趣味

2007.07.06

私の心に残る本 8 加藤仁の『社長の椅子が泣いている』

ホンダとヤマハ。戦後の高度成長期に世界的に成長した2つの企業において、1970年代に兄弟揃って実力で経営トップに就任した河島喜好さん(ホンダ2代目社長)とその弟、博さん。弟の河島博さんが亡くなって3ヶ月がたちました。

今から1年ほど前、彼の半生を描いた長編、『社長の椅子が泣いている』(2006 講談社)が出版されました。河島博さんは強烈な個性をもつ2人の経営者の下でその類まれな経営手腕を発揮したビジネスマン。戦後の高度成長からバブル崩壊へと激しく変化する時代を駆け抜けた偉大なテクノクラートでした。

その波乱万丈たる人生を描いたのは、サラリーマンの定年後の生きざまを描く作家として知られるノンフィクション作家の加藤仁。

その誠実を貫いた人生

この本は彼が初めて書き下ろした長編。彼の緻密な取材と巧みな人間描写により、作品からは、時代に翻弄されながらも誠実に生き抜いた一人の経営者の悲哀が伝わってきます。

河島さんは戦後まもなくヤマハ(日本楽器製造)に入社し、ビジネスマンとして頭角を現しました。米国の現地法人に派遣された際は、6年半で売り上げを9倍に拡張。帰国後、46歳の若さで本社社長に抜擢。就任後3年で過去最高の経常利益を達成しながらも当時会長であった川上源一によるワンマン体制の下、世襲問題という日本の古い経営体質の闇が彼を直撃。河島さんは、社長解任の役員会決議による突然の社長更迭という悲劇に見舞われました。

しかし相手の度重なる理不尽な対応にも、河島さんは一切マスメディアに口を開くことはありませんでした。それには兄である喜好氏の「沈黙は金」とのアドバイスもあったといいます。激しい動揺と落胆を自らの胸の内に秘めて、沈黙の姿勢を貫き続けたその姿からは河島さんの苦悩がにじみ出ています。

1960年代から80年代にかけて、彼の鋭敏なビジネスセンスによって経営トップへの階段を上る場面では、その時代背景が細かく描かれ、日本企業が高度成長期と共に世界で躍進する姿が生き生きと描かれています。

河島さんはその後、ダイエーの中内功氏に請われ同社の副社長に就任。財務状況が悪化していたダイエーを奇跡のV字改革に導き、倒産したリッカーの再建も成し遂げました。しかし、中内社長のワンマン体制の下で世襲問題が浮上。任期満了の退社といえども、河島さんは悲劇の再来を避けるように自らダイエーを後にして彼のビジネス人生に幕を下ろします。

ドラマよりもドラマチック

河島さんは、企業を取り巻くパブリック全体を視野に入れながら経営状況を把握し戦略構築することに長けた人でした。パブリック・リレーションズにも理解を示し、当時からアメリカ的な合理性と戦略性のあるグローバルな企業経営を展開した数少ない経営者でした。

著者の加藤氏がこだわったのは「河島氏の仕事をきっちり描くこと」。加藤氏は3年近くかけて100人以上の関係者に会い、事実確認をベースに丁寧な取材を行っています。

その上で加藤氏は本書のあとがきに「(河島氏は)会社のあるべき姿について、横並びの発想をするのではなく、もがき、のたうちまわり、手探りながら、河島氏の独自性ある構想を打ち出そうとしていた」「戦後の企業社会から生まれた最良のサラリーマン経営者の一人であることは疑いない」と記しています。

本書では河島さんが経験した悲劇だけでなく、河島さんのビジネスマンとしての才覚や真摯な仕事ぶりなどが精緻に描き出されています。戦後日本が奇跡的な復興と経済成長を遂げていくなか、時代を生きた一人の経営者の記録として、また企業を取り巻く人間模様を描いたドラマとしても十分に楽しめる良書です。

全身全霊で理想の経営を考え、やるべき仕事に情熱をもって取り組んだ河島博さん。河島さんを語るとき、その悲劇的なビジネス人生に焦点が当てられがちです。しかしヤマハ社長を辞任してからの河島さんと身近に接することができた私にとって、スピードと躍動感溢れる彼の卓越した経営感覚と時代を超越した経営手法は実に輝きを放っていました。

500ページに及ぶ本書は、経営書よりも経営を物語り、ドラマよりもドラマチックに読者を魅了します。

この7月から新たに社長の椅子に座った人も多くいます。こうした人たちにも一読をお薦めします。

この本を通して、河島さんが私たちに残してくれたその真摯な生きざまに触れていただければ嬉しく思います。

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