パブリック・リレーションズ

2006.12.02

NYからヘッジファンドの鬼才、デビッド・シーゲル氏を講師に迎えて〜コンピュータ・サイエンティストの軌跡

こんにちは、井之上喬です。
今年もいよいよ師走を迎えましたが、皆さん、いかがお過ごしですか。

皆さんヘッジファンドが何かご存知ですか?ヘッジファンドは公募によってではなく、私募によって少数の投資家から私的に大規模な資金を集めて運用する投資団体のことで、投資リスクをヘッジするために投資対象を分散させ、株式、債券、商品、為替などを扱います。

ヘッジファンドの活動は1970年代から徐々に始まり、1990年代にはその投資手法を巡り世界の金融市場で大きな話題となりました。今やヘッジファンドの数は全世界で5000社を超え、その市場規模は100兆円を超えるといわれています。

ヘッジファンドで世界の最先端を行く会社

今回は、ヘッジファンドで急成長するTwo Sigma Investmentsの会長、デビッド・シーゲル氏を「パブリックリレーションズ概論」の講師として迎え、「ヘッジファンドにおけるパブリック・リレーションズ」についてお話いただきました。
デビッド・シーゲル氏は、マサチューセッツ工科大学人工知能研究所で研究生活を送り、そこでコンピュータサイエンスの博士号を取得しました。その後ニューヨークで多くのコンピュータ・サイエンティストを抱え、ハイテク投資銀行として知られるD・E・ショー (D.E. Shaw &Co.)に入社、プリンストン大学の同窓で同僚でもあった、アマゾン・ドットコムの現CEO、ジェフ・ベゾス氏などと幅広い活躍をしました。

シーゲルさんはD.E.ショーで世界初のWeb上での株式売買決済システムを開発。Web上の個人向け証券取引会社のD.E. Shaw & Co’s Far Sight Financial Servicesを創業。

その後、ヘッジファンドの大手、Tudor Investment CorporationにCIOとして加わり、平行して1999年同社が関係する登録者のブックマーク管理会社、ブリンク・ドットコムを設立。またTudor Investmentの日本での事業部門、Accelerator(米国ベンチャー企業の日本進出支援VC)でマネージング・ディレクターを兼務。

2001年、シーゲルさんはNYのSOHOで、コンピュータとファイナンスを組み合わせた新しいビジネスを始めたいと考え、アマゾン・ドットコム出身のJohn Overdeckと共にTwo Sigma Investments (TSI:http://www.twosigma.com/)を立ち上げ、わずか5年で数10億ドルのファンドに仕立て、社員130名を擁する中堅ヘッジファンド会社へと成長させました。平均10名前後で運営されるこの業界ではまさに急成長企業であり、その急成長をもたらせた大きな要因として、何よりもシーゲルさんの卓越したコンピュータ技術が挙げられます。

シーゲルさんとの出会いは1999年、D.E.ショーの日本進出を支援した私たちに、元D.E.ショーの彼がブリンク・ドットコムの日本進出のためのパブリック・リレーションズのカウンセリングを求めてきたときのことです。以来彼とは、本人のMIT時代の友人と、1980年代に私がMITの人工知能研究所と交流を深めていた頃の友人(シーモア・パパート人工知能研究所所長や後に並列処理スーパー・コンピュータ会社、シンキング・マシーンズを興した、ダニエル・ヒリス氏など)が共通であったこともあり、意気投合し友人でありビジネスパートナーとしての関係にあります。

講義の中でシーゲルさんは、一般的に企業イメージの構築に関心が薄いヘッジファンドの業界でブランド・イメージを明確に打ち出すことの意義と手法について語ってくれました。
TSIのブランド・イメージは“Excellence & Exclusivity”。このブランド・イメージ確立のために「質の高い人材の確保。職場環境の整備。信用と信頼の構築。口コミでのプロモーション展開」という4つの方針を掲げました。

米国のヘッジファンドにはSECへの登録企業と未登録企業があり、登録企業は政府からの規制を受け入れる代わりにビジネス用のホームページをつくることが許されているようです。一方未登録の企業はプロモーション目的でのサイト構築が禁止されています。

規制のない自由な投資活動を選択しているTSIは未登録企業です。そこで考えたのが、採用のためのサイト構築。グーグルが欲しいと思うような最先端のコンピュータ技術を持つ最高レベルの人材を採用したい。そんな想いもあって、楽しく充実したサイト構築に知恵を絞ったといいます。

ヘッジファンドの業界は狭く、ひとりを納得させることができれば口コミの効果を大いに期待できる。これを知っていたシーゲルさんは、顧客からの信頼を築くためには控えめな目標を設定してその目標を常に達成することに努力を傾注したといいます。そして、一対一のコミュニケーションをしっかりと築き、TSIを深く正確に理解してもらうことにつとめました。いまではその努力が実り、実績に裏付けられた信用・信頼を築くことができ現在の成功につながったと語っています。

公式なビジネスのプロモーションが規制されているヘッジファンド。シーゲルさんは、仕組みの解かり難いビジネスの理解を得るには、事実を判りやすく語ることが極めて重要であると述べました。そしてターゲットとの良好な関係構築・維持の手法として、パブリック・リレーションズがとても重要な役割を担っていると語ってくれました。

ビジネスの3つの心構え

将来社会人となる学生へのビジネスにおける心構えとして彼は3つ挙げました。 一つは、「現実離れしない楽観主義が極めて大切である」。起業や組織運営は予期しない問題発生の連続。

悲観的では問題処理に疲弊し、その重圧に押しつぶされてしまいます。楽観主義で問題を軽やかに捉える一方で、現実レベルで問題を把握して的確に対処するバランス。この絶妙なバランスがビジネスの成功には必須であるとしています。

二つ目は、「失敗の経験を活かす」。直面した問題を乗り越えていくことは、よい経験をしたときと同じくらいの価値を持つとして、失敗を恐れず勇気を持ってビジネスを行うことが重要であることを強調。ひとつの分野である程度の期間経験することにより、そこで得られた技術や能力は蓄積され、一貫性を持つようになる。それが更なる挑戦へのモチベーションの源泉となると語っています。

最後に忍耐力。早急に結果を求めすぎると、結局チャンスを逃してしまうとして、忍耐強く、目標に一歩一歩近づく努力を惜しまないことが大切だと述べ、「忍耐力が結局は目標達成への一番の早道」であることを強調しました。2001年前後、私がAccelerator事業で彼と一緒に仕事をしていたとき、私は彼の忍耐強さに何度も感心させられたことがあります。動きの早い業界で生き抜いてきた人からの言葉として、「忍耐力」は重みを感じさせてくれます。

また今後のビジネスの展望については、「日本や米国のような先進国においてモノづくりの時代は終焉しつつあり、製造業は安い賃金を求めて中国、インドにシフトしている。これから私達は多くのアイデアを考案し付加価値を生むビジネスを展開していかなければならない。その意味において、知的財産(IP)の創出と運用は将来極めて重要なものとなるだろう」と語ってくれました。

シーゲルさんの講義は全て英語。ゆっくりかみ締めながら語る言葉には重厚な説得力を感じさせてくれました。講義後も受講生から英語でいくつも質問が飛び出し、瞬く間に90分が過ぎてしまう活気に溢れたものとなりました。

「成功の秘訣は、心から愛する分野で夢を実現するために忍耐強く取り組むこと」

14歳からコンピュータのプログラミングを始めて30年余り経過した今でも、コンピュータをこよなく愛し事業に取り組むシーゲルさんのこの言葉がとても印象に残りました。

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