2010年03月01日
JICA広報研修の講師を務めて
~中南米・カリブ地域から25名の研修生を迎えて
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?
今回は、JICA(独立行政法人国際協力機構)が中南米・カリブ諸国で支援するODA事業に携わる現地組織体の広報関係者を日本に招き実施した広報研修についてお話しします。この広報研修は、国民の税金を基盤とするJICAのODA事業に対する理解を研修参加者に深めていただくとともに、パブリック・リレーションズ(PR)に対するスキル向上を目的としたものでした。研修の正式名は「中南米・カリブ地域における円借款事業の現地事業広報スキル向上支援事業」。
期間は2月8日~19日の2週間で、ペルー、ブラジル、グアテマラ、パナマ、エルサルバドル、コスタリカ、コロンビア、パラグアイの8カ国から25名の研修員が参加。会場は、JICAの東京国際センターで開催されました。
■パブリシティは「フリー・プレス」
この広報研修では、パブリック・リレーションズ理論やゲスト・スピーカーによる内外の公共事業における事例紹介、施設見学(東京電力の電力館や川崎発電所)、課題に対するアクション・プラン作成など充実したプログラムが組まれました。
私は「広報の基本概念」と「さまざまなリレーションズ」、「広報と倫理/クライシス・コミュニケーション」、そして「広報計画の立て方(プログラム作り、目標設定、ターゲット、戦略など)」といった4つの講座の講師を務めました(下の写真)。
「広報の基本概念」では歴史的経緯を踏まえた広報の基本的な考え方をはじめ広報の持つ双方向性や「自己修正モデル」、パブリック・リレーションズの専門家に求められる資質(5つの条件/10の資質・能力)について講義。
「さまざまなリレーションズ」ではコア・コンピタンスとしてのメディア・リレーションズを中心に各ステーク・ホルダーへのさまざまなリレーションズについて。また、「広報と倫理/クライシス・コミュニケーション」では特にグローバル・スタンダードに合致した広報活動のための倫理観とクライシス・コミュニケーションについて講義しました。
そして、「広報計画の立て方(プログラム作り、目標設定、ターゲット、戦略など)」では、パブリック・リレーションズの倫理観をベースに目標達成のための戦略構築やライフサイクル・モデルに基づいた広報プログラム設計。加えて活動評価の重要性を伝え、報道分析など効果測定の手法を紹介しました。

この研修の講義資料は全てスペイン語で用意され、講義内容もスペイン語に通訳されて研修員に伝えられたのですが、その中で面白い体験をしました。それは翻訳に関わる問題。私の講義の中のメディア・リレーションズの講義資料のパブリシティ(Publicity)という用語の解釈についての混乱で、Publicityがスペイン語では「Publicidad」と訳されていたことに起因していたのです。
この用語が講義の中で何回か登場するのですが、私が講義でパブリシティという言葉を口にする度に研修員の反応がおかしいので確認すると、Publicidadはお金を払ってメディアに記事や情報を掲載する宣伝・広告の意味であることを知らされました。私たちが通常使う意味のパブリシティは、中南米・カリブ地域では「フリー・プレス(Free Press)」というそうです。
■日本から中南米・カリブ諸国へ
今回の広報研修はJICAにとってはじめての試み。JICA広報ガイドラインには“ONE WISH, ONE WILL”というスローガンがあります。その広報目的を、「JICAの目指す世界を創り出すための活動に、理解・共感・支持・参画してもらうこと」としています。まさに日本のソフト・パワーを世界に示す格好のプロジェクトといえます。
研修員の多くはJICAから円借款を受けて、現地で上下水道整備事業や環境改善事業、地域道路整備事業、水力発電所建設事業そして公共サービス改善事業などを実施するさまざまな組織体で広報分野やプロジェクト推進を担うリーダー。男女約半々で、年齢も20代から50代まで幅広く、広報経験が初めての人や(少人数)20年近い経験を持つ人などバラエティに富んでいました。
ラテン・アメリカの人は、日本人の持つイメージ通りの陽気な人たちでした。授業では一言も聞きもらすまいとする熱意と意欲が伝わってくる一方、休憩時間には母国から持ってきたチョコレートやドライ・フルーツなどを差し入れてくれます。中には、日本留学経験者もいて片言の日本語も聞こえてきます。
ご存知の通り、パブリック・リレーションズは戦後、GHQが日本の民主化のために持ち込んできた手法であり、概念です。それから60余年、多くの諸先輩が試行錯誤を繰り返し、私たちの世代に引き継がれてきました。
今回の広報研修を通して、パブリック・リレーションズの手法・概念が、今度は私たちから地球の裏側の中南米・カリブ諸国へと伝播していくことを想うと、実に感慨深いものがあります。また私にとっては、異文化体験も含め大変楽しい講義となりました。こうした機会を与えてくださったJICAをはじめ関係者の方々に感謝するばかりです。
研修会の最終日に行われたお別れパーティでは、プレゼント交換やJICA職員も交えた写真撮影など2週間を共にした仲間が別れを惜しみました。
2010年02月01日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 20
~プレスとの協働のためのガイドライン
こんにちは、井之上喬です。
もうじき立春。春の足音が聞こえる時節になりましたが
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わりました。
今回は、第10章「メディアとメディア・リレーションズ」(井上邦夫訳)の中から「プレスとの協働のためのガイドライン」を紹介していきます。メディア・リレーションズはパブリック・リレーションズのコア・コンピタンスです。メディアとの良好な関係性をいかに構築していくかは、パブリック・リレーションズの実務家にとって世界共通の課題。このガイドラインはこの課題に対して大いに示唆を与えてくれています。以前このブログで「良好なメディア・リレーションズのためのガイドライン」についてお話ししたことがありますが、その続編的な内容となります。
■10項目のプレス対応ガイドライン
本書で、元CBSニュース記者で長くカウンセラーを務めているチェスター・バーガーは報道機関について「しばしば不公平で、理不尽で、悪いことがある。しかし、彼らは我々の友ではないにしても、国家の最大の友であり、我々はそれに感謝しなければならない」と語っています。また彼は、健全なパブリック・リレーションズの実践の原則に基づき、プレス対応のためのガイドラインを以下のように提案しています。
1. 組織体の利害ではなく、パブリックの利害の観点に立って話す。
2. ニュースを読みやすく利用しやすくする。
3. 引用されたくない発言は、話してはいけない。
4. 最初に最も重要な事実を述べる。
5. 記者と言い争いをしない。冷静さを失わない。
6. 質問のなかに攻撃的な言葉や不快な単語が含まれていたら、
それを繰り返さず、さらに否定してもいけない。
7. 記者が直接的な質問をしたら、同様に直接的に返答する。
8. スポークスパーソンが質問に対する回答を知らないときは、
端的に「私は知らないが、調べて回答しましょう」と言う。
9. たとえ傷つくとしても真実を述べる。
10.記者にニュースだと思わせることができない限り、記者会見を
開いてはいけない。
私の会社(井之上パブリックリレーションズ)の業務にも「スポークス・パーソンのためのメディア・トレーニング」プログラムがあり、そのテキストには上記と共通する内容が盛られています。どれも大事なことですが、私は特に「真実を述べる」ことが何にもまして重要だと思っています。
この点について本書では「悪いニュースはすぐに消滅する、メディアはそれを見逃すだろう、と一瞬でも考えてはいけない。(中略)実務家は、そのニュースや報道される方法についてコントロールできる余地を残さないだけでなく、防衛的であってはならず、事実を隠蔽しようとしたとか、メディアに暴露されたといった嫌疑をかけられないようにしなくてはいけない。」
そして、「これは最も難しい。なぜならば、実務家の仕事は悪いニュースをメディアから締め出すことだと見ている経営トップの人々を納得させなければならないからである」と記しています。
また、ガイドラインの最初に列挙されている、「組織体の利害ではなく、パブリックの利害の観点に立って話す」こともこれからのパブリック・リレーションズにとって重要なことです。なぜならこれからの組織体は、その活動がパブリックにも受け入れられることが求められており、実務家はクライアントの利害だけを近視眼的に考えて行動することは許されないからです。これらに共通するものは「倫理観」といえます。
■メディアに精通した経営トップが求められる時代
また、本書では実務家がニュース・メディアのジャーナリストと良好な関係性を構築し、維持していくためには何よりも相手から信頼されることが重要であるとアドバイスしています。
しかし実際に私たち実務家のもつ情報の一部には秘匿義務が課せられていたり、また個人情報保護のため、あるいは、競合するビジネス環境における情報の財産的価値のために開示できないケースも多々あります。
この点に関しては報道機関の情報ニーズと実務家との関係は対立する関係でもあります。こうした環境の中でジャーナリストの信頼を得ていくことは並大抵なことではありません。スポークス・パーソンとして、あるいはメディア・リレーションズのマネジャーとして活動するすべての人々にはメディア・トレーニングが必要だと本書は語っています。
一方で人々に報道機関との付き合い方を教えていることが背徳行為だとの非難が彼らからあがっています。こうした声に対して本書ではロジャー・エールスがジャーナリズム・セミナーで述べた次のようなコメントを載せています。
「我々は常に真実を述べるようにクライアントに助言する。しかしながら、私を最も困惑させることは、あなた方(ジャーナリスト)はジャーナリズム・スクールで質問する方法を学んでいる一方で、それらの質問の答えかたを学ぼうとする人々の権利について否定することである」。エールスのこの言葉には大いに納得できるものがあります。
メディア・トレーニングを行う意義について本書は「我々の自由社会は自由な報道が中心的役割を果たすため、メディアに精通した経営トップが求められる時代なのである。報道機関と直接対応する経営陣を助けるために準備されるメディア・トレーニングは、パブリック・リレーションズ部門の責任であり、良好なメディア・リレーションズを構築して維持するための不可欠な投資となる」と結んでいます。
ほとんどの人は、鳩山首相やオバマ大統領と会ったことがありませんが、彼らがどういう人物なのか私たちは知っています。それは新聞、TV、雑誌などのディアを通して知っているからです。メディア・リレーションズの重要性はここにあります。そして健全なメディアを支える基盤は「倫理観」なのです。
2010年01月18日
CESから読む新しいグローバル化の潮流
~世界最大のコンシューマ・エレクトロニクス・ショー
こんにちは井之上 喬です。
世界的な寒波が襲来していますが、皆さんいかがお過ごしですか?
井之上パブリックリレーションズ(井之上PR)は、おかげさまで2010年に設立40周年を迎えます。海外企業とのビジネスが比較的多く、これまでもさまざまな国際的な企業へのパブリック・リレーションズ(PR)のカウンセリングや外国政府・自治体による貿易・投資促進キャンペーン、またグローバルな各種展示会などの企画・運営そしてオンサイト・サポートなどで実績を残しています。
そのなかで世界最大の家電見本市である、インターナショナル・コンシューマ・エレクトロニクス・ショー(CES)の開催母体の米国家電協会(CEA)に対しても、日本市場向けのPRコンサルテーションや開催期間中の現地へのメディアツアーの実施など幅広いサービスを提供しています。CESは毎年1月初めに米国ラスベガスで開催されていますが、今回は、新年早々現地入りした井之上PRスタッフからの報告も含め、年初のこの一大イベント(CES2010)から新しいグローバル化の流れを探ってみたいと思います。
■民生機器は日本メーカーの牙城?
今年のCES2010(1月7日-10日)は、主催者の発表で米国をはじめ海外100カ国以上から2,500社を超える出展社数で、そのうち約300社が新規出展し展示総数は2万点以上。また業界関係者だけを対象としたこの見本市の見込み来場者数は前年並みの11万人(実数発表は5月)。出展社の会場では風力発電による電気を使用するなど、CES2010は世界的に関心が高まっている「環境にやさしい見本市」をテーマに開催されました。
今年は、バンクーバー冬季オリンピックやサッカーワールドカップを控え、電機各社が3Dに対応したフラット・パネル・デスプレイTV(FPD-TV)の最先端製品を展示、先陣争いをしています。民生機器の代表選手であるFPD-TV市場は、パナソニック、シャープ、ソニーなどの日本メーカーがこれまで業界をリードしてきましたが、LED(発光ダイオード)TVにも力を入れるサムスン電子(写真左下)やLG電子など韓国勢が世界規模で販売を伸ばし2009年のシェアでは韓国勢に対し日本勢は大きく離されたと業界のアナリストは分析しているようです。
秋葉原の大型家電量販店などの店頭には日本メーカーの大型FPD-TVが所狭しと並んでおり、2009年末商戦でもエコポイント効果もあり台数ベースで前年同月比65.5%増、金額ベースでも42.7%増と好調だったようです(BCN調べ)。日本にいるとFPD-TVの牙城は日本メーカーが守っていると思いがちですが、CES2010では韓国勢に加えHaierやHisense、TCLなど中国メーカーが昨年とは比べ物にならないほど大きなブースを出展していました。
関係者によると、「昨年10月に開催されたCEATECでは見られなかった光景」。ここでも中国勢の躍進が肌で感じられました。HisenseのCEOはCES2010のキーノート・スピーチ(基調講演)の一角にマイクロソフト、インテル、フォードなどのCEOと並び登場していました。ちなみに日本メーカーのトップのキーノート登場はなかったようです。
■新規分野で覇権を確実に
CES2010の目玉は何と言っても3D(3次元)TV。CES2009でも兆しは見られましたが今年は「3D元年」といわれるように、3次元立体放送に対応した3Dテレビが一気に開花しようとしています。特に前述のFPD-TV市場で韓国勢にシェアを奪われた日本メーカーは、3次元対応の薄型テレビでの先陣争いに乗り遅れまいとの意欲が強く感じられました。
CES2010で展示・発表された製品を見ても、パナソニック、東芝、ソニーなどの製品は業界をリードする技術を集積したもので、新しいビジネス創出の可能性を大いに感じさせるものでした。これまで世界の新規市場をリードしてきた日本メーカーですが、果たしてこのまま順調に、新しい分野である3DTVで世界をリードすることができるのでしょうか?
井之上PRのスタッフの一人が、「日本メーカーに期待することは何か?」とCEAの幹部に質問を投げかけたときに返ってきた答えは次のようなものだったそうです。「日本メーカーは技術的にも優れている。業界で今後も重要な役割を果たしていくだろう。しかし、日本メーカーを目標にしてきた韓国企業などと比較すると、マーケティング力が劣っている。」と両者間のマーケティング力の差を指摘し、「例えば韓国メーカーは、FPD-TVの販売に関して米国、欧州などそれぞれの地域で徹底的なマーケット・リサーチを行い、その結果を細かいところに反映させ、デザイン変更を行なうなど成功に導いている。日本メーカーは技術だけではなく、マーケティングに立脚した製品開発にもこれまで以上に注力する必要があるのではないか。」
日本が高度成長を支えたときに語られていた、「良いものを作れば売れる」といった神話はもうすでに遠い過去の話です。これからはマーケティングを強化し、日本市場だけでなく中国をはじめインド、ブラジルなど新興国を含めた世界市場をターゲットとしたビジネスを展開していかなければ、日本の大手といえども生き残れなくなる、厳しい時代の到来が目前に迫ってきています。
日本メーカーは現在、3DTVで技術的には世界をリードしているといわれていますが、これをビジネスとして拡大してくためには、ハード面だけでなく3Dコンテンツなどの充実が不可欠。そして日本企業が苦手とする国際標準化の問題にも直面するはずです。
新規ビジネスを成功に導くためには、必要な要素は国籍を問わずさまざまな企業・団体と積極的に連携し、それらを取り込み競争力を強化する。グローバル・ビジネスでは当たり前のことですが、英知を集めて新しいビジネス分野を日本企業主導で創出して欲しいものです。なんとしてもこれ以上のジャパン・パッシングは回避しなければなりません。
日本企業にはアライアンスを組むにせよ、国際標準化を実現させるにせよ、強力なパブリック・リレーションズ(PR)なしには実現できないことを理解する必要があります。なぜなら競争原理が働くところでパブリック・リレーションズは大いに機能するからです。
2009年12月14日
アジア通信社と中国国内ニュースサイト事業で協業
~「日本新聞網」について
こんにちは、井之上 喬です。
師走も早いものでもう半ば、皆さんいかがお過ごしですか?
12月10日から民主党の小沢一郎幹事長が、中国、韓国を訪問しました。訪中団の規模には驚かされました。国会議員約140人を含む総勢600人以上の大デリゲーションで胡錦濤国家主席との会談も行われ、メディアの扱いも大きく政権交代を内外に強く印象づけました。
今回の小沢訪中団派遣に見られるように、政治、経済において対中国関係はますます重要になってきています。特に日本の産業界にとって、生き残りのためには中国との関係強化とパイプ作りは最重要。今後産業界は中国との関係強化の動きをより一層加速するものと思います。関係構築活動であるパブリック・リレーションズ(PR)にとって、コミュニケーションはインフラです。今回は経営資源の一つである「情報」の視点から、中国向けの情報伝達について考えてみたいと思います。
■中国のネット人口が米国の総人口を超えた
中国のインターネット人口は、2009年6月末時点で米国の総人口を上回る、3億3800万人で世界最大となったことは周知のとおりです(CNNIC:「中国インターネット・ ネットワーク情報センター」7月調査)。過去一年間では約8500万人増加し、なかでもブロードバンド利用者は5100万人増加。速度については2Mbps以下が大半とするものの、その数はインターネット利用者の84.7%にあたる2億1400万人。
インターネット利用者の用途(複数回答)のベスト3は、「音楽聴取」(2億1366万人/84.5%)、「ニュース閲読」(2億620万人/81.5%)、「インスタントメッセンジャー」(77.2%)となっています。総人口に対するインターネット利用率では19.1%と全世界における21.1%に比べればまだ低い水準にありますが、今後、中国政府は2800億元(約3兆9000億円)を投じて2010年内にも3Gネットワークを敷設する計画。インターネット環境の改善とともに、さらにネット人口の拡大が見込まれています。
インターネットの急速な拡大は、中国の経済活動に大きな変化をもたらしています。また2001年のWTO(世界貿易機関)への中国加盟は、まだ耳新しい出来事ですが、WTO加盟により中国の経済成長が後押しされ、中国の実質経済(GDP)成長率はBRICs諸国の中でも飛びぬけています。
内需低迷で将来の成長に不安を抱く日本企業が、この成長市場に注目するのは企業規模の大小を問わず当然のこと。JETRO(日本貿易振興機構)の発表では中国進出日系企業の数は約23000社(07年末現在)。
また、09年4月発刊の「中国進出企業一覧 2009‐2010年版上場会社篇」(21世紀中国総研調べ)によれば、有価証券報告書の提出を義務付けられている国内企業5176社のうち、中国(香港、マカオを含む)に現地法人のほかに、日本本社の駐在員事務所、支店、営業所などの在中ビジネス拠点を持っている会社が1809社あるそうで、日本の有力企業の3分の1以上が中国市場に関っています。
この成長著しい中国市場で欧米をはじめ世界中の企業がビジネスチャンス拡大を目指し、厳しい競争を展開しているのは皆さんご存じのとおりです。こうした背景の中で競争優位性を確保するためには、その情報戦略の中でいかにインターネットを自社に有利に活用していくかという視点が重要となります。中国のような広大な国土面積をもつ市場においてインターネットの有効性は計り知れません。
■井之上PRの中国ビジネスへの本格的取り組み
日本企業が大いに注目している中国市場では、中国語という障壁が大きく立ちはだかっています。中国向けの新製品や新サービスを中国の企業人に伝えたいのだがどうすればよいのだろうか?こんな悩みを持った方も多いのではないでしょうか。「優れた技術、優れた製品を作りさえすれば売れる」とする考えは過去の幻想。どんなに良い製品、優れた技術でも、それを使う人に情報が伝わらなければ、その良さは伝わらず宝の持ち腐れになってしまいます。
そこで私の経営する井之上パブリックリレーションズでは、中国市場向けに日本企業の様々な企業情報を中国語で発信するビジネスを開始し、中国ビジネスに本格的に取り組むことを決めました。その手始めとして、12月9日に中国語による情報サイト「日本新聞網」を活用した日本企業の情報配信に関するプレスリリースを配信しました。
井之上PRは、株式会社アジア通信社(東京都港区、徐 静波社長)と連携し、中国語による情報サイトである「日本新聞網」(www.ribenxinwen.com)を通じ日本企業の中国市場向けの新製品、新サービスなどの情報発信、ビジネス・マッチングなど多角的な事業展開について協業を開始します。
日本新聞網の運営はアジア通信社が行い、編集長は、社長の徐 静波さんがつとめます。滞日18年の経験とジャーナリストとして日中関係にかかわってきた貴重な体験を通した独自の視点で日々、日本で起こっている経済、政治のニュースと最新の生活や文化に関するさまざまな情報を中国語で配信しています。
井之上PRは、独立系のPR会社として2010年に設立40年周年を迎えますが、これまで、主に外資系企業とのPRコンサルテーションで培ってきたノウハウが、“PR下手な日本企業”の中国ビジネス展開のお役に立てればと考えています。そのためこの事業立ち上げを機に、社内に「中国事業支援室」を新設。 グローバルなPR実務やコンサルテーションに関わる豊富な経験と実績を生かし、日本新聞網を通じ日本企業の中国市場向けの製品、技術、サービスなどさまざまな情報発信・広報活動の支援を行うことにしています。
中国市場の急激な拡大は、日本企業に大きなビジネスチャンスをもたらしています。政治・社会・制度の異なる中国市場への日本企業の支援を行うことで日中両国の繁栄に微力ながら寄与したい、とコミュニケーションの専門家として考えています。興味を持ってくださった方は、是非、ご意見を頂ければと思います。障壁は高いかもしれませんが、次の世代に向けた新しいビジネスの1つの道筋を示すことができればうれしい限りです。ご期待ください。
2009年11月23日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 19
~理論的基盤:調整と適応 その2
こんにちは、井之上喬です。
このところ朝夕めっきり冷え込んできました。
皆さん、いかがお過ごしですか。
今週は、昨秋発売された『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。今回は、11月2日号に続いて第7章「理論的基盤:調整と適応」(井之上喬訳)その2です。
前回は、生態学的アプローチとはどのようなものなのか、生理学者ウオルター・キャノンのホメオスタシス(恒常性維持)の概念が初めてパブリック・リレーションズに適用されたことを紹介しました。また、外部環境を把握するために状況をどのように捉えるべきなのか、外部環境変化で生じた状況をさまざまな視点で捉え、それらを分析することの重要性について紹介しました。
■PRをシステムとして考える
カトリップらは、「組織体に及ぼす変化とその影響力について議論をすることは、パブリック・リレーションズをシステムとして捉えることを意味している。」とし、「システムの捉え方が適用できる理由は、相互依存の関係が組織とパブリックの間に確立され維持されているからである。」と解説しています。
ここでいうシステムとはどのようなものでしょうか?本書ではシステムについて、「最終目標を達成・維持するため、環境変化の圧力に自ら調整し適応することにより、確立された境界内と時間軸のなかで永続しようとする相互交流のある一連の単位である。」と定義づけています。
またカトリップらは、「調整」と「適応」の概念と我々のパブリック・リレーションズの定義は、システム理論からの概念と命題を借用しているとしています。そして大学を例にとり、「(大学は)校友会、篤志家、隣人、雇用主、高校のカウンセラーや先生、同エリアの他の大学など、多数のパブリックで構成されたシステムの一部である。」と論じています。
カトリップらは、「パブリック・リレーションズの場合、相互作用のある一連の単位に含まれるのは、組織体と、現在または将来関係のあるパブリックである。」とし、組織体とパブリックは相互に何らかの影響を与えるか、関係性を持つが、社会システムは、物理的、生物的システムとは異なり、物的に密接な要素に特に依存する訳ではないとしています。また上述の組織体とパブリックのシステムは、「組織、および、同組織と関係のある人々や組織体の影響を受ける人々で構成される。」と述べています。
そして目的達成は、「状況変化があっても、現在の関係を単に維持することで可能となるかもしれないが、組織体は、絶え間なく変化する社会環境に対応して、パブリックとの関係を継続的に順応させる必要がある。」と断じているのです。
■PRのオープン・システム・モデル
以前、「調整」と「適応」について本ブログ08年7月19日号で「組織体はどうすれば存続できるのか~調整・適応そして自己修正」の表題でお話ししたことがありますが、カトリップらによると、システムの究極の目的は生き残ることにあるとしています。
そして一般的に、システム(機械的、有機的、社会的)にはオープン・システムとクローズド・システムがあり、この二つはそれぞれの性質と環境間の相互作用の総量によって分類できるとしています。
またシステムの範囲は、それぞれ対極にある、環境変化に適応できないクローズド・システムからこのような変化に適応するオープン・システム領域に至るとし、オープン・システムは、自ら保有する通り抜け可能な境界を介して新しい事象やエネルギー、情報などを自由にやり取りでき、環境変化を和らげたり、受け入れたりするために調整と適応を行うと解説しています。
本書では、組織体による、プレス・リリースの配信に終始するアウトプットや、その他の古典的な消極的パブリック・リレーションズの対応は、クローズド・システムの思考。一方、「オープン・システムのアプローチは、パブリック・リレーションズの役割を環境上へのインプットの結果として環境と組織の双方に変化をもたらすものと」とパブリック・リレーションズにとってオープン・システム・モデルが有効であることを論じています。
カトリップらは、オープン・システム・アプローチは広く実践されている実務方法を劇的に変化させ、適切な対応として調整と適応を行うとしています。また「対称性双方向」のアプローチを用いることでコミュニケーションを双方向で行い、情報交換によって組織とパブリックの双方に変化を生み出すと語っています。
そしてオープン・システム・アプローチに従った場合、「パブリック・リレーションズは、組織体の方針や手続き、行動などによって相互に影響や関係性が生じる特定された対象パブリックに対し、選択的かつ細心の注意を払わなければならない。」とオープン・システム・モデルにおける、対象パブリックや他の環境の力、組織内の力をモニターするリサーチ・スキルの必要性を訴えています。
またオープン・システムのパブリック・リレーションズは、組織内で修正行動を開始し、内部と外部の対象パブリックの知識や傾向、言動などに影響を及ぼすために直接プログラムを開始・指揮する能力も持っているとしています。
カトリップはこれらにより必然的に、「双方向のパブリック・リレーションズ・モデルを実践するための知識やトレーニング、そして経験を積んだ実務家は、組織体の中枢となる経営層に組み込まれやすくなる。また、彼らはその中でも、助言役を演じるより、リーダーシップをとることが多い。」と論じています。
そしてこれらマネジャーが経営の中軸で権限を持つことで、組織体のイデオロギーや環境内での戦略的プログラムを計画する際の対象パブリックの選択・設定に影響を与えることができるとし、そのとき、実務家はコミュニケーション・カウンセリングとマネジメントの役割を担うことになると明言しています。
本書第7章の最後は以下の文章で終わっています。「組織体と社会の利益を代表して働くパブリック・リレーションズの専門家は、組織の内部と外部の双方で、変化の代理人でありマネジャー(管理者)である。彼らは基本的にコミュニケーションを駆使して、組織と社会に対する調整と適応を考え、これを促進する。」
環境の変化を予見し、課題や問題が顕在化する前に変化への対応を行う高度なオープン・システム。パブリック・リレーションズ(PR)のプラクティショナー(実務家)の皆さんはどのように受け止められたでしょうか?
2009年11月02日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 19
~理論的基盤:調整と適応 その1
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
今週は、昨秋発売された『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わりました。
今回は第7章「理論的基盤:調整と適応」(井之上喬訳)。2回にわたって紹介します。以前このブログで、「組織体はどうすれば存続できるのか~調整・適応そして自己修正」の表題で「調整」と「適応」についてお話ししたことがありますが、めまぐるしく外部環境が変化する現代にあって、PRパーソンにとって重要なテーマです。そんなこともあり『体系パブリック・リレーションズ』の第7章の翻訳担当にさせていただきました。
■生態学的アプローチ
第7章の冒頭では、「組織体とは、熾烈なグローバル競争や、技術革新、不安定な経済、そして多くを要求する高度に洗練された顧客などが渦巻く激動の環境の中で、常に生存能力を試されている生態システムのようなものである。」とキャロル・キンゼイ・ゴマンの言葉が引用され、「生態」がEPRの中で重要なキーワードとなっていることを示しています。
スコット・カトリップ、アラン・センターは、生理学者ウォルター・キャノンが唱える変化する外界に適応する、ホメオスタシス(恒常性維持)の概念を初めてパブリック・リレーションズに適用しています。生命科学の分野から借りた「生態学」という用語によって学生や実務家は、「パブリック・リレーションズが、それぞれの環境の中で、組織体と他者との相互依存関係に関わっていることを理解することができた。」とし、「パブリック・リレーションズの重要な役割は、組織体を取り巻く環境の変化に合わせて調整し適応できるように組織体を支援すること」と論じています。
本書(EPR)は、「1952年発行の初版でパブリック・リレーションズに生態学の概念を導入し、社会システムの見方を用いることを示唆した初めてのパブリック・リレーションズの書籍である」とし、調整、適応がEPRの基盤となっていることを強調しています。
本書第1章で定義されているように、パブリック・リレーションズは、「組織体とパブリックの間に構築・維持される関係性を取り扱う」ものであることを確認し、「このような関係性は、絶え間なく変化する環境で、政治的、社会的、経済的、そして技術的変革の圧力にさらされている。」と外部環境の変化を注視することの重要性を説き、さらに「組織体が、ますますグローバル化する社会における未知の領域を安全で着実に進むためには、このような圧力を慎重に評価することが不可欠になる」としています。
そして米国のデパート、シアーズやノードストロームが強力な組織で栄え、ワーズ百貨店やウールワースの400店舗の安売りチェーンが市場から姿を消した原因を、「ダーウィン流に説明すると、新しい時代を生き続けられるのは、力のある組織体ではなく、変化する世界に調整して適応する能力のある組織体ということになる。」と組織体の恒常維持にとって生態学的なアプローチが必要であることを論じているのです。
■状況を捉える
本書第7章では、「パブリック・リレーションズの役割は、個々の状況における、特定の動きや変化、そして作用するさまざまな力を捉え、分析することにある。」としています。パブリック・リレーションズにとって外部環境の変化により生じた状況をさまざまな視点で捉え、それらを分析することの重要性を説いています。
例えば、メリーランドを拠点に活動する動物愛護団体(PETA)の活動を挙げ、動物愛護運動が盛んになることで、化粧品メーカーや医学研究所、精肉業者、連邦政府機関などの組織体にとって、自らの使命達成にどのような影響を与えるのかを論じています。いうなれば新しい活動的な圧力団体の取り組みが、組織体の意思決定にインパクトを与えるようになるということです。
本書は、「動物愛護運動はエイボンやエスティーローダー、ベネトン、トンカトイ・カンパニーなどに対し、ウサギ、モルモットなどの動物を使用した製品テストを中止するよう圧力をかけた。」と化粧品会社や衣料会社などへの強力な働きかけを伝えています。
その一方で、「また同運動は、国立衛生研究所に対して、動物を使用して研究を行う研究クリニックの閉鎖を求め、ペンタゴンには動物の損傷テストの中止を迫った。」と外部からの強いアプローチにさらされている様子を記述しています。企業側が対応に苦慮しているのが目に見えるようです。
またこれらの運動により、「テキサス州の食肉処理場はPETAからの圧力の後で閉鎖を命じられた。さらに圧倒的多数が、動物愛護を支持して、毛皮や化粧品研究の使用目的で動物を殺すことを違法と考えるようになり、PETAは世論を勝ち取りつつある。」と組織体にとって、状況把握がいかに重要かが容易に理解できます。
本書では、「パブリック・リレーションズの業務は、端的にいえば組織体を取り巻く環境に合わせて調整・適応できるように組織体を支援することにある。」とし、「パブリック・リレーションズのカウンセラーは、世論や社会変化、政治運動、文化的変化、そして技術開発、自然環境をモニターしている。そして彼らは、これらの環境要素を解釈し、組織体の変化や対応策に関する戦略を策定するため経営層と協働するのである。」と論じています。
日本で繰り返される不祥事を見てみると、倫理観の欠如は言うまでもありませんが、組織体が変化する外部環境を読み切れず調整・適応することなく市場からの退場を余儀なくされるケースが後を絶ちません。本書にあるように、21世紀を生き抜くことのできる組織体とは、単に力のある組織ではなく、さまざまな視点で内外の環境変化を複合的に捉え、必要であればパブリックとの間で調整・適応を行い、自己修正のできる組織体ではないでしょうか。
2009年10月12日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 18
~PRの歴史的発展 その8
こんにちは、井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨年9月20日に発売されました。早いものでもう1年が経ちました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の8回目として抗議運動と市民パワーの時代(1965-1985)の後半におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。今回は8回に及んだ「パブリック・リレーションズの歴史的発展」の最終回となります。
■キング牧師の有名な演説“I Have a Dream”
本書ではマーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師(Martin Luther King, Jr.,1929–68年)が「抗議運動と市民パワーの時代」における象徴的存在として活躍していたことを紹介しています。そして、「キング牧師が国民的指導者へ昇りつめるきっかけとなったのは、1955年、アラバマ州モンゴメリーでバスに乗車中のローザ・パークスが、白人の乗客に席を譲らなかったことを理由に逮捕され、パークスのために立ち上がったときである。」
「キング牧師は、1963年8月28日、ワシントンD.C.のリンカーン・メモリアルでおよそ25万人の聴衆を前に、有名な演説“I Have a Dream”(私には夢がある)と呼びかけた。彼は、暗殺される前日の1968年4月4日には、テネシー州メンフィスで、予言的な演説『私は山の頂上に行ったことがある』と語りかけた。彼は公民権運動の殉教者であり象徴でもあった」と記しています。
公民権運動がもたらしたひとつの成果として1965年の投票権法(Voting Rights Act)と1968年の個人住宅の販売・賃借における人種差別撤廃を促す公正住宅法(Open Housing Law)の法制化が挙げられています。キング牧師と公民権運動は、あらゆる組織体の対内的・対外的なリレーションズ(関係性の構築)に影響を与え、変化と権限委譲の時代を特長づけたのです。
また、公民権運動の成功は、グロリア・スタイネム、ベラ・アブザグ、シャーリー・チゾムたちが先導する男女同権運動にも大きな影響を与え、女性がパブリック・リレーションズ分野や様々な職場へ進出するきっかけともなったと記しています。
■大統領を失脚に追い込んだ市民行動
ベトナム戦争反対運動は公民権運動とともにこの時代を二分した大きな出来事であり「ジェネレーション・ギャップ」、「ヒッピー」、「セックス革命」といった言葉やライフスタイルを生みだしました。そして、その反戦運動はウォーターゲート事件とリチャード・ニクソン大統領(1969-74)弾劾へと発展したと本書に示されています。
学生たちが全国のキャンパスで反戦運動を繰り広げる中、1970年のカンボジア侵略に抗議するデモは最大の悲劇を招きました。この悲劇について本書は「オハイオ州のケント州立大学では国家警備隊が4人の学生を射殺し、ミシシッピ州のジャクソン州立カレッジのキャンパスでは州警察が2人の学生を殺害した」と述べ、「この7カ月後、連邦議会は、米国がベトナムに事実上の宣戦布告をした1964年のトンキン湾決議を破棄した。1973年1月27日、米国、北ベトナム、南ベトナム、ベトコン暫定革命政府の4者は、『ベトナムの平和復興』の合意書に署名した。しかし、市民の行動が公共政策を変更に追い込み、大統領を失脚させたように、市民パワーはもう後戻りすることはなかった。『パワー・トゥー・ザ・ピープル』が合言葉となり、同時にこの時代の本質をうまく捉えてもいた」と結んでいます。
1972年のウォーターゲート事件は、日本でも大きく報道されました。それは、当時野党だった民主党本部のあったウォーターゲート・ビル(ワシントンD.C.)に不審者が盗聴器を仕掛けようと侵入したことから始まりました。当初ホワイトハウスは、この侵入事件とは無関係であるとの立場をとっていましたが、次第に盗聴への関与が明らかになり、世論の反発によってアメリカ史上初めて現役大統領が任期中に辞任に追い込まれる事態へと発展していったのです。
パブリック・リレーションズの専門家が政権の側近に一人もいなかったにもかかわらず、民衆の意見を操作するための策略としてパブリック・リレーションズを利用したと非難を浴びることになりました。こうしたプロセスの中でパブリック・リレーションズが、「民衆の意見を操作しようとする悪」と誤解され、ダメージを被る結果となったのです。
このようにパブリック・リレーションズの歴史は必ずしも順風のなかで発展したものではありませんでした。この事件をきっかけに、実務家には自己の活動に対しより高い倫理感が要求されるようになりました。
奇しくもニクソン大統領が退陣に追い込まれた1974年は、日本でも金脈問題で田中角栄首相が引責辞任し、第2次田中内閣が倒れています。
抗議運動と市民パワーの時代から影響を受けたパブリック・リレーションズは、もはや米国内だけにとどまらず、技術革新とグローバル化を背景に私たちの生きる現代へと大きく進化を遂げていきます。
本書第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」の最後尾では、「我々はこの時代に生き、この時代が、本書の全体を通じて述べるパブリック・リレーションズの概念や実務を規定する。その意味では、誰もがパブリック・リレーションズの歴史の一片を書き綴る役割を演じるのである」と結んでいます。
また、本章の冒頭には「パブリック・リレーションズの進化の過程を学習すると、その機能、長所、短所を洞察する力が増す。残念ながら、多くの実務家は自分のミッションであるパブリック・リレーションズの歴史的意義を把握していないため、社会における位置や意義を十分に理解していない。(中略)パブリック・リレーションズの歴史的背景を理解することは、今日の専門的実務に不可欠なことである」と語られています。
パブリック・リレーションズの歴史の一片を書き綴る役割を演じる可能性をもつ皆さんは、8回にわたった「パブリック・リレーションズの歴史的発展」からどのようなことを学ばれたでしょうか。
2009年09月14日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 17
~PRの歴史的発展 その7
こんにちは、井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり1年前の昨年9月20日に発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の7回目です。ここでは「抗議運動と市民パワーの時代(1965-1985)」を前半と後半の2回に分け、その前半をエポック・メイキングな事象を中心に紹介していきます。
■消費者運動の指導者、ラルフ・ネーダー
本書では「抗議運動と市民パワーの時代」における重要なテーマについて、「消費者運動と環境保護、平和、人種差別撤廃、男女差別撤廃だった。調査報道に基づく新たなタイプの不正摘発ジャーナリズムと強力な権利擁護団体が、社会変化や新たな社会的セーフティネット、ビジネス・産業界に対する政府の規制強化を強く要求した。」と記しています。
そして、「市民デモや偉大なる社会(Great Society)を目指す立法措置、さらに誠実なる交渉を通じて、権力が再分配され、組織体はパブリックの関心事や価値にもっと対応するようになった」とし、環境保護と市民権の確保のための運動がこの時代では最重要であったことが記されています。
こうした中、弁護士で社会運動家のラルフ・ネーダーが登場します。本書では、「GMも社会からの抗議と監視のターゲットとなり、その結果、企業による説明責任の重要性に道を開くこととなった」と記され、ネーダーが『どんなスピードでも自動車は危険:アメリカの自動車に仕組まれた危険(Unsafe at Any Speed:The Designed-In Dangers of the American Automobile)』(1965年)を出版し、消費者運動の旗手として活躍したことを記述しています。
また「ネーダーは、シボレー・コルベアのサスペンション装置は自動車の転覆を招くと告発した。GMの法務部は、ネーダーの私生活を調査するという対応に出た。その結果として、GMの社長は上院小委員会に出席し、ネーダーに対し、脅迫的手段をとったことを謝罪した」と、大企業のエゴむき出しの行為を記述。本書はさらに、「ネーダーのプライバシー侵害の訴えを法廷外で解決し、コルベアのサスペンションを変更することに合意した。1966年、すべての自動車に安全標準を規定する、全国交通自動車安全法(National Traffic and Motor Vehicle Safety Act)が制定された」と巨大自動車メーカーを相手に戦った彼の功績を伝えています。
本書によると、ネーダーは和解金と本の印税で若手弁護士や調査員をスタッフとして雇い入れ、企業責任に関するプロジェクトを立ち上げます。彼は芽生えて間もない消費者運動で、「消費者を守る運動家」として一躍メディアの寵児となります。
そして、「『ネーダーの奇襲隊員たち』がその後40年に渡って企業の説明責任に圧力をかけ続けたため、企業の秘密主義と傲慢な態度は、多大な後退を余儀なくされた。」と企業の果たすべき説明責任を追及。さらに本書は「彼らの戦術の一つは、企業の株主に対し、議決権をネーダーに委任するよう依頼することで、これによりネーダーは株主総会で企業の方針と取締役の選任ついて異議をとなえることができた」と記しています。
■世界約140ヵ国に拡大した「アースデー」
ラルフ・ネーダーの登場に先立つ1962年、レイチェル・カーソンは環境保護運動の始まりといわれる自著『沈黙の春』(Silent Spring:1962年)を発刊。これに対し時の大統領「ジョン・F・ケネディ大統領は、科学顧問委員会に対し、同書(『沈黙の春』)が詳細に告発した実態を調査するよう指示した。」と本書に記しています。
さらに同書が、殺虫剤としてのDDTの穀物散布の危険性とDDTが全体の食物連鎖を汚染させていると主張していることに対し、「大手の殺虫剤メーカーは、DDTがなければ、暗黒の時代が復活し、害虫や病害を防除できなくなると脅迫して対抗した。しかし、それまでのパブリックの無関心は、殺虫剤業界の取り締まりと環境保護を求めるパブリックの要求へと大きく変化した」と本書では市民意識の覚醒を伝えています。
また本書では、米国の環境問題に対する議員たちの反応は素早く、かつ長期的な取り組みが見られたとして「議会は1963年に大気汚染防止法、1969年に国家環境政策法(環境保護を国家の政策とする)、1970年には水質改善法をそれぞれ制定した。1970年4月には初めての『アースデー』が催され、同年10月に環境保護庁(EPA)が新設された。カーソンは、米国の実業界に戦いを挑んで勝利し、抗議と変化の時代の基礎を築いた」と記されています。ちなみに日本の環境庁(元環境省の前身)は1971年7月発足。
「アースデー」は、ウィスコンシン州選出のG・ネルソン上院議員が1970年4月22日を制定。当時全米学生自治会長であったデニス・ヘイズがこの概念を具現化する行動をアメリカ全土に呼びかけ環境問題についての討論集会が開催されるなどしました。これが契機となり、市民レベルの大きな草の根活動に発展し、現在では世界約140ヵ国で約2億人の人たちが参加するほどの広がりをみせています。
日本においても、1990年からこの日にコンサートや野外フェスティバルなどのイベントが開催されるようになりました。日本武道館で毎年開催されている「コスモアースコンシャスアクト・アースデー・コンサート」はよく知られています。
「抗議運動と市民パワーの時代」の前半におけるパブリック・リレーションズの重要なテーマとして、ラルフ・ネーダーの登場による「消費者運動」の高まりと、「アースデー」に代表される「環境保護」について紹介しました。これらのテーマは、現在においてもパブリック・リレーションズ(PR)の大きな課題となっています。
さて次回は、PRの歴史的発展の「抗議運動と市民パワーの時代」の後半についてお話します。
2009年09月07日
「第16回北京国際ブックフェア」開催
~拙著の中国語版の出版が実現

こんにちは。井之上喬です。
もう9月、皆さんお元気でお過ごしですか?
先日北京で開催中の「第16回北京国際ブックフェア」(写真:9月3日~9月7日)へ行ってきました。訪問の目的は、フェア会場で拙著『パブリック・リレーションズ』(日本評論社)の中国語版の出版調印式に出席するためです。
5日間にわたる同フェアは中国全土からはもちろん、多くの出版業界関係者が世界中から集まって催される中国最大の書籍出版のイベントです。主催は政府機関の国家新聞出版総署。9月3日には中国作品を日本へ紹介する学習研究社が、9月4日には拙著を中国へ紹介する二つの調印式典が行なわれました。
■出版事業で初の日中文化の相互交流
このフェアはすべてにおいてスケールアウトしています。主催者発表では、予想来場者20万人以上、展示面積43000㎡、国内展示参加企業約520社、海外参加展示数800、展示総ブース2146、展示図書16万点。
フェア二日目に開催された拙著の調印式典には、中国政府からは国家版権局の司長でもある中国版権保護センターの段桂鋻(だん けいかん)主任(写真左端)、そして東方出版社の黄書元社長(写真左から2番目:人民出版社社長でもある)またゴールデンブリッジ(GB)からは森田栄光社長(筆者の右)が出席しました。GB社は昨年設立された中国政府と日本企業の合弁企業。そのGB社と中国国家版権局の直属事業機構の中国版権保護センターが出版事業で日中の相互交流を実現させたのです。

人民出版社は3つの国営出版社(他は民族出版社、盲文出版社)のなかのフラッグシップ会社で、毛沢東、周恩来、鄧小平、江沢民など、歴代中国の指導者の思想書をはじめ、政府の法律関係書などを発行する出版社として知られています。一方東方出版社は、人民出版グループの中で主として外国作品を扱う事業部門。
これまで中国では、米国のパブリック・リレーションズ関係の書籍は出版されていますが、この分野での日本の出版物が中国語で紹介されるのは初めてのことのようで、日本コンテンツの中国への輸出ということになります。
これに対し、中国コンテンツの日本への輸入については、日本の学研が中国オリジナル漫画「三国演義」(安徽美術出版)を来年度の小中学校の図書館用書籍として翻訳出版します。ちなみに、中国のオリジナル漫画が日本の学校用図書として採用されるのは初めてのこと。
■真の民主化を願って
今回中国で出版される本では、私の40年にわたるPRの実践的体験を通して、新たなパブリック・リレーションズにおける「モデル」を提唱しています。それが、「倫理」「双方向」「自己修正」の3原則を有する「自己修正モデル(Self-correction Model)」。
日本をはじめとする世界の国々は、さまざまなグローバルな問題に取り囲まれています。この本で紹介されている自己修正モデルは、いままで追い求めた物質的豊かさをベースにした経済至上主義が破綻をきたし、新しい概念に基づいたパブリック・リレーションズが模索される中で提示される21世紀のパブリック・リレーションズの新しいモデルとして、筆者が位置付づけているものです。
中国は建国以来さまざまな困難に直面し、それらを乗り越えてきました。いまや世界の経済成長のエンジンの一つになろうとしている中国ですが、成長を遂げながら56の異なった民族を抱合することは至難の業。パブリック・リレーションズは健全な民主主義社会の中でこそ生きていける手法です。そうした意味で、中国へのパブリック・リレーションズの移入の成否は同国の将来を占う上で重要なバロメーターになると考えています。
今年11月の上梓が予定されているこの中国語版は、PRの分野で40年の経験を重ねてきた私の、非英語圏の日本を含むアジア地域の文化的背景を踏まえた、従来の「広報」や「宣伝」の枠を超えた「パブリック・リレーションズ(PR)」の重要性を説いた入門書となっています。中国での書籍名は「戦略公関」。年内の上梓で、初回発行部数は5,000部を予定し、中国の人たちにも理解しやすいように構成されています。
私の本の中国での出版は、長年の夢でもありました。旧満州国・大連市で生まれた私は、いつの日にか中国と日本の相互交流を通してその架け橋になりたいと考えていました。今回の出版が、中国と日本の新しい「絆(Kizuna)づくり」の出発点となるよう、心から願っています。
2009年08月17日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 16
~PRの歴史的発展 その6
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の6回目として第二次世界大戦期後の急成長期(1946-1964)におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。
■PRの急成長期を象徴する6つの事項
第二次世界大戦は、戦争を遂行するための軍需生産や民間からの支援を喚起するためのコミュニケーションの新しい技術やチャンネルなどパブリック・リレーションズ業界に多くの新たな機会をもたらせました。戦争はまた、7万5000人の実務家を育成したと本書で述べられています。戦後の米国は、戦時から平和時の経済へ、また工業社会からサービス産業中心の脱工業社会への転換と大きく変容を遂げはじめたのです。
本書では1946年-64年のパブリック・リレーションズの急成長期を象徴する出来事として次の6つの事項をあげています。
1.産業界や各種機関、社会的団体、政府部門、事業者団体におけるPRプログラム数が確実な成長を遂げた。既存のプログラムはさらに充実し、パブリシティの範囲を超えるようになった。
2.特にニューヨークをはじめワシントン、シカゴ、ロサンゼルスなどのコミュニケーション中心地で、独立系コンサルティング会社の数が安定化した。
3.実務とその理念、問題、技法などを扱う書籍や記事、定期刊行物の数が飛躍的に増加した。
4.実務家のための新しい組織体が誕生し、既存のPR協会の再編成や合併も行われた。これらの組織の多くはさらに成長し現在に至っている。
5.実務家の養成コースとして特に設計された大学の科目やプログラムの数が増大した。パブリック・リレーションズの学術面での養成により、就職市場で若い卒業生の大量採用を促した。
6.実務と基準の国際化が1955年の国際パブリック・リレーションズ協会(IPRA)の設立につながった。
前述したように米国が平和時の経済へ、またサービス産業中心の脱工業社会へ移行する中で、パブリック・リレーションズは米国のビジネスや産業界に大きな需要を生み出していった様子が上記6つの事項によく表れています。
また本書では、「全国の公立学校や大学でも、戦後のベビーブームと第二次世界大戦から帰還した膨大な数の軍人が大学に殺到したため、新たに大きな需要がもたらされた。(学校)経営者らはパブリック・リレーションズのコンサルティングの必要性を認識した。各学校区は、追加の学校を建設するため、次々と債券の発行を推進しなければならず、全国の高等教育機関も、高等教育と研究の拡大需要を満たすため、教員増と建物の増設を目指して資金の奪い合いを繰り広げる必要があった。」と記しています。
■米国PR協会で演説した初の外国人実務家
本書では珍しく戦後ヨーロッパにおけるパブリック・リレーションズの動向を「ティム・トラバース・ヒーリイ。欧州では、一部の人が『欧州のエドワード・バーネイズ』と呼ぶリーダーが現れた。彼は第二次世界大戦の英国の将校で、1947年にパブリック・リレーションズ会社、トラバース・ヒーリイ・リミテッド社を設立した。」と伝えています。
また、本書では、ヒーリイの輝かしい実績のいくつかについて「彼は主要な国際企業とコンサルティング契約を結び、世界中で講演を行い、英国PR研究所と前述のIPRA(国際PR協会)の2つの団体を共同で創立した。彼は英国の最高栄誉賞の中の2つ、英国王立人文科学協会フェローと大英勲章第四位(OBE)を授与された。後者は、爵位に次いで第2位(一位と二位はナイトの爵位)であり、英国女王陛下からパブリック・リレーションズの専門的サービスに対して授与された。」
また「彼は、米国PR協会の会議で演説した米国人以外の初の実務家であり(1957年、フィラデルフィア)、アーサー・W・ペイジ・ソサエティの殿堂に入った唯一の外国人である。ヒーリイの実務家としての長いキャリアの中では、エアバス、GM、ロッキード、ヒルトンホテル、ナショナル・ウェストミンスター銀行、AT&T、ジョンソン&ジョンソンなども、クライアントとして担当した。」と紹介しています。
私は、国際PR協会の本部理事・役員をしていた時、特にセミナーや世界大会などで、ヒーリイとよく雑談したことがあります。とてもエネルギッシュな人で、白ひげを顎にたくわえた、ユーモアのある、音楽が大好きな好々爺。メンバーの多くから「ティム」と呼ばれ親しまれていました。
つい先日、私たちは64回目の終戦記念日を迎えました。日本のパブリック・リレーションズ(PR)の歴史は浅く、その起源は、1945年の敗戦による連合国総司令部(GHQ)の日本民主化政策の一環として導入されました。パブリック・リレーションズの登場から半世紀。米国でパブリック・リレーションズの花が大きく開花したこの時期に、日本へその種子がもたらされたのです。
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<お知らせ>
『「説明責任」とは何か』(PHP研究所、税込735円)
好評発売中!
いまや日本中で連日連夜、謝罪が繰り広げられている。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見。「説明責任は果たせたと思う」と大臣をかばう総理のコメント。
だが国民はけっして納得していない。いまなぜ、どのように《説明責任》を果たすことが求められているのか? パブリック・リレーションズ(PR)の第一人者が、「倫理」「双方向」「自己修正」の三つの原則から、日本における《説明責任》の実態を解説し、問題点を指摘する。情報開示に不可欠なリスク管理にポイントをおいた待望の書き下ろし。
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2009年08月03日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 15
~PRの歴史的発展 その5
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ(PR)。今週は、昨秋発売された『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。
今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の5回目として、ルーズベルト時代と第二次世界大戦期(1930-1945)におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。1929年、アメリカに端を発した世界大恐慌により長期化する経済不況。こうした中で1933年発表されたフランクリン・D・ルーズベルト大統領のニューディール政策は経済復興に寄与したばかりでなく、多くの分野でパブリック・リレーションズの実務の発展を生みました。今回はこうした側面を中心にお話していきます。
■PRの発展を促がした大恐慌時代
本書は、この時期(1930-1945)に多くの分野でパブリック・リレーションズが活用されていく様子を次のように述べています。「大恐慌とニューディール政策に伴って生じる様々な出来事に対し、あらゆる組織体は、パブリックに情報を知らせて支持を得る必要性を痛感した。ニューディール政策を実施する当局者たちも、革新的な改革を容易にするためには、パブリックからの支持が不可欠だということにやがて気づき、政府のパブリック・リレーションズはルーズベルト大統領の下で最大限に拡大した。」
この勢いは政府だけでなく「学校経営者たちも、パブリックが情報を知らされないことの危険性を思い知ることとなった。また、大恐慌により社会福祉の需要が高まり関連機関が著しく拡大し、こうした組織体の運営者たちも、パブリックのより良い理解が不可欠なことを実感した。軍部の指導者も、ナチやファシストの軍事力強化に懸念を強め、より強力な軍隊を持つことに支持を得る努力を始めた。財政難に悩む大学も、寄付を集めるため、ますますパブリック・リレーションズに頼るようになった」という。
また、ビジネス界のリーダーたちも大企業には批判的なルーズベルトの厳しい指弾と法律改正に対抗するため、パブリック・リレーションズの専門家を活用するようになったといいます。それは、一時的で防衛的な取り組みではなく、新たにパブリック・リレーションズ部門を創設して積極的で継続的な活動へと拡大していきます。
この時期、GM,イーストマン・コダック、フォード、USスチールなどがつぎつぎとPR部門を設置しています。
このように大恐慌とニューディール政策の社会的、経済的な大変動は、PRの発展に大きな刺激を与えたのです。
■世論の科学的評価法が登場
本書では、この時期には世論をより正確かつ科学的に測定して評価するツールも導入されはじめたと伝えています。それは、1930年代半ばにはじまったローパーとギャラップの世論調査で、1936年の大統領選挙で幅広い信頼を得たことが普及に拍車をかけることになりました。先進的なパブリック・リレーションズの実務家は、この新しいツールを経営陣への助言やプログラムを提案する際に利用したといいます。世論調査は、新たなサンプリング手法を取り入れ、さらに信頼性と有用性を向上させていきます。ギャロップ社は今では世界的に著名なリサーチ会社へと成長。
1934年、フィラデルフィアで米国初のマイノリティー経営者ジョセフ・B・ベイカー(アフリカ系アメリカ人)によりPR会社が設立されたと本書に記されています。クライアント・リストには、クライスラー、ジレット、プロクター&ギャンブル、NBC、RCA、スコット製紙会社など一流の企業が名を連ねていました。
またこの時期には、政治キャンペーンの先駆的な専門家も輩出しています。1933年、クレム・ウイトカーとレオン・バクスター夫妻は、住民投票や小政党組織にフォーカスした政治キャンペーンを専門とする初のエージェンシーをサンフランシスコに設立しています。『タイム』誌は彼らの活動を「政治分野のパブリック・リレーションズにおける認知された原型」と呼び紹介しています。
第二次世界大戦の勃発は、さらに激しい環境の変化をもたらしました。本書では、陸軍省の「パブリック・リレーションズ局」のスタッフが3人から3000人(役人と民間人の合計)に膨れ上がり、同時に海軍省や空軍司令部も優秀なPR専門家の確保に乗り出したと記されています。彼らの仕事の大半は、パブリシティや検閲、戦争特派員に対する支援などで、こうしたプロセスを経て多くの人材がPR実務を身に付け、戦後にブームとなるパブリック・リレーションズの基盤を築くことになります。
1942年に真珠湾攻撃を受けた後、ルーズベルトは特別令を発布して諸外国の米国に対する歪曲した見方を修正していくためthe Office of War Information(OWI)を設置したことも特筆すべきことです。なぜならば、終戦後GHQにより日本に紹介された一連の民主化プログラムは、こうした米国での経験を取り入れたパブリック・リレーションズであったと考えられるからです。
このように米国のパブリック・リレーションズの発展は、数々の困難に直面するたびに成長を繰り返してきたといえます。政治や経済がこれまでにない苦境にある中で、日本のパブリック・リレーションズ(PR)は、今後大きく飛躍することが期待されています。
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<お知らせ>
『「説明責任」とは何か』(PHP研究所、税込735円)
好評発売中!
いまや日本中で連日連夜、謝罪が繰り広げられている。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見。「説明責任は果たせたと思う」と大臣をかばう総理のコメント。
だが国民はけっして納得していない。いまなぜ、どのように《説明責任》を果たすことが求められているのか? パブリック・リレーションズ(PR)の第一人者が、「倫理」「双方向」「自己修正」の三つの原則から、日本における《説明責任》の実態を解説し、問題点を指摘する。情報開示に不可欠なリスク管理にポイントをおいた待望の書き下ろし。
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2009年07月13日
『「説明責任」とは何か』発売開始
~7月15日から全国の書店で

こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
先月(6月22日号)このブログでもご紹介した新書が、いよいよ今週お目見えすることになりました。本のタイトルは、『「説明責任」とは何か』(PHP研究所)。15日から全国の書店で発売されます。今日はそのことについて少し触れてみたいと思います。
■巷を駆け巡る「説明責任」
前のブログでも書いたように、このところ「説明責任」という言葉が巷を駆け巡っています。TVや新聞、雑誌などでこの言葉に触れない日がないぐらいです。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見や国会質問。その多くの場合、説明責任を負う側にも、求める側にも、説明責任が何であるのかその意味を十分理解しているとは思えないような言動が見受けられます。
日本の借金は1000兆円超。国民一人当たり1000万円は時間の問題とされる借金王国です。100年に一度といわれる経済危機や深刻な環境問題、核の脅威など解決しなければならない問題が山積している中で、説明責任を追及する側と対応に四苦八苦のされる側との攻防だけのために貴重なリソースを使っていいはずはありません。
これらの光景をみるのは辛いことです。日本が多くの困難な問題に立ち向かっていくためにも不要な障害を取り除く必要があります。限られたリソースを有効に使うためにも、説明責任が何であるかを理解し、前向きな問題に一日も早く取り組んでもらわなければならないと思うのです。本書の出版はそんな思いで実現しました。
■説明責任を見える形に
本書では、説明責任の定義やそのプロセスを紹介し、説明責任の本質に迫っています。本書は8章で構成。冒頭では、日本で説明責任が求められているさまざまな事象を取り上げ、それらの要因がどこにあるのかを社会システムや文化的違いを例示しながら書き記しています。
また、日本における説明責任の実態や説明責任が危機管理とも密接にかかわっていること。さらに説明責任がパブリック・リレーションズに欠かせない要件の一つで、パブリック・リレーションズを実践する上では説明責任が確立されていなければならないことなども記しています。そして、説明責任の果たすための方法論として、「説明責任の基本プロセス」を分かりやすく図式化しています。
説明責任が果たされる環境は、パブリック・リレーションズ(PR)がしっかり組み込まれている環境。読者にはこのことがわかってくるはずです。これにより、無駄なエネルギーを費やすことなく、日本再建のための前向きで思い切った活動が可能となることがわかるはずです。
日本で繰り返されるさまざまな問題。説明責任を追及していくとそこにはパブリック・リレーションズが見えてきます。皆さん、ぜひ手にとってご一読くだされば幸いです。
2009年07月06日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 14
~PRの歴史的発展 その4
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の4回目として、第一次世界大戦期とパブリック・リレーションズが急成長を遂げた1920年代におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。この時期は優れた人材を輩出し、それまでの防衛的なパブリック・リレーションズから戦略的な手法が開発された時期でもあります。
■多くの人材を輩出した「クリール委員会」
「パブリック・リレーションズの当時の実務は、最初は防衛手段として誕生したが、第一次世界大戦がそれに大きな攻撃力を与えた。」と同書で記されているように、一次大戦を迎えてパブリック・リレーションズの実務には戦費調達のための活動が中心となり、強力な説得型プロパガンダ的手法が用いられるようになりました。
世論の重要性を知り尽くしていたウッドロー・ウィルソン大統領は、コミッティ・オン・パブリック・インフォメーション(Committee on Public Information:CPI)、いわゆる「クリール委員会」を設置。このCPI設置は、戦争行動を支持する世論形成とウィルソンの平和目的を支持する世論結集の任務を負ったもので、この時期を象徴する出来事でした。
本書では、ウィルソン大統領が委員長に任命したジョージ・クリールについて「クリールとCPIは、世論を結集する上で、かつてないほど強いパブリシティの力を実証した。例えば、全国に素早く届く国営ラジオやテレビがなかったため、国内のおよそ3000郡をカバーする7万5000人の市民団体指導者から成るネットワーク“Four Minute men”を創設。
これらのボランティアは、ワシントンから電報で通知を受けると、学校や教会、他の集会所へ情報を伝えるため、四方八方へと走った。戦争終結時までに、およそ80万通の4分間メッセージが配達された」と当時の人的走力に頼った情報ネットワークについて紹介しています。
またクリールは、優秀で才能あるジャーナリストや学者、プレス・エージェント、編集者、アーティスト、世論に影響を与えるオピニオン・リーダーなど驚くほどの人材を集めたといいます。こうした人材が合衆国政府のPRカウンセラーとなり、戦時体制の原動力になった考えを米国の内外に伝える役割を果たしたのです。
■20年代の急成長を支えた巨星たち
本書は、「PRの専門職は、戦時下の発達に勢いを得て瞬く間に広がった。政府やビジネス、教育、教会、社会福祉事業の分野に登場し、大戦の余波の中で急速に成長した労働運動や社会運動にも登場した。1920年に、酒類販売反対同盟が全国的な禁止令を勝ち取って勝利を収め、婦人参政権運動でも成功を収めたことが、パブリック・リレーションズの新たな力を発見する新鮮な証拠となった」と急成長期の時代背景を紹介しています。
この時期には前述したクリール委員会の活動を通じて多くのPR実務家が輩出され、戦後20年代のパブリック・リレーションズの黄金期を築く底力になりました。
PRを体系化した先駆者で雑誌『ライフ』から「20世紀の最も重要な100人のアメリカ人」にも選出されたエドワード・バーネイズと情熱的な戦略家のカール・バイアーについては、このブログの「パブリック・リレーションズの巨星たち」の(2)と(3)で紹介していますのでそちらを参照してください。
バーネイズとバイアーに続く3人目はジョン・ヒル。本書は「米国内経済が活況を呈し、メディアが急速に成長したにも関わらず、1926年にマンハッタンの電話帳に記載されていたPR会社は6社だけだった。クリーブランドのジャーナリスト、ジョン・ヒルは1933年、ドン・ノウルトンとパートナーシップを組み、その後すぐにニューヨークへ移動してヒルアンドノウルトン(H&K)を設立した」と、世界有数のPR会社であるH&Kの誕生を伝えています。
4人目はアーサー・ペイジ。このブログでも紹介したことがありますが、今日のパブリック・リレーションズの実務を形成した先駆者の中では、彼が頂点に立つといわれています。ペイジは雑誌や定期刊行物のライター兼編集者を務めた後、AT&T社の副社長に就任。そして数々発表したニュース・リリースのうち、もっとも著名で私たちとも関係のあるものは、1945年8月6日に公表された「広島への原爆投下」でした。これは、ハリー・S・トルーマン大統領の依頼により作成されました。
本書では、この時期にパブリック・リレーションズという新しい職業分野で活躍する2人の女性を紹介しています。一人は1922年にバーネイズと結婚したフライシュマンで「エドワード・L・バーネイズ、パブリック・リレーションズ・カウンセル」事務所を立ち上げています。フライシュマンは初期の男女同権論者であり、結婚後も旧姓のまま通した最初の女性。社会的に別姓が認められるずっと前のことです。
もう一人の女性はアリス・L・ビーマン。主に教育分野で活躍し、その後、ビーマンは1974年設立の全米教育振興支援評議会(Council for the Advancement and Support of Education:CASE)の初代委員長に就任します。
このようにパブリック・リレーションズの実務は、戦時の教訓とアメリカの変革を推進力にして、1929年の株式市場大暴落まで急速な発展を遂げます。次回は5回目としてルーズベルト時代と第二次世界大戦期を紹介します。
2009年06月29日
マニュフェストの都議選迫る
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
7月3日告知の東京都都議会選挙が目前に迫っています。
先日早稲田大学小野記念講堂で「東京都都政フォーラム:6兆円の使いみち」として、東京都議会会派代表による公開討論会が開催されました。東京都政のこれまでの4年間とこれからの4年間について、また6兆円の巨大な予算を各党がどのように使おうとしているのかについて、熱いディベートが繰り広げられました。
参加政党は、自由民主党、民主党、公明党、共産党そして地域に根差す生活者ネットワークで、それぞれ代表者を送り込み5名がパネリストとして出席。コーディネーターは主催者でもある早稲田大学院公共経営研究科教授&同大学マニュフェスト研究所所長の北川正恭さん。
■ほとんど知られていない活動と成果
1290万人の人口を抱える東京都の年間予算は6兆円を超えています。この巨大な金額は、アルゼンチン、ニュージランド、台湾などの政府年間予算を上回る数字です。その割には、東京都の活動やその実績について詳しく知っている都民は少ないのではないでしょうか?
世界経済の混乱で、政治への関心が高まっているものの、実際自分が生活している自治体がどのような政策を掲げ、実現させてきたのかその活動が市民に十分に伝えられていない感があります。
討論会やシンポジウムなどに参加したり、積極的な情報入手努力を行わない限り、自治体の活動内容は不明瞭で理解できる環境は十分とは言えません。従来型のお知らせではなく、ITを駆使しインターネットを活用した行政の仕組みを考える必要があります。
日本の遅れは多分に、政治献金のシステムと関係がありそうです。米国のオバマ大統領候補(当時)が、選挙キャンペーン中にインターネットを活用し、多くの草の根献金者を巻き込み選挙戦を有利に展開したことは周知の事実です。個人が献金活動を通して、政治家(候補者)の掲げる政策やその結果に身近になるのは自然のことといえます。
■本格的マニュフェスト選挙
7月の都議選に向けて各党がマニュフェストを掲げ選挙戦に臨むことが期待されています。マニュフェスト選挙の実現は北川さんのライフワーク。前述の討論会には各党が準備した政権公約が資料に添付されていました。ある政党がマニュフェストを大上段に掲げ真っ向勝負しているところもあれば、ある党は従来型の公約を掲げているところもあります。
公約の掲げ方も、仔細にわたったものから、大枠で示しているものまでそれぞれ個性的です。しかし、しっかりしたマニュフェストを持つ政党・候補者は、投票する有権者にとっては、信頼が高まり有利な選挙戦が展開される印象を持ちました。
ちなみに「ザ・選挙」には、今回の都議選の立候補者の一覧が写真付きで掲載されています。面白いことに、会場で配られていた主要政党の公約資料の中で、自民党だけがマニュフェストを掲げていないことが気になりました。本年5月の本ブログでも紹介した北川教授のコメントに中に、最近の傾向として、選挙で有権者が投票を決める場合、候補者のマニュフェストをチェックすることが一番に挙げられているとされているからです。
都議会選挙とは別に、自民、民主天下分け目の衆議院議員選挙が控えています。今の自民党には時代の流れを読み、自らを変革(修正)する力がなくなったのでしょうか。
このような選挙活動にも、双方向性で多様な視点をもち、しっかりした調査に基づき、必要とあれば自己修正することのできるパブリック・リレーションズ(PR)が求められています。
2009年06月22日
新刊本を発行します
~「説明責任」についての本
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか。
最近企業の不祥事や政界で問題が起きるときまって耳にする言葉があります。「説明責任」です。この言葉が出てくるときは必ず何らかの問題が生じているときです。しかし、日本中を駆けめぐるこの説明責任という言葉は、よく耳にしてもその本当の意味を理解している人は多くないように思えます。
説明責任(アカウンタビリティ)はもともと公共機関での会計学で使われていた用語ですが、いまや民間企業や教育現場にも拡大しています。このたび、この説明責任をテーマにした本をPHP研究所から新書として上梓することになりました。発売は7月中旬の予定。今日はそのエッセンスをご紹介したいと思います。
■書くにいたった理由
いま世の中は混乱状態です。特にサブプライム問題の後遺症は重く、経済、政治、社会などのさまざまな分野でひずみが露呈し、多方面で難問が噴出している感さえあります。
このようなときに、起こっている問題に対する国民や納税者の疑問の声は高まり、その原因究明について説明責任を果たすことを要求する声も高まるばかりです。特に混とんとする日本の政治に対し国民は、いまの状態が一人ひとりの生活に深く影響を与えかねないことを憂慮し、看過できない状況を明確に認識しはじめたといえます。
小沢一郎公設秘書問題における小沢前代表側と検察双方の説明責任。また、先日の鳩山総務大臣辞任の際にみられた、大臣自身の説明責任や大臣任命権者である麻生首相の説明責任。これらは、説明責任とは何なのか?一国のリーダーが果たすべき説明責任とはどうあるべきなのかを深く考えるきっかけを与えています。そんな疑問に答えるべくこの本を出版することにしました。
■日本に説明責任が必要なワケ
この本では、日本の社会でなぜ説明責任を果たすことが求められているのか?繰り返されるさまざまな問題を通して、責任ある責任のとり方や説明責任の実態を紹介し、パブリック・リレーションズ(PR)の視点から説明責任を見つめています。
私はこれまで、危機管理では数百人規模の犠牲者を出した不幸な事故・事件から食品の賞味期限切れまでさまざまな企業不祥事を扱ってきました。多くの場合、危機管理に対する備えの欠如を強く感じています。クライシス発生時においては、いかに「説明責任」を果たしていくかがダメージの増減に大きな影響及ぼします。こうした面についても、いくつかの事例をとおして解説しています。
そして、どのようなときに説明責任が果たされるべきなのか、また、「倫理」「双方向」「自己修正」の3つの原則を持つパブリック・リレーションズと説明責任の関係についても記し、説明責任の本質に迫っています。
これまでこのブログでも、絆について書いてきましたが、説明責任が果たされている環境と「絆(きずな)」の関係性についても触れています。
さて、どのような本が皆さんにお届けできるのか、ご期待ください。
2009年06月01日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 13
~PRの歴史的発展 その3
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。その登場から現代に至る発展史について本書では大きく7つの期間に分けて解説しています。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」の3回目として米国におけるパブリック・リレーションズの苗床期(1900~1916)におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。
私がこのブログを書きはじめた最初の頃(2005年8月)、「PRの父」と呼ばれている米国の実務家アイビー・リー(1877~1934)の紹介を中心に、その背景となった米国の苗床期に言及したことがあります。この時期にはパブリック・リレーションズ(PR)会社の前身となる「パブリシティ会社」が次々と産声を挙げ、私たちと同じ実務家である多くの先駆者たちが登場しています。
■米国における苗床期(1900~1916)
本書では、この時期について「不正摘発を目指すジャーナリズムに対して防衛的なパブリシティで抵抗した時代。さらに、パブリック・リレーションズのスキルを利用してセオドア・ ルーズベルトとウッドロー・ ウィルソンが広範な政治改革を促進した時代」としています。
米国初のパブリシティ会社は米国東海岸のボストンで「パブリシティ・ビューロー社」(ジョージ・ミカレス社長)。1900年の半ばに「できるだけ多くのクライアントに、商取引において許される限り高い料金で、全般的なプレスエージェント業を提供するため」にボストンで設立されたと本書に記されています。そして2番目の設立は、1902年にワシントンD.C.でウイリアム・スミスによる「スミス&ウォルマー社」。ニューヨークで初めて設立された会社は、アイビー・リーとジョージ・パーカーによる「パーカー&リー社」で3番目のパブリシティ会社です。
4番目の会社は1908年、西海岸のサンフランシスコで設立された「ハミルトン・ライト・オーガニゼーション社」。5番目は、「ペンドルトン・ダッドレイ・アンド・アソシエイツ社」で、ペンドルトン・ダッドレイが友人のアイビー・リーの助言を受けて、1909年にニューヨークのウォールストリート地区で設立されました。
■PRの先駆者たちの登場
この苗床期においては多くの偉大な先駆者が登場しますが、紙面の関係もありここでは3人の紹介にとどめます。
先ずはアイビー・リー。本書では次のように彼の功績を称えています。「今日のパブリック・リレーションズの実務の土台作りに大きく貢献した。彼は少なくとも1919年までは『パブリック・リレーションズ』という用語を使用しなかったが、現在にも引き継がれている多くの技法と原則を生み出した。(中略)業界の最も説得力を持った代表者の一人として、リーが行った実務と講演活動によって、パブリック・リレーションズは新たな専門職になった。」
2人目は、レックス・F・ハーロウで、本書では彼を次のように紹介しています。「ハーロウのキャリアは、パブリック・リレーションズという業務が、誕生間もない、不確実な使命感を帯びていた時期から、1980年代の成熟期へと進化していく過程と重なっており、今日の実務の形成に貢献した。1939年にスタンフォード大学で教鞭をとっているときに、パブリック・リレーションズ科目を教え始め、米国パブリック・リレーションズ評議会(ACPR)を創設した。1945年、彼は月刊誌『パブリック・リレーションズ・ジャーナル』を創刊し、パブリック・リレーションズ・ソサエティ・オブ・アメリカによって1995年まで刊行された。ハーロウは1993年4月16日、100歳でこの世を去った。」
3人目はセオドア・N・ベイル。米国電話電信会社(AT&Tの前身)は、パブリック・リレーションズと電話通信の先駆的企業だったといわれています。同社は、前述の米国初のパブリシティ会社「パブリシティ・ビューロー社」の最初のクライアントの一つでもありました。本書でベイルがディレクターとして1902年に同社に復職後、パブリック・リレーションズに対する方針が打ちだされますが、1907年にベイルが社長に就任して、より明確となったと記しています。またベイルは、ジェームズ・D・エルスワースを雇用し、パブリシティと広告プログラムを展開します。そうした中で、次のような「1912年のAT&Tにおけるパブリック・リレーションズ局の(設置)提案」が生まれました。
「AT&Tにパブリック・リレーションズ局を設置し、電話会社とパブリックとの関係をめぐる全情報を集約して利用できるようにすれば、会社内の各部門や運営会社で、現在個別に行っている仕事の多くを統合することができる。(中略)また、世論のトレンドや法律の流れに注意を向けることができ、これらを研究すれば、そのときどきの市民感情の大局的意向を要約した形式にして、経営幹部に注意を向けさせることができる。」
そして、「また、電話会社は法律の新たな段階に対応することができ、多くの場合、トラブルの原因となっていた状態を修正して法律の機先を制することもできる。このような疑問に関する資料を収集、分析、配布する中心的組織を設置することにより、その分野の仕事に実際に従事していた人の時間を著しく削減でき、問題の対応についても、範囲を拡大してもっと効率的にできるようになるであろう。」
およそ100年も前の上記提案の中には、既に双方向性コミュニケーションの考え方やイッシュ・マネジメントの概念も抱合されていて、この提案が当時画期的なものであったことが想像できます。米国の先駆者の心意気が伝わってくるようです。皆さんはどのような感想をもたれましたか。
2009年05月11日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 12
~PRの歴史的発展 その2
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章の「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の中から2回目として18世紀のアメリカ合衆国の独立後から企業における最初のパブリック・リレーションズ部門が設置された19世紀末までのエポックメイキングな事象を紹介していきます。
■最初の全米規模の政治キャンペーン
独立を果たしたアメリカ合衆国において、パブリック・リレーションズの次なる大きな目標は、1787年から1788年にかけてアレキサンダー・ハミルトンやジェームズ・マディソン、ジョン・ジェイが新聞に投稿した85通の書簡集、The Federalist Papers の発行でした。
これらの書簡は、憲法を批准するよう力説するものであり、ある歴史学者は新しい国の「最初の全国規模の政治キャンペーン」と呼んでいます。
本書では、「Federalist の執筆者らは、憲法に反対する流れをかわして支持を得るなど、歴史に残る最高のパブリック・リレーションズの仕事を成し遂げた」とその功績を称賛しています。また、歴史学者アラン・ネビンズは、アレキサンダー・ハミルトンの業績を「史上最高のパブリック・リレーションズの仕事」として本書で以下のように述べています。
「憲法に対して国民の容認を得ることは、本来、パブリック・リレーションズの実務であり、ハミルトンはPRの鋭い天性をもって、憲法に対してのみならず、思慮深い人々が黙認せざるをえない状況にも配慮し、他者に自分の意見を伝えた…。いざ憲法が国民の前に示されたとき、ハミルトンが取った迅速な行動は、優れたパブリック・リレーションズの典型例だった。」とし、「世論に意見の空白が生じると、無知で愚かな意見がその空白を埋めることを彼は知っていた。正確な事実と健全な考えを提供するために、時間を無駄にすべきではないのである。」と、現代にそのまま通ずる鋭い洞察を行っています。
もちろんこの時代、パブリック・リレーションズという言葉はまだ使用されていませんでしたが、本書はパブリック・リレーションズの発達過程について、「政治改革運動に誘発された権力闘争と密接に結びついている。これらの運動は既成の権力グループに反対する強い潮流を反映しており、パブリック・リレーションズの実務の成長に触媒として大いに機能した。」とパブリック・リレーションズの発展に政治運動が深くかかわっていることを示しています。
さらに、「なぜならば、政治・経済的集団の主導権争いは、市民を味方につける必要性を生み出したからである」とし、「パブリック・リレーションズは、市民社会の容認を得て、進歩する技術を迅速に利用する必要性があるときにも成長した」と述べています。
■プレスエージェントリーの誕生
パブリック・リレーションズはプレスエージェントリーから進化したといわれています。およそ1850年頃のことです。
この点について本書では「我々がパブリック・リレーションズと定義するものの多くは、定住民のいない米国西部への植民を促進するため、あるいは政治的英雄を作り上げるために使用されたときには、プレスエージェントリーと呼ばれた」としています。
米国で歴史的進化を遂げるパブリック・リレーションズを4つのモデルに分類した研究家として知られるジェームス・グルーニッグ博士は、「このモデルはパブリック・リレーションズの最初の歴史的特性を示しており、その目的は、いかなる可能性をも持って組織や製品・サービスをパブリサイズ(広告・宣伝)すること。一方向性コミュニケーションで、情報発信する組織体がターゲットとするパブリックへのコントロールを手助けするためのプロパガンダ型手法である。この時期には完全な事実情報が常に発信されていたわけではない」(『パブリック・リレーションズ』2006、日本評論社)とコメントしています。
この時期に登場した歴史上の代表的な実務家は、ショービジネス界で活躍したP.T.バーナム(1810-1891)。本書は、「成功は模倣者を生む。バーナムは道筋をつけ、多くの者が従い、その数は絶えず増加している。1900年以前の20年間に、プレスエージェントリーは、ショービジネスから密接に関係する企業まで広がった」と記しています。
1875年から1900年の間の米国社会は人口が倍増し、大量生産の促進とともに強力な独占企業が興隆し、富と権力の集中が行われ、鉄道と有線通信の全国的拡大は新聞や雑誌などのマスメディアの発達を加速させていきます。こうした背景の中から現代のパブリック・リレーションズは生まれたのです。
1889年にはジョージ・ウェスティングハウスの経営する新たな電気会社に、企業初となるパブリック・リレーションズ部門が設置されました。ウェスティングハウス(WH)社は当時としては画期的な交流式電気を促進するため、1886年に創業しています。この時期、すでにトーマス・A・エジソンは、直流式を使うエジソン・ゼネラル・エレクトリック(EGE)社を立ち上げていました。
本書では、両社による悪名高い「電流の戦い」をフォレスト・マクドナルドの言葉を引用し、「エジソン・ゼネラル・エレクトリック社は、破廉恥な政治行動や評判の良くないプロモーション戦術によって、交流式の発達を阻止しようとした・・・。プロモーション活動は、高圧交流の猛烈さを劇的に示すことを狙った一連の目を見張るものであり、最もセンセーショナルなものは、(WHによる)死刑執行の手段である電気イスの開発とプロモーションだった。」とする一方、WHによるEGEへの対抗的なメディア・プロモーションについても触れています。
19世紀末の「電流の戦い」や220年以上も前に国家の在りかたの根幹をなすアメリカ合衆国憲法の制定にパブリック・リレーションズ(PR)の手法が用いられていたことを知るにつけ、さすがはPR先進国だという感慨を抱かざるを得ません。皆さんはどのような感想をもたれましたか。
2009年05月04日
パブリック・リレーションズの映像講義制作スタート
~PRプランナー資格取得に向けた講座
こんにちは井之上喬です。
ゴールデンウイークも残りわずかになりましたが、皆さんいかがお過ごしですか?
一昨年10月のブログで社団法人日本パブリックリレーションズ協会(日本PR協会)が主催する「PRプランナー資格認定制度」の2007年9月からのスタートについてお話しをしました。私も同協会の資格制度委員会のメンバーとしてこのプログラムに参画し、試験委員も務めてきました。
今回は、「PRプランナー資格認定制度」についての現状報告と、これに関連して最近私が注力しているパブリック・リレーションズ(PR)の基礎から実践・応用までを網羅する「映像講義」制作の途中経過を紹介します。
■これまで1000名を超える合格者
日本PR協会は、「PRプランナー資格認定制度」発足に当り次のようにコメントしています。「21世紀を迎えた現在、『PR(パブリックリレーションズ)の時代』と言われ、各企業・団体において広報・PR活動の重要性が見直されつつあります。とくに企業の社会的責任(CSR)が厳しく問われる時代にあって、広報・PR活動はパブリシティやメディアとのリレーションだけでなく、経営戦略、コンプライアンス、IR、危機管理、マーケティングコミュニケーション、ブランドマネジメントまで広範囲にわたり、企業経営や団体運営の中枢に直結した業務となってきました。」
「こうした時代や社会のニーズに今後どう応えていくかが、広報・PRの仕事にとっては、差し迫った課題だと言えます」とその実施の背景を述べています。
また、日本での専門家育成を目指すこの資格認定制度は、その目的として(1)広報・PRパーソンの育成とレベル向上、(2)専門職能としての社会的認知の向上、(3)広報・PR業務の社会的地位の確立を掲げて始動しました。
これまで3回にわたってPRプランナー資格認定試験が行なわれ、昨年の12月末時点で1,000名を超えるPRプランナー補とPRプランナーが認定されています。
今年3月には平成21年度前期の第4回1次試験が終了し、5月17日に2次試験が、そして7月25日に最終の第3次試験が東京と大阪会場で組まれています。この日程と並行して平成21年度後期の第5回1次試験の受験予約受付が6月1日から始まります(30日まで)。資格には3種類あり、1次試験合格者にはPRプランナー補、2次試験合格者には准PRプランナー(第5回からの新設)、そして3次試験合格者にはPRプランナーの資格がそれぞれ付与。PRプランナーについてのみ3年以上の広報・PR実践経験が必要となります。
受験では社会人に混ざって、学生の姿も多く見られました。これは実務経験がなくてもPRプランナー補の資格が取得できることにも起因しているようです。
将来PRや広報のプロフェッショナルを目指す人は是非、この資格に挑んで欲しいと思います。受験申し込みなど詳細は日本PR協会のホームページ(http://www.prsj.or.jp/)で紹介されていますので参照してください。
■全国で均一の学習を提供する映像講義
パブリック・リレーションズ先進国の米国では、1920年代に社会科学の分野で理論体系化され、64年には専門家として認定する資格制度も整備され、 現在は米国PR協会も含めた複数団体が参加し「ユニバーサル認定プログラム」( http://www.praccreditation.org/about/ )を実施。この資格試験に合格した受験者にはAPR(Accredited in Public Relations)の称号が授与され、PRにおける幅広い知識、経験、そしてプロとしての判断を示せる高度なパブリック・リレーションズを実践できる実務家約5,000名が有資格者として活躍しています。
米国に遅れること40余年。日本でスタートした資格認定制度。しかし、これだけでは彼我の大きな差を埋められないのは自明のことです。私は日頃から「業界全体のレベルの底上げや市場規模の拡大、ひいては日本社会へのPR導入を加速させるためにはどうしたら良いか」という課題に取り組んできました。5年前から私が早稲田大学で「パブリック・リレーションズ概論/特論」の教鞭をとり始めたのも、PRの専門家育成が火急であるとの強い問題意識があったからです。
最近、素晴らしい出会いがありました。建築系資格取得学校では日本最大手の日建学院を運営する建築資料研究社の馬場瑛八郎会長との出会いです。日建学院は、建設関連教育事業部門として1976年に開校。以後、日本で初めて取り入れた修学効果が高いとされる映像講義を基本とし、現在、全国に133校を有し、一級/二級建築士や宅建主任者など建設関連資格合格者累計83万人(2007年時点)を輩出。規模・実績とも業界トップを誇る資格取得学校です。
「中卒の大工さんにも一級建築士を取らせたい」との思いで教育事業を始めた馬場さんは、日建学院の開校とその実績に見られるように先見性に大変優れた経営者です。その馬場さんから「PRプランナーの資格取得のための映像講義をつくりませんか」と提案された時、日米間の差を埋め、日本社会へのPR導入を加速させるのは「これだ!」と直感し講師を引き受けました。
計画はとんとん拍子に進み、先月10日に私が講師となって「PRプランナー補資格取得講座:パブリック・リレーションズ概論」映像講義の第1回目のビデオ収録が行なわれました。この概論は全編20回(各90分)で構成されています。続いて実践・応用編も撮っていく予定です。制作は日建学院グループの日本映像教育社が担当し、私の会社(井之上パブリックリレーションズ/日本パブリックリレーションズ研究所)の若手社員でPRプランナーの資格をもつスタッフのサポートを得ていることも心強いことです。
映像講義の特徴は、大都市のような限られた場所でしか受けられない対面講義のもつハンデキャップを克服し、同一講師により全国津々浦々で均一の内容を繰り返し学習できるところにあります。この新しい映像講義の開講や会場などの詳細は日建学院からの公式な発表がありますので改めて皆さんにお知らせしたいと思います。
日本で初めての試みとなるこの「パブリック・リレーションズの映像講義」は、全国の大学や企業を通してやがて日本社会へPRを導入するための有効なツールになるものと考えています。
社会の健全な発展と繁栄に貢献できる包括的なパブリック・リレーションズ(PR)を、日本社会に広めていくことは私のライフワークであり願いです。その実現に一歩近づいた確かな手ごたえを感じ、私にとってこのゴールデンウイークは充実したものとなりました。
余談ですが、TVコマーシャルで大ヒットしたアルパカ『クラレちゃん』(本名:はなこ)は、癒し効果に魅せられた前述の馬場さんが、1999年に200頭のアルパカをジェットチャーター便で南米ペルーより輸入したもの。栃木県那須高原の牧場「那須ビッグファーム」では約400頭が飼育され、毎日来場者を楽しませています。私も先日、人気者の「はなこ」に会いに牧場を訪れ、癒されてきました。
2009年04月20日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 11
~PRの歴史的発展 その1
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で私も日本語版の翻訳メンバーに加わり昨年9月に発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章の「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の中から1回目はブリック・リレーションズの起源から18世紀のアメリカ合衆国の独立までを紹介します。
本章の冒頭には「パブリック・リレーションズの進化の過程を学習すると、その機能、長所、短所を洞察する力が増す。残念ながら、多くの実務家は自分のミッションであるパブリック・リレーションズの歴史的意義を把握していないため、社会における位置や意義を十分に理解していない。そればかりか、パブリック・リレーションズの歴史と発展がどのようにつながっているかも理解していない。」と実務家の歴史認識の浅さが指摘され、「公表されている歴史は、目新しさや数人の多彩な個性を強調し、複雑でドラマチックな物語をあまりにも単純化し過ぎているきらいがある。しかし、パブリック・リレーションズの歴史的背景を理解することは、今日の専門的実務に不可欠なことである。」と語られています。
論語に収められた孔子の「温故知新」を想起しますが、歴史を知ることで新しい何かが見えてくるはずです。このテーマについて今後数回に分けて紐解いていきます。
■紀元前1800年の農業公報
本書では「見識や行動に影響を及ぼすような伝達手法は、最も古い文明にまでその起源を遡ることができる。考古学者はイラクで、紀元前1800年当時の農民に対して、作付け方法、灌漑方法、野ネズミの撃退法、作物の収穫方法を伝える農業公報を発見した。パブリック・リレーションズの初歩的な要素も、古代インドの王のスパイに関する記述に見られる。スパイの仕事には、諜報活動の他にも、王に民衆の意見を常に知らせること、王が民衆の間で擁護されること、王政に好意的な噂を流すことなども含まれていた。」とその起源を紹介。
また、ギリシャの理論家は、世論という用語こそ特に用いなかったものの、民意の重要性について記述していたといいます。ローマ時代の政治用語と中世期の著述に見られる特定のフレーズや考えは、現代の世論の概念と関連をもち、ローマ人はvox populi, vox Dei「民の声は神の声」という表現を新しく創りだしたと本書で述べています。
英国においても、パブリック・リレーションズの手法は何世紀も前から使われており、歴代王は大法官を「王の良心の番人」として側に仕えさせたとしています。このことから王でさえ、政府と民衆の間の対話や調整を促進するため、第三者の必要性を認識していたことが察せられます。それは、教会、商人、職人についても同様だったようです。プロパガンダという用語は17世紀にカトリック教会が「信条を布教するための宣教院」を設立したときに生まれたと述べられています。
■米国では逆境と変化の中で誕生
本書によると米国におけるパブリック・リレーションズの始まりは、愛国者の草の根運動派と商業に携わる有産階級のトーリー党の間で権力をかけて戦った独立戦争が発端であると記されています。ハミルトン率いる商人の有産階級派とジェファーソン率いる入植者と農民部隊の間の紛争、ジャクソン率いる農耕辺境開拓者とニコラス・ビドル率いる金融勢力の間の紛争、そして流血激しい南北戦争においても市民の支持を得るための取り組みは見られたと記され、米国におけるパブリック・リレーションズは、まさに逆境と変化の中で誕生したとしています。
また本書は、米国においてパブリシティを利用した、募金活動、社会運動の推進、新規事業の促進、土地の販売、芸能界のスターづくりは、国の歴史よりも古いとしています。米国人のプロモーションに対する才能は、初めて東海岸へ入植した17世紀まで遡ることができるようです。この大陸での、おそらく最初の組織的な募金活動の取り組みは、1641年に創立間もないハーバード大学がスポンサーとなり、3人の伝道者を英国へ「募金行脚」に派遣したものであるといいます。彼らは英国に到着すると、今日では当然必要とされる募金活動用の説明書を準備していなかったことに気づき、ハーバード大へ知らせることになります。この要請に応えて、『ニューイングランドの最初の果実』が生まれたのです。これは大半がマサチューセッツ州で執筆されたものが1643年にロンドンで印刷され、その後、続々と作成されるパブリック・リレーションズのパンフレットや説明書の最初の例となったのです。
アメリカ合衆国建国の父の一人としても知られ、政治家、著作家、政治哲学者のサミュエル・アダムス(Samuel Adams、1722 - 1803年)は本書で、「多くの人間は理性よりも感覚によって導かれる」という仮定のもとで、常にまず世論を喚起し、誘導したとされます。彼はこの方法を直観的に知っていた人で、同志とともに行ったその行為は、「…ペンを使い、演壇や説教台、舞台イベント、シンボル、情報、そして政治組織を利用した。」と記述されています。
こうして仲間の独立論者とともに、これらプロパガンダ推進派は、世論を動かす革新的手法をいくつも開発し、実践していきます。彼らは行動を実行に移すための組織として「自由の子」(Sons of Liberty)を 1766年にボストンで組織。1775年にはキャンペーン情報を流すための組織として「通信委員会」(Committees of Correspondence)を設置。視認性に優れ感情を喚起するシンボルマークや覚えやすい端的なスローガンを使用したことなどが本書で紹介されています。
多くの人の認識以上に、現代のパブリック・リレーションズ(PR)の実務パターンに当時の手法が受け継がれていることに驚かされます。
「…パブリック・リレーションズの歴史的背景を理解することは、今日の専門的実務に不可欠なこと…」と著者の言葉を冒頭に記しましたが、皆さんはどのような感想をもたれたでしょうか。
2009年03月21日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 10
~事例に見る企業の社会的責任(CSR)
こんにちは井之上喬です。
桜の開花情報が聞かれる時節となりました。皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本、日本語版は昨年9月に発売されました。
今回は、第15章の「事業および企業におけるパブリック・リレーションズ」(北村秀実訳)の中から企業の社会的責任(CSR)に関する2つの事例を紹介します。ひとつは環境問題をテーマにした事例で、もうひとつは児童労働問題に関するものです。
■BPの温室効果ガス排出削減計画
本書では、「多くの企業は、何十年もの間、書面にまとめられた経営哲学を守ってきた。」と語っています。そして、「それらは『コア・バリュー』と呼ばれたり、ジョンソン&ジョンソンのように『我が信条(Our Credo)』などと呼ばれるものである。2001~2003年に相次いだ企業の不祥事騒動の後、多くの企業は、最善の事業行動の指針となる新しい行動規範またはガイドラインを作成してきた。」としています。
続いて、「しかし、極めて重要な質問は、企業がこれらの規範に違反した場合にどう対処するのかである。『厳しい試練』としばしば呼ばれているとおり、企業が実際に苦渋の選択に直面するのは、行動規範に直接抵触する行為に気づいた時である。組織として何をするのか?その選択肢として考えられるのは、コンプライアンス違反の行為を即刻中止する、違法行為および(または)その疑いのある行為に関与した従業員を解雇する、規範の重要性を明示するための具体的な手立てをとるなどが考えられる」と規範に抵触した際の企業のとるべき態度が述べられています。
そして本書では、上述の「厳しい試練」に直面した事例としてBP(旧社名:ブリティッシュ・ペトロリアム)を紹介。
「BPは石油・ガス業界において、ある種謎めいた存在である。同社は、すばやく決然とした行動をとり、他の企業であれば、避けたいと願うような組織体と関係性を育み、石油・ガス業界に関して一般大衆が持つ負のイメージに対処することさえ躊躇しない。例えば、地球温暖化問題について、大半の石油会社は信頼できる科学的データの欠落した玉虫色の概念だと言及している。」と科学的データの信憑性についてのBPの疑問を提示。
そして、「しかし、BPは、同社が地球環境に及ぼす影響について議論するため、特に影響力があり、地球温暖化、天然資源の持続可能性などが関連するイシューに重点的に取り組む非政府組織(NGO)との討論の機会を模索している。」とBPが温室効果ガス排出削減計画に積極的に取り組んでいる姿勢に触れています。
また、「BPのジョン・ブラウンは、自社が地球環境に及ぼす影響を認め、温室効果ガスの排出削減計画を実施した石油業界初のCEOであった。新たな対話の結果、その他の成果も示し始めた。エクソンモービルなどの企業が、より確かな科学的裏付けがともなわないまま改善にとりくむことに消極的であるのに対して、BPは環境にやさしい石油企業としての評価を着実に固めつつある。」と科学的データの真偽に関係なく取り組む、BPの社会的貢献について紹介しています。
■児童労働虐待防止プログラムへの支援
もう一つの事例はイケア・コーポレーション。スウェーデンの家具会社で、CSRに早くから果断に取り組む姿勢を示し、各方面から注目を集めていると本書で紹介されています。
また本書では、「イケアが初めて遭遇した激しい批判の発端は、納入業者がそれぞれの国で幼い子供を雇用していたという児童労働問題だった。そのひとつが、機織り機につながれていたパキスタンの子どもの事件である。イケアはその告発を調査するため、絨毯事業のマネジャーをパキスタンに派遣した。その事業マネジャーは、同国に到着するやいなや、当該納入業者との契約を打ち切った。」と児童労働問題について同社の厳しい姿勢を示しています。
そして、「その後もイケアは迅速に、あらゆるイケア製品に児童労働が関与することを禁止する条項を納入業者との契約書に追加した。さらに、イケアではコンサルティング会社を使って納入業者がこの新方針を順守しているかどうかを監視している」。
その後イケアは、国連児童基金(ユニセフ)や国際労働機関(ILO)、個別の組合を訪問し、児童労働問題に対して様々な解決策を探っています。同社は数カ月の間に、児童労働虐待防止プログラムを支援するため50万ドル以上を拠出したといわれています。
家計を支えるため学校にも行かずに働く児童は、先進国ではほとんど見られませんが、アジア、アフリカ、中南米などの発展途上国では、いまだに多くの子どもたちが過酷な条件下で就労しています。国際労働機関(ILO)の推計によれば、世界中の5歳から17歳の子どものうち、およそ2億1,800万人が就労しているといいます。
ここで紹介した環境問題と児童労働問題の事例は単なるCSRとしてだけでなく、今後、政・官・民が一体となってグローバルに取り組まなければならないテーマのほんの一部にしかすぎません。
CSRは多くの企業が積極的に取り組んでいます。フィリップ・コトラーによると、理想的なCSRは企業が本業を活かしその枠組みの中で自主的に実現すべき社会貢献としています。スイスに本社を置く、製薬会社のノバルティスはコトラーの言うような理想的なCSR行っている会社といえます。実に全社の売上高(2008年:約415億ドル)の3%をCSRに使っているとされています。
同社は途上国援助の一環として、マラリア治療薬を原価で提供したり、熱帯病の研究所をシンガポールに設立したり、また高額な白血病の薬を米国など先進国の低所得者の患者支援に提供するなど、その社会貢献活動は他を圧倒しています。
パブリック・リレーションズ(PR)の実務家はこうした領域にもっと踏み込み、コミュニケーションのプロブレム・ソルバーとしても寄与していくことが強く望まれます。
2009年03月14日
家族力大賞 ’08~地域社会で「つながり」を広げよう

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
先日、「家族力大賞 ’08」(エッセイ・コンテスト)の授賞式が京王プラザホテルで行われました。このコンテストは、東京都社会福祉協議会(古川貞二郎会長)が家族や地域社会との関係性を、よりよい社会実現のために強めるようとするために2007年度より開催。「家族力大賞」は前会長でAFLAC(アメリカンファミリー生命保険)最高顧問の大竹美喜さんが、崩壊する地域社会や家庭に力を与えたいとの強い思いが込められています。
第2回目の今年は、地域社会でどのように「つながり」を広げていくのかをテーマに、応募作品の中から15作品が入賞しました。前回と同じように、授賞式では選考委員会(委員長:金子郁容慶応義塾大学大学院教授)のメンバーの間で誰がどのエッセイを書いたのか、当日初めて体面する作者とその作品を結びつけることも楽しみ。今回は、選考委員の一人として関わった私の心に残った2作品を紹介したいと思います。
■戦災を免れた京島での交流
最初の作品、「ヘンクツ顔はムスビの顔」(東京新聞賞)は29歳の青年後藤大輝さんが、東京大空襲の災禍を逃れた町、墨田区京島に仲間と三人で移り住みそこでの世代を超えた交流を描いた作品。後藤さんは映画作家で、他の二人はアーティストにミュージシャン。
2007年6月、京島で空家を安く借りられることを聞いた後藤さんは、商店街のはずれにある木造長屋に住む名乗りを上げます。入居の条件は、家と町の雰囲気を残し、自分たちの手でリフォームを行うこと。外観からは想像できないほど頑強な木の梁を持つ建物は、関東大震災後の築80年の家。木材の間からは昭和21年や昭和40年当時の新聞紙がでてきて繰り返される修復・改装の歴史を知ることになります。
トイレットペーパーが転がるほど傾いていた二階(和室)の壁を壊し、ドライバーや電動丸ノコを使い広いフローリングに仕上げます。冷房などない、トタン屋根の暑い夏の海パン姿での作業。やがて近所の人たちが立ち寄ってきます。職人の町といわれている京島の住民は人懐っこい。しかしこの町の抱える問題も見えてきます。それは高齢化、少子化。
「昨年の8月頃。僕たちが住む家を知り合いのおばあさんが訪ねてきた。ふとした会話の中からその話は出てきた」。あるとき後藤さんは町の人たちから頼みごとをされます。そして、東京で唯一の商店街による主催の文化祭へ参加し、映像を創ることになります。
彼が決めた映像の題目は「町の昔、あなたの昔」で、15人の老人へのインタビューをビデオ撮影し、昔の街の回想とそれぞれの人生の回顧を合わせる一方、「町の今」として京島の子供たち自身にカメラを持たせ、現在の街で見えるものを子供の視点で撮影させ、一本の映像作品として繋いでいくもの。引退した鳶の親方、91歳の現役のチンドン屋さん、金属工芸店の店主などが語る内容は、私たちにノスタルジーを感じさせてくれます。
後藤さんが、いかに京島に魅せられたかを見事に表現している個所がエッセイの最後に出てきます。
映像の発表会が終わった後、「急にガランとした会場を片付けて外に出ると、すっかり、日も暮れていた。京島の商店街は早くに閉まる。シャッターが既におりた通りを家に帰る途中で、尻をパチンと蹴られた。撮影に参加してくれた子供の中でも一番やんちゃな小僧が走って逃げいく。急に振り返って、僕の顔を、しっかりと見て。『ここ、オレの町!』と宣言すると、またパタパタと忙しく逃げていく。木枯らしが吹いて、すっかり冬だなと思って、それでも、なぜか全然寒さは感じなくて、ふと、この先、この街で老人になるのもいいかな、とそんな事を考えた。」
受賞会場で後藤さんに京島の現状を聞いたところ、空家が年々増えているそうです。後藤さんは京島とその周辺の町がさびれゆくのを憂い、仲間に呼びかけ、町おこしをやっているそうです。今では後藤さんを含め10人ほどのアーティストやダンサー、写真家、ITコンサルタントそして京島で知り合い結婚した画家とアーティストの若い夫婦。また役者やジャズ・ピアニストなど、この地に魅かれる若者が新しい住民として生活しています。
このエッセイには、新しい世代の若者が古い街に魅せられ周囲に溶け込んでいく、透明で爽やかな感じがかもし出されています。京島での出来事は、理想的な地域活性の形なのかもしれません。
授賞式の当日、後藤さんは参加者全員にその一部を見せてくれました。京島に住む人々のエネルギーあふれる映像は、観客を惹きつけるのに十分で、本篇への期待を膨らませてくれました。4月中旬、京島でこの90分映画が初上映されるそうです。どのような作品に仕上がったのか、今から心待ちにしています。
■「しっかりと生きればいい」
「私は行き詰っていた」から始まる藤山恵子さんの「しっかりと生きればいい」(東京都社会福祉協議会会長賞)は、訪問先のおばあさんから生きることを教わったことを書き綴った作品。そこには、資格や経験もなく自分自身や家族ともうまくいかず、どうにもならない状態にあった時、目にとまった有償ボランティアの会員募集に応募し新しいかかわりを持とうとする作者の姿が見えてきます。年老いたおばあさんとの交流を抑制のきいた文章で描いています。
社会福祉協議会に行き、一通り説明を受けた後にボランティア登録した藤山さんは、80歳を超えたおばあさん(ヒサさん)を紹介されます。おばあさんは90歳になる寝たきりのおじいさんを自宅で介護しています。おばあさん自身も足が悪く、思うように動けない状態。でも、おじいさんのオムツ交換、食事の世話など日常のことはおばあさんが世話をしていたのです。
「こんにちわ」。藤山さんは、週に一度おばあさんの家を訪ねることになります。おじいさんの介護で手が回らなかった室内の掃除の担当です。1カ月が過ぎた頃おばあさんは、掃除をほどほどにさせ、藤山さんに布団を差し出し語りかけます。
「この間ね、おじいさんが言うのよ。同級生もほとんどいなくなり、オレ一人になってしまったなって。だから言ったの。人は、生きている間は、しっかり生きればいい。それだけでいいのよって。そうしたら、そうだな。オレはヒサ、お前がいて幸せだって。そう言ってくれたのよ。」藤山さんは、色々あったであろうおばあさんの人生に思いを馳せながらも、おばあさんの顔に満ちあふれる自信をみてとるのでした。
それから訪問しても掃除をすることなく、おばあさんは藤山さんを話し相手に求めます。夏になり、おじいさんの容態が変わり入院することになります。おばあさんは小さな手を握り締めて、涙を浮かべながら自分の不注意を責めます。
そしておじいさんが亡くなります。
「おじいさんがいなくなり、藤山さんにも来ていただくことも、なくなると思います。いままで、ありがとうございました」。藤山さんはおばあさんから頭を下げられます。戸が開いていたおじいさんの部屋には、見てくれる人がいない花の絵と、空になったベットが目に入り、藤原さんにはその部屋の様子が、おばあさんの心そのもののように感じます
「私が、ヒサさんの家に行くことはなくなった。しかし、どうしてもヒサさんのことが気になり、車を走らせた。いつものように『こんにちわ、藤山です』と、大きな声を出したが、応答はなかった」。ガラス越しに中の様子が見え、片付けられた部屋に、よく着ていたカーディガン。おばあさんのしっかりした暮らしぶりに藤山さんは安心します。しばらくしてまた訪問します。「こんにちわ」「はーい」ガラガラと玄関を開け「藤山です、こんにちわ」姿を見せたヒサさんは、藤山さんの手を握りしめ喜びます。
おばあさんは、藤山さんがプレゼントしたぬり絵や昔習った大正琴を披露するのでした。
藤山さんは、「私は、何に行き詰っていたのだろうか。『何があっても、その時はしっかりと生きればいい、それだけでいい』」おばあさんとの出会いは藤山さんの心にそのような言葉を刻みつけるのでした。
人は関わり合いの中で救われていくことが自然に言葉に表れた秀作。
この2作品以外に、5年前にお手玉の会をつくり普及に努めるご夫婦の話で、鈴木幸子さんの「お手玉で輪・和・笑(ワ・ワ・ワ)」や何十年も家族誌を出版し続けるある家族の話で、肥後智恵子さんの「家族誌『いけがみ』を出した」など、多くを紹介できないのが残念です。
ここですべての作品に共通するのは、困ったときにそこで立ち止まることなく、新しい関わりを求めて行動することの大切さです。物事に行き詰ったときに、行動すると新しいものが見えてきます。人は、新しい関わりの中で、新しい幸せを見つけ出すことができることを示しています。
パブリック・リレーションズ(PR)は「関わり」や「絆」をつくっていくことでもあるのです。
*上の写真の作品集『家族力大賞 ’08-地域社会で「つながり」を広げよう』には、15編の作品が紹介されています。東京都社会福祉協議会が発行元です。非売品ですが、50冊程度であればプレゼント可能だそうです。興味をお持ちの方は連絡してみてはいかがでしょうか。
Tel:03-5283-6894
Fax:03-5283-6997
e-mail: tomin-kigyou@tcsw.tvac.or.jp
2009年03月07日
迷走する政治
~政治システムを変えるチャンス
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
3月3日、小沢一郎民主党党首の第一公設秘書が、政治資金規正法違反の容疑で逮捕されました。資金管理団体をめぐる違法献金事件で小沢代表が検察との全面対決を宣言するなど、多くの問題を抱えた自民党から舞台は一転して小沢代表と民主党に変わったかの様相を呈するものの、その後の政府高官発言で、与党自民党の捜査関与の可能性について批判が高まり複雑な事態に進展しています。
1982年、中曽根首相誕生から2008年9月麻生政権誕生までの25年と10カ月あまりの間で、実に15名の首相が誕生・交替しています。特に小泉政権後の政治は迷走状態にあるといえます。今回は日本がこの問題に今後どのように取り組むべきかについて考えたいと思います。
■問題は自民党から民主党へ移るのか?
今回の逮捕劇は、麻生政権の支持率が10%を割りかねない危機的状況にあった与党自民党を勢いづけたかのようにみえますが、政局は自民党から一転して小沢代表と民主党に移ったのでしょうか?小沢氏を支持する民主党執行部は苦境に立たされる中、政治不信は増大するばかりです。
しかし3月5日、政府高官による「自民党議員に波及する可能性はないと思う…」発言で、民主党の鳩山由紀夫幹事長は6日、今回の逮捕劇に疑念を呈しています。つまり、自民党には及ばないことを政府筋が明かにしていることは、政府筋と検察の間で何らかの約束事(できレース)が存在しているのではないかと指摘。その後メディアは、2つの政治団体が小沢代表の資金管理団体「陸山会」以外にも、自民党の二階経産相、尾身元財務相、森元首相にも献金していたことを取り上げ混乱状態。
特に政府の捜査関与の可能性については批判が高まる一方。問題の政府高官が官僚トップで元警察庁長官の官房副長官であることも判明し、官僚との全面対決を目指す民主党への意図的な行為の可能性が指摘されています。
現在の官僚システムを変えようとする民主党、一方、維持する側に立つ政権与党の自民党の対立構造を考えたときに、選挙に向けて両党が臨戦態勢にあるこの時期、「発信源が官僚トップ」とする話が事実だとすれば、心底ゾーッとするものを感じます。
■企業・団体献金全面禁止へ
現在、共産党以外の政党は「政党交付金(国会議員5名以上、もしくは国政選挙での得票率が2%で国会議員最低1名在籍)」を受け取っています。議会制民主政治における政党機能の重要性にかんがみ、平成6年の選挙制度及び政治資金制度の改革と軌を同じにして、国による政党への助成制度を創設したもの。
平成20年9月12日付けの総務省の発表資料には、平成19年度の寄付収入の内訳は、政治団体の寄付が152億円で最も多く、以下、個人の寄が48億円、法人等の寄付が39億円の順で個人の寄付は全収入の約5分1とまだ少ないのが現状。毎年の政党交付金は国民の税金で賄われており、その総額は直近の国勢調査人口に250円を乗じて得た額を基準として予算で定められ、年間約300億円。
企業と政治の癒着は古くからある話。企業や団体献金は法整備上完全なものにするには多くの問題があるようです。企業とのしがらみを断ち切るためには思い切って企業・団体献金を廃止することも重要な選択肢といえます。
その場合、期待されるのは個人献金。米国の大統領選でオバマ陣営は、インターネットでの個人からの小口献金で、2年間に米国選挙史上最大の6.5億ドル(約650億円)を集めたことが明らかにされています。この数字は、史上初の黒人大統領がSNS大手のフェイスブックなどを通して学生など若者層から史上最大の募金を行った結果の数字。
日本で政治家個人への個人献金で簡便な方法として考えられている、クレジット・カード支払いの現状は楽観的ではありません。知り合いの政治家によると、個人の政治家にとって、クレジット会社と交渉し決済システムを構築しても、それに見合うだけの献金がなく、ほとんどのケースでカード支払いは行われていないとのことです。それでは思い切って各政党が、共同で登録された政治家への個人献金を受け付ける決済システムを構築し、政治家個人に負担がかからないようにしたらどうでしょうか。今後真剣に考えるべき問題かもしれません。
また思い切って政党交付金を国民一人あたり倍の500円に増額したらどうでしょう。政治の透明性が飛躍的に増し、企業との癒着で使われる不要な税金が大幅に節約できものと考えます。
私たちは変化の中にも現実的で表面的なものに振り回されることなく、大切なものを保持しなければなりません。大きなうねりの中にも動くことのないポイントがあるはずです。そこに本質をみつけることができます。「思想と技術」を伴ったパブリック・リレーションズ(PR)は、不動の本質を見失い迷走させることなく、混迷の中にあっても、確信に満ちた変革を成し遂げることを可能にするはずです。
2009年02月28日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 9
~米国実務家のプロフィール
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。私もメンバーの一人として翻訳に加わった同書の原書(EPR)は、米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本です。
今回は、第2章の「パブリック・リレーションズの実務家」(井上邦夫訳)の中から特に「パブリック・リレーションズの実務家の数は増加の一途をたどっている」と本書で語られている実務家について、どのような人物像で、どのような職場でどのような業務を行っているかなど、米国における実態について紐解きます。
■PRは90年代に最も急成長した「最良の仕事」
本書によると、米国労働省はパブリック・リレーションズの雇用統計について次のように記しています。「毎月の勤労統計の中で、『マネジャー:マーケティング、広告、パブリック・リレーションズ』と『パブリック・リレーションズ専門家』に分類している。残念ながら、これらの分類はこの分野で働く全員を含めていない」。
そして、「例えば、パブリック・リレーションズのマネジャーは、他のマネジャーと一緒にカウントされるため、個別の数値は入手できない。アーティストやグラフィック・デザイナー、フォトグラファー、ビデオグラファー、ロビイスト、レセプショニスト、リサーチャー、その他のパブリック・リレーションズ部門で働く専門家は別の職業分類でカウントされる。そのため、労働省の数値は、パブリック・リレーションズ部門で働く人のおそらく半分以下にすぎない。」と実際の数は統計数字を大きく上回っていることを示しています。
また本書は、「データは不完全ではあるが、『フォーチュン』や『U.S.ニュース&ワールド・リポート』などの雑誌は、1990年代に最も急成長した『最良の仕事』の中にパブリック・リレーションズを入れている」と記しています。
■PR実務家の最大の雇用主は連邦政府
パブリック・リレーションズ専門家の雇用機会は、あらゆる場所に存在するが、人口の多い主要地域に集中している、と本書で語られ「米国パブリック・リレーションズ協会(PRSA)の会員数が最も多いのは、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス、オハイオ、ミシガン、ペンシルバニア、そしてイリノイの各州である。」と例示。
「しかし、最大のPRSA支部は1000人の会員がいるワシントンD.C.である。2番目は僅差で、およそ920人の会員がいるニューヨーク支部である。続いて、ジョージア州アトランタ支部が700人超、シカゴ支部が560人、デトロイト支部が500人、コロラド州デンバー支部が480人、ロサンゼルス支部が465人となっている」。
私の著書『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)のなかで、PRSAは全米に114の支部をネットワークし、20000人を超える会員を持つと推計していますが、およそ4分の1が上記の7支部に所属していることになります。
実務家の就労先を見ると、「およそ40%は製造業、金融、工業、消費財、メディア、公益事業、運輸、エンターテインメントなどの民間企業、27%はパブリック・リレーションズ会社や広告会社、個人コンサルタント、14%は協会や財団、教育機関で8%は病院、医療機関、その他健康サービスなどのヘルスケア関連、6%は連邦、州、地方政府、5%が慈善団体、宗教団体、その他非営利団体(NPO)」となっています。
そして本書では、パブリック・リレーションズの単独で最大の雇用主は連邦政府で、米国人事院によれば、4,400人の様々な肩書きの「パブリック・アフェアーズ」専門家が働いているという興味深いデータも紹介されています。
また実務家の92%以上は短大・大学を卒業しており、25%は修士号、2%は博士号を取得しているとされています。
私のブログ09年2月7日号「不況に強い、パブリック・リレーションズ」の中で、米国のパブリック・リレーションズ市場がフィー・ベースで100億ドル(9000億)を超えていることを紹介しました。650億円(2006年広報・PR業界実態調査)と推定される、広告費に突出したアンバランスな日本のPR市場が、将来適正化されることが期待されています。
日本のPR市場規模の拡大を支えるのは、パブリック・リレーションズの実務家であることはいうまでもないことです。こうした意味からも、日本におけるPR実務家の育成は喫緊の課題となっているのです。
2009年02月21日
クリントン国務長官来日
~米政府のガバメント・リレーションズ
こんにちは、井之上喬です。
あちらこちらで梅だよりを聞くこの頃ですが、みなさんいかがお過ごしですか?
オバマ大統領が誕生して1カ月が経ちます。最初の課題で史上最高額の7,870億ドル(約70兆円)の景気刺激法案(アメリカ復興・再投資法)も議会を通過し、2月17日の大統領署名によりオバマ新大統領は最初の関門をクリアーしました。
最重要課題であった国内の経済政策に続いて外交課題では、ヒラリー・クリントン国務長官が日本、インドネシア、韓国、中国の4カ国を16日から22日までの間で歴訪。日本は最初の訪問国となり、1月16日-18日の日程で来日。超大国米国の外交責任者として、国務長官が最初の訪問先にアジアを選ぶことは近年例のないことだといわれています。今回は、アジア重視の姿勢を見せるオバマ政権のガバメント・リレーションズについて考えていきたいと思います。
■米国のアジア訪問のねらい
新政権のガバメント・リレーションズは極めて戦略的にみえます。新政権誕生間もない2月初旬には、バイデン副大統領を欧州に派遣し、クリントン国務長官がアジア4カ国歴訪、そして同じタイミングの2月19日にオマバ氏自身が最初に選んだ訪問国は、隣国で米国最大の貿易相手国のカナダです。大統領、副大統領、国務長官がそれぞれの役割を分担しながら最初の多角的・戦略的外交が展開されたのです。
訪問する4カ国の順番をみても米国のしたたかな計算が見て取れます。日本を最初の訪問国にしたのはいろいろな理由が考えられますが、大統領選挙期間中ほとんど日本についての言及がなく、形式を重んじる世界第2の経済大国日本の世論を配慮してのことと見ることができます。2番目の訪問国インドネシアは世界最大のモスレム国であると同時に、オバマ氏が幼少時代の一時期を過ごした国。そして北朝鮮と国境を分ける韓国を経て、最後の訪問先には21世紀の最重要国となる中国を選んでいます。
また訪問先の国民の支持を得ようと、限られた時間の中で大学を訪問し若者と交流するなど、草の根に浸透する積極的なプログラムが展開されています。
米国のアジア重視は数字の上でも見て取れます。面白いことに中国と日本はいずれも米国国債と外貨準備高で世界第1、第2。米国債では中国の6962億ドル、日本の5783億ドル(米国財務省統計2008年12月現在)を合わせると総発行残高の約41%。
一方、外貨準備高(ドル換算)では第1位は同じく中国の1兆6822億ドル(2008年3月)、日本は1兆1549億ドル(2008年6月)で日中合計すると世界全体の約40%と群を抜いた数字となっています。
つまり、経済危機にある米国の国務長官が、最初に訪問する地域はアジアとりわけ東アジアであることの必然性が見えてきます。北朝鮮の核施設問題も大きなテーマ。そしてホワイトハウスで外国首脳を受け入れる最初の国を日本の首相とし、2月24日の日米首脳会談開催も決定されるなど日本重視の取り組み姿勢を見せています。
オバマ大統領はいち早くジョージ・ミッチェル元上院議員を中東担当特使に、リチャード・ホルブルック元国連大使をアフガニスタンやパキスタンのイスラム過激派がらみの西南アジア担当特使に任命していましたが、世界のリーダーとしての自覚が米国のガバメント・リレーションズから伝わってきます。
■国益のない「外遊」
麻生首相とオバマ大統領との会談開催の実現は、世界第1位と第2位の経済大国が協調して経済的難題やアフガニスタン問題の解決に力を合わせて立ち向かおうとする意思の表れとみてとることができます。読売新聞2月18日付け社説では、クリントン長官が日本を初外遊先に選び、麻生首相とオバマ大統領の首脳会談を24日開催と早々に決めたことについて、「いずれもオバマ政権が日米関係を重視する表れとされる。だが、それに満足するだけで良いはずがない。より大切なのは、日米対話の内容を充実させ、戦略的な外交を展開することだ」。
しかし残念なことに、日本政府の外国政府に対する戦略的なガバメント・リレーションズは全く見えてきません。
麻生首相は昨年の就任直後の9月25日、国連総会に出席。10月には「アジア欧州会合第7回首脳会合」出席のために北京を訪問。11月にはワシントンでの「金融サミット」へ出席し、同月ペルー、リマの「APECアジア太平洋経済協力会議」へ出席。12月には福岡で「日中韓首脳会議」を開催。
そして新年の2009年1月には「日韓首脳会談」のために韓国訪問。また1月末はスイスでの「ダボス会議」に出席。2月18日のサハリンではロシア大統領との首脳会談など、就任後精力的に外交課題をこなしているようにみえます。
しかし首相だけ一人が精力的な外交を行っている姿勢は伝わってくるものの、日本の外交戦略はみえてきません。日本の外務大臣や他の閣僚も安倍政権から日替わり弁当のように変わり、誰が何処を訪問したのかさえ分からない情けない状態。米国のような統合化された戦略外交などは望むべくもありません。
日本は首相の在任期間以上に閣僚の在任期間は短かく、在任中の「外遊(外国訪問)」は時として、目的が明確化されないガバメント・リレーションズとなっているように見受けます。政治家として実績づくりのための外国訪問は文字どおり「外遊」でしかありません。
それが原因ではないにせよ、国会会期中の外国訪問は禁止状態にあり、重要法案を通す際には閣僚を国内に張り付けにするなど、国益を左右する外交課題に対する複合的で多面的な展開はみられません。
ガバメント・リレーションズは、民間企業から政府機関に対する手法と考えられがちですが、政府の外国政府機関とのやり取りも規模の違いを別にすればその手法は同じです。いま高度な手法が要求されるパブリック・リレーションズ(PR)。専門家の育成が急がれています。
2009年02月07日
不況に強い、パブリック・リレーションズ(PR)
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
100年に一度というこの世界規模の経済不況の中で、企業はまさに生き残りをかけた選択と集中に迫られ、より戦略的な対応が求められています。
2008年度の決算予測を見ても、トヨタ、日産などの自動車産業に続き、日立製作所、SONY、パナソニックなどの大手家電メーカーが昨年度の高収益決算から一転し巨額の赤字決算を予測しています。「不況になるとまず宣伝広告費が削られる」というのは常套句。今回は不況時に強いパブリック・リレーションズ(PR)についてお話します。
■売上減に苦しむ広告会社
電通発表(2007年日本の広告費)によると、2007年の日本の総広告費は2004年から4年間連続のGDPと同様に前年比プラスで7兆0191億円を示しています。GDPと広告費の相関関係は明確で、広告が景気の影響を受けやすいことを示しています。
同社の2009年2/6日発表のリリースには、1月単月度の売上高総計は955億8500万円で対前年同月比91.7%と急落。既存四大メディアの売り上げがいずれも前年比マイナスとなり業界に深刻な問題を投げかけています。
それでも企業における広告費出費の割合は圧倒的に高いのが現実。ちなみに日本のパブリック・リレーションズ(PR)に対する費用は、まだ低いと言わざるを得ません。(社)日本パブリック リレーションズ協会の調査では、PR業界の市場規模はおよそ650 億円(2006年広報・PR業界実態調査)と推計しています。企業の広報部で使われる予算は別にして広報・PRの中に具体的にどのような項目が入っているかわかりませんが、先述の広告の市場規模と比べ大雑把にみても1%に満たない数字です。『PRディレクトリー』も示しているように、米国でのパブリック・リレーションズがフィー・ベースで100億ドル(9000億)を超えている現状を考えても、日本のPR市場の将来の可能性が如何に高いかが理解できます。日本の広告費の突出は極めてアンバランスな状態を呈しています。日本のPR市場は将来4-5000億円規模に拡大することが容易に理解できます。
■PR会社にとってのチャンス
不況になると、組織体とりわけ企業は収益が低下し、ある意味で危機管理状態に入ります。その場合、ほとんどのケースで経営トップの強力なリーダーシップが求められます。規模による違いはあるものの、選択と集中のために事業の隅々にまで介在し素早い対応策を打ちだしていきます。戦略性をもったスピード感のあるコーポレート・レベルでのリレーションズ(関係構築)活動が必要とされると同時に、マーケティング・レベルでは既存の商品の販売政策や流通政策、価格政策などのマーケティング手法や戦略の再構築、そして市場ニーズに合った新製品の規格・開発などが急がれてきます。
こうした際には、日頃経営トップとかかわりをもち戦略的カウンセリングをおこなうパブリック・リレーションズの役割が平常時と比べ増大することになります。不況時には緻密な経営が求められるように、緻密で戦略的なパブリック・リレーションズが求められます。
日本の広報・PR予算はまだまだ低く、これでは日本企業が国内はもとより世界市場でも戦っていけるはずはありません。欧米企業と比べ利益率は低いものの、売上や従業員規模が大きい日本企業は沢山存在しているものの、体形に見合ったパブリック・リレーションズがほとんど行われていないのが現状。
日本のPR会社のフィーは、基本的に時給計算されますが、かかわるスタッフのランクによっておよそ時間8000円から5万円程度の幅で設定されています。また、契約形態は、定期(リテナー)契約とプロジェクト契約がありますが、多くの場合はリテナーとプロジェクトの組み合わせで契約するケースが多いようです。そして、予算は何をどのくらいやるかによって、かかわってくる時間が変わります。コンサルテーションだけではなく、細かい実施作業(ex:メディア・リレーションズにおける記者会見やプレス・リリースの実施や作成などの現場支援)を含めるかどうかで予算が変わります。
したがって、契約料金も月額80万から250万と幅があります。すでにある程度システムが出来上がっている企業の場合は、PR会社からのコンサルテーションだけですむ場合もありますが、広報部門の組織が不十分の場合には実施にかかわる業務も派生してきます。いずれにせよ、企業トップや広報トップに直接アドバイスできる環境をつくっておくことが極めて重要となります。私の会社(井之上パブリックリレーションズ)がこれまで手掛けた外資企業の広告予算とPR予算を例にとると、売上規模などによってその比率は変わりますが、BtoBの場合は広告費を含めたマーケティングの中の総予算に対するPR(マーケティングPR)費用は10-50%で、BtoCでは3-20%の幅ではないかと考えています。
広告とパブリック・リレーションズとの決定的な違いは、前者は、その性格上決められたものをどう表現しどのように訴えていくかが重要なファクターとなりますが、後者は環境の変化を読み取り、真のニーズを把握し、必要であれば経営方針や事業の方向転換を促す役割も担うということです。パブリック・リレーションズが不況に強い理由がここにあります。
2009年01月31日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 8
~ロビー活動
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語版は私も翻訳メンバーの一人に加わり昨年9月に発売されました。
前回ブログでは、アメリカ合衆国の第44代大統領に就任したオバマ氏のスピーチをパブリック・リレーションズの視点から分析しました。今回は、ホワイトハウスに新しい主を迎えたワシントンでのロビー活動について、第6章「法的考察」(矢野充彦訳)の中のロビー活動(190ページ)に絞って紹介します。拙著『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)でも、「ガバメント・リレーションズは、組織体が事業や組織の活動目的を達成するために、政府や行政との関係を通じて情報収集、ロビイング(ロビー活動)やセミナー・討論会などの集会を行い、メディア・リレーションズをも含めて幅広く行う活動のことである」とし、ロビイングがガバメント・リレーションズで果たす重要な役割を記しています。
■政権交代で3,000人が異動
オバマ政権の発足でワシントンに駐在するロビイストにとって大忙しの時期がやってきました。自動車業界や金融業界などの依頼を受けた多くのロビイストが忙しく駆け回っています。
通常、ロビー活動は特殊能力を有する者が従事し、ロビイストと呼ばれます。ロビー活動が盛んな米国では3万人を超えるロビイストが存在。特にビジネス界・産業界が積極的で500 以上のアメリカ企業と、3,000以上の通商団体がワシントンにガバメント・リレーションズのオフィスを持っています。
『体系パブリック・リレーションズ』でも「ロビー活動はパブリック・リレーションズの実務で最も急成長した専門分野のひとつである」と述べられています。パブリック・リレーションズの多くの実務家がこの分野で活躍し、ロビー活動は他のパブリック・リレーションズ活動と連携、統合されてさらに効果を高めることになります。
政権が交代すると米国ではワシントンDCでは約3,000人もの人事異動が行われるといわれています。日本では大臣の退任にともない各省庁のポストが大幅に入れ替わるといったことはありませんが、米国では各省庁の課長レベル以上の役人はすべて交代となります。したがってロビー活動の成否が企業経営に深く影響してきます。
■厳格な制約:連邦ロビー活動規制法
本書では、政府に対するパブリックの信頼を守るために、ロビイストへのいくつもの厳格な制約や開示要件などが細述されています。例えば、組織体のために働くロビイストは、1946年連邦ロビー活動規制法の第Ⅲ章に基づき、自身の活動を開示する義務が課せられています。ロビイストは、議会に登録し、四半期ごとのロビー活動による支出と収入の詳細に記録された決算書の提出を行い、立法に影響を与える目的でロビイストが発表した記事や論説文を報告しなければならないとあります。
また連邦議会は、ロビイストについて「クライアントに雇用されたか、委任を受けた者で、6カ月の間にクライアントを代表して複数回コンタクトを図り、自身の時間の少なくとも20%をクライアントへのサービス提供に費やす人物である」と明確に定義。同時に、1995年ロビー公開法を制定し、制約や開示要件について更新しました。
さらにロビイストやロビー活動を行う企業は、上院事務総長および下院書記官に登録し、氏名、住所、ビジネスの場所、自身のビジネスの電話番号、クライアント名、および登録者がロビー活動を行った6カ月の間に1万ドル超を寄付した人物を報告しなければなりません。また、クライアントから支払われた金額やロビー活動のために支出した金額明細を年2回提出する必要があります。
このロビー活動法は、非営利の慈善団体や教育機関、その他の免税組織にも適用され、特にロビー活動に従事するNPOは、連邦からの補助金や賞、受託契約、ローンの供与までも禁止するという厳格さです。
本書では1938年の外国代理人(エージェント)登録法(FARA)を紹介。「外国の依頼者」のために働くパブリック・リレーションズの実務家についても全員、米国の政府職員を対象にロビー活動をするかどうかに拘わらず、米国以外の政府や企業、または政党のエージェントとして働く人に対し、10日以内に米国法務長官へ登録することを義務づけていると述べています。
日本ではかってロッキード事件に登場した児玉誉士夫による政界工作により、ロビイストのイメージには「黒幕」、「影のフィクサー」といった胡散臭いイメージが長年形成されていました。しかし米国では本書に示されているように、厳格な制約や開示要件を設けることで、あらゆる企業・団体をはじめ州政府や外国政府を含めた多くの組織体がロビイング機能を有効に活用し、政府に対するパブリックの信頼を勝ち得ています。
ロビー活動で最も重要なことは倫理観。国の政策や法律に不正な影響を与えることは許されないからです。日本では現在ロビー活動の法的規制はありませんが、健全なロビー活動を実現するためには、登録制とし、正攻法でロビイングを行うことで、いつでも情報の開示ができる環境を作る必要があります。これにより消費者や国民へのロビー活動に対する情報開示が透明性を増し、政治が開かれたものとなっていくはずです。
2009年01月24日
オバマ新大統領就任演説
~パブリック・リレーションズで診る
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
1月20日、「変化」を求める米国民と国際社会の大きな期待を担って、ワシントンの連邦議会議事堂前でバラク・オバマ氏がアメリカ合衆国第44代大統領に就任しました。約200万人の聴衆を前に宣誓と就任演説が行なわれ、その後4万人が警備する中、ホワイトハウスへのパレードでは、「オバマ!」コールで沿道が埋めつくされました。
彼のスピーチは21分。その内容は実に多彩で感動的なものでした。スピーチ内容からは彼が目指すものが見えてきます。今回は、パブリック・リレーションズ(PR)の視点でみたオバマ・スピーチを分析します。
■すべてのターゲットを気に留めた
スピーチは全体として米国民向けのもではあるものの、原稿には彼がターゲットとする主要なパブリックが網羅されていました。ちなみにスピーチライター(首席)のジョン・ファブロー氏は弱冠27歳。
紙面の都合で詳細は避けますが、オバマ大統領のスピーチの中には、サブプライムで家を失った人たち、職を失った人たち、倒産した企業、医療保険に入れない人たち、教育関係者、また、実体経済を支える生産者(労働者)、IT関係者、医療関係者、新エネルギー開発関係者、イラク・アフガンに派遣されている米軍人。
そして、イラク、アフガニスタンなどイスラム国の国民と指導者、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥ教徒、外国政府では、名指しこそしていないものの、ヨーロッパ、日本などの同盟国、これまで敵対していた、イラン、ロシア、北朝鮮などの政府首脳など。実にきめ細かいターゲットに対しそれぞれのメッセージが準備されていました。
特に、対テロ、対イスラム諸国へのメッセージの具体的手立てとして、朝日新聞の1月22日付朝刊は、オバマ大統領が20日の政権発足当日、直ちにテロ容疑者を収容しているキューバのグアンタナモ米海軍基地収容所、及び併設されている特別軍事法廷の閉鎖への見直しをゲーツ国防長官に命令したことを伝えています。間をおかず1月22日、これらの1年以内の閉鎖を命じる大統領令に署名しました。オバマ氏のこの迅速な対応は、新政権がいかにイスラム諸国との新しい関係づくりを外交の最優先課題にしているかを物語っています。
■織りなす功利主義と義務論
オバマ新大統領のスピーチには、全ての国民が享受されるべき権利と義務について言及されています。パブリック・リレーションズの視点でみると、個人や組織体の行動規範としての倫理観である「功利主義」と「義務論」が織り込まれていることがみてとれます。
スピーチの冒頭にある、「すべての人は平等で自由、そして幸福を最大限追求する機会が神からの賜物として約束されている….」は、「最大多数のための最大幸福」を提唱する功利主義思想がその根底に流れているとみることができます。
また、スピーチの後半には、米国が建国以来、精神的な支えとしてきた真理に立ち返るよう訴えています。これらには、「今私たちが求められているのは、新たな時代の責任。一人ひとりの米国人が自分自身や米国、そして世界に対して責務があることを認識することで、その責務をいや嫌受け入れるのではなく、むしろ困難な任務に対しすべてを投げだして引き受ける….」、また、「最も暗い困難を乗り切るのは、堤防が決壊した時に見知らぬ人を迎え入れる親切心であり、友人が仕事を失うのを傍観するのではなく自分の就業時間を削る労働者の無私の心である。」などのメッセージがあります。これらのメッセージには、「困っている人がいたらたとえ嫌であっても助けの手を差し伸べなければならない」とする「義務論」的な行動の必要性が強調されているといえます。
オバマ大統領のスピーチには、空前の経済危機に直面する米国民に対して、米国再生のために共に手を携え目標達成のために頑張ろうとする「義務論」的な内容が多かったようにみえます。しかし彼のスピーチは、米国民にとどまらず、全世界の人々に対して語りかけたものといえ、倫理的行動の必要性を強く訴えていることが分析できます。
ちょうど2年前、訪問先ワシントンのホテルのTVで初めて聞いたオバマ・スピーチ。新大統領のスピーチには彼が目指す方向性が明確に見て取れます。スピーチ内容はもとより、目標設定やそれぞれの対象(ターゲット)となるパブリックの心を掴む多様なメッセージ。対話を通した双方向性をもったコミュニケーション姿勢、それらのどれをとっても戦略性と緻密性を感じます。まさに天性のPRパーソンといえます。
彗星のように登場し、大統領の階段を駆け上がったオバマ大統領。彼の一挙手一投足を世界の人たちはいま固唾をのんで見守っています。混沌とする世界にあって、米国のリーダーとしてだけでなく、世界のリーダーとして、その高い役割が期待されるオバマ氏の任務が無事に完遂されることをただ祈るばかりです。
2009年01月17日
井之上ブログ 200号記念号
「絆(きずな)」
~日本文化とパブリック・リレーションズの接点
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
日本社会にパブリック・リレーションズ(PR)を根付かせたいとの一念で、2005年4月に始めたこのブログも今回で200号を迎えることになりました。週一度のペースで発行してきた井之上ブログ。読者の皆さんには、いつもご愛読いただき誠にありがとうございます。これからも緊張感を持って発行に臨んで参る所存です。
私たち人間は本質的に「かかわる」存在です。ですから、人間の最も深い体験は他者との関係です。他者とかかわることで私たちは今の自分自身を作り上げているといえます。パブリック・リレーションズは「リレーションズ活動」、つまり「関係構築活動」です。私はこれまでパブリック・リレーションズを日本の初等教育に導入する際、具体的にどのような教育内容にすればいいのか、これといったいいアイディアが浮かびませんでした。パブリック・リレーションズを表現する適切な日本語を見出すことができなかったからです。特に子供たちには難解な「関係構築活動」を、別の言葉に置き換えられないものか頭を悩ませていたものでした。しかし最近一つの言葉が私を捉えたのです。それは「絆(きずな)」です。200号記念の今回は、パブリック・リレーションズと日本に古くから醸成されている「絆」についてお話したいと思います。
■日本でも大切にされてきた「絆」
最近、社会福祉関係の仕事にかかわる機会が多くなっていますが、答えはそこにありました。特に地域社会や家庭崩壊の問題が顕在化している中で、NPOやNGOでは、地域社会での活動を行うときに、たびたび「絆」という言葉が使われています。家族の絆、親子や兄弟との絆、地域との絆、社会との絆、このように「絆」という言葉は日本社会でも古くから使われていた言葉といえます。
大辞林によると、「絆(きずな)とは、 家族・友人などの結びつきを、離れがたくつなぎとめているもの」とあります。それでは「絆」のある状態や環境とはどのようなものなのでしょうか?そこには、「誠実、信頼、気づかい、助け合い(相互利益)、双方向コミュニケーション、友愛、謙遜、道徳、自らの非を認める、間違っていたらお互いが修正できる」など強い結びつきから派生して多くの言葉が頭に浮かんできます。
日本にはこれまで社会が育てていた「絆」や「絆づくり」を学べる環境があったといえます。しかし戦後の高度成長とITの進展にみる急速なグローバル化は、日本の社会システムをも変化させ、地域間の経済や情報格差は地域社会の崩壊をもたらし、核家族化にみられるような人間関係の希薄化が進行しています。終身雇用制により守られてきた企業社会も非正規雇用者が全体の3分の1を超え、不況による突然の解雇などにより様々な深刻な問題が噴出しています。こうした中で「絆」という言葉は、私たちの日常生活から遠い存在になりつつあります。
かって、私たちが大切にしてきた「絆」が、多方面で切れかかっている現状を目にするたびに胸を締め付けられます。私たちは、社会が長い年月をかけて作り上げてきた「絆づくり」の環境を再生させなければなりません。
母子家庭も増え、多くの子供たちは、放課後、塾に通わなければならず、自らが積極的に人間関係を学ぶ機会が喪失しています。地方自治体が地域コミュニティづくりに注力するのもこうした背景があるものと考えます。そんな時代に生きているからこそ、私たちには、意識して「絆」を育てる努力が求められているといえます。
■絆(Kizuna)づくりはパブリック・リレーションズ
私たちは、これまでと違い、意識することで社会にどのように「絆」を作り育てればいいのかを考えなくてはなりません。「絆づくり」を、他の言葉に置き換えると、「関係構築活動」とすることができます。「関係構築」という言葉は、子どもの世界には似合いません。したがって、小学校、中学校においては、パブリック・リレーションズの概念を伝える際は、「絆づくり」という言葉に置き換えるとしっくりきます。
こうしてみると「絆づくり」はその真髄においてはパブリック・リレーションズそのものということになります。これまでの社会でありがちな受け身の姿勢ではなく、前向きに、「目標達成のために、いろいろなところとの『絆づくり』を行うこと」そこには、「倫理観、双方向コミュニケーション、自己修正がある」ことが、子どもたちにとってのパブリック・リレーションズになるのではないでしょうか。
「絆づくり」こそパブリック・リレーションズ。今までのように無意識に行動することなく、今こそ意識して、絆を強めるために関係構築活動を置き換える必要があります。そのためには相手とコミュニケーションをよくとり、双方向性で、いい絆を作り上げていくことが求められるでしょう。
古来農耕民族の日本では、共同体で「絆」を大切にしてきました。日本人が大切にしてきた「絆」。今から14年前の阪神大震災、地域の絆の強さを見せつけた被災者同士の助け合いの姿は世界から絶賛されました。礼儀正しく、底辺のレベルが高い均一化された底力を世界に示し、途上国のよきお手本として役割を果たしてきた日本。私は「絆」とパブリック・リレーションズが結合・合体することで、日本にパブリック・リレーションズがより科学的に理解されるのではないかと考えています。
パブリック・リレーションズの実務家として現在の世界を俯瞰すると、いま米国で起きていることは、ある意味においてパブリック・リレーションズが一方(米国)だけの利益追求のための道具として利用された結果とみることができます。私たちには、21世紀型の新しいモデルが求められています。
当面の目標は全国の大学で、パブリック・リレーションズの講座をスタートさせることです。そのために必要となる教師の育成を急がなければなりません。大学でのパブリック・リレーションズ授業が少ない現在、パブリック・リレーションズの実務を行っているコンサルタントや企業広報で10年以上実務家としてかかわっている人の中から有為な人を見い出し、共通のカリキュラムと教材を作り全国に展開することが急がれています。
今年からそのような環境づくりを始めたいと考えています。
2009年01月03日
新年号 2009年を「創造の年」にするために
~パブリック・リレーションズにできること
新年あけましておめでとうございます。
皆さんは正月をどのように過ごされましたか?
全国的に一部を除いて天気に恵まれた新年、私は自宅のTVで恒例の「箱根駅伝」を楽しんだり久しぶりの友人に会うなど、ゆっくりした正月を過ごしました。
前号では、今年のテーマを「2009年は創造の年に」と設定しましたが、今年は大転換の年になりそうです。米国では、オバマ新大統領の誕生、日本では9月までに衆議院議員の解散選挙による自民、民主激突の結果実現する新政権誕生、そしてサブプライム問題以降の新しい世界的金融システムの構築など、米国の中東政策や金融政策の失敗、また日本の政治システムの機能不全は、新しい秩序の構築を私たちに迫っています。
先週のこのブログで、人類の欲望が世界の構築と破壊を繰り返してきたことを話しました。そして、パブリック・リレーションズ(PR)の視点で捉えた2009年の人類が取り組むべきテーマとして、「拡散する核の脅威にどう対処するのか」と「環境破壊への脅威に対応する新処方箋」の2つを重要な課題として取り上げました。その理由は人類の恒常性維持にとって不可欠の問題だと考えるからです。
■必要なのは基盤となる土台づくり
人類は平和がベースにないと繁栄しないことはこれまでの歴史が証明しています。私たちの繁栄は、私たちを取り巻く外部環境の状態によって左右されるといえます。外部環境が悪い方向へ変化するときには私たちは自らの恒常性維持(安定的なゴール状態の維持)のために、様々な手立てを講じようとします。
先に挙げたテーマのひとつ、核拡散と核戦争の脅威は、私たちの潜在意識に恐怖感を与えています。特に近年、世界各地で発生している無差別テロは、イスラム原理主義者を抱えるイスラム諸国と、キリスト教、ヒンドウー教などの国々との間に軋轢を増しています。
象徴的な問題としてイスラエル・パレスチナ問題がありますが、これこそ人類共通の問題として世界がその解決に真剣に立ち向かっていく必要があると考えています。インター・メディエータとして日本も積極的に調停にかかわることは、世界平和の担保にもなると考えるのです。日本に強力な外交力が求められています。
加えて、地球温暖化問題により急速に市民権を得つつある原子力発電所の維持・管理問題も重要な問題。リスク・マネージメントを考える上で、原発などの核施設は平和な時代にのみ存在できる構造物。したがって世界中に原発が増えれば増えるほど、平和維持に対してこれまで以上に真剣に取り組む必要性が生じるわけです。原発受容には世界の平和維持が大前提なのです。
環境問題も人類生存の重要な基盤。地球温暖化で壊れゆく地球を放置することは人類の滅亡につながります。地球保全のためになすべきことは脱炭素社会を作ることです。現在の技術ですべての対応が困難であっても、目標を明確化することにより人類の英知で必ず問題解決が可能となるはずです。
■いま日本がなすべきこと
核拡散問題で果たす日本の役割は大です。唯一の被爆国として、広島・長崎の悲惨な体験を世界に知らせることは日本の責務。少し具体的な話をしますが、広島・長崎の被爆映像を核の恐怖を知らない世界の指導者に直接手渡すことは極めて効果的です。特に日本の政府や地方自治体の関係者が外国のトップを訪問する際この手法を徹底することができます。DVDのような媒体に編集された映像をプレゼントするなど、パブリック・リレーションズにより、日本が人類共通の問題である核拡散について世界の警鐘役を果たし、将来の核兵器絶廃の実現につなげていくことが可能だと思うのです。
また、2つ目のテーマである環境破壊への脅威に対応する新処方箋として、地球温暖化への対応が鍵を握っているといえます。オバマ次期大統領は新エネルギー政策を掲げ、10年間で15兆円の自然エネルギーをはじめとする環境投資を通して500万人の雇用確保を行い、再生可能エネルギー普及のためのグリーン・ディール政策を始動させようとしています。一方日本は、世界第2の経済大国として最先端を行く環境技術で国民と世界に貢献する。日本の目指すべき道にはほかの選択枝はありません。
現在日本は世界第3のエネルギー消費国。エネルギー問題はすべての国にとって最重要問題です。世界企業の所得ランキングベスト10の7社はエクソンやロイヤルダッジシェルなどの石油会社(日本はトヨタが12位)。日本は、エネルギーの80%以上を輸入に頼りその半分以上を石油に頼っています。日本の2008年度の石油輸入総額は約17兆円(日本総研推計)。この数字は、2009年度の日本の一般会計予算(88兆5千億円)の約20%となっておりエネルギー問題は日本の将来にとって死活問題となっています。
昨年12月6日号でもお話ししたように、脱炭素社会実現のために追求すべき究極のエネルギー開発は、水素エネルギーを中心にしたクリーン・エネルギーの開発です。重要なことは、体力があるいまこそ、日本が急ぐべき課題だと思うのです。日本は国内のエネルギー構造を再生可能エネルギーへドラスチックに転換する枠組みを作り、クリーン・エネルギーの開発を徹底することで、新しい産業を創出し、エネルギー生産・輸出国になることができます。いまこそ次世代に引き継ぐために心血を注がなければなりません。
冷戦崩壊後続いた米国一極主義が崩壊し、様々な価値観を持った民族や国々による多極化が進む中で、
日本は今こそ国家の強い意志で、新しいパラダイムのもとでこの課題に取り組まねばなりません。日本はこの道に進むことによってのみ経済の再生や国民そして世界中の人々に繁栄をもたらすことができると思うのです。
地球世界がますます一つにつながっていく中、私たちパブリック・リレーションズの実務家は、国民や世界の進むべき道を見定めていかなければなりません。自分の目標に新しい潮流を意識しながら、国民や世界が進むべき道とその目標とを重ね合わせて歩んでいくことが求められているのです。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2008年12月27日
パブリック・リレーションズから見た2008年
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか? 今年も残すところあとわずかになりました。
2008年の世界は、経済、政治、外交など様々な分野で多くのことがありました。今年をパブリック・リレーションズ(PR)の視点でみると:1つは、米国が大きく変化していることが挙げられます。ブッシュ政権が始めたイラク戦争の失敗が明らかにされ、自信喪失に陥る国民の前に彗星のごとく登場したオバマ氏。2つ目は、とどまるところを知らない地球温暖化(環境)問題。3つ目は、サブプライム問題に端を発し世界経済を大混乱に陥れ100年に一度といわれる深刻な問題。4つ目は、これらの問題に対処できるリーダーシップ不在の顕在化が挙げられます。
■ことしは破壊の年
こうしてみると2008年は破壊の年といえます。新自由主義の名のもとにイラク戦争を始めた超大国アメリカの権威は失墜し、住宅バブル崩壊に始まったサブプライム問題は、アメリカの金融危機が実体経済(非金融)システムを破壊し世界恐慌に発展する様相を呈しています。
またブッシュ大統領が今月のイラク訪問の際の現地記者会見で、イラク人記者から靴を投げつけられたことで象徴されるように、自らの過ちを省みず自己修正を怠った米国に対する信用は大きく崩壊しました。アメリカが自国の利益に固執した結果、世界をリードできなくなった証左ともいえます。
一方、環境破壊による地球温暖化がもたらす世界規模の異常気象、四川大地震をはじめとする大地を切り裂く地殻変動、私たちがこれまで立っていた大地さえも信じることができない、大丈夫だと思われていたこれまでのシステムもいとも簡単に崩れ去り、世界がまさに液状化状態。
■2009年は創造の年に
これまで人類は欲望のおもむくままに、世界の構築と破壊を繰り返してきました。地球規模で人類の持続的繁栄を考えた場合、とりわけパブリック・リレーションズの視点で捉えた場合、私は次の2つがこれからの重要なテーマとなりうると考えています。1つは、「拡散する核の脅威にどう対処するのか」。2つ目は「環境破壊への脅威に対応する新処方箋」。人類はこれら2つの問題に、今後どのように取り組み、その英知を使うかにかかわってくると考えています。
イラク戦争の失敗やサブプライム問題による健全な世界経済運営の失策で、自信喪失に陥ったアメリカは、次の大統領に人種の壁を越えてバラク・オバマ氏を選びました。来年1月20日の大統領就任を待たず、ばらばらになっている国民を1つの方向へ向かわせ、その立て直しに精力的に活動しています。
有史以来世界は、その時代を生きたリーダーの資質で人々を幸福にも不幸にもしてきました。米国の新しいリーダーの登場は、アメリカにとどまらず、世界にどのような秩序をもたらし、世界をどのように変革していくのか、その手腕に大きな期待が寄せられています。オバマ次期大統領がこれからの世界を、どのような目標のもとに創造するのか、また日本がどのような新しい機軸を提示できるのか期待されるところです。
政治が大迷走し、2年で3人の首相が交代する日本にいまこそしっかりした軸足を持つリーダーが求められています。いまや極限状態にある国民を安心させ、世界が2度と同じ失敗を繰り返さないためにも目標設定が明確に必要とされるパブリック・リレーションズが求められているのです。
本号で今年最後のブログとなりました。この1年間、井之上ブログをご愛読いただき誠にありがとうございました。皆さんには良い年をお迎えくださいますよう。
2008年12月13日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 7
~高等教育におけるパブリック・リレーションズ
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。
今回は、第17章の「非営利団体(NPO)、業界団体、非政府団体(NGO)」(矢野充彦訳)の中から「高等教育」(546ページ)におけるパブリック・リレーションズについてお話します。
米国における単科大学や総合大学の入学者数は増加し続け、1500万人以上が在籍しているといわれています。日本では少子化による18歳人口の減少により、2007年に大学受験者数が募集定員と同数になり、受験希望者全員が大学に入学できる時代になったとされています。こうした状況の中で大学格差が拡がり、2008年度は定員割れを起こした私学が47.1%と報告され、生き残りを賭けた受験生の争奪戦が繰り広げられています。国立大学の運営費交付金も国家財政逼迫のなか削減の一途。いずれの大学も厳しい経営環境にあります。ここでは、米国の高等教育の中で、どのような問題が表面化していて、それらの問題とパブリック・リレーションズが本書の中でどのように関連づけられているか見ていきます。
■パブリックへの教育を積極的に
米国の高等教育界が直面する問題は、概ね次の4つに絞られているようです。
(1)財政支援が不十分で不安定
(2)能力ある学生の獲得競争は熾烈でコストがかかる
(3)政府の制約や規制で大学運営は困難でコストがかかる
(4)学問の自由や身分は、内外の利害関係者から課題をつきつけられている
こうした問題に対して、全米独立大学協会(National Association of Independent Colleges and Universities)のパブリック・アフェアーズ担当バイス・プレジデント、ゲイル・レイマン氏のコメントを次のように載せている。「メディアが教育に関する報道を積極的に行っているように、我々もパブリックやオピニオン・リーダー対象の教育・啓蒙をもっと積極的に行う必要がある」。そして、本書では高等教育におけるパブリック・リレーションズの最終目標を達成するために以下のようにターゲット(パブリック)を明確にし、それらとの関係性の構築を重要視しています。
(1)学生
学生は大学にとって最も重要なパブリックであると同時に、最も重要な
大学のパブリック・リレーションズ代表者である。
(2)職員とスタッフ
職員とスタッフは、教育と統治という重大な役割、そして外部の支持者
に対する大学代表者としての役割をもち、重要な内部のパブリック
でもある。
(3)校友会
校友会の寄付は、高等教育を自発的に支援する最も重要な資金源
である。
(4)コミュニティ・グループとビジネス・リーダー
多くの大学は新たな相互利益関係を築くために、ビジネス関係者に働き
かけている。
(5)政府
パブリック・リレーションズは、全レベルの政府機関の教育部門で理解
と支持を得なければならない。
(6)メディア
積極的なメディアとの関係構築は、長期に渡って効果を生む投資で
ある。大学には、学長や他の運営者、パブリック・インフォメーション
事務局、学生の新聞やラジオ局、職員、運動部の監督やコーチな
どさまざまな「スポークス・パーソン」がいるので、活用すべきで
ある。
(7)保護者など
保護者は中心的支持者である。その他のパブリックは、将来見込める
学生と保護者、現在と将来見込める寄付者、オピニオン・リーダー、
慈善財団、世界中の姉妹校、専門組織や学会などである。
■大学学長の果たす役割
また学長の果たすべき役割として本書は、コアとなるパブリックと対立する価値や要求をバランスよく保つため、効果的なコミュニケーターであり、まとめ役でなければならないことを強調しています。そして学長は、パブリック・リレーションズを必要とされる仕事の一部として認識しなければならないとしています。実際、マネジメント・チームの誰よりも、パブリック・リレーションズ担当者と頻繁に会っているようです。学長は新たなグローバル社会で高等教育に求められるミッションを果たすために必要なリレーションシップやパブリックの支持を確立する重要な鍵を握っており、学長を「学校全体を一番うまくアピールできる人」と、位置づけています。
本書では、米国の大学におけるパブリック・リレーションズのスタッフは教育現場で起こるさまざまな課題への対応や、銃撃犯罪や学生のアルコール・薬物乱用、セクシャルハラスメント、人種間の緊張、そして学部閉鎖などの「キャンパス危機」への対応の重要性についても指摘しています。
日本の大学でも、昨今、学生による薬物乱用やセクシャルハラスメントなど法律に触れる問題が増加傾向を示し、教育関係者を悩ませています。パブリック・リレーションズの問題と課題は山積しているといえます。
2008年11月29日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 6
~良好なメディア・リレーションズのためのガイドライン
こんにちは井之上喬です。
だんだん寒さが増すなか、皆さんいかがお過ごしですか?
今週も、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。皆さんにお伝えしたいエッセンスがまだまだ沢山詰まっています。
今回は、第10章の「メディアとメディア・リレーションズ」(井上邦夫訳)の中から「良好なメディア・リレーションズのためのガイドライン」(324-329ページ)についてお話します。
■メディア・リレーションズはコア・コンピタンス
私の著書『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)のなかで、「メディア・リレーションズは、他のビジネスコンサルティング会社と比べ特異な活動で、パブリック・リレーションズのコア・コンピタンス(中核的競争力)ともいえる。メディア・リレーションズは、さまざまなリレーションズのターゲットに対してアクセスするコミュニケーション・チャネルとしてのメディアとのリレーションズ活動である。」と記しています。
『体系パブリック・リレーションズ』では、パブリック・リレーションズの実務家とジャーナリストとの関係は、底流にある利害やミッションが対立しているため必然的に対立的なものであり、実務家が次のような5つの基本的ルールに従うことで、両者の関係を最適なものにできると述べられています。
いかにメディアとの良好な関係性を構築するか、これはパブリック・リレーションズの実務家にとって世界共通のテーマであり、この点に関しても本書は大いに示唆を与えてくれています。それでは5つのルールについて簡単に紹介しましょう。
■最適な関係を構築するための5つのルール
1) フェアな取引をする
速報性の高いニュースは、メディアが発表サイクルを決定できるように可能な限り迅速にあらゆる関連メディアへフェア伝えることである。速報性が薄い特集材料についても競合メディア間に平等に伝える必要がある。しかし、記者がヒントを掴んで情報を要求した場合、その内容は当該ジャーナリストのものであり、同じ情報は、他のジャーナリストが追随して要求しない限り与えてはならない。
2) サービスを提供する
ジャーナリストの協力を得る最も速く確実な方法は、彼らが希望するときに、すぐに使用可能な形式で彼らが求める、ニュース価値があり、興味を引くタイムリーな内容と映像を提供することである。ジャーナリストは、定められた、時には厳しすぎる締め切りに追われて働いている。ニュースメディアに記事を報道して欲しいと思う実務家は、メディアの準備期間を熟知して順守する必要がある。
3) 懇願したり文句を言ったりしない
ジャーナリストにとって、ストーリーの使用を頼みこむ実務家や記事の扱いに文句を言う実務家ほどイライラさせるものはない。ジャーナリストにとって、その情報が十分に興味を引くだけのニュース価値がなければ、どんなに懇願され文句を言われても採りあげることはない。
4) ボツにすることを求めない
実務家は報道機関に対して、記事を差し止めたり、ボツにするように頼んだりする権利はない。それはめったに機能しないし、プロフェッショナルの行為でもなく、反感を生むだけである。このことはジャーナリストにとって露骨な侮辱であり、米国憲法修正第1条の侵害である。それはジャーナリストにパブリックの信頼を裏切るように頼むことである。好ましくないネタを報道機関から遠ざけておく最良の方法は、そのような話が発生する状況を避けることである。
5) メディアを氾濫させない
仮に金融担当の編集者に、スポーツや不動産情報を送るようなことがあれば、その実務家に対する敬意は損なわれることになる。最善のアドバイスは、どんなジャーナリストがニュースを考慮するかよく考えることであり、メディアのメーリングリストを最新に保ち、各ニュースメディアの最適な一人にのみ送ることである。
この点について本書では、当時『ウォールストリート・ジャーナル』のニューヨーク編集長であったポール・スタイガーさんの面白い試みを紹介しています。それは、記者やエディターが1日にどの位の数量の情報を選別しなければならないかを記録するため、17の地方支局長に対し、彼らが1日に受け取るニュース資料を保管するように頼みました(インターネット経由のニュースは含まず)。支局から送られたプレスリリース、パブリック・リレーションズのワイヤー記事、ファックス、手紙を集めたところスタイガーさんのオフィスに積み上げられた箱は、高さ60センチ以上、長さ約3メートル以上にもなったということです。
米国のメディア情報のおよそ70%は、PR会社や関連組織などから配信されたものをベースにしているといわれています。このスタイガーさんの試みからもPR会社や関連組織がメディアに対して積極的に情報発信している様子が窺えます。
私たちパブリック・リレーションズの実務家は、時として情報発信することに夢中になるあまり、情報の受け手であるジャーナリストの立場を忘れてしまうことがあります。彼らが情報の洪水の中で溺れることの無いように配慮しなければなりません。
2008年11月22日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 5
~戦略立案における調査の役割
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。
今回は、第11章の「ステップ1:パブリック・リレーションズの問題点の明確化」(北村秀実訳)の中から「戦略立案における調査の役割」(339ページ)についてお話します。
パブリック・リレーションズの実務家を対象としたアンケート調査では、パブリック・リレーションズの専門職に必要な継続教育として、調査手法のトレーニングが、常に上位を占めているといわれています。その理由として、ほとんどの実務家は大学時代に調査手法を学習しなかったか、あるいは調査はPR専門職の仕事の一部とは予想していなかったことが挙げられています。
■目の不自由な6人のインド人と象
「戦略立案における調査の役割」の項の冒頭で、日本でもよく知られている「目の不自由な6人のインド人と象」の寓話が紹介されています。目が不自由な6人が象の一部を触っただけで、各人が触ったところだけの印象を手がかりにして象の全体像を描写したという話です。
例えば、鼻を触った人は「象はヘビのようだ」と結論づける。膝を触った人は「象は確かに木のようだ」と言う。このように各人は象の一部だけを触って経験します。最終的には、各人は部分的には正しいが、象の本質についてはほぼ誤ったままで、各自が象との遭遇に基づいて喧々諤々と議論したにすぎなかったということになります。
つまり、パッブリック・リレーションズの実務家に対して、課題となっている状況をしっかり調査しなければ「目の不自由な6人のインド人」と同じ轍を踏む恐れがあると警鐘を鳴らしています。
また、調査の重要性とその目的について「いくら実務家が、調査なしで状況を把握し、解決策を提案できると主張しても、そこには限界がある。実務家は、調査と分析を行ってはじめて、証拠と理論に裏づけられた計画案を提案して主張することができる。この文脈における調査とは、状況を説明して理解するため、そして、対象となるパブリックスが抱いている考えと、パブリック・リレーションズの活動がもたらす結果を確認するための、系統だった情報収集である。それは、執着心、権威、直観にとって代わる科学的根拠となる。そして、その主な目的は、意思決定する際の不確実性を排除することにある。全ての疑問に答え、すべての決定に影響することができないにしても、論理的に系統立った調査は効果的なパブリック・リレーションズの基盤となる。」と論じています。
■インフォーマルな調査とフォーマルな調査
パブリック・リレーションズの調査には、高度に発達した社会科学の手法を利用することもできるが、依然としてインフォーマルな手法が支配的であり、実務家がサンプル(調査標本)の代表性が不明であるといった弱点を理解していれば、その手法は有用であると述べられています。インフォーマル手法として、情報提供者の聴取やフォーカス・グループ・インタビュー、オンブズマンの意見、フリーダイヤル、投書やオンライン情報などが挙げられています。
この場合、実務家がサンプル(調査標本)の代表性が不明であるといった弱点を理解していれば、その手法は有用であると述べられています。インフォーマル手法として、情報提供者の聴取やフォーカス・グループ・インタビュー、オンブズマンの意見、フリーダイヤル、投書やオンライン情報などが挙げられています。
一方、フォーマルな調査手法は、科学的に代表性を持つサンプルからデータを収集するよう設計されており、この調査手法は、インフォーマルな方法では適切に回答できない状況についても、回答することができます。但し、フォーマルな調査手法が有用となるのは、調査の全体デザインの選択以前に、調査の質問項目や目的が明確になっている場合に限られ、こうした条件が満たされることによって初めて、確定された精度と許容誤差の予定範囲内で現象や状況を説明する情報をもたらすことができると強調されています。
「成功しているパブリック・リレーションズのマネジャーは、フォーマルな調査手法と統計学に精通している。今では、多くの大学のパブリック・リレーションズ教育で、調査手法の科目がカリキュラムに組み込まれている。実務家向けの継続教育プログラムでも、プログラムの立案、管理、効果測定の際にどのように調査を活用するかの講義が提供されている。」と述べられています。またこの章の文末は、「つまり調査は、パブリック・リレーションズがマネジメント機能を果たすために、また同時に、統制の効いた機能を果たすために不可欠な要素である。」と結ばれています。
20世紀を生きたエドワード・バーネイズは、パブリック・リレーションズにおけるプロジェクト成功の要因は、社会科学に裏打ちされた綿密な調査・分析にあると説いています。まさに調査は目的達成を確実にするための不可欠な手法といえます。
2008年11月01日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 4
~政府とメディア・リレーションズ
こんにちは井之上喬です。
もう11月に入りました。皆さんいかがお過ごしですか?
今週も、『体系パブリック・リレーションズ』(Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上の-ロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的本です。
「新聞の存在しない政府を持つか、あるいは政府の存在しない新聞を持つかその決断が私に残されたとすれば、私はためらうことなく後者を選択する」。これは新国家創設にとって不可欠の報道の自由を保障した米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの言葉です。今回は、第16章の「政府とパブリック・アフェアーズ」(井之上喬訳)について、主要な活動である「政府とメディア・リレーションズ」をお話します。
■「政府のパブリック・アフェアーズの目的」
この本ではまず、政府のパブリック・アフェアーズ(以下PA)の目的として、一般的に以下の7項目を挙げています。
1)有権者に政府機関の活動を伝える 2)国家プログラム(投票、舗道整備など)への積極的な協力や規制プログラムの順守の確実化。3)制定した政策やプログラムをパブリックが支援(国勢調査への協力、災害救援活動など)するよう育成する。4)政府閣僚に対してパブリックの主張を伝える。5)内部のための情報管理(職員むけのニュースレター、電子掲示板、インターネット・サイトのコンテンツ) 6)メディア・リレーションズを円滑にする 7)コミュニティと国家の建設(国民健康キャンペーン、国民の安全保障プログラムを利用した様々な社会プログラムなど)。
同書はまた、「政府のパブリック・アフェアーズ実務家の基本的な仕事は、情報を伝えることにある。」と明示。政府内外の人々への継続的で確実な情報フローを最優先事項としています。「重点項目は規模に関係なく、各組織が行う行政サービスについて、一般と特別なオーディエンス(情報受信者)に情報を準備して伝えることにある。」とし、その活動は通常、内外への一般情報サービスを通じて遂行すると記しています。
これら情報の通達は、望ましい成果を得るロビー活動の一環ではなく、国民に情報を伝えて周知徹底することであるとし、連邦政府より下位レベル(州、市町村)の場合のPA活動は、地域や予算を組み合わせて調整されることが多いと論じています。
いずれの場合も、重点項目は同じで、「パブリックに政府活動や行政サービスについて情報を伝えることにある。」と述べています。しかし、「情報サービスが海外のオーディエンスを意図して、情報発信される場合は、それが単なる情報伝達か、あるいは人々への影響を与えるためのものかで対立することもある。」とも論じています。つまり、単なるお知らせか、そうではなく、政府の政策を受容させることで影響を与えたいと考え情報発信することなのか、異なったアプローチがあることを述べています。
■「政府におけるメディア・リレーションズ」
冒頭のトーマス・ジェファーソンの言葉にみられるように、米国は政府発足以来憲法修正第1条で報道の自由を保障しています。『体系パブリック・リレーションズ』では最近になって憲法で保障された報道の自由は拡大され明確になったとし、「情報公開法や『サンシャイン法、(議事公開法)』には政府についての自由な発言や論評ができる言論の自由に加えて、政府の情報にアクセスする権利なども文書化されている。」とメディアの政府へのアクセスの自由度について論じています。
「例えば、国家安全保障、訴訟、特定の個人記録など、明らかに不適当な分野を除き、政府が保持するほぼすべての情報は、報道機関が閲覧することも、調査目的で一般人が閲覧することも可能である。」また、「その多くにおいて、未完成の報告草案や手書きの記録でも、記者がこれらに特別な知識を持っている場合は、それらを特定項目に絞って請求し、閲覧することもできる。」と政府情報のオープン性も強調しています。
著者のカトリップ、センター&ブルームは、政府とメディアとの間には立場の違いと共に情報の有効性についての認識の差があると論じています。そして、政府メディア双方に困難な問題があるにもかかわらず、政府は依然として重要な情報を伝える手段としてニュースメディアに大きく依存しているとしています。またメディアの影響力について、マイケル・グロスマンとマーサ・クマールの言葉を引用し、「報道機関について、『国家の政治シーンにおいて、大統領をはじめ、議会や官僚、政党、圧力団体などの主要な権力に影響を及ぼし、同時に、それらの権力から影響を受ける主要な権力の一つになった』」と述べています。
しかし一方では、「メディアが彼らの本来の仕事の基準に達しているとは考えていない。」と政府部内の一部の見方を示しています。つまりクリントン大統領の一連のスキャンダルが表面化した際に、多くの主要報道機関が、大統領の外国首脳との関係を報道する代わりに、ポーラ・ジョーンズやモニカ・ルインスキーとの関係についての過剰報道に対する国民のメディアへの疑問について明らかにしています。
また政府報道については、「政府の森羅万象を解釈するには訓練を積んだ専門家が必要であり、(中略)政府のパブリック・アフェアーズ専門家は国民とコミュニケーションを図るため、ジャーナリストと協働して重要な役割を演じる…」と高度な専門家の介在の必要性を説いています。
政府とメディアとの関係性については日本においても、首相やその周辺のスキャンダルにフォーカスされるあまり、本来の国民が必要とする報道が十分になされなかったり、重要な法案の審議中に別の問題でメディアの関心がこの問題に向けられ過剰報道するなど、同じようなことが言えます。
戦後長きにわたって日本の政府からの情報発信は、そのシステムにおいても極めて脆弱なものでした。サブプライム問題で世界が不安定な中にある今こそ、日本の過去の教訓を内外に向けて強力に情報発信しなければなりません。ぜひ一度『体系パブリック・リレーションズ』を手に取ってください。新しい施策が浮かんでくるはずです。
2008年10月25日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 3
~必須条件となる文章力
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
3週連続して今週も、世界で「パブリック・リレーションズのバイブル」として高い評価を得ている Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳『体系パブリック・リレーションズ』(ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。
今回は、第2章の「パブリック・リレーションズの実務家」(井上邦夫訳)の中から、パブリック・リレーションズ(PR)の分野で成功する必須条件として採りあげられている文章能力について紐解きます。
私もかつて実務家に求められる10の能力の3回目で「文章力を伴ったコミュニケーション技術」(06年3/17)について書いています。広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家は、様々なリレーションズを通して戦略的に設定された目標や目的を達成していく仕事です。具体的に行動する上で企画書やプレス・リリースの作成など、文章を書くことが要求される場面が数多くあります。したがってプロフェッショナルとして質が高くかつ説得力のある文章は、相手の理解と共感を得るのに有効です。EPRでパブリック・リレーションズの実務家の必須条件として採りあげられていることからも、文章能力の重要さは世界共通のことであるようです。
■文章能力はキャリアの一生を通じて続く
「パブリック・リレーションズの実務家は、様々な状況に対応するため、また自分たちがなすべきことについて外部の期待に応えるために必要な言動パターンを身につけてきた。次の4つの主要な役割が、パブリック・リレーションズの実務の多くを示している」と本書では語っています。それらは「コミュニケーション・テクニシャン」であり、「エキスパート・プリスクライバー」(パブリック・リレーションズの問題に対して処方箋を書く専門家)、「コミュニケーション・ファシリテーター」(まとめ役)、「問題解決ファシリテーター」です。
特にコミュニケーション・テクニシャンには、ニュース・リリースや特集記事の執筆、社内報の執筆と編集、ウェブサイト・コンテンツの作成、ステークホルダー(利害関係者)向けニュースレター、手紙の発送・返信、株主への報告書と年次報告書、スピーチ原稿、パンフレット作成、フィルム・スライドショーの原稿、業界紙の記事企画、企業広告の文案、製品や技術関連資料の作成など広範な業務が紹介されています。そして「職務と責任の組み合わせは組織によって大きく異なるが、パブリック・リレーションズ業務の中心的役割として文章作成スキルの要件はキャリアの一生を通じてずっと続く」と結んでいます。
また、クライアントがパブリック・リレーションズの実務家に求める特性には、ビジネスがどのように機能するかについての理解やコンピュータソフト、ニューメディア・テクノロジーを使いこなすスキル、時事問題に関する知識などが挙げられていますが、「あらゆる調査で常にトップに挙げられる特性は文章作成能力であり、これは他の特性を大きく引き離してナンバーワン」と書かれています。特にメディアに配信するプレス・リリースはメディアの信頼を得たクオリティーを持たなければならないことからも、このことは理解できます。
■文章力低下は日米共通
この第2章を読んでいて、文章能力に関するある米国企業経営者の次のようなコメントが強く印象に残っています。「多くの新卒者の最も弱い分野の1つは文章を書くこと。それはおそらく『愕然とする』類のものであり・・・・」といった内容のもの。これなどは最近、「若者言葉」、「ギャル語」、「バイト敬語」など日本語の乱れの問題として議論を呼んでいるわが国においても、同じように文章能力の低下傾向が見られます。
ネット社会の到来で情報がますます氾濫する中で、e-メールの急速な普及などにより文字表現によるコミュニケーションは以前よりはるかに増えています。パブリック・リレーションズ実務家の活動領域の広がりとともに、ますます文章能力のスキルが問われることになるでしょう。
文末になりますが、パブリック・リレーションズの実務家を目指す人たちに『体系パブリック・リレーションズ』第2章の中にある、次の言葉を贈ります。「パブリック・リレーションズのキャリアの階段を昇り始める前に、まず文章の書き方を学ぶべきである」(64頁)。
2008年10月18日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 2
~功利主義と義務論
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は先週に続いて、米国で半世紀以上の-ロングセラーを記録する Effective Public Relations 第9版の邦訳『体系パブリック・リレーションズ』(9月20日発売:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。
今回は、第5章の「倫理とプロフェッショナリズム」(伊吹勇亮訳)の中の「功利主義」と「義務論」について紐解きます。善と悪は倫理における普遍的なテーマですが、同書では功利主義と義務論は、倫理的な意思決定における道徳哲学の2つのアプローチとし、組織体の意思決定の倫理について、パブリック・リレーションズ(PR)の専門家が経営トップに評価と助言を行う上で役立つものとしています。
■「最大多数のための最大幸福」
皆さんは上のタイトルを時々耳にしたことがあると思います。これは功利主義を端的に表す言葉です。ジェレミー・ベンサムが創始し、その後教え子のジョン・スチュアート・ミルが継承した功利主義は、意思決定の利益を最大多数のために最大化しそれ以外の人々に及ぶ悪の帰結を最小化しょうとする。この種の哲学が協調するのは、パブリックに善を提供すること、あるいは社会の最大多数に提供することであると論じられています。
カトリップらは、「功利主義的観点から行動の道徳性を判断する場合、パブリック・リレーションズの専門家はいずれの選択肢が最大多数に最大量の善を生み出すかを判断して選択肢全体から考慮し、実務家は正の成果を最大化し、負の成果または危害を最小化する選択肢を採用する。」と記述しています。
カトリップらは、功利主義は通常のビジネス上の倫理的な意思決定で最も一般的なアプローチとしながらも、その有用性の限界も指摘しています。つまり、功利主義においては最大多数が幸福であっても少数派は不幸な現状を意図的または気付かずに正当化されるとし、多数派を常に優先すると、組織体は市民やステークホルダーから始まる変化に対応できなくなると論じています。
確かに、新しい秩序や枠組みが形成されるときには少数の意見に始まりやがて多数に拡大します。功利主義に走りすぎるとそのような芽を摘んでしまうことになるという恐れを孕んでいます。
■「正しいことをせよ」
一方、この反対に義務論が位置します。上の言葉は義務論を端的に説明することば。ドイツの哲学者イマニュエル・カントによって確立させた倫理。カトリップやシャノン・ボーウェンらは、「義務論の倫理は、予測された成果に基づく道徳的決定をベースにするのではなく、道徳原則そのものに焦点を絞る」ものとしています。また「このアプローチは、倫理は、成果ではなく義務によって導くことを維持するため、『非結果主義』とも呼ばれる。」と論じています。
カトリップやボーウェンらは、義務論は我々の道徳的義務が正しい行動の道を示すことであるとし、複雑な状況の中で、何が正しいのかをどのように知ればいいのか問いかけ、倫理的に何が正しいかを決定する方法は、絶対義務として知られる義務の意思決定基準により明らかになるとしています。
そして絶対義務には、カントの言うところの人間の「意図するもの」、つまり決断時に影響を及ぼす潜在的な意思、そして他者への尊厳と敬意を測る2つの側面があると論じています。義務論では、「善意」以外の動機は堕落と見なすために、善意が意思決定における唯一の真の指針であると論じています。
これらをまとめると、義務論において倫理的であることは、善意と他人に対する尊厳や敬意に基づく道徳上の義務を果たし、相互利益を実現することであるといえます。
こうしてみてみると、アメリカ(欧米)の倫理には、功利主義と義務論という道徳哲学における2つのアプローチが補完関係をなしているといえます。わかりやすく解説すると、最大多数のための幸福からこぼれ落ちた人々に善意の手を差し伸べるということになります。
ちなみに、この5章の共著者であるシャノン・ボーウェン教授は2007年の2月、メリーランド大学教授時代に、私を同大学院の授業に招いて下さり「自己修正モデル」について米国初の講義を行うチャンスを下さった人。米国を代表する、パブリック・リレーションズ倫理研究の第一人者です。
このところ、内外でさまざまな不祥事や問題が続発しています。そこには経営トップにこうした倫理観が希薄なことが窺えます。倫理観のないガバナンスやコンプライアンスは名ばかりのものでしかありません。
こうした時代にあってパブリック・リレーションズの実務家には、その根底に揺るぐことのないバックボーン(倫理観)が強く求められているといえます。
2008年10月11日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 1
~オープン・システムとクローズド・システム
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
米国でロングセラーを記録する Effective Public Relations 第9版の邦訳『体系パブリックリレーションズ』が9月20日に発売されました。20世紀を代表するパブリック・リレーションズの研究者スコット・カトリップ、アラン・センター、グレン・ブルームによる同書はパブリック・リレーションズのテキストブックとも言われ、米国でも多くの学生が利用しています。
今回は、カトリップ氏らが、生命体の永続性をテーマにした生態学から進化したシステム論をパブリック・リレーションズに応用して唱えたコンセプト「オープン・システムとクローズト・システム」を紐解いてみます。
■ 壁が障害となるクローズド・システム
システムとはある境界を持ち、他のシステムと相互作用しながらその境界内の時間軸で目的を達成・維持し、永続しようとする一連の単位です。
パブリック・リレーションズ(PR)という枠組みでシステムを考えると、パブリック・リレーションズにおける一連のシステムに含まれるのは、組織体(クライアントまたは所属する組織)とパブリックです。カトリップ氏らはパブリックを「組織体が相互に利益を享受し永続的関係性を確立・維持すべき人々」と定義しています。
カトリップ氏らは、組織体を1つのシステム、さまざまなパブリックを抱合した1つのシステムと捉え、システムの相互関係の在り方により、クローズド・システムとオープン・システムという2種類のシステムに分類しました。
クローズド・システムにおける特徴は、対応型。クローズド・システムには、情報の流通はあまりなく外部とのコミュニケーションは一方的。このシステムには自らを変えるという発想はなく、このタイプの組織は対象(ターゲット)となるパブリックを変えようと行動します。組織利益を優先し一方的な視点で外部の状況を把握するので、環境変化に追いつけずに危機に陥りやすいのもこのタイプです。
カトリップ氏らは、批判した雑誌社のインタビューに応じなかった企業や、BSE(狂牛病)の証拠提出の後もその事実を否定し続けたアメリカの牛肉業界等を例に取り上げ、クローズド・システムを説明しています。そして彼らは、パブリックを考慮せず問題処理に消極的である閉鎖的な状況を作り出している、組織とパブリックの間の壁が、組織繁栄にとって大きな障害となると言及しています。
■ 生き残りに必要なオープン・システム
システムの究極の目的は生き残ること。生存のために恒常的な変化を続ける状態をホメオスタシス、生き残るために内部構造や目標達成プロセスを変化させることをモルフォジェネシスといいます。情報流通が双方向で、外部の変化と共に内部も変化していくホメオスタシスとモルフォジェネシスが継続的に機能しているシステムをオープン・システムといいます。
オープン・システムの特徴は、積極型。このシステムを採用する組織は、対称性の双方向性コミュニケーションを通した相互利益に基づく相互変化が可能です。このタイプの組織は、パブリックの変化に敏感に反応し、その変化に積極的に適応しようと行動するので、問題発生を未然に防ぐことができます。また、実際に問題が発生しても、その窮地から新たなWINWIN環境を作り出し、更なる飛躍に役立てることが可能となります。
カトリップ氏らは、オープン・システムを問題回避や問題解決を効果的に行なえるモデルと位置づけています。そしてカトリップ氏らは、積極的に問題に直面して解決したカルフォルニアのピスタチオ協会やデジタルリサーチ社等の例を挙げて、組織の生存と繁栄において、相互利益の視点に立ち、パブリックと能動的に関わり自らを変化させる事の重要性を論じています。
日本の社会には、リスクを取らずに現状維持に終始する企業、問題を先送りにして不祥事を起こしている企業など、クローズド・システム的な企業が未だ多く存在します。しかし情報流通網が複雑に絡み合う21世紀に、組織が閉鎖的であることはもやは不可能です。
カトリップ氏らは、「パブリック・リレーションズの業務は、端的に言えば、組織を取り巻く環境に合わせて調整・適応できるように組織体を支援することにある」といっています。つまりパブリック・リレーションズの実務家の役割とは、組織体の将来像を見据えて、組織をオープン・システムの状態に導き維持することにあるという意味です。
このセクションを読むと、日本における閉鎖性を打開する鍵がパブリック・リレーションズの理論と実務にあることが再確認できるように思います。是非手にとって読んでみてください。
2008年09月13日
『体系パブリック・リレーションズ』発売開始
~エフェクティブ・パブリック・リレーションズ日本語版
米国で、パブリック・リレーションズのバイブルといわれているエフェクティブ・パブリック・リレーションズ(Effective Public Relations:EPR)の日本語版(写真)がようやく完成しました。
邦題は『体系パブリック・リレーションズ』(日本広報学会・監修、ピアソン・エデュケーション、568頁)。本ブログ8月2日号にもご紹介したように、1952年の初版刊行以来、半世紀以上にわたりロングセラーを続けるEPR。その2006年発行の第9版の日本語版がこのたび完成し、全国大手書店で発売が開始されました。
本書は全体が4部17章で構成され、その内容はどの章もパブリック・リレーションズに関わる私たちにとって、PR戦略を新たに構築したり見直すうえで示唆に富んでいます。
私も6名の訳者の一人として、3つの章(第3章:組織体構築と第7章:理論的基盤・調整と適応、第16章:政府とパブリック・アフェアーズ)を担当しました。
■トヨタ張会長の鮮烈なメッセージ
「トヨタ自動車に入社して最初の配属先で担当したのが、パブリック・リレーションズでした」。冒頭、目に入ってきたのは、日本広報学会会長でトヨタ自動車会長の張富士夫さんの推薦の言葉です。
張さんは、米国駐在時には組織体として企業市民の考え方やマスメディアへの対応、労使関係のコミュニケーション、そしてコミュニティの中での企業のあり方など現地体験を通してパブリック・リレーションズを学び習得されたようです。
またその言葉の中で、「組織体として倫理観をベースに経営者の立場でステークホルダーといかに双方向のコミュニケーションができるかを常に考えてきたことは、まさにパブリック・リレーションズそのものであり、マネジメントの一角をなすものです。」と、経営者にとってパブリック・リレーションズの重要性を強調すると共に、その位置づけを行っています。
■2年がかりの翻訳作業
本書の訳者は、私のほかに、井上邦夫さん(東洋大学経営学部准教授)、伊吹勇亮さん(長岡大学産業経営学部専任講師)、北村秀実さん(関西学院大学経営戦略研究科特任准教授)関谷直也さん(東洋大学社会学部専任講師)、矢野充彦さん(グリーンヒル研究所代表、麻布大学兼任講師)の計6名。そしてワーキング・グループには、全体の用語や表現の統一など実質的な監修に尽力した皆見剛さん(井之上パブリックリレーションズ常務取締役)、矢野充彦さん(同上)、五十嵐正毅さん(早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程)の3名。
偶然なことですが、私が最初の原稿(第1章)に取り掛かったのは、ちょうど2年前の2006年9月中旬。米国での調査研究のために、オットー・ラビンジャー(ボストン大学名誉教授)やジェームス・グルーニッグ(メリーランド州立大学名誉教授)、そしていまや唯一現存する、本書原作者の一人であるグレン・ブルーム(サンディエゴ州立大学名誉教授)さん達と面談し、日本に帰国する飛行機の中でした。
パブリック・リレーションズ(PR)はあらゆる個人や組織体で活用されるものですが、体系パブリック・リレーションズは実務家、研究者、学生にとどまらず組織体の経営者にも読んでいただきたい本です。価格は8500円+税ですが、これから皆さんを強化する武器として考えれば、パブリック・リレーションズの幅の広さと奥行きの深さを具体的に味わうこともでき安い投資となるはずです。
これまでパブリック・リレーションズに適当な日本語訳は見つかっていません。あえていうならば、私は「戦略広報」がふさわしいと考えています。日本の企業体では近年、広報部門でコーポレート・コミュニケーションが用語として使われていますが、本書の33頁にも示されているように、パブリック・リレーションズの概念や職務は企業体におけるコーポレート・コミュニケーション(企業広報)の概念と同じであることがよく理解できます。
仕事の合間、休みを返上し莫大な時間を使ってそれぞれの役割を果たされた本プロジェクトにかかわった皆さん、本当にごくろうさまでした。とりわけ基本文献プロジェクト主査として全体の進行役を務め、プロジェクトの責任を果たされた矢野充彦さん、ありがとうございました。
2008年08月30日
「人間力」は社会を変える
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
日本社会が崩れかかっていることは、このブログでも何度か指摘していますが、年間3万人を超える自殺者、親子殺人、通り魔殺人、幼児虐待、教育界の不祥事そして組織体の不祥事などなど、年々勢いを増すことがあっても減る傾向にありません。これらの問題の根底にあるのは、「人間力」の欠如であるといえます。
先日、私の入っているある会の集まりで、同じメンバーの谷川和穂(元法務大臣、防衛庁長官)さんとお話する機会がありました。半世紀ほどつとめあげた国会議員を辞められた谷川さんが現在力を入れているのは更生保護司という仕事。
その仕事内容については、これまで何度かご本人からうかがっていたのですがピンと来ていませんでした。しかし偶然にも先日、法務省保護観察局が刊行している月刊誌「更生保護」への執筆依頼をきっかけに、更生保護司という谷川さんの仕事がどういうものか分かったのです。
■社会の最端で働く更生保護司
更生保護司は現在全国で約5万人。犯罪や非行をした、年間約7万人の護観察対象者に対して、更生を図るための約束ごと(遵守事項)を守るよう指導するとともに、生活上の助言や就労の援助などを行い、その立ち直りを助けるものです。社会が抱えるひずみや矛盾の中に生きる人に、希望や力を与える崇高な仕事といえます。
更生保護制度は明治中期に民間人がはじめた慈善事業が源流。更生保護司の身分は非常勤の国家公務員ですが無給で実質的には民間のボランティアで、世界に類を見ないユニークな制度です。70歳後半とは思えないぐらいお元気な谷川さんは、全国保護司連盟会長として週末には全国を駆け回っています。
谷川さんは最近の傾向として、2つの胸の痛む話をしてくれました。一つは、これまでほとんど見られなかったこととして、70代の初犯者が出ていることについてです。かれらは経済的な問題を抱え、老後、自力で生活できない人が国の施設の世話になることを期待し犯罪行為に至るようです。先日の渋谷駅の自称79歳の老女による通り魔事件のように、老人が所持金もなく、事件を起こせば生活は警察がなんとかしてくれるというおもいで凶行に走ることなどはこれまで考えてもみなかったことです。
法務省の平成19年版犯罪白書(HP)では、刑法犯認知件数で2002年には戦後最多を記録しその後は減少に転じてはいるものの、10年前(H8年)の246万件から平成18年には287万件と増加。中でも高齢者の犯罪は著しい増加を見せ、平成18年の60歳以上の新受刑者数は、同じ平成8年と比べて2倍以上に達しています。
谷川さんの指摘したもう一つの傾向は、低学歴で収入の低い若者が早婚によりたどりがちなケース。生活苦で高利貸しから借金をし、過酷な取り立てで離婚し一家離散の憂き目にあいます。若い母親はシングルマザーになりますが、低収入のためにアパート代を払うとほとんど何も残りません。生活に追われ養育に手が回らず子供は放置されたまま。その結果、子供は薬物に手を出し非行を繰り返すようです。若者の犯罪が増えている背景にはこのような事情があるのかもしれません。ちなみに、20代前半で1犯目の罪を犯した者の再犯率は41%。20台後半で1犯目の罪を犯した者の再犯率は28%(平成18年)。
■「人間力」とパブリック・リレーションズ
これらの状況に至る要因はさまざまありますが、その根底には人間力の劣化があります。日本の抱えるさまざまな問題を単に社会システムの構造的問題として捉えるだけでは無理があるからです。人間力のベースには「倫理観」があります。倫理観という言葉はよく耳にするものの、なんとなく使用されることが多く、むしろ明確な意味を持って使われることのほうが少ないかもしれません。
倫理観を誰にでも解りやすく端的に言い表すと、「人間の行為における善・悪の観念」で人間力になくてはならないものです。そして人間力をもたらすものは何かというと、それはパブリック・リレーションズ(PR)。
また、人間力とは、周囲(パブリック)との関わりの中で自分の道を切り開いて生きていく力でもあります。私たち人間は本質的に「かかわる」存在です。したがって、人間の最も深い体験は他者との関係です。他者とかかわることで私たちは今の自分自身を作り上げています。パブリック・リレーションズは倫理観のある環境で、相手との情報流通が双方向状態にあり、その行為に間違いがあれば、自らを修正しなければなりません。
特に罪をおかした人が更生(自己修正による立ち直り)するとき、社会にこれを受け入れる土壌が必要となります。人間は、完全ではなく罪を犯すものであるという考えに基づいた社会でなければ、更生者が社会での居場所がなくなってしまうからです。
更生保護は、人とさまざまな社会をつなぐ仕事。心と心のふれあいを大切にし、様々な人との出会いから学び向上していくことで社会に役立つ人間を育成します。まさに人間力を強化するパブリック・リレーションズ(PR)が求められているのです。
2008年08月02日
『体系パブリック・リレーションズ』出版まぢか
~Effective Public Relations日本語版
こんにちは井之上喬です。
夏休みもいよいよ佳境に入ってきました。
皆さんいかがお過ごしですか?
昨年2月、井之上ブログの100回記念として、パブリック・リレーションズ登場・発展の地、米国で、最も多くの人に読まれているパブリック・リレーションズの名著 Effective Public Relations (以下EPR: Prentice Hall Business Publishing)を紹介しました。
EPRは1952年の初版刊行以来、半世紀以上にわたり愛読され毎年、数万部もの売上げを記録する大ロングセラー。2006年には第9版(大判全486頁)が刊行。日本では30年以上前に、第4版が『PRハンドブック』の題名で日刊工業新聞社から出版(松尾光晏・訳:1974年)されています。
いよいよ、そのEPR日本語版が来月(9月)上旬に全国の大手書店に並ぶ運びとなりました。邦題は『体系パブリック・リレーションズ』(日本広報学会・監修、ピアソン・エデュケーション)です。今回はEPR日本語版の発刊を前に、出版にいたる経緯や同書の構成、そして私が訳者として担当した第3章:組織体構築と第7章:理論的基盤・調整と適応、第16章:政府とパブリック・アフェアーズについてその内容をほんの少しご紹介します。
■パブリック・リレーションズの「バイブル」
EPRの日本語版発刊を提唱し、監修した日本広報学会(会長:張富士夫、トヨタ自動車代表取締役会長/理事長:境忠宏、淑徳大学教授・学長特別補)は、「経営体の広報・コミュニケーション活動全般について、学術的かつ実践的研究を行うこと」、そして「社会に開かれた経営体のあるべき姿を 洞察し、必要とされる施策の内容を検討し、展開の方法および技法の開発に努める」ことを趣旨として 1995 年に設立されました(日本広報学会HPより抜粋)。
このプロジェクトは、同学会設立10周年を迎えた2006年、記念事業の一環としてパブリック・リレーションズ(PR)に関する世界的な文献を翻訳・出版するために立ち上げられました。その第一弾として選定されたのが、ERP。
スコット・カトリップ、アラン・センター、グレンブルームの3名の共著によるEPRは、米国の300以上の大学で教科書として採用され、中国やイタリア、韓国、ラトビア、ロシア、スペインなどでも翻訳・出版され、世界でパブリック・リレーションズを学ぶ標準的な教科書として高い評価を得ています。また豊富な情報を満載しパブリック・リレーションズを多角的に捉えた同書は、学生だけでなく、パブリック・リレーションズの実務家や企業経営者、研究者など幅広い人々に愛読されています。
2000年に他界した、S・カトリップのために捧げられたEPR第9版は、著者の一人であるグレン・ブルーム(Glen Broom,1940- )が序文で識者の言葉を引用して「パブリック・リレーションズに関する基礎的教科書のすべてがこの本の基準に照らして評価される」と述べています。まさにパブリック・リレーションズのバイブルといえます。
■起源から最先端までを網羅
『体系パブリック・リレーションズ』は全体を4部17章で構成。どの章もパブリック・リレーションズに関わる私たちにとって、PR戦略を新たに構築するうえで、またPR戦略を見直すうえで極めて示唆に富む内容となっています。第1部ではパブリック・リレーションズの起源とその変遷を発展段階にわけて概観。それぞれの時代に活躍した実務家や研究者のストーリーを交えながら説明。第2部では倫理やコミュニケーションなど、PRの理論を支える基盤や原則を解説。さらに第3、4部ではその理論に基づいて、企業や政府におけるパブリック・リレーションズの実際や実践に役立つプロセスや最新の手法を紹介しています。
第1部 概念・実務家・コンンテクスト・起源
1章:現代パブリック・リレーションズの概念
2章:パブリック・リレーションズの実務家
3章:組織体構築
4章:パブリック・リレーションズの歴史的発展
第2部 基本要件
5章:倫理とプロフェッショナリズム
6章:法的考察
7章:理論的基盤・調整と適応
8章:コミュニケーションと世論
9章:インターナル・リレーションズとエンプロイー・コミュニケーション
10章:メディアとメディア・リレーションズ
第3部 マネジメント・プロセス
11章:ステップ1パブリック・リレーションズの問題点の明確化
12章:ステップ2計画立案とプログラム作成
13章:ステップ3実施とコミュニケーション活動
14章:ステップ4プログラムの評価
第4部 実践
15章:事業および企業におけるパブリック・リレーションズ
16章:政府とパブリック・アフェアーズ
17章:非営利団体(NPO)、業界団体、非政府団体(NGO)
『体系パブリック・リレーションズ』は、広報学会のメンバー6名により翻訳されています。私が担当した第3章の組織体構築では、さまざまな組織体におけるパブリック・リレーションズの導入経緯とその重要性、そして経営トップの影響力などについて言及されています。また、多くの組織体ではPRがなぜスタッフ職務なのか、組織体におけるPRへのニーズを果たすうえで、組織内部門とPR会社を利用する場合を比較し、その長所と短所を説明しています。さらには、クライアントに対するPR会社のサービス料金についても触れています。
第7章の理論的基盤・調整と適応では、パブリック・リレーションズの理論モデルを提示し、その論理的基盤として調整と適応について論じていています。システムを定義し、パブリック・リレーションズにとって調整と適応が如何に重要であるかを説明し、システム理論がどのように役に立つかを探っています。オープンシステムとクローズドシステムの違い、対応型、積極型パブリック・リレーションズの概念も説明しており、理論研究の上で興味深い内容になっています。
そして第16章の政府とパブリック・アフェアーズでは、歴史的な経緯にもふれながら、パブリック・アフェアーズ・プログラムの主要な7項目のゴール(目的)をリストアップして解説を加えています。また、政府の効果的はパブリック・リレーションズに立ちふさがる3項目の障害にも触れています。そして、米国ならではの、軍事におけるパブリック・リレーションズの役割にも言及されていて興味を引く内容となっています。
いずれの章も、充実した内容となっていますが、個人的には「自己修正」を研究テーマにしている私にとっては7章に最も関心が高く、できるかぎり平易な翻訳につとめました。
これまで日本で、PRや広報の実務書は数多く出版されていますが、理論を体系化した書籍はほとんどありません。この翻訳プロジェクトを通して、パブリック・リレーションズ(PR)の幅広さと奥行きの深さが改めて認識できました。皆さん9月上旬の発刊をぜひ楽しみにしてください。
日々本業で多忙を極める中、莫大な時間を費やし翻訳にあたった他の5名の先生方そして、3名のワーキング・グループの方々、本当におつかれさまでした。
2008年07月19日
組織体はどうすれば存続できるのか
~調整・適応そして自己修正
こんにちは井之上喬です。
本州の大半では梅雨が空け、猛暑の夏が幕開けました。
皆さんいかがお過ごしですか?
最近、企業や官庁、自治体などで頻発する不祥事には心底から考えさせられるものがあります。
一連の食品偽装表示や偽装請負、官庁の居酒屋タクシーなどの不祥事はなぜ繰り返されるのでしょうか? 組織体は常に変化する環境の中で生存能力を試されています。内外の環境の変化に、私たちはどのように対応すべきなのか、組織体の生成活動は、「生態学」から学ぶことができます。組織体が成長・維持してくことは、生体が生命の安定的維持を図ることと似ているからです。
■生態学における恒常性維持
1930年代初め、X線を初めて医学分野に導入したハーバート大学の生理学者、ウオルター・キャノンは、生体における「ホメオスタシス(恒常性維持)」の概念を確立しました。キャノンはホメオスタシスを、変動する内外の環境に合わせて、自らの身体の調整を試みる生物の資質(自己調整機能:Self-Adjustment)や身体内の安定状態の維持をはかろうとする機能と規定しました。
たとえば、体外の寒さに対する体内の温度調整や高地での血液中の赤血球数の増加による酸素供給の恒常性維持。また糖尿病で、血液中の血糖値の高低によりブドウ糖とインシュリンのバランス調整を行ない、恒常性の維持をはかるなどは恒常性維持が機能していることを意味します。
スコット・カトリップは変化を続ける環境へ対処することをパブリック・リレーションズ(PR)の本質として捉え、生態学の概念をパブルック・リレーションズに持ち込みました。カトリップとアラン・センターは彼らの著作 Effective Public Relations(EPR) の初版(1952年)で、パブリック・リレーションズの本質的な機能として、「組織体は、変化によってすべての当事者に利益があるような調整を行わなければならない。」(筆者訳)と規定。そして前述のW・キャノンの自己調整機能を用いて、変化する外界に適応するホメオスタシス(恒常性維持)の概念をパブリック・リレーションズに適用したのです。
組織体はあらゆる面において環境に依存しています。EPR第9版(2006年)の中で、著者のカトリップ、センターそしてグレン・ブルームは、すべての組織体が繁栄し、将来を生きぬいて行くために以下の3つの重要性を指摘しています。
「1つ目は.相互に依存する社会から課せられる多くの社会的責任を引き受けること(マネジメントにおけるパブリック・リレーションズ思考の出発点)。2つ目は、さまざまな障害が増大する中にあって、距離感と多様性のあるパブリックとのコミュニケーションを図ること(専門スタッフ機能としてのパブリック・リレーションズの成長)。3つ目は、社会と一体化することを目指すこと(経営層と専門性をもつ実務家の双方が目指すゴール設定)。」(以上、筆者訳)
それでは、組織体は、自らの恒常性維持のために、どのような行動姿勢をとればいいのでしょうか?
■オープン・システムとクローズド・システム
カトリップによると、一般的にシステム(機械的、有機的、社会的)はそれらの性質と環境間の相互作用の総量によって分類できるとしています。その範囲は対極にあるクローズド・システムからオープン・システム領域をカバー。クローズド・システムでは、通り抜け不可能な境界があるため、起こったことやエネルギー、情報などをそれぞれの環境との間でやり取りできません。これに対し、オープン・システムは、通り抜け可能な境界を介して、それらを自由にやり取りできるとしています。
カトリップはシステムがクローズドの場合、その度合いは環境に対する鈍さを示し、新しい事柄やエネルギー、情報などを取り入れることができません。つまり、外部変化に適応できず、やがては崩壊の運命をたどります。カトリップはシステムがクローズドの場合、その度合いは環境に対する鈍さを示し、新しい事柄やエネルギー、情報などを取り入れることができません。つまり、外部変化に適応できず、やがては崩壊の運命をたどります。日本で頻発する不祥事はまさにこのパターン。一方、オープン・システムは環境変化を和らげたり、受け入れたりするために調整と適応を行うとしています。
端的にいうとクローズド・システムは、環境と資源・情報の交換を行わないシステムで、オープン・システムは、環境と資源・情報の交換を行うシステムであるといえます。
カトリップたちは同第9版で、「システム論者は相対的オープン・システムの動的状態と相対的クローズド・システムの静的状態を区別するため、変化可能なゴールの状態をホメオスタシス(恒常性維持)と言う」と論じ、「ホメオスタシスは、相対的に安定的なゴールの状態」(いずれも筆者訳)を意味していると述べています。
高度なオープン・システムには、環境の変化を予見し、課題や問題が重大化する前にその変化にどう対応し、修正行動を行うかが問われます。「倫理観」、「対称性双方向コミュニケーション」が伴なう「自己修正」が重視されるところです。
地球温暖化、エネルギー・食糧危機、地域紛争など数えきれない問題を抱える世界にあって、組織体には恒常性維持のためのパブリック・リレーションズ機能の強化が強く求められています。
これからの新しい時代を生き続けることができる組織体は、単に力をもった組織ではなく、内外の環境変化を複合的に捉え、さまざまな視点をもち、世界やパブリックに対して調整・適応し、自己修正のできる組織体なのです。
2008年07月05日
京都経済人、そのパワーの秘密
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
先日、京都で第7回産官学連携推進会議(主催:内閣府、経産省、日本経団連、日本学術会議など)に出席するために久しぶりに京都に行きました。2日間にわたる期間中、私が業務執行社員を務めるグローバル・イノベーターズ(GLIN)が展示会場に初めてブースを出したこともあり、GLINからは松田代表社員をはじめ、7人のメンバーが参加しました。
日本経済が衰退の様相を呈する中で、地方が活力を持つことが如何に重要であるか大勢の参加者との交流を通して強く感じました。同時に会場で接した京都経済人のエネルギーからは大いなる刺激を受けました。
■京都の空間が経済人へ与えるものは
いつの時代も京の町は人を魅了します。私も若い頃から京都が大好きで、大阪出張の際には時間をみては、京都駅で途中下車し、駅前や鴨川べりにあるお蕎麦屋さんや甘党屋さんに立ち寄り束の間の雅(みやび)の世界を楽しむようにしています。そこに身を置くことだけで心が癒される、京都は味わいの深い不思議な古都です。
そんな京都の魅力は、伝統工芸と多くの神社仏閣、緑の自然と水。時代とともに根付いているさまざまな文化、歴代天皇とあまたの権力者とのやりとりが詰め込まれた歴史など、実に多彩です。京都人の誇りの1つには、京都御所の紫宸殿に設置されている、天皇の正式な御座所である高御座(たかみくら)にあるといわれています。即位の際に天皇が着座する天皇の正式な御座所で、天皇の正式な所在地を示す特別な玉座がいまも京都に常設されていることです。
京の都は、桓武天皇が784年の長岡京に続いて、794年(延暦13年)平安京に遷都したことに始まる千年の都。政治の中心として常に日本史を創ってきた京都は、数多くの政治、経済、文化を抱合した歴史的情報の宝庫。征服者の成功や失敗、人生の教えや戒めなど、さまざまな事象から学ぶ環境が整っています。1つの大きな家族でたとえるなら、祖父母からの貴重な体験談、両親からの愛や躾け、教え、兄弟との関わりなど、成長する上で必要となる要素が詰まっているように、京都にはそのような要素が濃密度に空間を形作っているようです。京都に住むことは、人を賢くするということでしょうか。
このような空間を持つ京都から誕生した企業は、京セラ、オムロン、村田製作所、堀場製作所、任天堂、島津製作所、ローム、ワコールなど。数多くのグローバル企業が京都でうぶ声を上げ、現在も本拠地を他に移すことなくこの地に構えています。いずれの企業も他社を追いかけない、独創的でベンチャー精神に富んでいます。京都の経営者は稲盛さんや堀場さんに代表されるように、自らの言葉で自らの経営哲学を語ります。
梅棹忠夫さんが『京都の精神』(1987)の中で、「私ども京都市民は、ここが日本の中心である、日本文化の本物は全部ここにある、ほかのものは偽者とはいわないまでも、二流品だと考えてまいりました」と語った言葉には京都人の稟とした心意気が感じられます。
このように京都の空間が、京都経済人の思想、自主独立精神、プライド、社交的センス(コミュニケーション能力)を育んできたともいえます。稲盛さんや堀場さんには、さまざまな視点をもってリレーションズ活動を行うパブリック・リレーションズ(PR)が、先天的に身についているのかもしれません。
■「因果応報」は「縁」で結ばれている
京都の企業はいずれも、創業者が自力で大企業に育て上げた、いわゆるオーナー型。京都は以外にもシリコンバレーとも共通するものを持っています。それは産学連携が他の地域と比べて機能しているところにあります。
シリコンバレーにあるスタンフォード大学やサンノゼ大学などのように、京都の企業は、京都大学、同志社大学、立命館大学など地元の大学と積極的に連携プログラムを組み密接な関わりを持っています。その経営は、第2世代に引き継がれている企業もありますが、ベンチャー精神のDNAが受け継がれているといえます。
京都での会議中、堀場製作所を創業し、現在同社最高顧問でGLIN顧問でもある堀場雅夫さんやオムロン会長の立石義雄さん(京都商工会議所会頭)、村田製作所会長の村田泰隆さんなど、京都を代表する財界人にお会いする機会がありました。
その中で立石義雄さんから、次のような興味深いお話を伺いました。それは、京都の仁和寺の佐藤門跡が立石さんに話された「因果応報」に関するお話。ちなみに「徒然草」に登場するこの仁和寺の開基(創立者)は宇多天皇。
立石さんによると、仏教の教えにある「因果応報」について、「この言葉の『因』と『果』の2つの言葉の間には『縁』という見えない言葉が入っていて、2つをつないでいる。」ということでした。一般的に因果応報は、行動と結果の関係を表しますが、原因だけでは結果は生じないとし、直接的要因である「因」と間接的要因の「縁」の両方がそろった「因縁和合」のときに結果がもたらされるとしています。また縁起と呼ぶ法ですべての事象が生じており、「原因」も「結果」も、別の縁となり、現実はすべての事象が相依相関して成立しているとされています。
京都になぜ多くのベンチャーが誕生し、グローバル企業が輩出されてきたかについて、立石さんに質問したら、こんな答えが戻ってきました。「仏教を中心とした宗教的なものがバックグラウンドとして支えてきたのではないだろうか」。私はこの言葉に、「人の幸せをわが喜びとする」を人生訓に企業経営を行っておられる立石さんの、企業人としての揺るぎのない姿勢を見ることができました。
初日の会議の後、会場の国立京都国際会館で行われた懇親会には、全国から集まった関係者と、地元の経済界、アカデミア、自治体関係者など4千人を超える人たちで活況を呈していました。
パブリック・リレーションズ(PR)はさまざまな視点を持った、目的達成のための関係構築活動です。立石さんが語ってくれた佐藤門跡のお話は、パブリック・リレーションズの専門家としての私の心に深くしみ込みました。日本経済の再生のために、私たちは改めて、京都に注目する必要があるのかもしれません。
2008年06月21日
シリコンバレーの空間を日本に
~グローバル・イノベーターズ(GLIN) が始動
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
以前、グローバルを視座に置いたイノベーションの創出についてこのブログで紹介しました。それを実現させるための組織、グローバル・イノベーターズ合同会社(GLIN)がいよいよ本格的に活動を始めることになりました。
産官学がグローバルなパースペクティブで統合的に連携し事業を推進するGLINは、日本を再生させその発展を通して世界への貢献度を高めていく、思いを共有した各方面で活躍する有志によって昨年12月に設立されました。わかりやすく言えば、その目的は日本にシリコンバレーの空間を創りだすことです。GLINには、さまざまな分野で第一線の個人や企業がかかわっています。
■ GLINのユニークな理念と事業概要
GLINの理念は、爆発的な進展を見るグローバル社会にあって、地球を持続させる上で不可欠の科学技術の重要性を認識し、内外の優れた技術シーズを発掘、その技術の事業化から市場展開を実現する専門家の活動の場を設定することで、日本と世界の経済社会の発展に寄与することにあります。
代表社員には、松田岩夫(参議院議員:前科学技術政策・IT担当大臣)さんが就任。GLINのコンセプトは、松田さんが20年にわたる通産官僚経験と25年にわたる政治家経験の末に辿りついたもので、日本の弱点となっているイノベーションとグローバルが基盤。
具体的には産官学が連携をとり、グローバル市場で戦える技術の発掘と企業の育成にあります。参加メンバーは、社員(株主)で顧問の日本IBM最高顧問の北城挌太郎さん、同じく堀場製作所創業者で同社最高顧問の堀場雅夫さんをはじめ、ngi group社長の小池聡さん、元コンパック日本法人社長で現在ベンチャー・キャピタル(VC)事業を運営する村井勝さん、同じく日本オラクル初代社長をつとめ、現在VCのサンブリッジ会長をつとめるアレン・マイナーさん、世界最大の半導体製造装置メーカー、アプライド・マテリアルズ本社上席副社長で日本法人会長をやっておられた岩﨑哲夫(現IMA会長)さんなど40名ほど。これらの中には、元通産省官僚で法曹界やビジネス界で活躍する人、会計士や著名な大学教授、そして日本人でシリコンバレーやボストンのビジネスの第一線で活躍し、成功を収めたベンチャー・キャピタリストや企業経営者もいます。いずれもプロフェショナルで厳しいグローバル競争を生き抜き、崩れゆく日本を何とかしたいと考えている人ばかり。
グローバル・イノベーターズの事業は大きく4つに分けられています。1つは、ベンチャー・キャピタル(VC)事業、2つ目は、テクノロジー・トランスファー(TT)事業、3つ目は、グローバル・マーケティング(GM)事業、そして最後の4つ目は、メンバーシップ事業です。
(詳しくは:www.g-innovators.com)
GLINは先日2つのVCファンド創設を発表しました。1つは、世界的なイノベーションを目指す画期的なVCファンドとなる「GLINファンド」です。2つ目は、ngi group株式会社との共同による「GLIN‐ngiエンジェルファンド」。この共同ファンドは、平成20年度に制度が拡充されたいわゆる「エンジェル税制」を活用する認定ファンド。
この中で「GLINファンド」は、同社の理念に基づき、世界の研究開発動向を分析し、新たな産業として発展する見込みのある領域を絞り込み、国内外の大学、研究機関などで該当する革新的技術の探索を行い、その事業化のための起業を主導するためGLIN 自らが運営主体となって創設するというもの。事業化を目指す革新的技術の発掘は、特別に構成された「探索会議」の助言を得て行います。そして事業化と起業支援についても、VB育成に豊富な経験・能力を有するプロフェッショナルが、長期的戦略をベースに発案から市場展開までの各過程において、直接かつ積極的に経営に参画する仕組みになっています。
技術的バックグラウンドとしてのGLINの特色は、「探索会議」にあります。
吉川弘之氏(産業技術総合研究所理事長)を議長に高度な知見と専門性をもつ委員として小宮山宏氏(東京大学総長)、末松安晴氏(東工大元学長、国立情報学研究所顧問)、中辻憲夫氏(京都大学物質・細胞統合システム拠点長)、審良静男氏(大阪大学免疫学フロンティア研究センター拠点長)、井上明久氏(東北大学総長)、岸輝雄氏(物質・材料研究機構理事長)が参画し、向こう数十年にわたる技術動向を視野に、統合的な探索を行うものです。
ちなみに私は、業務執行社員として、グローバル・マーケティング事業部門でビジネス案件の発掘とパブリック・リレーションズ(PR)が責任。現在約20件の案件を扱っています。
■ 画期的なエンジェル税制
日本経済新聞は6月4日付け朝刊の一面で、今年の4月1日から、新たにエンジェル税制(ベンチャー企業投資促進税制)が制定されたことを報じました。エンジェル税制とは、ベンチャー企業への投資を促進するためにベンチャー企業へ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度。具体的には、ベンチャー企業(設立3年未満)への投資額をその年の総所得金額等から控除できる制度です。
このエンジェル税制は、GLINの社員・顧問でもある北城さんが経済同友会代表幹事時代に松田さんたちと一緒になって奔走し実現させた画期的な制度。おおざっぱにいえば、控除対象となる投資額の上限は、総所得金額の40%か1千万円のいずれか低いほうですが、これにより起業したばかりのリスク性の高いベンチャー企業への投資が増大し、将来大企業に成長する企業の誕生が大いに期待されます。
前にも述べたように、GLINのもう1つのファンド、「GLIN‐ngiエンジェルファンド」はこの制度を活用した認定ファンド。日本においてはリスクマネーの供給が困難とされる創業初期のベンチャー企業に対して、個人がリスクを負って成長に必要な資金を提供することを可能とします。ちなみに、GLINの業務執行社員の一人でもある小池さんの率いるngi groupは、これまでmixiやインターネット関連事業分野で数多くの革新的なベンチャー企業の育成を手がけてきた企業。
シリコンバレーが世界的に有名になって30年経過します。シリコンバレーの特徴は、スタンフォード大学に代表される学問的・技術的な裏づけと豊富なベンチャー・キャピタル、起業精神に満ちた若い有意な人材、豊富な企業経験者、法律、会計に精通する専門家、そして数多くのパブリック・リレーションズ(PR)の実務家に支えられて全体の環境を作り上げています。
GLINも、組織内にそうしたシリコンバレー的な環境を創出したいと考えています。日本経済はこのところ精彩を欠きません。経済の凋落は社会をも不安定にしています。私たちは、崩れゆく日本の現状をどうしても転換させなければなりません。GLINは松田代表の思いと全社員の思いが一つになって実現した組織といえます。
皆さんのGLINへの温かいご支援を心よりお願い申し上げます。
2008年06月14日
中国におけるカルフールの危機管理
~チベット騒乱と四川大地震のはざまで
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
企業が海外に進出するときには、思わぬ事態と遭遇することがあります。一昔前は、企業経営者は政治には口を出すべきではないとして、国内はもとより国際政治問題についての言及には慎重を期していました。しかしグローバル時代の今日、政治への無関心が自社の経営にダメージを与えかねないとして、多くの企業が政治との関係性を強めています。活発なガバメント・リレーションズはその表れといえます。
今回は、政治問題に関わったとされたことで、中国市場でダメージを受けたフランス企業。チベット騒乱と四川大地震のはざ間で揺れたスーパー・マーケット、仏カルフール社の危機管理をパブリック・リレーションズ(PR)の視点で考えてみたいと思います。
■ チベット騒乱で始まった反対運動
カルフールは世界30ヵ国に1万店を出店、米国ウォルマートについで売上げ世界第2位の小売業。1995年には中国に進出し北京に1号店を出店させた中国最大の外資系小売企業です。しかし今年3月に起きたチベット騒乱をきっかけにした中国国内のバッシングは、中国に展開する「カルフール(家楽福)」にとってはまさに青天の霹靂だったといえます。
ことのきっかけは騒乱発生後、サルコジ大統領が北京オリンピック開会式への不参加を示唆したことに始まります。4月初めのパリでの聖火リレーがチベット支援グループに妨害された後、カルフールは中国の青年層の反仏行動によって、不買運動や抗議デモに巻き込まれていきます。
かってないほど良好だった中仏関係は、チベット問題によって蜜月関係から一気に緊張。カルフールの不買運動、仏大使館へのデモと中国側の反仏感情は日に日に高まりを見せていきます。4月15日 のロイター電(北京)は、中国のネットユーザーが、中国で展開する仏カルフールの店舗での不買運動を呼び掛け、その理由としてカルフールがチベット独立を訴えるグループを支援していることにあると報じています。
このような中、中国紙・新京報によると、4月18日エルベ・ラドソー在中国フランス大使は記者会見を開き、フランス政府がチベット問題に関して中国の主権を尊重すると発言し、中国で高まるフランス批判に配慮する姿勢を見せていることを報じています。
こうした仏側の努力にもかかわらず、中国で展開するカルフールを標的にしたデモは、4月20日、中国各地で大きな広がりをみせます。4月20日付の仏週刊紙ジュルナル・デュ・ディマンシュによると、カルフールのデュラン最高経営責任者(CEO)は同誌とのインタビューの中で、カルフールは現在中国国内で112店舗を展開。1日の客は200万人に達しており、今回の事態を極めて深刻に受け止めていると語っています。一方、同スーパーが中国の反仏デモの標的となった原因が、「カルフールがダライ・ラマ14世を支援している」とするうわさが広がったためとみられていることに対しては、デュラン氏はこのうわさを明確に否定。「カルフールはいかなる政治的宗教的立場も支援することはない」と述べるとともに「パリでの聖火リレーに多くの中国人はショックを受けたことを理解すべきだ」とし、中国で起きている現地の行動に同情する発言をしています。
これらの報道から垣間見られることは、反仏デモがカルフールへの不買運動に変わったときに、素早いプレス対応が行なわれていたのではないかということです。これまでの経緯からも理解できるように、カルフールがフランス政府とも密接に連携しながら広報活動を行っていたことがうかがえます。
しかし不買運動は新たに西安やハルビン、山東省済南市、内陸部の重慶市でも発生。北京五輪聖火リレー妨害に端を発した抗議は中国の10都市以上に広がって行ったのです(新華社:4月20日)。その後のサルコジ大統領の事態打開のための努力にもかかわらず、解決の糸口が見えないまま不幸な四川大地震を迎えることになったのでした。
■ 四川大地震でとった素早い行動
5月12日、四川省を中心に大地震が発生します。ここでは、日本で発売されている「中国経済新聞」(日本語:月2回発行)編集長で、日本の日経新聞といわれている「上海財経新聞」にコラムを持つ徐静波さんと、ニュース報道からの情報をもとに、地震発生後のカルフールの危機管理の迅速な対応を見てみたいと思います。
四川大地震の発生は、5月12日14時28分。同日17時30分カルフールは100万元(約1,500万円)のカンパを発表。2日後の5月14日に200万元(約3,000万円)の追加支援を発表し、中国への誠意を表わした。
また5月23日、カルフールCEOのデュラン氏が中国を訪問し、北京にある中国の代表的なポータルサイト「新浪」のスタジオでインタビューに応じます。そこで2,000万元(約3億円)の追加寄付を発表。カルフールの寄付金総額は2,300万元(日本円約3億4,500万円)となり、一躍欧米系企業のトップ(全体で13位)に浮上(ちなみに日系企業のトップは広州ホンダの1,203万元)。
四川大地震後にカルフールによる多額の義援金申し入れがきっかけとなり、中国商務省が外資系企業の義援金リストを公表するなど、企業に対する義援金圧力は強まっていきました。
徐編集長によると、「これらカルフールの一連の対応によって、中国世論は同社に対して劇的な変化をみせました。『カルフールをどうしても許してあげたい』。『カルフールに感謝し、買い物に行こう』『フランス人はやはり紳士だ』。『これからもカルフールに買い物に行こう』など態度を一変させたのです」。
カルフールのウエブサイトによると、5月16日から28日までのキャンペーン期間中、中国特産品・衣服・装飾品・日用品などを30%値下げしたほか、指定商品2品購入すれば1品をプレゼントするなどのサービスを行ったようです。また一定額以上の買い物をした顧客には、カルフールの新しいデザインのエコバッグがプレゼント。
元来カルフールの中国での販売戦略は強力な販促と宣伝で知られていたようですが、ボイコット事件後、販売自粛を行ってきた同社が大規模なキャンペーンを再開したことに同業他社からの反発もあったようですが一般的には歓迎されたようです。
徐さんは、このようにカルフールの例は外資系の中国市場での危機管理で最も成功した事例として高く評価されていると語っています。
中国・四川大地震の発生から1カ月。マグニチュード8.0の揺れで、死者・不明者は9万人近くにも上り、いまも数百万人が避難生活を強いられています。
パブリック・リレーションズの実務家は常に危機を想定した準備を怠ってはいけません。日本企業は概して危機意識が弱いとされていますが、十分な準備をすることで不測の事態への迅速な対応が可能となってきます。
天災・人災などあらゆる予期しない事象に囲まれている今日ほど顧客へのアドバイスが求められているのです。
2008年05月31日
リンデンラボ社フィリップ・ローズデール会長初来日
~セカンドライフ(SL)の未来を語る
こんにちは井之上喬です。
もう6月、雨模様の毎日ですが、皆さんいかがお過ごしですか?
先日、インターネット上の3次元仮想世界「セカンドライフ」を運営する米国リンデンラボ社の創設者フィリップ・ローズデール会長が来日しました。来日の目的は、日本市場の視察および、東京ビッグサイトで開催されたアジア最大級の仮想世界イベント「Virtual World Conference & Expo 2008」で基調講演を行うため。また期間中、政府機関、放送、教育、技術、ソリューション・プロバイダー、エンターテイメントなどセカンドライフ内の様々な分野で活躍されている方々をお招きし、ローズデール会長との意見交換会(ラウンドテーブル)も開催されました。
■ 小学校でコンピュータ製作、高校で起業
リンデンラボは、私の経営するPR会社井之上パブリックリレーションズの顧客企業。セカンドライフの日本社会への浸透のために、昨年8月からPR業務を受託しています。世界会員数も1年前は約700万人だったものが今は倍の約1400万人と堅実にその数を伸ばしています。
フィリップはコンピュータが大好きな少年。小学校4年で既に基板を組み立てコンピュータを製作。高校2年には、コンピュータのソフト会社を起業していたといいますから技術的センスだけではなく商才もあったようです。
ここでは、先に紹介した日本滞在中の2つの主要イベント(本文最後の、関連情報参照)についての説明を省きますが、滞在中にローズデール会長が発した明確なメッセージを3つほど紹介します。
1つは、インターネットは国境の概念を払拭したが、言語の壁は残っている。Web上では外国人同士が、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などで同時にコミュニケートができないが、セカンドライフ上では言語を共有できない人でも60名が同時に時空間を共有できる。
2つ目は、将来はかってのインターネットがそうであったように、技術革新によって利用がより簡便となり、オープンな環境でのユーザビリティの向上(ex:携帯電話からの利用やマウスだけでの操作)による利用者の大幅な拡大が見込める。他のメタバース(仮想空間)とのアバター(化身)の相互乗り入れも実現し、10年後の利用者は現在の100倍になりWebを追い越すだろう。
3つ目は、SL上の成長段階を示し、初期には遊びやさまざまな創造活動を喚起し、次に教育機関による活用(現在全SIMの約15%を占める)を促し、そして最後に企業内ツールとしての活用を含めた、PR、マーケティング、eコマースなどのさまざまな利用が拡大していくとしています。

■ リアルタイムで世界の人々と友達
上に挙げた3つのメッセージの中で、私の興味は特に最初の、SL上における異なった言語でのリアルタイム・コミュニケーションに向かいました。確かにこれまでのインターネットは、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などそれぞれ独立した言語空間を持っており、双方が共有できる環境にはありません。それぞれの言語によるコミュニケーションはグループ化されたり限定されています。
これに対してセカンドライフの場合、言語に頼ることなくコミュニケーションが図られるようになっており、3次元映像とエンターテインメント性を強調することで言語障壁を乗り越えられるよう工夫されています。いわば、ファッションや音楽、身振り手振り(ゼスチャーやアニメーション)、そして創造活動などによってリアルタイムで時空を共有することができるわけです。SL内で聞こえるサウンドにしても3次元で遠近感を持ち、前後、左右から聞こえてきます。
ローズデール会長自身、セカンドライフを自ら体験し最も感動したこととして、来日前に日本の「togenkyo(桃源郷)」というSIM(島)で翻訳ツールを入手し、日本人とチャットを果たしたことだとしています。この翻訳ツールはユーザーが開発し無料で配布しているもので、「これがセカンドライフの素晴らしさと」語っています。
時空間をリアルタイムで共有できることにより、情報伝達手段は従来のインターネットと比べ異なったものとなります。単に映像や文字だけの伝達だけではなく、仮想空間ならではの相手とのリアルタイム・コミュニケーションを可能とし、買い物であれば、訪問する店舗の店員(説明員)との会話を通して、顧客である化身が3次元で陳列されている商品への理解を深めたり、購買決定を容易にすることができます。つまり、現実と同じように双方向コミュニケーションによる疑似体験ができるというわけです。
ローズデール会長のメッセージで2つ目の、技術革新が普及スピードの鍵を握るとする話も興味深いものでした。彼は現在のバーチャル・ワールドはまだ発展途上にあると述べています。
これは私自身の体験ですが、インターネットの実用を初めて目の当たりにしたのは1990年に所用でパリに出張したとき。英国人のビジネスパートナーが市内のホテルの壁に突き出した電話回線でeメールを使っていたのを不思議な感覚にとらわれて見ていたことを覚えています。その頃日本は、インターネットの名前は耳にするものの、ビジネスはもとより一般でもほとんど使われていませんでした。インターネットの世界的本格普及は、95年「ウインドウズ95」の発表とその後のブロードバンドの普及。利用者は飛躍的に拡大し、その数は現在10数億人。
セカンドライフにおける日本人のアクティブ・ユーザー(月1時間以上)の月間平均滞在時間は、世界平均の50時間に対して70時間と圧倒的に多く、世界上位20カ国の中でトップ。
現在IBM本社ではさまざまな試みが行われています。具体的には、企業の会議はSL上で成立するとし、機能向上によりゼスチャー表現がより容易になることでコミュニケーションが深化するとし、自社内で世界会議や新製品の説明会、ショップの設置(eコマース)を行うなど積極的にビジネス活用の実践と研究に取り組んでいます。
ちなみに社名のリンデン(Linden:菩提樹)は創業時の会社がサンフランシスコのLinden Streetにあったことに由来しています。フィリップは4人の子供(2男2女)の父でもあり家族思いで、そのスタイルは極めて自然体。オープンで明るい性格は、セカンドライフのコンセプトそのものです。自宅は、現在の会社へ歩いていけるほどの所にあるようですが、日本製オートバイで毎日通勤。毎朝7時にはオフィスに出勤しているようです。
セカンドライフが一般へサービスを開始して5年。現在さまざまな分野での取り組みが見られます。慶応大学では、手足の不自由な人が脳波を使ってセカンドライフ(仮想世界)のなかで散歩・会話できる、世界初の実証実験を成功させたり、内閣府では、災害時の訓練教育をセカンドライフ上で様々な疑似体験により効果的に行う取り組みを検討するなど、多方面の方々が利用しています。
わずか3日足らずの滞在でしたが、ローズデール会長のセカンドライフへのゆるぎない自信と、世界を結ぶその未来が、人類にとって有益なものとなるであろうことが感じられ、日本社会への普及に新たに心を引き締めながら彼を見送りました。
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<関連情報>
Virtual World Conference & Expo 2008:
http://virtualworld-conference-expo.net
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/05/29/19742.html
ラウンドテーブル:
http://www.secondtimes.net/news/japan/20080530_roundtable.html
http://www.keio.ac.jp/pressrelease/080526_2.pdf
2008年04月04日
PRパーソンの心得 22 灯台のような光を放つ人
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。今年も4月を迎えました。満開の桜に囲まれ、新社会人として巣立つ人。あるいは新しい職場でスタートを切る人も多いかと思います。
早いもので、井之上ブログも今号で創刊3周年を迎えます。2005年4月、当時はまだブロガーの数も限られていました。今は誰でもブログを書く時代。個人発信型のサイトが社会の隅々にまで普及しています。
情報過多の時代。人々は溢れる情報の中で混乱し、「どの方向に向かって前進すればいいのか」自らを見失っているようにみえます。そのような時にも状況に揺さぶられず、最良の方向を示すことのできる人とはどのような人なのでしょう。
■「風が吹けば桶屋が儲かる」
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、風が吹いたら、その効果の連鎖の結果、桶屋が繁盛するという意味。ある事柄から思わぬ結果が生じるというたとえ話です。この思わぬ結果を先んじて読むことができれば、波のように押し寄せる変化の中でも、先を見据え前進することが可能となります。
変化を読む場合、リアルタイムでできるだけ生の情報を様々な角度から収集することに注力すべきです。縦軸としては、例えば企業状況などの現象的な情報、横軸は、その背景や周辺情報などの状況的な情報、これらの縦横に渡るきめ細かい情報を収集すること。これで物事を俯瞰する素地が整います。
そして、この情報氾濫の時代には、データをどう読むかが事態の明暗を分けます。その基本は意外にシンプルです。私心を無くして物事を素直に見据えてみること。集めた情報を当事者の個人や組織、そして、それを取り巻くパブリック全体の視点で俯瞰してみることです。感覚が研ぎ澄まされ、頭の中に蓄積された情報と張り巡らされたアンテナが動き出します。ここで様々な角度から原因を眺め、導かれる結果について知恵を働かせてイメージしてみます。すると、データには見えないものが見えてきます。風が吹いたときに、思いもよらない事象のつながりや解決法、そしてその行方が連鎖の結果みえてくるはずです。
■ 自分の羅針盤を持つ
混乱の中でも動じることなく正しい道を見極める。これを一貫して行なうには確固たるベースがどうしても必要です。そのために自分なりの羅針盤を手に入れること。
良心や倫理観といった判断基準。これらはどのような行動をとる場合にも私たちに大いなる英知を与えてくれます。ここに志という逆境にもぶれない強い目的意識をプラスする。これらの要素をバックボーンとして自らの中に持ち、自分を律する強さと一貫性を築いていかなければなりません。
また同時に大切なのは公の意識。「自分がどんなことで社会に貢献できるか」という事を自分なりに追求して考える事。そして自分の立場でできることを実行していくことです。
PRパーソンで言うなら、クライアントや所属する組織とそれらを取り巻くパブリックの利に資するような解を求め続ける。そしてそれぞれのパブリックに対して何が適切であるかを真摯に考え、それを形にすることです。これは社会をより良い方向にリードしていくことと同義で、PRパーソンの使命でもあります。つまりPRパーソンには、個人や組織体が適切な方向へ導くサポートを提供することで社会をリードしていくことが求められるのです。
ドイツの詩人ゲーテの言葉、「人々のあるべき姿を見て接し、彼らがなりうる姿になるのを助けてあげなさい」という意識。PRパーソンにはこのような心構えが必要なのだと思います。
いま世界は混乱のなかにあります。迷い続けている私たちを導くために、暗闇に輝き続ける灯台のような光。いま社会に必要なのはこのような光を放つ存在です。皆さんには、社会との関わりの中で常に鍛錬し、自分の周囲が揺らいだとき彼らに正しい位置を指し示すことのできる、灯台の光のような存在になって欲しいと願っています。
3年間にわたり、160回のブログを発行させていただきました。様々なテーマを皆さんとシェアできたことを非常に嬉しく思います。今後ともパブリック・リレーションズに関わる問題や時事問題など、皆さんと一緒に考え、将来を見つめて行きたいと思っています。今後ともご愛読の程、よろしくお願いします。
2008年03月16日
PRパーソンの心得 21 イッシュー・マネジメント
こんにちは、井之上喬です。
このところ急に春めいてきましたが、みなさん、いかがお過ごしですか。
人々がグローバルに活動する中、いま世界の社会環境や経済環境はますます複雑化しています。そのような環境の下で個人や組織体は、不安定な状態や不必要なトラブルから自らを回避し、良好な状態を維持し成長させことが一段と困難になっています。
このような世の中で必要とされるのは、問題発生を未然に防ぐ心得、イッシュー・マネジメント(Issue Management)の意識です。
■ イッシューへの対処が未来を左右する
イッシュー・マネジメントは「問題管理」とも呼ばれ、パブリック・リレーションズの手法です。70年代後半、企業批判が高まった米国でPRコンサルタントのW・ハワード・チェースにより考案されたもので、早期に組織体の潜在的なインパクトを抽出し、その先の結果について少しでも和らげられるような戦略的な対応を行なうことを意味しています。
カトリップの Effective Public Relations 第9版によると、具体的にイッシュー・マネジメントは、問題の予見→その分析→優先順位の決定→実施プログラムの選定→具体的行動が伴うプログラムの実施→効果の測定、といったフローで進むとされています。つまり、予測される新しい課題や問題を早期に抽出し、組織体に対する問題のインパクトのアセスメントを行い、それらに対する企業の戦略的な対応策の構築と実施によりリスクを最小限にとどめる手法。
社会が複雑化する中で、組織体はトレンドを識別・予知し、リスクを最大限避けなければなりません。そうした意味で、私はイッシュー・マネジメントを危機管理の一つとして分類しています。この考えに従えば、イッシュー・マネジメントは、将来発生し得るさまざまな危機をあらかじめ想定し、有効な戦略的な対策を講じて、必要に応じ対応・実施していく手法ともいえます。
カバーされるのは、政府の法規制など政策に関するものや、 国の内外を問わず企業や組織が地域社会などでマーケティングやプラント事業などの諸活動を行なう上で考慮すべき習慣やタブーなど。実に広範・多岐に渡っています。近年関心の強まっている、規制緩和や地球温暖化なども対象となります。
どのようにイッシューに対処するかは、当事者となる個人や組織体の未来を大きく左右します。つまり予防的解決策が奏功すればそこに利益が生じ、その対処に失敗すれば回復不能の危機発生を招き、時には市場からの退場を迫られる場合さえあります。顕在化されていない問題への対処いかんでは、損失を被るのか利益を得ることになるのか、二つに一つの対極的結果をもたらすことにもなりかねません。
現在米国では、イッシュー・マネジメントを多くの企業が戦略的経営の基本要素とみなし、積極的に取り入れています。しかし、日本でこの概念はほとんど紹介されていません。私は日本で頻発する不祥事の要因の一つに、このような戦略的危機管理の手法が経営に取り入れられていないことがあると考えています。
■ 本物を見分ける臭覚
イッシュー・マネジメントは、抽出された問題に向き合い自ら修正して改善すること。その活動はさまざまなリレーションズの上に成り立っています。
特に経営トップやクライアントとのリレーションズにおいては、高密度のパートナー・シップが求められます。したがってPRパーソンは日頃から当事者と深い協力と信頼関係を築き、対等な立場で双方向にコミュニケーションできる環境を構築・維持しなければなりません。
また、関係する個人や組織体、それらを取り巻くパブリックがどのような関わりを互いに持っているのかを緻密に把握すること。そこから丁寧にイッシューを掘り起こす作業が正確な問題把握につながるからです。
これらの能力に加えて必要なのは、本質を感じ取る力と感性です。現代はインターネットの普及により雑多な情報が氾濫しています。この複雑な世の中にあって本質的な問題を抽出するのは楽なことではありません。PRパーソンには本物を見分ける臭覚が求められます。
嗅覚のような敏感なセンスを磨くには、常に自分の立ち位置を意識し、関係性を持つさまざまなパブリックの視点を持つこと。そのためには自分の所属する組織体が身を置く業界や担当するクライアントを取り巻く環境、諸構造、特性などを良く知り、そこでの社会的、経済的、政治的位置づけをさまざまな角度で観察することです。そしてインプットした情報をベースに、直観力というアンテナを張り巡らせて、変化の兆しを読み取ろうとする意志を働かせてみるのです。
危機発生後の対応に費やすエネルギーは大変なものです。危機発生前の予防や準備を万全に整えることは、戦略的経営には欠かせません。企業不祥事や企業買収が日常茶飯となった日本。生き残りをかけた熾烈な競争のなか、日本の組織体、特にグローバル企業では危機管理に対する意識が急速に高まっています。
PRパーソンには、このニーズの高まりに即座に対応できるよう、知識と感性を磨く努力を積み重ね、イッシュー・マネジメントに対し注意を払い、鋭敏な分析力と対応力を養うことが求められているのです。
2008年02月01日
「せんたく」を発足させた
北川正恭さんからの若者へのメッセージ
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
「日本を民主国家にしたい」、35年間の政治人生を歩んだ北川正恭さん(前三重県知事)が1月20日、 次期衆院選に向け真の改革を推進する組織「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(略称:せんたく)を発足させました。記者会見の模様は様々なメディアで報じられ、各方面からの期待も大きいようです。
一昨年、昨年に引き続き今年も、北川正恭早稲田大学大学院公共経営研究科教授を「パブリック・リレーションズ概論」に講師としてお迎えし、真のサスティナビリティ(持続的発展)とパブリック・リレーションズについてお話頂きました。
■ マニフェストはPRそのもの
昨年は2007年の漢字「偽」が表すとおり、老舗を含め多くの偽装が発覚した年。三重県知事時代に徹底的な県政改革を実現させた北川さんは、倫理観のない行動は、持続的な発展を妨げ危機的状況を招くと明言。利益追求型の経営を戒め、倫理観に基づく経営の重要性を挙げました。
そして北川さんは近江商人の商売哲学「三方良しの理論:売り方良し、買い方良し、世間良し」(Win-Win)を紹介。環境汚染が進み、地球の存続自体が危ぶまれる時代にあって、サスティナビリティ(持続的発展)を実現するには、リスクマネジメントとしてコンプライアンス(法令順守)や環境への積極的な配慮など、CSRの発想で経営に取り組むことが不可欠であるとしました。
そしてその手法が倫理観、双方向のコミュニケーションに基づいたパブリック・リレーションズであるとして、企業の真のサスティナビリティには戦略性をもっているパブリック・リレーションズが重要であると語りました。
また選出された政治家が「市民や国民との契約を履行することでより良い世の中を築く」とされるマニフェストは、「パブリック(一般社会)との良好な関係を醸成・維持し、より良い社会を創り出すパブリック・リレーションズそのもの」と明言。また「パブリック・リレーションズは日本の民間企業のみならず、パブリック・セクターへも大きく影響力を発揮することができる手法である」と、そのダイナミズムに期待を寄せました。
■「日本を真の民主国家にしたい」
授業の中では個人のサスティナビリティにも触れました。高い志を掲げてそれを実現することで、個人や各人が生んだ思想のサスティナビリティが達成できるとして、早稲田大学の創始者、大隈重信を例に挙げました。
幕末の鍋島藩(現佐賀県)に生まれた重信は、藩校弘道館を経て、1856年から長崎の出島で蘭学や商学を学びました。この頃長崎にいた宣教師フルベッキを通して、米国独立宣言を起草した第3代大統領トーマス・ジェファーソンの独立宣言の一文に触れたといいます。
「すべての人間は平等に創られている( All men are created equal.)」
大隈は、このとき芽生えた民主主義社会の実現という志により、後に政界入り。爆弾襲撃による右足切断にも挫けず、日本初の政党内閣の総理大臣に就任。またジェファーソンがバージニア大学を創設したように、大隈は後世の教育充実のため1882年、東京専門学校(早稲田大学の前身)を創設しました。
「すべての人間は平等に創られている」とする思想は、今でも存在感を放つ輝かしいメッセージ。北川教授は大隈重信の人生を輝けるものにしたのもこの思想であったと語り、高い志は、個人のサスティナビリティに必要な要素であることを強調しました。(ちなみにアメリカ独立宣言にふれた福沢諭吉は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず...」のもとに慶応義塾を創設)
北川さんは、高い志を具現化する手法がパブリック・リレーションズであるとして、その手法を自分のものにすることで個人のサスティナビリティが実現できるとしました。
また自身の志にも触れ、「日本が現在抱える800兆円の借金は、今までの世代が政治における課題を先送りした結果。この反省を元に私は、日本を人が平等につくられたことを実感する真の民主国家にしたい」と、自ら発起人代表として発足させたばかりの「せんたく」の理念を語りました。
早稲田大学内にマニフェスト研究所を持つ北川教授は、東北地方で2006年総選挙と2007年参院選における投票理由に関する調査結果にふれ、両選挙で「マニフェストの内容」が投票理由の第一位であった事実を明らかにし、国民の考え方が変化しつつあることを示しました。
講義後の質問では、昨年の参院選で子供用マニフェストが実現しなかった事についてコメントを求められ、「マニフェスト配布もまだ完全とは言えず、法的にも現在インターネット配信が許されていない。現代に対応できるシステムを構築し、より多くの皆さんの手に届く選挙を実現し、マニフェストを通して日本を変えていきたい」と述べました。
「自己の人生を切り開き、地域を切り開き、良い環境を作るという、人々の連綿とした努力がサスティナビリティのある社会を可能にします。私たちが道を作ります。しかし道を歩くのは皆さんです。高い志を掲げて困難にも挫けず道を歩んで行くことを、皆さんにお願いします」。最後に北川さんは、次の世代を担う若者にこのように語り掛けました。
北川さんの情熱が学生の皆さんにも伝わり、教室内は熱気と興奮に包まれました。日本が成熟した民主国家に成長していくためには、個を強化し、私たち一人ひとりに与えられた使命感と役割りを自覚し、行動することの大切さを教えてくれたのです。
北川さん、ありがとうございました。
2008年01月26日
PRパーソンの心得 20 対話する力
こんにちは、井之上喬です。
このところ寒い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしですか。
対話とは、双方が良い方向に向かう新しい展開を生み出すコミュニケーション。世界で絶えない紛争や不祥事などは、充分な「対話」が不足していることによって起きる歪みが顕在化したものであるといえます。
■ 対話・理解・和解
対話とは、双方が自らの考えを明らかにし、互いの違いを自覚し、各々が新たな考えや立場を形成していくプロセスです。
対話には、お互いの働きかけ、つまり双方向のコミュニケーションが欠かせません。しかし、表面的な情報のやり取りでは不十分です。そこに必要なのは、先入観を取り払って心を開き、相手の視点に立って傾聴すること。そして得た情報を自分の中で咀嚼し、何らかのアクションを起こすことです。
パブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者に求められる対話力には、クライアントや組織のトップ、それらを取り巻くパブリックとの対話に加え、彼らの考えや立場を深く理解し、当事者が建設的な対話を行なえる環境を整えることも含まれます。そして、対話がどのように目標に結びつくのか、何を生み出せるかを予測しながら環境を創出することが重要となります。
私の所属するある会のアニュアル・ミーティングにイスラエルとパレスチナの代表がときどき出席することがあります。彼らが試みていることは、各15名ぐらいの人たちが同じ部屋で数日間生活を共にし、終日自分たちのこれまでの体験を話し合うことです。家族が殺された話、理不尽な仕打ちを受けた話など徹底的な対話をします。やがて両者は、お互いが被害者の立場だけではなく加害者でもあることを理解するようになるといいます。立場は違っても大切な人を失うことは相手も同じ。その痛みが共有できると両者は、如何に戦争や紛争が意味のないことであるかを認識し、和解による平和を希求する気持ちが強まるそうです。
対話を通して大きな問題を解決する場合は時間と忍耐力が必要となります。このイスラエルとパレスチナの人たちの試みから学ぶものは、ダイアローグ(対話)を通して互いが影響を与え合うことで双方に変化をもたらし、相互理解のなかで歩み寄り和解することです。
■ 対話が世界を変える
1990年、私はソビエト連邦からロシアに変わる間際の激動のモスクワでGlobal Dialogueという新しい企業体を訪れました。当時のソビエトは、ゴルバチョフ大統領主導のペレストロイカの真っ只中。多くの国民が自由主義(資本主義)に夢と憧れを持っていました。
そんな中で、民主主義の国からやってきた私と共産主義の下に暮らす人間が出会ったのです。最初は互いが違和感を持ちながらコミュニケーションをはかっていました。相手はもとより、私にも言論統制される特異な環境に身をおく人とのやり取りに先入観があったのかもしれません。
しかし話し始めると、彼はモスクワ工科大学出身でコンピュータの世界に精通。私の会社のクライアントであった、アップル社やインテル社など共通の話題をきっかけに、いつの間にか互いの気持ちは和み本音で語り合うようになっていました。彼との対話のなかで、旧体制の問題や将来への期待と不安など、改革の狭間で悩む一人の人間の姿をみることができました。
共通の価値観や文化的基盤のない環境では、対話そのものが成立しないこともあります。しかし相手とのコミュニケーションを通して、小さな共通点をも見逃すことなく互いが変化し対話が進展することもあります。
対話は対等な関係における対称性をもったコミュニケーション行為といえます。それゆえ対話を深めることは、自己修正を行う環境を醸成することになります。継続的に良好に推移している関係を注意深く分析してみると、そこには深いレベルでの対話が実践されていることがわかります。
私たちPRパーソンは、対話の力と対話を促す努力によって社会に大きな変化をもたらすことができます。毎日一つでもいい。皆さんがその第一歩となる対話を築くことができたら、5年後10年後の世界は大きく変わっていくことでしょう。
2008年01月11日
PRパーソンの心得19 兆候を読みとる
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
未曾有の天変地異、エネルギー・食糧不安、紛争や頻発するテロ活動など、地球規模で様々な問題が噴出しています。前号でもお話したように、世界は今、待ったなしの状況です。
一方で、人間が地球規模で動き回るこの時代。一つの場所で起きた事象が世界中に影響を及ぼし、変化が更なる変化を連鎖的に呼び、いったい次に何が起こるのかが益々読みづらくなってきているのも事実です。
しかしただ何もせずに手をこまねいているばかりでは、状況を好転させることはできません。私たちは来るべき変化の兆候を読みとり、未来への準備をしなければなりません。今、読みづらきを読むことがPRパーソンに求められているのです。
■「風が吹けば桶屋が儲かる」
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、日本に古くからあることわざ。ある事象が起きると、次々と異なった事象が引き起こされ、結果としてバタフライ効果のように思わぬ所に思わぬ影響が出ることの例えです。
兆候を精緻に読み取るには、個々の情報だけでは決して得られないもの、つまり各情報間の連環から生じる新たな情報やそこから推測できる因果関係を導き出すことが重要となります。
現象面での定量的な情報ばかりに気を取られていては、その奥に潜む関連性を見出すことは困難です。風が吹いたら、その風がどこで発生し、どの方向にどの程度吹いたかという事実情報だけではなく、風がなぜ発生したのか、その背景や構造、そして特徴、傾向など、事象の定性的な情報収集と分析にもエネルギーを注ぐべきです。
現代のマスメディアによる情報過多時代には、データを正しく読み取ることの難しさも正確な予測を行う上で妨げとなる要素となります。これには、さまざまな視点を持って異なる情報源からのデータ収集を行い、これらのデータに分析を加え予測の正確性を高めなければなりません。また、信頼性の高い情報を選別する直感力も必要となるでしょう。
これらのプロセスは、予測される新しい課題や問題を抽出し、その対応策を考え実施するイッシュー・マネジメントと同様です。先に紹介した、風と桶屋のことわざで考えるならば、特徴的なことは、係わる全てのパブリックを考慮に入れながら、その事象の原因や因果関係などを統合的に捉えて兆候を読み取る点。つまり、定量、定性的に、さまざまな視点を加えた3次元的な物事の捉え方で立体的に未来を予測する点です。
■ 混迷の時代に先を読む
将来、企業に財政的な負担がかかるような課題や問題を扱う場合、広報担当者やPR会社の実務家はトップやクライアントとの間に意見の相違が生じるケースが出てきます。そのような場合にもカウンセラーとしての役割を担うPRパーソンは、それぞれのパブリックにとって何が適切であるかを焦点に据え、必要とあらば異なった意見を進言しなければなりません。
そのためには何が必要か。パブリックを深く理解すること。内部はもとより外部のネットワークを持つこと。何らかの形でソリューションを導き出す力。それらを相手に伝え説得する能力。自分の立場からできることを即座に実行する行動力です。このような指導者に求められる高度な能力を日々磨いておくことで、説得力を持ったアドバイスが可能となるのです。
混迷の時代に先を読むことにはリスクが伴います。誤った予測に対するリスク回避には、フレキシブルな修正環境を作ること。状況が変化し、予測と進展状況がずれた場合にも潔く修正を行ない、戦略を最適化することでそのリスクを最小限に抑えることができます。
いま世界は混迷を極めています。PRパーソンには、どのような状態においても、強い個を軸に変化の兆候を敏感に読み取り、自らの役割を果たせる環境を創出し、ソリューションを提供することが求められています。大切なことは、個人が確固とした信念の下に日々行動することなのです。
2007年12月07日
PRパーソンの心得18 きびしさ
こんにちは、井之上喬です。
今年もいよいよ師走を迎えましたが、皆さん、いかがお過ごしですか。
どんな分野で活躍している人でもスペシャリストといわれる人は、厳しい鍛錬の時期を経ているものです。その境地は、基礎となる理論や技術を自分のものにするために最善を尽くし、自分を厳しく律した結果得られるものだからです。
■ 鍛錬で己を知る
無双の剣客といわれた二刀流創始者、宮本武蔵の言葉に「千日の稽古を鍛として万日の稽古を練とす」という名言があります。
この言葉から、武蔵自身が剣の道を究めたいと厳しい鍛錬を課し一心に突き進む凄みと、全人生を投入し剣の技の研鑽にとどまらず、心と身体をも修養し続けた彼の真摯で一途な気持ちを感じとることができます。
鍛錬というと少し古いと思われる人もいるかもしれません。しかし、ある時期自分をストイックな極限状態に置き何かに挑戦する経験は、その後の人生を開花させる準備段階として必要なことだと思います。自分を極限状態に追い込むことで自分と対峙し己を知る。これが後に自分の心を自由に解き放つ礎となるからです。
しかし、ここでいう「ストイック」は自分の夢を追いかけるためのものであり、自虐的なストイックとは一線を画すものです。
私は高校時代を水泳に捧げました。ひたすら泳ぎに明け暮れた日々を振り返ると、そこに苦労の感はひとつもありません。むしろ周りの心配をよそに、自分の記録に挑む日々を充実感と刺激に溢れる時間として楽しんでいたように思います。
幼少のころから私が水泳が大好きで、自分の得心する練習を情熱をもって行なっていたからだと思います。
しかし状況は一転し、高校2年も終りの3月、先輩の紹介で東伏見にある早大水泳部〈稲泳会〉の合宿所に通い始めると、自分に合わない泳法に変えられてしまいます。そのような時の練習は私にとって地獄のようでした。そこには楽しさはなく、あったのは苦痛だけでした。自分の納得のいかない泳法は、もはや自分の泳ぎではありません。そして自分の泳法が葬り去られた時、私は自分さえも見失ってしまったのです。
与えられた練習内容はこなすものの、内心は、やらされ感でいっぱいでした。心を失うと身体もついていきません。私はしばらくすると体調不良を起こし、志半ばで練習続行を諦めざるを得ない状況にまで至ってしまいました。
■ 意に反して頑張らない
この経験から学んだことは、自分を厳しく律することは、自分の意志に反してまで頑張ることでは決してないこと。どちらかといえば、苦しさをも吹き飛ばす程の強い信念から湧き出てくるエネルギーで、自ら目標に対しポジティブに取り組むことです。
それを支えるのは高い志。そして自分の本当に欲する目標を掲げ、目標を達成すると決意すること。人は、自ら納得している目標に対しては主体的に取り組めるものです。その過程において心を自由に保ちながら、追い風にも逆風にも臨機応変に対処していくこと。日々の行動の中で意識的に、全てが目標達成に向かう状態を作り出すことです。
自分の目標が明確であり、決意に基づく目標意識と情熱があれば、厳しくあらねばならないとする義務感は喜びに変わります。
リーダーにカウンセリングを提供するパブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者は、時として、自分に対してだけでなく、クライアントに対してもそのようなきびしさを示さなくてはなりません。各人が経験を積む中で自己鍛錬によってきびしさを養っていかなくてはならないのです。
そしてきびしさの中からその人の力強さや安定感がうまれ、周囲から信頼されるカウンセラーとなることができると思うのです。
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2007年11月30日
PRパーソンの心得 18 世論をリードする
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
個人が社会の様々な現象との関わりを持ち生きる過程で、集団の中に複雑に形成されていく世論。世論は時として、正義を動かし、またある時は悪をも正当化する強大な力を持っています。
パブリック・リレーションズの活動をする上で、世論とどう向き合うのか。常に私たち実務家や広報(PR)担当者にこの問いが突きつけられています。
■ 複雑で常に変化する世論
20世紀を代表する米国のジャーナリスト、ウォルター・リップマンは、1922年出版の Public Opinion (世論)の中で、世論について、「人の集団によって、あるいは集団の下に活動する個人が頭の中に描くイメージ」(『世論』 1987年 岩波文庫 掛川トミ子訳より抜粋)と定義しました。
また1923年同書をベースに記されたパブリック・リレーションズの最初の専門書 Crystalizing Public Opinion (世論の覚醒化)の中では、著者エドワード・バーネイズ(Edward L. Bernays)は、世論について、「複雑で常に変化するもの」と位置づけました。
ジェームズ・グルーニッグ(James E. Grunig)のコミュニケーションの分類に従えば、このバーネイズの考え方は、非対称性の双方向性コミュニケーション。この時期のバーネイズは、社会へ影響力のある人々(インフルエンサー)の発言効果を利用し、新しい考え方をパブリックに浸透させるなど、非対称性の双方向性コミュニケーションを通して説得型のパブリック・リレーションズを行った代表的な実務家とされています。
バーネイズは、パブリック・リレーションズの成功には社会科学に基づいた調査により社会構造や大衆心理を分析し対象(ターゲット)を把握し、その結果得られたターゲットの属性に訴えかける形のPR活動が必要であると説きました。
世論を知る観点からみれば、バーネイズの手法は現在にも通じるものです。しかし情報流通が飛躍的に発達し、一般の人々が容易に複数の情報源を持つことができる現在、説得型のパブリック・リレーションズは機能し難くなっているのも事実です。
むしろ今求められるのは、世の中に有益に働く物事をパブリックに認知してもらう活動。つまり一方的に「それは良い物である」と説得するのではなく、様々なパブリックが既成概念を超えて自ら判断する礎となる様々な情報を提供し、対話の中でパブリックの判断を仰ぎながらリードする活動が求められているのです。
■ 健全なパブリックを維持する
世論をリードする立場にあり、その責務を負う者が肝に銘ずべきことは、誰でも一歩間違えばプロパガンディストになり得るということです。これらは湾岸戦争やイラク戦争の例をみても明らかです。双方向性コミュニケーションによるパブリック・リレーションズに対して、有利な情報を一方的に発信し、煽動的に世論を強引に形成しようとするプロパガンダは、その技術や手法においてパブリック・リレーションズと大きく変わらないからです。
両者を区別するものは倫理観。そして、対等な双方向のコミュニケーションと自分の主張が誤りだと気付いた場合、即座に自己修正できる環境です。加えて、何が最善で最良かを常にウォッチすること。その過程で組織が誤った方向に暴走していると判断したときには、強い意思を持って進言し、それを抑止する役割を果たさなければなりません。
私は、70年代後半から80年代にかけて、インテル社やアップル社と関わり、革新的技術を集積したマイクロ・プロセッサや個人でも操作できるパーソナルコンピュータの登場により、手書き文化の日本でどうすればキーボード文化を導入、普及できるか考え、奔走しました。また80年代から90年代は、日米間に横たわる数々の摩擦(通信、半導体、自動車)にも関係し、如何に世論がマスメディアの影響を受けやすいか専門家として身をもって体験しました。
現在、ネット上の3D仮想世界と呼ばれるメタバース、セカンドライフの日本での普及に取り組んでいますが、これまでのインターネットと異なる3次元空間が社会にどのような形で受け入れられるのが最善なのか、パブリックからのフィードバックをもとに日々スタッフと意見交換をしています。
時代に先駆けて開発された優秀な技術や新しいモデルを社会に導入するためのパブリック・リレーションズの活動は、PR活動が与える世論への影響力の大きさと、その活動を担う専門家としての責務の重さを私に教えてくれました。そこで学んだことは、「パブリックは常に変化する」ということでした。
そして私達が認識しておくべきことは、パブリックはいつも健全な状態にあるわけではないということです。現在、朝日新聞(夕刊)が自戒を込めた連載読み物、「新聞と戦争」は、パブリックに最大の影響力を持つメディアの社会的責任の重大さについて多くの示唆を与えています。
PRの実務家や広報(PR)担当者は、パブリック・リレーションズがパブリックを健全な最良の方向へと導く手段として機能させる責務を負っています。皆さんが将来、高い意識と強い個に支えられた主体性のある専門家として、世論をリードする存在へと成長し活躍されることを心より願っています。
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2007年11月24日
PRパーソンの心得 17 最後まで諦めない
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですが。
物事を成し遂げようとする時、最後まで諦めない態度は、成功者における大きな共通点といえます。これは、複雑な問題を解決し組織を成功に導かなければならないPRパーソンにとっても身につけるべき姿勢です。
松下幸之助さんは「私はかつて失敗したことがない」といったそうです。彼にとって失敗とは、逆境に立たされたとき挫折し途中でやめてしまうことを意味していました。何かうまくいかない時があってもそれを失敗と捉えず、最後まで、つまり最終的に成功するまでやり抜けば、それは失敗とはならないということです。
■ 立ち止まって内観する
とはいっても成功までの道のりには、挫折してしまいそうな苦境に立たされることもしばしばあります。どんな心構えで逆境に立ち向かえばよいのでしょうか。
何かうまくいかないとき、私たちはその責任を外部に求めがちです。しかし、環境や人に責任を転嫁しても、取り巻く状況が好転するわけではありません。
危機的状況でなすべき事は、まず自己への問いかけです。初心に回帰し、自分が本当に目指していたものは何かを確認します。そして、自ら作り出した現状に身動きが取れなくなっていることを素直に認識すること。
更に、真の目標に照らし合わせて、本当に解決しなければならない根源的な問題を明らかにすること。 大切なことは、直面する問題をネガティブなものとして遠ざけるのではなく、将来成功をもたらしてくれるであろう問題として、ポジティブに寄り添ってみること。時間の許す限りあらゆる視点から問題を眺めてみるのです。
その過程はパブリック・リレーションズのライフサイクル・モデルを用いて行なうことができます。そして「問題の原因は何か」「目標を修正すべきか」「持てるリソースはどれだけあるか」「最悪の状態になっても乗り切る方法はあるのか」「そのために持つべき戦略とシナリオは何か」などを分析・検討していきます。
■ 成功への意識を集中させる
やるべきことが決まったら、改めて成功をイメージし意識を集中させ、とにかくやってみることです。そして行動に対するフィードバックを注意深く観察します。その過程で問題が生じたときでも、逃げることなく問題の原因究明と自分の中の恐怖心に向き合い、直面する問題を素直に受け入れること。そして必要な修正を加えながら歩み続けるのです。
問題を受け入れ行動しフィードバックを確認する過程を粘り強く繰り返すことで、失敗をも糧とし、目標に向かって前進することができます。こうして問題に向き合うことで、自分が目的とする方向に向かっていることが実感できるようになります。
人は誰でも志を高く掲げて物事をなし遂げようとするとき、多くの困難に遭遇します。しかし危機やそれがもたらす恐怖に押しつぶされてしまうようでは、この混迷の時代を切り抜け新しい次代を担うことはできません。
どのような状況に直面しても、自分が信じることを最後まで諦めずやり抜いて欲しいと思うのです。
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2007年11月16日
PRパーソンの心得 16 説得力
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
自分という存在が他者と関わるとき、意見の相違が生じ物事が前に進まなくなることはよくあることです。そんなとき必要となるのが、説得力。説得力を持ち合わせるかどうかで、事の成否は大きく分かれます。
■ 相手を受け入れた「無私の心」
説得とは、ある事柄について、自分を介して相手に立場や意見の相違を乗り越えて歩み寄ってもらい、互いの納得の上で合意を得るプロセスです。
パブリック・リレーションズの実務家や組織に所属する広報(PR)担当者は、クライアントや所属する組織のトップと意見が分かれたときにはカウンセリングを通して、軌道修正を行ない正しい方向に導くための説得を試みなければなりません。また、パブリック(ステークホルダー)の動向に賛同できない場合、その動向を修正するようなメッセージを発信することでパブリックを説得しなければなりません。
説得力をもつ主張とは、一体どのようなものでしょうか。
まず、何を伝えたいかを明確にすること。そして、決断や行動の基準となる確固たる価値観に基づいた主張を展開すること。判断基準が明確であることが相手に伝わると、相手に安心感を与えます。説得には、言葉だけでなく、時には身振りや手振りを交えることも重要な要素となります。しかし、どのような説得でも相手を受け入れ、認める心がないと成功しません。
相手を動かすのは無私の心。組織体であれば、まず何がその組織にとって重要なのかを最優先にしなければなりません。自分の利益や目先の利益を考えず、時代や世論など取り巻く環境を考え、相手を考え、そして未来を予測した上でどんな選択肢が最良であるかを熟慮すること。 この真摯な姿勢が人の心を動かし、その主張が説得力を持つようになるのです。
また相手との隔たりが大きい場合には、説得に時間を要することもあります。その際は、潮目が変わるのを待ちながら忍耐強く説得を行なうこと。メッセージが相手に伝わるまで、相手との対話を繰り返し、じっくりと双方向のコミュニケーションを行なう努力を重ねることです。
■ 隆盛/海舟 会談にみる説得力
西郷隆盛と勝海舟が成し遂げた江戸城無血開城。この偉業も、幕府陸軍総裁の勝と官軍参謀の西郷という相反する立場の人間が、無私の心で日本の将来を見据え、何が最良の結果をもたらすのか深く考え、真摯に向き合った2人の説得の成果です。
1868年1月、鳥羽伏見の戦いが始まり、3月初旬には官軍は江戸に到着。2人の話し合いの翌日3月15日には官軍による江戸城総攻撃が予定されていました。しかし2人は江戸を戦火にさらさないために総攻撃を中止すべく最後まで忍耐強く互いの説得を試みました。
最終的に勝は西郷に,官軍が将軍徳川慶喜を助命し徳川家に対し寛大な処置を行うならば、幕府側は抵抗せず江戸城を明け渡すと申し入れました。そこで西郷は勝の申し出を受け入れるよう朝廷を説得することを約束。この説得の末、江戸の町が火の海になることなく江戸城開城を実現させたのです。
元来日本人にとって相手を説得する能力はそれほど高くありません。その一つの要因として、島国でハイコンテクスト・カルチャーの日本では、欧米と異なり、コミュニケーション方法に言葉や身振りを交え相手を説得する必要性がなかったことが考えられます。
説得という行為には他者の心を動かす何かがなければなりません。だからこそ、真摯に向き合い無私の心で相手を説得することが前提条件となります。受容という双方が新しい境地にたどり着くことで、自らの存在をとおして他者と関わる意味も増すのではないかと思います。コミュニケーションの専門家でもあるPRパーソンの存在意義もまた、そこにあるのではないでしょうか。
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2007年11月09日
PRパーソンの心得 15 チームワーク
こんにちは、井之上喬です。
紅葉が楽しめる季節になりました。皆さん、いかがお過ごしですか。
パブリック・リレーションズのプロジェクトは通常チームを編成して行なわれます。一人の個人として強い個性を発揮できても他者と協働しチームワークを発揮させることができなければ大きなプロジェクトを成功させることはできません。
■ 考えを同じにする
チームワークを機能させるために必要なことは考えを同じにすること。明確な目標や方針を掲げ、プロジェクトの実施スケジュール、仕事の役割分担など、大きな事柄から細かい点まで全てを明確化し共有することです。
特に大切なことは、チームの掲げる価値観や目的意識を各メンバーに納得してもらい共有すること。互いが納得して行なう活動には自主性が生まれ、各メンバーの活動がひとつの目的へと有機的につながり、大きな相乗効果が期待できます。
それを機能させるのは「報連相(ほうれんそう)」つまり報告・連絡・相談という双方向のコミュニケーション。毎日のコミュニケーションを確実に行なうことで、チームリーダーや各メンバーが、プロジェクトを取り巻く情報をリアルタイムに様々な視点で収集し、必要な修正を行なうことができます。
このような環境が整っているチームは、すばやく行動できるのが特徴。臨機応変に行動することができるので、最良のタイミングでプランを実施していくことが可能となります。また、問題が発生した場合もその影響を最小限に抑えることができます。
■ 他者に対する敬意
プロジェクト遂行には異なった性質を持つ人間が集まりチームを結成し、一つの目標を達成しなければなりません。チーム運営において一番難しいのは、互いのアイデンティティを認めながら交じり合い一つの成果を生み出すことかもしれません。
違いを認め合いながら、密接に交じり合うことを可能にするのは、他者に対する敬意。相手を尊重する態度は互いの信頼感を醸成し、ポジティブな環境を作り出し、目標達成をスムーズにします。
しかしチーム内でメンバーの協調を図っても、どうしてもケミストリー(肌合い)が合わないケースもあります。その時は思い切ってメンバーの組み合わせを変えてしまうこと。肌合いの合わない者が一緒に働く環境ではエネルギーを消耗してしまい、果を上げるどころではなくなってしまいます。
チームワークを機能させる上でのPRパーソンの役割の一つは、その環境づくり。各メンバーが最大限の能力を発揮できる良好な環境を醸成することです。状況が刻一刻と変わる中で複雑な問題を解決しなければならないパブリック・リレーションズにおいて、プロジェクト完了まで気を緩めることは許されません。様々な視点をもち、細心な注意を払いながらチームはプロジェクトを完遂させなければなりません。
チームワークを機能させ一つの目標に向かっていく考え方は、地球上に在るものが共生していく姿勢につながっているような気がします。
しっかりとした強い個を持ち主体的に行動し、多様性を抱合しながら互いのアイデンティティを尊重し認め合うことができた時、私たちは繁栄という共通の目標に向かって歩み始めることができるのです。
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好評発売中の『パブリック・リレーションズ』
(井之上喬著:日本評論社)第3刷が発刊されました!
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2007年10月26日
PRパーソンの心得 失敗
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
ボクシングとは思えぬ反則プレーで話題騒然となった内藤大助選手と亀田大毅選手の世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ。大毅選手は判定負け。日本ボクシングコミッション(JBC)は、反則を繰り返した大毅選手を1年間の出場停止処分、父史郎トレーナーを無期限のセコンド資格停止処分としました。
その後、父と伴に試合後初めての記者会見に臨んだ大毅選手。頭を丸刈りにした痛々しいまでの大毅選手は無言を貫き、チャンピオン内藤選手への明確な謝罪はありませんでした。そして試合から2週間後の11月26日、亀田家を代表して兄の興毅選手が謝罪会見を行いましたが、そこに大毅選手の姿はありませんでした。18歳という大人になりきれない年頃。彼にとって失敗を認め謝罪する行為は大きな試練だったようです。その苦難を乗り越えることはできませんでした。
■ 問題解決の5つのプロセス
人は誰でも失敗します。しかし失敗は、その時の対応次第つまり事後処理をどのように行なったかで、将来プラスにもマイナスにも働くもの。
例えば2005年に明るみになった松下電器製FF式石油温風機の欠陥問題では、同社はその直後に石油機器(暖房機のみならず、石油給湯機なども含めた)からの完全撤退を決定。その後も徹底したリコール活動を展開。その結果、組織としてのレピュテーション(品格)を一層強固なものにしました。一方、雪印企業グループの例では、失敗時の対策が不十分であったため、その後も不祥事が相次ぎ、グループの解体・再編を余儀なくされました。このように失敗は、その事実にどのように向き合い対処するかで、その後の大きな飛躍にもまた大きな傷にもなり得るのです。
失敗へ適切に対処する過程は、問題解決のステップとよく似ています。心理学者であるジョンソンとゼッタミスタは彼らの著書『クリティカルシンキング』(1997 北大路書房)の中でそのプロセスを5段階に分類しています。
1)問題の存在を認識すること
2)問題の性質をきちんと理解すること
3)目標達成のためのプランを立てること
4)プランを実行してみること
5)実行の結果をチェック(モニタリング)すること
このプロセスで特に精神的な困難を伴うのは 1)の失敗と素直に向き合い、その事実をありのまま認めるプロセスと、4)のプランを実行する段階だと思います。外部からの非難が集中するなか自分の立場を客観的に把握し適切な方向へ自らを修正していくには、強い精神力と目標への高い集中力が要求されます。
一方、同じ過ちを防止する対策を講じるには、原因の究明とともに問題を徹底的に分析することも重要です。そしてプラン実施の際に、その行動から得られるフィードバックに細心の注意を払わなければなりません。このフィードバックを分析することで、実施プランの成否を客観的に知ることができます。
また何よりも全体のプロセスを円滑にするのは、全てを受け入れること。人は失敗すると必ず苦悩や混乱に直面します。しかしそんな時こそ自分をストレスから解放し冷静さを取り戻すことが重要です。全てを受け入れると、不思議にプライドや恐怖心などのストレスから解き放たれ、全体像や取るべき行動が自ずと見えるようになります。
■ 成功者は学習だと捉える
私も20代の駆け出しの頃、ある仕事で大きな失敗をしたことがあります。その頃の私は表面的には謝罪したものの、顧客に心の底からお詫びする事はできませんでした。相手に謝罪する前に、失敗した自分のあまりの情けなさに憤りを感じ、その事実を素直に認めることができなかったからです。その結果、リカバリーのための対応は迅速性を欠いたものとなりました。この失敗は今でも私の心に苦い思い出として残っています。
しかし私は、その経験から多くのことを学びました。まず、失敗した際にその事実から逃避せず冷静に受け入れること。何故このような問題が起きてしまったのか頭を整理して考えること。そして、問題解決のためにスピーディな対応を行なうこと。その際、ひとつの戦略に対し常に複数のシナリオを持つことなどを肝に銘じました。この失敗のおかげで、私は、より大きく成長することができたように感じています。
先日ご紹介した『ビジョナリー・ピープル』に「永続的な成功をおさめている人たち全員に共通しているものがひとつだけあるとすれば、それは、彼らはみな失敗の達人だ、という事実ではないだろうか」とするくだりがあります。
大きな成功を望むほど、失敗のリスクも高まります。成功できない人とできる人の違いは、敗者はそれを失敗と捉え、成功者はそれを学習だと捉える点です。失敗は飛躍のチャンスであることが理解できれば、失敗への恐怖心も払拭され、物事に果敢に挑戦できるようになります。
パブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者は、クライアントや所属する組織が過ちを犯し危機的状態にある時にも、その問題を自分のものと考え、真摯にカウンセリングを提供することが求められます。自らの失敗を糧とし飛躍した経験を適用すれば、実行力の伴った質の高い戦略やシナリオを描くことができるのではないでしょうか。
失敗を成功体験として積み重ね、失敗を恐れず新しい問題に果敢に取り組んでいく。21世紀にはそのような強い個を持ったPRパーソンが求められているのです。
2007年10月13日
自己のバックグラウンドと向き合う
~より包括的なPRの実現のためにすべきこと
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
パブリック・リレーションズが学問として体系化されている米国では、業界で活躍するほとんどの人がパブリック・リレーションズ(コミュニケーションやジャーナリズムの学科を含む)の専門教育を受けてPRの世界に入ってきます。
しかし日本にはPRの専門教育機関がないため、専門的な教育を受けずにこの世界へ入るのが通常のパターン。広報(PR)が専門職として確立されていない日本の組織体では、多くの場合、PR(広報)担当者にはジョブローテーションとして営業や総務部などいろいろな職種を経験した人が就任しているのが実情。一方、PR会社の実務家は、広告を含むマーケティングや新聞記者、雑誌編集などのメディアあるいは一般的な企画や営業職からこの世界に入るケースが多いようです。
■ 自らのポジショニングを知る
どのバックグランドを持つにせよ、これまでの自分の主要な経験を生かすことの重要性は言うまでもありません。しかしその殻に閉じこもってしまうと活動範囲が狭くなります。そこで自分に足りない要素を補う必要性が出てきます。
そのとき肝心なのは、パブリック・リレーションズを体系的に捉え、自らのポジショニングを確認すること。そして自分のバックグラウンドを生かせるのは何処か、そして補強すべき点は何処かを知ることです。
広告やマーケティングのバックグランドを持つ人の場合、スポンサー(クライアント)を優先しすぎる傾向があります。実務家は、クライアントと意見が異なる場合も、専門家として意見を進言すべき立場にあることを肝に銘じ、現場に臨む必要があります。そのためにフィーを頂いているのですから。また、メディア・リレーションズはPRの中核的な競争力です。その活動を成功させるために、メディアと意識レベルを同じにする努力を怠ってはなりません。
逆に、ジャーナリズムのバックグランドを持つ人の場合、メディア・リレーションズに偏ってしまう傾向があります。パブリック・リレーションズにはガバメント・リレーションズやインベスター・リレーションズなど、他に様々なリレーションズ活動があり、それらを統合して取り組む重要性を認識して行動するよう心がけるべきです。
また、ジャーナリズム特有の批判的精神の行き過ぎに気を付けること。批判ばかりでは物事は滞ってしまいます。物事をポジティブに捉え、クライアントとパブリックのWINWIN環境創出がインターメディエーターとしてのPR実務家の役割。バランスを取りながらクライアントや組織に倫理的な行為を促し目標を達成させることが大切なのです。
■ より大きなステージへ
私の経験を少しお話したいと思います。
大学卒業後に就職したヤマハを退社独立しこの世界に入りましたが、最初の取引先となったヤマハの仕事で、音楽普及のための様々なプロジェクトをプロデュースしたり、新製品開発のための市場調査や製品キャンペーンを行ないました。こうしたマーケティング要素の強い仕事を経験していくなか、ジャーナリズムの要素を強化したいと考え始め、その実現に知恵を絞りました。
そして1973年、メディアへの活動を充実させるため、社内に活字媒体でいう編集機能を持たせ、別会社としてラジオやテレビの制作機能を持つ番組制作会社、「PMC(Pacific Music Corporation)」を設立しました。
活字における最初の仕事は、読売新聞社発行のムック、『オーディオ・カタログ』の編集・制作。この雑誌と書籍を併せた媒体ムックはいまでこそ一般的なメディアになっていますが、当時はまだ先駆け。読売新聞社が、他の新聞社に先んじて発行したこの「ムック」の第二作目、『オーディオ・カタログ』は我々の持ち込み企画としてその編集・制作をまかされたのです。
ちなみに第一作目の「メイド・イン・USAカタログ」(1975年)は、当時、「平凡パンチ」の編集長として名声をあげ、その後「ポパイ」や「ブルータス」など多くの若者雑誌の編集長として出版界を席巻していた鬼才、木滑良久さんによる企画編集。当時の若者が熱狂的に求めたアメリカ文化(特にカルフォルニア)を衣料から住宅に至るまで幅広く紹介し、世のカタログブームに火をつけた歴史的な媒体でした。
そしてオーディオ・ブームに乗った私達の『オーディオ・カタログ』(1976年)は、その第二弾として翌年に発行。また表紙のスーパー・リアリズムのカラフルなイラストはアートポスターとして発売され、さまざまな雑誌に紹介されるなど『オーディオ・カタログ』(写真左)は高い評価を得ることができました。

1978年、同じ読売で三菱電機のビジネス本『ここにナポレオンの辞書がある』(佐藤公偉著:写真右)の企画・編集を手がけました。同書は、進藤貞和社長(当時)のもとで「重電の三菱から家電の三菱」へと変革を急ぐ三菱電機のニュー・イメージを内外に示し、社員の意識改革を促す一助となりました。
一方、電波メディアにおいて先に紹介したPMCは、1979年、FM東京をキーステーションとする全国ネットのラジオ番組「アメリカ音楽地図」を制作。当時の三菱自動車の新製品「ミラージュ」に乗りスタッフがアメリカを横断。現地のFM局やビッグ・アーティストを紹介するという、ラジオ局最大の新しいタイプの番組でした。日本に米国のFMブームを巻き起こし、番組はその後10年以上も続くことになります。
またテレビ番組では、その頃若者の間で人気の高かった、アート映像と音楽を組み合わせた番組、「日立サウンドブレイク」(東京12チャンネル)の海外編を手がけました。取材先も米国、英国にとどまらず、エジプトや、当時政情不安のジャマイカ(日本のTVクルーとしては初めて)など、企画の面白さで取材先を自由に決定し取材クルーを送り込んでいました。
このような媒体制作を通してメディアの視点を自分の中に取り込み、メディアと同じ意識レベルを維持するよう努めたものです。
これらのプロジェクトの成功は、何よりも私に大きな自信を与えてくれました。そしてこの時期に経験したことが土台となり、その後のインテルやアップル社との出会いに繋がったのではないかと思います。
自己のバックグラウンドを生かし、弱い部分を補強する努力を重ねていくことにより、幅広く奥行きの深いパブリック・リレーションズが実現できます。そして高い技術を身につけることで、専門家としてより大きなステージで活躍することも可能となるはずです。
グローバル化が急速に進展する中、企業や国家に求められているのは包括的なパブリック・リレーションズを扱うことのできる専門家です。次世代を担える質の高い専門家が多く出てくることを心から願っています。
2007年09月28日
PRパーソンの心得 13 リーダーシップ
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
9月25日の国会の首相指名選挙で自民党の福田康夫総裁が第91代の首相に選ばれ、日本の新しい政治リーダーが誕生しました。「安心と希望」を掲げた福田新首相。「国民のための政治が」行われるよう願うばかりです。
PRパーソンは、所属する組織やクライアントのトップなど、リーダーに助言を提供する役割を担っています。ですからPRパーソンが、リーダーシップとは何か、リーダーのあるべき姿とは何かを理解することはその役割遂行において重要なことです。
■ 不確実性を乗り越えられる人
『広辞苑』で「リーダーシップ」とは、「指導者としての地位または任務。指導権」「指導者としての資質・能力・力量・統率力」と記されています。国や時代によってあるべきリーダー像は変容していますが、今日のように急激な変化が日常化する時代にあっては、自ら変革の担い手となり、個人や組織を導くことのできるリーダーシップが渇望されます。
ハーバード・ビジネススクールの組織行動論の担当教授であるジョン・コッターは、変革型リーダーシップの特長として次の3つを挙げています。1)ビジョンの設定 2)ビジョン達成に必要なリソースのネットワーク構築 3)実行。これら3つの特長はPRのライフサイクル・モデルのプロセスと重っており、リーダーシップにとっていかにパブリック・リレーションズの手法が有効かが示されているといえます。
また、次世代リーダーの輩出に取り組むNPO法人ISLの理事長を務める野田智義氏はその自書『リーダーシップの旅』(2007年、光文社)の中で、変革を担うリーダーの本質とは、見えないものを見る力にあると説いています。つまり、誰も想像すらしないことを発想・予見し、それらを具現化する力にあるとしています。
このような未来に対する不確実性を乗り越えるために必要なものは何か。
これまでの私の経験から、以下の5つを挙げることができます。1)自分を見つめ受け入れること 2)自らの意思で大きなビジョンを描くこと 3)大局的な視点に立ち将来を予測する力 4)自己責任の下にリスクを取ることのできる勇敢さをもつこと、そして 5)失敗を糧とし果敢に挑戦し続けることができること。これらの特長には、以前このブログで紹介した『ビジョナリー・ピープル』の中に示されている、継続して成功している人たちの特性と類似していることが認められます。
つまり、自らをリードし主体的に行動することのできる自立した個のみが、未来に対する不確実性を乗り越えたビジョンの達成を可能とするということがいえます。
■ 「ノブレス・オブリージュ」の精神
一方、リーダー(所属する組織体のトップやクライアント企業のトップ)との関わりにおけるPRパーソンの役割は、トップと意識レベルを同じにして、彼らがリーダーとしての役割を果たせるよう戦略的にサポートすることにあります。
その際にPRパーソンは、ターゲットとの双方向性コミュニケーションを実現させ、倫理観に基づいた行動を促し、必要な修正を自ら行うことのできる環境を整え、スムーズな目的達成への土台づくりに心を砕かなければなりません。
PRパーソン自らがリーダーシップを発揮すべき時もあります。それは危機発生時。精神的に混乱したり落ち込んでいるトップに対してPRパーソンは、励ましの言葉はもちろん、専門家として問題解決のための適切な戦略と実施プランを速やかに提示し問題解決にあたらなければなりません。不祥事にあえぐ組織体トップに対して、一時的にはダメージを負うような情報をも開示し、事態を一刻も早く収拾し前進させるよう説得しなければなりません。
この場合とりわけ重要となるのは、危機的状況を切り抜けるため、客観的に物事を俯瞰する広い視点と、激しく変化する事態を静観し潮目を読みながら冷静に対処する能力。そして、もてる資源を有機的に統合しゴールへと導くリーダーシップです。
いまの時代は、変化を機会と捉え、リスクをとりながら前進しようとしなければ生き残りさえ難しい時代です。しかし最近のメディア報道を通して私たちが目にするのは、日本の政界や財界、教育の現場など至る所でリーダーシップの不在が散見されていることです。
それは、今の日本が「ノブレス・オブリージュ」(高貴な身分に生まれたものとして自覚すべき責務=選ばれた人の責務)の精神の欠如にあるのからかもしれません。
「ノブレス・オブリージュ」の精神は、選ばれた者として責任と役割を自覚して行動することにあります。鼻持ちならないエリート意識とは一線を画すもので、社会的使命を持つものが自覚すべき責務であり、リーダーに欠くことのできない覚醒された意識です。
PRパーソンは、所属する組織体やクライアントのトップに対する目的達成への戦略や道筋を提供する役割を担っています。PRパーソンがリーダーシップとは何かを理解して彼らに正しい道筋を示し続けることは、日本が変革していく上で重要なことなのです。
2007年09月08日
イノベーションの真の意味
こんにちは井之上喬です。
被災地に多くの傷跡を残した台風9号。皆さんお変わりありませんか?
先週、グローバルを視座に置いたイノベーションの創出で日本再生に取り組むプロジェクトについてお話しました。
その中である米国企業経営者が、日本の経営者と米国経営者のイノベーションについての取り組み姿勢の違いを語ったことを紹介しましたが、この言葉の中に日本再生のための一つのヒントが隠されていると考えています。
イノベーションとは何でしょうか。
■ イノベーション=リスクをとること
広辞苑を紐解くと、イノベーションとは、「生産技術の革新だけでなく、新商品の導入、新市場・新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含む概念」と出ています。つまり、イノベーションとは、既存のモノやシステムからの飛躍をはかり、 新技術や新しいアイデアを採り入れ社会的意義のある新たな価値を創造し、社会に大きな変革をもたらすことを指します。
この用語を初めて生み出したのは、オーストリア出身の経済学者 シュンペーター。彼は1911年出版の自著『経済発展の理論』の中で、景気循環の波を引き起こす要因としてイノベーションを中心概念に据え、波動を描く経済活動を理論化しました。その理論の中で、イノベーションの担い手を企業家(アントレプレナー:entrepreneur)と呼び、経営資源を全く新しく組み合わることで、新たなビジネス創造の主体としました。
前号でも紹介したように、イノベーションにはリスクが伴います。特に技術の場合、日本の組織体は革新的技術を積極的に取り入れ変革を起こすことに消極的です。自分たちに理解できる技術の開発には飛び込んでいくものの、その領域を超えた理解不能と思われる技術や手法の開発・導入には極めて保守的です。失敗しリスクを取ることを極端に恐れるからです。
日本は封建制度のもと何百年もの間「失敗を恥とし、切腹して命を持ってお詫びする」に象徴される思想文化が醸成されてきました。戦後、欧米文化が街に溢れる時代になっても、働き手は終身雇用のなかで多くの同期と競争し勝ち残り、数十年かけて頂上まで到達するシステムが主流を占めてきました。
そのため、人の評価は減点方式。その結果として、人は失敗を極端に恐れ、こじんまりとした個人ができ上がります。失敗を恐れる傾向は、いまや日本人のDNAの中に奥深く組み込まれ、受け継がれているのでしょうか。そんなことはないはずです。
■ 失敗が許される文化
OECDなどの統計によれば、日本は2003年、国民一人当たりのGDPは35,008ドルで世界一位にランクされるもののその後順位を下げ、2005年度は35,650ドルで14位まで下落。
国際労働機関(ILO)によると、2006年の1人当たり国内総生産(GDPは1990年価格)でみた労働生産性では、米国が首位。欧米先進国が上位を占めるなか、日本は16位。またスイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表する国際競争力ランキングでは、日本は91年までは首位を確保していましたが、昨年は16位、今年は24位と、急速に順位を落としています
また現在、国と地方を合わせた財政赤字の累積債務は1000兆円を超え、対名目GDP比は先進国の多くが対名目GDP比60%以下に対して、日本は約200%。深刻な不況に苦しんだ70年代の英国でさえ対名目GDP比の100%程度であったことを考えると事態は極めて深刻です。
これらのデータが示すものは日本の明らかな国力低下です。日本における現状を打破し競争力を発揮するシステムの構築が火急の問題であることは明白。
先週、日本再生のためのソリューションは、イノべーションを通して日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として構築することであると述べました。日本のイノベーションの実現には、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠です。
短期的、中期的な視点からは、双方向のコミュニケーションを通して、真のイノベーションの意義や魅力を国民をはじめ、技術、経営、法制、財務などあらゆる分野における内外の有能な人材に広く認知させなければなりません。技術者とファンド、研究者と起業家といった新しい関係を構築し、優れた技術やサービスをいち早くビジネスモデル化するなど、パブリック・リレーションズの立場でビジネスを促進させることが可能です。
長期的には、リスクを恐れない「失敗が許される文化」の土壌を醸成すること。様々なレベルでの教育を通して自ら変革を起こすことのできる人材や組織文化を育てることなどをパブリック・リレーションズにより促進します。
シュンペーターが言うように、イノベーションの担い手となりリードしていくのが企(起)業家であるならば、企業や組織のトップに目的達成のために助言することを求められるPRの実務家は、イノベーションを実現させる重要な役割を担っているといえます。日本の再生に残された時間はないのです。
2007年09月02日
日本のイノベーションをアクセラレートする
~グローバリゼーションを視座に日本を再生
日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として再生させなければならない。私は、日本再生への経済的道筋として、いつもこのように考えていました。
先日私は、グローバル・イノベーターズLLC(合同会社、Global Innovators LLC=以下GIL:仮称)の立ち上げのための会議に出席するために札幌に行きました。
北海道大学を会場にした2日間にわたる会議には、全国の主要大学(東大、京大、阪大など)からは知的財産責任者や特許管理(TLO)責任者、また多様なグローバル・ビジネスの経験者、ベンチャーファンドや証券会社のマネジャー、加えて知財専門の弁護士、税理士などの専門家に海外からの参加者を含め約40名が参加。イノベーションの持つ意味については次回のこのブログで触れますが、会議ではITを知財の中心に据え、GILの創設を日本再生への具体的な処方箋としてさまざまな話し合いが行なわれました。
LLC(合同会社)は昨年5月から施行された新会社法で設立可能となった新しい法人資格。従来の株式会社とくらべ合同会社は、出資者自らが業務執行を行うことが原則。したがって早い意思決定が可能。これに対し株式会社は、出資者である株主が取締役を選任し、取締役が業務執行を行うことを原則としています。
■ 推進役(アクセラレータ)はグローバル・ビジネスの専門家
GIL設立の目的は、日本経済の活性化のため、新しい技術や考え方を取り入れた新たな価値を生み出す事業をグローバルな視点で創出し、その事業を育成すること。
GILでは、新事業を効率的に展開させるため、アクセラレータ(仮称)と呼ばれる新事業の創出・育成を促進させる専門家集団を設置します。アクセラレータは、技術、経営、法制、財務、コミュニケーションなどあらゆる分野からの人材で、日本を拠点とする外資系企業のトップや日本でビジネスを大きく成功させたベンチャー・キャピタリスト、大学関係者なども含まれます。
GIL設立に尽力されているのは、現参議院議員の松田岩夫さん。小泉政権下で松田議員は、科学技術政策・IT担当大臣を務め、現在は、自由民主党知的財産戦略調査会会長をされています。
「どうして国が莫大な予算を付けても成功できないのか?」通産官僚出身である松田さんは、政治や行政にできることに限界を感じていました。先の問いを繰り返すうち行き着いた答えは、プロジェクトが成功しない理由は、グローバル・ビジネス経験を豊富に持つ民間人の関与が少ないのではないかということでした。
そして松田さんは大きな柱として、「世界に誇れる、高付加価値技術の保有国として日本を再生させること」、そして「世界市場に照準を合わせた効率的な事業展開のために、プロジェクトの推進役としてグローバル・ビジネスの経験者を起用すること」を打ち立て、GILの設立を考え推進しています。
■ 日本再生は地方の再生から
松田さんと私の出会いは、2カ月前。私をグローバル・ビジネスの経験者として、シリコンバレーでビジネス・コンサルタントやファンド運営をしている友人の紹介で私の経営するPR会社、井之上パブリックリレーションズを訪ねてくださった時のことです。
初対面でしたが、私たちの日本再生に関する考え方が一致するのに時間はかかりませんでした。回を重ねたミーティングは時には深夜にまで及び、互いに興奮気味に語り合いました。これまで私がお会いした政治家のなかでイノベーションをベースに包括的に日本再生を語った人は松田議員が初めてでした。
GILにおける具体的な活動は、グローバル事業を展開する視座に立ち、大学に眠る世界に通用する優れた技術やベンチャー企業を発掘・支援すること。この新しい試みには最適なビジネス・モデルが必要とされます。現在、松田さんの依頼で私もコア・メンバーの一人としてビジネス・モデルを構築中です。
日本は、グローバリゼーションの波の中で国際競争力をどう発揮・維持していくのか?国の再生には、プロジェクトが何千、何万と生まれ育たなければなりません。日本再生には、豊かな地方文化に育まれた、独自の技術や発想による地方発のプロジェクトの成功がなんとしても必要。地方の再生が鍵となります。
地方再生には地元の大学にとどまらず、自治体、地元高校でのカリキュラムの見直しなど地域を挙げて取り組まなければなりません。公共事業が減っていく中、地方自らが自立するためには、グローバルを意識した地方の国際化、そして異なった産業分野からの労働人口の移動にも積極的に取り組む必要があります。
そうした意味で、今回GIL設立に向けた会合が、札幌という地方都市で行われたことに意義を感じます。また会合に参加した人が、「日本再生」にかける熱い思いを共有し建設的に議論できたことは大きな収穫でした。
1980年初頭に、欧米先進国をお手本に近代工業社会で世界の頂点に立った日本経済はほんの少しの間、半導体や自動車などの経済的成功に酔いしれました。やがて羅針盤を失い、90年を境に長期間にわたり混迷を続けます。原因はどこにあったのでしょうか?
その答えは3年前の早稲田大学の授業にありました。シリコンバレーのファブレス半導体メーカーで顧客でもある、ザイリンクス社のウイム・ローレンツ会長兼CEOは日本経済が低迷を続ける04年、私の授業で学生に語っていたのです。
「日本の企業経営者は、イノベーションをよく口にするがイノベーションにはリスクが伴うことを理解していない」。シリコンバレーで、世界最大のファブレス(工場をもたない)半導体企業に仕立てた経営者が、熾烈な競争にさらされるなかで体得したその言葉は、日本の経営者に重大な警鐘を鳴らしていたのでした。
私は、80年代にインテル社やアップル社などの米国発ベンチャー企業のトップ・マネージメントやMITの科学者たちとさまざまな仕事をしました。その中で、彼らがパブリック・リレーションズを経営中枢に取り入れ、強くなっていく過程を目の当たりにしました。自らのメッセージを明確に伝え、イッシュ・マネージメントやリスク&クライシス・マネージメントなどをもパブリック・リレーションズの視点で戦略的に捉えていたのです。
その経験から、日本のイノベーションには、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠であると感じています。グローバル・イノベーターズLLCの事業発展にパブリック・リレーションズを導入し、数多くの成功プロジェクトを育てること。これが私の願いです。
2007年08月24日
PRパーソンの心得 12 Win-Win 精神とは
人間は一人で生きていけません。かかわりの中で生きています。PRの実務家や組織に属する広報担当者は、そのかかわりを良好なものにしていく使命を負っています。双方が利益を享受できるWin-Win Situationsを実現するソリューションをクライアントに提供すること。これはPRパーソンに常に要求されることです。
■ 知恵を使い、それぞれの「輝き」を共有させる
Win-Win Situations とは、Win-Winの環境にあることを指し、相互の利益を実現する状況や状態を示す言葉です。この状況を作り出すWin-Winの精神は、相互が満足や納得できる解決策を見出そうとすること。そして、多種多様な存在が「勝つか負けるか」といった2分法のパラダイムではなく、合意の中で共生していく精神です。
PRパーソンの役割は、パブリック・リレーションズを行う上で当事者間のWin-Win環境を作り出すことにあります。PR会社の場合は、クライアントやターゲットとなるさまざまなリレーション先であるパブリック(ステーク・ホルダー)、そしてパブリックに情報を伝える媒介役としてのメディア、これらがそれぞれ利益を享受できる状況を整えなければなりません。
組織体における広報担当者にも同様なことが求められます。社長を初めとする経営陣と広報部門、広報部門と他の社内部門やグループ部門、広報担当者とメディア、PRコンサルタント。それぞれとWin-Winの関係を維持できるよう心がけねばなりません。
またPR会社にとってはWin-Win実現のために、その可能性を持ったクライアントを選択することが重要。そのためにはクライアントを深く理解すること。クライアントがどのような理念や目的で事業を行っているのか。トップ・マネジメントが持つ「輝き」を把握し、クライアントがターゲットとするさまざまなパブリックがどのような「輝き」を求めているのかを理解しなければなりません。その共通項がWin-Win環境を生み出します。
その上で、知恵を使いながら事実に基づいた情報をパブリックに提供し、パブリックの興味を引き出します。PRパーソンは常に、「どの角度からどのタイミングで情報発信するか」意識し、情報発信を行います。
■ リーダーシップがWin-Win環境を醸成
Win-Win環境の土台となるのは、双方向性コミュニケーション。クライアントとパブリック、PR会社とクライアント、クライアントやPR会社とメディアなど、当事者間の情報流通が対称性のある双方向性の形態であること、力関係に左右されないフラットな環境であることが重要です。
PRパーソンは、パブリックとクライアントのインターメディエータとして、双方の視点を同時に持つことが求められます。パブリックの様々な視点を持つことは、相互の利益を実現させる解決策を導き出だす上で役立ち、状況悪化の際にも速やかな判断を促し、自らを修正することを容易にします。
またPRパーソンは、ターゲットとなるパブリックから、クライアントに関してのネガティブなフィードバックが戻ってきた場合、あるいはパブリック対し苦しみを与える結果を引き起こす可能性のある場合には、クライアントにその状況を説明し、クライアント自らの姿勢転換を進言しなければなりません。
何がパブリックにとってWinであるか、またはLoseであるかを判断する基準は倫理観や良心に求めるべきです。Win-Win環境の基盤は倫理観にあるともいえます。その場限りの利益を求めて、メディアを欺き虚偽情報を流したり、自己利益の追求のためにパブリックを無視した行動をとることは、時として市場からの退場を迫られ、最終的にはクライアントを永続的な成功に導くことを困難にします。
いま世界はWin-Win環境を求めています。環境問題や民族紛争、宗教対立などの問題解決には、強いリーダーシップによるWin-Win環境の醸成が不可欠です。
人間の本質は喜びにあります。相手に喜びを与えることで自らも喜びを享受できます。「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」これは『聖書』のマタイ福音書の一節です(マタイ7章12節)。互いに喜びを与え合うことは相乗効果を生み出し、より大きな喜びや利益を作り出し、輝きを持つようになります。
この世の真理に沿った行動が、21世紀のパブリック・リレーションズに必要です。PRパーソンは、個人的な信念としてWin-Win精神を自己の中に築き、強い個をベースにさまざまなリレーションズ活動を通してWin-Winの環境を実現させていかなければならないのです。
2007年08月10日
進化する3D仮想空間「セカンドライフ」
~井之上PRが米リンデンラボ社と包括的PR契約を締結
こんにちは井之上喬です。
猛暑のなかいかがお過ごしですか?
■新しい3D仮想世界の大きなうねり
「セカンドライフ(Second Life)」は、米国サンフランシスコに拠点を構えるリンデンラボ社が運営する3次元の巨大CG仮想世界です。ユーザーは自分の化身、「アバター」を自由に操って動き回ったり、好みのアバターに身を替えて他のアバターに挨拶したり、会話を楽しみながら3D空間を自由に闊歩できます。また望めばSIMといわれる土地を購入しそこで自由に建物や施設、家具、衣料品、装飾品などを建設・デザインすることができる創造的空間です。
ユーザー自身の創作物はユーザー間で自由に売買できます。仮想通貨である「リンデンドル(LD)」(1ドルは約270LD)で売買でき、さらにリンデンドルを米ドルに換金できるようになっています。また、誰でも自由に建物や施設等を開発・構築できるオープンソースになっていて、スピーディかつ有機的な技術革新を実現しています。
ここ1年間で会員の数が激増。8月10日現在の全世界の住人総数は860万人を超えています。ネット上の新しい3D仮想空間であるこのセカンドライフにはさまざまな試みが行われています。みずほコーポレート銀行による仮想世界経済圏の08年の市場予測は、1兆2500億円。また、セカンドライフ人口は2億5千万人に達するとしています。
私が初めてセカンドライフに出会ったのは、まだユーザーが100万人に満たなかった昨年の秋、そのコンセプトとサービス内容に衝撃を受けました。それは70年代終わりに、それまで専門家にしか操作できないとされていたコンピュータの概念を打ち破り、初めて世界に発表した、アップル社の個人用小型コンピュータ、「アップルII」と出会った時の衝撃と同じものでした。セカンドライフは、近い将来日常生活の中に組み込まれ、さまざまな社会現象を生み出すことが想像されます。この大きな波の到来の予感は、私が70年代後半から80年代前半にかけて関わったインテル社やアップル社のときとよく似ています。
この8月から、私の経営するPR会社、井之上パブリックリレーションズは、リンデンラボ社と正式にPR(戦略広報)契約を結びました。
日本人ユーザーを拡大するため、業務はメディア・リレーションズからガバメント・リレーションズ、危機管理に至る広範なものです。
担当チームは、セカンドライフの持つ幅の広さと奥行きの深さを考慮し編成されました。メンバーは、アップル、インテルの日本進出時のPRを手がけた皆見剛(常務取締役)のスーパーバイズのもとに、NHKで記者をつとめ今年の4月にPRのもつ可能性にかけて入社した尾上玲円奈(アカウント・エグゼクティブ)、ITや金融分野で国際的に豊富な経験をもつステュアート・ベーカー(シニアVP)を中心に構成されています。
セカンドライフをインターネットの視点から捉えた場合、セカンドライフはweb.2.0を代表するソーシャルネットワーキングサービス、ブログなどの機能を持つ総合的なプラットフォームであると言えます。自分のアバターをとうして全てを体験するので、感情移入が可能となり、非常にリアルな感覚を味わうことができる3D仮想世界です。
リンデンラボ社の創業者・CEOはフィリップ・ローズデール。17歳でデータベース会社を設立した後、大学に進学。95年にはネット上のビデオ会議システム「フリービュー」を開発。そして99年、小さい頃から夢見ていた「現実のようなデジタル空間」を提供する企業、リンデンラボ社を設立しました。リンデンラボ社の株主には、アマゾンドットコムの創業者ジェフ・ベソス氏やロータス社の創設者ミッチ・ケーパー氏、イーベイの創業者兼会長ピエール・オミディア氏も名を連ねています。
セカンドライフには実に多くの企業や組織が進出しています。IBM、デル、インテル、コカコーラ、ロイター通信、ハーバード大学をはじめ、トヨタ、日産、ソニーそして最近ではフジテレビ、サントリー、慶応大学などが話題になっています。
企業や組織が現在注目しているのは、レピュテーションの向上やマーケ








