2008年04月26日
地球温暖化へエコ・イノベーションで立ち向かう
~SPEEED箱根研究会
こんにちは井之上喬です。
ゴールデンウイークに入り、皆さんいかがお過ごしですか?
いま地球が壊れかかっています。特にこの数年世界中で、さまざまな異常気象による災害が発生しています。過去半世紀に及ぶ世界における平均気温の上昇の大半は、人的起源の温室効果ガスによるところが大きいとされ、地球温暖化への対応は喫急の課題となっています。
先日地球温暖化をテーマにした特別研究会(SPEEED箱根研究会)が箱根で開催されました。主催者で中心的な役割を果たしているのは東京大学生産技術研究所の山本良一教授。その山本教授のお招きで、週末を利用したこの研究会に長年の友人である元共同通信の橋本明さんと共に参加しました。
■1000年以上も大気を漂うCo.2
山本さんは地球温暖化により、地球が危機的状態にあることを長年警鐘し続けているこの分野の第一人者で、SPEEED(Special Project on Eco-Efficiency and Eco-Design)の代表幹事。また環境経営学会や国際グリーン購入学会などの会長も勤め、講演などで東奔西走。福田首相にもさまざまな助言を与えています。昨年秋には自著『温暖化地獄』(ダイヤモンド社)を出版。その内容は多くの関係者を震撼させるもので、「トルコ一国に相当する面積の北極海氷が半年で消滅」するなど、暴走する地球温暖化を告発しています。
この箱根研修会の参加者は、60社を超える電力、電気、自動車、運輸、建設、金融などの日本を代表する企業から送り込まれた精鋭。今年のテーマは「地球温暖化へエコイノベーションで立ち向かうグリーンティピングポイントを越えよう」。2泊3日のプログラム内容も朝8時から、夜9時過ぎまでという過密スケジュールの中、6つのセッションで26の発表と一つのパネル・ディスカッションが行われました。
山本さんは初日のセッションで危機的な地球温暖化の状態を、地球温暖化地獄の1丁目から8丁目に例え、夏期の北極海氷の消滅により1丁目はすでに越えたとしています。ちなみに地獄の2丁目は、2016年頃が予測されているグリーンランド氷床の全面融解。3丁目は、同じく2050年の寒帯における森林の枯死やアマゾン熱帯雨林の枯死と砂漠化などなど。しかし山本さんは最近の気象状況をみていると、これらが早まるかもしれないと警告。
皆さんは私たちが日々の生活や産業活動で輩出する二酸化炭素(Co.2)が大気中でどのくらい残存しているとお考えですか?シカゴ大学のアーチャー教授によると、大気中に排出された化石燃料起源の二酸化炭素の平均寿命は長く尾を引き、3万年から3.5万年もの間空気中にとどまるとされています。1000年後でも排出量の17-33%が漂い、実に10万年後でも7%が残存するとされています。
山本さんはNASAのハンセン博士の主張を紹介し、このまま何も対策を取らなければ今世紀中に海面の水位の上昇は、5メートル達する可能性があり、東京、ニューヨーク、ロンドン、上海、ムンバイなど世界の主要都市は海面下に水没するとしています。
専門家によると、地球温暖化を放置すれば世界GDPの20%が失われるが、逆に温暖化対策を直ちに行なえば、そのコストはGDPの1%、つまり20分の1ですむと計算されています。
■環境技術とデカプリングで世界をリード
パブリック・リレーションズの専門家の視点で特に興味深かったのは、工藤拓毅さん(日本エネルギー経済研究所)の発表。工藤さんは、日本のエコ・イノベーション戦略をテーマに地球温暖化とエネルギー安全保障について触れ、低炭素化が叫ばれるエネルギー政策では、先進国と発展途上国との立場の違いを乗り越えたバランスのとれた枠組みの構築の必要性を強調。また世界共通の問題として考えた時に、科学者が政府と連携しつついかに社会との対話を深めていくべきかについて語っていたことです。
山本教授が言うように、これまで経済活動では資源エネルギーの消費による二酸化炭素排出が前提。このような構造ではサステナブルつまり持続可能な社会を実現することはできません。そこで新たに経済発展を維持し、資源エネルギーの使用量と二酸化炭素の排出量を減らす処方箋が必要となります。山本さんはこのような考え方をデカップリングとし、これまで同じ方向を向いていたベクトルを分離(デカプリング)させ、異なった方向を向くようにすべきだと訴えています。その実現のためには、革新的な技術革新と新たなビジネスモデルの開発が急がれているといえます。
今年の7月に開催されるG8洞爺湖サミットでは、地球温暖化危機を回避するために必要な低炭素、循環型共生社会の実現のために、新たな思想と枠組みが必要とされています。日本が国際的なリーダーシップがとれるかどうか注目が集まっています。
太古の昔から人類は大自然の脅威に対しては無力な存在でした。しかし石油文明を手にした人類は、成長という飽くなき欲望の果てに自然の秩序を破壊しつくそうとしています。
江戸時代、循環型社会を実践してきた日本には、世界をリードするさまざまな環境技術が蓄積されています。しかしながら、1992年のリオデジャネイロで開かれた「国連環境会議」をスタートとし、日本主導で進められた京都議定書の発効(2005年2月)から3年の年月が経ったいま、米国や日本の対応はEUなどと比べ大きく遅れをとり、いま世界はさまざまな試練に直面しています。
地球的規模の新しい変革をスムーズに行なうには、多様な視点を持ったパブリックとの関係構築を行なうパブリック・リレーションズが不可欠となります。危機的な状態の中で、実務家に寄せられる期待と課せられた責任は大きいのです
2008年04月19日
人間教育を軸に世界をリードするビジネススクール、
IESE(イエセ) ~MBAの新しい潮流
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
いま世界のさまざまな事象に変化が起きています。長期化するイラク戦争、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界金融不安を見ても分かるように、いまやこれまで機能してきた米国のシステムが世界全体をリードすることは困難になってきています。
さまざまな分野で新しいシステムが模索される中、50年間にわたり世界の経済界に大きく貢献してきた、スペイン発のビジネススクールがあります。それはIESE(イエセ)経営大学院。1958年創立の同校は、1964年にハーバード大学と提携。ヨーロッパでは初の2年制MBAコースを創設しました。
■ 物事の裏には必ず人間がいる
IESE(イエセ)経営大学院の本拠地はスペインのバルセロナ。ナバラ大学に設置された経営大学院です。その拠点は世界各地にあり、マドリード、ニューヨーク、ベルリンなどにはキャンパスを有しています。
イエセ経営大学院の評価は高く、エコノミスト誌のMBA世界ランキングでは2年続けて(2005年、2006年)1位を獲得しているのをはじめとし、欧米の経済・経営誌のランキングでは、常に上位に位置。特にビジネスケース作成において定評があり、その実績はアメリカでも広く知られています。先日そのイエセ経営大学院のメンバーが来日。日本工業倶楽部で同校創設50周年を記念するセミナーが開かれました。私も長年の友人でイエセと関わりの深い、地球ボランティア協会専務理事の稲畑誠三さんから誘われ参加。
なぜスペインから世界的なビジネススクールが生まれたのか不思議に感じるかもしれません。講演会でまだ40代後半のエネルギーに満ち溢れたカナルス学長は、「世界で一番の影響力を持つ学校となる」ことを目標に事業を展開してきたと述べました。
なんといってもこのビジネススクールで特徴的なのは、人間に焦点を当てた教育姿勢です。IESE(イエセ)が掲げるミッションは、「教育を通じで社会の発展に貢献する」ことです。そのミッションの軸にあるのは、世界で展開されている物事の裏には人間がいるという思想。どのような時にもぶれない規準を与えてくれる、あらゆる経営判断にもその背後にある基準に倫理的判断を加える。それがイエセの教育哲学といえます。
その高い評価は、人を軸に、特に人格や倫理的な側面を重んじてカリキュラムを作成し、ビジネス上の問題の分析能力と意思決定のスキルの向上は無論、人格的に覚醒されたリーダー育成に成功していることからきているのだと思います。
■ 成功に必要な3つの要素
グローバル化の中で大きな問題となるのは地域ごとの多様性。IESE(イエセ)ではプログラムの中で、地域ごとにおける文化的社会的な差異を学習できるよう、 教授陣を23カ国から迎えています。また、ビジネスとの直接的なつながりを重視した同校のインターナショナル・アドバイザリー・ボードは、ボーイングやエリクソン、マイクロソフトといった世界的な企業のCEOや最高経営幹部で構成されています。
今回来日したメンバーのひとりゲマワット(Pankaj Ghemawat)教授は、ハーバード・ビジネススクール時代、最年少教授として若干31才で就任(1991年)した俊英。同教授は、2007年に自著 Redefining Global Strategy を発表(邦訳書は2009年2月発売予定)。グローバル化する世界に必要な枠組みと実践に必要な取り組みを紹介しています。彼は同書で、これからのビジネスの成功は、「多様性への適用と多様性の抱合、そして多様性の活用」というグローバル時代に重要な3つの要素のバランスからもたらされると述べています。
まさにこれまでの経済的成長を基盤としたビジネス・モデルから、新しい価値観を持ち合わせたグローバルビジネスの成功モデルに必要とされる概念を提示しているといえます。
1学年210名を受け入れるイエセ経営大学院は、毎年日本から十数人が企業から派遣され学んでいるようです。
急速にグローバル化する21世紀。これらの新しい取り組みは、組織体が目標達成のために機能することを求められるパブリック・リレーションズの取り組み姿勢でもあるともいえます。深刻化する環境破壊、食糧危機、民族紛争などその解決には多様性の抱合なしで世界は立ち行きません。それを可能とするのは人間の意志です。人間の意志を有効に機能させ世界をリードできるシステムが今求められています。
IESEの試みもそのひとつ。セミナーに参加してヨーロッパ型の成功を目の当たりにし、脱アメリカ型の潮流がビジネスの世界でも確実に始まっていることを再認識した気がします。
2007年12月28日
SONY盛田昭夫の薫陶を受けた、米ベンチャー経営者
~マーク・ブックマンCEOを授業に迎えて
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
「SONYが世界を狙うためニューヨークに行ったように、私も東京に来ました」と語るマーク・ブックマン(Marc Bookman)さん。SONYが全盛の80年代後半に同社に入社し、7年間の在籍中に盛田会長の薫陶を受けた方です。
その後シリコンバレーでベンチャー企業を起業。携帯検索エンジンのプラットフォーム開発会社、Mobile Content Networks, Inc.(MCN)を設立しました。先日、同社の社長兼CEOであるブックマンさんを 早稲田大学の私の授業、「パブリックリレーションズ 概論」の講師にお迎えしました。テーマは「パブリック・リレーションズと組織体」。
■ リスクを取って夢を実現
MCNは私の経営する会社、井之上パブリックリレーションズのクライアントでもある企業。彼らの特徴は、携帯での検索結果が2~3回のクリックでスピーディに表示できる技術。今年10月、米国シリコンバレーから東京へと本社機能を移し日本から世界市場を見据えるユニークな企業です。
外国企業のジャパンパッシングが増大するなかで、彼らの心を動かしたのは世界最先端を行く日本の携帯電話のコンテンツ技術とユーザー数9000万を超える市場の大きさ。加えて中国やインドなどの高い潜在性を持つ巨大市場が存在するアジアに位置するという利点。日本からアジア、米国、欧州を攻略する大胆な戦略はいま業界の関心の的になっています。
講義では、まず「リスクをとってイノベーションに取り組むベンチャー・スピリット」の重要性を掲げました。そして日本ではまだ意識されていない、リスクを取りながら自分の夢を実現する素晴らしさを強調しました。 そのなかで、パブリック・リレーションズはブランディングや顧客創造など様々な角度からイノベーションを支える手法であるとし、企業経営におけるその有用性を語ってくれました。
ブックマンさんは2002年に携帯型通信機器上での情報検索に関する調査を開始。ノキアに努める旧友との話から、ノキアのプロジェクトを獲得し2005年にはMCNを設立。
彼はベンチャー企業の成長過程や資金調達のメカニズムなどについて、「アメリカでは、初期の投資にはより大きなリスクを伴うことを株価に反映させているため、早い段階での投資ほど安価な株を取得できるのが特徴」と、ベンチャー企業の成長過程や資金調達のメカニズムなどについて学生にわかりやすく語ってくれました。
一般的に、株式公開(IPO)に向けたベンチャー企業の成長過程には、アーリーステージ、ミッドステージ、レイトステージの3段階あります。また資金調達の段階では、シリーズ(ラウンドともいう)A(第1回目の資金調達の意味)、B(第2回目)、C(第3回目)以下必要に応じて調達。MCNは現在、ミッドステージの資金調達中。
また、ベイパーウェア(vaporware:競合への顧客シフトを抑制するため、完成の目処がないのにPR活動を展開する製品のことで、悪い意味を持つ)を例にとり、「歴史のないベンチャー企業にとって『信用』は財産」と、パブリックから信頼を得るためには誠実さをもって事業を行うべきであると、誠実であることの重要性にも触れました。
■ ターゲットの興味を連鎖的に引き出す
ブックマンさんは「パブリック・リレーションズには何よりも戦略が大切」であることを強調。その例としてMCNがBtoB(企業顧客)つまり携帯通信会社(キャリア)をビジネスターゲットとする企業であるにもかかわらず、同社携帯エンジンに関する記事が11月に一般紙である朝日新聞に紹介されました。
2~3回のクリックで好きな検索情報が得られることは携帯ユーザーにとっても朗報。この強みを生かしてパブリックへの認知度を高めることでドコモやソフトバンクなどのキャリアの注目を引くことも可能であると説明。パブリック・リレーションズでは、戦略を軸に様々な角度からターゲットの興味を連鎖的に引き出すことで大きな成果が得られると語りました。
講義の後に受講生から飛び出した、「日本の良い点、悪い点は」とする質問には、約束したことを守る日本人の文化的秀逸性について語り、日本での仕事はスムーズに展開できていると答えました。一方、難しい点は、社員の本音を把握すること。ブックマン社長は「日本は自己主張をしない文化。社員の本音を引き出し、不満が問題化する前に解決する努力をしている」と語っています。
教室には、マーケティング担当副社長のスティーブ・バークさんの姿も見えました。彼もSONYに11年間在籍し、海外のコミュニケーションの責任者をしていた方です。MCNは4億5000万人の携帯ユーザーを抱える中国での展開も視野に入れ精力的に活動中。
ブックマン社長の話に生徒も深く共感。東京から世界を見据えるベンチャー企業家として、かって尊敬するSONYの盛田さんが世界進出の際に、巨大マーケットである米国ニューヨークに本拠地を置き飛躍したように、東京から世界への躍進を夢見て事業に取り組む彼の姿に心打たれたようでした。ブックマンさん、本当に有難うございました。MCNの成功を心より願っています。
本号で今年最後のブログとなりました。この1年、井之上ブログをご愛読いただき誠にありがとうございました。また来年もよろしくお願い致します。
皆さんには良い新年をお迎えくださいますよう祈念いたします。
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2007年12月16日
資生堂相談役、池田守男さんを授業に迎えて
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
先日、資生堂の相談役の池田守男さんを早稲田大学の私の「パブリック・リレーションズ 概論」の授業にお迎えしました。テーマは「パブリック・リレーションズと組織体~資生堂にみる経営の真髄」で、ご本人のビジネス哲学ともいえる「サーバントリーダーシップ」を中心にご講義頂きました。
■「PRは隣人愛そのもの」
講義の冒頭、組織体経営にとって「倫理観」が何よりも重要であると語りました。次に自ら進んで他者に手を差し伸べる精神である「隣人愛」について触れ、「パブリック・リレーションズは隣人愛そのもの」として、あらゆる関係性を充実させるパブリック・リレーションズの重要性を語ってくれました。
池田さんは、香川県高松高校を卒業後上京し、牧師を目指し神学校を卒業します。しかし、もう一度社会に戻り社会の役に立ちたいと資生堂に入社し秘書室に配属。その後、取締役秘書室長、代表取締役副社長、代表取締役執行役員社長、会長を歴任。現在は同社の相談役として、数々の団体や政府委員会などの要職に就き、講演活動など広く活躍されています。
池田さんとの最初の出会いは1990年代初め、池田さんが秘書室長時代。中曽根政権で外務大臣をしていた倉成正さんの定例早朝勉強会に当時の資生堂福原社長の代理として出席されていたときでした。私とは精神性で共有するものがあったこともあり、以来時折、食事をご一緒したり、出版パーティにお越しいただくなど交流をさせていただいていました。
講義の中で池田さんは、今日の物質主義の行き過ぎを危惧し、薬師寺の元管主高田好胤の言葉「物で栄えて、心で滅びる」や同郷の大平正芳総理(当時)が施政方針演説で発した、「経済の時代から文化の時代へ真の生きがいを追求する社会を」などを引用し、経済性の追求に加え人間性・社会性・文化性を追求する精神性の充足こそ21世紀の取り組むべきテーマであることを明示しました。
池田さんは企業の取り組みとして日本経団連が2002年と2004年に行なった企業行動憲章の改正に触れ、コンプライアンスの強化や企業の社会的責任(CSR)を推進する取り組みを紹介。一方で、いまだ企業不祥事が頻発している現状を憂慮し、コンセプトの具体化が急務であると強調しました。
また池田さんは、教育再生会議委員(座長代理)を務め、昨年60年ぶりに改正された教育基本法の改正に中心的な役割を果たしています。池田さんは人づくりの基本となる教育の重要性にも触れ、日本児童の世界における学力水準低下を憂慮しつつ、戦後教育における個人の過度な自己主義偏重の弊害を一掃し、他者の存在を尊重する精神に支えられた公共の精神を人々の中に育てなければならないと説きました。
池田さんは、2007年4月発足の公益認定等委員会の委員長。そこでは「公は官が担う」とする考え方から脱却し、「民間が公共を担う」ことで民と官の橋渡しが可能となり、社会全体が厚みをまし真の豊かさが感じられる社会の実現が可能となるのではないかと語っています。
■ 1つのビジョンの下に仕える
「仕える」「支える」を生活信条とする池田さん。秘書を天職とし、「秘書はまさにサーバントである」を会得。しかし「仕える」とは、闇雲に仕えることでなく、1つのビジョンの下に仕えることを意味すると強調。このコンセプトについては、池田さんの著書『サーバントリーダーシップ』(2007年 かんき出版)に細述されているので、興味のある方は是非、ご一読をお勧めします。
池田さんは2001年資生堂の社長に就任した際、お客様の視点に立った徹底的な改革を提案。戦略的には、創業の精神に回帰し、新しい視点で解釈。組織的には「社長は全社員のサーバントに徹する」と宣言。その斬新な経営理念のもと見事に資生堂を復活へと導きました。
池田さんはその大改革をリレーションシップを良好にする改革と位置づけ、パブリック・リレーションズの本質を体現するケースだと振り返りました。
具体的には、資生堂の名前の由来である易経の一節「至哉坤元、万物資生( 天地のあらゆるものを融合し、新しい価値を創り、その価値をお客様や社会にお役立てする)」とする創業の精神を、各部署の視点で具体化し、全社に浸透させたこと。そして「信頼」こそ経営の原点としパブリックから信頼を獲得するため、お客様、小売店、資生堂の3者の接点である「店頭」から商品群や流通の見直しなど全ての仕組みを改変した経緯を説明してくれました。
また、その精神を反映する逆ピラミッドの組織図について、理念・信条・方針はトップダウンで行なうが、それを具体化する際には改革の中心となる「店頭」をトップや逆ピラミッド組織の下であるトップが支える、サーバントリーダーシップ型が有効であるとしました。
時間は瞬く間に過ぎ、講義の後には受講生から質問が活発に飛び出しました。
講義後、ある受講生から「経済性が追求される企業経営で大切にすべきことは何か?」との質問に対し、池田さんは、企業の永続性を担保する経済性と社会性の両立が大切であり、競争の中にも多様性の尊重や互助・互恵の精神が必要。これらを醸成する関係性の構築が企業の取り組みに求められると述べました。
続いて「サーバントリーダーシップの原点は何か?」の質問に対し、池田さんは幼少体験を取り上げました。故郷の高松に訪れる四国八十八箇所を托鉢して巡るお遍路さんとの交流を通して、差し上げて食べて戴くという気持ちで接していたであろう祖父母の思いを回想。そしてその思いが「自ら生きているのではなく多くの恩恵の中で生かされている」「人のお役に立つ存在になりたい」とする考え方へと発展し自らの原点を築いたと語ってくれました。
最後に池田さんは受講生に、「知をもって社会全体へ役立たせて頂くという気持ちを強く持ち続けて欲しい。そうすれば社会は厚みのある豊かで素晴らしいものになっていく」と力強いメッセージを送り授業は終了しました。
池田さんの抑制のきいた熱い言葉は、パブリック・リレーションズを深く理解し、隣人愛の精神をビジネス現場で実践してきたひとりの経営者からの受講生への熱きエールとして、一人ひとりの胸に深く刻まれたことでしょう。
池田さん貴重なお話し本当にありがとうございました。
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2007年10月05日
後期の「パブリック・リレーションズ概論」の授業開始
~覚醒した次世代リーダーのために
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
私は早稲田大学で、パブリック・リレーションズの理論を中心とした「概論」と実践中心の「特論」の二つの授業を行っています。前期授業の特論は、7月下旬に実施した「パブリック・リレーションズ特論」の伊豆・川奈での合宿を最後に修了しました。それから2ヵ月あまり。今月から、後期授業の「パブリック・リレーションズ概論-次世代のリーダーのために」が始まりました。
■ 知識は経験の礎
後期の概論の授業は、パブリック・リレーションズの理論習得がテーマ。ユニークなゲストによる講義を交えながら、パブリック・リレーションズとは何かに始まり、何故いま日本が必要としているのか、パブリック・リレーションズの歴史や組織・社会におけるその機能と役割を概観していきます。
今回定員230名のクラス(第4期生)には250人を越える生徒さんが集まってくれました。学部間の垣根を越えたオープン教育センターで行なわれるこの授業。受講者の所属学部も理工学部から文学部までさまざま。前期の特論を修了した生徒や以前の受講者で、海外留学した生徒なども帰国し、久しぶりに元気な顔を見せてくれました。
経験は年月をかけなければ体得できないもの。しかしパブリック・リレーションズの理論は、その場で体系的に把握し自分の知識として習得することができます。ここに理論を学ぶ素晴らしさがあります。そしてこの知識は、様々なキャリアパスを築いていく上で確固たる礎(ベース)として機能し、経験と共にさらに自己の中に深く根付いていきます。
特にパブリック・リレーションズの分野で活躍したいと思っている人にとっては、スタート地点から、自ら関わる活動がパブリック・リレーションズのどの部分に位置するのかを把握できるため、一つひとつの経験を取りこぼすことなく、自分の中に蓄積することができます。
■ PRの真髄には人生のヒントがある
概論の授業では、「パブリック・リレーションズとは何か」について理論とは異なった実践的な角度からも見つめることができるよう、今回も多彩なゲスト講師を迎える予定です。
資生堂の社長時代、不振にあえぐ同社で「逆ピラミッド型組織」を提唱し社内改革を成功させ、現在政府の教育再生会議で教育改革にも取り組む、池田守男(同社相談役)さん。そして、中央と地方で豊富な政治経験を持ち、マニュフェスト選挙の導入に力を入れる早稲田大学院公共経営研究科教授の北川正恭さん。サントリー元広報部長(早稲田大学参与)で、『洋酒天国とその時代』(2007、筑摩書房)の著者小玉武さん。いつもこの授業をサポートしてくださっている亀井昭宏商学部教授にはマーケティング・コミュニケーションについてご講義いただきます。
また海外からは、故盛田昭夫氏が会長時代にSONYに在籍し、携帯検索エンジンのプラットフォーム開発会社をシリコンバレーのベンチャー企業として立ち上げた、Mobile Content Networks, Inc.(MCN)社長兼CEOのマーク・ブックマン(Marc Bookman)さんなどユニークな個性や豊富な経験を持つ方ばかり。
今年4年目に突入するパブリック・リレーションズの講義。その成果はこの授業から巣立った生徒さんが、メディア、商社、金融、自動車、行政などあらゆる分野に巣立っていったことです。そして学問だけでなく、将来パブリック・リレーションズ(広報)の実践を極めたいと、PR業界に進路を選択する受講者も年々増えています。
この講義が契機となり大学でPR研究会が設立されたことも大きな変化です。今年早稲田大学は125周年を迎え、その記念事業として様々な活動を展開しています。学生グループで、その渉外を担当するのは、この授業から巣立った生徒さん。パブリック・リレーションズの精神を理解する人たちがさまざまな場面で活躍しはじめていることを大変嬉しく思います。
先行きが不透明で不安定なこの世の中にあって、次世代を担う確かなバックボーンと強い個をもったリーダーが一層求められています。講義の中で受講生の皆さんが、パブリック・リレーションズの真髄に触れることで、その重要性に目覚め、自立した個を確立するきっかけや自分なりの道を発見するヒントを見つけてくだされば幸いです。そして、今年もこの授業から覚醒した次世代を担うリーダーが多く誕生することを願っています。
2006年09月29日
光り輝くサンディエゴ:
名著エフェクティブ・パブリックリレーションズの著者を訪ねて
■最後の著者、グレン・ブルーム
ワシントンDCから飛行機で半日、アメリカ西海岸の南に位置するサンディゴに入りました。スコット・カトリップ(Scott Cutlip)とアラン・センター(allen Center)により1952年に初版が発行され、現在第9版まで半世紀以上にわたって出版を続けるパブリック・リレーションズの名著、Effective Public Relationsの3人目の著者、グレン・ブルーム(Dr. Glen Broom)を訪ねるためです。
彼は、1885年に発刊された第6版から執筆に参加。カトリップ(2000年没)とセンター(2005年没)亡き後、最後に残された著者として2人の遺志を引き継ぎPRの研究に取り組んでいるリサーチャーです。
ブルームはジェームス・グルーニッグと同様、カトリップの指導の下ウィスコンシン大学でマスコミュニケーションのPh.D.を取得。長年サンディエゴ州立大学で教授としてコミュニケーションを教え、現在は同大学の名誉教授で、3年前からオーストラリア、ブリスベンにあるクィーンズランド工科大学の客員教授も務めています。今回は、前日にオーストラリアからの長旅で、帰国したばかりであったにもかかわらず、時差ぼけをよそに真剣に議論してくれました。
一方、ブルームと共に会ってくれたデービッド・ドージア(Dr. David Dozier)は、グルーニッグ夫妻他の共著による3部作、Excellence in Public Relations( 1992、1995、2002 )の著者の一人。ブルームとも共著本の執筆や共同研究を行うなど、企業におけるパブリック・リレーションズの研究に積極的に取り組んでいるリサーチャーです。彼は、スタンフォード大学でジャーナリズムのPh.D.を取得。現在はサンディゴ州立大学の教授として、ジャーナリズムやパブリック・リレーションズを教えています。
今回はサンディゴの海沿いにある街、ラホーヤで心地よい海風に吹かれながらの会合。3人でパブリック・リレーションズに関する様々な話題を語りあい、瞬く間に時間が過ぎていきました。
■米国におけるPRのスタンスと問題点
米国では80年代くらいから、PR実践の場でもパブリックと同様に組織体も変容していく対称性の双方向コミュニケーションが主流になってきています。しかし、これまでのPR教育はジャーナリズムに偏った傾向があり、パブリックへメッセージを伝える訓練をしてきた人々が実務家やリサーチャーにも多いとのこと。したがって、フィードバックを通して組織体が変容する必要性を認識していても、行動が伴わないという問題が起きているということでした。
私の自己修正論に話が及ぶと、2人とも、「自己修正(Self-Correction)」という言葉は他の分野で耳にしたことがあるものの、自己修正が パブリック・リレーションズにおけるモデルとして統合的に言及されているものには出会ったことはないとのことでした。 最近の米国での研究は、組織体でのPR導入が進んでいることも影響し、 組織体における活動の効果測定に関するものが主流であるとのことでした。
彼らが自己修正論に関心を持ったのは、オットー・ラビンジャーやジェームス・グルーニッグと同様、このモデルが倫理観をベースにした自己修正の概念である点と個人や組織体にも対応できる自己修正モデルのもつ普遍性でした。
ブルームさんからは、2007年発行予定のエフェクティブ・パブリック・リレーションズ第10版に、私の自己修正論を紹介したいと執筆の依頼を受けました。
サンディエゴ滞在中に、カルフォルニア大学サンディエゴ校の図書館を訪れ、関連資料を調査。外部の人でも自由に入館し書籍を閲覧できる、開放的な雰囲気と、全ての書籍をコンピューター検索できる効率性や宇宙ステーションを思わせる斬新なデザインとそのビルの巨大さが何よりも印象的でした。
今回、ボストン、ワシントンDC、サンディエゴの3都市を訪れ、6人の学者にお会いしました。彼らとの意見交換を通して、長年PRの研究に取り組んできたそれぞれの想いや、彼らの研究に対する真摯な姿勢に深く感銘を受けました。
そして、心強く感じたことは、各人が私の提唱する自己修正モデルに学問的な関心を寄せてくれたことです。このモデルが、アメリカでも通用する理論であるとの感触を得られたのも大きな収穫だったと思います。
プライベートで嬉しかったことは、ワシントンDCで早稲田大学から交換留学生としてこの9月から、アメリカン大学に1年間滞在している、私の教え子第2期生、藤牧君に会ったことです。米国でPRをしっかり学びたいと、希望に燃える彼の元気な顔を見ることができました。
それにしても最近の米国は随分変わったように感じます。携帯電話の普及やテロの影響でしょうか、人々の表情に余裕がなく、他人への気使いがなくなってきたようにみえます。
こうして2週間にわたる、パブリック・リレーションズ登場・発展の地、米国でのフィールドサーベイは終了。
世界はますます複雑・多様化の方向へ向かっています。今回の旅で、従来型の経済発展モデルとは異なる新しい、多様性を抱合できる共生型のモデルが求められている――そんな感触を得ました。
ここで得た成果をもとに、一日も早く論文を完成させなければと高ぶる気持ちを抑えながら、米国を後にしました。
2006年09月22日
米国9・11の5周年の日に ジェームズ・グルーニッグと初会合
~PRで世界平和が実現できる日を夢見て
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
論文のフィールド・サーベイを行うため渡米した私は、ボストンを後にしてワシントンDCに入りました。ワシントンはペンタゴン(国防総省)が攻撃され、ニューヨークと並んで2001年の米国同時多発テロの被害にあった都市。街全体には心なしか緊張感が漂っていました。この地で奇しくも9月11日、パブリック・リレーションズの4つのモデルを提唱するジェームス・グルーニッグ(Dr. James E. Grunig)に会いました。
今回は、学者としてまた研究者としてパブリック・リレーションズに情熱を傾ける、グルーニッグ博士との10時間にわたる会合についてのお話をお届けします。
■グルーニッグの4つのモデルの提唱者
ジェームズ・グルーニッグは、現在メリーランド大学の名誉教授。2000年にエフェクティブ・パブリックリレーションズ( Effective Public Relations )の著者の一人、スコット・カトリップが他界した後、文字どおりアメリカを代表するPRリサーチャー。私の本にも「グルーニッグのPRの4つのモデル」として紹介している人です。
1968年、彼は米国の偉大なPRの学者といわれた、スコット・カトリップを師に仰ぎ、ウィスコンシン大学でマス・コミュニケーションの博士号(Ph.D.)を取得。84年にトッド・ハントと共著の Managing Public Relations で、PRが発展してきたコミュニケーションの特性を4つに分類しモデルとして提唱しています。
彼の研究室は郊外にあるメリーランド大学にあり、ワシントンDCから車で30分程。同大学は今年で創設150周年。緑の中で広大な敷地を持つ大学キャンパスは、落ち着いて勉学に励む環境が整っています。ここでPRを専攻する学生数は約150人。他を専攻している学生とPRコースを取っている学生で合わせると1000人程度だそうです。
朝9時過ぎに彼のオフィスを訪ねると、大きな体で両手をあげて迎えてくれました。前の週にボストン大学のオットー・ラービンジャー教授を訪問した際もそうでしたが、会っていきなりパブリック・リレーションズについてのさまざまな話。時間が瞬く間に過ぎてしまいました。もうランチタイム。窓越しに6万人収容の、巨大なフットボール場が見える教職員専用の洒落たレストランでも、日米のPR事情や大学での教育のあり方などについて話がはずみました。
グルーニッグさんによると、現在、米国でのパブリック・リレーションズの状況は二極分化しているようです。
つまり、マーケティングにフォーカスしたマーケティングPRと、コーポレートにフォーカスしたコーポレートPRです。前者は企業の業績を支えるマーケティングへの圧力が強まる中でのPRへの期待とニーズの高まりからきており、後者は、効果的なM&AやIR、CSR実現のために不可欠な企業のレピュテーション高揚を目的としてCEOにフォーカスしたPR活動に主軸をおいているようです。
彼の著書を読んでも感じることですが、ニーズの高まるマーケティングPRとは距離を置き、「組織体が長期的に繁栄するためにはマネジメント機能全体にパブリック・リレーションズが必須」とコーポレートPRの重要性を強く主張しています。
彼との様々な話の中で感じた、最近の米国におけるパブリック・リレーションズの問題点は、「PR=民衆の意見を操作しようとする悪」と誤解され、メディアから批判される傾向にあるということです。パブリック・リレーションズに対してこのような誤解が生じているのは、ウォーターゲート事件や最近では湾岸戦争やイラク戦争など、政府のパブリック・リレーションズにおける対応の不手際なども拍車をかけているようです。
パブリック・リレーションズがプロパガンダと、時に誤解されるようになったのは米国の第一次世界大戦参戦時、政府が国民の戦意高揚にパブリック・リレーションズの手法を用いてプロパガンダ的な活動を展開したことに起因しています。
重要なことは一方的に相手に情報、しかも時々誤った情報を流し込む手法はプロパガンダそのものであってパブリック・リレーションズではないということです。このことをパブリック・リレーションズの実務家は心にしっかりと刻み込まねばなりません。このような場合、私たちは「それはあくまでプロパガンダ、パブリック・リレーションズではない」ことを主張しなければなりません。それを支えるのは倫理観です。
グルーニッグさんと一致したことは、我々PRの実務家はいつでもその危険な落とし穴に落ちる可能性があるということです。
パブリック・リレーションズは、個人や組織体が最短距離で目的を達成する、「倫理観」に支えられた「双方向性コミュニケーション」と「自己修正」をベースとしたリレーションズ活動であり、鍵括弧で示した3つの要素が揃って初めてパブリック・リレーションズと呼ぶことができるといえます。
私はこれを「自己修正モデル」と名づけていますが、この定義に関してグルーニッグは、この理論はシンプルに言いえており、とても面白いとその概念に興味をもってくれました。また私のPRに対する考え方である、「パブリック・リレーションズは個人であれ組織体であれ、全ての状況に適用できる手法でなければならない」にも大きくうなずいて理解を示してくれました。そして次回チャンスがあれば、彼の授業で講義をするよう依頼を受けました。
■夫婦で、おしどり学者
あっという間にその日も終わり、夕食には、奥様で彼の学者仲間でもあるラリッサさんも交えてワシントンに戻り、日本食をご一緒しました。グルーニッグの教え子であったラリッサさんもまたメリーランド大学でPh.D.としてパブリック・リレーションズを教授。多くの著書を残し講演も多数。彼らはご夫婦でイランや中国、台湾、東欧など世界中で精力的に講演を行なっています。
グルーニッグは、落ち着いてとてもゆっくりと話します。パブリック・リレーションズへの愛情や情熱が感じられ、PRに対する考え方も私と近く、様々なことをシェアすることができました。彼はコミュニケーションを双方向性だけで片付けることなく、その構造を、パブリックとの関係において、非対称性(アンバランスな)と対称性(バランスの取れた)の双方向コミュニケーションときめ細かい区分けをして解説する緻密さも持ち合わせている学者でした。
彼らとのミーティングを終え、次の目的地カルフォルニアのサンディエゴに出発する日の朝、空港へ向かう途中の陽光のなか、車窓の左手にペンタゴンが見えてきました。
5年前の2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロのちょうど2日前の日曜の朝、ワシントンDCにいた私は同じように空港へ向かっていました。多くの緑と水辺に囲まれ、のどかに佇むペンタゴンは二日後に攻撃されるのが嘘のように、穏やかで平和な雰囲気をかもしだしていました。
あれから5年、9月11日にワシントンDCでグルーニッグさんとお会いしたのも何かの縁かもしれません。
私は、平和への想いを胸に抱きながらワシントンDCを後にして、いよいよ最終目的地、サンディエゴに向けて旅立ちました。
次回はスコット・カトリップ、アラン・センター亡き後、名著、Effective Public Relationsの著者グレン・ブルーム博士をサンディエゴ大学へ訪ねます。ご期待ください。
2006年09月15日
伝統あるボストン大学で2人の教授とミーティング
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
ホノルルを後にして学術の都、ボストンへと飛びました。私が今取り組んでいる論文のフィールド・サーベイを行うためです。今回はパブリック・リレーションズの学部が米国ではじめて設置されたボストン大学で2人の教授にお会いしたお話をお届けします。
1839年に創立されたボストン大学は、全米で4番目に大きな私立大学として多くの著名人を輩出しています。
1947年ボストン大学は、いち早くパブリック・リレーションズの重要性を認識し、School of Public Relationsとして全米で初めてパブリック・リレーションズの専門教育を行う学部を創設しました。今では、College of Communicationと名前を変え、ジャーナリズム、パブリック・リレーションズ、広告の三つの分野にわたって専門教育を提供しています。
■気さくで品格のあるオットー・ラビンジャー
そんな伝統あるボストン大学でパブリック・リレーションズを教えるオットー・ラビンジャー(Dr. Otto Lerbinger)とその後継者ドン・ライト(Dr. Donald Write)に会いました。
ラビンジャー教授のその気さくで品格のあるお人柄は、初対面とは思えない友達との間で交わすような会話を楽しませてくれました。
ラビンジャーさんは50年以上にわたる教育や研究活動を通して、米国で著名なパブリック・リレーションズの学者です。もともと経済学者であった彼は、MITで博士号を取得。後にパブリック・リレーションズの学者となりました。特に企業経営にパブリック・リレーションズがいかに重要かを説き、組織体におけるパブリック・リレーションズつまり、コーポレート・パブリックリレーションズやコミュニケーション論を専門とし、危機管理やマネジメントにおけるパブリック・リレーションズに関する本や研究論文を数多く執筆しています。
ボストン大学では1954年に教鞭をとり初め、以来50年以上にわたり同大学でPRを教え、何度も学部長もつとめるなどパブリック・リレーションズを心から愛する教育者。これまで日本、韓国、中国、台湾、タイ、中東などアジアからの学生や、欧州をはじめ世界各国からPRを学びにやってくる学生を教えてきました。2年前には同大学の名誉教授となっていますが、現在も現役でいくつかの授業を持ち精力的に活動しています。
彼は、「パブリック・リレーションズはマネジメント機能の一部」だとして、パブリック・リレーションズが経営中枢において機能することではじめて組織体の経営や運営が良好に機能すると話していました。
彼の身のこなしはとても軽く、年齢を聞いてびっくりしたのですが、81歳とは思えない足取りで、キャンパス内をいろいろと親切に案内してくれました。
一方、ドン・ライト教授は、1990年代に私がIPRA(国際PR協会:本部ロンドン)の役員(Board Member)をつとめていたときの仲間。とても爽やかな人柄で、1997年に私が議長をつとめた、パブリック・リレーションズの専門性を高めるための啓蒙書「IPRA Gold Paper」(3年に一回発行)へ寄稿してもらうなど、アカデミックな領域でも交流があった人です。
彼はその後IPRAの会長を務め、2000年にシカゴで開催されたIPRAとPRSA(米国PR協会)のジョイント世界大会の開催に共同議長として大きく貢献しました。彼はこれまで南アラバマ大学でパブリック・リレーションズを教えていましたが、この9月からボストン大学で教鞭を執っています。
彼のボストン大への赴任は、同大学でPRを学んだ関西学院大学助教授の北村秀美さんから渡米前に偶然聞き、ドンとボストン大での6年ぶりの再会をはたすことになったのです。ドンの招待で、ラビンジャーさんともども中華レストランでランチをはさんで大学の授業のことや、米国のPRの現状などについて楽しく語らいました。
ラビンジャーさんに案内してもらったボストン大学の図書館を訪れて気づいたことは、外国新聞のセクションに日本の新聞がひとつも置かれていなかったことです。欧州系が中心でしたが日本のプレゼンスの低さにがっかりさせられたと同時に、日本からの働きかけ不足を痛感しました。他の大学でも同じような状況にあることが推察されますが、次世代を担う世界の若者に日本を理解してもらういい機会として、将来への投資と考え、新聞や書籍を寄贈する動きがあってもいいのではないかと思います。特に知的好奇心をさそうこれらの媒体は、日本を知ってもらう格好のPR素材です。
■私の共著本が授業の教科書に
ラビンジャー教授は、私の提唱する自己修正論にも大変興味を示してくださいました。特に倫理観に支えられた自己修正(Self-Correction)の概念に関心があったようです。私の著書『パブリック・リレーションズ』をお読みになった方はよくご存知だと思いますが、自己修正論は、「パブリック・リレーションズには倫理観と双方向性コミュニケーションを伴った自己修正が必要」とし、従来の経済効率重視型モデルから、21世紀の複雑化する多文化・グローバル社会の中での共生型モデルの根底となる理論です。
ラビンジャー氏は、以前、訪問前のやり取りのなかで、私が共著の本(Global Public Relations Handbook、このブログの右下にある最後の本をご覧ください)を読んだといってくださっていましたが、実は、彼が学生に教えている「International Public Relations」の授業のなかでこの本が、テキストブックとして使用されていることが分かり、とても嬉しくまた光栄に思いました。ちなみに、私の自己修正モデルは、英訳で、「Self-Correction Model」としてその本の中にも紹介されています。
その日の別れ際に彼が、「今度授業で、その著者に会ったと学生に言っておくよ」とウィンクしながらチャーミングに微笑んでくれました。
忙しい中、貴重な時間を割いてくれた、オットー・ラビンジャーさん、ドン・ライトさん、ありがとうございました。
次週は米国の首都ワシントンDCに飛び、PRの4つのモデルを提唱する、現在のパブリック・リレーションズにおける最も著名な学者であり研究者、ジェームズ・グルーニッグをメリーランド大学に訪問します。お楽しみに。
2006年08月25日
パブリック・リレーションズとの出会いを通して、
~前期の授業終了
こんにちは、井之上喬です。
厳しい残暑が続きますが、皆さん、いかがお過ごしですか。
7月末に、早稲田大学大学院商学研究科MBAコースの授業と同大学学際授業「パブリック・リレーションズ特論」の授業を終えました。
■上司と部下が同じ授業に
MBAでのプロフェッショナル・コースの授業は、ケーススタディを通して理論を踏まえた実践を学ぶ授業でした。社会人である院生の探究心や向上心の強さには目を見張るものがあり、より深く踏み込んだ授業を行うことができました。
少人数での授業は家族的で、日ごろ抱えている問題を皆で考えたり解決法を論じたり充実したものでした。嬉しい出来事は、受講生の一人が所属する会社の上司である部長さんが、2回に1回のペースで聴講生として参加し真剣に学んでいったことです。とてもほほえましい光景でした。
忙しい中一度も休まず、一日平均5-6時間の睡眠で授業に出席し熱心に取り組んでくださった皆さんありがとうございました。
一方「パブリック・リレーションズ特論」は2005年の後期の授業「パブリック・リレーションズ 概論」で教えた理論に基づいて実践を学ぶクラス。5-6名編成の5つのチームが、設定されたテーマに対して、パブリック・リレーションズのライフサイクル・モデルに沿って作成したプランをグループごとに発表するゼミ形式の授業です。
ちなみに、「パブリック・リレーションズ概論・特論」は、今年4月に「オープン教育センター」(学部生間の学際授業)で「学生主役の動く授業」として1200ある科目のなかの6科目の一つに選ばれる栄誉を得ています。
■半年の授業に2年分のエネルギーを注いだ若者達
「特論」は隔週に行う半年間の変則授業でしたが、各グループは授業のない日もグループで教室や学校近くの仲間の下宿先に集まり、授業以外で徹夜も含め延べ50-60時間もの時間をプラン作成のために精力的に取り組んだのでした。つまり学生たちは、半年間の授業(2クレジット)に対し2年分(8クレジット)相当の時間を費やしたのです。眠たい目をこすりながら、時間に遅れないように授業に参加した受講生の姿勢には心を打たれました。パブリック・リレーションズのプランニングを知らなかった学生の目が回を重ねるごとに輝きを増し、グループの結束力が強まっていく姿は感動的でさえありました。
7月最後の週末には、総仕上げとして、一泊二日の合宿形式による授業と試験。千葉県鴨川市の山あいにある素晴らしい眺めの早稲田大学のセミナーハウスは、クリエイティブな授業には格好の場所でした。
試験内容は、通常の倍の制限時間180分(3時間)で提示された条件のなかでPRのライフサイクル・モデルに基づいてプランを作成し論述を展開するというもの。翌日に行われた最終授業では、一人ひとりの解答案へ対して良い点、改善すべき点などのコメントをつけた講評を行いました。
最後の夜は、バーベキュー・パーティ。その後、打ち上げを兼ねた飲み会を開き、時間がたつのを忘れて夜中まで様々なことを語り合いました。
授業の最後に感想レポートも提出してもいました。そこには、受講生がパブリック・リレーションズとの出会いを通して初めて味わった想いや体験などが生き生きと描かれていました。レポートを読みながら、学生の皆さんが他者と協力して何かを成し遂げる場所をこんなに強く求めていたのかという事実に驚きと感動を覚えずにはいられませんでした。
日々のビジネスに携わりながらの講義は思いのほか大変です。しかし、パブリック・リレーションズのもつ可能性や素晴らしさを全身で受け止め、自分の持てる力を最大限に発揮しようと挑戦する学生たちの姿を見て、この授業を続けて本当に良かったと思うのです。
将来彼らがバックボーンを持って、自立した個を確立させた次世代のリーダーとして、日本や世界のために役立つ人間に成長していくことを心より楽しみにしています。
学生の皆さんそしてTAの守田哲君、ありがとう!
■情熱と好奇心に溢れた受講生のレポート
今回提出していただいた受講生の感想レポートは、どれもが豊かな個性とエネルギーに満ちた素晴らしいものでした。その中で今回は授業の様子がみずみずしく描かれている、法学部3年生横澤俊之君のレポートをご紹介します。
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この授業、とにかくアツかった。お酒も飲まず、朝まで発表の為に語りあかす。漫画の中でしか有り得ないだろうなって思っていたことが普通に現実で起こる。
中途半端な気持ちで終わらせたくない。そんな思いがみんなの中で凄く強かったのだろう。それ程この授業にのめり込んでいたのだ。
今まで企画というのは一人が奇抜なアイディアを出して、それに基づいて意見を出し合って修正していく形が一番なのだと思っていた。だからうちの班では企画会議から始まったし、その形式は各自が自分の早稲田をPRするのに面白そうなプログラムを持ちより、そこから厳選していくという形だった。今までの僕だったら実際最後までそのままそう進行していただろう。
しかし、それではおそらく「オーダーメイド授業」というプログラムは世に存在していなかった、もしくは存在していたとしても、今ほど重層的ではなかっただろうと思う。
数回の会議を重ねるうちに、PRプログラムを厳選していく企画ありきの姿勢ではなく、ライフサイクル・モデルに基づいて一から、やっていこうという方向性が生まれた。確認はしたものの、僕自身なかなかそのやり方を肯定しきれなかった。企画は一人で作れるものだと思っていたから。
全てのきっかけはあの日だった。そんな考えが崩れ去っていったのは。
最初のプレゼン前夜。詳細が煮詰まらない現状を打破するため、僕らは夜通し会議をすることを決めた。冒頭でも述べた“漫画みたいな世界の話”が現実となった瞬間だった。
どんな些細な考えでも共有しあった。どんな細かいところでも確認しあった。
『ここが一番の根底であり、僕らにとって一番大事なところだから』
9時間に及ぶ会議が終わり、朝を迎えたその時。
部屋一面に張られた模造紙を見た。
アイディアが膨らんでいく様子が鮮やかに表現されている。僕らが共有している全てがここにある。その瞬間痛感した。

一人だけで作る企画じゃ、こんなものには到底勝てない。と。
答えのある課題じゃないだけに、自分達の力でいくらでも発展させられる。無限の可能性が広がっているのだ。そしてそれに立ち向かうのは刺激し合えるメンバー。最高に面白いと思った。
このメンバーとだったら、何だってやってやれる。
「オレたちには限界なんてない」なんてウソだって分かってるけど 、それでも「限界なんてねぇぜ」って胸張って強がる僕がいる。それくらい奮い立った。
PPTやビデオに関してもほぼ無知な状態からのスタートだったけど、それでも挑戦してやろうと思えた。それはみんなで一つのものを作っているという思いがあったから。絶対に逃げないと決めていたから。先生のPRに対する熱い想いを感じたから。他の班の頑張りも凄かったから。全てが刺激となり、僕らの力になった。
そこから先も様々なことを感じた。
ライフサイクル・モデルに対する絶対的な信頼。会議を通して知る、教科書の大事さ。会議の進行の難しさetc…
それらの全てを発揮した、最後のプレゼンを終えた時、僕は不思議なことに全く達成感がなかった。頭に浮かぶのは、もうしなくてもいいのに、次の会議いつやろう、とか、もっとここをこうしたらとか、PRのことばかり。その度に、あっもう終わったんだったと気づく。そう、最初に襲ってきた感覚は寂しさだった。
授業が終わって寂しい。そんな感覚を持てる授業が他にあっただろうか?そして今後、そんな授業に出会えるだろうか?
この授業は受講して本当によかったと心から思える講座だった。
この講座を開講してくださった井之上先生を始め、全体をサポートしていただいた守田さん(TA)、そしてPR特論の受講生のみんな。全ての人に心から感謝しています!
本当にありがとうございました!!
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2006年05月05日
早稲田大学で新学期がスタート
~メディアから二人の講師を迎えて
こんにちは。井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?今日は5月5日、端午の節句です。田園の陽光のもとで輝き泳ぐ、こいのぼりを見て、子供の頃を懐かしく想い出しました。
さて4月から早稲田大学での学際授業、「パブリック・リレーションズ特論」と、大学院ではMBAのクラスが始まりました。今年私が担当する3つの講座の2つのクラスは少人数のゼミ形式の授業です。
今年で2年目となる大学院商学研究科MBAコースでは、社会人の院生にパブリック・リレーションズの基本的な知識と、ケース・スタディを中心にした授業を進めています。大学生と違い、社会経験も豊富で目的意識が明確なこともあり、別の意味で教えがいのある生徒さんたちです。これからよろしくお願いします。
■朝日新聞の矢田Be副編集長
先春早稲田大学で新しく始まった、「パブリック・リレーションズ特論」は、実践に重点をおいた授業ですが、限られた授業時間のなかでパブリック・リレーションズ(PR)のコア・コンピタンス(中核競争力)であるメディア・リレーションズを中心に授業内容が組み立てられています。そこで先週、NHKと朝日新聞からお二人の講師をお招きし、メディアの特性と役割について語っていただきました。
朝日新聞からは、昨年に引き続き長年経済記者をしておられた、前AERA副編集長で現在同新聞の週末版Beの副編集長として活躍されている矢田義一さんのご協力を得ました。日刊紙や雑誌について、情報発信側である広報担当者との立場の違いを踏まえながら、実際の出版物を手にし、その違いや特長などきめ細かな解説をしていただきました。
■NHKの高木ディレクター
またテレビ界からは、NHK放送局報道部のディレクターであり、「戦争広告代理店」(講談社)の著者である高木徹さんをお迎えしました。驚いたことに、「戦争広告代理店」は特論の受講者の半数以上が読んでおり、PRに興味を持つきっかけを作ってくれた本だったようです。今年は学生の強い要望もあり高木講師が実現しました。高木さんとは6年前、ボスニア戦争をテーマにしたNHKのドキュメンタリー番組の担当ディレクター時代に初めてお目にかかってからのお付き合いで、パブリック・リレーションズの普及に多大な貢献をしていただいている方です。
お二人の、第一線で活躍するジャーナリストの講義はとても刺激的で、90分の授業が瞬く間に過ぎてしまいました。授業後の質疑応答も盛んで、すでに幾つかのメディアに就職活動で内定をもらっている学生も加わり熱気に満ちたものとなりました。超多忙な中お越しいただいた矢田さん、高木さん、本当にありがとうございました。次回の授業も楽しみにしています。
今回嬉しかったことは、2年前に概論を受講した2名の一期生が海外留学から帰国し、聴講生として元気な姿を見せてくれたことです。二人に再会できとても幸せに感じました。この授業を受けた人たちが、社会でパブリック・リレーションズを実践し、それぞれの人生に活かしていくことができるよう心より願っています。
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<お知らせ>
『パブリック・リレーションズ~最短距離で目標を達成する戦略広報』(日本評論社、税込2520円)好評発売中!
「人」「モノ」「金」「情報」のすべてを統合する「第5の経営資源」
これまで長年にわたって誤解されてきた「PR」を「パブリック・リレーションズ」として正しく捉えなおすことにより、パブリック・リレーションズの本質とダイナミズムを分かりやすく解説している。広報の実務に携わる人はもちろん、経営者から学生まで幅広い人たちが戦略的広報を理解することのできる待望の入門書。
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2006年02月10日
どんなときにでも輝く存在でいてほしい
~後期の授業を終えて
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?
先週の節分の日に、ある取引先の社長から赤坂日枝神社の節分の豆と枡をいただきました。その白木の枡の匂いは遠い昔を想い起させてくれるのに十分でした。幼少時代、家族の恒例行事であったこの古きよき風習と10年以上も無縁であった自分に気がつきつつ、現在多くの問題を抱えながらも、決して希望を失うことなく、いつも平常心を保っておられるその社長のお人柄や経営者としての深さに心を打たれました。
さて、先々週から先週にかけて、昨年10月から始まった早稲田大学の学際授業「パブリックリレーションズ概論」と大学院商学研究科のMBAコースの授業が終了しました。
概論の授業では、受講生からの2回にわたるリポート提出により、授業を受ける前と受けた後、自分がどのように変わったのか、さまざまな感想を書いてもらいました。受講前には、広告宣伝として認識していたパブリック・リレーションズが、「組織体をとりまく様々なリレーションズを統合し取り組むことで経営に直結した機能を果たすことが可能であること」、そして「各々の人生の中で目的達成の手法として活用できる」などの認識に変化したとの声を多く聞きました。
またパブリック・リレーションズを支える「倫理観」や「自己修正」そして「相手の視点」などのテーマも、義務教育や高等教育の中ではあまり取り上げられていないようで、学生の目にはとても新鮮だったようです。
これらの視点で日本社会を改めて俯瞰したときに、多くの受講生の認識は、国際社会の中でリーダーシップを発揮できずにいる現状や頻発する不祥事の根底には、パブリック・リレーションズ的な要素が日本社会に欠落していることにあるのではないかと理解できたようです。
さらに社会経験豊富なゲストスピーカーを迎えた授業では、彼らのリーダーとしての「大局的な物の見方」「物事を肯定的に捉えてあきらめずに行動する姿勢」そして「自らアクションを起こし素早く変化に対応するフレキシビリティ」などの共通した素養を講師の方々から直接学べ、強い刺激を受けたのではないでしょうか。
レポートの中でとても嬉しかったのは、「人生の方向性が変わった」「新しいものの見方ができるようになった」「パブリック・リレーションズをこれからの人生に活かしてしていきたい」など各々の内面に大きな変化がみられたことです。
私は、彼らの鋭い観察力と、大いなる好奇心と意欲に満ち溢れたリポートを、一枚一枚感動しながら夜通し読み明かしました。忙しい仕事をやりくりして教鞭をとらせていただいて本当に良かったと思いました。
一方、MBAコースは社会人向けで、受講生の皆さんにとって仕事と両立させながらの授業は大変だったと思います。そんな中、全員ほとんど休むことなく授業に出席してくださったことを大変うれしく思います。受講生の夜遅くまでの授業参加への熱意には頭が下がりました。
授業内容もそれぞれのバック・グラウンドをなるべく活かし、少人数のグループ・ディスカッションによるケース主体にしました。社会人受講生のひたむきな学習態度をみて、改めて向上心を持つことの大切さを感じさせてくれた授業でした。それぞれ現在の職場でのポジションや、携わっている仕事の内容は異なっていても、是非リーダーシップを発揮して、このコースで学んだパブリック・リレーションズを各々の組織体で活かしていただきたいと思います。
皆さんはこれからの人生で、さまざまな成功や失敗を経験することと思います。しかしどのような時も目的意識をしっかり持ち、その目的に向かってまい進してください(修正を恐れず)。組織の中でどのようなポジションにあっても、いつも「輝く存在」になってほしいと思うのです。
そして、将来どのような分野に進もうとも、皆さんのなかでひとりでも多く、パブリック・リレーションズをとおして、日本社会を平和で実りある発展に導くことのできる次世代のリーダーが生まれることを願っています。受講生の皆さん、この半年間ありがとうございました。
この4月から「パブリック・リレーションズ概論」を踏まえて、パブリック・リレーションズの実践を学ぶ「パブリック・リレーションズ特論」がはじまります。この授業では、実際にPRプログラムを作成しながら知識として得た理論を実践に活用する手法を学びます。学生の皆さん、また特論の授業でお会いできる日を楽しみにしています。
2006年02月03日
世界最大級のリスク・コンサルティング会社、
エーオン・ジャパンの会長、ランディ・和田さんを講師に迎えて
~「成功するも失敗するもPR次第」
先週、早稲田大学の「パブリック・リレーションズ 概論」の授業に、米エーオン社(Aon Corporation)の日本法人会長のランディ和田さんをお招きしました。そして「ビジネスの成功に不可欠なパブリック・リレーションズの重要性」についてお話しいただきました。
シカゴに本拠地を置くエーオン社は、保険・再保険仲介、リスクマネジメント・コンサルティング、人事コンサルティング、保険引受などの分野でソリューションを提供するグローバル企業です。その売上高は約1兆円。世界に4万7千人余りの従業員を擁し、120カ国の500を超える拠点をネットワークし、主にB to B(企業間取引)向けビジネスを展開しています。
特にリスク・マネジメント分野ではリーディング・カンパニーで、世界中にスタッフ7,000人を擁しています。一般企業へのリスク管理支援や、ロンドンのオフィスでは政・財界の要人の誘拐事件に対応するため、世界中どの地域にも即座に専門家を派遣できるシステムを整えるなど、ユニークで専門性の高いサービスを提供しています。
ランディ和田さんは米国カルフォルニア出身の日系3世で、1973年、学生時代に交換留学生として早稲田大学で一年間学んだ経験のある方です。ですから33年ぶりに訪れた早稲田の杜はランディさんにとってノスタルジックだったようで、キャンパスを歩きながら往時の校舎や、オイルショック時の暖房のきかない寒い教室で震えながら授業を受けたことなどを懐かしそうに想い起していました。
講義の中でランディさんは、企業経営、特に外資系企業が日本市場に進出する際に、パブリック・リレーションズが如何に有効であったかを自身の体験をとおして語られました。
日本でのビジネスは1999年、エーオンリスクサービス・ジャパン社長として派遣されたことに始まります。社長就任後のランディさんは、日本でのエーオンのビジネスの実情を知って愕然としたそうです。当時の日本法人のスタッフは50人あまりでしたが、顧客の8割は外資系企業。そして新規顧客の全てがエーオン・グループの紹介。日本の顧客が殆んどなく、実質的なビジネスが展開されていない現実を突きつけられたのです。
現状打破のために日本企業を新規顧客として獲得するためにはどのようなアクションをとるべきかを考えました。当時日本では無名であったエーオン・ジャパンを「リスクマネジメント・コンサルティングのエーオン」として法人担当者に認知してもらうには、最優先の課題として、費用がかかっても外部PR専門家のアドバイスが必要と考え、PR会社からコンサルティング・サービスを受けることを決断したそうです。
はじめの作業は、明確なゴール(最終目標)やビジョンを明らかにし、その実現のための戦略を構築することでした。そして「B to Bマーケットでの認知度向上」をゴールに掲げ、メディア・リレーションズ、つまりメディアとの関係構築を積極的におこなうことを戦略の中心とするプログラムを立案し実行しました。
メディアの中でさえ社名はもとより、リスク・マネジメントについての認知がない状況で、エーオンがどんな企業なのか、リスク・マネジメントとはどのようなものなのか、理解を深めてもらうためにプレス・ブリーフィングやプレス・リリースの配信のほかにメディア(プレス)・ランチョンやワークショップを積極的に催しました。そしてメディアでの認知度が高まった頃から、メディアからリスク・マネジメントについてのコメントやインタビューを逆に求められるようになり、双方向のコミュニケーションが機能するようになったといいます。
また当時、フィーを払ってリスク管理する習慣のない日本企業に対して、「外部専門家からのアドバイスを受けることが経営資源の保全には必定」との概念を定着させるための啓発活動なども行いました。こうして専門家として質の高いサービスが提供できる企業であることをアピールしていきました。
これらの活動の結果、メディアに一度も掲載されなかった2001年と比べ、2002年9月から約16ヶ月間の活動で新聞やネット上での露出頻度が格段に高まり、当初ゴールとして掲げていた「B to Bでの認知度の向上」を達成することができました。メディアへの露出で得られた認知度の向上は、日本国内でのビジネス拡大に大きく貢献しました。その後関係省庁とのガバメント・リレーションズやアソシエーション・リレーションズなど活動領域を広げていきました。
5年間で売上高は11倍を記録。顧客の中で日本企業の占める割合も2割から8割へと飛躍的に拡大し、スタッフも50人から400人に増員されました。パブリック・リレーションズのゴール達成がこの数字に大いに寄与したことをことは言うまでもありません。エーオンが契約したPR会社は井之上パブリックリレーションズでした。
米国のエーオン本社でもパブリック・リレーションズの重要性を認識しており、独自の定義を掲げているそうです。ちなみにその定義は「パブリック・リレーションズとは、企業とパブリック(一般社会)とが互いに利益ある関係を確立させるための管理機能であり、成功するも失敗するもPR次第である」となっています。
以前も述べたとおり、パブリック・リレーションズの定義は何百とあり、これはその中のひとつです。そしてこの例から、アメリカでは企業が独自のPR定義を持つほどパブリック・リレーションズが経営戦略の主軸に位置づけられていることが確認できます。
ランディ和田さんは講義終了後、受講生の質問に答えて「パブリック・リレーションズにはコストがかかり、一見、売上げに直結しているようにはみえにくい。しかし、パブリック・リレーションズが事業のみならず企業全体のブランド・イメージや評価に与える影響は大きく、やるだけの価値は大いにある。そして、継続的に行うことが肝要である。継続性をもたせることで常に変化する企業内外の環境に対応できるようになる」とコメントしてくれました。
この授業で、パブリック・リレーションズを導入することにより日本での事業を成功させた実例を披露して頂いたことは、パブリック・リレーションズを学ぶ学生諸君にとっては説得性があり、学ぶところが多かったのではないかと思います。
ランディさんは去年4月、エーオンの日本の事業を統合するエーオン・ジャパンの会長に就任されました。多くのリスク要因を抱える日本企業のサポートのためにエーオン・グループのトップとしてますますご活躍されることをお祈りしています。ランディ和田さん、ありがとうございました。
2006年01月13日
マーコムの専門家、早稲田大学亀井昭宏教授と
元サントリー広報部長、小玉武さんを授業に迎えて。
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
これまで「パブリック・リレーションズ 概論」の授業では、パブリック・リレーションズの幅広さや奥深さを実感してもらうため、社会の各方面で活躍するゲスト・スピーカーをお招きして、学生の立場では普段触れることのできないお話しを直接語りかけていただきました。
今日は、私のこの授業の立ち上げにもご協力いただいた二人の先生をご紹介したいと思います。早稲田大学商学部教授の亀井昭宏さんと早稲田大学教育学部講師(同大学参与)の小玉武さんです。
特に亀井教授には、2004年度からスタートした二つの授業、「パブリック・リレーションズ概論」と「パブリック・リレーションズ特論」の実現に当授業の担当教授として多大なご支援をいただきました。スタート以来、毎セメスターに亀井教授に「マーケティング・コミュニケーション」について講義いただいています。亀井先生は広告論、マーケティング・コミュニケーション(マーコム)の専門家であり、日本広告学会の会長を務められたこともあるアカデミック界の重鎮といえる方です。
授業の中では、「インターネットの普及により誰もが情報発信者になり得る時代が到来しており、双方向性コミュニケーションによるターゲットとの相互理解の重要性が一層高まっている。その実践には、常に相手の視点を押さえた行動が求められる」と語ってくれました。
また、ネット社会において、組織体におけるパブリック・リレーションズ部門の役割として、ブランド構築による企業価値向上の重視性を採り上げ、そのためには組織体の経営理念やビジョンを明確に掲げ、ターゲット(一般社会・パブリック)に浸透させていく活動に力を注ぐべきであり、その有効な手段として、影響力のある人たちとの対話(インフルエンサー・リレーションズ)の重要性を指摘されました。
二人目は、元サントリー広報部長の小玉武さんを講師にお招きしました。小玉さんとは、私が(社)日本パブリックリレーションズ協会で国際委員長を務めていた時期に一緒に活動させていただきました。1964年にサントリーがはじめて広報部門(広報室)を設置したときから足掛け20数年にわたって広報畑を歩まれた方です。またTBSブリタニカの取締役出版局長として「ニューズウイークジャパン(日本語版)」の立ち上げに関わったり、文化事業部長としてサントリーホールを中核とした文化活動を統括するなど、広報エキスパートとして当時サントリーの社長・会長であった佐治敬三さんを幅広くサポートし、サントリー広報の黄金時代を築かれた方です。
今回は「組織と広報」と題して企業広報の現状についてお話しいただきました。講義では、情報技術の発達に伴い組織体と個人、情報の発信者と受け手の関係がますます複雑・多様化しており、改めて広報部門の位置づけが問われている現状を語ってくれました。そして企業広報の存在意義として、企業の広報部門が経営に直結した広報を担うべきであると話してくれました。
また危機発生時の対応が結果を左右するクライシス・コミュニケーションにおいて、スペシャリストが対応すべきであり、社内での有能な人材育成と外部専門家からのアドバイスを採り入れる体制づくりが急務であるとお話しされていたのがとても印象的でした。
パブリック・リレーションズを成功に導くには理論と実践の両輪が必要です。マーケティング・コミュニケーションの分野で長年にわたり活躍される専門家や日本の企業広報の現場での豊富な経験を持つ方からのお話しは、学際(学部間の垣根を越えた)授業に参加した学生にとって得がたいものであったと思います。
パブリック・リレーションズを実践する現場では、目標を見失わない一貫性とリアルタイム性をもって状況変化に対応できる柔軟性が同時に必要となることを改めて確認する貴重な授業であったと思います。
亀井先生、小玉さん、ありがとうございました。今後のますますのご活躍を心よりお祈りしています。
2006年01月06日
明けましておめでとうございます。
~この春に新しい本を出版します
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
皆さん、お正月をどう過ごされましたか?
私は正月休みを利用して、この3月に発刊する本の執筆をしていました。仕事に追われてやっと脱稿、ほっとしているところです。
昨年は、続発する不祥事から身を守るための危機管理意識や株価の回復、日常化する企業買収(M&A)の影響を受けたIRへの関心の高まりなどがみられました。また9月の衆議院選挙で脚光を浴びたPR(会社)が注目され、PR・広報業界にとって躍動的な一年でした。
2001年には30年に及ぶ実践をとおして得た知識や経験の集大成として、『入門 パブリックリレーションズ』をPHP研究所より出版(編著)しましたが、今回の本のタイトルは『パブリック・リレーションズ』で、内容も大幅に改訂しました。出版社は、「できれば20~30年と愛読される息の長い本にしたい」と考え、日本評論社にお願いすることになりました。
この本は、最短距離で目標を達成する手法であるパブリック・リレーションズの幅広さや奥行きの深さとその概念を解かりやすく解説しています。日本の現状認識を深めるため、パブリック・リレーションズが登場・発展したアメリカにおける歴史や概念を紹介するとともに、GHQによる戦後の日本への導入の経緯やその後日本でなぜ普及が遅れたかを解説し、パブリック・リレーションズを概観します。
また米国企業のCEOが如何にパブリック・リレーションズを重要視しているか、そして日本を代表する企業経営者がどのような企業広報の現状認識や将来展望を抱いているのか、アンケート調査をとおして紹介しています。
この本はあらゆる問題に対して、確かな技法で戦略的なソリューションを提供できるパブリック・リレーションズの基本概念を丁寧に紹介したうえで、現場に応用できるよう、危機管理やIR、CSR、報道分析など、実践に必要となる技術や分析手法を明らかにすると共に具体的なケースも紹介。
日本は2005年、景気の回復基調を維持したものの、政治・経済・社会が抱える未解決の問題は山積しており、今後もどのような問題が噴出するのか予測困難な不安定な状態にあります。また急速に進むグローバル化の中で世界は激しく変化しており、組織体には常にスピーディな対応が求められています。
『パブリック・リレーションズ』は、PR後発国である韓国や中国が急速にキャッチ・アップしつつある現状にあって、今後日本がどのような総合的な対応をなすべきかについても提示しています。
この本が、企業や公共団体など組織体のトップや広報部門、教育現場に携わる方々そしてパブリック・リレーションズを現在勉強している学生、パブリック・リレーションズに興味のある皆さんなど、一人でも多くの方の手にとっていただくことによってパブリック・リレーションズが広く認知され、日本の社会システムに導入されていくことを強く願っています。
今年も皆さんにとって良い一年となりますように。
2005年12月30日
テヘランでの国際シンポジウムに参加して
~驚異のパブリック・リレーションズ熱
こんにちは。井之上喬です。
明日は大晦日、2005年もあと数十時間で終わりを告げますが、皆さんいかがお過ごしですか。
先日、12月中旬に訪問したイランの出張報告を予告しましたが、今年最後のブログはそのお話しをしたいと思います。
イラン(正式名称:イラン・イスラム共和国)は西アジアに位置しトルコ、イラク、パキスタンなどに隣接する中東の国です。人口は約6900万人で宗教上の最高指導者が国の最高権力を持つユニークな共和制国家です。1979年ホメイニ師によるイラン革命により、当時パーレヴィー王朝のシャー(国王)、モハンマド・レザー・パーレヴィー国王がエジプト亡命を余儀なくされたことで王朝は終焉を迎え現在の体制に移行されました。国名イランは「アーリア人の国」という意味で、言語はアラビア語ではなくペルシア語が公用語として使用されています。
今回のシンポジウムは、イランにあるパブリック・リレーションズ・リサーチ研究所が私の所属する国際PR協会(IPRA 本部:ロンドン)の協力のもとで、12月11、12日の2日間にわたり開催されました。とくに開催直前、アハマディネジャド大統領による二度目のイスラエルへの問題発言(「イス







