交遊録

2005.12.23

稲畑産業前社長、故稲畑武雄さんを偲んで

去る12月1日、稲畑産業株式会社の前代表取締役社長であった稲畑武雄さんが、今春からの闘病の末、肺がんのためこの世を去りました。享年67歳でした。

稲畑さんとの出会いは今から7年前、赤坂にあったジャズ・クラブ「ボッカチオ」に置いていた私のヴァイブラフォーン(ヴァイブ)が、同店の銀座移転に伴い、移動されたのを機に久しぶりにその楽器に会いに、はじめて銀座・ボッカチオに行った時のことでした。

お店に入ったとき、あるジャズ・バンドが演奏していました。小柄で痩身に大きなバリトン・サックスを抱え込むようにして吹いている人に目がいきました。その奏者が稲畑さんでした。そのジャズコンボは、ビックバンドとして6大学で名を馳せた慶応大学ライトミュージック・ソサエティ(俗称:ライト)のOB仲間で結成されたバンドで、毎週火曜日の夜にそのジャズ・クラブで演奏していたのでした。

その夜、ヴォッカチォで稲畑さんを初めて紹介されたのですが、「稲畑産業、稲畑武雄」の名刺をいただいたときはとても驚きました。それは以前、稲畑さんの従弟にあたるNPO団体、地球ボランティア協会(GVS)専務理事の稲畑誠三さんの紹介で、武雄さんのお兄様で、稲畑産業社長(現会長)をやっておられた稲畑勝雄さんとお会いしていたからでした。ペルーの日本大使館人質事件で仲裁人をしていたシプリアーニ大司教来日の際、滞在中の世話役をしていたGVSの依頼で同大司教に同行し、大阪で紹介されたのです。そんな関係で、武雄さんとは初対面でしたが、共通の話題で時間の経つのも忘れるほどでした。

稲畑さんとはボッカチオや、その後移動した六本木のジャズ・クラブ「ファースト・ステージ」などで顔を合わせる機会があえば、ライトOBバンドに私のヴァイブを加えてセッションをやらせていただくなど楽しませていただきました。

ご本人とは高校(甲南高校)時代のスポーツ(野球:ピッチャー)の経験や音楽、また社会的価値観などで共有できるものを多く感じていました。

最初にお会いしてから暫くして、稲畑さんから「井之上さん、うちの会社で是非パブリック・リレーションズを採り入れたい」と相談を受けました。日本の上場企業の社長の口から「広報」ではなく「パブリック・リレーションズ」という言葉をはじめて耳にしたとき、大きな驚きを覚えたものです。それ以来、お仕事をとおしてのお付き合いもさせていただき、稲畑産業の新しい企業創造のためにPRの専門家としていろいろと関わらせていただきました。どれもこれも今は懐かしく想い起こされます。

稲畑産業株式会社は、創業明治23年(1890年)、115年の歴史をもつ東証一部上場の商社です。現在の従業員数は約2,500人、世界の約50の地域を拠点に事業を展開しています。稲畑武雄さんは5代目の社長として1998年に就任し、亡くなるまで現職にありました。

創立者である御爺様の稲畑勝太郎翁は明治時代のフランス留学時に出会った映写機シネマトグラフ(1895年フランスのオギュースト・リュミエール、ルイス・リュミエール兄弟により発明)を日本に初めて輸入紹介した人として知られています。1897年、この映写機で日本初の映画上映をしたのも勝太郎翁でした。

稲畑さんの経営手法はアメリカのCEOを彷彿とさせるもので、重要案件には本人が直接かかわり、強いリーダーシップでビジネスを推進するといったものでした。社長在任中はきたるべくグローバル化に備え海外事業やIT事業に傾注し、そのリーダーシップを遺憾なく発揮されました。また人材も、日本人従業員だけではなく国籍、皮膚の色、男女、年齢、宗教のわけ隔てなく新しい「稲畑人」を養成し積極的なビジネスを展開されました。

最後にお話したのは9月の終わりでした。ご自身のご病気についてあまり深刻にお話しされる様子もなく、「いずれ回復したら食事をしましょう」と交した言葉が最後でした。お会いできるのを楽しみにしていた矢先の突然の訃報は衝撃でした。遣り残していることがまだまだあったのに本当に残念です。会社は新社長の稲畑勝太郎さんのもとで、武雄さんの敷かれた路線を立派に引き継いでいかれることでしょう。

数年前の夏に、稲畑さんは治子夫人と同伴で私の学生時代の音楽クラブ、「ナレオ」恒例のディナー・ショーに来ていただき共に学生時代に戻り往時を懐かしんだものです。
稲畑さんはとてもまじめで誠実な人でした。告別式は12月6日、四谷のカトリック「聖イグナチオ教会」で行われました。棺の前で最後のお別れをしたとき、その透き通った御顔はまるで眠っているかのようにとても安らかでした。

稲畑さんとお仕事をすることができ幸せでした。オフィスで冷静沈着に行動するその姿と、ジャズ・クラブで、テナーとバリトン・サックスを器用に持ち替えて演奏を楽しむ姿がいまでも瞼に強く焼きついています。

稲畑武雄さん、いろいろありがとうございました。安らかに神様のみもとに行かれますように…。
* 明日はクリスマス・イヴです。クリスマスにちなんで特別号を発行します。

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