような環境の下で個人や組織体は、不安定な状態や不必要なトラブルから自らを回避し、良好な状態を維持し成長させことが一段と困難になっています。
このような世の中で必要とされるのは、問題発生を未然に防ぐ心得、イッシュー・マネジメント(Issue Management)の意識です。
イッシューへの対処が未来を左右する
イッシュー・マネジメントは「問題管理」とも呼ばれ、パブリック・リレーションズの手法です。70年代後半、企業批判が高まった米国でPRコンサルタントのW・ハワード・チェースにより考案されたもので、早期に組織体の潜在的なインパクトを抽出し、その先の結果について少しでも和らげられるような戦略的な対応を行なうことを意味しています。
カトリップの Effective Public Relations 第9版によると、具体的にイッシュー・マネジメントは、問題の予見→その分析→優先順位の決定→実施プログラムの選定→具体的行動が伴うプログラムの実施→効果の測定、といったフローで進むとされています。つまり、予測される新しい課題や問題を早期に抽出し、組織体に対する問題のインパクトのアセスメントを行い、それらに対する企業の戦略的な対応策の構築と実施によりリスクを最小限にとどめる手法。
社会が複雑化する中で、組織体はトレンドを識別・予知し、リスクを最大限避けなければなりません。そうした意味で、私はイッシュー・マネジメントを危機管理の一つとして分類しています。この考えに従えば、イッシュー・マネジメントは、将来発生し得るさまざまな危機をあらかじめ想定し、有効な戦略的な対策を講じて、必要に応じ対応・実施していく手法ともいえます。
カバーされるのは、政府の法規制など政策に関するものや、 国の内外を問わず企業や組織が地域社会などでマーケティングやプラント事業などの諸活動を行なう上で考慮すべき習慣やタブーなど。実に広範・多岐に渡っています。近年関心の強まっている、規制緩和や地球温暖化なども対象となります。
どのようにイッシューに対処するかは、当事者となる個人や組織体の未来を大きく左右します。つまり予防的解決策が奏功すればそこに利益が生じ、その対処に失敗すれば回復不能の危機発生を招き、時には市場からの退場を迫られる場合さえあります。顕在化されていない問題への対処いかんでは、損失を被るのか利益を得ることになるのか、二つに一つの対極的結果をもたらすことにもなりかねません。
現在米国では、イッシュー・マネジメントを多くの企業が戦略的経営の基本要素とみなし、積極的に取り入れています。しかし、日本でこの概念はほとんど紹介されていません。私は日本で頻発する不祥事の要因の一つに、このような戦略的危機管理の手法が経営に取り入れられていないことがあると考えています。
本物を見分ける臭覚
イッシュー・マネジメントは、抽出された問題に向き合い自ら修正して改善すること。その活動はさまざまなリレーションズの上に成り立っています。
特に経営トップやクライアントとのリレーションズにおいては、高密度のパートナー・シップが求められます。したがってPRパーソンは日頃から当事者と深い協力と信頼関係を築き、対等な立場で双方向にコミュニケーションできる環境を構築・維持しなければなりません。
また、関係する個人や組織体、それらを取り巻くパブリックがどのような関わりを互いに持っているのかを緻密に把握すること。そこから丁寧にイッシューを掘り起こす作業が正確な問題把握につながるからです。
これらの能力に加えて必要なのは、本質を感じ取る力と感性です。現代はインターネットの普及により雑多な情報が氾濫しています。この複雑な世の中にあって本質的な問題を抽出するのは楽なことではありません。PRパーソンには本物を見分ける臭覚が求められます。
嗅覚のような敏感なセンスを磨くには、常に自分の立ち位置を意識し、関係性を持つさまざまなパブリックの視点を持つこと。そのためには自分の所属する組織体が身を置く業界や担当するクライアントを取り巻く環境、諸構造、特性などを良く知り、そこでの社会的、経済的、政治的位置づけをさまざまな角度で観察することです。そしてインプットした情報をベースに、直観力というアンテナを張り巡らせて、変化の兆しを読み取ろうとする意志を働かせてみるのです。
危機発生後の対応に費やすエネルギーは大変なものです。危機発生前の予防や準備を万全に整えることは、戦略的経営には欠かせません。企業不祥事や企業買収が日常茶飯となった日本。生き残りをかけた熾烈な競争のなか、日本の組織体、特にグローバル企業では危機管理に対する意識が急速に高まっています。
PRパーソンには、このニーズの高まりに即座に対応できるよう、知識と感性を磨く努力を積み重ね、イッシュー・マネジメントに対し注意を払い、鋭敏な分析力と対応力を養うことが求められているのです。