パブリック・リレーションズ
2010.03.29
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 20 〜医療分野におけるパブリック・リレーションズ
こんにちは、井之上喬です。
ぐずついた天気がつづき、桜の満開が待ち遠しい今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)を紐解きます。このシリーズ20回目となる今回は、第17章「非営利組織(NPO)、業界団体、非政府組織(NGO) 」(矢野充彦訳)の中から「保険医療(ヘルスケア)分野のパブリック・リレーションズ」を紹介します。
オバマ大統領は3月23日(日本時間24日未明)、同大統領が内政の最重要課題に掲げてきた、医療保険改革法案に署名し、同法が成立しました。これにより民間保険加入基準の緩和や政府補助などが実行に移され、新たに3,200万人を保険に加入させ、国民の保険加入率をおよそ95%に拡大するといわれています。
ギャラップ社は同日の世論調査の結果を「オバマ大統領の支持率は51%で、下院での法案可決前の46%から上昇した」と伝えています。
事実上の国民皆保険制度を導入するこの画期的な法案が成立するプロセスで、パブリック・リレーションズ(PR)がどのような機能を果たしたのか、本書での記述を通してその一端を紹介したいと思います。
「国民皆保険」は歴代民主党政権の悲願
医療保険制度改革は米国における政治上の長年の懸案であり、これまでトルーマン、カーター、クリントンといった民主党の歴代大統領が取り組んできたものの、いずれも議会の壁に阻まれる結果となっています。
この点について本書では、「1990年代初期にクリントン大統領がまとめた、無加入保険者に対する保険加入の拡大と、すでに加入している人々の費用抑制を柱とした複雑な提案が医療業界から厳しい抵抗に遭い、議会の上下両院のいずれにおいても議会投票に至らなかった」と記載されています。
その後、医療保険制度改革に対する基本的な政治戦略として、連邦議会と州議会において同改革関連の数多くの小規模提案を段階的に実現していく方針が採られました。
例えば、次のような事項が本書に記されています。
- 低所得者やヒスパニックの子供、障害者など社会的弱者に対する医療保険領域の拡大
- ジェネリック医薬品の使用促進
- 税額控除の調整
- 情報テクノロジー(IT)を駆使した医療情報の質的向上
こうした活動を背景に医療保険制度改革への議論も盛り上がりを示し、医療政策に関連するメディの報道量も増加していきました。
カイザーファミリー財団(健康問題を扱う非営利民間団体)は、プリンストン・サーベイ・リサーチ・アソシエイツと協力して、具体的に高齢者医療保険制度(メディケア)、無加入保険者、ヘルスケアコスト、管理医療(マネジケア)の4項目の医療トピックについてメディアの報道内容を分析。
この分析によると、医療保険問題に関するニュース記事は1997年から2000年の間に実に34%増加したことが本書で明らかにされています。
ニューメディアが貢献
また、本書ではインターネットの出現とウェブサイトの利用が、ヘルスケア分野におけるメディア・リレーションズの抜本的改革をもたらしているとし、次のように記しています。
「今では何百万人の人々が医療情報源としてインターネットを利用している。ヘルスケア組織は自身のニュース内容をウェブサイトに掲載し、世界中の人々が閲覧できるようにしている。」
「医療担当記者は、ニュース速報を報道するときも、単にニュース記事のネタを探すときも、以前にも増して関連会社のウェブサイトを頻繁に閲覧する。ニュース報道機関が自身のウェブサイトを開設していることさえ、医療ニュースの報道を本質的に変化させている。」
メディアの報道が盛んになる一方で、メディアが要求する入院患者の情報提供を巡って病院やヘルスケア機関におけるパブリック・リレーションズの実務家とメディアとの間に緊張関係を生んでいるといいます。
2003年に発効した「医療保険の携行性と説明責任に関する法律(HIPAA:Health Insurance Portability and Accountability Act)」は、患者のプライバシー権利を守るための厳しい規則を設けています。
患者の同意書なしには、病院はその患者の病状報告だけでなく、患者が入院していることさえ発表することはできないのです。
これらの新しい動きの中で、医療業界におけるパブリック・リレーションズは、組織が法律や経済社会の変化にどのように対応していくかに関わらず、経営層の重要な課題としてここ数年の間に急速に台頭してきています。
品質の高いヘルスケアを安価な費用で患者に対し利用可能にするにはどうすればよいか、という複雑で白熱した議論は、間違いなく今後何年も続くことになると予測されています。
こうした議論に参加している当事者全員との関わりを通して、パブリック・リレーションズの実務家は課題の設定(イシュー・セッテング)に手をさしのべ、医療保険制度の公共政策づくりへの建設的な貢献を期待されています。
日本で最初の社会保険制度は、健康保険法(1922年に制定)により1927年から発足した健康保険制度です。その後、1961年に国民健康保険制度が完全普及される一方で国民年金制度も発足し、「国民皆保険・国民皆年金」が実現しました。
パブリック・リレーションズ(PR)が全く未成熟でニューメディアも登場していない日本で、米国よりも半世紀も早く国民皆保険制度が導入された、その先進性には驚くばかりです。
しかし、昨今のわが国の国民皆保険制度は、医療費の負担増や未加入者の増加、医師不足、そして地域医療の荒廃など重大な危機にさらされています。米国とは次元が異なりますが、私たちパブリック・リレーションズの専門家が果たすべき役割がこの分野でも膨らんでいます。