2009年06月29日
マニュフェストの都議選迫る
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。
7月3日告知の東京都都議会選挙が目前に迫っています。
先日早稲田大学小野記念講堂で「東京都都政フォーラム:6兆円の使いみち」として、東京都議会会派代表による公開討論会が開催されました。東京都政のこれまでの4年間とこれからの4年間について、また6兆円の巨大な予算を各党がどのように使おうとしているのかについて、熱いディベートが繰り広げられました。
参加政党は、自由民主党、民主党、公明党、共産党そして地域に根差す生活者ネットワークで、それぞれ代表者を送り込み5名がパネリストとして出席。コーディネーターは主催者でもある早稲田大学院公共経営研究科教授&同大学マニュフェスト研究所所長の北川正恭さん。
■ほとんど知られていない活動と成果
1290万人の人口を抱える東京都の年間予算は6兆円を超えています。この巨大な金額は、アルゼンチン、ニュージランド、台湾などの政府年間予算を上回る数字です。その割には、東京都の活動やその実績について詳しく知っている都民は少ないのではないでしょうか?
世界経済の混乱で、政治への関心が高まっているものの、実際自分が生活している自治体がどのような政策を掲げ、実現させてきたのかその活動が市民に十分に伝えられていない感があります。
討論会やシンポジウムなどに参加したり、積極的な情報入手努力を行わない限り、自治体の活動内容は不明瞭で理解できる環境は十分とは言えません。従来型のお知らせではなく、ITを駆使しインターネットを活用した行政の仕組みを考える必要があります。
日本の遅れは多分に、政治献金のシステムと関係がありそうです。米国のオバマ大統領候補(当時)が、選挙キャンペーン中にインターネットを活用し、多くの草の根献金者を巻き込み選挙戦を有利に展開したことは周知の事実です。個人が献金活動を通して、政治家(候補者)の掲げる政策やその結果に身近になるのは自然のことといえます。
■本格的マニュフェスト選挙
7月の都議選に向けて各党がマニュフェストを掲げ選挙戦に臨むことが期待されています。マニュフェスト選挙の実現は北川さんのライフワーク。前述の討論会には各党が準備した政権公約が資料に添付されていました。ある政党がマニュフェストを大上段に掲げ真っ向勝負しているところもあれば、ある党は従来型の公約を掲げているところもあります。
公約の掲げ方も、仔細にわたったものから、大枠で示しているものまでそれぞれ個性的です。しかし、しっかりしたマニュフェストを持つ政党・候補者は、投票する有権者にとっては、信頼が高まり有利な選挙戦が展開される印象を持ちました。
ちなみに「ザ・選挙」には、今回の都議選の立候補者の一覧が写真付きで掲載されています。面白いことに、会場で配られていた主要政党の公約資料の中で、自民党だけがマニュフェストを掲げていないことが気になりました。本年5月の本ブログでも紹介した北川教授のコメントに中に、最近の傾向として、選挙で有権者が投票を決める場合、候補者のマニュフェストをチェックすることが一番に挙げられているとされているからです。
都議会選挙とは別に、自民、民主天下分け目の衆議院議員選挙が控えています。今の自民党には時代の流れを読み、自らを変革(修正)する力がなくなったのでしょうか。
このような選挙活動にも、双方向性で多様な視点をもち、しっかりした調査に基づき、必要とあれば自己修正することのできるパブリック・リレーションズ(PR)が求められています。
2009年06月22日
新刊本を発行します
~「説明責任」についての本
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか。
最近企業の不祥事や政界で問題が起きるときまって耳にする言葉があります。「説明責任」です。この言葉が出てくるときは必ず何らかの問題が生じているときです。しかし、日本中を駆けめぐるこの説明責任という言葉は、よく耳にしてもその本当の意味を理解している人は多くないように思えます。
説明責任(アカウンタビリティ)はもともと公共機関での会計学で使われていた用語ですが、いまや民間企業や教育現場にも拡大しています。このたび、この説明責任をテーマにした本をPHP研究所から新書として上梓することになりました。発売は7月中旬の予定。今日はそのエッセンスをご紹介したいと思います。
■書くにいたった理由
いま世の中は混乱状態です。特にサブプライム問題の後遺症は重く、経済、政治、社会などのさまざまな分野でひずみが露呈し、多方面で難問が噴出している感さえあります。
このようなときに、起こっている問題に対する国民や納税者の疑問の声は高まり、その原因究明について説明責任を果たすことを要求する声も高まるばかりです。特に混とんとする日本の政治に対し国民は、いまの状態が一人ひとりの生活に深く影響を与えかねないことを憂慮し、看過できない状況を明確に認識しはじめたといえます。
小沢一郎公設秘書問題における小沢前代表側と検察双方の説明責任。また、先日の鳩山総務大臣辞任の際にみられた、大臣自身の説明責任や大臣任命権者である麻生首相の説明責任。これらは、説明責任とは何なのか?一国のリーダーが果たすべき説明責任とはどうあるべきなのかを深く考えるきっかけを与えています。そんな疑問に答えるべくこの本を出版することにしました。
■日本に説明責任が必要なワケ
この本では、日本の社会でなぜ説明責任を果たすことが求められているのか?繰り返されるさまざまな問題を通して、責任ある責任のとり方や説明責任の実態を紹介し、パブリック・リレーションズ(PR)の視点から説明責任を見つめています。
私はこれまで、危機管理では数百人規模の犠牲者を出した不幸な事故・事件から食品の賞味期限切れまでさまざまな企業不祥事を扱ってきました。多くの場合、危機管理に対する備えの欠如を強く感じています。クライシス発生時においては、いかに「説明責任」を果たしていくかがダメージの増減に大きな影響及ぼします。こうした面についても、いくつかの事例をとおして解説しています。
そして、どのようなときに説明責任が果たされるべきなのか、また、「倫理」「双方向」「自己修正」の3つの原則を持つパブリック・リレーションズと説明責任の関係についても記し、説明責任の本質に迫っています。
これまでこのブログでも、絆について書いてきましたが、説明責任が果たされている環境と「絆(きずな)」の関係性についても触れています。
さて、どのような本が皆さんにお届けできるのか、ご期待ください。
2009年06月01日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 13
~PRの歴史的発展 その3
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。その登場から現代に至る発展史について本書では大きく7つの期間に分けて解説しています。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」の3回目として米国におけるパブリック・リレーションズの苗床期(1900~1916)におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。
私がこのブログを書きはじめた最初の頃(2005年8月)、「PRの父」と呼ばれている米国の実務家アイビー・リー(1877~1934)の紹介を中心に、その背景となった米国の苗床期に言及したことがあります。この時期にはパブリック・リレーションズ(PR)会社の前身となる「パブリシティ会社」が次々と産声を挙げ、私たちと同じ実務家である多くの先駆者たちが登場しています。
■米国における苗床期(1900~1916)
本書では、この時期について「不正摘発を目指すジャーナリズムに対して防衛的なパブリシティで抵抗した時代。さらに、パブリック・リレーションズのスキルを利用してセオドア・ ルーズベルトとウッドロー・ ウィルソンが広範な政治改革を促進した時代」としています。
米国初のパブリシティ会社は米国東海岸のボストンで「パブリシティ・ビューロー社」(ジョージ・ミカレス社長)。1900年の半ばに「できるだけ多くのクライアントに、商取引において許される限り高い料金で、全般的なプレスエージェント業を提供するため」にボストンで設立されたと本書に記されています。そして2番目の設立は、1902年にワシントンD.C.でウイリアム・スミスによる「スミス&ウォルマー社」。ニューヨークで初めて設立された会社は、アイビー・リーとジョージ・パーカーによる「パーカー&リー社」で3番目のパブリシティ会社です。
4番目の会社は1908年、西海岸のサンフランシスコで設立された「ハミルトン・ライト・オーガニゼーション社」。5番目は、「ペンドルトン・ダッドレイ・アンド・アソシエイツ社」で、ペンドルトン・ダッドレイが友人のアイビー・リーの助言を受けて、1909年にニューヨークのウォールストリート地区で設立されました。
■PRの先駆者たちの登場
この苗床期においては多くの偉大な先駆者が登場しますが、紙面の関係もありここでは3人の紹介にとどめます。
先ずはアイビー・リー。本書では次のように彼の功績を称えています。「今日のパブリック・リレーションズの実務の土台作りに大きく貢献した。彼は少なくとも1919年までは『パブリック・リレーションズ』という用語を使用しなかったが、現在にも引き継がれている多くの技法と原則を生み出した。(中略)業界の最も説得力を持った代表者の一人として、リーが行った実務と講演活動によって、パブリック・リレーションズは新たな専門職になった。」
2人目は、レックス・F・ハーロウで、本書では彼を次のように紹介しています。「ハーロウのキャリアは、パブリック・リレーションズという業務が、誕生間もない、不確実な使命感を帯びていた時期から、1980年代の成熟期へと進化していく過程と重なっており、今日の実務の形成に貢献した。1939年にスタンフォード大学で教鞭をとっているときに、パブリック・リレーションズ科目を教え始め、米国パブリック・リレーションズ評議会(ACPR)を創設した。1945年、彼は月刊誌『パブリック・リレーションズ・ジャーナル』を創刊し、パブリック・リレーションズ・ソサエティ・オブ・アメリカによって1995年まで刊行された。ハーロウは1993年4月16日、100歳でこの世を去った。」
3人目はセオドア・N・ベイル。米国電話電信会社(AT&Tの前身)は、パブリック・リレーションズと電話通信の先駆的企業だったといわれています。同社は、前述の米国初のパブリシティ会社「パブリシティ・ビューロー社」の最初のクライアントの一つでもありました。本書でベイルがディレクターとして1902年に同社に復職後、パブリック・リレーションズに対する方針が打ちだされますが、1907年にベイルが社長に就任して、より明確となったと記しています。またベイルは、ジェームズ・D・エルスワースを雇用し、パブリシティと広告プログラムを展開します。そうした中で、次のような「1912年のAT&Tにおけるパブリック・リレーションズ局の(設置)提案」が生まれました。
「AT&Tにパブリック・リレーションズ局を設置し、電話会社とパブリックとの関係をめぐる全情報を集約して利用できるようにすれば、会社内の各部門や運営会社で、現在個別に行っている仕事の多くを統合することができる。(中略)また、世論のトレンドや法律の流れに注意を向けることができ、これらを研究すれば、そのときどきの市民感情の大局的意向を要約した形式にして、経営幹部に注意を向けさせることができる。」
そして、「また、電話会社は法律の新たな段階に対応することができ、多くの場合、トラブルの原因となっていた状態を修正して法律の機先を制することもできる。このような疑問に関する資料を収集、分析、配布する中心的組織を設置することにより、その分野の仕事に実際に従事していた人の時間を著しく削減でき、問題の対応についても、範囲を拡大してもっと効率的にできるようになるであろう。」
およそ100年も前の上記提案の中には、既に双方向性コミュニケーションの考え方やイッシュ・マネジメントの概念も抱合されていて、この提案が当時画期的なものであったことが想像できます。米国の先駆者の心意気が伝わってくるようです。皆さんはどのような感想をもたれましたか。
2009年05月11日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 12
~PRの歴史的発展 その2
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。
20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章の「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の中から2回目として18世紀のアメリカ合衆国の独立後から企業における最初のパブリック・リレーションズ部門が設置された19世紀末までのエポックメイキングな事象を紹介していきます。
■最初の全米規模の政治キャンペーン
独立を果たしたアメリカ合衆国において、パブリック・リレーションズの次なる大きな目標は、1787年から1788年にかけてアレキサンダー・ハミルトンやジェームズ・マディソン、ジョン・ジェイが新聞に投稿した85通の書簡集、The Federalist Papers の発行でした。
これらの書簡は、憲法を批准するよう力説するものであり、ある歴史学者は新しい国の「最初の全国規模の政治キャンペーン」と呼んでいます。
本書では、「Federalist の執筆者らは、憲法に反対する流れをかわして支持を得るなど、歴史に残る最高のパブリック・リレーションズの仕事を成し遂げた」とその功績を称賛しています。また、歴史学者アラン・ネビンズは、アレキサンダー・ハミルトンの業績を「史上最高のパブリック・リレーションズの仕事」として本書で以下のように述べています。
「憲法に対して国民の容認を得ることは、本来、パブリック・リレーションズの実務であり、ハミルトンはPRの鋭い天性をもって、憲法に対してのみならず、思慮深い人々が黙認せざるをえない状況にも配慮し、他者に自分の意見を伝えた…。いざ憲法が国民の前に示されたとき、ハミルトンが取った迅速な行動は、優れたパブリック・リレーションズの典型例だった。」とし、「世論に意見の空白が生じると、無知で愚かな意見がその空白を埋めることを彼は知っていた。正確な事実と健全な考えを提供するために、時間を無駄にすべきではないのである。」と、現代にそのまま通ずる鋭い洞察を行っています。
もちろんこの時代、パブリック・リレーションズという言葉はまだ使用されていませんでしたが、本書はパブリック・リレーションズの発達過程について、「政治改革運動に誘発された権力闘争と密接に結びついている。これらの運動は既成の権力グループに反対する強い潮流を反映しており、パブリック・リレーションズの実務の成長に触媒として大いに機能した。」とパブリック・リレーションズの発展に政治運動が深くかかわっていることを示しています。
さらに、「なぜならば、政治・経済的集団の主導権争いは、市民を味方につける必要性を生み出したからである」とし、「パブリック・リレーションズは、市民社会の容認を得て、進歩する技術を迅速に利用する必要性があるときにも成長した」と述べています。
■プレスエージェントリーの誕生
パブリック・リレーションズはプレスエージェントリーから進化したといわれています。およそ1850年頃のことです。
この点について本書では「我々がパブリック・リレーションズと定義するものの多くは、定住民のいない米国西部への植民を促進するため、あるいは政治的英雄を作り上げるために使用されたときには、プレスエージェントリーと呼ばれた」としています。
米国で歴史的進化を遂げるパブリック・リレーションズを4つのモデルに分類した研究家として知られるジェームス・グルーニッグ博士は、「このモデルはパブリック・リレーションズの最初の歴史的特性を示しており、その目的は、いかなる可能性をも持って組織や製品・サービスをパブリサイズ(広告・宣伝)すること。一方向性コミュニケーションで、情報発信する組織体がターゲットとするパブリックへのコントロールを手助けするためのプロパガンダ型手法である。この時期には完全な事実情報が常に発信されていたわけではない」(『パブリック・リレーションズ』2006、日本評論社)とコメントしています。
この時期に登場した歴史上の代表的な実務家は、ショービジネス界で活躍したP.T.バーナム(1810-1891)。本書は、「成功は模倣者を生む。バーナムは道筋をつけ、多くの者が従い、その数は絶えず増加している。1900年以前の20年間に、プレスエージェントリーは、ショービジネスから密接に関係する企業まで広がった」と記しています。
1875年から1900年の間の米国社会は人口が倍増し、大量生産の促進とともに強力な独占企業が興隆し、富と権力の集中が行われ、鉄道と有線通信の全国的拡大は新聞や雑誌などのマスメディアの発達を加速させていきます。こうした背景の中から現代のパブリック・リレーションズは生まれたのです。
1889年にはジョージ・ウェスティングハウスの経営する新たな電気会社に、企業初となるパブリック・リレーションズ部門が設置されました。ウェスティングハウス(WH)社は当時としては画期的な交流式電気を促進するため、1886年に創業しています。この時期、すでにトーマス・A・エジソンは、直流式を使うエジソン・ゼネラル・エレクトリック(EGE)社を立ち上げていました。
本書では、両社による悪名高い「電流の戦い」をフォレスト・マクドナルドの言葉を引用し、「エジソン・ゼネラル・エレクトリック社は、破廉恥な政治行動や評判の良くないプロモーション戦術によって、交流式の発達を阻止しようとした・・・。プロモーション活動は、高圧交流の猛烈さを劇的に示すことを狙った一連の目を見張るものであり、最もセンセーショナルなものは、(WHによる)死刑執行の手段である電気イスの開発とプロモーションだった。」とする一方、WHによるEGEへの対抗的なメディア・プロモーションについても触れています。
19世紀末の「電流の戦い」や220年以上も前に国家の在りかたの根幹をなすアメリカ合衆国憲法の制定にパブリック・リレーションズ(PR)の手法が用いられていたことを知るにつけ、さすがはPR先進国だという感慨を抱かざるを得ません。皆さんはどのような感想をもたれましたか。
2009年05月04日
パブリック・リレーションズの映像講義制作スタート
~PRプランナー資格取得に向けた講座
こんにちは井之上喬です。
ゴールデンウイークも残りわずかになりましたが、皆さんいかがお過ごしですか?
一昨年10月のブログで社団法人日本パブリックリレーションズ協会(日本PR協会)が主催する「PRプランナー資格認定制度」の2007年9月からのスタートについてお話しをしました。私も同協会の資格制度委員会のメンバーとしてこのプログラムに参画し、試験委員も務めてきました。
今回は、「PRプランナー資格認定制度」についての現状報告と、これに関連して最近私が注力しているパブリック・リレーションズ(PR)の基礎から実践・応用までを網羅する「映像講義」制作の途中経過を紹介します。
■これまで1000名を超える合格者
日本PR協会は、「PRプランナー資格認定制度」発足に当り次のようにコメントしています。「21世紀を迎えた現在、『PR(パブリックリレーションズ)の時代』と言われ、各企業・団体において広報・PR活動の重要性が見直されつつあります。とくに企業の社会的責任(CSR)が厳しく問われる時代にあって、広報・PR活動はパブリシティやメディアとのリレーションだけでなく、経営戦略、コンプライアンス、IR、危機管理、マーケティングコミュニケーション、ブランドマネジメントまで広範囲にわたり、企業経営や団体運営の中枢に直結した業務となってきました。」
「こうした時代や社会のニーズに今後どう応えていくかが、広報・PRの仕事にとっては、差し迫った課題だと言えます」とその実施の背景を述べています。
また、日本での専門家育成を目指すこの資格認定制度は、その目的として(1)広報・PRパーソンの育成とレベル向上、(2)専門職能としての社会的認知の向上、(3)広報・PR業務の社会的地位の確立を掲げて始動しました。
これまで3回にわたってPRプランナー資格認定試験が行なわれ、昨年の12月末時点で1,000名を超えるPRプランナー補とPRプランナーが認定されています。
今年3月には平成21年度前期の第4回1次試験が終了し、5月17日に2次試験が、そして7月25日に最終の第3次試験が東京と大阪会場で組まれています。この日程と並行して平成21年度後期の第5回1次試験の受験予約受付が6月1日から始まります(30日まで)。資格には3種類あり、1次試験合格者にはPRプランナー補、2次試験合格者には准PRプランナー(第5回からの新設)、そして3次試験合格者にはPRプランナーの資格がそれぞれ付与。PRプランナーについてのみ3年以上の広報・PR実践経験が必要となります。
受験では社会人に混ざって、学生の姿も多く見られました。これは実務経験がなくてもPRプランナー補の資格が取得できることにも起因しているようです。
将来PRや広報のプロフェッショナルを目指す人は是非、この資格に挑んで欲しいと思います。受験申し込みなど詳細は日本PR協会のホームページ(http://www.prsj.or.jp/)で紹介されていますので参照してください。
■全国で均一の学習を提供する映像講義
パブリック・リレーションズ先進国の米国では、1920年代に社会科学の分野で理論体系化され、64年には専門家として認定する資格制度も整備され、 現在は米国PR協会も含めた複数団体が参加し「ユニバーサル認定プログラム」( http://www.praccreditation.org/about/ )を実施。この資格試験に合格した受験者にはAPR(Accredited in Public Relations)の称号が授与され、PRにおける幅広い知識、経験、そしてプロとしての判断を示せる高度なパブリック・リレーションズを実践できる実務家約5,000名が有資格者として活躍しています。
米国に遅れること40余年。日本でスタートした資格認定制度。しかし、これだけでは彼我の大きな差を埋められないのは自明のことです。私は日頃から「業界全体のレベルの底上げや市場規模の拡大、ひいては日本社会へのPR導入を加速させるためにはどうしたら良いか」という課題に取り組んできました。5年前から私が早稲田大学で「パブリック・リレーションズ概論/特論」の教鞭をとり始めたのも、PRの専門家育成が火急であるとの強い問題意識があったからです。
最近、素晴らしい出会いがありました。建築系資格取得学校では日本最大手の日建学院を運営する建築資料研究社の馬場瑛八郎会長との出会いです。日建学院は、建設関連教育事業部門として1976年に開校。以後、日本で初めて取り入れた修学効果が高いとされる映像講義を基本とし、現在、全国に133校を有し、一級/二級建築士や宅建主任者など建設関連資格合格者累計83万人(2007年時点)を輩出。規模・実績とも業界トップを誇る資格取得学校です。
「中卒の大工さんにも一級建築士を取らせたい」との思いで教育事業を始めた馬場さんは、日建学院の開校とその実績に見られるように先見性に大変優れた経営者です。その馬場さんから「PRプランナーの資格取得のための映像講義をつくりませんか」と提案された時、日米間の差を埋め、日本社会へのPR導入を加速させるのは「これだ!」と直感し講師を引き受けました。
計画はとんとん拍子に進み、先月10日に私が講師となって「PRプランナー補資格取得講座:パブリック・リレーションズ概論」映像講義の第1回目のビデオ収録が行なわれました。この概論は全編20回(各90分)で構成されています。続いて実践・応用編も撮っていく予定です。制作は日建学院グループの日本映像教育社が担当し、私の会社(井之上パブリックリレーションズ/日本パブリックリレーションズ研究所)の若手社員でPRプランナーの資格をもつスタッフのサポートを得ていることも心強いことです。
映像講義の特徴は、大都市のような限られた場所でしか受けられない対面講義のもつハンデキャップを克服し、同一講師により全国津々浦々で均一の内容を繰り返し学習できるところにあります。この新しい映像講義の開講や会場などの詳細は日建学院からの公式な発表がありますので改めて皆さんにお知らせしたいと思います。
日本で初めての試みとなるこの「パブリック・リレーションズの映像講義」は、全国の大学や企業を通してやがて日本社会へPRを導入するための有効なツールになるものと考えています。
社会の健全な発展と繁栄に貢献できる包括的なパブリック・リレーションズ(PR)を、日本社会に広めていくことは私のライフワークであり願いです。その実現に一歩近づいた確かな手ごたえを感じ、私にとってこのゴールデンウイークは充実したものとなりました。
余談ですが、TVコマーシャルで大ヒットしたアルパカ『クラレちゃん』(本名:はなこ)は、癒し効果に魅せられた前述の馬場さんが、1999年に200頭のアルパカをジェットチャーター便で南米ペルーより輸入したもの。栃木県那須高原の牧場「那須ビッグファーム」では約400頭が飼育され、毎日来場者を楽しませています。私も先日、人気者の「はなこ」に会いに牧場を訪れ、癒されてきました。
2009年03月21日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 10
~事例に見る企業の社会的責任(CSR)
こんにちは井之上喬です。
桜の開花情報が聞かれる時節となりました。皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本、日本語版は昨年9月に発売されました。
今回は、第15章の「事業および企業におけるパブリック・リレーションズ」(北村秀実訳)の中から企業の社会的責任(CSR)に関する2つの事例を紹介します。ひとつは環境問題をテーマにした事例で、もうひとつは児童労働問題に関するものです。
■BPの温室効果ガス排出削減計画
本書では、「多くの企業は、何十年もの間、書面にまとめられた経営哲学を守ってきた。」と語っています。そして、「それらは『コア・バリュー』と呼ばれたり、ジョンソン&ジョンソンのように『我が信条(Our Credo)』などと呼ばれるものである。2001~2003年に相次いだ企業の不祥事騒動の後、多くの企業は、最善の事業行動の指針となる新しい行動規範またはガイドラインを作成してきた。」としています。
続いて、「しかし、極めて重要な質問は、企業がこれらの規範に違反した場合にどう対処するのかである。『厳しい試練』としばしば呼ばれているとおり、企業が実際に苦渋の選択に直面するのは、行動規範に直接抵触する行為に気づいた時である。組織として何をするのか?その選択肢として考えられるのは、コンプライアンス違反の行為を即刻中止する、違法行為および(または)その疑いのある行為に関与した従業員を解雇する、規範の重要性を明示するための具体的な手立てをとるなどが考えられる」と規範に抵触した際の企業のとるべき態度が述べられています。
そして本書では、上述の「厳しい試練」に直面した事例としてBP(旧社名:ブリティッシュ・ペトロリアム)を紹介。
「BPは石油・ガス業界において、ある種謎めいた存在である。同社は、すばやく決然とした行動をとり、他の企業であれば、避けたいと願うような組織体と関係性を育み、石油・ガス業界に関して一般大衆が持つ負のイメージに対処することさえ躊躇しない。例えば、地球温暖化問題について、大半の石油会社は信頼できる科学的データの欠落した玉虫色の概念だと言及している。」と科学的データの信憑性についてのBPの疑問を提示。
そして、「しかし、BPは、同社が地球環境に及ぼす影響について議論するため、特に影響力があり、地球温暖化、天然資源の持続可能性などが関連するイシューに重点的に取り組む非政府組織(NGO)との討論の機会を模索している。」とBPが温室効果ガス排出削減計画に積極的に取り組んでいる姿勢に触れています。
また、「BPのジョン・ブラウンは、自社が地球環境に及ぼす影響を認め、温室効果ガスの排出削減計画を実施した石油業界初のCEOであった。新たな対話の結果、その他の成果も示し始めた。エクソンモービルなどの企業が、より確かな科学的裏付けがともなわないまま改善にとりくむことに消極的であるのに対して、BPは環境にやさしい石油企業としての評価を着実に固めつつある。」と科学的データの真偽に関係なく取り組む、BPの社会的貢献について紹介しています。
■児童労働虐待防止プログラムへの支援
もう一つの事例はイケア・コーポレーション。スウェーデンの家具会社で、CSRに早くから果断に取り組む姿勢を示し、各方面から注目を集めていると本書で紹介されています。
また本書では、「イケアが初めて遭遇した激しい批判の発端は、納入業者がそれぞれの国で幼い子供を雇用していたという児童労働問題だった。そのひとつが、機織り機につながれていたパキスタンの子どもの事件である。イケアはその告発を調査するため、絨毯事業のマネジャーをパキスタンに派遣した。その事業マネジャーは、同国に到着するやいなや、当該納入業者との契約を打ち切った。」と児童労働問題について同社の厳しい姿勢を示しています。
そして、「その後もイケアは迅速に、あらゆるイケア製品に児童労働が関与することを禁止する条項を納入業者との契約書に追加した。さらに、イケアではコンサルティング会社を使って納入業者がこの新方針を順守しているかどうかを監視している」。
その後イケアは、国連児童基金(ユニセフ)や国際労働機関(ILO)、個別の組合を訪問し、児童労働問題に対して様々な解決策を探っています。同社は数カ月の間に、児童労働虐待防止プログラムを支援するため50万ドル以上を拠出したといわれています。
家計を支えるため学校にも行かずに働く児童は、先進国ではほとんど見られませんが、アジア、アフリカ、中南米などの発展途上国では、いまだに多くの子どもたちが過酷な条件下で就労しています。国際労働機関(ILO)の推計によれば、世界中の5歳から17歳の子どものうち、およそ2億1,800万人が就労しているといいます。
ここで紹介した環境問題と児童労働問題の事例は単なるCSRとしてだけでなく、今後、政・官・民が一体となってグローバルに取り組まなければならないテーマのほんの一部にしかすぎません。
CSRは多くの企業が積極的に取り組んでいます。フィリップ・コトラーによると、理想的なCSRは企業が本業を活かしその枠組みの中で自主的に実現すべき社会貢献としています。スイスに本社を置く、製薬会社のノバルティスはコトラーの言うような理想的なCSR行っている会社といえます。実に全社の売上高(2008年:約415億ドル)の3%をCSRに使っているとされています。
同社は途上国援助の一環として、マラリア治療薬を原価で提供したり、熱帯病の研究所をシンガポールに設立したり、また高額な白血病の薬を米国など先進国の低所得者の患者支援に提供するなど、その社会貢献活動は他を圧倒しています。
パブリック・リレーションズ(PR)の実務家はこうした領域にもっと踏み込み、コミュニケーションのプロブレム・ソルバーとしても寄与していくことが強く望まれます。
2009年03月14日
家族力大賞 ’08~地域社会で「つながり」を広げよう

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
先日、「家族力大賞 ’08」(エッセイ・コンテスト)の授賞式が京王プラザホテルで行われました。このコンテストは、東京都社会福祉協議会(古川貞二郎会長)が家族や地域社会との関係性を、よりよい社会実現のために強めるようとするために2007年度より開催。「家族力大賞」は前会長でAFLAC(アメリカンファミリー生命保険)最高顧問の大竹美喜さんが、崩壊する地域社会や家庭に力を与えたいとの強い思いが込められています。
第2回目の今年は、地域社会でどのように「つながり」を広げていくのかをテーマに、応募作品の中から15作品が入賞しました。前回と同じように、授賞式では選考委員会(委員長:金子郁容慶応義塾大学大学院教授)のメンバーの間で誰がどのエッセイを書いたのか、当日初めて体面する作者とその作品を結びつけることも楽しみ。今回は、選考委員の一人として関わった私の心に残った2作品を紹介したいと思います。
■戦災を免れた京島での交流
最初の作品、「ヘンクツ顔はムスビの顔」(東京新聞賞)は29歳の青年後藤大輝さんが、東京大空襲の災禍を逃れた町、墨田区京島に仲間と三人で移り住みそこでの世代を超えた交流を描いた作品。後藤さんは映画作家で、他の二人はアーティストにミュージシャン。
2007年6月、京島で空家を安く借りられることを聞いた後藤さんは、商店街のはずれにある木造長屋に住む名乗りを上げます。入居の条件は、家と町の雰囲気を残し、自分たちの手でリフォームを行うこと。外観からは想像できないほど頑強な木の梁を持つ建物は、関東大震災後の築80年の家。木材の間からは昭和21年や昭和40年当時の新聞紙がでてきて繰り返される修復・改装の歴史を知ることになります。
トイレットペーパーが転がるほど傾いていた二階(和室)の壁を壊し、ドライバーや電動丸ノコを使い広いフローリングに仕上げます。冷房などない、トタン屋根の暑い夏の海パン姿での作業。やがて近所の人たちが立ち寄ってきます。職人の町といわれている京島の住民は人懐っこい。しかしこの町の抱える問題も見えてきます。それは高齢化、少子化。
「昨年の8月頃。僕たちが住む家を知り合いのおばあさんが訪ねてきた。ふとした会話の中からその話は出てきた」。あるとき後藤さんは町の人たちから頼みごとをされます。そして、東京で唯一の商店街による主催の文化祭へ参加し、映像を創ることになります。
彼が決めた映像の題目は「町の昔、あなたの昔」で、15人の老人へのインタビューをビデオ撮影し、昔の街の回想とそれぞれの人生の回顧を合わせる一方、「町の今」として京島の子供たち自身にカメラを持たせ、現在の街で見えるものを子供の視点で撮影させ、一本の映像作品として繋いでいくもの。引退した鳶の親方、91歳の現役のチンドン屋さん、金属工芸店の店主などが語る内容は、私たちにノスタルジーを感じさせてくれます。
後藤さんが、いかに京島に魅せられたかを見事に表現している個所がエッセイの最後に出てきます。
映像の発表会が終わった後、「急にガランとした会場を片付けて外に出ると、すっかり、日も暮れていた。京島の商店街は早くに閉まる。シャッターが既におりた通りを家に帰る途中で、尻をパチンと蹴られた。撮影に参加してくれた子供の中でも一番やんちゃな小僧が走って逃げいく。急に振り返って、僕の顔を、しっかりと見て。『ここ、オレの町!』と宣言すると、またパタパタと忙しく逃げていく。木枯らしが吹いて、すっかり冬だなと思って、それでも、なぜか全然寒さは感じなくて、ふと、この先、この街で老人になるのもいいかな、とそんな事を考えた。」
受賞会場で後藤さんに京島の現状を聞いたところ、空家が年々増えているそうです。後藤さんは京島とその周辺の町がさびれゆくのを憂い、仲間に呼びかけ、町おこしをやっているそうです。今では後藤さんを含め10人ほどのアーティストやダンサー、写真家、ITコンサルタントそして京島で知り合い結婚した画家とアーティストの若い夫婦。また役者やジャズ・ピアニストなど、この地に魅かれる若者が新しい住民として生活しています。
このエッセイには、新しい世代の若者が古い街に魅せられ周囲に溶け込んでいく、透明で爽やかな感じがかもし出されています。京島での出来事は、理想的な地域活性の形なのかもしれません。
授賞式の当日、後藤さんは参加者全員にその一部を見せてくれました。京島に住む人々のエネルギーあふれる映像は、観客を惹きつけるのに十分で、本篇への期待を膨らませてくれました。4月中旬、京島でこの90分映画が初上映されるそうです。どのような作品に仕上がったのか、今から心待ちにしています。
■「しっかりと生きればいい」
「私は行き詰っていた」から始まる藤山恵子さんの「しっかりと生きればいい」(東京都社会福祉協議会会長賞)は、訪問先のおばあさんから生きることを教わったことを書き綴った作品。そこには、資格や経験もなく自分自身や家族ともうまくいかず、どうにもならない状態にあった時、目にとまった有償ボランティアの会員募集に応募し新しいかかわりを持とうとする作者の姿が見えてきます。年老いたおばあさんとの交流を抑制のきいた文章で描いています。
社会福祉協議会に行き、一通り説明を受けた後にボランティア登録した藤山さんは、80歳を超えたおばあさん(ヒサさん)を紹介されます。おばあさんは90歳になる寝たきりのおじいさんを自宅で介護しています。おばあさん自身も足が悪く、思うように動けない状態。でも、おじいさんのオムツ交換、食事の世話など日常のことはおばあさんが世話をしていたのです。
「こんにちわ」。藤山さんは、週に一度おばあさんの家を訪ねることになります。おじいさんの介護で手が回らなかった室内の掃除の担当です。1カ月が過ぎた頃おばあさんは、掃除をほどほどにさせ、藤山さんに布団を差し出し語りかけます。
「この間ね、おじいさんが言うのよ。同級生もほとんどいなくなり、オレ一人になってしまったなって。だから言ったの。人は、生きている間は、しっかり生きればいい。それだけでいいのよって。そうしたら、そうだな。オレはヒサ、お前がいて幸せだって。そう言ってくれたのよ。」藤山さんは、色々あったであろうおばあさんの人生に思いを馳せながらも、おばあさんの顔に満ちあふれる自信をみてとるのでした。
それから訪問しても掃除をすることなく、おばあさんは藤山さんを話し相手に求めます。夏になり、おじいさんの容態が変わり入院することになります。おばあさんは小さな手を握り締めて、涙を浮かべながら自分の不注意を責めます。
そしておじいさんが亡くなります。
「おじいさんがいなくなり、藤山さんにも来ていただくことも、なくなると思います。いままで、ありがとうございました」。藤山さんはおばあさんから頭を下げられます。戸が開いていたおじいさんの部屋には、見てくれる人がいない花の絵と、空になったベットが目に入り、藤原さんにはその部屋の様子が、おばあさんの心そのもののように感じます
「私が、ヒサさんの家に行くことはなくなった。しかし、どうしてもヒサさんのことが気になり、車を走らせた。いつものように『こんにちわ、藤山です』と、大きな声を出したが、応答はなかった」。ガラス越しに中の様子が見え、片付けられた部屋に、よく着ていたカーディガン。おばあさんのしっかりした暮らしぶりに藤山さんは安心します。しばらくしてまた訪問します。「こんにちわ」「はーい」ガラガラと玄関を開け「藤山です、こんにちわ」姿を見せたヒサさんは、藤山さんの手を握りしめ喜びます。
おばあさんは、藤山さんがプレゼントしたぬり絵や昔習った大正琴を披露するのでした。
藤山さんは、「私は、何に行き詰っていたのだろうか。『何があっても、その時はしっかりと生きればいい、それだけでいい』」おばあさんとの出会いは藤山さんの心にそのような言葉を刻みつけるのでした。
人は関わり合いの中で救われていくことが自然に言葉に表れた秀作。
この2作品以外に、5年前にお手玉の会をつくり普及に努めるご夫婦の話で、鈴木幸子さんの「お手玉で輪・和・笑(ワ・ワ・ワ)」や何十年も家族誌を出版し続けるある家族の話で、肥後智恵子さんの「家族誌『いけがみ』を出した」など、多くを紹介できないのが残念です。
ここですべての作品に共通するのは、困ったときにそこで立ち止まることなく、新しい関わりを求めて行動することの大切さです。物事に行き詰ったときに、行動すると新しいものが見えてきます。人は、新しい関わりの中で、新しい幸せを見つけ出すことができることを示しています。
パブリック・リレーションズ(PR)は「関わり」や「絆」をつくっていくことでもあるのです。
*上の写真の作品集『家族力大賞 ’08-地域社会で「つながり」を広げよう』には、15編の作品が紹介されています。東京都社会福祉協議会が発行元です。非売品ですが、50冊程度であればプレゼント可能だそうです。興味をお持ちの方は連絡してみてはいかがでしょうか。
Tel:03-5283-6894
Fax:03-5283-6997
e-mail: tomin-kigyou@tcsw.tvac.or.jp
2009年03月07日
迷走する政治
~政治システムを変えるチャンス
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
3月3日、小沢一郎民主党党首の第一公設秘書が、政治資金規正法違反の容疑で逮捕されました。資金管理団体をめぐる違法献金事件で小沢代表が検察との全面対決を宣言するなど、多くの問題を抱えた自民党から舞台は一転して小沢代表と民主党に変わったかの様相を呈するものの、その後の政府高官発言で、与党自民党の捜査関与の可能性について批判が高まり複雑な事態に進展しています。
1982年、中曽根首相誕生から2008年9月麻生政権誕生までの25年と10カ月あまりの間で、実に15名の首相が誕生・交替しています。特に小泉政権後の政治は迷走状態にあるといえます。今回は日本がこの問題に今後どのように取り組むべきかについて考えたいと思います。
■問題は自民党から民主党へ移るのか?
今回の逮捕劇は、麻生政権の支持率が10%を割りかねない危機的状況にあった与党自民党を勢いづけたかのようにみえますが、政局は自民党から一転して小沢代表と民主党に移ったのでしょうか?小沢氏を支持する民主党執行部は苦境に立たされる中、政治不信は増大するばかりです。
しかし3月5日、政府高官による「自民党議員に波及する可能性はないと思う…」発言で、民主党の鳩山由紀夫幹事長は6日、今回の逮捕劇に疑念を呈しています。つまり、自民党には及ばないことを政府筋が明かにしていることは、政府筋と検察の間で何らかの約束事(できレース)が存在しているのではないかと指摘。その後メディアは、2つの政治団体が小沢代表の資金管理団体「陸山会」以外にも、自民党の二階経産相、尾身元財務相、森元首相にも献金していたことを取り上げ混乱状態。
特に政府の捜査関与の可能性については批判が高まる一方。問題の政府高官が官僚トップで元警察庁長官の官房副長官であることも判明し、官僚との全面対決を目指す民主党への意図的な行為の可能性が指摘されています。
現在の官僚システムを変えようとする民主党、一方、維持する側に立つ政権与党の自民党の対立構造を考えたときに、選挙に向けて両党が臨戦態勢にあるこの時期、「発信源が官僚トップ」とする話が事実だとすれば、心底ゾーッとするものを感じます。
■企業・団体献金全面禁止へ
現在、共産党以外の政党は「政党交付金(国会議員5名以上、もしくは国政選挙での得票率が2%で国会議員最低1名在籍)」を受け取っています。議会制民主政治における政党機能の重要性にかんがみ、平成6年の選挙制度及び政治資金制度の改革と軌を同じにして、国による政党への助成制度を創設したもの。
平成20年9月12日付けの総務省の発表資料には、平成19年度の寄付収入の内訳は、政治団体の寄付が152億円で最も多く、以下、個人の寄が48億円、法人等の寄付が39億円の順で個人の寄付は全収入の約5分1とまだ少ないのが現状。毎年の政党交付金は国民の税金で賄われており、その総額は直近の国勢調査人口に250円を乗じて得た額を基準として予算で定められ、年間約300億円。
企業と政治の癒着は古くからある話。企業や団体献金は法整備上完全なものにするには多くの問題があるようです。企業とのしがらみを断ち切るためには思い切って企業・団体献金を廃止することも重要な選択肢といえます。
その場合、期待されるのは個人献金。米国の大統領選でオバマ陣営は、インターネットでの個人からの小口献金で、2年間に米国選挙史上最大の6.5億ドル(約650億円)を集めたことが明らかにされています。この数字は、史上初の黒人大統領がSNS大手のフェイスブックなどを通して学生など若者層から史上最大の募金を行った結果の数字。
日本で政治家個人への個人献金で簡便な方法として考えられている、クレジット・カード支払いの現状は楽観的ではありません。知り合いの政治家によると、個人の政治家にとって、クレジット会社と交渉し決済システムを構築しても、それに見合うだけの献金がなく、ほとんどのケースでカード支払いは行われていないとのことです。それでは思い切って各政党が、共同で登録された政治家への個人献金を受け付ける決済システムを構築し、政治家個人に負担がかからないようにしたらどうでしょうか。今後真剣に考えるべき問題かもしれません。
また思い切って政党交付金を国民一人あたり倍の500円に増額したらどうでしょう。政治の透明性が飛躍的に増し、企業との癒着で使われる不要な税金が大幅に節約できものと考えます。
私たちは変化の中にも現実的で表面的なものに振り回されることなく、大切なものを保持しなければなりません。大きなうねりの中にも動くことのないポイントがあるはずです。そこに本質をみつけることができます。「思想と技術」を伴ったパブリック・リレーションズ(PR)は、不動の本質を見失い迷走させることなく、混迷の中にあっても、確信に満ちた変革を成し遂げることを可能にするはずです。
2009年02月28日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 9
~米国実務家のプロフィール
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。私もメンバーの一人として翻訳に加わった同書の原書(EPR)は、米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本です。
今回は、第2章の「パブリック・リレーションズの実務家」(井上邦夫訳)の中から特に「パブリック・リレーションズの実務家の数は増加の一途をたどっている」と本書で語られている実務家について、どのような人物像で、どのような職場でどのような業務を行っているかなど、米国における実態について紐解きます。
■PRは90年代に最も急成長した「最良の仕事」
本書によると、米国労働省はパブリック・リレーションズの雇用統計について次のように記しています。「毎月の勤労統計の中で、『マネジャー:マーケティング、広告、パブリック・リレーションズ』と『パブリック・リレーションズ専門家』に分類している。残念ながら、これらの分類はこの分野で働く全員を含めていない」。
そして、「例えば、パブリック・リレーションズのマネジャーは、他のマネジャーと一緒にカウントされるため、個別の数値は入手できない。アーティストやグラフィック・デザイナー、フォトグラファー、ビデオグラファー、ロビイスト、レセプショニスト、リサーチャー、その他のパブリック・リレーションズ部門で働く専門家は別の職業分類でカウントされる。そのため、労働省の数値は、パブリック・リレーションズ部門で働く人のおそらく半分以下にすぎない。」と実際の数は統計数字を大きく上回っていることを示しています。
また本書は、「データは不完全ではあるが、『フォーチュン』や『U.S.ニュース&ワールド・リポート』などの雑誌は、1990年代に最も急成長した『最良の仕事』の中にパブリック・リレーションズを入れている」と記しています。
■PR実務家の最大の雇用主は連邦政府
パブリック・リレーションズ専門家の雇用機会は、あらゆる場所に存在するが、人口の多い主要地域に集中している、と本書で語られ「米国パブリック・リレーションズ協会(PRSA)の会員数が最も多いのは、カリフォルニア、ニューヨーク、テキサス、オハイオ、ミシガン、ペンシルバニア、そしてイリノイの各州である。」と例示。
「しかし、最大のPRSA支部は1000人の会員がいるワシントンD.C.である。2番目は僅差で、およそ920人の会員がいるニューヨーク支部である。続いて、ジョージア州アトランタ支部が700人超、シカゴ支部が560人、デトロイト支部が500人、コロラド州デンバー支部が480人、ロサンゼルス支部が465人となっている」。
私の著書『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)のなかで、PRSAは全米に114の支部をネットワークし、20000人を超える会員を持つと推計していますが、およそ4分の1が上記の7支部に所属していることになります。
実務家の就労先を見ると、「およそ40%は製造業、金融、工業、消費財、メディア、公益事業、運輸、エンターテインメントなどの民間企業、27%はパブリック・リレーションズ会社や広告会社、個人コンサルタント、14%は協会や財団、教育機関で8%は病院、医療機関、その他健康サービスなどのヘルスケア関連、6%は連邦、州、地方政府、5%が慈善団体、宗教団体、その他非営利団体(NPO)」となっています。
そして本書では、パブリック・リレーションズの単独で最大の雇用主は連邦政府で、米国人事院によれば、4,400人の様々な肩書きの「パブリック・アフェアーズ」専門家が働いているという興味深いデータも紹介されています。
また実務家の92%以上は短大・大学を卒業しており、25%は修士号、2%は博士号を取得しているとされています。
私のブログ09年2月7日号「不況に強い、パブリック・リレーションズ」の中で、米国のパブリック・リレーションズ市場がフィー・ベースで100億ドル(9000億)を超えていることを紹介しました。650億円(2006年広報・PR業界実態調査)と推定される、広告費に突出したアンバランスな日本のPR市場が、将来適正化されることが期待されています。
日本のPR市場規模の拡大を支えるのは、パブリック・リレーションズの実務家であることはいうまでもないことです。こうした意味からも、日本におけるPR実務家の育成は喫緊の課題となっているのです。
2009年02月21日
クリントン国務長官来日
~米政府のガバメント・リレーションズ
こんにちは、井之上喬です。
あちらこちらで梅だよりを聞くこの頃ですが、みなさんいかがお過ごしですか?
オバマ大統領が誕生して1カ月が経ちます。最初の課題で史上最高額の7,870億ドル(約70兆円)の景気刺激法案(アメリカ復興・再投資法)も議会を通過し、2月17日の大統領署名によりオバマ新大統領は最初の関門をクリアーしました。
最重要課題であった国内の経済政策に続いて外交課題では、ヒラリー・クリントン国務長官が日本、インドネシア、韓国、中国の4カ国を16日から22日までの間で歴訪。日本は最初の訪問国となり、1月16日-18日の日程で来日。超大国米国の外交責任者として、国務長官が最初の訪問先にアジアを選ぶことは近年例のないことだといわれています。今回は、アジア重視の姿勢を見せるオバマ政権のガバメント・リレーションズについて考えていきたいと思います。
■米国のアジア訪問のねらい
新政権のガバメント・リレーションズは極めて戦略的にみえます。新政権誕生間もない2月初旬には、バイデン副大統領を欧州に派遣し、クリントン国務長官がアジア4カ国歴訪、そして同じタイミングの2月19日にオマバ氏自身が最初に選んだ訪問国は、隣国で米国最大の貿易相手国のカナダです。大統領、副大統領、国務長官がそれぞれの役割を分担しながら最初の多角的・戦略的外交が展開されたのです。
訪問する4カ国の順番をみても米国のしたたかな計算が見て取れます。日本を最初の訪問国にしたのはいろいろな理由が考えられますが、大統領選挙期間中ほとんど日本についての言及がなく、形式を重んじる世界第2の経済大国日本の世論を配慮してのことと見ることができます。2番目の訪問国インドネシアは世界最大のモスレム国であると同時に、オバマ氏が幼少時代の一時期を過ごした国。そして北朝鮮と国境を分ける韓国を経て、最後の訪問先には21世紀の最重要国となる中国を選んでいます。
また訪問先の国民の支持を得ようと、限られた時間の中で大学を訪問し若者と交流するなど、草の根に浸透する積極的なプログラムが展開されています。
米国のアジア重視は数字の上でも見て取れます。面白いことに中国と日本はいずれも米国国債と外貨準備高で世界第1、第2。米国債では中国の6962億ドル、日本の5783億ドル(米国財務省統計2008年12月現在)を合わせると総発行残高の約41%。
一方、外貨準備高(ドル換算)では第1位は同じく中国の1兆6822億ドル(2008年3月)、日本は1兆1549億ドル(2008年6月)で日中合計すると世界全体の約40%と群を抜いた数字となっています。
つまり、経済危機にある米国の国務長官が、最初に訪問する地域はアジアとりわけ東アジアであることの必然性が見えてきます。北朝鮮の核施設問題も大きなテーマ。そしてホワイトハウスで外国首脳を受け入れる最初の国を日本の首相とし、2月24日の日米首脳会談開催も決定されるなど日本重視の取り組み姿勢を見せています。
オバマ大統領はいち早くジョージ・ミッチェル元上院議員を中東担当特使に、リチャード・ホルブルック元国連大使をアフガニスタンやパキスタンのイスラム過激派がらみの西南アジア担当特使に任命していましたが、世界のリーダーとしての自覚が米国のガバメント・リレーションズから伝わってきます。
■国益のない「外遊」
麻生首相とオバマ大統領との会談開催の実現は、世界第1位と第2位の経済大国が協調して経済的難題やアフガニスタン問題の解決に力を合わせて立ち向かおうとする意思の表れとみてとることができます。読売新聞2月18日付け社説では、クリントン長官が日本を初外遊先に選び、麻生首相とオバマ大統領の首脳会談を24日開催と早々に決めたことについて、「いずれもオバマ政権が日米関係を重視する表れとされる。だが、それに満足するだけで良いはずがない。より大切なのは、日米対話の内容を充実させ、戦略的な外交を展開することだ」。
しかし残念なことに、日本政府の外国政府に対する戦略的なガバメント・リレーションズは全く見えてきません。
麻生首相は昨年の就任直後の9月25日、国連総会に出席。10月には「アジア欧州会合第7回首脳会合」出席のために北京を訪問。11月にはワシントンでの「金融サミット」へ出席し、同月ペルー、リマの「APECアジア太平洋経済協力会議」へ出席。12月には福岡で「日中韓首脳会議」を開催。
そして新年の2009年1月には「日韓首脳会談」のために韓国訪問。また1月末はスイスでの「ダボス会議」に出席。2月18日のサハリンではロシア大統領との首脳会談など、就任後精力的に外交課題をこなしているようにみえます。
しかし首相だけ一人が精力的な外交を行っている姿勢は伝わってくるものの、日本の外交戦略はみえてきません。日本の外務大臣や他の閣僚も安倍政権から日替わり弁当のように変わり、誰が何処を訪問したのかさえ分からない情けない状態。米国のような統合化された戦略外交などは望むべくもありません。
日本は首相の在任期間以上に閣僚の在任期間は短かく、在任中の「外遊(外国訪問)」は時として、目的が明確化されないガバメント・リレーションズとなっているように見受けます。政治家として実績づくりのための外国訪問は文字どおり「外遊」でしかありません。
それが原因ではないにせよ、国会会期中の外国訪問は禁止状態にあり、重要法案を通す際には閣僚を国内に張り付けにするなど、国益を左右する外交課題に対する複合的で多面的な展開はみられません。
ガバメント・リレーションズは、民間企業から政府機関に対する手法と考えられがちですが、政府の外国政府機関とのやり取りも規模の違いを別にすればその手法は同じです。いま高度な手法が要求されるパブリック・リレーションズ(PR)。専門家の育成が急がれています。
2009年02月07日
不況に強い、パブリック・リレーションズ(PR)
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
100年に一度というこの世界規模の経済不況の中で、企業はまさに生き残りをかけた選択と集中に迫られ、より戦略的な対応が求められています。
2008年度の決算予測を見ても、トヨタ、日産などの自動車産業に続き、日立製作所、SONY、パナソニックなどの大手家電メーカーが昨年度の高収益決算から一転し巨額の赤字決算を予測しています。「不況になるとまず宣伝広告費が削られる」というのは常套句。今回は不況時に強いパブリック・リレーションズ(PR)についてお話します。
■売上減に苦しむ広告会社
電通発表(2007年日本の広告費)によると、2007年の日本の総広告費は2004年から4年間連続のGDPと同様に前年比プラスで7兆0191億円を示しています。GDPと広告費の相関関係は明確で、広告が景気の影響を受けやすいことを示しています。
同社の2009年2/6日発表のリリースには、1月単月度の売上高総計は955億8500万円で対前年同月比91.7%と急落。既存四大メディアの売り上げがいずれも前年比マイナスとなり業界に深刻な問題を投げかけています。
それでも企業における広告費出費の割合は圧倒的に高いのが現実。ちなみに日本のパブリック・リレーションズ(PR)に対する費用は、まだ低いと言わざるを得ません。(社)日本パブリック リレーションズ協会の調査では、PR業界の市場規模はおよそ650 億円(2006年広報・PR業界実態調査)と推計しています。企業の広報部で使われる予算は別にして広報・PRの中に具体的にどのような項目が入っているかわかりませんが、先述の広告の市場規模と比べ大雑把にみても1%に満たない数字です。『PRディレクトリー』も示しているように、米国でのパブリック・リレーションズがフィー・ベースで100億ドル(9000億)を超えている現状を考えても、日本のPR市場の将来の可能性が如何に高いかが理解できます。日本の広告費の突出は極めてアンバランスな状態を呈しています。日本のPR市場は将来4-5000億円規模に拡大することが容易に理解できます。
■PR会社にとってのチャンス
不況になると、組織体とりわけ企業は収益が低下し、ある意味で危機管理状態に入ります。その場合、ほとんどのケースで経営トップの強力なリーダーシップが求められます。規模による違いはあるものの、選択と集中のために事業の隅々にまで介在し素早い対応策を打ちだしていきます。戦略性をもったスピード感のあるコーポレート・レベルでのリレーションズ(関係構築)活動が必要とされると同時に、マーケティング・レベルでは既存の商品の販売政策や流通政策、価格政策などのマーケティング手法や戦略の再構築、そして市場ニーズに合った新製品の規格・開発などが急がれてきます。
こうした際には、日頃経営トップとかかわりをもち戦略的カウンセリングをおこなうパブリック・リレーションズの役割が平常時と比べ増大することになります。不況時には緻密な経営が求められるように、緻密で戦略的なパブリック・リレーションズが求められます。
日本の広報・PR予算はまだまだ低く、これでは日本企業が国内はもとより世界市場でも戦っていけるはずはありません。欧米企業と比べ利益率は低いものの、売上や従業員規模が大きい日本企業は沢山存在しているものの、体形に見合ったパブリック・リレーションズがほとんど行われていないのが現状。
日本のPR会社のフィーは、基本的に時給計算されますが、かかわるスタッフのランクによっておよそ時間8000円から5万円程度の幅で設定されています。また、契約形態は、定期(リテナー)契約とプロジェクト契約がありますが、多くの場合はリテナーとプロジェクトの組み合わせで契約するケースが多いようです。そして、予算は何をどのくらいやるかによって、かかわってくる時間が変わります。コンサルテーションだけではなく、細かい実施作業(ex:メディア・リレーションズにおける記者会見やプレス・リリースの実施や作成などの現場支援)を含めるかどうかで予算が変わります。
したがって、契約料金も月額80万から250万と幅があります。すでにある程度システムが出来上がっている企業の場合は、PR会社からのコンサルテーションだけですむ場合もありますが、広報部門の組織が不十分の場合には実施にかかわる業務も派生してきます。いずれにせよ、企業トップや広報トップに直接アドバイスできる環境をつくっておくことが極めて重要となります。私の会社(井之上パブリックリレーションズ)がこれまで手掛けた外資企業の広告予算とPR予算を例にとると、売上規模などによってその比率は変わりますが、BtoBの場合は広告費を含めたマーケティングの中の総予算に対するPR(マーケティングPR)費用は10-50%で、BtoCでは3-20%の幅ではないかと考えています。
広告とパブリック・リレーションズとの決定的な違いは、前者は、その性格上決められたものをどう表現しどのように訴えていくかが重要なファクターとなりますが、後者は環境の変化を読み取り、真のニーズを把握し、必要であれば経営方針や事業の方向転換を促す役割も担うということです。パブリック・リレーションズが不況に強い理由がここにあります。
2009年01月31日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 8
~ロビー活動
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語版は私も翻訳メンバーの一人に加わり昨年9月に発売されました。
前回ブログでは、アメリカ合衆国の第44代大統領に就任したオバマ氏のスピーチをパブリック・リレーションズの視点から分析しました。今回は、ホワイトハウスに新しい主を迎えたワシントンでのロビー活動について、第6章「法的考察」(矢野充彦訳)の中のロビー活動(190ページ)に絞って紹介します。拙著『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)でも、「ガバメント・リレーションズは、組織体が事業や組織の活動目的を達成するために、政府や行政との関係を通じて情報収集、ロビイング(ロビー活動)やセミナー・討論会などの集会を行い、メディア・リレーションズをも含めて幅広く行う活動のことである」とし、ロビイングがガバメント・リレーションズで果たす重要な役割を記しています。
■政権交代で3,000人が異動
オバマ政権の発足でワシントンに駐在するロビイストにとって大忙しの時期がやってきました。自動車業界や金融業界などの依頼を受けた多くのロビイストが忙しく駆け回っています。
通常、ロビー活動は特殊能力を有する者が従事し、ロビイストと呼ばれます。ロビー活動が盛んな米国では3万人を超えるロビイストが存在。特にビジネス界・産業界が積極的で500 以上のアメリカ企業と、3,000以上の通商団体がワシントンにガバメント・リレーションズのオフィスを持っています。
『体系パブリック・リレーションズ』でも「ロビー活動はパブリック・リレーションズの実務で最も急成長した専門分野のひとつである」と述べられています。パブリック・リレーションズの多くの実務家がこの分野で活躍し、ロビー活動は他のパブリック・リレーションズ活動と連携、統合されてさらに効果を高めることになります。
政権が交代すると米国ではワシントンDCでは約3,000人もの人事異動が行われるといわれています。日本では大臣の退任にともない各省庁のポストが大幅に入れ替わるといったことはありませんが、米国では各省庁の課長レベル以上の役人はすべて交代となります。したがってロビー活動の成否が企業経営に深く影響してきます。
■厳格な制約:連邦ロビー活動規制法
本書では、政府に対するパブリックの信頼を守るために、ロビイストへのいくつもの厳格な制約や開示要件などが細述されています。例えば、組織体のために働くロビイストは、1946年連邦ロビー活動規制法の第Ⅲ章に基づき、自身の活動を開示する義務が課せられています。ロビイストは、議会に登録し、四半期ごとのロビー活動による支出と収入の詳細に記録された決算書の提出を行い、立法に影響を与える目的でロビイストが発表した記事や論説文を報告しなければならないとあります。
また連邦議会は、ロビイストについて「クライアントに雇用されたか、委任を受けた者で、6カ月の間にクライアントを代表して複数回コンタクトを図り、自身の時間の少なくとも20%をクライアントへのサービス提供に費やす人物である」と明確に定義。同時に、1995年ロビー公開法を制定し、制約や開示要件について更新しました。
さらにロビイストやロビー活動を行う企業は、上院事務総長および下院書記官に登録し、氏名、住所、ビジネスの場所、自身のビジネスの電話番号、クライアント名、および登録者がロビー活動を行った6カ月の間に1万ドル超を寄付した人物を報告しなければなりません。また、クライアントから支払われた金額やロビー活動のために支出した金額明細を年2回提出する必要があります。
このロビー活動法は、非営利の慈善団体や教育機関、その他の免税組織にも適用され、特にロビー活動に従事するNPOは、連邦からの補助金や賞、受託契約、ローンの供与までも禁止するという厳格さです。
本書では1938年の外国代理人(エージェント)登録法(FARA)を紹介。「外国の依頼者」のために働くパブリック・リレーションズの実務家についても全員、米国の政府職員を対象にロビー活動をするかどうかに拘わらず、米国以外の政府や企業、または政党のエージェントとして働く人に対し、10日以内に米国法務長官へ登録することを義務づけていると述べています。
日本ではかってロッキード事件に登場した児玉誉士夫による政界工作により、ロビイストのイメージには「黒幕」、「影のフィクサー」といった胡散臭いイメージが長年形成されていました。しかし米国では本書に示されているように、厳格な制約や開示要件を設けることで、あらゆる企業・団体をはじめ州政府や外国政府を含めた多くの組織体がロビイング機能を有効に活用し、政府に対するパブリックの信頼を勝ち得ています。
ロビー活動で最も重要なことは倫理観。国の政策や法律に不正な影響を与えることは許されないからです。日本では現在ロビー活動の法的規制はありませんが、健全なロビー活動を実現するためには、登録制とし、正攻法でロビイングを行うことで、いつでも情報の開示ができる環境を作る必要があります。これにより消費者や国民へのロビー活動に対する情報開示が透明性を増し、政治が開かれたものとなっていくはずです。
2009年01月24日
オバマ新大統領就任演説
~パブリック・リレーションズで診る
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
1月20日、「変化」を求める米国民と国際社会の大きな期待を担って、ワシントンの連邦議会議事堂前でバラク・オバマ氏がアメリカ合衆国第44代大統領に就任しました。約200万人の聴衆を前に宣誓と就任演説が行なわれ、その後4万人が警備する中、ホワイトハウスへのパレードでは、「オバマ!」コールで沿道が埋めつくされました。
彼のスピーチは21分。その内容は実に多彩で感動的なものでした。スピーチ内容からは彼が目指すものが見えてきます。今回は、パブリック・リレーションズ(PR)の視点でみたオバマ・スピーチを分析します。
■すべてのターゲットを気に留めた
スピーチは全体として米国民向けのもではあるものの、原稿には彼がターゲットとする主要なパブリックが網羅されていました。ちなみにスピーチライター(首席)のジョン・ファブロー氏は弱冠27歳。
紙面の都合で詳細は避けますが、オバマ大統領のスピーチの中には、サブプライムで家を失った人たち、職を失った人たち、倒産した企業、医療保険に入れない人たち、教育関係者、また、実体経済を支える生産者(労働者)、IT関係者、医療関係者、新エネルギー開発関係者、イラク・アフガンに派遣されている米軍人。
そして、イラク、アフガニスタンなどイスラム国の国民と指導者、キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥ教徒、外国政府では、名指しこそしていないものの、ヨーロッパ、日本などの同盟国、これまで敵対していた、イラン、ロシア、北朝鮮などの政府首脳など。実にきめ細かいターゲットに対しそれぞれのメッセージが準備されていました。
特に、対テロ、対イスラム諸国へのメッセージの具体的手立てとして、朝日新聞の1月22日付朝刊は、オバマ大統領が20日の政権発足当日、直ちにテロ容疑者を収容しているキューバのグアンタナモ米海軍基地収容所、及び併設されている特別軍事法廷の閉鎖への見直しをゲーツ国防長官に命令したことを伝えています。間をおかず1月22日、これらの1年以内の閉鎖を命じる大統領令に署名しました。オバマ氏のこの迅速な対応は、新政権がいかにイスラム諸国との新しい関係づくりを外交の最優先課題にしているかを物語っています。
■織りなす功利主義と義務論
オバマ新大統領のスピーチには、全ての国民が享受されるべき権利と義務について言及されています。パブリック・リレーションズの視点でみると、個人や組織体の行動規範としての倫理観である「功利主義」と「義務論」が織り込まれていることがみてとれます。
スピーチの冒頭にある、「すべての人は平等で自由、そして幸福を最大限追求する機会が神からの賜物として約束されている….」は、「最大多数のための最大幸福」を提唱する功利主義思想がその根底に流れているとみることができます。
また、スピーチの後半には、米国が建国以来、精神的な支えとしてきた真理に立ち返るよう訴えています。これらには、「今私たちが求められているのは、新たな時代の責任。一人ひとりの米国人が自分自身や米国、そして世界に対して責務があることを認識することで、その責務をいや嫌受け入れるのではなく、むしろ困難な任務に対しすべてを投げだして引き受ける….」、また、「最も暗い困難を乗り切るのは、堤防が決壊した時に見知らぬ人を迎え入れる親切心であり、友人が仕事を失うのを傍観するのではなく自分の就業時間を削る労働者の無私の心である。」などのメッセージがあります。これらのメッセージには、「困っている人がいたらたとえ嫌であっても助けの手を差し伸べなければならない」とする「義務論」的な行動の必要性が強調されているといえます。
オバマ大統領のスピーチには、空前の経済危機に直面する米国民に対して、米国再生のために共に手を携え目標達成のために頑張ろうとする「義務論」的な内容が多かったようにみえます。しかし彼のスピーチは、米国民にとどまらず、全世界の人々に対して語りかけたものといえ、倫理的行動の必要性を強く訴えていることが分析できます。
ちょうど2年前、訪問先ワシントンのホテルのTVで初めて聞いたオバマ・スピーチ。新大統領のスピーチには彼が目指す方向性が明確に見て取れます。スピーチ内容はもとより、目標設定やそれぞれの対象(ターゲット)となるパブリックの心を掴む多様なメッセージ。対話を通した双方向性をもったコミュニケーション姿勢、それらのどれをとっても戦略性と緻密性を感じます。まさに天性のPRパーソンといえます。
彗星のように登場し、大統領の階段を駆け上がったオバマ大統領。彼の一挙手一投足を世界の人たちはいま固唾をのんで見守っています。混沌とする世界にあって、米国のリーダーとしてだけでなく、世界のリーダーとして、その高い役割が期待されるオバマ氏の任務が無事に完遂されることをただ祈るばかりです。
2009年01月17日
井之上ブログ 200号記念号
「絆(きずな)」
~日本文化とパブリック・リレーションズの接点
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
日本社会にパブリック・リレーションズ(PR)を根付かせたいとの一念で、2005年4月に始めたこのブログも今回で200号を迎えることになりました。週一度のペースで発行してきた井之上ブログ。読者の皆さんには、いつもご愛読いただき誠にありがとうございます。これからも緊張感を持って発行に臨んで参る所存です。
私たち人間は本質的に「かかわる」存在です。ですから、人間の最も深い体験は他者との関係です。他者とかかわることで私たちは今の自分自身を作り上げているといえます。パブリック・リレーションズは「リレーションズ活動」、つまり「関係構築活動」です。私はこれまでパブリック・リレーションズを日本の初等教育に導入する際、具体的にどのような教育内容にすればいいのか、これといったいいアイディアが浮かびませんでした。パブリック・リレーションズを表現する適切な日本語を見出すことができなかったからです。特に子供たちには難解な「関係構築活動」を、別の言葉に置き換えられないものか頭を悩ませていたものでした。しかし最近一つの言葉が私を捉えたのです。それは「絆(きずな)」です。200号記念の今回は、パブリック・リレーションズと日本に古くから醸成されている「絆」についてお話したいと思います。
■日本でも大切にされてきた「絆」
最近、社会福祉関係の仕事にかかわる機会が多くなっていますが、答えはそこにありました。特に地域社会や家庭崩壊の問題が顕在化している中で、NPOやNGOでは、地域社会での活動を行うときに、たびたび「絆」という言葉が使われています。家族の絆、親子や兄弟との絆、地域との絆、社会との絆、このように「絆」という言葉は日本社会でも古くから使われていた言葉といえます。
大辞林によると、「絆(きずな)とは、 家族・友人などの結びつきを、離れがたくつなぎとめているもの」とあります。それでは「絆」のある状態や環境とはどのようなものなのでしょうか?そこには、「誠実、信頼、気づかい、助け合い(相互利益)、双方向コミュニケーション、友愛、謙遜、道徳、自らの非を認める、間違っていたらお互いが修正できる」など強い結びつきから派生して多くの言葉が頭に浮かんできます。
日本にはこれまで社会が育てていた「絆」や「絆づくり」を学べる環境があったといえます。しかし戦後の高度成長とITの進展にみる急速なグローバル化は、日本の社会システムをも変化させ、地域間の経済や情報格差は地域社会の崩壊をもたらし、核家族化にみられるような人間関係の希薄化が進行しています。終身雇用制により守られてきた企業社会も非正規雇用者が全体の3分の1を超え、不況による突然の解雇などにより様々な深刻な問題が噴出しています。こうした中で「絆」という言葉は、私たちの日常生活から遠い存在になりつつあります。
かって、私たちが大切にしてきた「絆」が、多方面で切れかかっている現状を目にするたびに胸を締め付けられます。私たちは、社会が長い年月をかけて作り上げてきた「絆づくり」の環境を再生させなければなりません。
母子家庭も増え、多くの子供たちは、放課後、塾に通わなければならず、自らが積極的に人間関係を学ぶ機会が喪失しています。地方自治体が地域コミュニティづくりに注力するのもこうした背景があるものと考えます。そんな時代に生きているからこそ、私たちには、意識して「絆」を育てる努力が求められているといえます。
■絆(Kizuna)づくりはパブリック・リレーションズ
私たちは、これまでと違い、意識することで社会にどのように「絆」を作り育てればいいのかを考えなくてはなりません。「絆づくり」を、他の言葉に置き換えると、「関係構築活動」とすることができます。「関係構築」という言葉は、子どもの世界には似合いません。したがって、小学校、中学校においては、パブリック・リレーションズの概念を伝える際は、「絆づくり」という言葉に置き換えるとしっくりきます。
こうしてみると「絆づくり」はその真髄においてはパブリック・リレーションズそのものということになります。これまでの社会でありがちな受け身の姿勢ではなく、前向きに、「目標達成のために、いろいろなところとの『絆づくり』を行うこと」そこには、「倫理観、双方向コミュニケーション、自己修正がある」ことが、子どもたちにとってのパブリック・リレーションズになるのではないでしょうか。
「絆づくり」こそパブリック・リレーションズ。今までのように無意識に行動することなく、今こそ意識して、絆を強めるために関係構築活動を置き換える必要があります。そのためには相手とコミュニケーションをよくとり、双方向性で、いい絆を作り上げていくことが求められるでしょう。
古来農耕民族の日本では、共同体で「絆」を大切にしてきました。日本人が大切にしてきた「絆」。今から14年前の阪神大震災、地域の絆の強さを見せつけた被災者同士の助け合いの姿は世界から絶賛されました。礼儀正しく、底辺のレベルが高い均一化された底力を世界に示し、途上国のよきお手本として役割を果たしてきた日本。私は「絆」とパブリック・リレーションズが結合・合体することで、日本にパブリック・リレーションズがより科学的に理解されるのではないかと考えています。
パブリック・リレーションズの実務家として現在の世界を俯瞰すると、いま米国で起きていることは、ある意味においてパブリック・リレーションズが一方(米国)だけの利益追求のための道具として利用された結果とみることができます。私たちには、21世紀型の新しいモデルが求められています。
当面の目標は全国の大学で、パブリック・リレーションズの講座をスタートさせることです。そのために必要となる教師の育成を急がなければなりません。大学でのパブリック・リレーションズ授業が少ない現在、パブリック・リレーションズの実務を行っているコンサルタントや企業広報で10年以上実務家としてかかわっている人の中から有為な人を見い出し、共通のカリキュラムと教材を作り全国に展開することが急がれています。
今年からそのような環境づくりを始めたいと考えています。
2009年01月03日
新年号 2009年を「創造の年」にするために
~パブリック・リレーションズにできること
新年あけましておめでとうございます。
皆さんは正月をどのように過ごされましたか?
全国的に一部を除いて天気に恵まれた新年、私は自宅のTVで恒例の「箱根駅伝」を楽しんだり久しぶりの友人に会うなど、ゆっくりした正月を過ごしました。
前号では、今年のテーマを「2009年は創造の年に」と設定しましたが、今年は大転換の年になりそうです。米国では、オバマ新大統領の誕生、日本では9月までに衆議院議員の解散選挙による自民、民主激突の結果実現する新政権誕生、そしてサブプライム問題以降の新しい世界的金融システムの構築など、米国の中東政策や金融政策の失敗、また日本の政治システムの機能不全は、新しい秩序の構築を私たちに迫っています。
先週のこのブログで、人類の欲望が世界の構築と破壊を繰り返してきたことを話しました。そして、パブリック・リレーションズ(PR)の視点で捉えた2009年の人類が取り組むべきテーマとして、「拡散する核の脅威にどう対処するのか」と「環境破壊への脅威に対応する新処方箋」の2つを重要な課題として取り上げました。その理由は人類の恒常性維持にとって不可欠の問題だと考えるからです。
■必要なのは基盤となる土台づくり
人類は平和がベースにないと繁栄しないことはこれまでの歴史が証明しています。私たちの繁栄は、私たちを取り巻く外部環境の状態によって左右されるといえます。外部環境が悪い方向へ変化するときには私たちは自らの恒常性維持(安定的なゴール状態の維持)のために、様々な手立てを講じようとします。
先に挙げたテーマのひとつ、核拡散と核戦争の脅威は、私たちの潜在意識に恐怖感を与えています。特に近年、世界各地で発生している無差別テロは、イスラム原理主義者を抱えるイスラム諸国と、キリスト教、ヒンドウー教などの国々との間に軋轢を増しています。
象徴的な問題としてイスラエル・パレスチナ問題がありますが、これこそ人類共通の問題として世界がその解決に真剣に立ち向かっていく必要があると考えています。インター・メディエータとして日本も積極的に調停にかかわることは、世界平和の担保にもなると考えるのです。日本に強力な外交力が求められています。
加えて、地球温暖化問題により急速に市民権を得つつある原子力発電所の維持・管理問題も重要な問題。リスク・マネージメントを考える上で、原発などの核施設は平和な時代にのみ存在できる構造物。したがって世界中に原発が増えれば増えるほど、平和維持に対してこれまで以上に真剣に取り組む必要性が生じるわけです。原発受容には世界の平和維持が大前提なのです。
環境問題も人類生存の重要な基盤。地球温暖化で壊れゆく地球を放置することは人類の滅亡につながります。地球保全のためになすべきことは脱炭素社会を作ることです。現在の技術ですべての対応が困難であっても、目標を明確化することにより人類の英知で必ず問題解決が可能となるはずです。
■いま日本がなすべきこと
核拡散問題で果たす日本の役割は大です。唯一の被爆国として、広島・長崎の悲惨な体験を世界に知らせることは日本の責務。少し具体的な話をしますが、広島・長崎の被爆映像を核の恐怖を知らない世界の指導者に直接手渡すことは極めて効果的です。特に日本の政府や地方自治体の関係者が外国のトップを訪問する際この手法を徹底することができます。DVDのような媒体に編集された映像をプレゼントするなど、パブリック・リレーションズにより、日本が人類共通の問題である核拡散について世界の警鐘役を果たし、将来の核兵器絶廃の実現につなげていくことが可能だと思うのです。
また、2つ目のテーマである環境破壊への脅威に対応する新処方箋として、地球温暖化への対応が鍵を握っているといえます。オバマ次期大統領は新エネルギー政策を掲げ、10年間で15兆円の自然エネルギーをはじめとする環境投資を通して500万人の雇用確保を行い、再生可能エネルギー普及のためのグリーン・ディール政策を始動させようとしています。一方日本は、世界第2の経済大国として最先端を行く環境技術で国民と世界に貢献する。日本の目指すべき道にはほかの選択枝はありません。
現在日本は世界第3のエネルギー消費国。エネルギー問題はすべての国にとって最重要問題です。世界企業の所得ランキングベスト10の7社はエクソンやロイヤルダッジシェルなどの石油会社(日本はトヨタが12位)。日本は、エネルギーの80%以上を輸入に頼りその半分以上を石油に頼っています。日本の2008年度の石油輸入総額は約17兆円(日本総研推計)。この数字は、2009年度の日本の一般会計予算(88兆5千億円)の約20%となっておりエネルギー問題は日本の将来にとって死活問題となっています。
昨年12月6日号でもお話ししたように、脱炭素社会実現のために追求すべき究極のエネルギー開発は、水素エネルギーを中心にしたクリーン・エネルギーの開発です。重要なことは、体力があるいまこそ、日本が急ぐべき課題だと思うのです。日本は国内のエネルギー構造を再生可能エネルギーへドラスチックに転換する枠組みを作り、クリーン・エネルギーの開発を徹底することで、新しい産業を創出し、エネルギー生産・輸出国になることができます。いまこそ次世代に引き継ぐために心血を注がなければなりません。
冷戦崩壊後続いた米国一極主義が崩壊し、様々な価値観を持った民族や国々による多極化が進む中で、
日本は今こそ国家の強い意志で、新しいパラダイムのもとでこの課題に取り組まねばなりません。日本はこの道に進むことによってのみ経済の再生や国民そして世界中の人々に繁栄をもたらすことができると思うのです。
地球世界がますます一つにつながっていく中、私たちパブリック・リレーションズの実務家は、国民や世界の進むべき道を見定めていかなければなりません。自分の目標に新しい潮流を意識しながら、国民や世界が進むべき道とその目標とを重ね合わせて歩んでいくことが求められているのです。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2008年12月27日
パブリック・リレーションズから見た2008年
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか? 今年も残すところあとわずかになりました。
2008年の世界は、経済、政治、外交など様々な分野で多くのことがありました。今年をパブリック・リレーションズ(PR)の視点でみると:1つは、米国が大きく変化していることが挙げられます。ブッシュ政権が始めたイラク戦争の失敗が明らかにされ、自信喪失に陥る国民の前に彗星のごとく登場したオバマ氏。2つ目は、とどまるところを知らない地球温暖化(環境)問題。3つ目は、サブプライム問題に端を発し世界経済を大混乱に陥れ100年に一度といわれる深刻な問題。4つ目は、これらの問題に対処できるリーダーシップ不在の顕在化が挙げられます。
■ことしは破壊の年
こうしてみると2008年は破壊の年といえます。新自由主義の名のもとにイラク戦争を始めた超大国アメリカの権威は失墜し、住宅バブル崩壊に始まったサブプライム問題は、アメリカの金融危機が実体経済(非金融)システムを破壊し世界恐慌に発展する様相を呈しています。
またブッシュ大統領が今月のイラク訪問の際の現地記者会見で、イラク人記者から靴を投げつけられたことで象徴されるように、自らの過ちを省みず自己修正を怠った米国に対する信用は大きく崩壊しました。アメリカが自国の利益に固執した結果、世界をリードできなくなった証左ともいえます。
一方、環境破壊による地球温暖化がもたらす世界規模の異常気象、四川大地震をはじめとする大地を切り裂く地殻変動、私たちがこれまで立っていた大地さえも信じることができない、大丈夫だと思われていたこれまでのシステムもいとも簡単に崩れ去り、世界がまさに液状化状態。
■2009年は創造の年に
これまで人類は欲望のおもむくままに、世界の構築と破壊を繰り返してきました。地球規模で人類の持続的繁栄を考えた場合、とりわけパブリック・リレーションズの視点で捉えた場合、私は次の2つがこれからの重要なテーマとなりうると考えています。1つは、「拡散する核の脅威にどう対処するのか」。2つ目は「環境破壊への脅威に対応する新処方箋」。人類はこれら2つの問題に、今後どのように取り組み、その英知を使うかにかかわってくると考えています。
イラク戦争の失敗やサブプライム問題による健全な世界経済運営の失策で、自信喪失に陥ったアメリカは、次の大統領に人種の壁を越えてバラク・オバマ氏を選びました。来年1月20日の大統領就任を待たず、ばらばらになっている国民を1つの方向へ向かわせ、その立て直しに精力的に活動しています。
有史以来世界は、その時代を生きたリーダーの資質で人々を幸福にも不幸にもしてきました。米国の新しいリーダーの登場は、アメリカにとどまらず、世界にどのような秩序をもたらし、世界をどのように変革していくのか、その手腕に大きな期待が寄せられています。オバマ次期大統領がこれからの世界を、どのような目標のもとに創造するのか、また日本がどのような新しい機軸を提示できるのか期待されるところです。
政治が大迷走し、2年で3人の首相が交代する日本にいまこそしっかりした軸足を持つリーダーが求められています。いまや極限状態にある国民を安心させ、世界が2度と同じ失敗を繰り返さないためにも目標設定が明確に必要とされるパブリック・リレーションズが求められているのです。
本号で今年最後のブログとなりました。この1年間、井之上ブログをご愛読いただき誠にありがとうございました。皆さんには良い年をお迎えくださいますよう。
2008年12月13日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 7
~高等教育におけるパブリック・リレーションズ
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。
今回は、第17章の「非営利団体(NPO)、業界団体、非政府団体(NGO)」(矢野充彦訳)の中から「高等教育」(546ページ)におけるパブリック・リレーションズについてお話します。
米国における単科大学や総合大学の入学者数は増加し続け、1500万人以上が在籍しているといわれています。日本では少子化による18歳人口の減少により、2007年に大学受験者数が募集定員と同数になり、受験希望者全員が大学に入学できる時代になったとされています。こうした状況の中で大学格差が拡がり、2008年度は定員割れを起こした私学が47.1%と報告され、生き残りを賭けた受験生の争奪戦が繰り広げられています。国立大学の運営費交付金も国家財政逼迫のなか削減の一途。いずれの大学も厳しい経営環境にあります。ここでは、米国の高等教育の中で、どのような問題が表面化していて、それらの問題とパブリック・リレーションズが本書の中でどのように関連づけられているか見ていきます。
■パブリックへの教育を積極的に
米国の高等教育界が直面する問題は、概ね次の4つに絞られているようです。
(1)財政支援が不十分で不安定
(2)能力ある学生の獲得競争は熾烈でコストがかかる
(3)政府の制約や規制で大学運営は困難でコストがかかる
(4)学問の自由や身分は、内外の利害関係者から課題をつきつけられている
こうした問題に対して、全米独立大学協会(National Association of Independent Colleges and Universities)のパブリック・アフェアーズ担当バイス・プレジデント、ゲイル・レイマン氏のコメントを次のように載せている。「メディアが教育に関する報道を積極的に行っているように、我々もパブリックやオピニオン・リーダー対象の教育・啓蒙をもっと積極的に行う必要がある」。そして、本書では高等教育におけるパブリック・リレーションズの最終目標を達成するために以下のようにターゲット(パブリック)を明確にし、それらとの関係性の構築を重要視しています。
(1)学生
学生は大学にとって最も重要なパブリックであると同時に、最も重要な
大学のパブリック・リレーションズ代表者である。
(2)職員とスタッフ
職員とスタッフは、教育と統治という重大な役割、そして外部の支持者
に対する大学代表者としての役割をもち、重要な内部のパブリック
でもある。
(3)校友会
校友会の寄付は、高等教育を自発的に支援する最も重要な資金源
である。
(4)コミュニティ・グループとビジネス・リーダー
多くの大学は新たな相互利益関係を築くために、ビジネス関係者に働き
かけている。
(5)政府
パブリック・リレーションズは、全レベルの政府機関の教育部門で理解
と支持を得なければならない。
(6)メディア
積極的なメディアとの関係構築は、長期に渡って効果を生む投資で
ある。大学には、学長や他の運営者、パブリック・インフォメーション
事務局、学生の新聞やラジオ局、職員、運動部の監督やコーチな
どさまざまな「スポークス・パーソン」がいるので、活用すべきで
ある。
(7)保護者など
保護者は中心的支持者である。その他のパブリックは、将来見込める
学生と保護者、現在と将来見込める寄付者、オピニオン・リーダー、
慈善財団、世界中の姉妹校、専門組織や学会などである。
■大学学長の果たす役割
また学長の果たすべき役割として本書は、コアとなるパブリックと対立する価値や要求をバランスよく保つため、効果的なコミュニケーターであり、まとめ役でなければならないことを強調しています。そして学長は、パブリック・リレーションズを必要とされる仕事の一部として認識しなければならないとしています。実際、マネジメント・チームの誰よりも、パブリック・リレーションズ担当者と頻繁に会っているようです。学長は新たなグローバル社会で高等教育に求められるミッションを果たすために必要なリレーションシップやパブリックの支持を確立する重要な鍵を握っており、学長を「学校全体を一番うまくアピールできる人」と、位置づけています。
本書では、米国の大学におけるパブリック・リレーションズのスタッフは教育現場で起こるさまざまな課題への対応や、銃撃犯罪や学生のアルコール・薬物乱用、セクシャルハラスメント、人種間の緊張、そして学部閉鎖などの「キャンパス危機」への対応の重要性についても指摘しています。
日本の大学でも、昨今、学生による薬物乱用やセクシャルハラスメントなど法律に触れる問題が増加傾向を示し、教育関係者を悩ませています。パブリック・リレーションズの問題と課題は山積しているといえます。
2008年11月29日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 6
~良好なメディア・リレーションズのためのガイドライン
こんにちは井之上喬です。
だんだん寒さが増すなか、皆さんいかがお過ごしですか?
今週も、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。皆さんにお伝えしたいエッセンスがまだまだ沢山詰まっています。
今回は、第10章の「メディアとメディア・リレーションズ」(井上邦夫訳)の中から「良好なメディア・リレーションズのためのガイドライン」(324-329ページ)についてお話します。
■メディア・リレーションズはコア・コンピタンス
私の著書『パブリック・リレーションズ』(2006、日本評論社)のなかで、「メディア・リレーションズは、他のビジネスコンサルティング会社と比べ特異な活動で、パブリック・リレーションズのコア・コンピタンス(中核的競争力)ともいえる。メディア・リレーションズは、さまざまなリレーションズのターゲットに対してアクセスするコミュニケーション・チャネルとしてのメディアとのリレーションズ活動である。」と記しています。
『体系パブリック・リレーションズ』では、パブリック・リレーションズの実務家とジャーナリストとの関係は、底流にある利害やミッションが対立しているため必然的に対立的なものであり、実務家が次のような5つの基本的ルールに従うことで、両者の関係を最適なものにできると述べられています。
いかにメディアとの良好な関係性を構築するか、これはパブリック・リレーションズの実務家にとって世界共通のテーマであり、この点に関しても本書は大いに示唆を与えてくれています。それでは5つのルールについて簡単に紹介しましょう。
■最適な関係を構築するための5つのルール
1) フェアな取引をする
速報性の高いニュースは、メディアが発表サイクルを決定できるように可能な限り迅速にあらゆる関連メディアへフェア伝えることである。速報性が薄い特集材料についても競合メディア間に平等に伝える必要がある。しかし、記者がヒントを掴んで情報を要求した場合、その内容は当該ジャーナリストのものであり、同じ情報は、他のジャーナリストが追随して要求しない限り与えてはならない。
2) サービスを提供する
ジャーナリストの協力を得る最も速く確実な方法は、彼らが希望するときに、すぐに使用可能な形式で彼らが求める、ニュース価値があり、興味を引くタイムリーな内容と映像を提供することである。ジャーナリストは、定められた、時には厳しすぎる締め切りに追われて働いている。ニュースメディアに記事を報道して欲しいと思う実務家は、メディアの準備期間を熟知して順守する必要がある。
3) 懇願したり文句を言ったりしない
ジャーナリストにとって、ストーリーの使用を頼みこむ実務家や記事の扱いに文句を言う実務家ほどイライラさせるものはない。ジャーナリストにとって、その情報が十分に興味を引くだけのニュース価値がなければ、どんなに懇願され文句を言われても採りあげることはない。
4) ボツにすることを求めない
実務家は報道機関に対して、記事を差し止めたり、ボツにするように頼んだりする権利はない。それはめったに機能しないし、プロフェッショナルの行為でもなく、反感を生むだけである。このことはジャーナリストにとって露骨な侮辱であり、米国憲法修正第1条の侵害である。それはジャーナリストにパブリックの信頼を裏切るように頼むことである。好ましくないネタを報道機関から遠ざけておく最良の方法は、そのような話が発生する状況を避けることである。
5) メディアを氾濫させない
仮に金融担当の編集者に、スポーツや不動産情報を送るようなことがあれば、その実務家に対する敬意は損なわれることになる。最善のアドバイスは、どんなジャーナリストがニュースを考慮するかよく考えることであり、メディアのメーリングリストを最新に保ち、各ニュースメディアの最適な一人にのみ送ることである。
この点について本書では、当時『ウォールストリート・ジャーナル』のニューヨーク編集長であったポール・スタイガーさんの面白い試みを紹介しています。それは、記者やエディターが1日にどの位の数量の情報を選別しなければならないかを記録するため、17の地方支局長に対し、彼らが1日に受け取るニュース資料を保管するように頼みました(インターネット経由のニュースは含まず)。支局から送られたプレスリリース、パブリック・リレーションズのワイヤー記事、ファックス、手紙を集めたところスタイガーさんのオフィスに積み上げられた箱は、高さ60センチ以上、長さ約3メートル以上にもなったということです。
米国のメディア情報のおよそ70%は、PR会社や関連組織などから配信されたものをベースにしているといわれています。このスタイガーさんの試みからもPR会社や関連組織がメディアに対して積極的に情報発信している様子が窺えます。
私たちパブリック・リレーションズの実務家は、時として情報発信することに夢中になるあまり、情報の受け手であるジャーナリストの立場を忘れてしまうことがあります。彼らが情報の洪水の中で溺れることの無いように配慮しなければなりません。
2008年11月22日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 5
~戦略立案における調査の役割
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』( Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本。
今回は、第11章の「ステップ1:パブリック・リレーションズの問題点の明確化」(北村秀実訳)の中から「戦略立案における調査の役割」(339ページ)についてお話します。
パブリック・リレーションズの実務家を対象としたアンケート調査では、パブリック・リレーションズの専門職に必要な継続教育として、調査手法のトレーニングが、常に上位を占めているといわれています。その理由として、ほとんどの実務家は大学時代に調査手法を学習しなかったか、あるいは調査はPR専門職の仕事の一部とは予想していなかったことが挙げられています。
■目の不自由な6人のインド人と象
「戦略立案における調査の役割」の項の冒頭で、日本でもよく知られている「目の不自由な6人のインド人と象」の寓話が紹介されています。目が不自由な6人が象の一部を触っただけで、各人が触ったところだけの印象を手がかりにして象の全体像を描写したという話です。
例えば、鼻を触った人は「象はヘビのようだ」と結論づける。膝を触った人は「象は確かに木のようだ」と言う。このように各人は象の一部だけを触って経験します。最終的には、各人は部分的には正しいが、象の本質についてはほぼ誤ったままで、各自が象との遭遇に基づいて喧々諤々と議論したにすぎなかったということになります。
つまり、パッブリック・リレーションズの実務家に対して、課題となっている状況をしっかり調査しなければ「目の不自由な6人のインド人」と同じ轍を踏む恐れがあると警鐘を鳴らしています。
また、調査の重要性とその目的について「いくら実務家が、調査なしで状況を把握し、解決策を提案できると主張しても、そこには限界がある。実務家は、調査と分析を行ってはじめて、証拠と理論に裏づけられた計画案を提案して主張することができる。この文脈における調査とは、状況を説明して理解するため、そして、対象となるパブリックスが抱いている考えと、パブリック・リレーションズの活動がもたらす結果を確認するための、系統だった情報収集である。それは、執着心、権威、直観にとって代わる科学的根拠となる。そして、その主な目的は、意思決定する際の不確実性を排除することにある。全ての疑問に答え、すべての決定に影響することができないにしても、論理的に系統立った調査は効果的なパブリック・リレーションズの基盤となる。」と論じています。
■インフォーマルな調査とフォーマルな調査
パブリック・リレーションズの調査には、高度に発達した社会科学の手法を利用することもできるが、依然としてインフォーマルな手法が支配的であり、実務家がサンプル(調査標本)の代表性が不明であるといった弱点を理解していれば、その手法は有用であると述べられています。インフォーマル手法として、情報提供者の聴取やフォーカス・グループ・インタビュー、オンブズマンの意見、フリーダイヤル、投書やオンライン情報などが挙げられています。
この場合、実務家がサンプル(調査標本)の代表性が不明であるといった弱点を理解していれば、その手法は有用であると述べられています。インフォーマル手法として、情報提供者の聴取やフォーカス・グループ・インタビュー、オンブズマンの意見、フリーダイヤル、投書やオンライン情報などが挙げられています。
一方、フォーマルな調査手法は、科学的に代表性を持つサンプルからデータを収集するよう設計されており、この調査手法は、インフォーマルな方法では適切に回答できない状況についても、回答することができます。但し、フォーマルな調査手法が有用となるのは、調査の全体デザインの選択以前に、調査の質問項目や目的が明確になっている場合に限られ、こうした条件が満たされることによって初めて、確定された精度と許容誤差の予定範囲内で現象や状況を説明する情報をもたらすことができると強調されています。
「成功しているパブリック・リレーションズのマネジャーは、フォーマルな調査手法と統計学に精通している。今では、多くの大学のパブリック・リレーションズ教育で、調査手法の科目がカリキュラムに組み込まれている。実務家向けの継続教育プログラムでも、プログラムの立案、管理、効果測定の際にどのように調査を活用するかの講義が提供されている。」と述べられています。またこの章の文末は、「つまり調査は、パブリック・リレーションズがマネジメント機能を果たすために、また同時に、統制の効いた機能を果たすために不可欠な要素である。」と結ばれています。
20世紀を生きたエドワード・バーネイズは、パブリック・リレーションズにおけるプロジェクト成功の要因は、社会科学に裏打ちされた綿密な調査・分析にあると説いています。まさに調査は目的達成を確実にするための不可欠な手法といえます。
2008年11月01日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 4
~政府とメディア・リレーションズ
こんにちは井之上喬です。
もう11月に入りました。皆さんいかがお過ごしですか?
今週も、『体系パブリック・リレーションズ』(Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上の-ロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的本です。
「新聞の存在しない政府を持つか、あるいは政府の存在しない新聞を持つかその決断が私に残されたとすれば、私はためらうことなく後者を選択する」。これは新国家創設にとって不可欠の報道の自由を保障した米国第3代大統領トーマス・ジェファーソンの言葉です。今回は、第16章の「政府とパブリック・アフェアーズ」(井之上喬訳)について、主要な活動である「政府とメディア・リレーションズ」をお話します。
■「政府のパブリック・アフェアーズの目的」
この本ではまず、政府のパブリック・アフェアーズ(以下PA)の目的として、一般的に以下の7項目を挙げています。
1)有権者に政府機関の活動を伝える 2)国家プログラム(投票、舗道整備など)への積極的な協力や規制プログラムの順守の確実化。3)制定した政策やプログラムをパブリックが支援(国勢調査への協力、災害救援活動など)するよう育成する。4)政府閣僚に対してパブリックの主張を伝える。5)内部のための情報管理(職員むけのニュースレター、電子掲示板、インターネット・サイトのコンテンツ) 6)メディア・リレーションズを円滑にする 7)コミュニティと国家の建設(国民健康キャンペーン、国民の安全保障プログラムを利用した様々な社会プログラムなど)。
同書はまた、「政府のパブリック・アフェアーズ実務家の基本的な仕事は、情報を伝えることにある。」と明示。政府内外の人々への継続的で確実な情報フローを最優先事項としています。「重点項目は規模に関係なく、各組織が行う行政サービスについて、一般と特別なオーディエンス(情報受信者)に情報を準備して伝えることにある。」とし、その活動は通常、内外への一般情報サービスを通じて遂行すると記しています。
これら情報の通達は、望ましい成果を得るロビー活動の一環ではなく、国民に情報を伝えて周知徹底することであるとし、連邦政府より下位レベル(州、市町村)の場合のPA活動は、地域や予算を組み合わせて調整されることが多いと論じています。
いずれの場合も、重点項目は同じで、「パブリックに政府活動や行政サービスについて情報を伝えることにある。」と述べています。しかし、「情報サービスが海外のオーディエンスを意図して、情報発信される場合は、それが単なる情報伝達か、あるいは人々への影響を与えるためのものかで対立することもある。」とも論じています。つまり、単なるお知らせか、そうではなく、政府の政策を受容させることで影響を与えたいと考え情報発信することなのか、異なったアプローチがあることを述べています。
■「政府におけるメディア・リレーションズ」
冒頭のトーマス・ジェファーソンの言葉にみられるように、米国は政府発足以来憲法修正第1条で報道の自由を保障しています。『体系パブリック・リレーションズ』では最近になって憲法で保障された報道の自由は拡大され明確になったとし、「情報公開法や『サンシャイン法、(議事公開法)』には政府についての自由な発言や論評ができる言論の自由に加えて、政府の情報にアクセスする権利なども文書化されている。」とメディアの政府へのアクセスの自由度について論じています。
「例えば、国家安全保障、訴訟、特定の個人記録など、明らかに不適当な分野を除き、政府が保持するほぼすべての情報は、報道機関が閲覧することも、調査目的で一般人が閲覧することも可能である。」また、「その多くにおいて、未完成の報告草案や手書きの記録でも、記者がこれらに特別な知識を持っている場合は、それらを特定項目に絞って請求し、閲覧することもできる。」と政府情報のオープン性も強調しています。
著者のカトリップ、センター&ブルームは、政府とメディアとの間には立場の違いと共に情報の有効性についての認識の差があると論じています。そして、政府メディア双方に困難な問題があるにもかかわらず、政府は依然として重要な情報を伝える手段としてニュースメディアに大きく依存しているとしています。またメディアの影響力について、マイケル・グロスマンとマーサ・クマールの言葉を引用し、「報道機関について、『国家の政治シーンにおいて、大統領をはじめ、議会や官僚、政党、圧力団体などの主要な権力に影響を及ぼし、同時に、それらの権力から影響を受ける主要な権力の一つになった』」と述べています。
しかし一方では、「メディアが彼らの本来の仕事の基準に達しているとは考えていない。」と政府部内の一部の見方を示しています。つまりクリントン大統領の一連のスキャンダルが表面化した際に、多くの主要報道機関が、大統領の外国首脳との関係を報道する代わりに、ポーラ・ジョーンズやモニカ・ルインスキーとの関係についての過剰報道に対する国民のメディアへの疑問について明らかにしています。
また政府報道については、「政府の森羅万象を解釈するには訓練を積んだ専門家が必要であり、(中略)政府のパブリック・アフェアーズ専門家は国民とコミュニケーションを図るため、ジャーナリストと協働して重要な役割を演じる…」と高度な専門家の介在の必要性を説いています。
政府とメディアとの関係性については日本においても、首相やその周辺のスキャンダルにフォーカスされるあまり、本来の国民が必要とする報道が十分になされなかったり、重要な法案の審議中に別の問題でメディアの関心がこの問題に向けられ過剰報道するなど、同じようなことが言えます。
戦後長きにわたって日本の政府からの情報発信は、そのシステムにおいても極めて脆弱なものでした。サブプライム問題で世界が不安定な中にある今こそ、日本の過去の教訓を内外に向けて強力に情報発信しなければなりません。ぜひ一度『体系パブリック・リレーションズ』を手に取ってください。新しい施策が浮かんでくるはずです。
2008年10月25日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 3
~必須条件となる文章力
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
3週連続して今週も、世界で「パブリック・リレーションズのバイブル」として高い評価を得ている Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳『体系パブリック・リレーションズ』(ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。
今回は、第2章の「パブリック・リレーションズの実務家」(井上邦夫訳)の中から、パブリック・リレーションズ(PR)の分野で成功する必須条件として採りあげられている文章能力について紐解きます。
私もかつて実務家に求められる10の能力の3回目で「文章力を伴ったコミュニケーション技術」(06年3/17)について書いています。広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家は、様々なリレーションズを通して戦略的に設定された目標や目的を達成していく仕事です。具体的に行動する上で企画書やプレス・リリースの作成など、文章を書くことが要求される場面が数多くあります。したがってプロフェッショナルとして質が高くかつ説得力のある文章は、相手の理解と共感を得るのに有効です。EPRでパブリック・リレーションズの実務家の必須条件として採りあげられていることからも、文章能力の重要さは世界共通のことであるようです。
■文章能力はキャリアの一生を通じて続く
「パブリック・リレーションズの実務家は、様々な状況に対応するため、また自分たちがなすべきことについて外部の期待に応えるために必要な言動パターンを身につけてきた。次の4つの主要な役割が、パブリック・リレーションズの実務の多くを示している」と本書では語っています。それらは「コミュニケーション・テクニシャン」であり、「エキスパート・プリスクライバー」(パブリック・リレーションズの問題に対して処方箋を書く専門家)、「コミュニケーション・ファシリテーター」(まとめ役)、「問題解決ファシリテーター」です。
特にコミュニケーション・テクニシャンには、ニュース・リリースや特集記事の執筆、社内報の執筆と編集、ウェブサイト・コンテンツの作成、ステークホルダー(利害関係者)向けニュースレター、手紙の発送・返信、株主への報告書と年次報告書、スピーチ原稿、パンフレット作成、フィルム・スライドショーの原稿、業界紙の記事企画、企業広告の文案、製品や技術関連資料の作成など広範な業務が紹介されています。そして「職務と責任の組み合わせは組織によって大きく異なるが、パブリック・リレーションズ業務の中心的役割として文章作成スキルの要件はキャリアの一生を通じてずっと続く」と結んでいます。
また、クライアントがパブリック・リレーションズの実務家に求める特性には、ビジネスがどのように機能するかについての理解やコンピュータソフト、ニューメディア・テクノロジーを使いこなすスキル、時事問題に関する知識などが挙げられていますが、「あらゆる調査で常にトップに挙げられる特性は文章作成能力であり、これは他の特性を大きく引き離してナンバーワン」と書かれています。特にメディアに配信するプレス・リリースはメディアの信頼を得たクオリティーを持たなければならないことからも、このことは理解できます。
■文章力低下は日米共通
この第2章を読んでいて、文章能力に関するある米国企業経営者の次のようなコメントが強く印象に残っています。「多くの新卒者の最も弱い分野の1つは文章を書くこと。それはおそらく『愕然とする』類のものであり・・・・」といった内容のもの。これなどは最近、「若者言葉」、「ギャル語」、「バイト敬語」など日本語の乱れの問題として議論を呼んでいるわが国においても、同じように文章能力の低下傾向が見られます。
ネット社会の到来で情報がますます氾濫する中で、e-メールの急速な普及などにより文字表現によるコミュニケーションは以前よりはるかに増えています。パブリック・リレーションズ実務家の活動領域の広がりとともに、ますます文章能力のスキルが問われることになるでしょう。
文末になりますが、パブリック・リレーションズの実務家を目指す人たちに『体系パブリック・リレーションズ』第2章の中にある、次の言葉を贈ります。「パブリック・リレーションズのキャリアの階段を昇り始める前に、まず文章の書き方を学ぶべきである」(64頁)。
2008年10月18日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 2
~功利主義と義務論
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は先週に続いて、米国で半世紀以上の-ロングセラーを記録する Effective Public Relations 第9版の邦訳『体系パブリック・リレーションズ』(9月20日発売:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。
今回は、第5章の「倫理とプロフェッショナリズム」(伊吹勇亮訳)の中の「功利主義」と「義務論」について紐解きます。善と悪は倫理における普遍的なテーマですが、同書では功利主義と義務論は、倫理的な意思決定における道徳哲学の2つのアプローチとし、組織体の意思決定の倫理について、パブリック・リレーションズ(PR)の専門家が経営トップに評価と助言を行う上で役立つものとしています。
■「最大多数のための最大幸福」
皆さんは上のタイトルを時々耳にしたことがあると思います。これは功利主義を端的に表す言葉です。ジェレミー・ベンサムが創始し、その後教え子のジョン・スチュアート・ミルが継承した功利主義は、意思決定の利益を最大多数のために最大化しそれ以外の人々に及ぶ悪の帰結を最小化しょうとする。この種の哲学が協調するのは、パブリックに善を提供すること、あるいは社会の最大多数に提供することであると論じられています。
カトリップらは、「功利主義的観点から行動の道徳性を判断する場合、パブリック・リレーションズの専門家はいずれの選択肢が最大多数に最大量の善を生み出すかを判断して選択肢全体から考慮し、実務家は正の成果を最大化し、負の成果または危害を最小化する選択肢を採用する。」と記述しています。
カトリップらは、功利主義は通常のビジネス上の倫理的な意思決定で最も一般的なアプローチとしながらも、その有用性の限界も指摘しています。つまり、功利主義においては最大多数が幸福であっても少数派は不幸な現状を意図的または気付かずに正当化されるとし、多数派を常に優先すると、組織体は市民やステークホルダーから始まる変化に対応できなくなると論じています。
確かに、新しい秩序や枠組みが形成されるときには少数の意見に始まりやがて多数に拡大します。功利主義に走りすぎるとそのような芽を摘んでしまうことになるという恐れを孕んでいます。
■「正しいことをせよ」
一方、この反対に義務論が位置します。上の言葉は義務論を端的に説明することば。ドイツの哲学者イマニュエル・カントによって確立させた倫理。カトリップやシャノン・ボーウェンらは、「義務論の倫理は、予測された成果に基づく道徳的決定をベースにするのではなく、道徳原則そのものに焦点を絞る」ものとしています。また「このアプローチは、倫理は、成果ではなく義務によって導くことを維持するため、『非結果主義』とも呼ばれる。」と論じています。
カトリップやボーウェンらは、義務論は我々の道徳的義務が正しい行動の道を示すことであるとし、複雑な状況の中で、何が正しいのかをどのように知ればいいのか問いかけ、倫理的に何が正しいかを決定する方法は、絶対義務として知られる義務の意思決定基準により明らかになるとしています。
そして絶対義務には、カントの言うところの人間の「意図するもの」、つまり決断時に影響を及ぼす潜在的な意思、そして他者への尊厳と敬意を測る2つの側面があると論じています。義務論では、「善意」以外の動機は堕落と見なすために、善意が意思決定における唯一の真の指針であると論じています。
これらをまとめると、義務論において倫理的であることは、善意と他人に対する尊厳や敬意に基づく道徳上の義務を果たし、相互利益を実現することであるといえます。
こうしてみてみると、アメリカ(欧米)の倫理には、功利主義と義務論という道徳哲学における2つのアプローチが補完関係をなしているといえます。わかりやすく解説すると、最大多数のための幸福からこぼれ落ちた人々に善意の手を差し伸べるということになります。
ちなみに、この5章の共著者であるシャノン・ボーウェン教授は2007年の2月、メリーランド大学教授時代に、私を同大学院の授業に招いて下さり「自己修正モデル」について米国初の講義を行うチャンスを下さった人。米国を代表する、パブリック・リレーションズ倫理研究の第一人者です。
このところ、内外でさまざまな不祥事や問題が続発しています。そこには経営トップにこうした倫理観が希薄なことが窺えます。倫理観のないガバナンスやコンプライアンスは名ばかりのものでしかありません。
こうした時代にあってパブリック・リレーションズの実務家には、その根底に揺るぐことのないバックボーン(倫理観)が強く求められているといえます。
2008年10月11日
『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 1
~オープン・システムとクローズド・システム
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
米国でロングセラーを記録する Effective Public Relations 第9版の邦訳『体系パブリックリレーションズ』が9月20日に発売されました。20世紀を代表するパブリック・リレーションズの研究者スコット・カトリップ、アラン・センター、グレン・ブルームによる同書はパブリック・リレーションズのテキストブックとも言われ、米国でも多くの学生が利用しています。
今回は、カトリップ氏らが、生命体の永続性をテーマにした生態学から進化したシステム論をパブリック・リレーションズに応用して唱えたコンセプト「オープン・システムとクローズト・システム」を紐解いてみます。
■ 壁が障害となるクローズド・システム
システムとはある境界を持ち、他のシステムと相互作用しながらその境界内の時間軸で目的を達成・維持し、永続しようとする一連の単位です。
パブリック・リレーションズ(PR)という枠組みでシステムを考えると、パブリック・リレーションズにおける一連のシステムに含まれるのは、組織体(クライアントまたは所属する組織)とパブリックです。カトリップ氏らはパブリックを「組織体が相互に利益を享受し永続的関係性を確立・維持すべき人々」と定義しています。
カトリップ氏らは、組織体を1つのシステム、さまざまなパブリックを抱合した1つのシステムと捉え、システムの相互関係の在り方により、クローズド・システムとオープン・システムという2種類のシステムに分類しました。
クローズド・システムにおける特徴は、対応型。クローズド・システムには、情報の流通はあまりなく外部とのコミュニケーションは一方的。このシステムには自らを変えるという発想はなく、このタイプの組織は対象(ターゲット)となるパブリックを変えようと行動します。組織利益を優先し一方的な視点で外部の状況を把握するので、環境変化に追いつけずに危機に陥りやすいのもこのタイプです。
カトリップ氏らは、批判した雑誌社のインタビューに応じなかった企業や、BSE(狂牛病)の証拠提出の後もその事実を否定し続けたアメリカの牛肉業界等を例に取り上げ、クローズド・システムを説明しています。そして彼らは、パブリックを考慮せず問題処理に消極的である閉鎖的な状況を作り出している、組織とパブリックの間の壁が、組織繁栄にとって大きな障害となると言及しています。
■ 生き残りに必要なオープン・システム
システムの究極の目的は生き残ること。生存のために恒常的な変化を続ける状態をホメオスタシス、生き残るために内部構造や目標達成プロセスを変化させることをモルフォジェネシスといいます。情報流通が双方向で、外部の変化と共に内部も変化していくホメオスタシスとモルフォジェネシスが継続的に機能しているシステムをオープン・システムといいます。
オープン・システムの特徴は、積極型。このシステムを採用する組織は、対称性の双方向性コミュニケーションを通した相互利益に基づく相互変化が可能です。このタイプの組織は、パブリックの変化に敏感に反応し、その変化に積極的に適応しようと行動するので、問題発生を未然に防ぐことができます。また、実際に問題が発生しても、その窮地から新たなWINWIN環境を作り出し、更なる飛躍に役立てることが可能となります。
カトリップ氏らは、オープン・システムを問題回避や問題解決を効果的に行なえるモデルと位置づけています。そしてカトリップ氏らは、積極的に問題に直面して解決したカルフォルニアのピスタチオ協会やデジタルリサーチ社等の例を挙げて、組織の生存と繁栄において、相互利益の視点に立ち、パブリックと能動的に関わり自らを変化させる事の重要性を論じています。
日本の社会には、リスクを取らずに現状維持に終始する企業、問題を先送りにして不祥事を起こしている企業など、クローズド・システム的な企業が未だ多く存在します。しかし情報流通網が複雑に絡み合う21世紀に、組織が閉鎖的であることはもやは不可能です。
カトリップ氏らは、「パブリック・リレーションズの業務は、端的に言えば、組織を取り巻く環境に合わせて調整・適応できるように組織体を支援することにある」といっています。つまりパブリック・リレーションズの実務家の役割とは、組織体の将来像を見据えて、組織をオープン・システムの状態に導き維持することにあるという意味です。
このセクションを読むと、日本における閉鎖性を打開する鍵がパブリック・リレーションズの理論と実務にあることが再確認できるように思います。是非手にとって読んでみてください。
2008年09月13日
『体系パブリック・リレーションズ』発売開始
~エフェクティブ・パブリック・リレーションズ日本語版
米国で、パブリック・リレーションズのバイブルといわれているエフェクティブ・パブリック・リレーションズ(Effective Public Relations:EPR)の日本語版(写真)がようやく完成しました。
邦題は『体系パブリック・リレーションズ』(日本広報学会・監修、ピアソン・エデュケーション、568頁)。本ブログ8月2日号にもご紹介したように、1952年の初版刊行以来、半世紀以上にわたりロングセラーを続けるEPR。その2006年発行の第9版の日本語版がこのたび完成し、全国大手書店で発売が開始されました。
本書は全体が4部17章で構成され、その内容はどの章もパブリック・リレーションズに関わる私たちにとって、PR戦略を新たに構築したり見直すうえで示唆に富んでいます。
私も6名の訳者の一人として、3つの章(第3章:組織体構築と第7章:理論的基盤・調整と適応、第16章:政府とパブリック・アフェアーズ)を担当しました。
■トヨタ張会長の鮮烈なメッセージ
「トヨタ自動車に入社して最初の配属先で担当したのが、パブリック・リレーションズでした」。冒頭、目に入ってきたのは、日本広報学会会長でトヨタ自動車会長の張富士夫さんの推薦の言葉です。
張さんは、米国駐在時には組織体として企業市民の考え方やマスメディアへの対応、労使関係のコミュニケーション、そしてコミュニティの中での企業のあり方など現地体験を通してパブリック・リレーションズを学び習得されたようです。
またその言葉の中で、「組織体として倫理観をベースに経営者の立場でステークホルダーといかに双方向のコミュニケーションができるかを常に考えてきたことは、まさにパブリック・リレーションズそのものであり、マネジメントの一角をなすものです。」と、経営者にとってパブリック・リレーションズの重要性を強調すると共に、その位置づけを行っています。
■2年がかりの翻訳作業
本書の訳者は、私のほかに、井上邦夫さん(東洋大学経営学部准教授)、伊吹勇亮さん(長岡大学産業経営学部専任講師)、北村秀実さん(関西学院大学経営戦略研究科特任准教授)関谷直也さん(東洋大学社会学部専任講師)、矢野充彦さん(グリーンヒル研究所代表、麻布大学兼任講師)の計6名。そしてワーキング・グループには、全体の用語や表現の統一など実質的な監修に尽力した皆見剛さん(井之上パブリックリレーションズ常務取締役)、矢野充彦さん(同上)、五十嵐正毅さん(早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程)の3名。
偶然なことですが、私が最初の原稿(第1章)に取り掛かったのは、ちょうど2年前の2006年9月中旬。米国での調査研究のために、オットー・ラビンジャー(ボストン大学名誉教授)やジェームス・グルーニッグ(メリーランド州立大学名誉教授)、そしていまや唯一現存する、本書原作者の一人であるグレン・ブルーム(サンディエゴ州立大学名誉教授)さん達と面談し、日本に帰国する飛行機の中でした。
パブリック・リレーションズ(PR)はあらゆる個人や組織体で活用されるものですが、体系パブリック・リレーションズは実務家、研究者、学生にとどまらず組織体の経営者にも読んでいただきたい本です。価格は8500円+税ですが、これから皆さんを強化する武器として考えれば、パブリック・リレーションズの幅の広さと奥行きの深さを具体的に味わうこともでき安い投資となるはずです。
これまでパブリック・リレーションズに適当な日本語訳は見つかっていません。あえていうならば、私は「戦略広報」がふさわしいと考えています。日本の企業体では近年、広報部門でコーポレート・コミュニケーションが用語として使われていますが、本書の33頁にも示されているように、パブリック・リレーションズの概念や職務は企業体におけるコーポレート・コミュニケーション(企業広報)の概念と同じであることがよく理解できます。
仕事の合間、休みを返上し莫大な時間を使ってそれぞれの役割を果たされた本プロジェクトにかかわった皆さん、本当にごくろうさまでした。とりわけ基本文献プロジェクト主査として全体の進行役を務め、プロジェクトの責任を果たされた矢野充彦さん、ありがとうございました。
2008年08月30日
「人間力」は社会を変える
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
日本社会が崩れかかっていることは、このブログでも何度か指摘していますが、年間3万人を超える自殺者、親子殺人、通り魔殺人、幼児虐待、教育界の不祥事そして組織体の不祥事などなど、年々勢いを増すことがあっても減る傾向にありません。これらの問題の根底にあるのは、「人間力」の欠如であるといえます。
先日、私の入っているある会の集まりで、同じメンバーの谷川和穂(元法務大臣、防衛庁長官)さんとお話する機会がありました。半世紀ほどつとめあげた国会議員を辞められた谷川さんが現在力を入れているのは更生保護司という仕事。
その仕事内容については、これまで何度かご本人からうかがっていたのですがピンと来ていませんでした。しかし偶然にも先日、法務省保護観察局が刊行している月刊誌「更生保護」への執筆依頼をきっかけに、更生保護司という谷川さんの仕事がどういうものか分かったのです。
■社会の最端で働く更生保護司
更生保護司は現在全国で約5万人。犯罪や非行をした、年間約7万人の護観察対象者に対して、更生を図るための約束ごと(遵守事項)を守るよう指導するとともに、生活上の助言や就労の援助などを行い、その立ち直りを助けるものです。社会が抱えるひずみや矛盾の中に生きる人に、希望や力を与える崇高な仕事といえます。
更生保護制度は明治中期に民間人がはじめた慈善事業が源流。更生保護司の身分は非常勤の国家公務員ですが無給で実質的には民間のボランティアで、世界に類を見ないユニークな制度です。70歳後半とは思えないぐらいお元気な谷川さんは、全国保護司連盟会長として週末には全国を駆け回っています。
谷川さんは最近の傾向として、2つの胸の痛む話をしてくれました。一つは、これまでほとんど見られなかったこととして、70代の初犯者が出ていることについてです。かれらは経済的な問題を抱え、老後、自力で生活できない人が国の施設の世話になることを期待し犯罪行為に至るようです。先日の渋谷駅の自称79歳の老女による通り魔事件のように、老人が所持金もなく、事件を起こせば生活は警察がなんとかしてくれるというおもいで凶行に走ることなどはこれまで考えてもみなかったことです。
法務省の平成19年版犯罪白書(HP)では、刑法犯認知件数で2002年には戦後最多を記録しその後は減少に転じてはいるものの、10年前(H8年)の246万件から平成18年には287万件と増加。中でも高齢者の犯罪は著しい増加を見せ、平成18年の60歳以上の新受刑者数は、同じ平成8年と比べて2倍以上に達しています。
谷川さんの指摘したもう一つの傾向は、低学歴で収入の低い若者が早婚によりたどりがちなケース。生活苦で高利貸しから借金をし、過酷な取り立てで離婚し一家離散の憂き目にあいます。若い母親はシングルマザーになりますが、低収入のためにアパート代を払うとほとんど何も残りません。生活に追われ養育に手が回らず子供は放置されたまま。その結果、子供は薬物に手を出し非行を繰り返すようです。若者の犯罪が増えている背景にはこのような事情があるのかもしれません。ちなみに、20代前半で1犯目の罪を犯した者の再犯率は41%。20台後半で1犯目の罪を犯した者の再犯率は28%(平成18年)。
■「人間力」とパブリック・リレーションズ
これらの状況に至る要因はさまざまありますが、その根底には人間力の劣化があります。日本の抱えるさまざまな問題を単に社会システムの構造的問題として捉えるだけでは無理があるからです。人間力のベースには「倫理観」があります。倫理観という言葉はよく耳にするものの、なんとなく使用されることが多く、むしろ明確な意味を持って使われることのほうが少ないかもしれません。
倫理観を誰にでも解りやすく端的に言い表すと、「人間の行為における善・悪の観念」で人間力になくてはならないものです。そして人間力をもたらすものは何かというと、それはパブリック・リレーションズ(PR)。
また、人間力とは、周囲(パブリック)との関わりの中で自分の道を切り開いて生きていく力でもあります。私たち人間は本質的に「かかわる」存在です。したがって、人間の最も深い体験は他者との関係です。他者とかかわることで私たちは今の自分自身を作り上げています。パブリック・リレーションズは倫理観のある環境で、相手との情報流通が双方向状態にあり、その行為に間違いがあれば、自らを修正しなければなりません。
特に罪をおかした人が更生(自己修正による立ち直り)するとき、社会にこれを受け入れる土壌が必要となります。人間は、完全ではなく罪を犯すものであるという考えに基づいた社会でなければ、更生者が社会での居場所がなくなってしまうからです。
更生保護は、人とさまざまな社会をつなぐ仕事。心と心のふれあいを大切にし、様々な人との出会いから学び向上していくことで社会に役立つ人間を育成します。まさに人間力を強化するパブリック・リレーションズ(PR)が求められているのです。
2008年08月02日
『体系パブリック・リレーションズ』出版まぢか
~Effective Public Relations日本語版
こんにちは井之上喬です。
夏休みもいよいよ佳境に入ってきました。
皆さんいかがお過ごしですか?
昨年2月、井之上ブログの100回記念として、パブリック・リレーションズ登場・発展の地、米国で、最も多くの人に読まれているパブリック・リレーションズの名著 Effective Public Relations (以下EPR: Prentice Hall Business Publishing)を紹介しました。
EPRは1952年の初版刊行以来、半世紀以上にわたり愛読され毎年、数万部もの売上げを記録する大ロングセラー。2006年には第9版(大判全486頁)が刊行。日本では30年以上前に、第4版が『PRハンドブック』の題名で日刊工業新聞社から出版(松尾光晏・訳:1974年)されています。
いよいよ、そのEPR日本語版が来月(9月)上旬に全国の大手書店に並ぶ運びとなりました。邦題は『体系パブリック・リレーションズ』(日本広報学会・監修、ピアソン・エデュケーション)です。今回はEPR日本語版の発刊を前に、出版にいたる経緯や同書の構成、そして私が訳者として担当した第3章:組織体構築と第7章:理論的基盤・調整と適応、第16章:政府とパブリック・アフェアーズについてその内容をほんの少しご紹介します。
■パブリック・リレーションズの「バイブル」
EPRの日本語版発刊を提唱し、監修した日本広報学会(会長:張富士夫、トヨタ自動車代表取締役会長/理事長:境忠宏、淑徳大学教授・学長特別補)は、「経営体の広報・コミュニケーション活動全般について、学術的かつ実践的研究を行うこと」、そして「社会に開かれた経営体のあるべき姿を 洞察し、必要とされる施策の内容を検討し、展開の方法および技法の開発に努める」ことを趣旨として 1995 年に設立されました(日本広報学会HPより抜粋)。
このプロジェクトは、同学会設立10周年を迎えた2006年、記念事業の一環としてパブリック・リレーションズ(PR)に関する世界的な文献を翻訳・出版するために立ち上げられました。その第一弾として選定されたのが、ERP。
スコット・カトリップ、アラン・センター、グレンブルームの3名の共著によるEPRは、米国の300以上の大学で教科書として採用され、中国やイタリア、韓国、ラトビア、ロシア、スペインなどでも翻訳・出版され、世界でパブリック・リレーションズを学ぶ標準的な教科書として高い評価を得ています。また豊富な情報を満載しパブリック・リレーションズを多角的に捉えた同書は、学生だけでなく、パブリック・リレーションズの実務家や企業経営者、研究者など幅広い人々に愛読されています。
2000年に他界した、S・カトリップのために捧げられたEPR第9版は、著者の一人であるグレン・ブルーム(Glen Broom,1940- )が序文で識者の言葉を引用して「パブリック・リレーションズに関する基礎的教科書のすべてがこの本の基準に照らして評価される」と述べています。まさにパブリック・リレーションズのバイブルといえます。
■起源から最先端までを網羅
『体系パブリック・リレーションズ』は全体を4部17章で構成。どの章もパブリック・リレーションズに関わる私たちにとって、PR戦略を新たに構築するうえで、またPR戦略を見直すうえで極めて示唆に富む内容となっています。第1部ではパブリック・リレーションズの起源とその変遷を発展段階にわけて概観。それぞれの時代に活躍した実務家や研究者のストーリーを交えながら説明。第2部では倫理やコミュニケーションなど、PRの理論を支える基盤や原則を解説。さらに第3、4部ではその理論に基づいて、企業や政府におけるパブリック・リレーションズの実際や実践に役立つプロセスや最新の手法を紹介しています。
第1部 概念・実務家・コンンテクスト・起源
1章:現代パブリック・リレーションズの概念
2章:パブリック・リレーションズの実務家
3章:組織体構築
4章:パブリック・リレーションズの歴史的発展
第2部 基本要件
5章:倫理とプロフェッショナリズム
6章:法的考察
7章:理論的基盤・調整と適応
8章:コミュニケーションと世論
9章:インターナル・リレーションズとエンプロイー・コミュニケーション
10章:メディアとメディア・リレーションズ
第3部 マネジメント・プロセス
11章:ステップ1パブリック・リレーションズの問題点の明確化
12章:ステップ2計画立案とプログラム作成
13章:ステップ3実施とコミュニケーション活動
14章:ステップ4プログラムの評価
第4部 実践
15章:事業および企業におけるパブリック・リレーションズ
16章:政府とパブリック・アフェアーズ
17章:非営利団体(NPO)、業界団体、非政府団体(NGO)
『体系パブリック・リレーションズ』は、広報学会のメンバー6名により翻訳されています。私が担当した第3章の組織体構築では、さまざまな組織体におけるパブリック・リレーションズの導入経緯とその重要性、そして経営トップの影響力などについて言及されています。また、多くの組織体ではPRがなぜスタッフ職務なのか、組織体におけるPRへのニーズを果たすうえで、組織内部門とPR会社を利用する場合を比較し、その長所と短所を説明しています。さらには、クライアントに対するPR会社のサービス料金についても触れています。
第7章の理論的基盤・調整と適応では、パブリック・リレーションズの理論モデルを提示し、その論理的基盤として調整と適応について論じていています。システムを定義し、パブリック・リレーションズにとって調整と適応が如何に重要であるかを説明し、システム理論がどのように役に立つかを探っています。オープンシステムとクローズドシステムの違い、対応型、積極型パブリック・リレーションズの概念も説明しており、理論研究の上で興味深い内容になっています。
そして第16章の政府とパブリック・アフェアーズでは、歴史的な経緯にもふれながら、パブリック・アフェアーズ・プログラムの主要な7項目のゴール(目的)をリストアップして解説を加えています。また、政府の効果的はパブリック・リレーションズに立ちふさがる3項目の障害にも触れています。そして、米国ならではの、軍事におけるパブリック・リレーションズの役割にも言及されていて興味を引く内容となっています。
いずれの章も、充実した内容となっていますが、個人的には「自己修正」を研究テーマにしている私にとっては7章に最も関心が高く、できるかぎり平易な翻訳につとめました。
これまで日本で、PRや広報の実務書は数多く出版されていますが、理論を体系化した書籍はほとんどありません。この翻訳プロジェクトを通して、パブリック・リレーションズ(PR)の幅広さと奥行きの深さが改めて認識できました。皆さん9月上旬の発刊をぜひ楽しみにしてください。
日々本業で多忙を極める中、莫大な時間を費やし翻訳にあたった他の5名の先生方そして、3名のワーキング・グループの方々、本当におつかれさまでした。
2008年07月19日
組織体はどうすれば存続できるのか
~調整・適応そして自己修正
こんにちは井之上喬です。
本州の大半では梅雨が空け、猛暑の夏が幕開けました。
皆さんいかがお過ごしですか?
最近、企業や官庁、自治体などで頻発する不祥事には心底から考えさせられるものがあります。
一連の食品偽装表示や偽装請負、官庁の居酒屋タクシーなどの不祥事はなぜ繰り返されるのでしょうか? 組織体は常に変化する環境の中で生存能力を試されています。内外の環境の変化に、私たちはどのように対応すべきなのか、組織体の生成活動は、「生態学」から学ぶことができます。組織体が成長・維持してくことは、生体が生命の安定的維持を図ることと似ているからです。
■生態学における恒常性維持
1930年代初め、X線を初めて医学分野に導入したハーバート大学の生理学者、ウオルター・キャノンは、生体における「ホメオスタシス(恒常性維持)」の概念を確立しました。キャノンはホメオスタシスを、変動する内外の環境に合わせて、自らの身体の調整を試みる生物の資質(自己調整機能:Self-Adjustment)や身体内の安定状態の維持をはかろうとする機能と規定しました。
たとえば、体外の寒さに対する体内の温度調整や高地での血液中の赤血球数の増加による酸素供給の恒常性維持。また糖尿病で、血液中の血糖値の高低によりブドウ糖とインシュリンのバランス調整を行ない、恒常性の維持をはかるなどは恒常性維持が機能していることを意味します。
スコット・カトリップは変化を続ける環境へ対処することをパブリック・リレーションズ(PR)の本質として捉え、生態学の概念をパブルック・リレーションズに持ち込みました。カトリップとアラン・センターは彼らの著作 Effective Public Relations(EPR) の初版(1952年)で、パブリック・リレーションズの本質的な機能として、「組織体は、変化によってすべての当事者に利益があるような調整を行わなければならない。」(筆者訳)と規定。そして前述のW・キャノンの自己調整機能を用いて、変化する外界に適応するホメオスタシス(恒常性維持)の概念をパブリック・リレーションズに適用したのです。
組織体はあらゆる面において環境に依存しています。EPR第9版(2006年)の中で、著者のカトリップ、センターそしてグレン・ブルームは、すべての組織体が繁栄し、将来を生きぬいて行くために以下の3つの重要性を指摘しています。
「1つ目は.相互に依存する社会から課せられる多くの社会的責任を引き受けること(マネジメントにおけるパブリック・リレーションズ思考の出発点)。2つ目は、さまざまな障害が増大する中にあって、距離感と多様性のあるパブリックとのコミュニケーションを図ること(専門スタッフ機能としてのパブリック・リレーションズの成長)。3つ目は、社会と一体化することを目指すこと(経営層と専門性をもつ実務家の双方が目指すゴール設定)。」(以上、筆者訳)
それでは、組織体は、自らの恒常性維持のために、どのような行動姿勢をとればいいのでしょうか?
■オープン・システムとクローズド・システム
カトリップによると、一般的にシステム(機械的、有機的、社会的)はそれらの性質と環境間の相互作用の総量によって分類できるとしています。その範囲は対極にあるクローズド・システムからオープン・システム領域をカバー。クローズド・システムでは、通り抜け不可能な境界があるため、起こったことやエネルギー、情報などをそれぞれの環境との間でやり取りできません。これに対し、オープン・システムは、通り抜け可能な境界を介して、それらを自由にやり取りできるとしています。
カトリップはシステムがクローズドの場合、その度合いは環境に対する鈍さを示し、新しい事柄やエネルギー、情報などを取り入れることができません。つまり、外部変化に適応できず、やがては崩壊の運命をたどります。カトリップはシステムがクローズドの場合、その度合いは環境に対する鈍さを示し、新しい事柄やエネルギー、情報などを取り入れることができません。つまり、外部変化に適応できず、やがては崩壊の運命をたどります。日本で頻発する不祥事はまさにこのパターン。一方、オープン・システムは環境変化を和らげたり、受け入れたりするために調整と適応を行うとしています。
端的にいうとクローズド・システムは、環境と資源・情報の交換を行わないシステムで、オープン・システムは、環境と資源・情報の交換を行うシステムであるといえます。
カトリップたちは同第9版で、「システム論者は相対的オープン・システムの動的状態と相対的クローズド・システムの静的状態を区別するため、変化可能なゴールの状態をホメオスタシス(恒常性維持)と言う」と論じ、「ホメオスタシスは、相対的に安定的なゴールの状態」(いずれも筆者訳)を意味していると述べています。
高度なオープン・システムには、環境の変化を予見し、課題や問題が重大化する前にその変化にどう対応し、修正行動を行うかが問われます。「倫理観」、「対称性双方向コミュニケーション」が伴なう「自己修正」が重視されるところです。
地球温暖化、エネルギー・食糧危機、地域紛争など数えきれない問題を抱える世界にあって、組織体には恒常性維持のためのパブリック・リレーションズ機能の強化が強く求められています。
これからの新しい時代を生き続けることができる組織体は、単に力をもった組織ではなく、内外の環境変化を複合的に捉え、さまざまな視点をもち、世界やパブリックに対して調整・適応し、自己修正のできる組織体なのです。
2008年07月05日
京都経済人、そのパワーの秘密
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
先日、京都で第7回産官学連携推進会議(主催:内閣府、経産省、日本経団連、日本学術会議など)に出席するために久しぶりに京都に行きました。2日間にわたる期間中、私が業務執行社員を務めるグローバル・イノベーターズ(GLIN)が展示会場に初めてブースを出したこともあり、GLINからは松田代表社員をはじめ、7人のメンバーが参加しました。
日本経済が衰退の様相を呈する中で、地方が活力を持つことが如何に重要であるか大勢の参加者との交流を通して強く感じました。同時に会場で接した京都経済人のエネルギーからは大いなる刺激を受けました。
■京都の空間が経済人へ与えるものは
いつの時代も京の町は人を魅了します。私も若い頃から京都が大好きで、大阪出張の際には時間をみては、京都駅で途中下車し、駅前や鴨川べりにあるお蕎麦屋さんや甘党屋さんに立ち寄り束の間の雅(みやび)の世界を楽しむようにしています。そこに身を置くことだけで心が癒される、京都は味わいの深い不思議な古都です。
そんな京都の魅力は、伝統工芸と多くの神社仏閣、緑の自然と水。時代とともに根付いているさまざまな文化、歴代天皇とあまたの権力者とのやりとりが詰め込まれた歴史など、実に多彩です。京都人の誇りの1つには、京都御所の紫宸殿に設置されている、天皇の正式な御座所である高御座(たかみくら)にあるといわれています。即位の際に天皇が着座する天皇の正式な御座所で、天皇の正式な所在地を示す特別な玉座がいまも京都に常設されていることです。
京の都は、桓武天皇が784年の長岡京に続いて、794年(延暦13年)平安京に遷都したことに始まる千年の都。政治の中心として常に日本史を創ってきた京都は、数多くの政治、経済、文化を抱合した歴史的情報の宝庫。征服者の成功や失敗、人生の教えや戒めなど、さまざまな事象から学ぶ環境が整っています。1つの大きな家族でたとえるなら、祖父母からの貴重な体験談、両親からの愛や躾け、教え、兄弟との関わりなど、成長する上で必要となる要素が詰まっているように、京都にはそのような要素が濃密度に空間を形作っているようです。京都に住むことは、人を賢くするということでしょうか。
このような空間を持つ京都から誕生した企業は、京セラ、オムロン、村田製作所、堀場製作所、任天堂、島津製作所、ローム、ワコールなど。数多くのグローバル企業が京都でうぶ声を上げ、現在も本拠地を他に移すことなくこの地に構えています。いずれの企業も他社を追いかけない、独創的でベンチャー精神に富んでいます。京都の経営者は稲盛さんや堀場さんに代表されるように、自らの言葉で自らの経営哲学を語ります。
梅棹忠夫さんが『京都の精神』(1987)の中で、「私ども京都市民は、ここが日本の中心である、日本文化の本物は全部ここにある、ほかのものは偽者とはいわないまでも、二流品だと考えてまいりました」と語った言葉には京都人の稟とした心意気が感じられます。
このように京都の空間が、京都経済人の思想、自主独立精神、プライド、社交的センス(コミュニケーション能力)を育んできたともいえます。稲盛さんや堀場さんには、さまざまな視点をもってリレーションズ活動を行うパブリック・リレーションズ(PR)が、先天的に身についているのかもしれません。
■「因果応報」は「縁」で結ばれている
京都の企業はいずれも、創業者が自力で大企業に育て上げた、いわゆるオーナー型。京都は以外にもシリコンバレーとも共通するものを持っています。それは産学連携が他の地域と比べて機能しているところにあります。
シリコンバレーにあるスタンフォード大学やサンノゼ大学などのように、京都の企業は、京都大学、同志社大学、立命館大学など地元の大学と積極的に連携プログラムを組み密接な関わりを持っています。その経営は、第2世代に引き継がれている企業もありますが、ベンチャー精神のDNAが受け継がれているといえます。
京都での会議中、堀場製作所を創業し、現在同社最高顧問でGLIN顧問でもある堀場雅夫さんやオムロン会長の立石義雄さん(京都商工会議所会頭)、村田製作所会長の村田泰隆さんなど、京都を代表する財界人にお会いする機会がありました。
その中で立石義雄さんから、次のような興味深いお話を伺いました。それは、京都の仁和寺の佐藤門跡が立石さんに話された「因果応報」に関するお話。ちなみに「徒然草」に登場するこの仁和寺の開基(創立者)は宇多天皇。
立石さんによると、仏教の教えにある「因果応報」について、「この言葉の『因』と『果』の2つの言葉の間には『縁』という見えない言葉が入っていて、2つをつないでいる。」ということでした。一般的に因果応報は、行動と結果の関係を表しますが、原因だけでは結果は生じないとし、直接的要因である「因」と間接的要因の「縁」の両方がそろった「因縁和合」のときに結果がもたらされるとしています。また縁起と呼ぶ法ですべての事象が生じており、「原因」も「結果」も、別の縁となり、現実はすべての事象が相依相関して成立しているとされています。
京都になぜ多くのベンチャーが誕生し、グローバル企業が輩出されてきたかについて、立石さんに質問したら、こんな答えが戻ってきました。「仏教を中心とした宗教的なものがバックグラウンドとして支えてきたのではないだろうか」。私はこの言葉に、「人の幸せをわが喜びとする」を人生訓に企業経営を行っておられる立石さんの、企業人としての揺るぎのない姿勢を見ることができました。
初日の会議の後、会場の国立京都国際会館で行われた懇親会には、全国から集まった関係者と、地元の経済界、アカデミア、自治体関係者など4千人を超える人たちで活況を呈していました。
パブリック・リレーションズ(PR)はさまざまな視点を持った、目的達成のための関係構築活動です。立石さんが語ってくれた佐藤門跡のお話は、パブリック・リレーションズの専門家としての私の心に深くしみ込みました。日本経済の再生のために、私たちは改めて、京都に注目する必要があるのかもしれません。
2008年06月21日
シリコンバレーの空間を日本に
~グローバル・イノベーターズ(GLIN) が始動
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
以前、グローバルを視座に置いたイノベーションの創出についてこのブログで紹介しました。それを実現させるための組織、グローバル・イノベーターズ合同会社(GLIN)がいよいよ本格的に活動を始めることになりました。
産官学がグローバルなパースペクティブで統合的に連携し事業を推進するGLINは、日本を再生させその発展を通して世界への貢献度を高めていく、思いを共有した各方面で活躍する有志によって昨年12月に設立されました。わかりやすく言えば、その目的は日本にシリコンバレーの空間を創りだすことです。GLINには、さまざまな分野で第一線の個人や企業がかかわっています。
■ GLINのユニークな理念と事業概要
GLINの理念は、爆発的な進展を見るグローバル社会にあって、地球を持続させる上で不可欠の科学技術の重要性を認識し、内外の優れた技術シーズを発掘、その技術の事業化から市場展開を実現する専門家の活動の場を設定することで、日本と世界の経済社会の発展に寄与することにあります。
代表社員には、松田岩夫(参議院議員:前科学技術政策・IT担当大臣)さんが就任。GLINのコンセプトは、松田さんが20年にわたる通産官僚経験と25年にわたる政治家経験の末に辿りついたもので、日本の弱点となっているイノベーションとグローバルが基盤。
具体的には産官学が連携をとり、グローバル市場で戦える技術の発掘と企業の育成にあります。参加メンバーは、社員(株主)で顧問の日本IBM最高顧問の北城挌太郎さん、同じく堀場製作所創業者で同社最高顧問の堀場雅夫さんをはじめ、ngi group社長の小池聡さん、元コンパック日本法人社長で現在ベンチャー・キャピタル(VC)事業を運営する村井勝さん、同じく日本オラクル初代社長をつとめ、現在VCのサンブリッジ会長をつとめるアレン・マイナーさん、世界最大の半導体製造装置メーカー、アプライド・マテリアルズ本社上席副社長で日本法人会長をやっておられた岩﨑哲夫(現IMA会長)さんなど40名ほど。これらの中には、元通産省官僚で法曹界やビジネス界で活躍する人、会計士や著名な大学教授、そして日本人でシリコンバレーやボストンのビジネスの第一線で活躍し、成功を収めたベンチャー・キャピタリストや企業経営者もいます。いずれもプロフェショナルで厳しいグローバル競争を生き抜き、崩れゆく日本を何とかしたいと考えている人ばかり。
グローバル・イノベーターズの事業は大きく4つに分けられています。1つは、ベンチャー・キャピタル(VC)事業、2つ目は、テクノロジー・トランスファー(TT)事業、3つ目は、グローバル・マーケティング(GM)事業、そして最後の4つ目は、メンバーシップ事業です。
(詳しくは:www.g-innovators.com)
GLINは先日2つのVCファンド創設を発表しました。1つは、世界的なイノベーションを目指す画期的なVCファンドとなる「GLINファンド」です。2つ目は、ngi group株式会社との共同による「GLIN‐ngiエンジェルファンド」。この共同ファンドは、平成20年度に制度が拡充されたいわゆる「エンジェル税制」を活用する認定ファンド。
この中で「GLINファンド」は、同社の理念に基づき、世界の研究開発動向を分析し、新たな産業として発展する見込みのある領域を絞り込み、国内外の大学、研究機関などで該当する革新的技術の探索を行い、その事業化のための起業を主導するためGLIN 自らが運営主体となって創設するというもの。事業化を目指す革新的技術の発掘は、特別に構成された「探索会議」の助言を得て行います。そして事業化と起業支援についても、VB育成に豊富な経験・能力を有するプロフェッショナルが、長期的戦略をベースに発案から市場展開までの各過程において、直接かつ積極的に経営に参画する仕組みになっています。
技術的バックグラウンドとしてのGLINの特色は、「探索会議」にあります。
吉川弘之氏(産業技術総合研究所理事長)を議長に高度な知見と専門性をもつ委員として小宮山宏氏(東京大学総長)、末松安晴氏(東工大元学長、国立情報学研究所顧問)、中辻憲夫氏(京都大学物質・細胞統合システム拠点長)、審良静男氏(大阪大学免疫学フロンティア研究センター拠点長)、井上明久氏(東北大学総長)、岸輝雄氏(物質・材料研究機構理事長)が参画し、向こう数十年にわたる技術動向を視野に、統合的な探索を行うものです。
ちなみに私は、業務執行社員として、グローバル・マーケティング事業部門でビジネス案件の発掘とパブリック・リレーションズ(PR)が責任。現在約20件の案件を扱っています。
■ 画期的なエンジェル税制
日本経済新聞は6月4日付け朝刊の一面で、今年の4月1日から、新たにエンジェル税制(ベンチャー企業投資促進税制)が制定されたことを報じました。エンジェル税制とは、ベンチャー企業への投資を促進するためにベンチャー企業へ投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う制度。具体的には、ベンチャー企業(設立3年未満)への投資額をその年の総所得金額等から控除できる制度です。
このエンジェル税制は、GLINの社員・顧問でもある北城さんが経済同友会代表幹事時代に松田さんたちと一緒になって奔走し実現させた画期的な制度。おおざっぱにいえば、控除対象となる投資額の上限は、総所得金額の40%か1千万円のいずれか低いほうですが、これにより起業したばかりのリスク性の高いベンチャー企業への投資が増大し、将来大企業に成長する企業の誕生が大いに期待されます。
前にも述べたように、GLINのもう1つのファンド、「GLIN‐ngiエンジェルファンド」はこの制度を活用した認定ファンド。日本においてはリスクマネーの供給が困難とされる創業初期のベンチャー企業に対して、個人がリスクを負って成長に必要な資金を提供することを可能とします。ちなみに、GLINの業務執行社員の一人でもある小池さんの率いるngi groupは、これまでmixiやインターネット関連事業分野で数多くの革新的なベンチャー企業の育成を手がけてきた企業。
シリコンバレーが世界的に有名になって30年経過します。シリコンバレーの特徴は、スタンフォード大学に代表される学問的・技術的な裏づけと豊富なベンチャー・キャピタル、起業精神に満ちた若い有意な人材、豊富な企業経験者、法律、会計に精通する専門家、そして数多くのパブリック・リレーションズ(PR)の実務家に支えられて全体の環境を作り上げています。
GLINも、組織内にそうしたシリコンバレー的な環境を創出したいと考えています。日本経済はこのところ精彩を欠きません。経済の凋落は社会をも不安定にしています。私たちは、崩れゆく日本の現状をどうしても転換させなければなりません。GLINは松田代表の思いと全社員の思いが一つになって実現した組織といえます。
皆さんのGLINへの温かいご支援を心よりお願い申し上げます。
2008年06月14日
中国におけるカルフールの危機管理
~チベット騒乱と四川大地震のはざまで
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
企業が海外に進出するときには、思わぬ事態と遭遇することがあります。一昔前は、企業経営者は政治には口を出すべきではないとして、国内はもとより国際政治問題についての言及には慎重を期していました。しかしグローバル時代の今日、政治への無関心が自社の経営にダメージを与えかねないとして、多くの企業が政治との関係性を強めています。活発なガバメント・リレーションズはその表れといえます。
今回は、政治問題に関わったとされたことで、中国市場でダメージを受けたフランス企業。チベット騒乱と四川大地震のはざ間で揺れたスーパー・マーケット、仏カルフール社の危機管理をパブリック・リレーションズ(PR)の視点で考えてみたいと思います。
■ チベット騒乱で始まった反対運動
カルフールは世界30ヵ国に1万店を出店、米国ウォルマートについで売上げ世界第2位の小売業。1995年には中国に進出し北京に1号店を出店させた中国最大の外資系小売企業です。しかし今年3月に起きたチベット騒乱をきっかけにした中国国内のバッシングは、中国に展開する「カルフール(家楽福)」にとってはまさに青天の霹靂だったといえます。
ことのきっかけは騒乱発生後、サルコジ大統領が北京オリンピック開会式への不参加を示唆したことに始まります。4月初めのパリでの聖火リレーがチベット支援グループに妨害された後、カルフールは中国の青年層の反仏行動によって、不買運動や抗議デモに巻き込まれていきます。
かってないほど良好だった中仏関係は、チベット問題によって蜜月関係から一気に緊張。カルフールの不買運動、仏大使館へのデモと中国側の反仏感情は日に日に高まりを見せていきます。4月15日 のロイター電(北京)は、中国のネットユーザーが、中国で展開する仏カルフールの店舗での不買運動を呼び掛け、その理由としてカルフールがチベット独立を訴えるグループを支援していることにあると報じています。
このような中、中国紙・新京報によると、4月18日エルベ・ラドソー在中国フランス大使は記者会見を開き、フランス政府がチベット問題に関して中国の主権を尊重すると発言し、中国で高まるフランス批判に配慮する姿勢を見せていることを報じています。
こうした仏側の努力にもかかわらず、中国で展開するカルフールを標的にしたデモは、4月20日、中国各地で大きな広がりをみせます。4月20日付の仏週刊紙ジュルナル・デュ・ディマンシュによると、カルフールのデュラン最高経営責任者(CEO)は同誌とのインタビューの中で、カルフールは現在中国国内で112店舗を展開。1日の客は200万人に達しており、今回の事態を極めて深刻に受け止めていると語っています。一方、同スーパーが中国の反仏デモの標的となった原因が、「カルフールがダライ・ラマ14世を支援している」とするうわさが広がったためとみられていることに対しては、デュラン氏はこのうわさを明確に否定。「カルフールはいかなる政治的宗教的立場も支援することはない」と述べるとともに「パリでの聖火リレーに多くの中国人はショックを受けたことを理解すべきだ」とし、中国で起きている現地の行動に同情する発言をしています。
これらの報道から垣間見られることは、反仏デモがカルフールへの不買運動に変わったときに、素早いプレス対応が行なわれていたのではないかということです。これまでの経緯からも理解できるように、カルフールがフランス政府とも密接に連携しながら広報活動を行っていたことがうかがえます。
しかし不買運動は新たに西安やハルビン、山東省済南市、内陸部の重慶市でも発生。北京五輪聖火リレー妨害に端を発した抗議は中国の10都市以上に広がって行ったのです(新華社:4月20日)。その後のサルコジ大統領の事態打開のための努力にもかかわらず、解決の糸口が見えないまま不幸な四川大地震を迎えることになったのでした。
■ 四川大地震でとった素早い行動
5月12日、四川省を中心に大地震が発生します。ここでは、日本で発売されている「中国経済新聞」(日本語:月2回発行)編集長で、日本の日経新聞といわれている「上海財経新聞」にコラムを持つ徐静波さんと、ニュース報道からの情報をもとに、地震発生後のカルフールの危機管理の迅速な対応を見てみたいと思います。
四川大地震の発生は、5月12日14時28分。同日17時30分カルフールは100万元(約1,500万円)のカンパを発表。2日後の5月14日に200万元(約3,000万円)の追加支援を発表し、中国への誠意を表わした。
また5月23日、カルフールCEOのデュラン氏が中国を訪問し、北京にある中国の代表的なポータルサイト「新浪」のスタジオでインタビューに応じます。そこで2,000万元(約3億円)の追加寄付を発表。カルフールの寄付金総額は2,300万元(日本円約3億4,500万円)となり、一躍欧米系企業のトップ(全体で13位)に浮上(ちなみに日系企業のトップは広州ホンダの1,203万元)。
四川大地震後にカルフールによる多額の義援金申し入れがきっかけとなり、中国商務省が外資系企業の義援金リストを公表するなど、企業に対する義援金圧力は強まっていきました。
徐編集長によると、「これらカルフールの一連の対応によって、中国世論は同社に対して劇的な変化をみせました。『カルフールをどうしても許してあげたい』。『カルフールに感謝し、買い物に行こう』『フランス人はやはり紳士だ』。『これからもカルフールに買い物に行こう』など態度を一変させたのです」。
カルフールのウエブサイトによると、5月16日から28日までのキャンペーン期間中、中国特産品・衣服・装飾品・日用品などを30%値下げしたほか、指定商品2品購入すれば1品をプレゼントするなどのサービスを行ったようです。また一定額以上の買い物をした顧客には、カルフールの新しいデザインのエコバッグがプレゼント。
元来カルフールの中国での販売戦略は強力な販促と宣伝で知られていたようですが、ボイコット事件後、販売自粛を行ってきた同社が大規模なキャンペーンを再開したことに同業他社からの反発もあったようですが一般的には歓迎されたようです。
徐さんは、このようにカルフールの例は外資系の中国市場での危機管理で最も成功した事例として高く評価されていると語っています。
中国・四川大地震の発生から1カ月。マグニチュード8.0の揺れで、死者・不明者は9万人近くにも上り、いまも数百万人が避難生活を強いられています。
パブリック・リレーションズの実務家は常に危機を想定した準備を怠ってはいけません。日本企業は概して危機意識が弱いとされていますが、十分な準備をすることで不測の事態への迅速な対応が可能となってきます。
天災・人災などあらゆる予期しない事象に囲まれている今日ほど顧客へのアドバイスが求められているのです。
2008年05月31日
リンデンラボ社フィリップ・ローズデール会長初来日
~セカンドライフ(SL)の未来を語る
こんにちは井之上喬です。
もう6月、雨模様の毎日ですが、皆さんいかがお過ごしですか?
先日、インターネット上の3次元仮想世界「セカンドライフ」を運営する米国リンデンラボ社の創設者フィリップ・ローズデール会長が来日しました。来日の目的は、日本市場の視察および、東京ビッグサイトで開催されたアジア最大級の仮想世界イベント「Virtual World Conference & Expo 2008」で基調講演を行うため。また期間中、政府機関、放送、教育、技術、ソリューション・プロバイダー、エンターテイメントなどセカンドライフ内の様々な分野で活躍されている方々をお招きし、ローズデール会長との意見交換会(ラウンドテーブル)も開催されました。
■ 小学校でコンピュータ製作、高校で起業
リンデンラボは、私の経営するPR会社井之上パブリックリレーションズの顧客企業。セカンドライフの日本社会への浸透のために、昨年8月からPR業務を受託しています。世界会員数も1年前は約700万人だったものが今は倍の約1400万人と堅実にその数を伸ばしています。
フィリップはコンピュータが大好きな少年。小学校4年で既に基板を組み立てコンピュータを製作。高校2年には、コンピュータのソフト会社を起業していたといいますから技術的センスだけではなく商才もあったようです。
ここでは、先に紹介した日本滞在中の2つの主要イベント(本文最後の、関連情報参照)についての説明を省きますが、滞在中にローズデール会長が発した明確なメッセージを3つほど紹介します。
1つは、インターネットは国境の概念を払拭したが、言語の壁は残っている。Web上では外国人同士が、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などで同時にコミュニケートができないが、セカンドライフ上では言語を共有できない人でも60名が同時に時空間を共有できる。
2つ目は、将来はかってのインターネットがそうであったように、技術革新によって利用がより簡便となり、オープンな環境でのユーザビリティの向上(ex:携帯電話からの利用やマウスだけでの操作)による利用者の大幅な拡大が見込める。他のメタバース(仮想空間)とのアバター(化身)の相互乗り入れも実現し、10年後の利用者は現在の100倍になりWebを追い越すだろう。
3つ目は、SL上の成長段階を示し、初期には遊びやさまざまな創造活動を喚起し、次に教育機関による活用(現在全SIMの約15%を占める)を促し、そして最後に企業内ツールとしての活用を含めた、PR、マーケティング、eコマースなどのさまざまな利用が拡大していくとしています。

■ リアルタイムで世界の人々と友達
上に挙げた3つのメッセージの中で、私の興味は特に最初の、SL上における異なった言語でのリアルタイム・コミュニケーションに向かいました。確かにこれまでのインターネットは、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などそれぞれ独立した言語空間を持っており、双方が共有できる環境にはありません。それぞれの言語によるコミュニケーションはグループ化されたり限定されています。
これに対してセカンドライフの場合、言語に頼ることなくコミュニケーションが図られるようになっており、3次元映像とエンターテインメント性を強調することで言語障壁を乗り越えられるよう工夫されています。いわば、ファッションや音楽、身振り手振り(ゼスチャーやアニメーション)、そして創造活動などによってリアルタイムで時空を共有することができるわけです。SL内で聞こえるサウンドにしても3次元で遠近感を持ち、前後、左右から聞こえてきます。
ローズデール会長自身、セカンドライフを自ら体験し最も感動したこととして、来日前に日本の「togenkyo(桃源郷)」というSIM(島)で翻訳ツールを入手し、日本人とチャットを果たしたことだとしています。この翻訳ツールはユーザーが開発し無料で配布しているもので、「これがセカンドライフの素晴らしさと」語っています。
時空間をリアルタイムで共有できることにより、情報伝達手段は従来のインターネットと比べ異なったものとなります。単に映像や文字だけの伝達だけではなく、仮想空間ならではの相手とのリアルタイム・コミュニケーションを可能とし、買い物であれば、訪問する店舗の店員(説明員)との会話を通して、顧客である化身が3次元で陳列されている商品への理解を深めたり、購買決定を容易にすることができます。つまり、現実と同じように双方向コミュニケーションによる疑似体験ができるというわけです。
ローズデール会長のメッセージで2つ目の、技術革新が普及スピードの鍵を握るとする話も興味深いものでした。彼は現在のバーチャル・ワールドはまだ発展途上にあると述べています。
これは私自身の体験ですが、インターネットの実用を初めて目の当たりにしたのは1990年に所用でパリに出張したとき。英国人のビジネスパートナーが市内のホテルの壁に突き出した電話回線でeメールを使っていたのを不思議な感覚にとらわれて見ていたことを覚えています。その頃日本は、インターネットの名前は耳にするものの、ビジネスはもとより一般でもほとんど使われていませんでした。インターネットの世界的本格普及は、95年「ウインドウズ95」の発表とその後のブロードバンドの普及。利用者は飛躍的に拡大し、その数は現在10数億人。
セカンドライフにおける日本人のアクティブ・ユーザー(月1時間以上)の月間平均滞在時間は、世界平均の50時間に対して70時間と圧倒的に多く、世界上位20カ国の中でトップ。
現在IBM本社ではさまざまな試みが行われています。具体的には、企業の会議はSL上で成立するとし、機能向上によりゼスチャー表現がより容易になることでコミュニケーションが深化するとし、自社内で世界会議や新製品の説明会、ショップの設置(eコマース)を行うなど積極的にビジネス活用の実践と研究に取り組んでいます。
ちなみに社名のリンデン(Linden:菩提樹)は創業時の会社がサンフランシスコのLinden Streetにあったことに由来しています。フィリップは4人の子供(2男2女)の父でもあり家族思いで、そのスタイルは極めて自然体。オープンで明るい性格は、セカンドライフのコンセプトそのものです。自宅は、現在の会社へ歩いていけるほどの所にあるようですが、日本製オートバイで毎日通勤。毎朝7時にはオフィスに出勤しているようです。
セカンドライフが一般へサービスを開始して5年。現在さまざまな分野での取り組みが見られます。慶応大学では、手足の不自由な人が脳波を使ってセカンドライフ(仮想世界)のなかで散歩・会話できる、世界初の実証実験を成功させたり、内閣府では、災害時の訓練教育をセカンドライフ上で様々な疑似体験により効果的に行う取り組みを検討するなど、多方面の方々が利用しています。
わずか3日足らずの滞在でしたが、ローズデール会長のセカンドライフへのゆるぎない自信と、世界を結ぶその未来が、人類にとって有益なものとなるであろうことが感じられ、日本社会への普及に新たに心を引き締めながら彼を見送りました。
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<関連情報>
Virtual World Conference & Expo 2008:
http://virtualworld-conference-expo.net
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/05/29/19742.html
ラウンドテーブル:
http://www.secondtimes.net/news/japan/20080530_roundtable.html
http://www.keio.ac.jp/pressrelease/080526_2.pdf
2008年04月04日
PRパーソンの心得 22 灯台のような光を放つ人
こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。今年も4月を迎えました。満開の桜に囲まれ、新社会人として巣立つ人。あるいは新しい職場でスタートを切る人も多いかと思います。
早いもので、井之上ブログも今号で創刊3周年を迎えます。2005年4月、当時はまだブロガーの数も限られていました。今は誰でもブログを書く時代。個人発信型のサイトが社会の隅々にまで普及しています。
情報過多の時代。人々は溢れる情報の中で混乱し、「どの方向に向かって前進すればいいのか」自らを見失っているようにみえます。そのような時にも状況に揺さぶられず、最良の方向を示すことのできる人とはどのような人なのでしょう。
■「風が吹けば桶屋が儲かる」
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、風が吹いたら、その効果の連鎖の結果、桶屋が繁盛するという意味。ある事柄から思わぬ結果が生じるというたとえ話です。この思わぬ結果を先んじて読むことができれば、波のように押し寄せる変化の中でも、先を見据え前進することが可能となります。
変化を読む場合、リアルタイムでできるだけ生の情報を様々な角度から収集することに注力すべきです。縦軸としては、例えば企業状況などの現象的な情報、横軸は、その背景や周辺情報などの状況的な情報、これらの縦横に渡るきめ細かい情報を収集すること。これで物事を俯瞰する素地が整います。
そして、この情報氾濫の時代には、データをどう読むかが事態の明暗を分けます。その基本は意外にシンプルです。私心を無くして物事を素直に見据えてみること。集めた情報を当事者の個人や組織、そして、それを取り巻くパブリック全体の視点で俯瞰してみることです。感覚が研ぎ澄まされ、頭の中に蓄積された情報と張り巡らされたアンテナが動き出します。ここで様々な角度から原因を眺め、導かれる結果について知恵を働かせてイメージしてみます。すると、データには見えないものが見えてきます。風が吹いたときに、思いもよらない事象のつながりや解決法、そしてその行方が連鎖の結果みえてくるはずです。
■ 自分の羅針盤を持つ
混乱の中でも動じることなく正しい道を見極める。これを一貫して行なうには確固たるベースがどうしても必要です。そのために自分なりの羅針盤を手に入れること。
良心や倫理観といった判断基準。これらはどのような行動をとる場合にも私たちに大いなる英知を与えてくれます。ここに志という逆境にもぶれない強い目的意識をプラスする。これらの要素をバックボーンとして自らの中に持ち、自分を律する強さと一貫性を築いていかなければなりません。
また同時に大切なのは公の意識。「自分がどんなことで社会に貢献できるか」という事を自分なりに追求して考える事。そして自分の立場でできることを実行していくことです。
PRパーソンで言うなら、クライアントや所属する組織とそれらを取り巻くパブリックの利に資するような解を求め続ける。そしてそれぞれのパブリックに対して何が適切であるかを真摯に考え、それを形にすることです。これは社会をより良い方向にリードしていくことと同義で、PRパーソンの使命でもあります。つまりPRパーソンには、個人や組織体が適切な方向へ導くサポートを提供することで社会をリードしていくことが求められるのです。
ドイツの詩人ゲーテの言葉、「人々のあるべき姿を見て接し、彼らがなりうる姿になるのを助けてあげなさい」という意識。PRパーソンにはこのような心構えが必要なのだと思います。
いま世界は混乱のなかにあります。迷い続けている私たちを導くために、暗闇に輝き続ける灯台のような光。いま社会に必要なのはこのような光を放つ存在です。皆さんには、社会との関わりの中で常に鍛錬し、自分の周囲が揺らいだとき彼らに正しい位置を指し示すことのできる、灯台の光のような存在になって欲しいと願っています。
3年間にわたり、160回のブログを発行させていただきました。様々なテーマを皆さんとシェアできたことを非常に嬉しく思います。今後ともパブリック・リレーションズに関わる問題や時事問題など、皆さんと一緒に考え、将来を見つめて行きたいと思っています。今後ともご愛読の程、よろしくお願いします。
2008年03月16日
PRパーソンの心得 21 イッシュー・マネジメント
こんにちは、井之上喬です。
このところ急に春めいてきましたが、みなさん、いかがお過ごしですか。
人々がグローバルに活動する中、いま世界の社会環境や経済環境はますます複雑化しています。そのような環境の下で個人や組織体は、不安定な状態や不必要なトラブルから自らを回避し、良好な状態を維持し成長させことが一段と困難になっています。
このような世の中で必要とされるのは、問題発生を未然に防ぐ心得、イッシュー・マネジメント(Issue Management)の意識です。
■ イッシューへの対処が未来を左右する
イッシュー・マネジメントは「問題管理」とも呼ばれ、パブリック・リレーションズの手法です。70年代後半、企業批判が高まった米国でPRコンサルタントのW・ハワード・チェースにより考案されたもので、早期に組織体の潜在的なインパクトを抽出し、その先の結果について少しでも和らげられるような戦略的な対応を行なうことを意味しています。
カトリップの Effective Public Relations 第9版によると、具体的にイッシュー・マネジメントは、問題の予見→その分析→優先順位の決定→実施プログラムの選定→具体的行動が伴うプログラムの実施→効果の測定、といったフローで進むとされています。つまり、予測される新しい課題や問題を早期に抽出し、組織体に対する問題のインパクトのアセスメントを行い、それらに対する企業の戦略的な対応策の構築と実施によりリスクを最小限にとどめる手法。
社会が複雑化する中で、組織体はトレンドを識別・予知し、リスクを最大限避けなければなりません。そうした意味で、私はイッシュー・マネジメントを危機管理の一つとして分類しています。この考えに従えば、イッシュー・マネジメントは、将来発生し得るさまざまな危機をあらかじめ想定し、有効な戦略的な対策を講じて、必要に応じ対応・実施していく手法ともいえます。
カバーされるのは、政府の法規制など政策に関するものや、 国の内外を問わず企業や組織が地域社会などでマーケティングやプラント事業などの諸活動を行なう上で考慮すべき習慣やタブーなど。実に広範・多岐に渡っています。近年関心の強まっている、規制緩和や地球温暖化なども対象となります。
どのようにイッシューに対処するかは、当事者となる個人や組織体の未来を大きく左右します。つまり予防的解決策が奏功すればそこに利益が生じ、その対処に失敗すれば回復不能の危機発生を招き、時には市場からの退場を迫られる場合さえあります。顕在化されていない問題への対処いかんでは、損失を被るのか利益を得ることになるのか、二つに一つの対極的結果をもたらすことにもなりかねません。
現在米国では、イッシュー・マネジメントを多くの企業が戦略的経営の基本要素とみなし、積極的に取り入れています。しかし、日本でこの概念はほとんど紹介されていません。私は日本で頻発する不祥事の要因の一つに、このような戦略的危機管理の手法が経営に取り入れられていないことがあると考えています。
■ 本物を見分ける臭覚
イッシュー・マネジメントは、抽出された問題に向き合い自ら修正して改善すること。その活動はさまざまなリレーションズの上に成り立っています。
特に経営トップやクライアントとのリレーションズにおいては、高密度のパートナー・シップが求められます。したがってPRパーソンは日頃から当事者と深い協力と信頼関係を築き、対等な立場で双方向にコミュニケーションできる環境を構築・維持しなければなりません。
また、関係する個人や組織体、それらを取り巻くパブリックがどのような関わりを互いに持っているのかを緻密に把握すること。そこから丁寧にイッシューを掘り起こす作業が正確な問題把握につながるからです。
これらの能力に加えて必要なのは、本質を感じ取る力と感性です。現代はインターネットの普及により雑多な情報が氾濫しています。この複雑な世の中にあって本質的な問題を抽出するのは楽なことではありません。PRパーソンには本物を見分ける臭覚が求められます。
嗅覚のような敏感なセンスを磨くには、常に自分の立ち位置を意識し、関係性を持つさまざまなパブリックの視点を持つこと。そのためには自分の所属する組織体が身を置く業界や担当するクライアントを取り巻く環境、諸構造、特性などを良く知り、そこでの社会的、経済的、政治的位置づけをさまざまな角度で観察することです。そしてインプットした情報をベースに、直観力というアンテナを張り巡らせて、変化の兆しを読み取ろうとする意志を働かせてみるのです。
危機発生後の対応に費やすエネルギーは大変なものです。危機発生前の予防や準備を万全に整えることは、戦略的経営には欠かせません。企業不祥事や企業買収が日常茶飯となった日本。生き残りをかけた熾烈な競争のなか、日本の組織体、特にグローバル企業では危機管理に対する意識が急速に高まっています。
PRパーソンには、このニーズの高まりに即座に対応できるよう、知識と感性を磨く努力を積み重ね、イッシュー・マネジメントに対し注意を払い、鋭敏な分析力と対応力を養うことが求められているのです。
2008年02月01日
「せんたく」を発足させた
北川正恭さんからの若者へのメッセージ
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
「日本を民主国家にしたい」、35年間の政治人生を歩んだ北川正恭さん(前三重県知事)が1月20日、 次期衆院選に向け真の改革を推進する組織「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」(略称:せんたく)を発足させました。記者会見の模様は様々なメディアで報じられ、各方面からの期待も大きいようです。
一昨年、昨年に引き続き今年も、北川正恭早稲田大学大学院公共経営研究科教授を「パブリック・リレーションズ概論」に講師としてお迎えし、真のサスティナビリティ(持続的発展)とパブリック・リレーションズについてお話頂きました。
■ マニフェストはPRそのもの
昨年は2007年の漢字「偽」が表すとおり、老舗を含め多くの偽装が発覚した年。三重県知事時代に徹底的な県政改革を実現させた北川さんは、倫理観のない行動は、持続的な発展を妨げ危機的状況を招くと明言。利益追求型の経営を戒め、倫理観に基づく経営の重要性を挙げました。
そして北川さんは近江商人の商売哲学「三方良しの理論:売り方良し、買い方良し、世間良し」(Win-Win)を紹介。環境汚染が進み、地球の存続自体が危ぶまれる時代にあって、サスティナビリティ(持続的発展)を実現するには、リスクマネジメントとしてコンプライアンス(法令順守)や環境への積極的な配慮など、CSRの発想で経営に取り組むことが不可欠であるとしました。
そしてその手法が倫理観、双方向のコミュニケーションに基づいたパブリック・リレーションズであるとして、企業の真のサスティナビリティには戦略性をもっているパブリック・リレーションズが重要であると語りました。
また選出された政治家が「市民や国民との契約を履行することでより良い世の中を築く」とされるマニフェストは、「パブリック(一般社会)との良好な関係を醸成・維持し、より良い社会を創り出すパブリック・リレーションズそのもの」と明言。また「パブリック・リレーションズは日本の民間企業のみならず、パブリック・セクターへも大きく影響力を発揮することができる手法である」と、そのダイナミズムに期待を寄せました。
■「日本を真の民主国家にしたい」
授業の中では個人のサスティナビリティにも触れました。高い志を掲げてそれを実現することで、個人や各人が生んだ思想のサスティナビリティが達成できるとして、早稲田大学の創始者、大隈重信を例に挙げました。
幕末の鍋島藩(現佐賀県)に生まれた重信は、藩校弘道館を経て、1856年から長崎の出島で蘭学や商学を学びました。この頃長崎にいた宣教師フルベッキを通して、米国独立宣言を起草した第3代大統領トーマス・ジェファーソンの独立宣言の一文に触れたといいます。
「すべての人間は平等に創られている( All men are created equal.)」
大隈は、このとき芽生えた民主主義社会の実現という志により、後に政界入り。爆弾襲撃による右足切断にも挫けず、日本初の政党内閣の総理大臣に就任。またジェファーソンがバージニア大学を創設したように、大隈は後世の教育充実のため1882年、東京専門学校(早稲田大学の前身)を創設しました。
「すべての人間は平等に創られている」とする思想は、今でも存在感を放つ輝かしいメッセージ。北川教授は大隈重信の人生を輝けるものにしたのもこの思想であったと語り、高い志は、個人のサスティナビリティに必要な要素であることを強調しました。(ちなみにアメリカ独立宣言にふれた福沢諭吉は、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず...」のもとに慶応義塾を創設)
北川さんは、高い志を具現化する手法がパブリック・リレーションズであるとして、その手法を自分のものにすることで個人のサスティナビリティが実現できるとしました。
また自身の志にも触れ、「日本が現在抱える800兆円の借金は、今までの世代が政治における課題を先送りした結果。この反省を元に私は、日本を人が平等につくられたことを実感する真の民主国家にしたい」と、自ら発起人代表として発足させたばかりの「せんたく」の理念を語りました。
早稲田大学内にマニフェスト研究所を持つ北川教授は、東北地方で2006年総選挙と2007年参院選における投票理由に関する調査結果にふれ、両選挙で「マニフェストの内容」が投票理由の第一位であった事実を明らかにし、国民の考え方が変化しつつあることを示しました。
講義後の質問では、昨年の参院選で子供用マニフェストが実現しなかった事についてコメントを求められ、「マニフェスト配布もまだ完全とは言えず、法的にも現在インターネット配信が許されていない。現代に対応できるシステムを構築し、より多くの皆さんの手に届く選挙を実現し、マニフェストを通して日本を変えていきたい」と述べました。
「自己の人生を切り開き、地域を切り開き、良い環境を作るという、人々の連綿とした努力がサスティナビリティのある社会を可能にします。私たちが道を作ります。しかし道を歩くのは皆さんです。高い志を掲げて困難にも挫けず道を歩んで行くことを、皆さんにお願いします」。最後に北川さんは、次の世代を担う若者にこのように語り掛けました。
北川さんの情熱が学生の皆さんにも伝わり、教室内は熱気と興奮に包まれました。日本が成熟した民主国家に成長していくためには、個を強化し、私たち一人ひとりに与えられた使命感と役割りを自覚し、行動することの大切さを教えてくれたのです。
北川さん、ありがとうございました。
2008年01月26日
PRパーソンの心得 20 対話する力
こんにちは、井之上喬です。
このところ寒い日が続きますが、皆さんいかがお過ごしですか。
対話とは、双方が良い方向に向かう新しい展開を生み出すコミュニケーション。世界で絶えない紛争や不祥事などは、充分な「対話」が不足していることによって起きる歪みが顕在化したものであるといえます。
■ 対話・理解・和解
対話とは、双方が自らの考えを明らかにし、互いの違いを自覚し、各々が新たな考えや立場を形成していくプロセスです。
対話には、お互いの働きかけ、つまり双方向のコミュニケーションが欠かせません。しかし、表面的な情報のやり取りでは不十分です。そこに必要なのは、先入観を取り払って心を開き、相手の視点に立って傾聴すること。そして得た情報を自分の中で咀嚼し、何らかのアクションを起こすことです。
パブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者に求められる対話力には、クライアントや組織のトップ、それらを取り巻くパブリックとの対話に加え、彼らの考えや立場を深く理解し、当事者が建設的な対話を行なえる環境を整えることも含まれます。そして、対話がどのように目標に結びつくのか、何を生み出せるかを予測しながら環境を創出することが重要となります。
私の所属するある会のアニュアル・ミーティングにイスラエルとパレスチナの代表がときどき出席することがあります。彼らが試みていることは、各15名ぐらいの人たちが同じ部屋で数日間生活を共にし、終日自分たちのこれまでの体験を話し合うことです。家族が殺された話、理不尽な仕打ちを受けた話など徹底的な対話をします。やがて両者は、お互いが被害者の立場だけではなく加害者でもあることを理解するようになるといいます。立場は違っても大切な人を失うことは相手も同じ。その痛みが共有できると両者は、如何に戦争や紛争が意味のないことであるかを認識し、和解による平和を希求する気持ちが強まるそうです。
対話を通して大きな問題を解決する場合は時間と忍耐力が必要となります。このイスラエルとパレスチナの人たちの試みから学ぶものは、ダイアローグ(対話)を通して互いが影響を与え合うことで双方に変化をもたらし、相互理解のなかで歩み寄り和解することです。
■ 対話が世界を変える
1990年、私はソビエト連邦からロシアに変わる間際の激動のモスクワでGlobal Dialogueという新しい企業体を訪れました。当時のソビエトは、ゴルバチョフ大統領主導のペレストロイカの真っ只中。多くの国民が自由主義(資本主義)に夢と憧れを持っていました。
そんな中で、民主主義の国からやってきた私と共産主義の下に暮らす人間が出会ったのです。最初は互いが違和感を持ちながらコミュニケーションをはかっていました。相手はもとより、私にも言論統制される特異な環境に身をおく人とのやり取りに先入観があったのかもしれません。
しかし話し始めると、彼はモスクワ工科大学出身でコンピュータの世界に精通。私の会社のクライアントであった、アップル社やインテル社など共通の話題をきっかけに、いつの間にか互いの気持ちは和み本音で語り合うようになっていました。彼との対話のなかで、旧体制の問題や将来への期待と不安など、改革の狭間で悩む一人の人間の姿をみることができました。
共通の価値観や文化的基盤のない環境では、対話そのものが成立しないこともあります。しかし相手とのコミュニケーションを通して、小さな共通点をも見逃すことなく互いが変化し対話が進展することもあります。
対話は対等な関係における対称性をもったコミュニケーション行為といえます。それゆえ対話を深めることは、自己修正を行う環境を醸成することになります。継続的に良好に推移している関係を注意深く分析してみると、そこには深いレベルでの対話が実践されていることがわかります。
私たちPRパーソンは、対話の力と対話を促す努力によって社会に大きな変化をもたらすことができます。毎日一つでもいい。皆さんがその第一歩となる対話を築くことができたら、5年後10年後の世界は大きく変わっていくことでしょう。
2008年01月11日
PRパーソンの心得19 兆候を読みとる
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
未曾有の天変地異、エネルギー・食糧不安、紛争や頻発するテロ活動など、地球規模で様々な問題が噴出しています。前号でもお話したように、世界は今、待ったなしの状況です。
一方で、人間が地球規模で動き回るこの時代。一つの場所で起きた事象が世界中に影響を及ぼし、変化が更なる変化を連鎖的に呼び、いったい次に何が起こるのかが益々読みづらくなってきているのも事実です。
しかしただ何もせずに手をこまねいているばかりでは、状況を好転させることはできません。私たちは来るべき変化の兆候を読みとり、未来への準備をしなければなりません。今、読みづらきを読むことがPRパーソンに求められているのです。
■「風が吹けば桶屋が儲かる」
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは、日本に古くからあることわざ。ある事象が起きると、次々と異なった事象が引き起こされ、結果としてバタフライ効果のように思わぬ所に思わぬ影響が出ることの例えです。
兆候を精緻に読み取るには、個々の情報だけでは決して得られないもの、つまり各情報間の連環から生じる新たな情報やそこから推測できる因果関係を導き出すことが重要となります。
現象面での定量的な情報ばかりに気を取られていては、その奥に潜む関連性を見出すことは困難です。風が吹いたら、その風がどこで発生し、どの方向にどの程度吹いたかという事実情報だけではなく、風がなぜ発生したのか、その背景や構造、そして特徴、傾向など、事象の定性的な情報収集と分析にもエネルギーを注ぐべきです。
現代のマスメディアによる情報過多時代には、データを正しく読み取ることの難しさも正確な予測を行う上で妨げとなる要素となります。これには、さまざまな視点を持って異なる情報源からのデータ収集を行い、これらのデータに分析を加え予測の正確性を高めなければなりません。また、信頼性の高い情報を選別する直感力も必要となるでしょう。
これらのプロセスは、予測される新しい課題や問題を抽出し、その対応策を考え実施するイッシュー・マネジメントと同様です。先に紹介した、風と桶屋のことわざで考えるならば、特徴的なことは、係わる全てのパブリックを考慮に入れながら、その事象の原因や因果関係などを統合的に捉えて兆候を読み取る点。つまり、定量、定性的に、さまざまな視点を加えた3次元的な物事の捉え方で立体的に未来を予測する点です。
■ 混迷の時代に先を読む
将来、企業に財政的な負担がかかるような課題や問題を扱う場合、広報担当者やPR会社の実務家はトップやクライアントとの間に意見の相違が生じるケースが出てきます。そのような場合にもカウンセラーとしての役割を担うPRパーソンは、それぞれのパブリックにとって何が適切であるかを焦点に据え、必要とあらば異なった意見を進言しなければなりません。
そのためには何が必要か。パブリックを深く理解すること。内部はもとより外部のネットワークを持つこと。何らかの形でソリューションを導き出す力。それらを相手に伝え説得する能力。自分の立場からできることを即座に実行する行動力です。このような指導者に求められる高度な能力を日々磨いておくことで、説得力を持ったアドバイスが可能となるのです。
混迷の時代に先を読むことにはリスクが伴います。誤った予測に対するリスク回避には、フレキシブルな修正環境を作ること。状況が変化し、予測と進展状況がずれた場合にも潔く修正を行ない、戦略を最適化することでそのリスクを最小限に抑えることができます。
いま世界は混迷を極めています。PRパーソンには、どのような状態においても、強い個を軸に変化の兆候を敏感に読み取り、自らの役割を果たせる環境を創出し、ソリューションを提供することが求められています。大切なことは、個人が確固とした信念の下に日々行動することなのです。
2007年12月07日
PRパーソンの心得18 きびしさ
こんにちは、井之上喬です。
今年もいよいよ師走を迎えましたが、皆さん、いかがお過ごしですか。
どんな分野で活躍している人でもスペシャリストといわれる人は、厳しい鍛錬の時期を経ているものです。その境地は、基礎となる理論や技術を自分のものにするために最善を尽くし、自分を厳しく律した結果得られるものだからです。
■ 鍛錬で己を知る
無双の剣客といわれた二刀流創始者、宮本武蔵の言葉に「千日の稽古を鍛として万日の稽古を練とす」という名言があります。
この言葉から、武蔵自身が剣の道を究めたいと厳しい鍛錬を課し一心に突き進む凄みと、全人生を投入し剣の技の研鑽にとどまらず、心と身体をも修養し続けた彼の真摯で一途な気持ちを感じとることができます。
鍛錬というと少し古いと思われる人もいるかもしれません。しかし、ある時期自分をストイックな極限状態に置き何かに挑戦する経験は、その後の人生を開花させる準備段階として必要なことだと思います。自分を極限状態に追い込むことで自分と対峙し己を知る。これが後に自分の心を自由に解き放つ礎となるからです。
しかし、ここでいう「ストイック」は自分の夢を追いかけるためのものであり、自虐的なストイックとは一線を画すものです。
私は高校時代を水泳に捧げました。ひたすら泳ぎに明け暮れた日々を振り返ると、そこに苦労の感はひとつもありません。むしろ周りの心配をよそに、自分の記録に挑む日々を充実感と刺激に溢れる時間として楽しんでいたように思います。
幼少のころから私が水泳が大好きで、自分の得心する練習を情熱をもって行なっていたからだと思います。
しかし状況は一転し、高校2年も終りの3月、先輩の紹介で東伏見にある早大水泳部〈稲泳会〉の合宿所に通い始めると、自分に合わない泳法に変えられてしまいます。そのような時の練習は私にとって地獄のようでした。そこには楽しさはなく、あったのは苦痛だけでした。自分の納得のいかない泳法は、もはや自分の泳ぎではありません。そして自分の泳法が葬り去られた時、私は自分さえも見失ってしまったのです。
与えられた練習内容はこなすものの、内心は、やらされ感でいっぱいでした。心を失うと身体もついていきません。私はしばらくすると体調不良を起こし、志半ばで練習続行を諦めざるを得ない状況にまで至ってしまいました。
■ 意に反して頑張らない
この経験から学んだことは、自分を厳しく律することは、自分の意志に反してまで頑張ることでは決してないこと。どちらかといえば、苦しさをも吹き飛ばす程の強い信念から湧き出てくるエネルギーで、自ら目標に対しポジティブに取り組むことです。
それを支えるのは高い志。そして自分の本当に欲する目標を掲げ、目標を達成すると決意すること。人は、自ら納得している目標に対しては主体的に取り組めるものです。その過程において心を自由に保ちながら、追い風にも逆風にも臨機応変に対処していくこと。日々の行動の中で意識的に、全てが目標達成に向かう状態を作り出すことです。
自分の目標が明確であり、決意に基づく目標意識と情熱があれば、厳しくあらねばならないとする義務感は喜びに変わります。
リーダーにカウンセリングを提供するパブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者は、時として、自分に対してだけでなく、クライアントに対してもそのようなきびしさを示さなくてはなりません。各人が経験を積む中で自己鍛錬によってきびしさを養っていかなくてはならないのです。
そしてきびしさの中からその人の力強さや安定感がうまれ、周囲から信頼されるカウンセラーとなることができると思うのです。
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2007年11月30日
PRパーソンの心得 18 世論をリードする
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
個人が社会の様々な現象との関わりを持ち生きる過程で、集団の中に複雑に形成されていく世論。世論は時として、正義を動かし、またある時は悪をも正当化する強大な力を持っています。
パブリック・リレーションズの活動をする上で、世論とどう向き合うのか。常に私たち実務家や広報(PR)担当者にこの問いが突きつけられています。
■ 複雑で常に変化する世論
20世紀を代表する米国のジャーナリスト、ウォルター・リップマンは、1922年出版の Public Opinion (世論)の中で、世論について、「人の集団によって、あるいは集団の下に活動する個人が頭の中に描くイメージ」(『世論』 1987年 岩波文庫 掛川トミ子訳より抜粋)と定義しました。
また1923年同書をベースに記されたパブリック・リレーションズの最初の専門書 Crystalizing Public Opinion (世論の覚醒化)の中では、著者エドワード・バーネイズ(Edward L. Bernays)は、世論について、「複雑で常に変化するもの」と位置づけました。
ジェームズ・グルーニッグ(James E. Grunig)のコミュニケーションの分類に従えば、このバーネイズの考え方は、非対称性の双方向性コミュニケーション。この時期のバーネイズは、社会へ影響力のある人々(インフルエンサー)の発言効果を利用し、新しい考え方をパブリックに浸透させるなど、非対称性の双方向性コミュニケーションを通して説得型のパブリック・リレーションズを行った代表的な実務家とされています。
バーネイズは、パブリック・リレーションズの成功には社会科学に基づいた調査により社会構造や大衆心理を分析し対象(ターゲット)を把握し、その結果得られたターゲットの属性に訴えかける形のPR活動が必要であると説きました。
世論を知る観点からみれば、バーネイズの手法は現在にも通じるものです。しかし情報流通が飛躍的に発達し、一般の人々が容易に複数の情報源を持つことができる現在、説得型のパブリック・リレーションズは機能し難くなっているのも事実です。
むしろ今求められるのは、世の中に有益に働く物事をパブリックに認知してもらう活動。つまり一方的に「それは良い物である」と説得するのではなく、様々なパブリックが既成概念を超えて自ら判断する礎となる様々な情報を提供し、対話の中でパブリックの判断を仰ぎながらリードする活動が求められているのです。
■ 健全なパブリックを維持する
世論をリードする立場にあり、その責務を負う者が肝に銘ずべきことは、誰でも一歩間違えばプロパガンディストになり得るということです。これらは湾岸戦争やイラク戦争の例をみても明らかです。双方向性コミュニケーションによるパブリック・リレーションズに対して、有利な情報を一方的に発信し、煽動的に世論を強引に形成しようとするプロパガンダは、その技術や手法においてパブリック・リレーションズと大きく変わらないからです。
両者を区別するものは倫理観。そして、対等な双方向のコミュニケーションと自分の主張が誤りだと気付いた場合、即座に自己修正できる環境です。加えて、何が最善で最良かを常にウォッチすること。その過程で組織が誤った方向に暴走していると判断したときには、強い意思を持って進言し、それを抑止する役割を果たさなければなりません。
私は、70年代後半から80年代にかけて、インテル社やアップル社と関わり、革新的技術を集積したマイクロ・プロセッサや個人でも操作できるパーソナルコンピュータの登場により、手書き文化の日本でどうすればキーボード文化を導入、普及できるか考え、奔走しました。また80年代から90年代は、日米間に横たわる数々の摩擦(通信、半導体、自動車)にも関係し、如何に世論がマスメディアの影響を受けやすいか専門家として身をもって体験しました。
現在、ネット上の3D仮想世界と呼ばれるメタバース、セカンドライフの日本での普及に取り組んでいますが、これまでのインターネットと異なる3次元空間が社会にどのような形で受け入れられるのが最善なのか、パブリックからのフィードバックをもとに日々スタッフと意見交換をしています。
時代に先駆けて開発された優秀な技術や新しいモデルを社会に導入するためのパブリック・リレーションズの活動は、PR活動が与える世論への影響力の大きさと、その活動を担う専門家としての責務の重さを私に教えてくれました。そこで学んだことは、「パブリックは常に変化する」ということでした。
そして私達が認識しておくべきことは、パブリックはいつも健全な状態にあるわけではないということです。現在、朝日新聞(夕刊)が自戒を込めた連載読み物、「新聞と戦争」は、パブリックに最大の影響力を持つメディアの社会的責任の重大さについて多くの示唆を与えています。
PRの実務家や広報(PR)担当者は、パブリック・リレーションズがパブリックを健全な最良の方向へと導く手段として機能させる責務を負っています。皆さんが将来、高い意識と強い個に支えられた主体性のある専門家として、世論をリードする存在へと成長し活躍されることを心より願っています。
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2007年11月24日
PRパーソンの心得 17 最後まで諦めない
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですが。
物事を成し遂げようとする時、最後まで諦めない態度は、成功者における大きな共通点といえます。これは、複雑な問題を解決し組織を成功に導かなければならないPRパーソンにとっても身につけるべき姿勢です。
松下幸之助さんは「私はかつて失敗したことがない」といったそうです。彼にとって失敗とは、逆境に立たされたとき挫折し途中でやめてしまうことを意味していました。何かうまくいかない時があってもそれを失敗と捉えず、最後まで、つまり最終的に成功するまでやり抜けば、それは失敗とはならないということです。
■ 立ち止まって内観する
とはいっても成功までの道のりには、挫折してしまいそうな苦境に立たされることもしばしばあります。どんな心構えで逆境に立ち向かえばよいのでしょうか。
何かうまくいかないとき、私たちはその責任を外部に求めがちです。しかし、環境や人に責任を転嫁しても、取り巻く状況が好転するわけではありません。
危機的状況でなすべき事は、まず自己への問いかけです。初心に回帰し、自分が本当に目指していたものは何かを確認します。そして、自ら作り出した現状に身動きが取れなくなっていることを素直に認識すること。
更に、真の目標に照らし合わせて、本当に解決しなければならない根源的な問題を明らかにすること。 大切なことは、直面する問題をネガティブなものとして遠ざけるのではなく、将来成功をもたらしてくれるであろう問題として、ポジティブに寄り添ってみること。時間の許す限りあらゆる視点から問題を眺めてみるのです。
その過程はパブリック・リレーションズのライフサイクル・モデルを用いて行なうことができます。そして「問題の原因は何か」「目標を修正すべきか」「持てるリソースはどれだけあるか」「最悪の状態になっても乗り切る方法はあるのか」「そのために持つべき戦略とシナリオは何か」などを分析・検討していきます。
■ 成功への意識を集中させる
やるべきことが決まったら、改めて成功をイメージし意識を集中させ、とにかくやってみることです。そして行動に対するフィードバックを注意深く観察します。その過程で問題が生じたときでも、逃げることなく問題の原因究明と自分の中の恐怖心に向き合い、直面する問題を素直に受け入れること。そして必要な修正を加えながら歩み続けるのです。
問題を受け入れ行動しフィードバックを確認する過程を粘り強く繰り返すことで、失敗をも糧とし、目標に向かって前進することができます。こうして問題に向き合うことで、自分が目的とする方向に向かっていることが実感できるようになります。
人は誰でも志を高く掲げて物事をなし遂げようとするとき、多くの困難に遭遇します。しかし危機やそれがもたらす恐怖に押しつぶされてしまうようでは、この混迷の時代を切り抜け新しい次代を担うことはできません。
どのような状況に直面しても、自分が信じることを最後まで諦めずやり抜いて欲しいと思うのです。
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2007年11月16日
PRパーソンの心得 16 説得力
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
自分という存在が他者と関わるとき、意見の相違が生じ物事が前に進まなくなることはよくあることです。そんなとき必要となるのが、説得力。説得力を持ち合わせるかどうかで、事の成否は大きく分かれます。
■ 相手を受け入れた「無私の心」
説得とは、ある事柄について、自分を介して相手に立場や意見の相違を乗り越えて歩み寄ってもらい、互いの納得の上で合意を得るプロセスです。
パブリック・リレーションズの実務家や組織に所属する広報(PR)担当者は、クライアントや所属する組織のトップと意見が分かれたときにはカウンセリングを通して、軌道修正を行ない正しい方向に導くための説得を試みなければなりません。また、パブリック(ステークホルダー)の動向に賛同できない場合、その動向を修正するようなメッセージを発信することでパブリックを説得しなければなりません。
説得力をもつ主張とは、一体どのようなものでしょうか。
まず、何を伝えたいかを明確にすること。そして、決断や行動の基準となる確固たる価値観に基づいた主張を展開すること。判断基準が明確であることが相手に伝わると、相手に安心感を与えます。説得には、言葉だけでなく、時には身振りや手振りを交えることも重要な要素となります。しかし、どのような説得でも相手を受け入れ、認める心がないと成功しません。
相手を動かすのは無私の心。組織体であれば、まず何がその組織にとって重要なのかを最優先にしなければなりません。自分の利益や目先の利益を考えず、時代や世論など取り巻く環境を考え、相手を考え、そして未来を予測した上でどんな選択肢が最良であるかを熟慮すること。 この真摯な姿勢が人の心を動かし、その主張が説得力を持つようになるのです。
また相手との隔たりが大きい場合には、説得に時間を要することもあります。その際は、潮目が変わるのを待ちながら忍耐強く説得を行なうこと。メッセージが相手に伝わるまで、相手との対話を繰り返し、じっくりと双方向のコミュニケーションを行なう努力を重ねることです。
■ 隆盛/海舟 会談にみる説得力
西郷隆盛と勝海舟が成し遂げた江戸城無血開城。この偉業も、幕府陸軍総裁の勝と官軍参謀の西郷という相反する立場の人間が、無私の心で日本の将来を見据え、何が最良の結果をもたらすのか深く考え、真摯に向き合った2人の説得の成果です。
1868年1月、鳥羽伏見の戦いが始まり、3月初旬には官軍は江戸に到着。2人の話し合いの翌日3月15日には官軍による江戸城総攻撃が予定されていました。しかし2人は江戸を戦火にさらさないために総攻撃を中止すべく最後まで忍耐強く互いの説得を試みました。
最終的に勝は西郷に,官軍が将軍徳川慶喜を助命し徳川家に対し寛大な処置を行うならば、幕府側は抵抗せず江戸城を明け渡すと申し入れました。そこで西郷は勝の申し出を受け入れるよう朝廷を説得することを約束。この説得の末、江戸の町が火の海になることなく江戸城開城を実現させたのです。
元来日本人にとって相手を説得する能力はそれほど高くありません。その一つの要因として、島国でハイコンテクスト・カルチャーの日本では、欧米と異なり、コミュニケーション方法に言葉や身振りを交え相手を説得する必要性がなかったことが考えられます。
説得という行為には他者の心を動かす何かがなければなりません。だからこそ、真摯に向き合い無私の心で相手を説得することが前提条件となります。受容という双方が新しい境地にたどり着くことで、自らの存在をとおして他者と関わる意味も増すのではないかと思います。コミュニケーションの専門家でもあるPRパーソンの存在意義もまた、そこにあるのではないでしょうか。
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2007年11月09日
PRパーソンの心得 15 チームワーク
こんにちは、井之上喬です。
紅葉が楽しめる季節になりました。皆さん、いかがお過ごしですか。
パブリック・リレーションズのプロジェクトは通常チームを編成して行なわれます。一人の個人として強い個性を発揮できても他者と協働しチームワークを発揮させることができなければ大きなプロジェクトを成功させることはできません。
■ 考えを同じにする
チームワークを機能させるために必要なことは考えを同じにすること。明確な目標や方針を掲げ、プロジェクトの実施スケジュール、仕事の役割分担など、大きな事柄から細かい点まで全てを明確化し共有することです。
特に大切なことは、チームの掲げる価値観や目的意識を各メンバーに納得してもらい共有すること。互いが納得して行なう活動には自主性が生まれ、各メンバーの活動がひとつの目的へと有機的につながり、大きな相乗効果が期待できます。
それを機能させるのは「報連相(ほうれんそう)」つまり報告・連絡・相談という双方向のコミュニケーション。毎日のコミュニケーションを確実に行なうことで、チームリーダーや各メンバーが、プロジェクトを取り巻く情報をリアルタイムに様々な視点で収集し、必要な修正を行なうことができます。
このような環境が整っているチームは、すばやく行動できるのが特徴。臨機応変に行動することができるので、最良のタイミングでプランを実施していくことが可能となります。また、問題が発生した場合もその影響を最小限に抑えることができます。
■ 他者に対する敬意
プロジェクト遂行には異なった性質を持つ人間が集まりチームを結成し、一つの目標を達成しなければなりません。チーム運営において一番難しいのは、互いのアイデンティティを認めながら交じり合い一つの成果を生み出すことかもしれません。
違いを認め合いながら、密接に交じり合うことを可能にするのは、他者に対する敬意。相手を尊重する態度は互いの信頼感を醸成し、ポジティブな環境を作り出し、目標達成をスムーズにします。
しかしチーム内でメンバーの協調を図っても、どうしてもケミストリー(肌合い)が合わないケースもあります。その時は思い切ってメンバーの組み合わせを変えてしまうこと。肌合いの合わない者が一緒に働く環境ではエネルギーを消耗してしまい、果を上げるどころではなくなってしまいます。
チームワークを機能させる上でのPRパーソンの役割の一つは、その環境づくり。各メンバーが最大限の能力を発揮できる良好な環境を醸成することです。状況が刻一刻と変わる中で複雑な問題を解決しなければならないパブリック・リレーションズにおいて、プロジェクト完了まで気を緩めることは許されません。様々な視点をもち、細心な注意を払いながらチームはプロジェクトを完遂させなければなりません。
チームワークを機能させ一つの目標に向かっていく考え方は、地球上に在るものが共生していく姿勢につながっているような気がします。
しっかりとした強い個を持ち主体的に行動し、多様性を抱合しながら互いのアイデンティティを尊重し認め合うことができた時、私たちは繁栄という共通の目標に向かって歩み始めることができるのです。
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2007年10月26日
PRパーソンの心得 失敗
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
ボクシングとは思えぬ反則プレーで話題騒然となった内藤大助選手と亀田大毅選手の世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ。大毅選手は判定負け。日本ボクシングコミッション(JBC)は、反則を繰り返した大毅選手を1年間の出場停止処分、父史郎トレーナーを無期限のセコンド資格停止処分としました。
その後、父と伴に試合後初めての記者会見に臨んだ大毅選手。頭を丸刈りにした痛々しいまでの大毅選手は無言を貫き、チャンピオン内藤選手への明確な謝罪はありませんでした。そして試合から2週間後の11月26日、亀田家を代表して兄の興毅選手が謝罪会見を行いましたが、そこに大毅選手の姿はありませんでした。18歳という大人になりきれない年頃。彼にとって失敗を認め謝罪する行為は大きな試練だったようです。その苦難を乗り越えることはできませんでした。
■ 問題解決の5つのプロセス
人は誰でも失敗します。しかし失敗は、その時の対応次第つまり事後処理をどのように行なったかで、将来プラスにもマイナスにも働くもの。
例えば2005年に明るみになった松下電器製FF式石油温風機の欠陥問題では、同社はその直後に石油機器(暖房機のみならず、石油給湯機なども含めた)からの完全撤退を決定。その後も徹底したリコール活動を展開。その結果、組織としてのレピュテーション(品格)を一層強固なものにしました。一方、雪印企業グループの例では、失敗時の対策が不十分であったため、その後も不祥事が相次ぎ、グループの解体・再編を余儀なくされました。このように失敗は、その事実にどのように向き合い対処するかで、その後の大きな飛躍にもまた大きな傷にもなり得るのです。
失敗へ適切に対処する過程は、問題解決のステップとよく似ています。心理学者であるジョンソンとゼッタミスタは彼らの著書『クリティカルシンキング』(1997 北大路書房)の中でそのプロセスを5段階に分類しています。
1)問題の存在を認識すること
2)問題の性質をきちんと理解すること
3)目標達成のためのプランを立てること
4)プランを実行してみること
5)実行の結果をチェック(モニタリング)すること
このプロセスで特に精神的な困難を伴うのは 1)の失敗と素直に向き合い、その事実をありのまま認めるプロセスと、4)のプランを実行する段階だと思います。外部からの非難が集中するなか自分の立場を客観的に把握し適切な方向へ自らを修正していくには、強い精神力と目標への高い集中力が要求されます。
一方、同じ過ちを防止する対策を講じるには、原因の究明とともに問題を徹底的に分析することも重要です。そしてプラン実施の際に、その行動から得られるフィードバックに細心の注意を払わなければなりません。このフィードバックを分析することで、実施プランの成否を客観的に知ることができます。
また何よりも全体のプロセスを円滑にするのは、全てを受け入れること。人は失敗すると必ず苦悩や混乱に直面します。しかしそんな時こそ自分をストレスから解放し冷静さを取り戻すことが重要です。全てを受け入れると、不思議にプライドや恐怖心などのストレスから解き放たれ、全体像や取るべき行動が自ずと見えるようになります。
■ 成功者は学習だと捉える
私も20代の駆け出しの頃、ある仕事で大きな失敗をしたことがあります。その頃の私は表面的には謝罪したものの、顧客に心の底からお詫びする事はできませんでした。相手に謝罪する前に、失敗した自分のあまりの情けなさに憤りを感じ、その事実を素直に認めることができなかったからです。その結果、リカバリーのための対応は迅速性を欠いたものとなりました。この失敗は今でも私の心に苦い思い出として残っています。
しかし私は、その経験から多くのことを学びました。まず、失敗した際にその事実から逃避せず冷静に受け入れること。何故このような問題が起きてしまったのか頭を整理して考えること。そして、問題解決のためにスピーディな対応を行なうこと。その際、ひとつの戦略に対し常に複数のシナリオを持つことなどを肝に銘じました。この失敗のおかげで、私は、より大きく成長することができたように感じています。
先日ご紹介した『ビジョナリー・ピープル』に「永続的な成功をおさめている人たち全員に共通しているものがひとつだけあるとすれば、それは、彼らはみな失敗の達人だ、という事実ではないだろうか」とするくだりがあります。
大きな成功を望むほど、失敗のリスクも高まります。成功できない人とできる人の違いは、敗者はそれを失敗と捉え、成功者はそれを学習だと捉える点です。失敗は飛躍のチャンスであることが理解できれば、失敗への恐怖心も払拭され、物事に果敢に挑戦できるようになります。
パブリック・リレーションズの実務家や広報(PR)担当者は、クライアントや所属する組織が過ちを犯し危機的状態にある時にも、その問題を自分のものと考え、真摯にカウンセリングを提供することが求められます。自らの失敗を糧とし飛躍した経験を適用すれば、実行力の伴った質の高い戦略やシナリオを描くことができるのではないでしょうか。
失敗を成功体験として積み重ね、失敗を恐れず新しい問題に果敢に取り組んでいく。21世紀にはそのような強い個を持ったPRパーソンが求められているのです。
2007年10月13日
自己のバックグラウンドと向き合う
~より包括的なPRの実現のためにすべきこと
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
パブリック・リレーションズが学問として体系化されている米国では、業界で活躍するほとんどの人がパブリック・リレーションズ(コミュニケーションやジャーナリズムの学科を含む)の専門教育を受けてPRの世界に入ってきます。
しかし日本にはPRの専門教育機関がないため、専門的な教育を受けずにこの世界へ入るのが通常のパターン。広報(PR)が専門職として確立されていない日本の組織体では、多くの場合、PR(広報)担当者にはジョブローテーションとして営業や総務部などいろいろな職種を経験した人が就任しているのが実情。一方、PR会社の実務家は、広告を含むマーケティングや新聞記者、雑誌編集などのメディアあるいは一般的な企画や営業職からこの世界に入るケースが多いようです。
■ 自らのポジショニングを知る
どのバックグランドを持つにせよ、これまでの自分の主要な経験を生かすことの重要性は言うまでもありません。しかしその殻に閉じこもってしまうと活動範囲が狭くなります。そこで自分に足りない要素を補う必要性が出てきます。
そのとき肝心なのは、パブリック・リレーションズを体系的に捉え、自らのポジショニングを確認すること。そして自分のバックグラウンドを生かせるのは何処か、そして補強すべき点は何処かを知ることです。
広告やマーケティングのバックグランドを持つ人の場合、スポンサー(クライアント)を優先しすぎる傾向があります。実務家は、クライアントと意見が異なる場合も、専門家として意見を進言すべき立場にあることを肝に銘じ、現場に臨む必要があります。そのためにフィーを頂いているのですから。また、メディア・リレーションズはPRの中核的な競争力です。その活動を成功させるために、メディアと意識レベルを同じにする努力を怠ってはなりません。
逆に、ジャーナリズムのバックグランドを持つ人の場合、メディア・リレーションズに偏ってしまう傾向があります。パブリック・リレーションズにはガバメント・リレーションズやインベスター・リレーションズなど、他に様々なリレーションズ活動があり、それらを統合して取り組む重要性を認識して行動するよう心がけるべきです。
また、ジャーナリズム特有の批判的精神の行き過ぎに気を付けること。批判ばかりでは物事は滞ってしまいます。物事をポジティブに捉え、クライアントとパブリックのWINWIN環境創出がインターメディエーターとしてのPR実務家の役割。バランスを取りながらクライアントや組織に倫理的な行為を促し目標を達成させることが大切なのです。
■ より大きなステージへ
私の経験を少しお話したいと思います。
大学卒業後に就職したヤマハを退社独立しこの世界に入りましたが、最初の取引先となったヤマハの仕事で、音楽普及のための様々なプロジェクトをプロデュースしたり、新製品開発のための市場調査や製品キャンペーンを行ないました。こうしたマーケティング要素の強い仕事を経験していくなか、ジャーナリズムの要素を強化したいと考え始め、その実現に知恵を絞りました。
そして1973年、メディアへの活動を充実させるため、社内に活字媒体でいう編集機能を持たせ、別会社としてラジオやテレビの制作機能を持つ番組制作会社、「PMC(Pacific Music Corporation)」を設立しました。
活字における最初の仕事は、読売新聞社発行のムック、『オーディオ・カタログ』の編集・制作。この雑誌と書籍を併せた媒体ムックはいまでこそ一般的なメディアになっていますが、当時はまだ先駆け。読売新聞社が、他の新聞社に先んじて発行したこの「ムック」の第二作目、『オーディオ・カタログ』は我々の持ち込み企画としてその編集・制作をまかされたのです。
ちなみに第一作目の「メイド・イン・USAカタログ」(1975年)は、当時、「平凡パンチ」の編集長として名声をあげ、その後「ポパイ」や「ブルータス」など多くの若者雑誌の編集長として出版界を席巻していた鬼才、木滑良久さんによる企画編集。当時の若者が熱狂的に求めたアメリカ文化(特にカルフォルニア)を衣料から住宅に至るまで幅広く紹介し、世のカタログブームに火をつけた歴史的な媒体でした。
そしてオーディオ・ブームに乗った私達の『オーディオ・カタログ』(1976年)は、その第二弾として翌年に発行。また表紙のスーパー・リアリズムのカラフルなイラストはアートポスターとして発売され、さまざまな雑誌に紹介されるなど『オーディオ・カタログ』(写真左)は高い評価を得ることができました。

1978年、同じ読売で三菱電機のビジネス本『ここにナポレオンの辞書がある』(佐藤公偉著:写真右)の企画・編集を手がけました。同書は、進藤貞和社長(当時)のもとで「重電の三菱から家電の三菱」へと変革を急ぐ三菱電機のニュー・イメージを内外に示し、社員の意識改革を促す一助となりました。
一方、電波メディアにおいて先に紹介したPMCは、1979年、FM東京をキーステーションとする全国ネットのラジオ番組「アメリカ音楽地図」を制作。当時の三菱自動車の新製品「ミラージュ」に乗りスタッフがアメリカを横断。現地のFM局やビッグ・アーティストを紹介するという、ラジオ局最大の新しいタイプの番組でした。日本に米国のFMブームを巻き起こし、番組はその後10年以上も続くことになります。
またテレビ番組では、その頃若者の間で人気の高かった、アート映像と音楽を組み合わせた番組、「日立サウンドブレイク」(東京12チャンネル)の海外編を手がけました。取材先も米国、英国にとどまらず、エジプトや、当時政情不安のジャマイカ(日本のTVクルーとしては初めて)など、企画の面白さで取材先を自由に決定し取材クルーを送り込んでいました。
このような媒体制作を通してメディアの視点を自分の中に取り込み、メディアと同じ意識レベルを維持するよう努めたものです。
これらのプロジェクトの成功は、何よりも私に大きな自信を与えてくれました。そしてこの時期に経験したことが土台となり、その後のインテルやアップル社との出会いに繋がったのではないかと思います。
自己のバックグラウンドを生かし、弱い部分を補強する努力を重ねていくことにより、幅広く奥行きの深いパブリック・リレーションズが実現できます。そして高い技術を身につけることで、専門家としてより大きなステージで活躍することも可能となるはずです。
グローバル化が急速に進展する中、企業や国家に求められているのは包括的なパブリック・リレーションズを扱うことのできる専門家です。次世代を担える質の高い専門家が多く出てくることを心から願っています。
2007年09月28日
PRパーソンの心得 13 リーダーシップ
こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
9月25日の国会の首相指名選挙で自民党の福田康夫総裁が第91代の首相に選ばれ、日本の新しい政治リーダーが誕生しました。「安心と希望」を掲げた福田新首相。「国民のための政治が」行われるよう願うばかりです。
PRパーソンは、所属する組織やクライアントのトップなど、リーダーに助言を提供する役割を担っています。ですからPRパーソンが、リーダーシップとは何か、リーダーのあるべき姿とは何かを理解することはその役割遂行において重要なことです。
■ 不確実性を乗り越えられる人
『広辞苑』で「リーダーシップ」とは、「指導者としての地位または任務。指導権」「指導者としての資質・能力・力量・統率力」と記されています。国や時代によってあるべきリーダー像は変容していますが、今日のように急激な変化が日常化する時代にあっては、自ら変革の担い手となり、個人や組織を導くことのできるリーダーシップが渇望されます。
ハーバード・ビジネススクールの組織行動論の担当教授であるジョン・コッターは、変革型リーダーシップの特長として次の3つを挙げています。1)ビジョンの設定 2)ビジョン達成に必要なリソースのネットワーク構築 3)実行。これら3つの特長はPRのライフサイクル・モデルのプロセスと重っており、リーダーシップにとっていかにパブリック・リレーションズの手法が有効かが示されているといえます。
また、次世代リーダーの輩出に取り組むNPO法人ISLの理事長を務める野田智義氏はその自書『リーダーシップの旅』(2007年、光文社)の中で、変革を担うリーダーの本質とは、見えないものを見る力にあると説いています。つまり、誰も想像すらしないことを発想・予見し、それらを具現化する力にあるとしています。
このような未来に対する不確実性を乗り越えるために必要なものは何か。
これまでの私の経験から、以下の5つを挙げることができます。1)自分を見つめ受け入れること 2)自らの意思で大きなビジョンを描くこと 3)大局的な視点に立ち将来を予測する力 4)自己責任の下にリスクを取ることのできる勇敢さをもつこと、そして 5)失敗を糧とし果敢に挑戦し続けることができること。これらの特長には、以前このブログで紹介した『ビジョナリー・ピープル』の中に示されている、継続して成功している人たちの特性と類似していることが認められます。
つまり、自らをリードし主体的に行動することのできる自立した個のみが、未来に対する不確実性を乗り越えたビジョンの達成を可能とするということがいえます。
■ 「ノブレス・オブリージュ」の精神
一方、リーダー(所属する組織体のトップやクライアント企業のトップ)との関わりにおけるPRパーソンの役割は、トップと意識レベルを同じにして、彼らがリーダーとしての役割を果たせるよう戦略的にサポートすることにあります。
その際にPRパーソンは、ターゲットとの双方向性コミュニケーションを実現させ、倫理観に基づいた行動を促し、必要な修正を自ら行うことのできる環境を整え、スムーズな目的達成への土台づくりに心を砕かなければなりません。
PRパーソン自らがリーダーシップを発揮すべき時もあります。それは危機発生時。精神的に混乱したり落ち込んでいるトップに対してPRパーソンは、励ましの言葉はもちろん、専門家として問題解決のための適切な戦略と実施プランを速やかに提示し問題解決にあたらなければなりません。不祥事にあえぐ組織体トップに対して、一時的にはダメージを負うような情報をも開示し、事態を一刻も早く収拾し前進させるよう説得しなければなりません。
この場合とりわけ重要となるのは、危機的状況を切り抜けるため、客観的に物事を俯瞰する広い視点と、激しく変化する事態を静観し潮目を読みながら冷静に対処する能力。そして、もてる資源を有機的に統合しゴールへと導くリーダーシップです。
いまの時代は、変化を機会と捉え、リスクをとりながら前進しようとしなければ生き残りさえ難しい時代です。しかし最近のメディア報道を通して私たちが目にするのは、日本の政界や財界、教育の現場など至る所でリーダーシップの不在が散見されていることです。
それは、今の日本が「ノブレス・オブリージュ」(高貴な身分に生まれたものとして自覚すべき責務=選ばれた人の責務)の精神の欠如にあるのからかもしれません。
「ノブレス・オブリージュ」の精神は、選ばれた者として責任と役割を自覚して行動することにあります。鼻持ちならないエリート意識とは一線を画すもので、社会的使命を持つものが自覚すべき責務であり、リーダーに欠くことのできない覚醒された意識です。
PRパーソンは、所属する組織体やクライアントのトップに対する目的達成への戦略や道筋を提供する役割を担っています。PRパーソンがリーダーシップとは何かを理解して彼らに正しい道筋を示し続けることは、日本が変革していく上で重要なことなのです。
2007年09月08日
イノベーションの真の意味
こんにちは井之上喬です。
被災地に多くの傷跡を残した台風9号。皆さんお変わりありませんか?
先週、グローバルを視座に置いたイノベーションの創出で日本再生に取り組むプロジェクトについてお話しました。
その中である米国企業経営者が、日本の経営者と米国経営者のイノベーションについての取り組み姿勢の違いを語ったことを紹介しましたが、この言葉の中に日本再生のための一つのヒントが隠されていると考えています。
イノベーションとは何でしょうか。
■ イノベーション=リスクをとること
広辞苑を紐解くと、イノベーションとは、「生産技術の革新だけでなく、新商品の導入、新市場・新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含む概念」と出ています。つまり、イノベーションとは、既存のモノやシステムからの飛躍をはかり、 新技術や新しいアイデアを採り入れ社会的意義のある新たな価値を創造し、社会に大きな変革をもたらすことを指します。
この用語を初めて生み出したのは、オーストリア出身の経済学者 シュンペーター。彼は1911年出版の自著『経済発展の理論』の中で、景気循環の波を引き起こす要因としてイノベーションを中心概念に据え、波動を描く経済活動を理論化しました。その理論の中で、イノベーションの担い手を企業家(アントレプレナー:entrepreneur)と呼び、経営資源を全く新しく組み合わることで、新たなビジネス創造の主体としました。
前号でも紹介したように、イノベーションにはリスクが伴います。特に技術の場合、日本の組織体は革新的技術を積極的に取り入れ変革を起こすことに消極的です。自分たちに理解できる技術の開発には飛び込んでいくものの、その領域を超えた理解不能と思われる技術や手法の開発・導入には極めて保守的です。失敗しリスクを取ることを極端に恐れるからです。
日本は封建制度のもと何百年もの間「失敗を恥とし、切腹して命を持ってお詫びする」に象徴される思想文化が醸成されてきました。戦後、欧米文化が街に溢れる時代になっても、働き手は終身雇用のなかで多くの同期と競争し勝ち残り、数十年かけて頂上まで到達するシステムが主流を占めてきました。
そのため、人の評価は減点方式。その結果として、人は失敗を極端に恐れ、こじんまりとした個人ができ上がります。失敗を恐れる傾向は、いまや日本人のDNAの中に奥深く組み込まれ、受け継がれているのでしょうか。そんなことはないはずです。
■ 失敗が許される文化
OECDなどの統計によれば、日本は2003年、国民一人当たりのGDPは35,008ドルで世界一位にランクされるもののその後順位を下げ、2005年度は35,650ドルで14位まで下落。
国際労働機関(ILO)によると、2006年の1人当たり国内総生産(GDPは1990年価格)でみた労働生産性では、米国が首位。欧米先進国が上位を占めるなか、日本は16位。またスイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表する国際競争力ランキングでは、日本は91年までは首位を確保していましたが、昨年は16位、今年は24位と、急速に順位を落としています
また現在、国と地方を合わせた財政赤字の累積債務は1000兆円を超え、対名目GDP比は先進国の多くが対名目GDP比60%以下に対して、日本は約200%。深刻な不況に苦しんだ70年代の英国でさえ対名目GDP比の100%程度であったことを考えると事態は極めて深刻です。
これらのデータが示すものは日本の明らかな国力低下です。日本における現状を打破し競争力を発揮するシステムの構築が火急の問題であることは明白。
先週、日本再生のためのソリューションは、イノべーションを通して日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として構築することであると述べました。日本のイノベーションの実現には、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠です。
短期的、中期的な視点からは、双方向のコミュニケーションを通して、真のイノベーションの意義や魅力を国民をはじめ、技術、経営、法制、財務などあらゆる分野における内外の有能な人材に広く認知させなければなりません。技術者とファンド、研究者と起業家といった新しい関係を構築し、優れた技術やサービスをいち早くビジネスモデル化するなど、パブリック・リレーションズの立場でビジネスを促進させることが可能です。
長期的には、リスクを恐れない「失敗が許される文化」の土壌を醸成すること。様々なレベルでの教育を通して自ら変革を起こすことのできる人材や組織文化を育てることなどをパブリック・リレーションズにより促進します。
シュンペーターが言うように、イノベーションの担い手となりリードしていくのが企(起)業家であるならば、企業や組織のトップに目的達成のために助言することを求められるPRの実務家は、イノベーションを実現させる重要な役割を担っているといえます。日本の再生に残された時間はないのです。
2007年09月02日
日本のイノベーションをアクセラレートする
~グローバリゼーションを視座に日本を再生
日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として再生させなければならない。私は、日本再生への経済的道筋として、いつもこのように考えていました。
先日私は、グローバル・イノベーターズLLC(合同会社、Global Innovators LLC=以下GIL:仮称)の立ち上げのための会議に出席するために札幌に行きました。
北海道大学を会場にした2日間にわたる会議には、全国の主要大学(東大、京大、阪大など)からは知的財産責任者や特許管理(TLO)責任者、また多様なグローバル・ビジネスの経験者、ベンチャーファンドや証券会社のマネジャー、加えて知財専門の弁護士、税理士などの専門家に海外からの参加者を含め約40名が参加。イノベーションの持つ意味については次回のこのブログで触れますが、会議ではITを知財の中心に据え、GILの創設を日本再生への具体的な処方箋としてさまざまな話し合いが行なわれました。
LLC(合同会社)は昨年5月から施行された新会社法で設立可能となった新しい法人資格。従来の株式会社とくらべ合同会社は、出資者自らが業務執行を行うことが原則。したがって早い意思決定が可能。これに対し株式会社は、出資者である株主が取締役を選任し、取締役が業務執行を行うことを原則としています。
■ 推進役(アクセラレータ)はグローバル・ビジネスの専門家
GIL設立の目的は、日本経済の活性化のため、新しい技術や考え方を取り入れた新たな価値を生み出す事業をグローバルな視点で創出し、その事業を育成すること。
GILでは、新事業を効率的に展開させるため、アクセラレータ(仮称)と呼ばれる新事業の創出・育成を促進させる専門家集団を設置します。アクセラレータは、技術、経営、法制、財務、コミュニケーションなどあらゆる分野からの人材で、日本を拠点とする外資系企業のトップや日本でビジネスを大きく成功させたベンチャー・キャピタリスト、大学関係者なども含まれます。
GIL設立に尽力されているのは、現参議院議員の松田岩夫さん。小泉政権下で松田議員は、科学技術政策・IT担当大臣を務め、現在は、自由民主党知的財産戦略調査会会長をされています。
「どうして国が莫大な予算を付けても成功できないのか?」通産官僚出身である松田さんは、政治や行政にできることに限界を感じていました。先の問いを繰り返すうち行き着いた答えは、プロジェクトが成功しない理由は、グローバル・ビジネス経験を豊富に持つ民間人の関与が少ないのではないかということでした。
そして松田さんは大きな柱として、「世界に誇れる、高付加価値技術の保有国として日本を再生させること」、そして「世界市場に照準を合わせた効率的な事業展開のために、プロジェクトの推進役としてグローバル・ビジネスの経験者を起用すること」を打ち立て、GILの設立を考え推進しています。
■ 日本再生は地方の再生から
松田さんと私の出会いは、2カ月前。私をグローバル・ビジネスの経験者として、シリコンバレーでビジネス・コンサルタントやファンド運営をしている友人の紹介で私の経営するPR会社、井之上パブリックリレーションズを訪ねてくださった時のことです。
初対面でしたが、私たちの日本再生に関する考え方が一致するのに時間はかかりませんでした。回を重ねたミーティングは時には深夜にまで及び、互いに興奮気味に語り合いました。これまで私がお会いした政治家のなかでイノベーションをベースに包括的に日本再生を語った人は松田議員が初めてでした。
GILにおける具体的な活動は、グローバル事業を展開する視座に立ち、大学に眠る世界に通用する優れた技術やベンチャー企業を発掘・支援すること。この新しい試みには最適なビジネス・モデルが必要とされます。現在、松田さんの依頼で私もコア・メンバーの一人としてビジネス・モデルを構築中です。
日本は、グローバリゼーションの波の中で国際競争力をどう発揮・維持していくのか?国の再生には、プロジェクトが何千、何万と生まれ育たなければなりません。日本再生には、豊かな地方文化に育まれた、独自の技術や発想による地方発のプロジェクトの成功がなんとしても必要。地方の再生が鍵となります。
地方再生には地元の大学にとどまらず、自治体、地元高校でのカリキュラムの見直しなど地域を挙げて取り組まなければなりません。公共事業が減っていく中、地方自らが自立するためには、グローバルを意識した地方の国際化、そして異なった産業分野からの労働人口の移動にも積極的に取り組む必要があります。
そうした意味で、今回GIL設立に向けた会合が、札幌という地方都市で行われたことに意義を感じます。また会合に参加した人が、「日本再生」にかける熱い思いを共有し建設的に議論できたことは大きな収穫でした。
1980年初頭に、欧米先進国をお手本に近代工業社会で世界の頂点に立った日本経済はほんの少しの間、半導体や自動車などの経済的成功に酔いしれました。やがて羅針盤を失い、90年を境に長期間にわたり混迷を続けます。原因はどこにあったのでしょうか?
その答えは3年前の早稲田大学の授業にありました。シリコンバレーのファブレス半導体メーカーで顧客でもある、ザイリンクス社のウイム・ローレンツ会長兼CEOは日本経済が低迷を続ける04年、私の授業で学生に語っていたのです。
「日本の企業経営者は、イノベーションをよく口にするがイノベーションにはリスクが伴うことを理解していない」。シリコンバレーで、世界最大のファブレス(工場をもたない)半導体企業に仕立てた経営者が、熾烈な競争にさらされるなかで体得したその言葉は、日本の経営者に重大な警鐘を鳴らしていたのでした。
私は、80年代にインテル社やアップル社などの米国発ベンチャー企業のトップ・マネージメントやMITの科学者たちとさまざまな仕事をしました。その中で、彼らがパブリック・リレーションズを経営中枢に取り入れ、強くなっていく過程を目の当たりにしました。自らのメッセージを明確に伝え、イッシュ・マネージメントやリスク&クライシス・マネージメントなどをもパブリック・リレーションズの視点で戦略的に捉えていたのです。
その経験から、日本のイノベーションには、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠であると感じています。グローバル・イノベーターズLLCの事業発展にパブリック・リレーションズを導入し、数多くの成功プロジェクトを育てること。これが私の願いです。
2007年08月24日
PRパーソンの心得 12 Win-Win 精神とは
人間は一人で生きていけません。かかわりの中で生きています。PRの実務家や組織に属する広報担当者は、そのかかわりを良好なものにしていく使命を負っています。双方が利益を享受できるWin-Win Situationsを実現するソリューションをクライアントに提供すること。これはPRパーソンに常に要求されることです。
■ 知恵を使い、それぞれの「輝き」を共有させる
Win-Win Situations とは、Win-Winの環境にあることを指し、相互の利益を実現する状況や状態を示す言葉です。この状況を作り出すWin-Winの精神は、相互が満足や納得できる解決策を見出そうとすること。そして、多種多様な存在が「勝つか負けるか」といった2分法のパラダイムではなく、合意の中で共生していく精神です。
PRパーソンの役割は、パブリック・リレーションズを行う上で当事者間のWin-Win環境を作り出すことにあります。PR会社の場合は、クライアントやターゲットとなるさまざまなリレーション先であるパブリック(ステーク・ホルダー)、そしてパブリックに情報を伝える媒介役としてのメディア、これらがそれぞれ利益を享受できる状況を整えなければなりません。
組織体における広報担当者にも同様なことが求められます。社長を初めとする経営陣と広報部門、広報部門と他の社内部門やグループ部門、広報担当者とメディア、PRコンサルタント。それぞれとWin-Winの関係を維持できるよう心がけねばなりません。
またPR会社にとってはWin-Win実現のために、その可能性を持ったクライアントを選択することが重要。そのためにはクライアントを深く理解すること。クライアントがどのような理念や目的で事業を行っているのか。トップ・マネジメントが持つ「輝き」を把握し、クライアントがターゲットとするさまざまなパブリックがどのような「輝き」を求めているのかを理解しなければなりません。その共通項がWin-Win環境を生み出します。
その上で、知恵を使いながら事実に基づいた情報をパブリックに提供し、パブリックの興味を引き出します。PRパーソンは常に、「どの角度からどのタイミングで情報発信するか」意識し、情報発信を行います。
■ リーダーシップがWin-Win環境を醸成
Win-Win環境の土台となるのは、双方向性コミュニケーション。クライアントとパブリック、PR会社とクライアント、クライアントやPR会社とメディアなど、当事者間の情報流通が対称性のある双方向性の形態であること、力関係に左右されないフラットな環境であることが重要です。
PRパーソンは、パブリックとクライアントのインターメディエータとして、双方の視点を同時に持つことが求められます。パブリックの様々な視点を持つことは、相互の利益を実現させる解決策を導き出だす上で役立ち、状況悪化の際にも速やかな判断を促し、自らを修正することを容易にします。
またPRパーソンは、ターゲットとなるパブリックから、クライアントに関してのネガティブなフィードバックが戻ってきた場合、あるいはパブリック対し苦しみを与える結果を引き起こす可能性のある場合には、クライアントにその状況を説明し、クライアント自らの姿勢転換を進言しなければなりません。
何がパブリックにとってWinであるか、またはLoseであるかを判断する基準は倫理観や良心に求めるべきです。Win-Win環境の基盤は倫理観にあるともいえます。その場限りの利益を求めて、メディアを欺き虚偽情報を流したり、自己利益の追求のためにパブリックを無視した行動をとることは、時として市場からの退場を迫られ、最終的にはクライアントを永続的な成功に導くことを困難にします。
いま世界はWin-Win環境を求めています。環境問題や民族紛争、宗教対立などの問題解決には、強いリーダーシップによるWin-Win環境の醸成が不可欠です。
人間の本質は喜びにあります。相手に喜びを与えることで自らも喜びを享受できます。「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」これは『聖書』のマタイ福音書の一節です(マタイ7章12節)。互いに喜びを与え合うことは相乗効果を生み出し、より大きな喜びや利益を作り出し、輝きを持つようになります。
この世の真理に沿った行動が、21世紀のパブリック・リレーションズに必要です。PRパーソンは、個人的な信念としてWin-Win精神を自己の中に築き、強い個をベースにさまざまなリレーションズ活動を通してWin-Winの環境を実現させていかなければならないのです。
2007年08月10日
進化する3D仮想空間「セカンドライフ」
~井之上PRが米リンデンラボ社と包括的PR契約を締結
こんにちは井之上喬です。
猛暑のなかいかがお過ごしですか?
■新しい3D仮想世界の大きなうねり
「セカンドライフ(Second Life)」は、米国サンフランシスコに拠点を構えるリンデンラボ社が運営する3次元の巨大CG仮想世界です。ユーザーは自分の化身、「アバター」を自由に操って動き回ったり、好みのアバターに身を替えて他のアバターに挨拶したり、会話を楽しみながら3D空間を自由に闊歩できます。また望めばSIMといわれる土地を購入しそこで自由に建物や施設、家具、衣料品、装飾品などを建設・デザインすることができる創造的空間です。
ユーザー自身の創作物はユーザー間で自由に売買できます。仮想通貨である「リンデンドル(LD)」(1ドルは約270LD)で売買でき、さらにリンデンドルを米ドルに換金できるようになっています。また、誰でも自由に建物や施設等を開発・構築できるオープンソースになっていて、スピーディかつ有機的な技術革新を実現しています。
ここ1年間で会員の数が激増。8月10日現在の全世界の住人総数は860万人を超えています。ネット上の新しい3D仮想空間であるこのセカンドライフにはさまざまな試みが行われています。みずほコーポレート銀行による仮想世界経済圏の08年の市場予測は、1兆2500億円。また、セカンドライフ人口は2億5千万人に達するとしています。
私が初めてセカンドライフに出会ったのは、まだユーザーが100万人に満たなかった昨年の秋、そのコンセプトとサービス内容に衝撃を受けました。それは70年代終わりに、それまで専門家にしか操作できないとされていたコンピュータの概念を打ち破り、初めて世界に発表した、アップル社の個人用小型コンピュータ、「アップルII」と出会った時の衝撃と同じものでした。セカンドライフは、近い将来日常生活の中に組み込まれ、さまざまな社会現象を生み出すことが想像されます。この大きな波の到来の予感は、私が70年代後半から80年代前半にかけて関わったインテル社やアップル社のときとよく似ています。
この8月から、私の経営するPR会社、井之上パブリックリレーションズは、リンデンラボ社と正式にPR(戦略広報)契約を結びました。
日本人ユーザーを拡大するため、業務はメディア・リレーションズからガバメント・リレーションズ、危機管理に至る広範なものです。
担当チームは、セカンドライフの持つ幅の広さと奥行きの深さを考慮し編成されました。メンバーは、アップル、インテルの日本進出時のPRを手がけた皆見剛(常務取締役)のスーパーバイズのもとに、NHKで記者をつとめ今年の4月にPRのもつ可能性にかけて入社した尾上玲円奈(アカウント・エグゼクティブ)、ITや金融分野で国際的に豊富な経験をもつステュアート・ベーカー(シニアVP)を中心に構成されています。
セカンドライフをインターネットの視点から捉えた場合、セカンドライフはweb.2.0を代表するソーシャルネットワーキングサービス、ブログなどの機能を持つ総合的なプラットフォームであると言えます。自分のアバターをとうして全てを体験するので、感情移入が可能となり、非常にリアルな感覚を味わうことができる3D仮想世界です。
リンデンラボ社の創業者・CEOはフィリップ・ローズデール。17歳でデータベース会社を設立した後、大学に進学。95年にはネット上のビデオ会議システム「フリービュー」を開発。そして99年、小さい頃から夢見ていた「現実のようなデジタル空間」を提供する企業、リンデンラボ社を設立しました。リンデンラボ社の株主には、アマゾンドットコムの創業者ジェフ・ベソス氏やロータス社の創設者ミッチ・ケーパー氏、イーベイの創業者兼会長ピエール・オミディア氏も名を連ねています。
セカンドライフには実に多くの企業や組織が進出しています。IBM、デル、インテル、コカコーラ、ロイター通信、ハーバード大学をはじめ、トヨタ、日産、ソニーそして最近ではフジテレビ、サントリー、慶応大学などが話題になっています。
企業や組織が現在注目しているのは、レピュテーションの向上やマーケティング活動、社内研修の場としてのセカンドライフのようです。そこではアバターをとうすことで、企業と消費者、従業員との関係がフラットになり、より本音が聞こえてくる空間があります。
■セカンドライフで自らの環境を創る
パブリック・リレーションズの視点から見たセカンドライフの特徴は、全てリアルタイムでおこなわれる双方向性コミュニケーション。セカンドライフではアバターをとうして世界中のさまざまな属性を持ったユーザーが同じ空間を共有することで、これまで実現し得なかったリアルタイムでの新しい関係性を持つことが可能となるでしょう。それゆえリアルタイム・コミュニケーションをどうマネージしていくべきかがこれからのPR専門家の戦略的課題となると考えています。
個人のレベルでいえば、外には働きに出かけられない人が在宅の仕事を得たり、お年寄りや身体の不自由な人が、自由にセカンドライフの街中をあるいたり、クラブで踊ったり、好きな場所への空中散歩やテレポートで自分のアバターを移動させることもできます。機能も日々進化していて、最近では3D音声チャット機能が導入されました。ユーザーにとって、音の発信源や距離感なども把握できる臨場感あふれる環境が実現しつつあります。
また、セカンドライフでは、ユーザーが快適に居住し中での生活を楽しめるように、人種や宗教、性別への差別や暴力行為などを禁止した基本的ルール、ビッグシックス(Big Six)が設けられています。ビックシックスの度重なる違反に対しては利用停止になることもうたっています。先月末には、セカンドライフのよりよい社会の実現のために、ギャンブルが禁止されたばかりです。
先日、リンデンラボ社の日本担当マネージャーで、セカンドライフ普及に努めてこられた土居純さんから面白いお話を伺いました。ある土曜日の早朝、電話の声の感じでは70歳ぐらいと思える男性からセカンドライフについて質問を受けたそうです。そのお年寄りは電話口で土居さんに、登録方法などについて立て続けに質問した後、最後に「私のように体がだめな人でもハワイのような所に行けますか?」と質問しました。土居さんが、「あ、行けますよ!」と答えると、そのお年寄りは「そう。ありがとう」と息を弾ませ電話を切ったそうです。電話が切れた音を聞きながら、土居さんは、このお年寄りとの素朴なやりとりに感動し、心が温かく包まれたそうです。
そう、誰もが今までやってみたかったことを実現させる空間。そしてさまざまな夢が有機的に結びつき、自ら新しいものを生み出していく空間。それこそがセカンドライフなのです。
これからどんな進化を遂げていくのか、面白くなりそうです。
2007年07月13日
PRパーソンの心得 11 バランス感覚
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
ミートホープの食肉偽装やJR西日本脱線事故などの不祥事は、利益と安全性のバランスを完全に無視した結果おきた事件。バランス感覚を失うと、個人や組織体は、その全体性や方向性を見失い、深刻な問題を引き起こします。
■ バランス感覚が目標達成を左右する
『広辞苑』によればバランスとは、「つりあい。均衡。」と出ています。バランス感覚とは、時間軸や空間軸などさまざまな座標軸の間で釣り合いをとる能力のことです。
パブリック・リレーションズの実務家としていろいろなバランス感覚が求められます。なかでも目的に対して自らのポジショニングを明確にし、ターゲット(パブリック)と良好な関係性を築く上で大切な、「全体と部分」「現在と未来」「自己主張と協調性」などは重要な要素といえます。
これらのバランス感覚のなかで「全体と部分」では、部分的なせめぎ合いばかりに固執せず、プロジェクトの全体像や方向性に沿って次の行動を見極める能力が求められます。
PRプランの計画・実施段階では常に環境が変化します。PRパーソンには、全体像が変容する中で潮目を読みながらシナリオや個々のタスクを速やかに修正する能力が求められます。最短での目標達成を試みるPRの実務家には、木を見て森を見ずではなく、木も森も同時に見る複眼思考が重要な能力となります。
「現在と未来」のバランス感覚は、過去をベースにしっかりと現在に身を置きながら明確な未来像を持つことです。
時間軸で複数の視点を持つと、未来を見据えながら現在に全力投球することができます。
結果として個人や組織体の継続的な繁栄が可能となります。目先の利益ばかりを優先せず、研究機関の設立やCSR(企業の社会的責任)の展開など未来に備えた先行投資は、現在と未来のバランス感覚が取れている好例といえます。
「自己主張と協調性」のバランス感覚は、組織の存続に必要な協調性を考慮に入れながら建設的に自己主張する能力です。この感覚には相手の心理や意図に共感を示す姿勢と自分の意思を伝える能力が必要です。
このバランスが欠落すると、倫理を省みず自らの利益追求に終始する一方向的な行動に陥りがちです。このバランス感覚は、対称性の双方向性コミュニケーションを実現し、相互理解の下でのパブリック・リレーションズを行う上で重要な感覚となります。
このようにバランス感覚を持つことは、個人や組織体の掲げた目標達成をスムーズにすると共に、継続的な成功と繁栄を可能にするのです。
■ バランス感覚で迅速なレスポンス
バランスのとれた行動をとるときには、全体的な方向性を持つことが必要です。つまり戦略という判断基準をしっかりと持つこと。戦略がなければ、個々と全体の関連性が見えなくなり最適なバランスを失います。
一方、戦略という指針を持つことで部分的には損失に見えるものでも、プロジェクト全体にプラスに働くと判断すれば、速やかに新しいものを採り入れたり、不必要なものを切り捨てることも可能となります。
また、状況を客観的に俯瞰するメタ認知も重要な要素。メタ認知により自己と他者のポジショニングをさまざまな座標軸で正確に把握することは、バランスの取れた的確なレスポンスをおこなう前提となります。
これまでバランス感覚の大切さを述べてきましたが、その感覚が生かされるのは、「当事者が何をしたいか?」という意思を決定する瞬間です。
「何ができるのか?」という客観的な視点は大切です。しかし「その状況下で自分は何をすべきなのか?」を決断・実行する推進力は主観を伴う意思から生まれます。ですから、バランス感覚に固執しすぎず個人や組織の意思を決定に反映させる努力が求められます。
PR実務家は、カウンセラーとして常にクライアントの半歩先を考え、組織のトップやクライアントにアドバイスを提供しなければなりません。それには、変化を把握し速やかに対応する力が求められます。バランス感覚を磨くだけでなく、その能力を問題に対し即座にレスポンスできる能力へと進化させていかなければならないのです。
2007年06月29日
PRパーソンの心得 10 様々な視点を持つ
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
訪問介護大手「コムスン」の介護事業を巡る一連の不正問題や食品加工卸会社ミートホープによる食肉偽装問題など、不祥事が相次いで発生しています。これらは倫理観の欠如は言うまでもなく、消費者や従業員といった、組織を取り巻くパブリック(ステークホルダー)の視点を無視した結果起きた事件であるといえます。今回は「PRパーソンの心得 10 様々な視点を持つ」をお届けします。
■ 物事は様々な影響のもとで動く
『広辞苑』によれば、「視点」とは、「視線が注がれるところ。また、ものを見る立場。観点。」と出ています。視点には、自分の視点、相手の視点、第三者の視点など、様々な視点があり、それぞれの視点で物事を捉えると、ひとつの事象が全く違うものに感じられたり、見えたりします。
先週も書きましたが、人間は一人で生きていけません。人との関わりの中で生きています。一見すると様々な立場の人々がバラバラに動いている様に見えますが、実は互いに影響し合って存在しています。
パブリック・リレーションズの実務家が、個人や組織を取り巻く様々なパブリックとの関わり(リレーションズ)を統合して、目標達成や問題解決に取り組まなければない理由もそこにあります。したがってPRパーソンは、各パブリックの置かれた立場を深く理解し、それぞれが持つ視点で思考する努力をしなければなりません。
物事を多面的に捉えて行動することは自己修正の機会を増やします。そうすることにより、情報発信者と情報受容者の双方が修正しながら相互理解を深める対称性の双方向性コミュニケーションを実現し、結果としてよりスムーズに目標を達成することが可能となります。
■ 冷静な頭脳と温かい心
様々な視点を確保するのに必要となるのは、冷静な頭脳と温かい心。この2つの要素は相反するものに見えますが、実は補完関係にあります。 心ない冷静な思考は、自分本位の独善的な判断を生む傾向をもち、冷静な思考を欠いた温かい心は、感情に突き動かされた衝動的な行動に走りがちです。
冷静な頭脳は、多面的に捉えるべき事柄を適切に認識し、それぞれの立場をありのままに捉えることを可能にします。そして、自分の直感、知識、経験則などをベースにしながらも、それらを過信することなく、適切に判断が下せるようになるのです。これは以前にこのブログで紹介したメタ認知の能力のひとつです。
一方温かい心は、善意や徳といった言葉に置き換えることができます。 温かい心は、相手の気持ちや置かれた立場に感情移入し、相手の利益を常に意識し行動することを可能にします。
先にも述べたコムスンの不正問題では、事業所による訪問介護員人数の虚偽申請による介護報酬不正受給や介護事業所指定の虚偽申請などが発覚しました。自社の利益を追求するあまり、行政を欺き、社内の営業担当には福祉の理念を踏み越えた拡大路線を強要し、介護士には劣悪な環境下での仕事を強いて、福祉に志を抱いて介護の世界に入ってきた若者の良心を著しく傷つけたことの責任はとても重いと思います。
この問題は行政、従業員や介護を必要とする人々の視点を無視した結果起きた悲劇です。こうした結末として、社会からの批判を受け、親会社であるグッドウィルグループは介護事業からの撤退を余儀なくされました。
先にも述べたミートホープによる食肉偽装問題において、もし消費者や業務に携わる従業員の視点があったならば、コスト削減のためにトップ自らの指示による、腐敗寸前の食肉を消毒液で消毒するなどといった常識を逸脱した行為に走ることはなかったでしょう。
このように、相手の視点に立った思考と行動が個人や組織体の自由度を増大させ、 結果として一定の自由度を確保しながら目標達成を可能にするのです。
PRパーソンは、自らがさまざまな視点を持つだけでは不十分です。個人や組織体が相手の視点を欠いた不正や過ちを犯し暴走する場面でも、組織のトップに相手の視点が欠けている事実を伝え、相手の視点の確保のために具体的な処方箋を指し示し行動することを説得しなければなりません。PRパーソンには、インターメディエータとして個人や組織とパブリックとの間に立ち、様々な視点を目標達成のために結びつけることが求められるのです。
2007年06月15日
世界を席巻するロンドン証券市場AIM
~PRのグローバル化にむけて
こんにちは、井之上喬です。
いいよいよ本格的な入梅の季節を迎えましたが、皆さん、いかがお過ごしですか。
世界の金融センター、ロンドン・シティ。いまそのシティの中核をなすロンドン証券取引所の新興企業向け市場AIM(オルタナティブ・インベストメント・マーケット)が世界の注目を集めています。AIMの時価総額は今年3月末時点で約25兆円。日本の3つの新興市場(ジャズダック、マザーズ、ヘラクレス)の時価総額の合計、約20兆円を大きく引き離しています。
昨年そのAIMに、私の経営するPR会社、井之上パブリック・リレーションズのクライアントが日本企業として初めて上場を果たしました。
■ 資金調達もスピードとタイミングの時代
6月4日、東京で初めてAIM上場のためのセミナーが行われ、私も初めて上場を果たした企業の担当PR会社の責任者としてスピーカーに招かれ講演しました。定員70社の枠に170社以上の応募が殺到。セミナーの模様はNHKの夜9時のニュースや新聞、ビジネス誌でも取り上げられるなど、業界での加熱ぶりが伝えられました。
1995年創設のAIM最大の利点は、上場基準の緩やかさ。売上高や利益など過去のデータに基づく上場基準がなく、創業1年未満の企業でも上場可能。それを支えるユニークなシステムが「Nomad(Nominated Adviser)」という指定アドバイザー制度。アドバイザー役となる証券会社(Nomad)に責任を持たせ、Nomadが認めれば上場が可能となる制度です。
現在米国の証券市場は企業改革法などにより規制強化を強めており、世界の企業がAIM上場に向かうトレンドを後押しています。規制を嫌気するロシアや中国など新興国の企業、そして米国企業までもがAIMを目指しています。現在AIMには世界27カ国から1600社以上が上場。年間の資金調達額は300億ドルを超え、米国のナスダックの123億ドルを大幅に上回っています。
AIM創設の背景には、86年サッチャー政権が実施した英国証券市場の大改革「ビッグバン」があります。株式・債券の売買手数料の自由化や外資への取引会員権の開放など、市場に競争原理が導入され、徹底した規制緩和が実現。その結果、ロンドン市場に多くの外国金融機関、なかでも米国や欧州大陸の金融機関が参入し中心的な役割を担っています。
80年代のロンドン市場では、現在の日本のように外資参入に対する懸念が噴出していました。しかし英国金融業界はその状況を逆にチャンスとして捉え、環境整備に徹する形で市場を活性化し、牽引役として英国経済を長期的繁栄に導きました。
上場基準の低さだけで加熱しているように見えるAIM.。しかしAIMでは不祥事に際して担当証券会社(Nomad)へ課せられる罰則規定が厳しく、市場参加者の責任が法の下に追及される制度が整っています。そのため「AIM上場=将来の成長への信頼度向上」の図式が成立し、上場企業のブランド力を高める好循環を生み出しているといえます。
■ 世界の複数都市でリアルタイムのPR
翻って、英国をお手本として96年より金融ビックバンを進めた日本の金融業界は停滞したまま。ライブドアショック以降、新興3市場は急落し安値を更新する銘柄もみられます。日本が金融市場として相対的にその地位を下落させているのは、罰則規定が甘く、投資家保護に気をとられ規制緩和が進まないことが原因といえます。
日本でも不正会計の不祥事を受けて、不正会計防止と投資家・株主保護を目的として、2006年6月に金融商品取引法が成立しました。しかし金融分野をはじめとしあらゆる分野でルール違反を犯した当事者への罰則規定は極めて不十分といえます。昨年の12月に表面化した日興コーディアルグループ不正会計問題や少し前の姉歯耐震強度偽装事件などの例を見ても明白です。
東京では、ロンドンのような国際金融都市を目指し、日本橋から東京証券取引所のある兜町をカバーするエリアに新しい金融街をつくる構想もあるようです。しかし日本の金融市場の再生は、ハード面だけでなく、法整備や市場参加者の倫理観など、ソフト面をどれだけ充実できるかにかかっているのではないでしょうか。
ソフト面を充実させる上でベースとなるのは、「人間の行動規範」ともいえるパブリック・リレーションズの概念、つまり倫理観、双方向性コミュニケーション、自己修正の3要素です。
資金調達もスピードとタイミングが鍵を握る時代。日本企業にはこれまで、まず国内の事業を固めてから世界へ事業拡大するという1つの構図がありましたが、インターネット時代の今日、ベンチャー企業でも最初から世界市場を視野に捉え事業展開できるようになりました。それに伴いPRの活動も必然的にグローバル化することを強いられています。PRの実務家にはこれらに対応できるスキルが要求されています。
日本企業初のAIM上場のケースでは、地元のPR会社と提携してロンドン、東京の2都市でリアルタイムのPRを実施しています。顧客企業が迅速にビジネス展開を行えるようPR会社として適切に対応しなければなりません。そのためには、常日頃、現地PR会社との提携を含めたグローバルな対応が即座に行える準備を整えておく必要があります。
日本経済は継続的な回復基調を続けるものの、日本企業にはいまひとつ活力溢れる力強さが見られません。日本経済の牽引役としてベンチャー企業の活躍を世界の舞台で支援するものPRパーソンの大きな役割です。
国際PRをおこなうPRパーソンに求められるのは、英語力、世界に通用する国際ビジネスの知識、国際的なメディアの知識、さまざまな人脈です。一人でも多くのPRパーソンが日頃からスキルを鍛錬し、世界を視座に競争力を発揮できる企業の育成に一翼を担える実務家として活躍することを願っています。
2007年06月08日
PRパーソンの心得 9 戦略家(ストラテジスト)
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
“Strategist(戦略家)”は、米国PR協会(PRSA)の会員向けの機関紙のタイトル。 毎日の活動の中で継続的に目標を達成するPRパーソンは、常に戦略を構想し、実行する能力と人間的な力量が求められます。そこで今回は「PRパーソンの心得 9 戦略家(ストラテジスト)」をお届けします。
■ 戦略=パブリック・リレーションズ
『広辞苑』によれば「戦略」とは、「各種の戦闘を統合し、戦争を全局的に運用する方法」としています。その方法を実践に用いて成果を残すのが戦略家といえます。
中国最古の優れた兵書、「孫子の兵法」には天の時、地の利、人の和ということばがあります。つまり何か行動を起すときにはタイミングが重要で、合理的に己と敵そして環境を観察して戦略的に勝利(成果)を追求する方法が説かれていて、パブリック・リレーションズの専門家に強く求められる要素といえます。
一方日本では、二刀流を創設し兵法の道を説いた宮本武蔵が『五輪の書』で、兵法を学ぶ者の能力を9つ挙げています。
第1に、正しい道を志すこと。第2に、鍛錬すること。第3に、幅広く物事に触れること。第4に、さまざまな職業に必要となる資質や能力を知ること。第5に、物事の利害損失を知ること。第6に、鑑識眼をもつこと。第7に、洞察力を持つこと。第8に、細やかなところに気付く心。第9に、無駄なことをしないこと。
これまで、フランス革命(1789)後のフランスをまとめ帝政を築き、数々の戦いに勝利しヨーロッパを席巻したナポレノン・ボナパルトや勝海舟との政治交渉により江戸城無血開城の偉業を成し遂げた西郷隆盛など、天才的戦略家は数多く現れましたが、武蔵の示したこれらの能力はどれも、優れた戦略家に共通しているといえます。
このように戦略は、戦いに勝つための手法として発達しましたが、現在では経営論や人生論など様々な分野に応用されています。
私は少年時代から、心のどこかに「戦略家」という言葉が眠っているのを感じていました。初めて気付いたのは中学生の頃。私の義兄(一番上の姉の夫)の近い親戚に真珠湾攻撃で指揮をとった参謀がいたことを知りました。私はその参謀についての話を義兄から聞き、戦略がもつ大きな可能性に興奮し、強い好奇心をかきたてられました。
大学卒業後パブリック・リレーションズの世界に入り、ヤマハの当時の社長で中興の祖、川上源一さんに出会ったことで、少年の頃に感じた興奮が甦りました。彼は、絶妙のタイミングと采配でヤマハのビジネス基盤を強固に築き上げ全世界に展開した天才戦略家。その卓越した経営手腕と戦略家の持つ閃き、切れ味には驚嘆したものです。
彼の経営手法は、様々なリレーションズを構築・維持しながら全てを統合し目標を達成するパブリック・リレーションズそのものだったのです。
こうして私がこの世界でストラテジスト(戦略家)を志し、PRの仕事に没頭していた80年代初頭、日米通信摩擦が激化するなかで高崎望さんに出会いました。高崎さんは日本の通信政策の実質的なドラフトを描いた人で、彼の飛びぬけた才能は、常に全方位を見ながら潮目を読んで臨機応変に対応する力と目標達成のためには昼夜を問わず集中を持続させる並外れた体力と精神力にありました。
■ 21世紀の戦略は平和の道具
戦略を構想し実行するプロセスはPRのライフサイクルモデルに当てはめることができます。
まず、孫子が「彼(敵)を知り己(自ら)を知れば、勝乃(すなわ)ち殆(あや)うからず、地(環境)を知り天(天の巡り)をしれば、勝乃ち窮せず」と説くように、現状分析を徹底的に行います。そして人・モノ・カネ・情報・時間といった利用可能なリソース、市場環境、クライアントや所属組織の強みと弱みなどを把握。その情報を基に明確な目標を掲げ、ターゲットを設定します。そして自らの強みを生かしながら目的達成を実現するメカニズムを見極め、戦略を描いていきます。
戦略を構想する上で大切なのは統合力とシナリオ作成能力。取り巻く環境の変化やリスクなどを全て考慮し、因果関係に基づいて慎重に未来を予測。設定したターゲットとの双方向性コミュニケーションを通して、自己満足に陥らない相手の視点を考慮した戦略立案が重要です。
戦略の実行においては戦略家の人間的な力量がその結果に大きく作用します。その力はリーダーシップに必要な能力と重なります。状況変化に対応しリアルタイムで戦略を自ら軌道修正できるフレキシビリティとスピード、行動力。また、戦略遂行の推進力となるポジティブ思考と集中力も不可欠です。
そして理想主義に基づく徹底した現実主義であること。70年代後半から80年代にインテル社やアップル社などのベンチャー企業と関わりましたが、これらの経営者は壮大な夢と状況を客観的に把握する冷徹な目を同時に持っていました。日本人は情緒的になりがち。なかなか優れた戦略家を輩出できないのも、ここに原因があるかもしれません。
戦いに勝つ戦法として発達した戦略。しかし2500年前に著された「孫子の兵法」には、最良の勝利の形は戦わずして勝つこと。互いの納得の上で平和裏に問題を解決することの重要性が既に説かれています。
現在65億もの人口を抱える地球。情報が飛び交い人々の価値観が多種多様化する中、もはや勝ち負けという単純な問題の解決法では機能しなくなりました。紛争が絶えず環境破壊で地球の生命さえ危ぶまれる時代に生きるPRパーソンは、継続的に問題解決に取り組む戦略的なソリューションの提供者でなければなりません。PRを実践する私たちはストラテジストとして、戦略を平和的な目的達成のために使わなければならないと心に深く刻み行動しなければならないのです。
2007年06月01日
松岡利勝農水相の死に想うこと
5月28日、松岡利勝農水相が自らの命を絶ちました。現職閣僚の自殺は戦後初めてとのこと。その日は参院決算委員会で、入札談合事件で理事らが逮捕された農林水産省所管の独立行政法人「緑資源機構」の関連団体と松岡農水相の関連について質疑が予定されていました。
わずか2週間足らずで本人も含めて3人が自殺し、それぞれの死にも憶測が広がっています。
どうして彼はこのような形で死を選択しなければならなかったのでしょうか。
■ 倫理観・対話・自己修正の欠落
松岡農水相は衆院熊本3区選出。1990年、衆院選に立候補し初当選。05年に6選を果たし、昨年9月の安倍内閣発足時に「農政の豊かな知識と経験」を評価され、農林水産大臣に就任。
しかし就任当初から疑惑が続出。その中身は、資金管理団体の事務所費・光熱水費問題、政治資金収支報告書記載漏れ問題、緑資源機構の談合事件などさまざまです。
疑惑の渦中にいた松岡氏の足跡をたどると、日本で繰り返される不祥事の根本的な原因との共通点が浮かび上ります。つまり、あらゆる問題について互いが自由に論じ合い、倫理観に沿って行動し、間違いがあればそれを素直に認め、修正するというパブリック・リレーションズ的な社会的機能の欠落が垣間見られます。
緑資源機構の談合事件では、松岡氏が林道の官製談合問題で摘発された「緑資源機構」の受注業者から多額の政治献金を受けていたことが判明。これにより中央省庁、外郭団体、公益法人、関連企業に族議員が絡む癒着の構造が明るみになりました。これはいわゆる国民の税金が政治家に還流するシステム。この事件への関与が事実ならば、国民を代表し国家の平和と繁栄のために活動すべき政治家として、倫理に反する大きな問題といえます。
一方国会における、松岡氏の事務所の光熱水道費問題(ナントカ還元水問題)で野党は情報開示を要求。しかし松岡氏は国会での質疑に対し「開示は現行制度が予定していない。差し控えさせていただきたい」と答弁。終始逃げの姿勢で説明責任を果たそうとの姿勢は見られませんでした。
このように情報開示への努力もない、双方向性コミュニケーションを欠いた姿勢では国民からの理解を得られるはずもなく、批判と疑惑は強まるばかりでした。
これらの疑惑が彼の死にどのように影響したのかは明らかではありません。もし何かの関連があるならば、過ちを認め事実を明らかにし、自らを修正し新たな道を進むこともできたと思います。それが、国民の期待を担う政治家として果たすべき責任であったはずです。
■ 組織に追従する個の弱さ
一連の報道を見ていると、責任を果たすことなく死を選択してしまった裏には、検察の捜査、世論や野党からの激しい批判によるプレッシャー、そして選挙を目前に控え、政府の方針により辞任できず、身動きが取れなくなったとのではないかとされています。
自分が間違いに気づき「自らが修正しようと試みても所属する組織がそれを許さない」そんな状況下で組織の利益を優先すると、必ずといっていいほど良からぬ結果を招きます。
今回の問題の根は深いところにあるといわれていますが、たとえ組織が歪んだ方向へ暴走しても、個が強ければ周囲に惑わされず、自分がとるべき行動がどのようなものなのか明確にできたはずです。また、自らが命を絶つことで周囲へ与える影響の大きさを考え、真摯に襟をただし再出発することも可能であったのではないかと思います。
本来人間は弱いものです。失敗を認め自己修正を受け入れる社会の実現が望まれています。
今回のケースは、混沌としたいまの時代にあって強い個を発揮し、自分の進むべき道を進むために必要な「人間の行動規範」とも言えるパブリック・リレーションズのベースが個の中に備わっていなかったために起きた悲劇であるといえます。
28日の松岡氏の自殺に続いて翌日早朝、緑資源機構の前身の森林開発公団理事であった山崎進一氏が自宅マンション6階から身を投げました。問題を自ら解決することなしに自分の命を捨て、この世を閉じることほど悲しいことはありません。
90年の松岡氏がはじめて総選挙で初当選したときの喜びの映像がニュース番組で流れていました。日本の農業の発展に尽くす彼の強い決意と希望に満ちた表情が画面いっぱいに伝わっていました。あれから17年、彼の上にこのような悲劇的な結末が待ち受けていたことを誰が想像したでしょうか。
最後に、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
2007年05月18日
ケミストリー(Chemistry)
~相手と長く良好な関係を築くベース
‘I have very good chemistry with him(彼とはケミストリーが合うんだ)’
これは、私の会社( http://www.inoue-pr.com/ )が海外クライアントとして初めてインテルと取引をしていた頃の話です。1979年、インテル社の創業者の一人ロバート・ノイス会長が来日した際、彼は私との会話の中でこのように表現しました。
当時の私はまだビジネス英語に慣れていませんでした。そこで私は‘chemistry’を化学と解釈し、集積回路の発明者の一人でもあるノイスさんは電子工学系のサイエンティストなのに、化学系の人だったのかと勘違いしました。後でアメリカ人の友人から‘chemistry’とは、「肌合いが合う」「フィーリングが合う」といった意味で、欧米人が人との交わりの中で大切にしているものだと知りました。
今回は、‘chemistry(ケミストリー)’についてお話します。
■ 良いケミストリーは成功の基
‘chemistry’をOxford のDictionary of Englishで引いてみると、‘The complex emotional and psychological interaction between people(人と人との間で交わされる複雑な感情的、精神的なやりとり)’と出ています。この複雑な感情には同情や共感なども含まれています。‘The chemistry was there between the partners.(パートナー同士の波長が合った)’のように使用されます。
人と人とが交わるとき、自然に話が弾む人や、そうでない人がいます。そこに大きく作用するのがケミストリー。ケミストリーが合うと自然に打ち解けあい、双方が深く理解し強い絆ができます。これまで様々な仕事に関わりましたが、成功した多くの仕事は良好なケミストリーを持つパートナーとのプロジェクトでした。
良いケミストリーを感じる守備範囲は人それぞれ。その人の度量の大きさや懐の深さに比例するようです。誰とでもケミストリーを合わせられる人は、オープン・マインドで楽観的。逆に、心が狭く志向性の強い人は、良いケミストリーを感じる守備範囲も狭いといえます。
人との関わりの中で良好な関係性を構築・維持するPRパーソンは、良いケミストリーを醸しだす間口を広くしておく必要があります。それには自ら良いケミストリーを発する人になること。相手の共感を得ながら、その心を開く努力をしてみることです。
■ 自ら心を開きケミストリーを育てる
自分が相手に共感していることを態度で示すことは重要なことです。相手と同じ言葉で話す。呼吸を合わせる。積極的に頷く(もっとも、欧米人はあまり頷きませんが)。「Aさんのおっしゃるように」など相手の話を受けて会話を始める。交流をスムーズにするための技術的な話はいろいろありますが、全てに共通しているのは、相手を認めて受け入れる心と態度だと思います。
初対面の場合は、なごやかな雰囲気をつくるために相手の心を開かせることが大切です。そのために自らの心を開いていきます。ここでの力強い味方は、明るい笑顔。明るい笑顔は、場をパッと明るくし、何でも言える気軽な雰囲気を作り出します。
気分が乗ってきたら相手の良いところを見つけ、実際に褒めること。日本人はあまり褒め言葉を口に出しませんが、口に出して自分の気持ちを相手に伝えることが大切です。褒める行為は良好な双方向のコミュニケーションの潤滑油となります。
初めからケミストリーが合う人との出会いは最高ですが、時間をかけてケミストリーを醸成し、深い交流を維持するケースもあります。あるビジネス・パートナーは、人見知りをする気難しいタイプの人でしたが、こちらから心を開いて明るく接したことで、心を開いてくれました。このとき私は、ケミストリーは努力で醸成できることを学びました。
とはいっても良いケミストリーを生む努力をした結果、どうしても相手と合わないと感じる場合もあります。その時は潔く諦めて退却するべきです。
プロジェクトを計画し実施するのは人間。ギクシャクした雰囲気の下で仕事をするのはつらいものです。また良好でない人間関係の下でのプロジェクトは、活動そのものが停滞し、成果を得られない可能性も大きくなります。必要とあらば退却する勇気を持つ。これは、様々な決断を迫られるパブリック・リレーションズの実務家に求められる資質のひとつです。
ケミストリーが合う人と仕事をしていると心身共に充実し、幸福感に満たされます。一生、そのような相手と仕事をするのが理想的ですが、ビジネスの現場で自らの土台をつくらなければならない大事な時期には、意識的にそのような環境に身をおくべきです。良いケミストリーに囲まれて仕事をすることは、あなたの潜在能力をも引き出し、成長の大きな原動力となるでしょう。
2007年05月11日
五月病を軽やかに乗り越えて
こんにちは、井之上喬です。
夏のようなお天気が続いていますが、皆さん、いかがお過ごしですか。
4月から入学や入社、新しい配属先など、新しい環境で勉学や仕事を始めた方も多いと思います。それから1ヶ月。5月は新しい生活に抱いていた大きな夢と期待と現実との乖離に戸惑いを感じたり、毎日の生活に追われ自分を見失いがちになる時期かもしれません。そこで今回は五月病の克服法についてお話します。
五月病(ごがつびょう)とは、新人社員や大学の新入生などに特に見られ、新しい環境への期待とその環境に適応出来ないジレンマからくるストレスによる症状であるといわれています。5月の連休明けに起こる事が多いことで命名された五月病の特徴的な症状は、無気力、不安感、焦りなどです。
■ 自分を内観する
人間とは本来、輝く存在です。落ち込んでいたり、ネガティブな思いが頭の中を駆け巡るそんな時は、自分の状態を非常事態と捉えて、本来の自分つまり自分の心の状態を平常心に戻す努力をすることが必要です。
一人になって自分を内観する時間を持つこと。仕事が忙しくても、早く切り上げて帰宅するのもいいでしょう。ひとりになれる時間と空間を作り、静かに自分に問いかけます。そして抱えている問題を全て洗い出し、自分が落ち込んでしまった原因を探ります。
客観的に、今どのような状態に置かれているのか、自分の中の問題は何なのか。いつごろから、どんなことが原因で落ち込んでしまったのかなどを思い出してみるのです。このとき、すべてのプロセスをノートに書いてみると、混沌とした自分の考えや気持ちがクリアになります。そして、これまで自分の心や頭の中に充満していた不安や焦りが不思議に洗い流されていくはずです。
■ 逆境を乗り越える強い個
全てを書き出したら、その情報を元に、本当は何を望んでいたのか、何を目標としていたのかをクリアにしていきます。そして明確なゴールを新たに掲げるのです。そこで重要となるのは、その目標をなぜ達成したいのか、目標の裏にある自分の本心を明らかにすることです。
例えば、「パブリック・リレーションズのプロフェッショナルになりたい」という目標を掲げた理由として「よりより社会づくりに貢献したいから」「国際舞台で活躍したいから」「社会を変革する担い手になりたいから」などが考えられます。
掲げた目標を裏付ける理由や動機づけは、自分自身の本質や人生の指針と合致しているので、この部分を明確にすると、目標達成に対する自己の信念が強まります。そして逆境に遭遇したとき強い心の支えとなってくれます。
また目標に到達する上で大切なのは、集中と弛緩のメリハリと、ポジティブな思考、そして自分に対する信頼です。
自分の能力を十分に発揮している人は、高い集中力でスピーディに仕事をする一方、自分を解放する時間を上手にとっているものです。そして、困難な事態が発生しても落ち込まず、必要とあらば自らを速やかに修正し、ミスを成果でカバーするポジティブな思考と取り組み態度で難局を乗り切っていくように心がけるのです。何事も経験です。これらの経験はあとで自分の肥やしになります。物事を悲観的に考えることはありません。
このような明るくメリハリのある環境に身を置くと、人や情報も自然に集まってきます。結果として目標達成が容易になります。そして目標を達成していく中で、自分への信頼感が高まっていき、逆境を乗り越える強い個が構築されていくのです。
人生は山あり谷あり。谷に陥った時に自分がどうのように動いたかで、その後に到達する山の大きさや高さも決まるように思います。自分を見失うことは決して悪いことではありません。自分を見失ったことから目を背けようとすることが問題なのです。
是非、自らの問題を直視して、その問題解決に向けて何か行動を起こしてみてください。今までとは違った新しい世界が拓けてくることでしょう。
2007年04月28日
自己修正を精緻にする「メタ認知」
こんにちは、井之上喬です。
いよいよゴールデン・ウィークに入りました。
みなさん、いかがお過ごしですか。
私の提唱する自己修正モデルは、倫理観を判断基準とし、双方向性を持ったコミュニケーションを通して特定されたパブリックへ情報発信し、主体(個人や組織体)と客体(パブリック)双方の変容を促がす活動です。この際、主体が自己修正機能を持つことでより深いレベルでの修正が可能となります。その修正を確実なものとするのが「メタ認知」。今回は「メタ認知」についてお話します。
■ ソクラテスも探求した認知の概念
「メタ認知」は、心理学、哲学に用いられる概念。自分の思考、記憶、判断について別の次元から主体的に内省することです。メタとは、「上位の」「より高次の」あるいは「~を超えた」を意味する接頭辞。 また、認知とは、自分自身を取り巻くさまざまな環境を認識し行われる知的活動の全般を指します。
メタ認知の歴史的源流は紀元前5世紀。ギリシャのソクラテスまでさかのぼります。彼は「産婆術」という問答法を発案。若い弟子たちに対して質問することにより、「 自分がよく知っているつもりでいたことについて、実は無知であった」 と気づかせようとしました(無知の知)。今から2500年前、既に問答を通して「真の知」を生み出すメタ認知の概念がソクラテスにより説かれていたとは驚きです。
心理学の分野でメタ認知という用語が使われ始めたのは1960年代。子供の記憶に関する発達研究において概念化が進みました。その後70年代、発達研究で著名なフレイヴェルやブラウンの研究によりメタ認知という概念が急速に広まりました。
フレイヴェルは彼の論文「メタ認知と認知的モニタリング(Metacognition and cognitive monitoring)」でメタ認知を次のように定義しています。
「メタ認知とは、具体的な目標や目的に従い、認知の過程における認知の対象あるいはデータに関して、積極的にモニターし、その結果、修正を行い、望む効果を得られるように構築することを指している」(湯川良三、石田裕久訳)
■ メタ認知は「鳥の目」、「神の目」
フレイヴェルはメタ認知を知識と活動の二つに分類。それぞれをメタ認知的知識とメタ認知的活動と名づけました。メタ認知的知識とは、メタ認知の過程やその結果に影響を与える、メタ認知を行うプロセスにおいてベースとなる知識です。一方、メタ認知的活動とは、メタ認知を行う過程における行為です。
メタ認知的知識は普段あまり意識しない知識です。しかし、思うように物事が進まないと感じるとき、メタ認知的知識が誤っている可能性があります。例えばメタ認知的知識を持っている人で「自分は常に正しい判断を下すことができる」と考える人が、ある判断に対し周囲の賛同を得られない場合、「私は間違っていない。周囲の人が間違っている」と思い込んでしまう可能性があります。従って、目的を効率よく達成するためだけではなく、失敗の原因などを正しく見極めるためにも正確なメタ認知的知識を持つことが極めて重要となります。
これに対してメタ認知的活動は、計画、モニタリング(監視)、評価、コントロール(制御・修正)というプロセスを通して行われます。ネルソンとナレンズは認知的活動がメタレベルと対象レベルの2つのレベル間の情報の交換や流通により行われるとしました。
メタレベルの自分が気づきや評価などのメタ認知的知識を対象レベルの自分から吸い上げることでモニタリングします。そしてメタレベルの自分が問題に関する判断を行ない、対象レベルの自分をコントロールするというプロセスです。
例えば、ビジネス現場で目標売上げ100%を達成するといった目標を立てた場合、計画立案し、マーケティングや営業活動をモニタリングしながらその計画を実施します。その結果達成率が80%しか得られなかった場合、モニタリングにより問題点を把握、評価し、その結果、マーケティングの方向性とターゲットの絞り込みに問題があると判断すれば、これらの点について検討を加え具体的に計画修正を行ないます。
この機能を倫理観をベースとしたパブリック・リレーションズにおける自己修正に適用すると、自己修正がより正確かつ有効に行なわれます。メタ(上位)のレベルから対象レベル(自分自身の行動、考え方、知識の量、特性・欠点など)を眺めることで、客観的な視点が確保されます。この客観的な視点で倫理観というメタ認知的知識を判断や評価のベースに位置づけ、「必要に応じて自己の深い部分で自らを修正」することが可能となってくるのです。
2005年12月、イランのパブリック・リレーションズの研究機関に招かれテヘランで講演した際、国際的な場で初めて自己修正とメタ認知の関係性についてしゃべったことがあります。会場からのメタ認知についての熱心な質問に対して、「メタ認知は鳥瞰するという意味合いにおいて『鳥の目』ともいえるが、神の目ともいえる」と述べたとき、満員の場内は大きくどよめきました。信仰心の篤いイランの人たちにとって、メタ認知は強い好奇の対象となったのです。
私は昨年11月、東京で開かれた日本広報学会「第12回研究発表大会」で、この概念を「メタ認知を適用した自己修正機能の重要性」と題して正式に発表しました。混沌とした世界にあって今求められているのは、個人や組織体が自らを正しい方向へと導くことのできる確かな手法だと思います。
21世紀型のパブリック・リレーションズにおいて、自己の立場を認識して互いの違いを認め、修正する行為は極めて重要です。メタ認知を適用した自己修正は多文化・グローバル社会での異なる個人や集団による相互の良好な関係の構築・維持のために必要不可欠な機能といえます。
2007年04月06日
井之上ブログ 開設2周年
皆さんこんにちは。お花見は楽しまれましたか?
パブリック・リレーションズは「個人や組織体が最短距離で目的を達成する手法」。この考え方をできるだけ多くの皆さんと共有し、その輪を広げていくこと。これが井之上ブログを開設した目的です。読者の皆さんに支えられ、この号で2周年を迎えることができました。まことにありがとうございます。
■ PR理論を学んだ専門家が増加
パブリック・リレーションズを取り巻く環境はこの2年で大きく変わり、ますます追い風になっています。
財界では、頻発する不祥事による組織体の危機を未然に防ぐ危機管理への注目が高まっています。また、時価会計やキャッシュフロー会計の導入、M&A(企業の買収・合併)の活発化によりインベスター・リレーションズ(IR)やコーポレート・ブランディングの重要性が認識されるようなりました。
政界では、安倍政権の下、官邸機能強化の一環として、首相補佐官(広報担当)を設置し広報体制が拡充されたことを受けて、広報やPRについての関心が急速に高まりメディアへの露出度が格段に増えました。
私は、PRの専門家育成が火急であるとの強い問題意識から、3年前より早稲田大学で教鞭をとっています。その受講者の中からPR会社や企業の広報担当者としての道を選ぶ人も出てきています。PR会社へ就業する受講生は、3年前には2人でしたが、今年度は6人へと確実に増加しています。
企業広報の担当者の道を選んだ人の中でも特に印象的だったのは、日本女子大学から単位交換制度を利用して「パブリック・リレーションズ 概論」を受講した学生です。広報担当者1名だけのある大手グローバル企業の採用枠へ、1400倍の倍率という難関を突破し、見事に採用を勝ち得たのです。このように今後、本格的にPRの理論を学んだプロフェッショナルが輩出されていくことでしょう。
一方、PR業界のプロフェッショナル育成も着実に進んでいます。今年9月より社団法人日本パブリックリレーションズ協会( http://www.prsj.or.jp/ )主催による「PRプランナー資格認定制度」がスタートします。
これは基本的な広報知識からパブリック・リレーションズのプロフェッショナルに求められる実務的な知識とスキルまでを評価認定する試験制度です。PR・広報に従事する実務家に対しプロフェッショナルとしての自覚を促し、業界全体のレベル向上をはかり、日本社会へのパブリック・リレーションズの導入を加速させることを主眼においています。
■ PRは世界平和と繁栄のキー・ファクター
日本を視座にパブリック・リレーションズの果たす役割を考えたときに、パブリック・リレーションズの実務家は、民間レベルにおいては日本企業のグローバル化を手助けする戦略やソリューションを提供し、国家レベルでは国際社会へ向けた強力な情報発信の担い手とならなければなりません。
これらの人材を育てるには確固たるバックボーンを自らの中に確立する教育が不可欠です。
3月30日の朝日新聞に「政府の教育再生会議は学校再生分科会(第一分科学会)で―「道徳の時間」を国語や算数などと同じ「教科」に格上げし、「徳育」(仮称)とするよう提言する方針を決めた―と報じられました。「我が国が培ってきた倫理観や規範意識を子供たちが確実に身につける」と提言された道徳教育。こうした状況に対して主査の白石教授は、「戦前の修身のように先祖返りするのではなく、全体主義になったり、右になったりするわけではない」と強調していますが、その内容は未だ明確に示されてはいません。
パブリック・リレーションズは倫理観を判断基準として、双方向のコミュニケーションを行い、自己修正を図っていく手法。私は、このパブリック・リレーションズを通して「人間の行動規範」を示し、人格のバックボーンとなりうる手法を道徳教育の枠組みのなかに組み込むことが可能ではないかと考えています。道徳教育へのパブリック・リレーションズ導入については後日このブログお話したいと思います。
いま世界は混沌としています。パブリック・リレーションズに対する社会的要請の高まりのなかで、PRパーソンには、グローバルな視座を持ち、内外の諸活動を通して世界の平和と繁栄に寄与することが強く期待されています。
このブログでは、そのような役割を担う実務家や広報担当者、そして将来その道に進みたいと考えている人々に必要な情報や心構えなどを提供していきたいと考えています。
これからも多くのことを皆さんと共有していきたいと思います。また、皆さんの身近にPRに関心を持っている方がおられたら是非このブログをご紹介ください。
今後とも井之上ブログにご期待いただくと共にご支援くださいますようお願い申し上げます。
2007年03月30日
PRパーソンの心得8 偉大なる常識人であれ
こんにちは、井之上喬です。
オフィス近くの新宿御苑の桜が、ようやく満開になりました。
皆さん、いかがお過ごしですか。
パブリック・リレーションズは人と人との関わりの中で目的を達成していく手法です。PRパーソンにとって重要となるのは、人々が暮らす社会の成り立ちや世の中で起きている事象を知ること。今回は、PRパーソンの心得8として「偉大なる常識人であれ」をお届けします。
■ 常識はパブリックの視点で
『広辞苑』をみると「常識」とは、「普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門知識でない一般的知識と共に理解力・判断力・思慮分別などを含む」と記されています。「偉大なる常識人」とは、常識をベースに優れた理解力や判断力を発揮して何かを成し遂げられる人であるといえます。
パブリック・リレーションズは、文字通りパブリック(一般社会)との良好な関係(リレーションズ)を構築・維持する活動の総体です。多様なパブリックとの関係を構築するため、カバーする学問領域は経済学、社会学、経営学、心理学や政治学など20を超えるといわれています。PRパーソンは日頃から、社会のさまざまな事柄をバランスよく知識として蓄積することが必須です。
「偉大なる常識人」であるために必要なこと。それは物事に対する好奇心を大切にすること。そして常にパブリックの視点に立って考えるよう心がけることです。
また、人間としての常識である「世の中の道理」を知ること。またその基準に照らし合わせて物事を理解し吸収することも重要です。民主主義社会における健全なパブリックとは「常識」を投影するもの。PRパーソンが「常識」を知ることはパブリックの視点を確保することになります。「常識」は双方向のコミュニケーションを通してパブリックと相互理解を醸成する上で礎となるものです。
■素早い理解と適切な判断を可能にする
しかし単に知識として幅広く持つだけでは十分とはいえません。プロフェショナルとして自分の関わる分野において造詣を深め専門化させなければなりません。つまり、PRパーソンは、常識を持つスペシャリストとして、所属する組織のトップやクライアントに専門的なアドバイスを行うカウンセラーとしての能力を兼ね備えていなければなりません。
時として所属する組織のトップやクライアントは、適切でない考え方や態度を示すことがあります。その場合にもPRパーソンはカウンセラーとして、誤った方向性の軌道修正をして正しい方向に導くための説得を試みなければなりません。普遍的かつ常識的な裏づけのある提案は相手の共感を得やすく説得力を持ちます。相手をより効果的に納得させることができるのです。
良好な関係構築・維持に継続的にとり組む中で、組織を取り巻く状況は常に変化します。したがってPRパーソンには、潮目を読んでリアルタイムで状況変化に対応することが求められます。自らの常識に照らし合わせることにより、その時点で起きている事象を素早く理解し、適切な判断を瞬時に下すことができます。自分に専門性がない状態で不測の事態が発生した場合でも、より的確に先を予測することができ、速やかに問題解決へ取り組むことができるのです。
幅広い常識を身に付けるためには、物事に対して常に「なぜ」「どうして」という問いを投げかけることです。このような問いかけは、物事の背景や成り立ちを深く知り理解するきっかけを作ってくれます。バラバラに見えていたものが奥深い所で繋がっていたり、複雑に見える事が実はシンプルなものであったりと、一見では理解できない事を知ることになります。人は物事を知り理解する過程を通して、幅広さと奥行きのある知識を自分のものにして独創的な発想の糧として蓄積することができるのです。
「偉大なる常識人」であることは、PRパーソンのみならず、世間一般のビジネス・パーソンにとっても大切なことです。コミュニケーションを通して人との関わり中で大いに常識を身に付けて活用してください。そのことは皆さんの能力を高めるだけでなく、人生をより豊かなものにするでしょう。
2007年03月23日
社会人となるあなたへ
~いつでも輝いて、未来を担う存在に
この時期は多くの卒業式を目にします。あなたは社会という新しい世界への旅立ちを前に、自分なりの未来像を描きながら緊張感と期待に胸を膨らませていることと思います。
社会人になるということは、親の庇護から離れて、自らの人生を歩み出すということ。これまであなたは、両親や扶養者の庇護のもとで社会へ出るための勉強や準備を行ってきました。これからはそこで培った知識や経験を生かしながら、自己責任に基づいて自分の未来を切り拓いていかなければなりません。
■自分を知り強い自己を確立
社会生活の中で自分の思い描く道を進むためには、自己を確立させることから始めなければなりません。相手を尊重し、人との関わりの中で自分を成長させることのできる確固たる自分自身を築いてください。
それには、自分という存在を知ること。自分は何者なのかを知ることです。また自分を超えたものの存在を知りその大きな存在に生かされていることを自覚することです。このような意識から私たちの内側には謙虚さや素直な気持ちが生まれます。この大きな存在に身を委ねることで、流れに逆らうことなく、また自分を見失うことのない自分らしい日々を過ごすことができます。
とはいっても、私たちは日々の生活の中で矛盾することや不条理に思えることに出会います。そんな時は、「無駄なことは何ひとつない。人間の人生にはいつも意味がある」と考える。いま直面している事が自分にとってどのような意味を持つのか考えてみることです。
その上でその問題にどう対処するのかを決めていく。自分の力で流れを変えられると判断すれば、果敢に挑戦。 流れに逆らっては本当の目的地へと到達できないと判断すれば、流れに身を任せ、潮目が変わりチャンスが到来するのを待つのです。
その判断を支えるのが高い志。志を高く掲げて生きる心構えが本来の自分を見失わず目標に到達する強さや柔軟性を生み出します。私たちは自分に起きている出来事を志という大きな視点で俯瞰することができれば、自己を強め目の前に立ちはだかる問題の解決へ速やかに平常心で足を進めることができます。
■ 「平和の働き手」となり輝く未来を築く
私たちは独りで生きていくことはできません。人との関わりの中で日々の生活を送っています。いわば社会はその集合体。社会とは人と人とが支えあう仕組みともいえます。ですから社会人になることは、社会に積極的に参加して、支えあう仕組みに貢献できる立場に立つということです。
以前このブログでISR(個人が果たすべき社会的責任)について触れましたが、是非、あなたも自分の職業を通して社会的に貢献する努力をしてください。社会の目線に立ち「今何が必要とされているか、その中で自分には何ができるのか」を常に考えること。自らの人生の中で、社会への貢献が可能となる分野を探求し、自分の生き方と社会貢献を一致させることが理想的な生き方といえます。この世に生を受けた意味が深く理解できるかもしれません。
パブリック・リレーションズへの関心の高まりのなかで、PRの本質とその可能性を理解し、社会に貢献したいと考えてパブリック・リレーションズの道に進む人も増えています。 組織に所属していると、所属する会社の経営トップや上司、あるいは担当するクライアントの意識に左右されることもあります。そのような状況でも目標を見失わないこと。希望を持ち夢を見つづけること。
それを可能にするのが「人間の行動規範」ともいえる、パブリック・リレーションズの手法です。日々の生活の中で、倫理観、双方向性コミュニケーション、自己修正の3つの要素を自己の行動規範として身に付けてください。そして3つの要素で構成されるパブリック・リレーションズを実践してみてください。あなたが、混迷する日本が今もっとも必要とする、「個の確立された強いリーダー」に成長していくための大きな助けとなると思います。
これからあなたは自分の夢を高々と掲げて歩んでいくことでしょう。混沌とする世界にあって、あなたが新しい世代の「平和の働き手」となり、輝かしい未来を築いていくことができるよう祈っています。
2007年03月16日
CSR(企業の社会的貢献)、いま求められる貢献とは?
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?
近年CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)が注目されています。 一般的にCSRとは、企業が社会的責任を積極的に果たすことで、企業利益を追及すると同時に地球環境の保全や社会全体の持続的な成長を可能にする取り組みを指します。
企業の社会的責任(Social Responsibility)の概念は1920年代、欧米の教会を中心に行われた、武器やギャンブルなどに関わる企業への不買運動や投資抑制運動が原点であるといわれています。
日本では70年代、公害問題を契機に企業の社会的責任が注目され、80年代のバブル期には利益還元策としてメセナ(芸術・文化支援活動)が盛んに行われました。21世紀を迎えると、地球規模での深刻な環境問題やエンロンやワールドコムなど相次ぐ不祥事による企業統治や企業倫理の重要性が盛んに叫ばれるようになりました。近年この流れを受けて企業におけるCSRへの関心が高まり、本格的取り組みをおこなう企業が増加しています。
■ 本業を活かした社会貢献
このように企業の社会への関わり方は時代と共に変化しています。マーケティングの世界的権威、フィリップ・コトラー(Philip Kotler)は、その著 Corporate Social Responsibility (JohnWily&Sons, Inc. 2005)でCSRを次のように定義しています。
「企業の社会的責任は、経営資源を投入した自主的なビジネス活動を通して、地域社会の発展のために取り組むべき責務である」
つまりコトラーは、CSRは企業が本業を活かしその枠組みの中で自主的に実現すべき社会貢献であるとしています。さらにコトラーは、CSRの手法を6つのカテゴリーに分類。広範囲で曖昧になりがちなCSRを明確に示し、効果的な活動の実施を促しています。
1.社会問題の認知度をあげる活動
2.社会問題に関連したマーケティング
3.コーポレート・ソーシャル・マーケティング
4.コーポレート・フィランソロピー
5.地域社会へのボランティア活動
6.社会的責任を果たす事業活動
(以上、翻訳井之上喬)
一方、CSRの概念と共に登場したSRI(Socially Responsible Investing: 社会的責任投資)。SRIは、社会的責任を果たす企業に投資する発想から生まれた投資方法。現在のSRIは、財務的評価に加え社会や環境への貢献度を積極的に評価し投資することを指します。なお、CSRとSRIの詳しい記述は紙面の都合により割愛しますが、拙著『パブリック・リレーションズ』に詳述してあります。
■ CSRで壊れいく地球を救う
今年に入り、NYのベンチャー投資家である私の友人、ピエール・デュポン氏が、クリーン・エネルギーだけに投資対象を絞ったベンチャー・ファンドを立ち上げました。先日来日し、日本の関連するベンチャー企業経営者や大手企業のクリーン・エネルギー関係者と積極的に会合を持ちました。
彼の活動は、今後、地球環境保全分野のビジネスが注目されるなかで、そのトレンドを先取りするものであり、環境保全のための社会貢献活動であるとも言えます。まさにデュポン氏の活動は、本業を通して社会に貢献する理想的なCSRであるともいえます。滞在中に、この分野で活躍する日本の関係者と意見交換する彼の表情は本当に輝いていました。
この数年、環境悪化に起因するとみられる異常気象が世界中で相次いで報道されています。地球温暖化や資源枯渇など、地球環境の破壊は悪化の様相を呈しています。10億という単位の巨大な人口を抱える中国やインドの経済活動の活発化は、地球資源の消費や大気に甚大な影響を与えているといえます。地球環境の破壊が想像を絶するスピードで進行する中、企業や組織は持続可能な発展を地球規模で考え、自主的な環境経営活動を強いられる状況に追い込まれています。
効果的なCSRを行うには、様々な要素を統合し問題解決に向けて包括的かつ継続的に取り組む、パブリック・リレーションズ的な発想が必要となります。そこでの実務家の役割は、組織体とパブリックとの間に立つインターメディエータとして、組織体に対して正しい活動を行う支援を提供することにあります。
また、企業や組織が個人の集合体であることを考えれば、個人もCSR的な意識や発想を持ち自主的に行動することが求められます。私達の住む美しい地球を救うのは、この星からたくさんの恵みを享受している私たち自身であるべきです。
有史以来、人類が繁栄を謳歌し続けるのか、または滅び行くのか、その分水嶺にある21世紀。私達はCSR的な活動を個人の問題として捉え、一人ひとりが努力しなければならない時代に生きていることを認識しなければなりません。
2007年03月02日
私の心に残る本 その4
バーネイズの Propaganda (プロパガンダ)
こんにちは、井之上喬です。
3月に入り、春らしい季節となりましたが、皆さんいかがお過ごしですか。
「プロパガンダ」。 現在この言葉は、虚偽や欺瞞、扇動など、悪いイメージで使用されています。しかしこの言葉の起源は17世紀。宗教的な用語として使用され、伝道や福音宣教といった崇高な目的を持つ言葉として使われていました。このような良好なイメージを持つプロパガンダが第一次世界大戦を境に、歴史の流れの中で歪曲化されだした1920年代、プロパガンダのイメージ回復を試みた一人のパブリック・リレーションズの実務家がいました。
その名は、エドワード・バーネイズ(Edward L. Bernays,1891~1995)。以前、彼の軌跡を「パブリック・リレーションズの巨星シリーズ2.」でご紹介しました。バーネイズは20世紀初頭から95年に103歳で亡くなるまで、その生涯をパブリック・リレーションズに捧げ、パブリック・リレーションズを初めて理論体系化した実務家です。今日は、彼の代表作 Propaganda をご紹介します。
■崇高なイメージからの変遷
Propaganda が出版されたのは1928年。この本は、バーネイズのパブリック・リレーションズ初の専門書 Clystalizing Public Opinion (世論の覚醒化、1923年)の出版の5年後のことでした。当時、本来の「プロパガンダ」の持つ崇高なイメージが急降下し、欺瞞や扇動という悪いイメージへ転換していった時期でした。
第一次世界大戦時、米国政府は参戦を正当化するための説得型の世論形成活動を大々的に展開しました。その結果、戦後、批評家やジャーナリストは、これらの活動に対して批判を始めたのです。彼らは、強引に世論形成を行なう手法を「プロパガンダ」と呼び、彼らの記事にこの用語が頻繁に使用されるようになりました。
Propaganda の第1章でバーネイズは、民主主義社会を運営する効果的手法を「新しいプロパガンダ」と呼び、パブリック・リレーションズの新しい形であると提唱。民主主義社会では、「確固たる倫理観をもつ強いリーダーにより社会が運営されなければならない」と倫理観の重要性を述べています。第2章では「プロパガンダ」の言葉の成立とその変遷を紹介。心理学者フロイトの甥でもあるバーネイズは第3章で、人の心に入る手法を心理学的な観点から捉え、具体的に述べています。
そして4章から11章までは、「企業とパブリック」「プロパガンダと政治的リーダーシップ」「プロパガンダと教育」など、倫理を伴う本来のプロパガンダの機能を分野別に記しています。
■ バーネイズから私達が学ぶもの
同書が出版された28年は世界大恐慌に突入する前の年です。この頃はパブリック・リレーションズの黄金期とも言われる急成長期。第一次世界大戦時の政府による世論形成活動を通して、多くの実務家が政府機関や民間に輩出された時期でもありました。大戦後の好景気で巨大化した企業への懸念が高まるなか、同書は全米で大論争を巻き起こします。
双方向の概念が生まれたばかりの20年代、バーネイズの提唱する手法は、情報流通は双方向でも、相手を説得・同意させる非対称性の双方向性コミュニケーションの形態をとっていました。ジャーナリストや批評家の批判はここに集中したのです。
しかしバーネイズが Clystalizing Public Opinion と Propaganda を通して、倫理の必要性を強調していたことを見逃してはなりません。彼は、その手法の使い手が確固たる倫理を持つことにより、良いものを伝播する本来のプロパガンダが実現できると信じていたのです。
それ故、ナチスの宣伝担当相(Minister for Public Enlightenment and Propaganda)ヨゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels,1897-1945)が、倫理を欠いたユダヤ人排斥情宣活動のために Clystalizing Public Opinion を参考にした事実は、バーネイズにとって想定外のことだったに違いありません。
プロパガンダの現代的な意味は、前にもこのブログでご紹介したとおり、情報の流通が一方向で、情報発信者が自己を正当化し強引に他人の意見に影響を及ぼすための活動です。この現代的意味を見ても、バーネイズによるプロパガンダのイメージ回復のための努力は、残念ながら失敗に終わったといえます。
「PRは社会的貢献そのものである」と語ったバーネイズが、「良いものを伝播する」と、本来の意味を持つプロパガンダへの深い思いと共に、その崩壊する軌跡をどのような気持ちで見ていたのでしょうか。
この本のなかで、バーネイズが私達に送っているメッセージは強烈です。ここから私たちは何を学ばなければならないのでしょうか。
それは、パブリック・リレーションズは強大な影響力を持っているということ。また、パブリック・リレーションズが個人や組織体にとって、どのような状況にあっても有効に利用できる、普遍的な手法であるということです。
私達は、パブリック・リレーションズを社会の持続的繁栄と世界平和の道具として使用しなければなりません。そしてこの手法を扱う個人や組織体には、強固な理性と倫理が求められているのです。
残念ながら日本語訳は出版されていませんが、2005年に発行された英語の復刻版Propaganda (2005,Ig Publishing)はネット上などで比較的容易に入手できるようです。一度手にとってみてはいかがでしょうか。
2007年02月23日
PRパーソンの心得7 リラックスした集中状態
パブリック・リレーションズの実務家は常に覚醒していなければなりません。油断や一瞬の判断ミスが所属する組織やクライアントの存続を危うくすることがあるからです。この覚醒した状態を実現するのがリラックスした集中状態。今回はPRパーソンの心得7として「リラックスした集中状態」をお届けします。
■ 戦いを制する平常心
「リラックスした集中状態」とは、心身が深くリラックスして、感覚器官が冴えわたり精神の集中力が高まっている状態のことを指します。リラックスと集中は一見すると正反対の状態であるように思えますが、リラックスとは、緊張から解き放たれた状態であり、自分の中にあるリソースを的確かつ最大限に活用できる集中状態を作り出すベースとなります。
江戸前期を生きた二天一流の創始者、宮本武蔵は『五輪書』水之巻で「兵法の道におゐて、心の持ちようは、常の心に替る事なかれ」と記し、戦いを制するには極限状態でも心中を静かにし、揺るぎない心に集中して平常心を保つことを求めています。
このように、戦いの場面で重視されてきた平常心やリラックスした集中状態。この心身の感覚が鋭敏に働くとされる状態を妨げる要因は何でしょうか。
それは自意識に他なりません。
武蔵が同書で「よい技をしよう、うまく動こうと思うからかえってできなくなる」と示しているように、うまく事が運ばないときに無理やり成功させようと躍起になると、よからぬ事を引き寄せる結果になります。
このような自意識は、恐れから生まれます。恐れには、何かを失う恐れ、失敗する恐れなど様々ありますが、恐れは不安感や猜疑心を育て、過度の緊張状態を生み出し、私たちが本来もつ力を封じてしまいます。
■ 宇宙を治める自然の法則に身を委ねる
とはいえ、過度の緊張状態に陥ったり、結果を急いで浮き足立つことは誰にでもあります。そのような時わたしは、宇宙を治める自然の法則に身を委ねることにしています。
以前このブログでご紹介した本『原因と結果の法則』の中にある、「この宇宙を動かしているのは、混乱ではなく秩序です」というジェームズ・アレン(James Allen)の世界観。私は日々の生活の中で、この考え方を習慣として実践しています。
何かに身を委ねる行為により、自らをコントロールしようとする自我を取り除くと、心が穏やかになります。心が平和になると、自分の内側に集中力が高まっていくのを感じます。このようなリラックスした集中状態で物事に取り組むと、不思議に自分の能力を超えた力が発揮できるようになります。
自意識を弱めて自然と調和すると、何か不都合なことが起こった時でも自分の思いに捕われることなく、大局的かつ的確な物事への対処が可能となります。一方、現在起こっている困難なことも、自分の望まない状況も、長い目で見れば飛躍へのチャンスなのかもしれません。それ故に問題解決への希望を失うことなく、ポジティブに思考し、行動することが大切になります。これらの体験の積み重ねは、不測な事態における問題解決への自信につながり、学習効果を高めます。
加速学習分野の世界的権威であるポール・シーリィ(Paul Scheele)は、リラックスした集中状態を得る方法として「タンジェリン・テクニック」を紹介しています。その方法とは頭上30センチあたりにみかんを思い浮かべるというシンプルなもの。ここに意識を持っていくと、適度に弛緩した集中状態が得られるというのです。この方法が有効なのは、「メタ(Meta:より高次の、~を超えて)」のレベルつまり高次元から物事を認知できるからではないかと私は解釈しています。「メタ認知」については後日このブログでお話したいと思います。
組織体のトップやクライアントに、危機的状況にある時にも冷静沈着に客観的判断を下して素早く行動することを促す。これは問題解決に向けたソリューションを提供する実務家に常に求められる要件です。それを実現するリラックスした集中状態は、特に危機管理をカバーするパブリック・リレーションズの実務家に求められる心の姿勢であるといえます。
変化の激しい環境にあって、心を平和な状態に保つことは並大抵のことではありませんが、自分なりの方法を見つけて鍛錬してください。不測の事態に万全に備えることはプロフェッショナルとしての当然の責務なのです。
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好評発売中の『パブリック・リレーションズ』
(井之上喬著:日本評論社)第2刷が発刊されました!
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2007年02月17日
井之上ブログ100回記念特集- Effective Public Relations
~世界中で愛読されている、米国初のPR公式教科書の紹介
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
2005年4月4日号を皮切りに週に一度のペースで発行してきた井之上ブログ。本号で100回目を迎えます。読者の皆さん、いつもご愛読いただき誠にありがとうございます。おかげさまで読者数も順調に増えていることを嬉しく思うと共に、毎号、身の引き締まる思いで発行に臨んでいます。
今回は100号を記念して、パブリック・リレーションズ登場・発展の地、米国で、最も多くの人に読まれているパブリック・リレーションズの名著 Effective Public Relations (以下EPR: Prentice Hall Business Publishing)をご紹介します。
■ 世界で親しまれるロングセラー
毎年、数万部もの売上げを記録するEPR。同書はパブリック・リレーションズの教科書と呼ばれ、1952年の初版刊行以来、半世紀以上にわたり愛読されている大ロングセラーです。2006年には第9版が刊行されています。日本でも通称、「カトリップのエフェクティブPR」として知られています。
最新版である第9版は、476ページにわたるA4サイズより一回り大きい大型本。同書ではパブリック・リレーションズを「組織体とそれを取り巻くパブリックの双方に利益をもたらす関係性を構築・維持するマネジメント機能」と定義づけています。そしてこの考え方を軸に、パブリック・リレーションズの理論と実践に必要とされる手法が分かりやすく解説されています。
全体が4部17章で構成されるEPR。第1部ではパブリック・リレーションズの起源とその変遷を発展段階にわけて概観。それぞれの時代に活躍した実務家や研究者のストーリーを交えながら説明しています。第2部では倫理やコミュニケーションなど、PRの理論を支える基盤や原則を解説。さらに第3、4章ではその理論に基づいて、企業や政府におけるパブリック・リレーションズの実際や実践に役立つプロセスや手法を紹介しています。
豊富な情報を満載した同書は、多角的にパブリック・リレーションズを捉え、包括的でバランスよく論じられている良書です。 同書は、米国PR協会(PRSA)も含め複数の団体が参加し行われている、ユニバーサル認定プログラム ( http://www.praccreditation.org/about/ )においても参考図書として認定されています。これまで海外では、スペイン語、イタリア語、中国語、韓国語、ロシア語、日本語などの現地語で出版されています。
このような良書が教材として長い間、大学の教育現場で愛用されている、米国におけるパブリック・リレーションズ教育の懐の深さには目を見張ります。
■ 著者はPR教育のパイオニア
その立役者は、著者の一人であるスコット・カトリップ(Scott Cutlip, 1915-2000)。20世紀を代表する米国におけるパブリック・リレーションズの研究者。ウィスコンシン大学ジャーナリズム&マス・コミュニケーション学科で、29年間教鞭をとり続け、学問としてのパブリック・リレーションズを確立した学者です。
業界の有力誌であるPR Weekはカトリップを「パブリック・リレーションズ教育に正当性を与え、パブリック・リレーションズ教育のベースを築いた人」と評しています。
カトリップの功績は、特に大学におけるPR教育のモデルを構築したことにあります。彼の教え子には、PRを4つのモデルに分類したジェームス・グルーニッグやEPRの後継者グレン・ブルーム等をはじめ、現在第一線で活躍している多くのPR研究者がいます。
現在米国の大学には約600名を数えるパブリック・リレーションズの教師がいるとされていますが、カトリップはそれらの誕生に多大な貢献をしたといえます。また世界中で精力的に講演活動を行なうなど教育者としての彼の秀逸性が伺えます。カトリップは2000年に他界するまで現役でした。PR Weekはカトリップをパブリック・リレーションズ業界における20世紀の重要人物トップ10に選出しています。
一方、EPRの共著者アラン・センター( Allen H. Center,1912-2005)は、ニューヨーク・タイムズ誌の広告事業部を経験した後、米国モトローラ社に入社。後に同社のパブリック・リレーションズ担当副社長を務めた経験を持つ実務家です。センターは、米国PR協会(PRSA)の設立に携わり、2005年に93歳でこの世を去るまで、積極的にパブリック・リレーションズ実務家の専門的地位の向上に努めました。
三人目の著者で、カトリップの弟子でもあるグレン・ブルーム(Glen Broom,1940~)は、1885年に発刊された第6版から執筆に参加。カトリップとセンター亡き後、残された最後の著者として2人の遺志を引き継ぎ、PRの研究に取り組んでいる研究者です。現在はサンディエゴ州立大学の名誉教授。3年前からオーストラリア、ブリスベンにあるクィーンズランド工科大学の客員教授も務めています。
研究者カトリップとブルーム、そして実務家センターのエッセンスが詰まった Effective Public Relations 。日本では以前に『PRハンドブック』のタイトルで日本語訳が出版(松尾光晏・訳、日刊工業新聞社:1974年)されましたが、このたび最新版の第9版の日本語訳が出版されることになりました。日本広報学会の特別プロジェクトで、私もメンバーの一人として監訳活動に参加させて頂いています。順調に進行すれば年内に出版される予定。
原書の方は、来年夏には第10版が出版される予定。昨年夏サンディエゴで初めてブルームさんにお会いしたとき、2008年の第10版発行に向けて奔走中でした。時代と共に改訂版を出版し、常に最先端の情報を読者に提供しようとする精神はEPRのDNAとして、2人の著者が他界した現在も受け継がれています。
英語で476ページを読了するには少し努力を要するかもしれませんが、原書に触れ、米国におけるパブリック・リレーションズを概観してみてはいかがでしょうか。組織体とパブリックの双方の利益に資する行動や双方向のコミュニケーションが生まれた背景、そして米国におけるPRの現状を彼らの言語で理解することは、パブリック・リレーションズをより深く理解することにつながると考えています。
今回は100回記念。読者の皆さん、これまでのご愛読ありがとうございます。毎週の発刊は思いのほか大変でした。多くの方々の励ましをいただき、ここまでこれたことに心より感謝しています。そして、皆さんとパブリック・リレーションズについてシェアできたことをとても嬉しく思います。
これからも、パブリック・リレーションズの奥行きの深さや幅の広さを様々な形で執筆していきたいと思います。今後とも、井之上ブログにご期待ください。
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好評発売中の『パブリック・リレーションズ』
(井之上喬著:日本評論社)第2刷が発刊されました!
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2007年02月09日
「自己修正モデル」をテーマにメリーランド大学で特別講義
~共生を可能にする21世紀型のモデル
こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
先日私は3年前にも招かれたことのある、ワシントンでのブッシュ大統領の朝食会をハイライトにした3日間にわたる会合で、世界から集まった多くのメンバーと交歓する機会を得ました。ワシントンは連日、日中温度が摂氏0度前後と厳しい寒さのなかでしたが、現地のビジネス・パートナーとの会合や大学での講演など、密度の濃い時間を過ごすことができました。先週に続き、今週もワシントン滞在中のお話をしたいと思います。
今回は、昨年9月のフィールド・サーベイでお会いしたパブリック・リレーションズの研究者ジェームズ・グルーニッグが教鞭を執る、州立メリーランド大学大学院生への特別講義の様子をお伝えします。同大学は創立150年の歴史を持つ、合衆国内トップクラスの州立総合大学で学生数は約3万5千人。

■米国初公開の自己修正モデル
講義内容は私の提唱する「パブリック・リレーションズの自己修正モデル:Self-Correction Model of Public Relations」です。実はこのテーマでの本格的な講義は今回のメリーランド大が初めてです。今回の講義は、「倫理」「双方向コミュニケーション」「自己修正」が統合されているこのモデルが、パブリック・リレーションズの本場でもある米国アカデミズムの世界でどのように理解されるのか、強い興味をもった私がグルーニッグさんに相談したのがきっかけで実現しました。
グルーニッグさんは、丁度いい機会ということで快く大学側と掛け合ってくれたのです。授業は、コミュニケーション学部でグルーニッグ夫妻の友人で、倫理とイッシュ・マネージメント、パブリック・リレーションズを教えている気鋭のシャノン・ボーウェン助教授(Dr. Shannon A. Bowen)のクラス。
とりわけ倫理研究では米国で最先端をいくボーウェン助教授の授業の中での講義で、彼女の大学院コースが新学期を迎えタイミングもよく、その第2週目の授業でした。自己修正モデルの詳しい内容を知りたいと、ジェームズ・グルーニッグさんと彼の妻であり共同研究者でもあるラリッサ・グルーニッグさんも教室に来てくれました。当初90分の予定の講義は、大幅に時間を延長し、休憩なしの2時間半の授業。

授業では、近年、日本はもとより米国においても続発する不祥事の根源は倫理観の欠如にあると解説。そのソリューションとしてパブリック・リレーションズにおける「自己修正モデル」を紹介し、その必要性について語りました。
パブリック・リレーションズの新しいコンセプトである「自己修正モデル」。このモデルは倫理観に加え、双方向性を持ったコミュニケーションと自己修正の3つの要素を有すること。また、修正行為を特性に沿って4つに分類したこと。さらにこのモデルを高い倫理観と覚醒された人間性に基づいた共生と繁栄を可能にする21世紀型のモデルとして位置づけられることを説明。同時にこのモデルが、人間の行動規範(A code of conduct for humanity)にも適用できるものとしました。
続いて自己修正モデルの理論が、具体的にどのように実践に活かされるのかを示すため、PRのライフサイクル・モデルを紹介。このライフサイクル・モデルの独自性は、全体像が上昇する環をなすスパイラルを描く点です。その高次元化を可能にするのが自己修正であり、さらに自己修正をPRプログラムの各ステップに適用することで最短での目標達成を可能とすることなど、実際のケースを採り上げて解説。
今回の講義に出席した学生は、倫理を確保しながら目標達成が可能な手法に大いに興味を持った様子。講義を通して学生の社会を素直に見つめる視点や熱心に学ぶ姿勢など、アメリカと日本の学生の間にみられるいくつかの共通点に気付いたことも嬉しい発見でした。
学生からの質問も活発で、多岐にわたっていました。なかでも、Advocacy は「主張」を意味するが、主張は一方向性コミュニケーションにならないかとの質問を受けました。それに対し私は、主張内容に倫理性が担保されているかを見極める努力








