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2007年10月19日

心に残る本 11 『人生の王道  西郷南洲の教えに学ぶ』

人生の王道?西郷南洲の教えに学ぶ


こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
                    
「かって、とびきり美しく温かい心を持った、ひとりの上質な日本人がいたことを思い起こすのです。それは、西郷隆盛です。日本人が本来持っていた『美しさ』『上質さ』を想起させるのです。」
本の扉を開くと、最初にこのことばが目に飛び込んできました。著者稲盛和夫さんの熱いメッセージです。

今年は西郷隆盛(1827?77年)生誕180年、没後130年にあたる年。先日、鹿児島に生まれ、少年時代より西郷の思想を人生のバックボーンとしてきた京セラ名誉会長、稲盛和夫さんが『人生の王道?西郷南洲の教えに学ぶ』(2007日経BP社)を出版されました。

この本は、西郷が西南戦争(1877年)に立つまでに遺した『南洲翁遺訓』全41条を稲盛さん自らの経営者としての人生に照らし合わせて読み解いた作品。日経ビジネスで大反響を呼んだ連載「敬天愛人 西郷南洲遺訓と我が経営」を大幅に加筆修正して書籍化したもの。今回はこの本をご紹介します。

■ 「敬天愛人」
遺訓24条「道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也」

西郷隆盛は、江戸城無血開城や廃藩置県断行などの政治的難題を見事に解決した明治維新の立役者。新政府で要職に就いた西郷ですが、政府内での意見対立から下野。郷里鹿児島で私学校を創設しその思想や哲学を生徒らに教えました。

1877年その生徒たちが新政府を相手に決起。西郷は不利な状況を承知で生徒らと共に7カ月に渡る西南戦争を戦い、最期の地、鹿児島市城山にたどり着きます。約4週間の戦闘の末、同年9月24日政府軍により被弾し自刃。享年50歳でその生涯を閉じました。

「南洲翁遺訓」(南洲は雅号)にはあるエピソードがありました。幕末に西郷は、官軍と戦い敗れた旧庄内藩(現山形県)に対し、その処罰を藩主と一部藩士のみの謹慎に留め、最後まで徳川家に忠義を尽くした立派な武士として敬意を持って処遇しました。これに感銘を受けた旧庄内藩主・酒井忠篤(さかいただずみ)は、明治に入り即座に薩摩遊学を計画。旧藩士70数名を引き連れ鹿児島を訪問、直接西郷の教えを請うたのでした。「南洲翁遺訓」は、旧庄内藩の有志が西郷から直接聞いた教訓を明治時代に一冊の本にまとめたものでした。

著者の稲盛さんはこの41条におよぶ遺訓を「無私」「試練」「利他」「大儀」「立志」「希望」など、12の章に分けて語っています。その要素は、どれ1つとっても今のリーダーに欠かせない能力や資質。 著者は西郷の思想を通して、相次ぐ不祥事や不気味な事件がメディアを埋め尽くす混迷の時代に、日本が一番必要としているバックボーンとは何かを提示しています。

一番始めに目に飛び込んできた言葉は「敬天愛人」。これは私の執務室にもある書で、聖書の一節「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」に示されている黄金律にも通ずる言葉です。

稲盛さんは「天を敬うとは、自然の道理、人間としての正しい道、すなわち天道をもって善しとせよ、つまり、『人間として正しいことを貫く』ことであり、人を愛するとは、己の欲や私欲をなくし、人を思いやる『利他』の心をもって生きるべしという教えです」と解説しています。

稲盛さんは西郷の思想を象徴するこの言葉「敬天愛人」を京セラの社是としてきたといっています。京セラの創業期、稲盛氏は経営経験のない若干27歳のベンチャー企業経営者として悩みぬいた結果、「人間として正しい道を貫くこと」を全ての物事の判断基準に据えることを決心。その時目に入ったのが、当時オフィスとして間借りしていた宮木電気の社長から贈られた「敬天愛人」の書。そしてこのとき稲盛さんは、「敬天愛人」を社是に掲げることを心に決めたといいます。

この言葉はインターメディエータとして様々な難題に立ち向かい、相互の利益を実現させる役割を持つパブリック・リレーションズの実務家にも心に刻んでもらいたいものです。明確な行動基準を持つことで、どのような状況でも柔軟な対応と速やかな判断を促し、必要とあらば自らを修正することを容易にすると思われるからです。

■ 美しく温かい心をもった、上質な日本人
西郷は、旧庄内藩に対する降伏時の処置や負け戦を承知で生徒の気持ちを重んじ共に戦ったその行動に見られるように「徳」だけでなく「仁」も重んじた人でした。

遺訓39条で西郷は、才識(才能と識見)と仁徳の大切さに触れています。その言葉を要約すれば、真心があれば世の中を動かし素早く行動でき、才識があれば広く治めることができるから、才識と真心が一体となったとき、全てはうまくいくということです。

稲盛さんは、現在の人は才識ばかりを求めがちであるが、至誠の心がなければ目先の利益に気を取られ、継続的な成功を収めることは不可能だと付け加えています。

このバランスは次世代を担うリーダーに不可欠な要素です。私は頻発する一連の不祥事の根本的な問題解決も、至誠の心つまり倫理観を個人や組織の内部に育てること無しには有り得ないと考えています。

私の父も鹿児島出身。数年前に私は父の故郷鹿児島の市内にある、城山から程遠くない西郷隆盛が祀られている南洲神社を訪れました。境内には隆盛を始め桐野利秋、村田新八ら西南戦争を戦い志半ばで逝った2000を超える志士たちの墓地があります(写真)。その中で聳え立つ西郷隆盛の巨大な墓石とその背後の墓石群を目の前にしたとき、その強烈なエネルギーに圧倒されたのを今でも鮮明に覚えています。


京セラ、KDDIを創業し継続的な成功を収めてきた稲盛さんが、世情の乱れを危惧し、西郷の精神を再び世に広めたいと記された本書。そこで強調されているのは、「南洲翁遺訓」に示される精神的な豊かさや美徳、そして品格を取り戻すことの重要性です。

とびきり美しく温かい心もった上質な日本人、西郷隆盛が百数十年の時を超えて語りかける言葉は、私たちの心の奥に響くものばかりです。一度手にとってみてはいかがでしょうか。

投稿者 Inoue: 2007年10月19日 18:19

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